未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

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常勝無敗――ああ、なんて――――地雷


そのじゅうご

「宝塚記念、見せてもらったよ。実を言えばアレを見てから思いついたんだ」

「……ああ、最終コーナー辺りですね」

 

 並びから抜け出したあの瞬間。手応えも何もかんも、感じる暇さえ無かった灰色の時間。

 超えてはならぬ一線を踏み荒らした自分は、周りの目からさぞかし強烈に映ったのだろう。

 

「そう。それ以前からの君のデータでは、あの時点でのサイレンススズカ君を凌駕するには至らなかった。君も自覚しているようだが、君自身にはそれほどまでの才が存在しない。しかしそれを成し得たのは、身を厭わぬ捨て身の結果だ」

「捨て身、ですか」

 

 右足を見ながら、どうでも良さげに答える。骨一本二本であのクラスの怪物を越えられるなら、代償としては安価過ぎる。目指す地点が地点である以上は、今後も似たような負傷もあるだろう。

 それを見越して声を掛けてきたなら、この娘は相当に悪魔だ。

 

「だって君、躊躇わなかっただろう?」

 

 順当に越えていく壁でなく、超えてはならぬと示されたデッドライン。非才無才凡才が天才へと届くことのできる、唯一の順路。

 

「躊躇えば負けてました」

「そうだ、骨折という重大な負傷を恐れることなく目的へ目指した。その姿は、形は違えど私と同じ探求者だ。目指す地点は別であれ、最速への探求を深めようとしている」

「はあ、そっすか」

 

 怪我を考慮しないバカだから、声を掛けやすかった。そんなところだろうか。とはいえ提案自体は渡に船。自己流による粗のあるモノでなく、より自らへ適した形での限界破壊。

 乗らない理由が見つからない。

 

「私が求めるのは、速さを求めた生物の行き着く先。才という猶予のある者でなく、平凡が用いる物全てを用いた時、何処まで行くのかを見てみたい」

「やっぱ俺って才能無いんですね」

「ああ。オグリキャップ君のような突然変異でもなければ、メジロ家のような品種改良でもない。天然由来の無才だ。だからこそ後付けがしやすい。それに加えて……」

 

 椅子から勢いよく詰め寄って、間近からの観察をしてくる。皮膚の結合部分でも見ようとしてるのか、やたらと近い。色気ある雰囲気は、どうやっても感じれないが。

 

「有史以来前例の無い、男のウマ娘とはますます興味深い! 貴重な被験体を潰すのも惜しいが、君のプランを経過観察するのも、それはそれで興味を惹かれる!」

「男のウマ娘が潰れるまでのデータってことで、納得してもらえると嬉しいですね」

「その希少性も理解している。だからこそ君に招待状を送ったのさ」

 

 招待状と言うには、やたらとチラシに書いたメモ感があった。どうせならもっと洒落た誘い方出来ないのか。出来ないんだろうなこのマッドサイエンティストには。明らかに常識とか風流とかと反語の存在だ。料理とかもサプリとかで済ませてそう。

 

「んで、そのプランとやらは? 一応トレーナーが付いてる身なので、あまりにも自傷的だと止められますが」

「トレーナーとは、我々ウマ娘のブレーキ役も兼ねている。無論気取られないようにするとも」

「……薬とかですか?」

 

 筋肉注射やらの、いわゆるドーピングの類なら、残念ながら無理だと言っておこう。

 

「やらないよそんなの。興が冷めることを抜かさないでくれ。それとも君は薬で楽に済ませたいのかい?」

「使えたならとっくに使ってますよ。でも俺はほら、注目度も高いし、毎月血液送ってるし、露見しない訳にはいかないんです」

 

 機嫌の良かったアグネスタキオンが、一気に機嫌を損ねていく。

 良し悪しでなく、単純に使えないから使わない。逆に状況がそうさせてくれなかったら、迷いなく使っていた自信はある。効率よく筋肉量が増やせたりするなら、それこそ躊躇う必要性も薄い。

 ただアグネスタキオンの反応を見る限り、結果的には使わなくて正解だった。その辺はポリシー的なやつだろうか。

 

「そうだね……プランについて説明する前に、君にはこの論文を読んできてもらおうか」

「……分厚い」

「必要な事さ。理解度が高いか否かで、経過効率も違ってくる。本来なら四、五年単位で仕上げたくはあるが、君には悠長している時間も無い……違うかい?」

「そうなんですけど……妙に理解度高くて気持ち悪いです」

「観察は研究の基本だよ」

 

 けったいな性である。

 エイヴィヒカイトは見透かされている。このヒトほどの洞察力を、誰もが持っているわけもない。が、そう見て捉える者もいる。だからといって、レースを見られる以上は仕方の無い話。普段はその気を隠すくらいしか出来ない。

 気取られたのならその時にまた考えよう。

 

「今日はこれでお開きとしよう。今後は直接会うことを控えて、話す時は基本携帯だ。ああ、その論文を読み終えれば、プランの始まりとしよう」

「ういっす……なるはやで読みます」

「早いだけでなく、しっかりと内容も理解してくれよ?」

「ういっす」

 

 そうしてもう用はないと、アグネスタキオンはビーカーの山へと振り返る。実際カイトがこの紙束を読まなければ、次へ進みはしないのだろう。なるほど確かに効率を重視している。彼女が用があるのは、『論文を読み終わったエイヴィヒカイト』な訳だ。

 カイトとて今此処に居る意味も薄い。誰かに彼女との接触を目撃される前に、足早に立ち去ろう。

 

「これからよろしくお願いしますね、共犯者(先輩)

「ああこちらこそ、共犯者(後輩)

 

 扉を閉め切る前に、そんな挨拶だけを交わした。

 エイヴィヒカイトは、有用な協力者をゲットした。

 

 

 群青の瞳が、風そよぐ緑の上に在る。矛先が向かうは、異次元の逃亡者。

 怪物二世は、決して逃すまいと視界から離さない。

 猛禽の如き瞳は、風すさぶ青空の下に在る。獲物を見定め終わり、同じく異次元へ逃すまいと見逃さない。

 その鷹は、これを世界前の前菜と捉えている。

 そんな敵意を物ともせず、ただ前だけを見据える逃亡者。

 

「スペシャルウィークは誰応援する?」

「うぅ……スズカさん……いやでもエルちゃんも頑張って欲しいし……グラスちゃんも復帰戦だし……ううううう……!!」

「俺は三人とも応援するよ」

 

 プラスで従姉先輩にも、心の中でエールを送る。ともすればサイレンススズカや同期達よりも応援しているかもしれない。多分負けるだろうが、彼女にも健闘を祈っている。

 

「ああっ!? ずるいです!」

「スペシャルウィークはなにを競ってるんだ?」

「愛だろ」

「滅多なこと言うなゴールドシップ」

 

 そんなこと言えば、過剰反応するお嬢様がここに居ると知ってのことか。傍目を気にしなくなって、若干の無敵感を得たスイーツクイーンがここには居るのだが。

 

「あ、愛っ!? ぉにっカイトさんそれは本当ですの!?」

「ほらこうなる。責任取れよ」

「ああ、アタシが悪かった」

「せせ責任っ!? ゴールドシップさん! どういうことですのッッ!!?」

 

 知らないふり知らないふり。この手の騒ぎは、喚かないのが処世術。対応はゴールドシップに任せて、カイトはレースを見守ろう。

 抑え込まれたマックイーンを尻目に、再びスペシャルウィークへ話しかける。

 

「んで、誰が勝つと思う?」

「ええっ!? まだこの話するんですか!?」

 

 同期の話でもあるのだ、話すのが自然だろうに。

 

「俺はサイレンススズカ先輩かな。賭けてもいい」

「……グラスちゃんはいいんですか?」

「一緒に走ったことないグラスより、実際に走った先輩だろ」

 

 グラスには感じ入るものがあったが、眺めて確信できるような感覚ではない。期待感にも似たそれは、やはり共にターフへ入らなければ、決定的なものは得られない。失望にせよ、感銘にせよ、受け取るなら直接だ。

 正直グラスがここで勝とうが負けようが、特別なにかを思うことはないだろう。

 

「ただでさえ復帰戦だ、シビアな話すりゃ勝ちの目は薄いだろ」

「エルちゃんは?」

「知らね。あいつとも走ったことないし」

「バッサリっすね先輩」

 

 彼女もクラシックを進めばどうせカイトとも当たる。判断はその時すれば良い。

 

「あ……始まるよ」

 

 始まりのファンファーレはG1ほど大きくはなく、されど同時に巻き起こされる歓声は、G2史上初の大盛り上がりだ。その騒がしさに、思わず耳を畳む。

 

「アタシ達はスズカ先輩を応援しましょう」

「チームとしてはそれが正しいわな」

 

 結果は見えている。宝塚記念の走りで、サイレンススズカの才は更に伸びた。それが無ければ、否。それが無かろうと勝つのはサイレンススズカだろう。

 カイトの中で決まりきった結果より気になるのは、誰が、どれほど、サイレンススズカへ如何に食らいつけるか。

 史上最高のG2と語り継がれ、歴史へ刻まれるレースが今始まる。

 

 

 

 あんなレースの後に走らされるなんて、プレッシャーな者も多いだろう。少なくともエイヴィヒカイト以外の皆は、果てしなく緊張している。かく言うエイヴィヒカイト自身も、それはもう緊張しまくっている。

 ラストティアラ。母親の背中を追い求めて、その最後のピース。何が何でも欲しい。勝ち獲って、最愛の元へ送りたい。

 なら、他を踏みつぶせ。

 

「もう、時間か」

 

 ただ、どこまでもどうでもいい。

 観客の差など興味がない。三冠達成が気に食わない声は雑音。宝塚記念で増えた注目は、どこか心地良い。

 パドックから見渡す景色は、何処までも清々しい。そういえばいつの間にやら桜が散っていたことに気づいて、半年の年月が厭に早く感じる。ここまで超特急で走ってきた気がした。

 向けられる視線を、凌駕せよ。

 

「そろそろ……寒くなってきたな」

 

 寒い風を感じれば、季節はいつだってエイヴィヒカイトに思い出させる。人間以上の五感が、忘却を咎めてくる。有象無象の視線が、彼の日をより思い出させる。

 摩擦に焦がれる、鉄とゴムの厭な臭い。

 悴む指先へアスファルトをつたう、冷めたきった熱血。

 かき混ぜられた思考を冷却させる、飛び散った肉親の血肉。

 渦巻く嫌悪感を、いつも通りに飲み干せ。

 

「コレを獲れば、残り一年だ」

 

 死に物狂いの日々は終わり、エイヴィヒカイト(永劫)の安寧が訪れる。

 全ては夢のため。幼き日に思い描いた、稚拙な願いのため。

 他の夢を、思う存分食い散らかせ。

 

「――――ふぅ…………あれっ、アルダン?」

 

 レース場まで進んでいれば、場所的に見慣れない少女の姿。

 こんなところで出会うなど珍しい。事情を心得ている彼女は、学園内やレース場などでは離れたところにいるのだが、どういった心境の変化だ。

 そういえばパドックで見かけなかった気もしたが、こっちに来ていたらしい。

 

「どうしたの」

「応援ですが、いけませんか?」

「場所的によろしくないな」

 

 人の目に付きすぎるのは、互いに避けていたわけだが。

 

「んで?」

「最後のティアラです、感慨深くもなりませんか?」

「……まあ、ちょびっとはね」

「ですから直接伝えに来た次第です」

 

 なんとも返答に困ることをしてくれる。

 そりゃ嬉しくはあるが、なんともこそばゆいのも事実。素直にありがとうとも言い辛い。

 

「適当に頑張るからさ、見守っててよ」

「ええ……私は、見守ってますから……」

「おうよろしく」

「待って」

「ギュベェッ!?」

 

 的確な首絞めだった。斜め下へ向けてマントを引っ張られれば、留め具の部分が喉を遮る。ウマ娘の力でされれば、そりゃもう殺人的だと分からないもんか。

 ただでさえ最近呼吸器系が弱くなっているのに、追い打ちをかけるなど何事だ。

 

「あっご、ごめんなさいっ!」

「ゲホッゲホッ……なにさ……?」

「……その……」

「……あんま時間ないし、用無いなら行くけど」

 

 カイトだって暇している訳ではない。絶賛レースへ向かう途中に、呼び止めてまでいったい何を伝えたいのか。

 無視しても構わなかったが、その表情をされればどうにも弱い。

 何者よりも痛そうなその表情が、カイトには何よりも痛いし辛い。

 

「……足は」

「ん?」

「……足は、大丈夫ですか?」

 

 病院まで付き添ったくせしてなにを言うか。カルテの一文字たりとて見逃さんとする姿は、やたらと鬼気迫っていた。担当医とカイトが気圧されたのは記憶に新しい。

 

「ぜーんぜん問題なし。このレースも、多分足折るほどじゃないし」

「……そうですか……なら、よかった……です」

「一応俺、結構長い付き合いだと思うんだけど?」

 

 暗に、言葉に無い顔をするなと言ってみる。もしくはカイトでなくとも、分かりやす過ぎる表情だ。なんですかその顔は心配しろってことですか。

 

「…………お願い、聞いてくれますか?」

「いいけど、なに?」

 

 安請け合いはする物じゃ無いと、即座に思い知る。

 

「もう、怪我をしないでください」

 

 無理な願いだと、即座に結論が出る。

 そんな、非常に困難な願いを聞かされる。

 でも断るのもそれなりにキツイものもある訳で。

 

「カイトの傷ついた姿は、もう、見たくないんです……」

「……少なくともこのレースじゃ問題ないよ」

「今回だけじゃなくてっ! ……お願いっ……聞いて、くれますか?」

「――――」

 

 らしくない力強さで、勢いよく腕を掴まれた。指の食い込む痕が、白く血を止める。痣が残るくらい、強く掴まれた。

 どのみち言い問答に押し問答だ。頷かなければ、アルダンはこの手を離してはくれない。決してこの先へ、進ませてはくれないだろう。

 この手を離させるには、なんちゃらも方便だ。

 

「ああ、もちろんだ」

 

 だから()()()()()()()でそう告げれば――――酷く胸に突き刺さる、途方もない吐き気。

 不快は飲む込む。嫌悪を飲む込む。苛立ちを飲み込む。罪悪感を飲み込む。エイヴィヒカイトを狂わす全てを飲み込んだ。

 

「もう怪我しない。アルダンには心配かけないよ」

「――――そうですか」

 

 これで話は終わり。ボロが出る前に顔を背ける。

 腕を振り払った時の顔が、どうにも印象的だった。

 今までで一番いたそうなかお。そんな顔を、十年前にも見た気がした。

 きっと気のせいだろうけど。

 

 

 黒白を超えた、灰色の世界。彩りを焼却された、灰塵降り積もる薄味のターフ。

 走る速度は最高速。減速の気配は見つからない。敗北の気配は微塵も無い。

 定められたプランニング通りに、世界は景色を加速させていく。

 足のズレる音は無い。それほどの代償を支払う敵はいない。この場に在る主役はただ一人、エイヴィヒカイトの走りが独占する。

 キミたちの夢は追いつかず、キミたちの想いは届かない――何故ならオレが全てを噛み砕くから。

 怪物魔物、その程度と称してくれるな。この身が届かんとする地点は、最強不動の摩天の玉座。

 高きを目指すエイヴィヒカイトは、キラキラとした夢を踏みつぶして、より差を広げていく。

 そうして残り距離が半分を切った頃。

 

「――――壁」

 

 というか線引きが見えた。宝塚の瞬間にも飛び出した、致命の境界線。

 今度ばかりは踏み越えない。必要なタイミングでなければ、そう易々と踏み荒らして良い境界ではない。必要でないなら、無闇矢鱈と残量は削れない。

 そんな最終コーナーを超えて、違和感に気付く。

 ――足への負担が少ない

 外からの教え一つで、こうも違うものなのか。

 トレーナーからの教えは、許容の内側を活用すること。器を壊さないように、気質にあった体の動かし方を教えられてきていた。エイヴィヒカイトとて、その教えには手ごたえを感じていた。だからこそ、今こうして灰色の世界へ入ることができた。でもそれは、壊さない壊れない運用を前提としたものだ。

 前提を変えるだけで、こうも走り方に差が出てくる。今までは型が合っていないような、まるで違う個所のパズルピースを、無理矢理嵌めこんでいたようなキツさがあった。それはトレーナーの落ち度ではなく、単にエイヴィヒカイトの問題だ。

 だから崩壊を前提とした動きに変えれば、よりやりやすくなる。

 

「――――プラン」

 

 残り二百メートル時点で、バ身差は二十を越した。負担は黒白の世界そのままに、速度が上がっている。根本がズレていく感覚がなく、そのままに世界は灰色を深めていく。

 慣らし程度の初段階でこれだ。プランを完遂するときには、どれほどにまで早くなっているのだろう。

 アグネスタキオンが興味を持つのも、分からないでもない。この先どこまでも行けるのか、確かに楽しみ――――ですらない。

 

「嗚呼――――どうでもいい」

 

 吐き捨てながら、灰色な先頭の景色は誰たりとて譲ることは無い。

 退屈な景色は過ぎ去って、退屈なゴールを手に入れる。

 そうしてエイヴィヒカイトは、求めたトリプルティアラを手にした。

 退屈な酸欠に侵された、退屈な思考の中で、ようやくささやかな夢を叶えたとの実感を得た。

 

「次は……げほっ……ジャパンカップとか、出れるかな」

 

 未だ遠く、エイヴィヒカイトの歩みは続く。

 

 

「今の走り方って……」

「はい。……スズカさんと同じでしたわね」

 

 走り方を真似た。その実践は前々から行っていたことを、私達は知っている。参考にしていると、他ならぬ本人が言っていたのだから。

 でも今日のは決定的に違うと思った。

 

「でもなんか、乗り移った感じがした……?」

「ええ、私と全く同じ」

 

 テイオーさんが言った事と全く同じ意見を抱いている。

 足の踏み込み、身体の姿勢、歩幅、軸。どこかしこにもスズカさんの面影を感じて、何よりその眼は、スズカさんと同じ景色を見ていた。

 まるで先日の毎日王冠のような、ゴールすらも脇目を振らず先を見据え続ける真っ直ぐな瞳。

 そんな姿がゴール板を駆け抜けた瞬間、真っ先に私はスズカさんの姿と重なった。

 

「で、でも走り方が急に変わるなんてあり得るの? 最近の並走なんかとはまるで違かったわよ!?」

「何やりやがったあいつ……!?」

 

 スズカさんの走りを、ある程度知っているならすぐに気づけるくらい、その姿はダブっている。周りの人達からも、戸惑いの声が上がる。

 大追い込みとされている、カイトさんの代名詞も今回は見れず、代わりに目にしたのは、スズカさんの代名詞たる大逃げ。

 確かにカイトさんのタフネスを考えれば十分に可能だろう。でもそんな急に、トレーナーすら知る事なく戦法を変えて、カイトさんにはなんの影響も無いのだろうか。

 

「……スズカさん?」

「……カイトくん、どうしちゃったのかしら」

 

 不思議な焦燥感に見舞われながら、私達には答えが出せないまま。

 ティアラを手にした王者は、独りターフを去っていった。

 

「……でもよ、カイトメチャクチャすげーことやったよな!!」

「そりゃもちろん! 無敗でグランプリにトリプルティアラ!! 教科書だって載ってもおかしくないぞ!!」

 

 ゴールドシップさんが切り出して、トレーナーさんが乗っかる形で喜んでいる。

 それを皮切りに、スピカのみんなは驚愕からお祝いムードへ切り替わって行く。かく言う私も、まるで自分の事のように嬉しい。

 同じチームメイトで、同じクラスメイトで、デビュー時期もほとんど同じ。一緒に喜ばない方が嘘だ。

 そんな揃って始まった私とカイトさん。でもその間には、大きな隔たりがあるようにも感じた。

 それが私に、妙な焦りを埋め込んだ。

 

 

 無敗にてティアラ三冠制覇。歴史上たった一人しか成し得なかったそれを、彼は成し通した。先達の大きな影に曇る気配無く、我が道を貫き穿ち倒した。

 三冠のみならず、道中でグランプリすら獲得した道程は、歴史に残る偉業だ。

 そのあまりにも眩しい姿が、あまりにも惨めな私を照らし晒している気がした。

 

「……あまりにも……」

 

 やり場のない悔しさが、虚空から吹き付ける。私の作り出した幻影(カイトくん)が、私を憐れみ蔑んでいる。そんな事は起こっていないと知っていても、それでも幻影は私を見下ろし続ける。

 なんて、なんて遠い――――その背中。

 無敗ジュニアチャンピオンなんて持て囃されて、奢ることのないようにと律していたが、少しの奢りも無かったと本当に言い切れるのか。

 私はどこかで、彼との距離を測り違えていたのだろうか。

 

「……っ!! ……あまりにもっ!!」

 

 走り方が違ったなんて些事は、私にとってどうでも良かった。

 二十を超えた圧倒的差の勝利。それを目の当たりにして、真っ先に浮かんだのは、自己のさらなる精進。

 アレを見させられれば認める他ない。今の私では、彼に届かない。

 先の毎日王冠とて、自分は本当に死力を振り絞ったのか。怪我から明けたばかりと言い訳をして、状況に甘えていたのではないか。

 可能性を疑うほどに、私は己の未熟を自覚させられていく。

 

「……あの背中が……遠すぎる――――っっ!!」

 

 こんなんじゃダメだ。彼の走りを見て、打ち震えるだけではまだ足りない。

 並んだ結果を確認してみれば、私では彼の敵にはなり得ない。

 それでは足りない。彼の敵でなくては、あの日の誓いを違えることになる。

 こうしてこの虚しさは刻まれた。こうしてこの決意は刻まれた。

 全部超えてやると、奮起が溢れる。

 勝手ながら、抱えきれない悔しさを、沢山貰い受けた。

 

「…………必ず追い付きます……必ず、私が……っ!!」

 

 この情念を薪にして、私は加速する。

 悔しさを貰ったお返しに、彼の初敗北を貰い受けるために。

 

 

「……もしもしー? フラッシュさん?」

『――――! 、――?』

「そっか、ありがとう。母さんの背中、バッチリ追いきれたよ」

 

 トロフィーだけ掻っ払って、会見も当然ライブからも逃げ出した帰り道。片手に煌びやかなトロフィーをぶら下げながら、夕焼けの歩道を独り歩く。

 チームメイトのスピカは、部室で祝勝会を開いてくれるらしく、用を済ませれば即座に学園へ直行だ。今の電話は、その用事の頼み事。

 

「それでさ、トロフィー母さんに届けてくれないかな。ほら、俺今さ、会う気ないから」

『――――?』

「うん。いいの。置いてくれれば、それでいい。ああ、よろしく…………ふぅ……ごほっ」

 

 躊躇いながらも了承してくれたフラッシュと、病院の前で待ち合わせを取り付ける。一度家に帰って、他のティアラを取りに戻る。野ざらしで持ち歩くのはやたらと周囲の目を引くが、視線を集めるのは今更だ。耐性が付いててよかったと思う半面、注目される星に生まれた後悔反面。

 

「……アルダン?」

 

 電話が終わったタイミングで、一通の文面。アグネスタキオンかと思ったが、彼女には今日の感想文を纏めて送るのだ。携帯でチマチマ打つのは面倒すぎる。

 ここでメッセージを開かなければと、後々に後悔の念が生まれるのも致し方ない。仮に無視していたとしても、どうせ直接口で言われるのだから結果には変わりない。家が大きければ、やはり柵もその分大きくなる。

 ただ、面倒ごとを先送りにしようといいう心象は、誰にだって理解してもらえると願いたい。

 

「うえぇぇぇえ……? メジロ家襲来クエスト、ですかー……」

 

 正確には襲来ではなく、お呼ばれしたが正しいが。

 でもあちらからすれば襲来となんら変わらない。目の上のたん瘤がやってくるのだ、これを襲来と言わずしてなんと申す。




とんでもない記録叩き出したオリー主
ドン引きするぐらい半端ではない記録ですよね
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