緑のイヤーカフを揺らして、隣からの気配は前へ進む。
「――っ!!」
「ちょっ、」
止まる気配無く、一躍その風は蠢動する。
ブレの無い、美麗さすら感じるフォーム。些かスレンダーすぎたその肢体が、尚もその芸術性を高めていた。最速の機能美とはこれか。口には出さないようにしよう。
グングン進み、隣にいた者すら置いて行く。そんな彼女の姿には、そこのスペシャルウィークのように、見惚れる者だってそりゃ出てくるだろう。が。
「先輩これ並走なんすけど!?」
「――あっ、……ごめんなさい」
言われてようやくその疾風は止まる。
シュンと落ち込めば反省の色が見えて、濡れた子犬のような仕草を見せる。なんとも愛らしいその姿は、誰だってそこのスペシャルウィークのように許してしまう、訳がない。
「先輩、これで何度目ですか」
「えっと……三回目?」
「そう、今日は三回目ですね。これまでのも含めたなら、もっとありますね」
宝塚での一戦を明けてから、サイレンススズカの調子は目に見えて頗る最高潮。カイトと並走する際などは、分かりやすく調子を底上げされている。
そんなのは良い事だ。楽しそうに駆け回る姿を見てれば、誰だって微笑ましく見える。対抗意識を持たれるのも、カイトとしても誇らしくすらある。ただ練習に影響を及ぼすくらいに絶好調過ぎるのは、少し考え物かもしれない。
ジョギング程度ならまだしも、ちょっと力を込めて走るとなれば即座に爆速。貴女のブレーキは何処へ行きましたか。どこぞの学級委員長ではあるまいし、トレーニング中はセーブを覚えてほしい。
「先頭民族とは知ってたけどここまでかぁ……」
そのうち金色のオーラとか纏っていそう。髪色も金色にイメチェンして、スペシャルウィーク辺りが嘆くのだ。『スズカさんが不良になっちまったべや〜!』なんて。
「何かしらその、セントウミンゾクって」
「先輩に打って付けな渾名」
サイレンススズカというウマ娘を表す、これ以上無い命名だと思うが如何に。
「調子良好過ぎると、それはそれで逆に怪我に繋がりますからね。気をつけてください」
そんな教訓を話しながら、スポーツドリンクを手渡す。休む事を最近忘れっぽくなった先輩には、これを口実に休憩してもらおう。
「ええ、ありがとう。……実感がこもった言葉ね」
「気のせいです」
下手に掘られる前に、ドリンクを押し付けてその場から離れる。なんとなくで気付きかねない感覚派だ、この手の話題は物理的に避けるに限る。三十六計だってそう語ってた。てかなんで自分から言いだしたし。
首を傾げるサイレンススズカを置いて、芦毛な親戚の元へと逃げていく。無論ながらゴールドシップなどではない。
「おにっ……カイトさん、もしよろしければ」
「一緒に走ろっかメジロマックイーン」
「! よろしいんですの!?」
「よろしいですのよー」
そのあまりに変わりようの無い姿に、ふわりとした笑みが浮かぶ。周りだって見守るような笑みを送る。結局誰も関係性を聞いてこないのは、やっぱり気を遣われているのだろう。もしくはもっと別の勘違いの可能性。
やたらニッコニコなマックイーンの隣について、流す程度のジョギングから走り始めた。
よくもまあこうまで懐かれたものだ。もちろん嬉しくはあるが、それが起因した問題も出てきた事に、少しだけ微妙な気分。
「……メジロマックイーンは、なんか聞いてる?」
「何がですの?」
半ば予想通りのキョトン顔。結局彼女には知らせずの方針を崩さないようだ。カイトへの配慮な訳ではないだろうが、知られたくないのはカイトと同じだ。個人的にも助かる判断に、勝手な感謝を抱く。
「やっぱなんでもない」
「……気になりますわね」
「駅前デパ地下スイーツに新作出たよって話」
釣り餌にまんまと引っ掛かったスイーツ娘は、目のキラキラを加速させる。甘い物好きは相も変わらずなようで、お兄ちゃん嬉しいです。
話を逸らすには、めったらな嘘では無く真実こそが効きが良い。話の種とはなにかと作っておくべきだ。
「それは本当ですの!?」
「うん。色々落ち着いたら行こっか」
「はい! ……!? ふ、二人で!??」
「いやスピカで」
これ以上御家を刺激してなるものか。ショックなんて受けてないで、そんな危ない発案は捨て去りなさい。被害被るのはエイヴィヒカイトなんです。
菊花賞、は敢え無く惨敗という結果に終わってしまったが、残る天皇賞の健闘を見届けた後には、面倒な個人的大事が発生する。その辺のゴタゴタを片付けてから、是非とも落ち着いて甘い物でも食べたい。疲れる予定の後だ、さぞかし身体に染みるだろう。
「楽しみだな」
「…………ええ……そうですわね……」
「そうでもなさそう?」
そんなマックイーンの反応に、ちょびっとだけショックなカイトだった。
今日も今日とてアルダンとの晩御飯。だけに留まらず、お泊まり会まで実施されてしまう今日この頃。
トリプルティアラを獲ってから、露骨に家へ来る頻度が増えたのは気の所為ではない。週五から週七へ増えたのは、気の所為で片付けて良い事象では無い。今更な皆勤賞でも狙い始めたかこのお嬢。
「今月中には来ると聞いてましたが、具体的にはいつ来られるのですか?」
「んー?」
食事中に滅多な話題を出さないで欲しい。
とてつもなく嫌な話題がやって来た。気が果てしなく重くなるやつ。最近のしかかってきた、肩を凝らせる原因。ストレスマッハコースターである。
「いやぁ〜? そんな話したっけかねぇ?」
「……行かないおつもりでしたら、伝えましょうか?」
「いや待て行くけどさ。……今年中には」
すっとぼけたバカのつもりで、延命期間を提示すれば、それはそれで恐ろしい提案。一度取り付けた予定を放り投げれば、それこそどうなることやら。メジロ家はそんなんばっかりか。
本心を申せばそりゃ足が進まないが、行かなければそれはそれで、アルダンへの影響も心配される。でもせめて、もう少しの猶予期間は置きたいものだ。
「こっちだって心の準備欲しい」
「ではそう伝えますね」
今年中それ即ち、十二月三十一日二十三時五十九分五十九秒までの、ギリギリな猶予期間を手に入れた。ホッとしつつ大根の酢漬けをぽりぽりと齧る。
何を言われるかなんて、大体は想像がつきそうなものだ。大方マックイーンとの接触の話。それと学園に入ってからは、アルダンとこうして話す機会も目に見えて増えた。その二点を厳重注意されると見た。
妹分のマックイーンはともかく、アルダンを許容したのは自らの意思だ。自分で『彼女なら構わない』と定義した以上、下手な弁明はしない。
「……どうせ言われる事なんざ予想できる」
「予想、とは?」
「『関わるな』ってなとこだろ」
「……そんなことは無いと思いますが」
でなければ何の呼び出しなのだ。メジロの傑作とされている、マックイーンとの距離が近づき過ぎた、故に見咎められた以外になんだと言うのか。
「……無敗トリプルティアラ達成を労うため、などとは考えないのですか?」
「ありえんありえん絶対ありえん。賭けてもいいね。もし労われたらアルダンになんだってしてやるよ」
「――――乗りました」
「は?」
乗られました。でも全然無問題だったりする。
どうせ労いなどあり得ない。それっぽい言葉で皮肉を言われるなら、断然あり得る。だが褒められるなど、まずもって可能性として無い。そもそもカイトは宝塚記念においても、ベルちゃんとブライトを負かしたのだ。良い感情など、エイヴィヒカイトだったらまず持たない。
そんな分の悪い賭けだと理解していないのか、アルダンは自信満々な目を崩す事はない。
「もう撤回は聞きませんから」
「構わないけど……賭けるなら条件は同じだって分かってんのか?」
「ええ、もちろん……それに」
当然乗ったのなら、負けた際の罰ゲームも平等だ。もしカイトが賭けに勝てば、アルダンへの命令権を手にする訳だがそれ如何に。
「……それは、それで…………」
「なんだコイツ」
なんだって目を逸らす。なんだって恥ずかしげに呟く。
「多少強引なのも……それはそれで……っ!」
「なんだコイツ!?」
こないだのベルちゃんに通ずるところがある。あとはたまにマックイーン。やはりメジロ家とは魔窟の伏魔殿なのだろうか。
なんで一人で勝手に昂っているのだこのお嬢。落ち着き鎮まりたまえ。けれど鎮火させる技術を知らないカイトは、祈りながらタケノコの刺身を齧るだけだ。なんて無力なのでしょう。
味噌汁を啜って一息つけば、そういえばと明日の予定をアルダンへ教える。
「明日マックイーン来るから」
音に直せるなら、スンッ、と。背後にはそんな文字が浮かんでいたに違いない。それくらい秒速で熱は冷めた、否、熱が覚めたの間違いでした。
「そうですか…………」
メラメラと瞳の中で静かに浮かぶ炎は、きっと見間違いではない。てか見間違いであれよ。なんで妹分に変な対抗心燃やしてるんですこのお嬢。
「……やっぱり仲悪いの?」
「いえ全く。ですが……それとこれとは別問題です……」
「ふむ……俺絡み……?」
カイトを介すれば、不和の原因が生まれるらしい。であればメジロ家からされるであろう御達しも納得だし、なにより自分自身納得している。
やはりアルダンを許容したのは、早まった選択だろうか。
もし今からでも遅くないとすれば、彼女を拒んだ方が良い。距離を置いて離れる。きっと、それが一番良い事なのだ。
だったらもう会わない。それが最善の選択。
「ねぇ、カイト? 変なことを考えないでくださいね」
もしかして図星ってのを突かれたかもしれない。てか変なことってなんだ変なことって。
「カイトが離れて行く方が、私にとってはもっと良くないことですから」
「は、はぁ?」
ポロリと、箸で掴んでいたタケノコが落ちてしまう。
上がろうとする口角を抑え込もうとすれば、上手く動かない口は相槌を紡げない。動揺させる天才かこやつ。
「お願いだからもう、私から離れていかないで」
「……臆面も無く、よくもそんなこと言えるな」
お陰様で、ちょっと今は顔を見れそうにない。
姉的存在に言われるからこそ感じる羞恥もある。ただでさえ向けられる善意には弱いエイヴィヒカイト。身も蓋もない言い方をされれば、白旗なんて余裕で上がる。
後押し材料に美少女からの発言とくれば、それはもう効き目が覿面だ。身内補正も入ればオーバーキルだってされる。
「それだけ私はカイトが大切で、大事なヒトなんです」
「……なあ、もしかして俺って今、告白されてるのか」
「ふぇ? ………………!!???」
自覚が遅い。鱗な滝ポイントを一つ贈呈しよう。具体的にはビンタ一発分。
「あ、あの! ちが、違くて……! いや違わない、です、けど…………でもそのっ!? こんなっ、タイミングじゃなくて!」
「まあおちつけ。とりあえずごはんでもたべなされ」
ほらこのキノコソテー、美味しいよ。流石アルダン作。日増しに料理の腕が増している。成長度は底無しの果て無しだ。
ともあれ、こんな時こそ冷静であれ。ビ、クール。ソウ、クール。我は平静であれ。
大丈夫。わかっている。そう伝えれば良い。拗れた関係になどさせるか面倒臭い。誤解などチャチャっと解いて、いつもの食事風景に戻すのだ。
「単なる親戚のアルダンが弟の俺に恋愛感情とか、それこそありえんもんな」
たははー、なんて茶化すように言ってやった。完璧見事な場の流し方だ。ビデオにとって教材にしたいくらい、個人的にはパーフェクトコミュニケーションでした。
「た……単なる、親、せき…………うぅぅ……」
ただ世の中には、個人差という壁があるのも事実なのです。会心と思いきや、全然そんな事ないのも、ままある事なのです。ガッデム。
ガラスのような透明度ある潤いが、彼女の瞳を覆っていく。まずいですこれ。
「待て待て待て待て。泣く、いくない。てか何故? ホワイ? どこにそんな要素が?」
「……もうっ!」
勢いよく立ち上がるアルダンお嬢。激おことまでではないが、プンプン丸程度ではありそう。
何をしでかすのかと観察してれば、自らの食器を動かすお嬢様。食べ終わったのかなー、なんて思いきや、置かれる先はなんでかカイトの隣。向かいからワザワザ移動させる意味、開幕検討付かずでござる。
「なにしてんの」
「今日からこの席で食べます。ここを定位置とします。ずっとここで食べます」
「……? そっか。じゃあ俺も移動す」
「いけません!!」
立ち上がりかけたカイトの身体を、重量以上の力で席へ戻す。やっぱりウマ娘は力が強いなぁと、思ったのでした。強すぎて腕に痣出来てますよ。
「あっ! ご、ごめんなさい」
「いや、こんなんすぐ治るしいいけど」
「そ、そうですか…………」
言いながらも離す気配は何処へ。
それはともかく。そう、ともかくです。
この席順である意味が分からない。卓はそこまで広くないのだから、隣り合わせでは使えるスペースが狭くなる。それ以上に優先すべきことがあるのだろうか。
「ダメ、ですか……?」
「ダメじゃないけど。むしろ好きにしてくれていいから、俺は向かいに……」
「それはダメ!!」
今度は手だけでなく、腕ごと絡めて阻止してくるお嬢。危ないです。まずいですよ。これって実はコンプラ的に不味くて、丸くて柔らかなあーだこーだが非常に不味いって某大学でもどーたらこーたら。本格的かつ物理的に首が飛びかねない事態へ、発展してしまう――――!?
「イマスグハナレヨウ。ソノテヲハナソウ」
「……ここに居てくれるなら、離します」
「あい」
やたらと潤んだ声色に、やたらと甘い眼差し。だがしかし、実際には拳銃突きつけられながら言わされた気分。生命線がぶれてしまえば、首肯を繰り返すしか無いではないか。げに恐ろしきはアルダン。流石はエイヴィヒカイト的、傾国させそうな女の子トップ5に入りそうなやつだ。ナンバーワンはこないだの休日にやたらと絡まれた、ダレンシャンとかいう娘。
そうしてちょっとした席替えは終わり、談笑しながらの食事風景が帰ってくる。待ち侘びたぞ。
「明後日はご飯大丈夫だからって、言ったっけ」
「外で食べてくるのですか?」
終了予定の時間的に、家で食べるのは遅くなりすぎる。多分トレーナーの奢り。
「トレーニングでちょいと遠出するから、夜遅くなりそうでな」
「分かりました。気をつけてくださいね」
「ういうい」
スペシャルウィークの菊花賞敗退を期に考案された、明後日のトレーニング。内容は知らないが、スペシャルウィークのヤケ食い分を燃焼させようとしているとか。
そう。あのボテ腹分を、一日でへこませるのだ。
「割とハードかもなー」
「割とハードだったなー」
「割とって……レベルじゃ……な、い……」
どんなことでも意外とそつなくこなす、あのゴールドシップでさえ弱音を吐くとは、確かに相当にハードだこれは。
電灯とは、生き物が恐れる暗がりを遠ざける。故にこそ現代社会には必須なのだと再確認できた。真っ暗なだけで、こうも精神へかかる負担が違ってくるらしい。
「ほれほれ頑張れ~」
「なんで、せん、ぱいは……よゆ、う……」
「鍛えてますから」
鬼にはなれないが、鬼に迫る気迫くらいは出せるんじゃなかろうか。それぐらいには鍛えている自信がある。毎日ランニングマシーンを転がしていた賜物だ。一台オシャカにしてごめんねたづなっち。
スピカの中でも、随一のスタミナ量を誇っている自負もある。才に溢れる後輩とはいえ、これぐらいはいい顔見せておきたい。
「もうっ、むり~……カイト、余裕ならっ……おぶって、よ~」
「え、普通に嫌だけど」
「そうっ、ですわ……っ、テイオー! そんなこと、させるなら……っ、わた、くしがして、欲しい、のに……!!」
「お前はもっと無理だけど」
トウカイテイオーはともかく、マックイーンに関してはステイヤー気質なのだから、このぐらいで根を上げるのはよろしくない。
地図を見る限り、目的地はそう遠くないのだ。頑張れ若人。
「しっかしミミズみたいな大雑把加減。今の時代に手描きなんざ流行らんとは思いませんか」
「…………」
携帯のライトで照らされた地図を眺めながら、隣で走るサイレンススズカへ聞く。しかし返答は無言。正しくは、細かな呼吸音だけが帰ってくる。答えられる余裕が無いらしい。
走り出しは意気揚々としていた彼女も、陽が落ちてからはいつにも増して静かだ。
「これが本当の、
「…………へっ? いまっ、スズカって、呼び捨てにっ……?」
「気の所為にも程がありますね」
あらやだこの先輩、だいぶ酸素が足りてないようですわね。幻聴聞こえるなんて、中々にお疲れのご様子。そんな些事に気を向ける事なく、しっかり走ってくれると助かる。目の前で走る背中があるのは、後輩達が走るモチベーションにも繋がるのだ。
呻き声を上げながら、集団は闇色の路を進んでいく。死屍累々な彼女らだが、地図によれば目的地はもう少し。頑張れ乙女。
「あ、見えた」
「あれは……!?」
悠々自適とベンチに座ったオッサン発見。足組みしながらキャンディー咥えるその姿は、疲労が積もる我々には些かの腹立ちを感じさせてきます。
「よぅ、遅かったな」
「地図が悪いよ地図が。きょうび手書きってありえんぞ」
「そんなことより、とっとと風呂入って来い」
疲れ切った体に沁みる、やたらと辛辣なお言葉。やだちょっとむかついてきた。
そんな息絶え絶えな様子の面々から、ゆらりと立ち上がる芦毛の影。スピカ新参者のマックイーンは、そんなトレーナーの態度が気に食わないのだろう。安心したまえ、それは他のメンツも似た思いである。
「ええ、それはもちろんですがその前に……カイトさん?」
「まあ待てメジロマックイーン」
淑女なお嬢様然とした……然とした彼女にプロレス技なんぞさせられない。そういった暑苦しいのは自分が引き受けよう。
さて、トレーナーがタップするまで、果たしてあと何秒でしょうか。
折れたらお見舞いくらいには行くから許してください。
「そんな感じなんで、気張れよトレーナー」
「…………は?」
我がパロスペシャル、受けてみよ。
「湯船浸かるなんて……久しぶりで…………あぁ~……休まる……」
程よい温度の水に使っているだけで、こうまで多幸感を得られるのだ。風呂での幸福摂取は、あまりに効率が良すぎる。
心の洗濯とはよくぞ言ったもので、日々のストレスが流されていく気がする。
「家じゃ入らないのか?」
「面倒だしシャワーだけで済ませてる」
ほぼ毎日寮までアルダンを送り届けているのだ、ゆっくりと浸かる時間など設けていれば、睡眠時間が足りない。かと言ってアルダンが居る最中に入浴するのは、どうにもしづらい。
そこまで伝える訳もなく、隣で寛ぐトレーナーと他愛ない会話を続ける。
「二度風呂なんて、けったいなやつだな」
「ほっとけ。……こういった場じゃなけりゃ、ゆっくり話せないだろ」
「? 話すって、なにさ」
カイトが痛ませてやった肩を揉みながら、ひょんなことのように切り出された。
「足は大事ないか?」
「なんのこっちゃにゃんだが?」
おおっとこれはプチパニック状態発生。
どこから漏れた。アグネスタキオンが教える利点も無いだろうし、病院には守秘義務という至極便利な規則が存在する。知れるとすればそれこそ身近に居て、カイトの骨折を知っていて、そんな人物と言えば――――
「とあるお嬢様からのタレコミでな」
「――……どこまで知ってるの」
「お前がメジロアルダンに伝えたこと、そのまんまだよ」
「……そっかぁー…………」
そのような素振りを、二人共に微塵も見せなかった。そもいつの間にそんな会談があったのだ。
トレーナーバレするには少々早すぎる。気づかれるならもっと後の予定だ。一体どこで狂ったかなんて言うまでもなく、お節介焼きなお嬢がだいたいの原因。面倒ごとを連れてきてくれた彼女に、少々頭が痛くなってくるが――――
――まあ、今更か
「なんて言われたの」
「彼女からは、これ以上走らせないように頼まれたよ」
「……そっか」
そりゃカイトとてこれ以上走らないでいられるなら、それに越したことない。しかし夢を叶えるなら、そうも言っていられないのだ。
嫌な事でも、続けなければ叶わない夢があるのだから。
「んで、トレーナーはなんつったのよ」
「無理だって言っておいたよ。そしたらすんごい顔された」
何それ見たい。
「ははっ、嫌われたんじゃねーの?」
「かもな」
「嘘でもハイって言っておきゃよかったのにな」
「すぐにバレる嘘なんざ、意味ないだろ」
エイヴィヒカイトのような奇特な存在を受け入れた彼だ、怪我を無視してでもという方針も受け入れてくれるかもしれない。なんて少しの期待もあったとはいえ、怒ったりしている様子もないのが少しだけ意外だった。
「それで、俺にはなんて言うの?」
「これ以上お前には怪我させない」
「ありゃっ……それだけ?」
小言の一つや二つを予想していた手前、梯子を外された気分。
「走るなって言い聞かせようとすれば、お前チーム抜けるだろ」
トレーナーとは読心術の持ち主か何かか。それぐらいできないと、中央トレーナーとしての資格とか無い感じだろうか。
実は移籍のための書類等の準備は揃っていたり、たづなさんからの渋々了承も得ていたり。
「近くにいてもらった方が抑制しやすいからな。嫌でも居てもらうぞ」
「ヒトに獣みたいな物言いしやがって」
「似たようなヤツだよお前は」
「獣らしく噛みついてやろうかコラ……のぼせそうだから、もう上がる」
逃げる口実交じりに脱衣所へ向かえば、トレーナーも同じように湯船から上がる。時計を見れば、女子たちとの待ち合わせまで頃合いの時間になっている。着替える時間を考えればちょうどいい。
扇風機に回された空気が涼しくて、火照る身体に心地良い。熱で伸びた思考が、キリリと締まっていく。
「コーヒー牛乳奢ってよ」
「仕方ないな」
珍しく気前がいい。どうせこの後も奢るから、今奢ったところで変わらないとの判断でしょうか。先日が給料日だったりするのだろうか。
「サンキュー」
「おう」
風呂上がりの至福の施しを受けて、上機嫌に甘い液体を飲み干す。
冷たい糖分が体内を潤す。腰に手を当てるのは立派な礼儀です。これが出来ていないと、面接なんかも落とされるレベル。
「もう二度と大きな怪我なんてさせず、そのまま上に行かせてやる。俺がお前の夢を叶えてやる」
「夢の具体的な中身を聞かないで、そんなこと言っちゃっていいの?」
「ああ。だからその先の景色を、俺にも見せてくれ」
「……ああ、約束する」
そんな叶わぬ誓いを聞きながら、叶える約束を交わして、共に瓶の中身を飲み干した。
とはいえ瓶一本程度では腹は満たされない。ただでさえ今日は腹ぺこなのだ。
懐石料理やらが出るとかの話もあることだし、存分に食い漁ってやろう。トレーナーの財布よ、ここが散り時と知れ。
やっぱドラゴンボールっておもしれーや
ピッコロさんと悟飯の関係性とかすごく好き