未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

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ソロモンよ、地雷は帰ってきた


そのじゅうろく

 緑のイヤーカフを揺らして、隣からの気配は前へ進む。

 

「――っ!!」

「ちょっ、」

 

 止まる気配無く、一躍その風は蠢動する。

 ブレの無い、美麗さすら感じるフォーム。些かスレンダーすぎたその肢体が、尚もその芸術性を高めていた。最速の機能美とはこれか。口には出さないようにしよう。

 グングン進み、隣にいた者すら置いて行く。そんな彼女の姿には、そこのスペシャルウィークのように、見惚れる者だってそりゃ出てくるだろう。が。

 

「先輩これ並走なんすけど!?」

「――あっ、……ごめんなさい」

 

 言われてようやくその疾風は止まる。

 シュンと落ち込めば反省の色が見えて、濡れた子犬のような仕草を見せる。なんとも愛らしいその姿は、誰だってそこのスペシャルウィークのように許してしまう、訳がない。

 

「先輩、これで何度目ですか」

「えっと……三回目?」

「そう、今日は三回目ですね。これまでのも含めたなら、もっとありますね」

 

 宝塚での一戦を明けてから、サイレンススズカの調子は目に見えて頗る最高潮。カイトと並走する際などは、分かりやすく調子を底上げされている。

 そんなのは良い事だ。楽しそうに駆け回る姿を見てれば、誰だって微笑ましく見える。対抗意識を持たれるのも、カイトとしても誇らしくすらある。ただ練習に影響を及ぼすくらいに絶好調過ぎるのは、少し考え物かもしれない。

 ジョギング程度ならまだしも、ちょっと力を込めて走るとなれば即座に爆速。貴女のブレーキは何処へ行きましたか。どこぞの学級委員長ではあるまいし、トレーニング中はセーブを覚えてほしい。

 

「先頭民族とは知ってたけどここまでかぁ……」

 

 そのうち金色のオーラとか纏っていそう。髪色も金色にイメチェンして、スペシャルウィーク辺りが嘆くのだ。『スズカさんが不良になっちまったべや〜!』なんて。

 

「何かしらその、セントウミンゾクって」

「先輩に打って付けな渾名」

 

 サイレンススズカというウマ娘を表す、これ以上無い命名だと思うが如何に。

 

「調子良好過ぎると、それはそれで逆に怪我に繋がりますからね。気をつけてください」

 

 そんな教訓を話しながら、スポーツドリンクを手渡す。休む事を最近忘れっぽくなった先輩には、これを口実に休憩してもらおう。

 

「ええ、ありがとう。……実感がこもった言葉ね」

「気のせいです」

 

 下手に掘られる前に、ドリンクを押し付けてその場から離れる。なんとなくで気付きかねない感覚派だ、この手の話題は物理的に避けるに限る。三十六計だってそう語ってた。てかなんで自分から言いだしたし。

 首を傾げるサイレンススズカを置いて、芦毛な親戚の元へと逃げていく。無論ながらゴールドシップなどではない。

 

「おにっ……カイトさん、もしよろしければ」

「一緒に走ろっかメジロマックイーン」

「! よろしいんですの!?」

「よろしいですのよー」

 

 そのあまりに変わりようの無い姿に、ふわりとした笑みが浮かぶ。周りだって見守るような笑みを送る。結局誰も関係性を聞いてこないのは、やっぱり気を遣われているのだろう。もしくはもっと別の勘違いの可能性。

 やたらニッコニコなマックイーンの隣について、流す程度のジョギングから走り始めた。

 よくもまあこうまで懐かれたものだ。もちろん嬉しくはあるが、それが起因した問題も出てきた事に、少しだけ微妙な気分。

 

「……メジロマックイーンは、なんか聞いてる?」

「何がですの?」

 

 半ば予想通りのキョトン顔。結局彼女には知らせずの方針を崩さないようだ。カイトへの配慮な訳ではないだろうが、知られたくないのはカイトと同じだ。個人的にも助かる判断に、勝手な感謝を抱く。

 

「やっぱなんでもない」

「……気になりますわね」

「駅前デパ地下スイーツに新作出たよって話」

 

 釣り餌にまんまと引っ掛かったスイーツ娘は、目のキラキラを加速させる。甘い物好きは相も変わらずなようで、お兄ちゃん嬉しいです。

 話を逸らすには、めったらな嘘では無く真実こそが効きが良い。話の種とはなにかと作っておくべきだ。

 

「それは本当ですの!?」

「うん。色々落ち着いたら行こっか」

「はい! ……!? ふ、二人で!??」

「いやスピカで」

 

 これ以上御家を刺激してなるものか。ショックなんて受けてないで、そんな危ない発案は捨て去りなさい。被害被るのはエイヴィヒカイトなんです。

 菊花賞、は敢え無く惨敗という結果に終わってしまったが、残る天皇賞の健闘を見届けた後には、面倒な個人的大事が発生する。その辺のゴタゴタを片付けてから、是非とも落ち着いて甘い物でも食べたい。疲れる予定の後だ、さぞかし身体に染みるだろう。

 

「楽しみだな」

「…………ええ……そうですわね……」

「そうでもなさそう?」

 

 そんなマックイーンの反応に、ちょびっとだけショックなカイトだった。

 

 

 今日も今日とてアルダンとの晩御飯。だけに留まらず、お泊まり会まで実施されてしまう今日この頃。

 トリプルティアラを獲ってから、露骨に家へ来る頻度が増えたのは気の所為ではない。週五から週七へ増えたのは、気の所為で片付けて良い事象では無い。今更な皆勤賞でも狙い始めたかこのお嬢。

 

「今月中には来ると聞いてましたが、具体的にはいつ来られるのですか?」

「んー?」

 

 食事中に滅多な話題を出さないで欲しい。

 とてつもなく嫌な話題がやって来た。気が果てしなく重くなるやつ。最近のしかかってきた、肩を凝らせる原因。ストレスマッハコースターである。

 

「いやぁ〜? そんな話したっけかねぇ?」

「……行かないおつもりでしたら、伝えましょうか?」

「いや待て行くけどさ。……今年中には」

 

 すっとぼけたバカのつもりで、延命期間を提示すれば、それはそれで恐ろしい提案。一度取り付けた予定を放り投げれば、それこそどうなることやら。メジロ家はそんなんばっかりか。

 本心を申せばそりゃ足が進まないが、行かなければそれはそれで、アルダンへの影響も心配される。でもせめて、もう少しの猶予期間は置きたいものだ。

 

「こっちだって心の準備欲しい」

「ではそう伝えますね」

 

 今年中それ即ち、十二月三十一日二十三時五十九分五十九秒までの、ギリギリな猶予期間を手に入れた。ホッとしつつ大根の酢漬けをぽりぽりと齧る。

 何を言われるかなんて、大体は想像がつきそうなものだ。大方マックイーンとの接触の話。それと学園に入ってからは、アルダンとこうして話す機会も目に見えて増えた。その二点を厳重注意されると見た。

 妹分のマックイーンはともかく、アルダンを許容したのは自らの意思だ。自分で『彼女なら構わない』と定義した以上、下手な弁明はしない。

 

「……どうせ言われる事なんざ予想できる」

「予想、とは?」

「『関わるな』ってなとこだろ」

「……そんなことは無いと思いますが」

 

 でなければ何の呼び出しなのだ。メジロの傑作とされている、マックイーンとの距離が近づき過ぎた、故に見咎められた以外になんだと言うのか。

 

「……無敗トリプルティアラ達成を労うため、などとは考えないのですか?」

「ありえんありえん絶対ありえん。賭けてもいいね。もし労われたらアルダンになんだってしてやるよ」

「――――乗りました」

「は?」

 

 乗られました。でも全然無問題だったりする。

 どうせ労いなどあり得ない。それっぽい言葉で皮肉を言われるなら、断然あり得る。だが褒められるなど、まずもって可能性として無い。そもそもカイトは宝塚記念においても、ベルちゃんとブライトを負かしたのだ。良い感情など、エイヴィヒカイトだったらまず持たない。

 そんな分の悪い賭けだと理解していないのか、アルダンは自信満々な目を崩す事はない。

 

「もう撤回は聞きませんから」

「構わないけど……賭けるなら条件は同じだって分かってんのか?」

「ええ、もちろん……それに」

 

 当然乗ったのなら、負けた際の罰ゲームも平等だ。もしカイトが賭けに勝てば、アルダンへの命令権を手にする訳だがそれ如何に。

 

「……それは、それで…………」

「なんだコイツ」

 

 なんだって目を逸らす。なんだって恥ずかしげに呟く。

 

「多少強引なのも……それはそれで……っ!」

「なんだコイツ!?」

 

 こないだのベルちゃんに通ずるところがある。あとはたまにマックイーン。やはりメジロ家とは魔窟の伏魔殿なのだろうか。

 なんで一人で勝手に昂っているのだこのお嬢。落ち着き鎮まりたまえ。けれど鎮火させる技術を知らないカイトは、祈りながらタケノコの刺身を齧るだけだ。なんて無力なのでしょう。

 味噌汁を啜って一息つけば、そういえばと明日の予定をアルダンへ教える。

 

「明日マックイーン来るから」

 

 音に直せるなら、スンッ、と。背後にはそんな文字が浮かんでいたに違いない。それくらい秒速で熱は冷めた、否、熱が覚めたの間違いでした。

 

「そうですか…………」

 

 メラメラと瞳の中で静かに浮かぶ炎は、きっと見間違いではない。てか見間違いであれよ。なんで妹分に変な対抗心燃やしてるんですこのお嬢。

 

「……やっぱり仲悪いの?」

「いえ全く。ですが……それとこれとは別問題です……」

「ふむ……俺絡み……?」

 

 カイトを介すれば、不和の原因が生まれるらしい。であればメジロ家からされるであろう御達しも納得だし、なにより自分自身納得している。

 やはりアルダンを許容したのは、早まった選択だろうか。

 もし今からでも遅くないとすれば、彼女を拒んだ方が良い。距離を置いて離れる。きっと、それが一番良い事なのだ。

 だったらもう会わない。それが最善の選択。

 

「ねぇ、カイト? 変なことを考えないでくださいね」

 

 もしかして図星ってのを突かれたかもしれない。てか変なことってなんだ変なことって。

 

「カイトが離れて行く方が、私にとってはもっと良くないことですから」

「は、はぁ?」

 

 ポロリと、箸で掴んでいたタケノコが落ちてしまう。

 上がろうとする口角を抑え込もうとすれば、上手く動かない口は相槌を紡げない。動揺させる天才かこやつ。

 

「お願いだからもう、私から離れていかないで」

「……臆面も無く、よくもそんなこと言えるな」

 

 お陰様で、ちょっと今は顔を見れそうにない。

 姉的存在に言われるからこそ感じる羞恥もある。ただでさえ向けられる善意には弱いエイヴィヒカイト。身も蓋もない言い方をされれば、白旗なんて余裕で上がる。

 後押し材料に美少女からの発言とくれば、それはもう効き目が覿面だ。身内補正も入ればオーバーキルだってされる。

 

「それだけ私はカイトが大切で、大事なヒトなんです」

「……なあ、もしかして俺って今、告白されてるのか」

「ふぇ? ………………!!???」

 

 自覚が遅い。鱗な滝ポイントを一つ贈呈しよう。具体的にはビンタ一発分。

 

「あ、あの! ちが、違くて……! いや違わない、です、けど…………でもそのっ!? こんなっ、タイミングじゃなくて!」

「まあおちつけ。とりあえずごはんでもたべなされ」

 

 ほらこのキノコソテー、美味しいよ。流石アルダン作。日増しに料理の腕が増している。成長度は底無しの果て無しだ。

 ともあれ、こんな時こそ冷静であれ。ビ、クール。ソウ、クール。我は平静であれ。

 大丈夫。わかっている。そう伝えれば良い。拗れた関係になどさせるか面倒臭い。誤解などチャチャっと解いて、いつもの食事風景に戻すのだ。

 

「単なる親戚のアルダンが弟の俺に恋愛感情とか、それこそありえんもんな」

 

 たははー、なんて茶化すように言ってやった。完璧見事な場の流し方だ。ビデオにとって教材にしたいくらい、個人的にはパーフェクトコミュニケーションでした。

 

「た……単なる、親、せき…………うぅぅ……」

 

 ただ世の中には、個人差という壁があるのも事実なのです。会心と思いきや、全然そんな事ないのも、ままある事なのです。ガッデム。

 ガラスのような透明度ある潤いが、彼女の瞳を覆っていく。まずいですこれ。

 

「待て待て待て待て。泣く、いくない。てか何故? ホワイ? どこにそんな要素が?」

「……もうっ!」

 

 勢いよく立ち上がるアルダンお嬢。激おことまでではないが、プンプン丸程度ではありそう。

 何をしでかすのかと観察してれば、自らの食器を動かすお嬢様。食べ終わったのかなー、なんて思いきや、置かれる先はなんでかカイトの隣。向かいからワザワザ移動させる意味、開幕検討付かずでござる。

 

「なにしてんの」

「今日からこの席で食べます。ここを定位置とします。ずっとここで食べます」

「……? そっか。じゃあ俺も移動す」

「いけません!!」

 

 立ち上がりかけたカイトの身体を、重量以上の力で席へ戻す。やっぱりウマ娘は力が強いなぁと、思ったのでした。強すぎて腕に痣出来てますよ。

 

「あっ! ご、ごめんなさい」

「いや、こんなんすぐ治るしいいけど」

「そ、そうですか…………」

 

 言いながらも離す気配は何処へ。

 それはともかく。そう、ともかくです。

 この席順である意味が分からない。卓はそこまで広くないのだから、隣り合わせでは使えるスペースが狭くなる。それ以上に優先すべきことがあるのだろうか。

 

「ダメ、ですか……?」

「ダメじゃないけど。むしろ好きにしてくれていいから、俺は向かいに……」

「それはダメ!!」

 

 今度は手だけでなく、腕ごと絡めて阻止してくるお嬢。危ないです。まずいですよ。これって実はコンプラ的に不味くて、丸くて柔らかなあーだこーだが非常に不味いって某大学でもどーたらこーたら。本格的かつ物理的に首が飛びかねない事態へ、発展してしまう――――!?

 

「イマスグハナレヨウ。ソノテヲハナソウ」

「……ここに居てくれるなら、離します」

「あい」

 

 やたらと潤んだ声色に、やたらと甘い眼差し。だがしかし、実際には拳銃突きつけられながら言わされた気分。生命線がぶれてしまえば、首肯を繰り返すしか無いではないか。げに恐ろしきはアルダン。流石はエイヴィヒカイト的、傾国させそうな女の子トップ5に入りそうなやつだ。ナンバーワンはこないだの休日にやたらと絡まれた、ダレンシャンとかいう娘。

 そうしてちょっとした席替えは終わり、談笑しながらの食事風景が帰ってくる。待ち侘びたぞ。

 

「明後日はご飯大丈夫だからって、言ったっけ」

「外で食べてくるのですか?」

 

 終了予定の時間的に、家で食べるのは遅くなりすぎる。多分トレーナーの奢り。

 

「トレーニングでちょいと遠出するから、夜遅くなりそうでな」

「分かりました。気をつけてくださいね」

「ういうい」

 

 スペシャルウィークの菊花賞敗退を期に考案された、明後日のトレーニング。内容は知らないが、スペシャルウィークのヤケ食い分を燃焼させようとしているとか。

 そう。あのボテ腹分を、一日でへこませるのだ。

 

「割とハードかもなー」

 

 

「割とハードだったなー」

「割とって……レベルじゃ……な、い……」

 

 どんなことでも意外とそつなくこなす、あのゴールドシップでさえ弱音を吐くとは、確かに相当にハードだこれは。

 電灯とは、生き物が恐れる暗がりを遠ざける。故にこそ現代社会には必須なのだと再確認できた。真っ暗なだけで、こうも精神へかかる負担が違ってくるらしい。

 

「ほれほれ頑張れ~」

「なんで、せん、ぱいは……よゆ、う……」

「鍛えてますから」

 

 鬼にはなれないが、鬼に迫る気迫くらいは出せるんじゃなかろうか。それぐらいには鍛えている自信がある。毎日ランニングマシーンを転がしていた賜物だ。一台オシャカにしてごめんねたづなっち。

 スピカの中でも、随一のスタミナ量を誇っている自負もある。才に溢れる後輩とはいえ、これぐらいはいい顔見せておきたい。

 

「もうっ、むり~……カイト、余裕ならっ……おぶって、よ~」

「え、普通に嫌だけど」

「そうっ、ですわ……っ、テイオー! そんなこと、させるなら……っ、わた、くしがして、欲しい、のに……!!」

「お前はもっと無理だけど」

 

 トウカイテイオーはともかく、マックイーンに関してはステイヤー気質なのだから、このぐらいで根を上げるのはよろしくない。

 地図を見る限り、目的地はそう遠くないのだ。頑張れ若人。

 

「しっかしミミズみたいな大雑把加減。今の時代に手描きなんざ流行らんとは思いませんか」

「…………」

 

 携帯のライトで照らされた地図を眺めながら、隣で走るサイレンススズカへ聞く。しかし返答は無言。正しくは、細かな呼吸音だけが帰ってくる。答えられる余裕が無いらしい。

 走り出しは意気揚々としていた彼女も、陽が落ちてからはいつにも増して静かだ。

 

「これが本当の、サイレンス(静かなる)スズカ先輩か」

「…………へっ? いまっ、スズカって、呼び捨てにっ……?」

「気の所為にも程がありますね」

 

 あらやだこの先輩、だいぶ酸素が足りてないようですわね。幻聴聞こえるなんて、中々にお疲れのご様子。そんな些事に気を向ける事なく、しっかり走ってくれると助かる。目の前で走る背中があるのは、後輩達が走るモチベーションにも繋がるのだ。

 呻き声を上げながら、集団は闇色の路を進んでいく。死屍累々な彼女らだが、地図によれば目的地はもう少し。頑張れ乙女。

 

「あ、見えた」

「あれは……!?」

 

 悠々自適とベンチに座ったオッサン発見。足組みしながらキャンディー咥えるその姿は、疲労が積もる我々には些かの腹立ちを感じさせてきます。

 

「よぅ、遅かったな」

「地図が悪いよ地図が。きょうび手書きってありえんぞ」

「そんなことより、とっとと風呂入って来い」

 

 疲れ切った体に沁みる、やたらと辛辣なお言葉。やだちょっとむかついてきた。

 そんな息絶え絶えな様子の面々から、ゆらりと立ち上がる芦毛の影。スピカ新参者のマックイーンは、そんなトレーナーの態度が気に食わないのだろう。安心したまえ、それは他のメンツも似た思いである。

 

「ええ、それはもちろんですがその前に……カイトさん?」

「まあ待てメジロマックイーン」

 

 淑女なお嬢様然とした……然とした彼女にプロレス技なんぞさせられない。そういった暑苦しいのは自分が引き受けよう。

 さて、トレーナーがタップするまで、果たしてあと何秒でしょうか。

 折れたらお見舞いくらいには行くから許してください。

 

「そんな感じなんで、気張れよトレーナー」

「…………は?」

 

 我がパロスペシャル、受けてみよ。

 

 

「湯船浸かるなんて……久しぶりで…………あぁ~……休まる……」

 

 程よい温度の水に使っているだけで、こうまで多幸感を得られるのだ。風呂での幸福摂取は、あまりに効率が良すぎる。

 心の洗濯とはよくぞ言ったもので、日々のストレスが流されていく気がする。

 

「家じゃ入らないのか?」

「面倒だしシャワーだけで済ませてる」

 

 ほぼ毎日寮までアルダンを送り届けているのだ、ゆっくりと浸かる時間など設けていれば、睡眠時間が足りない。かと言ってアルダンが居る最中に入浴するのは、どうにもしづらい。

 そこまで伝える訳もなく、隣で寛ぐトレーナーと他愛ない会話を続ける。

 

「二度風呂なんて、けったいなやつだな」

「ほっとけ。……こういった場じゃなけりゃ、ゆっくり話せないだろ」

「? 話すって、なにさ」

 

 カイトが痛ませてやった肩を揉みながら、ひょんなことのように切り出された。

 

「足は大事ないか?」

「なんのこっちゃにゃんだが?」

 

 おおっとこれはプチパニック状態発生。

 どこから漏れた。アグネスタキオンが教える利点も無いだろうし、病院には守秘義務という至極便利な規則が存在する。知れるとすればそれこそ身近に居て、カイトの骨折を知っていて、そんな人物と言えば――――

 

「とあるお嬢様からのタレコミでな」

「――……どこまで知ってるの」

「お前がメジロアルダンに伝えたこと、そのまんまだよ」

「……そっかぁー…………」

 

 そのような素振りを、二人共に微塵も見せなかった。そもいつの間にそんな会談があったのだ。

 トレーナーバレするには少々早すぎる。気づかれるならもっと後の予定だ。一体どこで狂ったかなんて言うまでもなく、お節介焼きなお嬢がだいたいの原因。面倒ごとを連れてきてくれた彼女に、少々頭が痛くなってくるが――――

 ――まあ、今更か

 

「なんて言われたの」

「彼女からは、これ以上走らせないように頼まれたよ」

「……そっか」

 

 そりゃカイトとてこれ以上走らないでいられるなら、それに越したことない。しかし夢を叶えるなら、そうも言っていられないのだ。

 嫌な事でも、続けなければ叶わない夢があるのだから。

 

「んで、トレーナーはなんつったのよ」

「無理だって言っておいたよ。そしたらすんごい顔された」

 

 何それ見たい。

 

「ははっ、嫌われたんじゃねーの?」

「かもな」

「嘘でもハイって言っておきゃよかったのにな」

「すぐにバレる嘘なんざ、意味ないだろ」

 

 エイヴィヒカイトのような奇特な存在を受け入れた彼だ、怪我を無視してでもという方針も受け入れてくれるかもしれない。なんて少しの期待もあったとはいえ、怒ったりしている様子もないのが少しだけ意外だった。

 

「それで、俺にはなんて言うの?」

「これ以上お前には怪我させない」

「ありゃっ……それだけ?」

 

 小言の一つや二つを予想していた手前、梯子を外された気分。

 

「走るなって言い聞かせようとすれば、お前チーム抜けるだろ」

 

 トレーナーとは読心術の持ち主か何かか。それぐらいできないと、中央トレーナーとしての資格とか無い感じだろうか。

 実は移籍のための書類等の準備は揃っていたり、たづなさんからの渋々了承も得ていたり。

 

「近くにいてもらった方が抑制しやすいからな。嫌でも居てもらうぞ」

「ヒトに獣みたいな物言いしやがって」

「似たようなヤツだよお前は」

「獣らしく噛みついてやろうかコラ……のぼせそうだから、もう上がる」

 

 逃げる口実交じりに脱衣所へ向かえば、トレーナーも同じように湯船から上がる。時計を見れば、女子たちとの待ち合わせまで頃合いの時間になっている。着替える時間を考えればちょうどいい。

 扇風機に回された空気が涼しくて、火照る身体に心地良い。熱で伸びた思考が、キリリと締まっていく。

 

「コーヒー牛乳奢ってよ」

「仕方ないな」

 

 珍しく気前がいい。どうせこの後も奢るから、今奢ったところで変わらないとの判断でしょうか。先日が給料日だったりするのだろうか。

 

「サンキュー」

「おう」

 

 風呂上がりの至福の施しを受けて、上機嫌に甘い液体を飲み干す。

 冷たい糖分が体内を潤す。腰に手を当てるのは立派な礼儀です。これが出来ていないと、面接なんかも落とされるレベル。

 

「もう二度と大きな怪我なんてさせず、そのまま上に行かせてやる。俺がお前の夢を叶えてやる」

「夢の具体的な中身を聞かないで、そんなこと言っちゃっていいの?」

「ああ。だからその先の景色を、俺にも見せてくれ」

「……ああ、約束する」

 

 そんな叶わぬ誓いを聞きながら、叶える約束を交わして、共に瓶の中身を飲み干した。

 とはいえ瓶一本程度では腹は満たされない。ただでさえ今日は腹ぺこなのだ。

 懐石料理やらが出るとかの話もあることだし、存分に食い漁ってやろう。トレーナーの財布よ、ここが散り時と知れ。




やっぱドラゴンボールっておもしれーや
ピッコロさんと悟飯の関係性とかすごく好き
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