未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

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アルダンピックアップもっかい来いと願いながら作った地雷


そのじゅうなな

『チーム中三人が出るなんてな。トレーナーとしては複雑か?』

『分かってるなら避けろよ……』

『無理。ジャパンカップなんて大物、絶対逃さんぞ』

『え? ……?』

『……やっぱり、カイトくんも?』

『そりゃもちろん獲りますよ』

『? ……?? ……もしかして、カイトさんも出るんですか……?』

『ライバルとしてよろしくな、スペシャルウィーク』

『……えぇ〜〜!?!?』

 

 みたいな一幕を経て、天皇賞前日。

 今日のチームトレーニングは休んで、カイトはこのケミカルな香りが染みつく部屋へとやって来ていた。

 データで送受信されるはずのプラン内容だが、直接事細かに解説してくれないと、どうにもカイトには理解出来ない事が早々に判明した。

 エイヴィヒカイトがスカポンタンな可能性も高いが、それ以上にアグネスタキオンの説明が下手なのもある。IQが高すぎるワードを羅列されても、一周回れば異星の言語となんら変わらない。もちっと知能指数低めに頼みたい。

 

「言うなれば継承、と称すべき技術の模倣。それこそがキミに果たさせようとしている、プランの根幹だと理解しているね?」

 

 ダボダボの白衣の袖で指差して、カイトへ首肯を求めるアグネスタキオン。

 ここまではおさらい。そんなのは言うまでもなく、走り方を見れば一目瞭然だろう。

 あまりにもサイレンススズカに酷似させた走り方。強者に倣い、与えられた者に似せる。結局のところ、凡才はそんな努力を積み重ねることが、自らを伸ばす唯一の手法。

 新たな境地を開拓するのは天才と呼ばれる者だけ。非才と呼ばれる者なら、既知の代物を如何に自らへ最適化させて植え付けるか。そこに尽きるのだ。

 そんな方針は素人ながらも、学園に入ってから続けていた。強いと思われる先輩方から盗もうと、穴が開くほど映像を見尽くした。だからか、先輩の掲げるプランの指針は、やたらとエイヴィヒカイトにしっくりとくる。

 

「それは行幸。先の走りで見せてくれた、サイレンススズカ君の動きも、実に見事な出来栄えだった。あの走りができるなら、同期くらいなら難無く捻じ伏せることが出来る。君の周りの非凡さを思うなら、そこで満足するのもアリだと思うがね」

「そんな程度で足りる訳ないでしょうよ」

「言ってくれると思ったよ」

 

 確かにスペシャルウィークやグラスは強いのだろう。他の同期連中も、才に溢れた強豪と称されるに相応しい者ばかりだ。真面目にエイヴィヒカイトの世代は、黄金期を迎えていると目するに相応しい。けれどもそれだけ。

 

「俺が欲しいのは世代最強でなくて、過去から未来までをひっくるめた歴代最強なんですから」

「聞けば聞くほど子供じみた目標だね。君の持つ才を思えば、荒唐無稽にすら聞こえてくる」

「何を今更。てかそんな大言壮語が実現可能な範疇にあるから、先輩から声を掛けてきたんでしょうに」

「全くもって違いない」

 

 そうして肩をすくめながら渡してきた、五枚ほどの印刷紙。そこに記されているのは、様々な先達の名前。そこにはサイレンススズカの名前もある。

 まるで、というかまんま名簿だった。

 

「君の気質に合いそうで、尚且つ模倣するに値する娘達だよ」

「こん中から?」

「適当に一人選んでくれ。誰を選ぼうと君の凡庸さなら、習熟までの期間に変わりはない」

「お見合いですか?」

「言い得て妙だね。……確かにモチベーションに沿って決めれば、進行速度が上下する可能性もある、か……よし。ちゃんと気に入った娘を選んでくれ」

「えぇ……?」

 

 言えばマジのお見合いみたくなった。

 気が乗り切らないままに名前を眺める。とは言っても、名前だけでピンと来るなら、エイヴィヒカイトは今まで名前を間違えるなどしてこなかった。せめて顔写真くらいあれば、フィーリングも働きそうな物だが。

 もしかして断られたのだろうか。だったら別角度から写真を用意するくらい、この先輩(共犯者)ならしでかしそうだが。

 

「名前の横に写真が欲しかったです」

 

 常識的な倫理観と、非常識マッドな思考をトレードオフして生まれてきたような、そんな雰囲気してるくせして、まさか盗撮はしないなどと言うまいな。

 

「私が彼女らの写真を集めていると知られれば、結果的に些かやり辛くなるのは君の方だが」

「……そっか、先輩って警戒されてますもんね」

 

 ゴールドシップとは別路線な、やべー奴として。

 

「不思議なことにね」

「不思議なのかなぁ」

 

 担当トレーナーを光らせた噂を、エイヴィヒカイトは真実だと知っている。比喩でなく。物理的に。そりゃもうカラフルに。

 たづなさんからも目をつけられているのには、それなりの根拠があるのだから。

 

「それで、決まったかい? そろそろカフェが来る時間だ、早いところ決めて欲しいな」

「え? うわもうそんな時間……え、っと……じゃあ…………」

『――今度からは俺に一声掛けろ』

 

 それが仕事な訳だし、少しくらいは頼るのも良いのだろうか。

 

「…ちょっと、トレーナーと相談して決めますね」

「君の担当と? ……私は構わないが、君は良いのか?」

 

 プラン完遂までの延長、もしくは断念させられるリスクをワザワザ背負うのかと。カイト自身への自問に重なる、アグネスタキオンからの問いかけ。

 確かに頼る必要性は薄い。目指す目的にその過程。少し考えれば上手い選択では無いと、誰でもなく自らが悟っている。

 頼るべきで無い材料はいくつも見つかる。頼るべき材料は、残念ながら少ししか見当たらない。

 けれど。

 

「まあ……一応、トレーナーなんで」

「ふーん?」

「……なんすか」

「いや、別に」

 

 それ以上何も言ってこないでくれるのは、少々ばかり助かった気分。

 かなり好き勝手させてもらっている立場だ。少しくらいは大人しくしているポーズでも、見せた方が今後に繋がる。

 そんな、誰に向けたかも分からない言い訳を、部屋から出る間際にようやく思い付けた。

 

 

 他メンツがジャージの中、一人伊達眼鏡まで掛けた私服姿で、ささやかな変装を試みるエイヴィヒカイト。帽子も普段のピクチャーハットとは違い、紺のキャップに変えている。

 その甲斐あってか、カイトへ向く視線は普段よりグンと少ないが、それ以上に人酔いする勢いで密度が高い。

 

「ヒトがゴミゴミしてら」

「みんなスズカ先輩を見にきてるんでしょ?」

「そいつは納得だね」

 

 聞くところによれば、圧倒的一番人気とも。グッズ等も即座に完売。熱狂と称しても違和感なく受け取れる、熱の上がりようだ。そうさせるだけの走りを持っているからこそ、その人気ぶりには納得の二文字以外無い。

 手摺りに頬杖を突いていれば、鎬を削る者たちが、徐々に姿を現し始める。

 

「……やべっ。トレーナー、ちょいと壁になれ」

 

 なんたって、このための変装でもある。

 サイレンススズカの勇姿にワクテカしているとこ悪いが、こちとら死活問題でもあるのだ。ご協力求む。

 

「あん? なんだよ」

「いいから」

 

 ゲートへ向かう姿を見せる、天皇賞秋の走者達。その中に見えた、空色と白のスプライト柄。例の家特有なカラー。

 見えた瞬間、自分よりも背の高いトレーナーに、カイトの姿を隠してもらう。

 ライアンやベルちゃんは正直どうとでもなる。ライアンはこちらを気遣ってくれているのを感じるし、ベルちゃんは逃げれば無問題。パーマーはあっちからも距離を取っている故、そうそう出会わない。アルダンはもうアルダン。

 しかし、しかしだ。あのぽわぽわしたオーラを纏うお嬢様には、見つかってはならない。宝塚の際は、サイレンススズカとの会話で上手く時間が潰せたが、今はそんな手段使えないのだ。

 

「エイヴィヒカイトは此処にいない。リピートアフターミー」

「……エイヴィヒカイトは此処にいない」

「トレーナーだけじゃなくて、みんなにも頼みたい」

「え〜? 俺たちもっすか?」

「頼む後生だ」

 

 スピカから事情を勘繰られるなんて、その程度の些事に気を取られてはならない。なりふり構っては、ぽわぽわお嬢様には対抗できません。抗うなら徹底的に。

 メジロ家で一、ニを争う程苦手な娘が、こちらへ駆け寄って来ようとしているのだ。目当てはマックイーンだろうが、ついでと言った感覚で見つかりでもすれば、今まで避け続けていた努力が水泡と帰す。

 おそらくは、家にも雪崩れ込まれる。オマケと言わんばかりにその他メンツも連れて。悪意無しでそう働きかける彼女のぽわぽわオーラは、カイトへの拒否権を奪い尽くすのだ。

 本格的な会話さえ避ければ、あるいは――――!

 

「……来たっ。頼むぞみんな……!!」

 

 後はチームの絆を信じるだけだ。ともすればレース以上に真剣な声色だったかもしれないが、実際カイトの今後に関わる接触である。御家との謁見前に、妙な縁を繋いでたまるものか。

 

「マックイーンさま、来ていらっしゃったのですね〜」

「あらブライト。調子、良さそうですわね」

「それはもう〜。僭越ながら、たくさんの応援があってここまで来ました。ですのでわたくし、今日は精一杯頑張りますわ〜…………あら?」

 

 辺りを見回したような気配に、心臓が縮み上がりそうになる。

 おいなんだその訝しむような声は。やめて何も探らないで。此処にブライトが気にするような存在は、全くどこにも居ませんですことよ。

 

「マックイーンさま、カイトくんはいずこへいらっしゃいますか?」

「え、、……っと……カイトさん、ですか」

「はい。パドックからはお見かけしたのですが、それ以降は見つからなくて。てっきりマックイーンさまと共に居られるかと」

「……なん、だと……?」

 

 変装の意味が無かったと判明。これも兼ねて、ワザワザ帽子まで変えてきたのに。伊達眼鏡だって購入の必要性皆無でした。無駄金ェ!

 であればますます目視されてはならない。こんな事なら、早々にこの場を離れていれば良かった。横幅三十センチ弱なこの背中こそが、エイヴィヒカイトの生命線でありました。

 

「カイトさん、なら…………」

 

 何故言い淀む。言ってしまえマックイーン。先の手筈通りに、エイヴィヒカイトは此処にいないって。

 

「ハァ……ったく。……カイトならレース始まるまで戻りそうにないぞ。じゃんけんで負けてな、買い出し係だ」

「あら、そうだったのですね〜」

「そうそう、レース後の飯も奢りってんだから太っ腹だよなー」

 

 余計な事付け足すな金船女郎。

 ともあれナイストレーナーである。今日この瞬間ほど、トレーナーに感謝した事などあっただろうか。

 聞いての通りだ。大人しくゲートへ向かいたまえよ、ぽわ嬢。

 

「それでは、このまま待たせてもらいますね〜」

 

 は?

 

「いやー、それはどうなの? 結構時間押してそうだけど」

「そ、そうです! ゲート閉まっちゃいますよ!」

「ですので、ギリギリまで待たせていただきますわ〜」

 

 なんて恐ろしい娘。トウカイテイオーとスペシャルウィークの言葉を受けても、モノともしない精神力。肝が座り過ぎだ。こっちは肝が冷え過ぎだ。

 救援要請求む。みんなもブライトを引き離そうとしてくれてるが、ぽわぽわした笑顔を浮かべて、一向にこの場を離れる気配を見せない。メンタリティ鋼か。

 このままでは見つかるのも時間の問題だ。その前に誰か、頼れる誰か助けて。

 

『――さあ、最後に登場したのはっ、サイレンススズカ!』

 

 空が割れそうな声援が、けたたましく上げられる。

 

「スズカさーん!!」

「……! みんな! ……ブライト?」

「ごきげんようスズカさま」

 

 サイレンススズカの困惑した声が聞こえる。そりゃレースが始まろうって時に、このお嬢様は何をしてやがりますか。戸惑うのも当然です。

 

「どうしたの?」

「カイトくんを待っていようかと思いまして」

「そ、そう」

 

 陰からサイレンススズカへ目を向ければ、バッチリと目が合う。察してくれたのか、『大変ね』みたいなテレパシーを受け取った。察したついでに、ゲートまで連れてってくれないだろうか。はよう持ってけ。

 

「スズカさん、これ持っていってください!」

「え……これって、ダービーの時の」

「ご利益あるかなって!」

 

 渡そうと言ってた物を、スペシャルウィークは無事渡せたようだ。その効力がまだ続くのなら、サイレンススズカの勝利は揺らぐ事無いのだろう。

 

「うん! みんな期待してて!」

 

 そうして、トレーナーとハイタッチを決める先輩。その動きでカイトの姿が漏れ出そうになるが、それは言わないお約束。

 

「それじゃ行ってきます……ブライトも、もう行きましょう?」

「いえ〜、わたくしはもう少し待っていますので〜」

 ――ファッ!? ……!! 、!

 

 決死のハンドジェスチャーが、トレーナーの肩元から発される。ブライトには見えない角度のはずだ。これでバレちまったらもう諦めます。

 頼れる我らがサイレンススズカ先輩は、見事このジェスチャーを受け取ってくれました。

 

「ほら、遅れちゃうわブライト」

「あら? あらあら〜?」

 

 無理矢理手を引かれて遠ざかっていく、スプライト柄の鹿毛。もしやサイレンススズカが連れていかねば、此処でずっと張られていた可能性もあったりしたのかしら。

 トレーナーの背中から、恐る恐るターフへ視線を向ければ、ちょうど先輩と目が合った。

 

『頑張ってください』

『ええ、頑張るわ』

 

 分かってると言わんばかりな、茶目っ気を含んだウィンク。ありがてえ気遣い、先輩最高です。なんだあのヒト女神かよ。ファンになります。

 

「ふぃ〜〜……終わったかと思った……」

「スズカに助けられたな」

「いやホントに」

 

 運動しなくとも、息切れってするものなんですね。

 事情を聞きたげにしている面々は無視して、ゲートの方へと目を向ける。

 エイヴィヒカイトの話なんて後にして、今はチームメイトをこれでもかと応援しようでは無いか。

 どうせサイレンススズカが勝つ。どうでも良さげでもなく、純然たる事実としてその結果が叩き出される。

 気力体力共に十全を誇る、今のサイレンススズカに追従しようなどと、サイレンススズカ先輩は許す事無いのだろう。その才には益々磨きが掛かり、走ることへの充足感がその才を尚も磨き上げる。

 異次元へと向かい続けるその両足は、止まることなく進み続ける。

 周りは誰もが応援して、声援を送って。

 止める者も居ないのなら、それが自壊への道だと誰が気付けようか。

 

 

 大欅の向こう側に、疾走の残影は消えて、その影へ向かって誰も知らぬ間に――――府中の魔物が密やかな牙を剥いた。

 

「――え?」

 

 そんな声を、誰が最初に発したのか。その戸惑いに端を発して、どよめきは広がっていく。

 それを見た瞬間感じたのは、既視感に近い動き。

 片足を庇うように、超速の中で自らを制そうとするその動き。止めようとする理性と、進もうとする慣性に揺らされる動き。

 意思と肉体が噛み合わない、根幹のズレた走り方。

 間違えようもなく、宝塚記念でカイトが味わった痛みを、彼女は味わってしまっている。

 

「――トレーナー救急車!!」

 

 迷う事なく、手摺りを飛び越える。着地の踏み込みと共に、トレーナーへ叫びながら、自らを全速へ振り切れさせる。

 肉体の割れる激痛が、息を切らせる中で突然に襲いくるのだ。そんな衝撃は、一つの意識なんて容易く奪う。

 速度を保ったまま転倒なんて大事故を、いとも簡単に果たさせるのだ。

 

『サイレンススズカ……!? サイレンススズカに故障発生です!!』

「スズカさ――――」

 

 スペシャルウィークの悲痛が聞こえ切る前に、灰色の世界が雑多を遮断させた。

 無意識か意識的か、サイレンススズカは緩やかに減速をしている。であれば命に別状は無いだろう。これで生命という最低ラインは守られた。であれば次点に気にすべきは、足の重症化。

 前のめりにつんのめる姿に、焦りは加速する。

 

「前からは、マズイって――!!」

 

 前から倒れ込もうとするのは、生命体の防衛本能だ。後頭部から倒れないように、比較的生命の危機から遠ざかる転倒をしようとする。

 だが今回は、それが一番マズイ。それでサイレンススズカの怪我が悪化すれば、それこそ今後に繋がる。骨折とは悪化すれば、歩くことすらままならないまでに重くなると、そう担当医に怒られた経験がある。

 折れた骨がズレてしまえば、神経を傷付けて、どうしようもない後遺症を遺す。

 そうして走れなくなったサイレンススズカは――――死んだものとどう違う。

 

「先輩――!!」

 

 驚きながらも、辛うじてレースを継続させる団体とすれ違う。しかし無視だ。そんな些事より、今は優先させるべき手筈がある。

 足は地に付けさせない。体重を掛けさせない。それを徹底させた。

 左足を根元から抱えて、もたれかかせるように先輩を抱き留める。その身体は、走っただけとは別の理由で更に熱い。

 倒れ込む寸前で、カイトは間際に間に合った。

 

「先輩! おい先輩!!」

「…………」

 

 気を失ったのは好都合。下手に起きていれば、ショックで暴れていた可能性も否めない。

 

「カイトさん! スズカさんはっ!!?」

「大丈夫生きてる! 寝かせるの手伝ってくれ!」

「ハイっ!!」

 

 脱いだ上着をクッションにして、左足を優しく横たわらせる。慎重に靴を脱がせて、血流を楽にさせる。ここまでが医者に聞き齧った知識。本当ならタイツも脱がせたくあったが、どの部分を折ったのか不明な以上、下手に手出しはできない。

 救護班がやってくるまでの間、素人知識で迂闊な真似は止すべきだ。こんな事なら応急処置の一つや二つ、覚えておけば良かった。

 周りを見渡せば、ターフ内へ入り込んでくる救急車。じきにこちらへ到着するだろう。ここまでくれば、カイト達に出来ることなどあまり無い。せめて声を掛け続けるくらいのものか。

 深く深呼吸をして、こんがらがっていた意識を整える。

 

「…………げほっ……落ち着けよスペシャルウィーク。泣きながら励まされても、先輩だって困るだけだ」

「……はい……分かって、ます」

「お前の渡した四葉もある。きっと大丈夫だよ」

「はい……っ、はいっ……!」

 

 ここにも骨折から立ち直った一例がいる。サイレンススズカは、きっとこんなところで止まらない。

 出所不明瞭な確信が、エイヴィヒカイトにはある。

 沈黙の日曜日と称されるその日、エイヴィヒカイトは鮮烈な姿を、その目に焼きつけた。

 

 

 身的後遺症も無く、しっかりと治ると診断されたサイレンススズカ。

 左足には痛々しく巻かれたギプスに包帯。これで右足だったら親近感湧いていた可能性もある。

 

「スペ先輩とカイト先輩、すごかったんですよ」

「病院の先生も褒めてくれてたよねー」

 

 顔馴染みの医者が、『お前がなぁ……』って雰囲気でしみじみと褒めてくださいました。そんな反応をされてしまうのは、行きつけの欠点でもある。その内ストレスで禿げさせてやろうと模索中。

 

「こいつなんて、いの一番に走り出してよー」

「余計なことを言うない」

「カイトくんが?」

 

 意外そうな目で、サイレンススズカに見られる。

 そりゃそうだ。カイトだって、あんな必死になるとは思わなかった。条件反射とは、かくも厄介な代物である。

 

「いや、俺よりスペシャルウィークです。鼻水ダラッダラのダミ声で呼び掛け続けた点を褒めてやってください」

「びゃあ!? い、言わないでくださいよー!!」

 

 隠れ蓑に最適ないじられキャラ。実際必死さはスペシャルウィークの方が上なので、可愛い後輩として、これでもかと労ってやってほしい。

 

「後々思えば、写真撮っておきたかったな」

「やめてくださいよっ!」

 

 流石にあの場でそんな事する暇なんて無かったが、それくらい強烈な顔だった。

 

「いやでもほら、それあれば先輩の治りも早くなるかも?」

「ふふっ、そうかもね」

「スズカさん!?」

 

 内に秘めた思いはともかく、表面上に浮かばせる顔色は、そう悪そうに見えない。繕えるくらいの余裕は出てきたらしい。

 少なくとも今伺わせる笑顔は、本物の笑顔だ。

 

「約束……」

「ん?」

「守らなきゃね」

「っ!! ……はいっ!!」

 

 そんな決意の表情を見れば、彼女は立ち直るとの確信は、尚も固くなった。

 

「それに、カイトくんへのリベンジもしなくっちゃ」

「へ? いやいやそれは無理ですよ。次も俺が勝つんで」

「むっ……そんなこと無いわ」

「いやでも、俺が勝つし……」

 

 当然のことのように宣言すれば、呼応した負けず嫌いが発動する。

 いくら怪我人だろうが、そこだけは譲れない。負けず嫌いをいくら出そうと、次もエイヴィヒカイトは勝つだけだ。

 

「いいえ、次は私が勝つわ」

「いやいや、結局俺が勝つんで」

「いいえ、次こそは……」

「いつまで続くの!?」

 

 くだらない言い争い、にもならない押し問答。

 そんな張り合いが、サイレンススズカへの力になるのなら。

 

「俺に勝つってんなら、それこそ早く治さないとですね」

「ええ……待っててね」

「気長に待ちます」

 

 多少は嬉しく感じる。

 

 

「調子はどうだスズカ」

「具合はいかがですか〜?」

 

 ガラリと扉を開けて、ゾロゾロとやってくる見舞い人達。病室の人口密度がすごいことになっているが、それもサイレンススズカの持った人柄と言うモノなのだろう。

 

「エアグルーヴ、それにみんなも……ありがとう」

「よせ、それよりも早く治してくれる方が私たちも嬉しいのだからな」

「ええ、そうね」

 

 スピカの面々が持ってきた花で、病室を飾り付ける作業に夢中なカイトには気づかない。カイト自身も、この時点では気づけていない。知らず華やかな室内へと彩っていく。

 とんでもない爆弾の存在がひょっこりやってきたと、この時点で気づいていればどれほどマシな結果になっただろうか。

 

「スズカ先輩には早くリベンジしたいデス! その日を今から待ち侘びてますからね!」

「私も、毎日王冠の雪辱、果たさせていただきたいです」

「ええ……望むところね」

 

 密度が高まって、ヒトの壁で視界が塞がれていた。それ故に、ギリギリまで気づかなかった。

 

「ん、グラス達も来たんだな」

「カイトもこんにちはデース!」

「ご養生くださいねスズカさま…………()()()?」

 

 互いに声を発して、それで初めて気づけたのだ。もはやこうなる運命だったと、走馬灯が浮かび上がるのもいかしかたないのデース。

 

「…………やっべ」

「……あら?」

「あっ、ブライト……」

 

 やってしまった感を含む声を出す、サイレンススズカ。できればもう少し早く教えてくれたり出来なかったものか。ちょっぴり恨んでもよろしいでしょーか。

 

「ああ、偶然出会ってな」

「あらあら?」

「……副会長、なんで連れてきたんですか……っ!!」

「は? いや、受付で会っただけだが……」

 

 理不尽な非難に、眉を顰めるのも無理はない。カイトだって同じ立場ならそうする。でも今のエイヴィヒカイトは非常に不安定なので、その理不尽は後輩の可愛げとして受け取っておいてくれると助かる。

 

「あらあら? あらあらあら?」

「メジロドーベル先輩といい、アンタは俺にとっての天敵なのかっっ!!??」

「カイトくん? どうしたんですか」

「――いや、なんでも? なんでもあるから気にしないでくれグラス」

 

 ようやく落ち着けた。グラスワンダーの涼やかな声によって、エイヴィヒカイトの均衡は多分保たれた。これによって平静な思考を取り戻し、平常かつ冷静な判断力が生まれて、至極理性的な行動に移れる筈なのです。

 

「やっと会えましたわ〜」

「…………あいたたたたた、胃が、胃が痛い。ちょっと自分はこれでおいとまします」

 

 冷静? 理性的? 知るかそんなもん。時代はパッションだ。パルスモリモリの衝動的感情論でゴリ押す。それが今のニーズなのだと知れ。

 

「学園に入られたとお聞きしてから、どうしてか姿を見ることがなかったので心配しましたわ」

「……いやあの、俺胃が痛いので帰るんですけど」

「お聞きしたいことがいっぱいありますから、久しぶりにお茶をご一緒しませんか?」

 

 エイヴィヒカイトは知っている。提案の体を成していると思いきや、実は選択の権利が無いことを知っている。てか話を聞けよ。

 これだから苦手だ。ヒトの話を、正確にはエイヴィヒカイトの言を、その一切を取り合おうとしない。他者ならまだ話を聞くのに、どうしてカイトだけこんな対話出来なくなるのです? ぽわぽわしすぎて、頭蓋骨の中で脳みそが浮かんでいるのかしら。

 聞く耳持たずの行動力で、カイトの行動を強制させるのだ。

 

「ちょっ、腹が痛いから帰りたいんですけど、っ、あのっ、手を、手をっ、……手を離せぇ!!!!」

「なんだ知り合いだったのか」

「無自覚な諸悪が呑気!?」

 

 なんだ、じゃねーよ。思わずタメ口で出そうな言葉の数々を、なるだけ加工して述べた。危うく関係性が悪くなりそうな言葉を発するところだった。

 

「まっ、メジロマックイーン助けてぇ!!」

「……」

 

 対抗できる可能性を持った身内へ手を伸ばす。

 しかし曖昧な笑みを浮かべた妹分は、目線をずらして聞こえないフリ。ちょっと無情すぎやしないかマイシスター。

 

「なんでぇ!!??」

「カイトくんとお茶なんて何年ぶりかしら〜。わたくしおすすめのお店でよろしいかしら〜?」

「よろしくないかしらー!??!!!」

「では行きましょうか。それではスズカさま、お大事に〜」

「話聞けよ誰か助けて!!!!」

 

 ジャパンカップまで、残り一月弱。




メジロ賛歌ってなんぞやねん

天皇賞秋でライアン出てたのはブライトの代わりだったので、大胆チェンジ
ライアンの出番は追々
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