そんな地雷
「アルダン、付き合ってよ」
「…………へ?」
「だから、付き合ってくんない? ――」
「○=%¥2$£↑+ー☆!!!!????」
「――買い物に」
外出の誘いをした、休日前日。
なんかすんごい顔をして、顔の赤色が天井知らずのまま、やたらと叱られた晩飯を超えたその日。
慣れの境地へたどり着いた、お嬢のお泊まりを超えた次の日。
「上機嫌だな」
「そうでしょうか?」
思っクソ尻尾が高く揺れてますが。お嬢様らしからぬ感じですが。触れないのが花ってことでしょうが。
「――――♪」
「……ま、いっか」
水を差すのも無粋だろう。指摘して取り繕おうとする姿も見たいが、今の上機嫌を眺めるのもオツです。
何よりも、不機嫌よりかはよっぽど良い。最近ではトレーニングをする度に、泣きそうな顰めっ面を目立たせていたアルダンだったが、それが嘘のような和やかさ。これなら外出に誘って正解だった。
「買い物ってだけでよくもまあ……」
「……? 何か言いました?」
「聞こえないほど楽しみなのか」
「ええ、それはもう。カイトと出掛けるなんていつ以来かしら……」
まだ何もしてない。なんだったらまだ駅ですらなく、まだカイト宅なのだが、そんな理由がその場で無自覚スキップをさせる要因になるらしい。それを聞いて、一体どんな反応をすれば良いのか分かりかねます。
「本当に電車でよかったのか?」
今は一線を退き、身体を消耗させることも少ない暮らしのアルダン。しかし日常では目立たないが、アルダンの身体は依然変わらず脆い。ほぼ毎日寮まで送り届けるのはその理由もあり、泊まることを渋々、ホント渋々了承したのもそれがある。家に来て初日の帰宅時に倒れ掛けてたのは、カイトの心臓が止まったと思った。
流石に御家に車を出してもらうのは(カイト的に)よろしくない。タクシーでの移動を当然提案したが。
「運動不足って訳でもないだろ。歩きたいからなんて理由でぶっ倒れても知らねーぞ」
「その時は助けてくれるのでしょう?」
「マジで知らんぞ。救急車にぶち込んでおしまいだかんな」
「あら、救急車は呼んでくれるのですね」
「……うるへい」
そうこうしている間に、もう朝とは言い難い時間帯だ。
カイト宅から駅までは遠くない。朝食も済ませたことだし、出発の頃合いには丁度良さげ。鏡を見直して、自己をあらためて見直す。
いつもの帽子は今日は留守番。伊達眼鏡も鼻にかけて、感触を確かめるようにつるをなぞった。
「……変装帽よし。眼鏡もよし。尻尾はもとから隠れている。これで誰も俺だとは気付かない……ハズ」
つい先日ブライトから即バレした実績がある分、些かの不安が勝ってしまう。不安の種を見事に受え付けるとは、やっぱりぽわ嬢天敵か。
「アルダンからはどう見えるよ? 俺って分かる? 完璧な変装だとは思わんかね?」
「……………………はぅ……」
「……えっと……アルダンさん?」
心ここに在らず、
その熱い溜め息は一体なんなんですか。なんか妖しい雰囲気を出すのは控えましょう。朝っぱらからなんちゅー目をしてるんですか。
「え、もしかしてこれマジで無力な感じ? 結構良い値段したんだけどコレ」
「…………っ、! ……そうですね、カイトだと分かります」
「……本当に?」
「ええ、お知り合いであればすぐに気付きますよ」
てことは見知らぬ者は気づかないということで、それなら無問題である。今回は知り合いで無く、その他の者たちから隠れたいのだ。それが果たされるなら買った甲斐もあった。
「ならよしだ。そんじゃ行くか」
「掛けていくんですか?」
「当たり前だろ」
「……ごめんなさい言い間違えました。掛けてもすぐに気づかれてしまうでしょう」
「は?」
話の方向性がシャトルランを始めたのかも分からん。どの言を信じれば良いのだ。
「どっちだよ」
「掛けたところで意味が無いです。ですから、掛けないでくださいね」
挙句そんなこと言われれば、困惑は最高値へ近づくのもやむなし。ファッションとしても使わないのなら、ますます無駄金感が増すのだが。インテリアにでもしろってか。
とはいえアルダンがそう言うのなら、それに従うのが吉と経験則は語る。下手に逆らったところで、カイトへの利に繋がったりはしない。むしろ突っぱねるほど面倒になる傾向すら存在する。
「分かった掛けない。意味無いなら掛けませんから」
「……外じゃ絶対駄目ですからね」
「しつこいぞお嬢さーん」
その言い分をまんま受け取れば、内なら良いってことにならないか。わざわざ室内で掛けるほど気に入っている訳じゃない。七千円強の一品が埃を被るまで、そう遠くない未来と見た。
「そんじゃ行くか」
「はい、参りましょう……ふふっ」
なんでいきなり笑うのだ。突発の無さが怖い。怖いし恐い。
不思議な上機嫌を連れて、天気の良い休日は始まった。
都心の人口密度が普段よりも高いのは、なんとも休日らしさを感じる。
今の時間帯で制服を着ていないことに非日常感を感じるあたりは、自分もトレセン学園の一員として馴染んできた証だろうか。歯痒さと複雑さが綯い交ぜになって、こういった日はどうにも慣れない。
はぐれないよう、歩幅をアルダンに合わせてゆっくりと歩く。
「ところで、何を買うつもりなんですか?」
「んー? ……その、さ」
ちょっと照れ臭そうな演出をひとつまみ。目線を斜めに逸らして、指で頬を掻く。そんな一工程が良い味を出すのだ。
思いっきり揶揄ってやろうと決意したなら、とことんまでやらいでかー。
「……カイト?」
「あー…………プレゼント、です、はい」
まだだ。まだ溜めるのだ。溜めはあればあるほど良いとされている。これがエイヴィヒカイトの持論でもあります。
「誰への?」
「うぇ!? い、言わなきゃ、ダメか……?」
「……聞きたいです。カイトの口から」
釣れた。それはもう見事な一本釣りをしてやったり。真っ直ぐとした目線はカイトの目を見据えて、分かりやすい期待感を浮かべている。かなりサイテーな目論見達成。やったぜ。
そうして叩き落として、ちょっと落ち込む表情を拝んでやるのだ。
此処まではうまくいっていた。此処からは見積もりが甘かった。
ちょっとしたお茶目は、ヒトをガチギレさせることもある。後々になってから、エイヴィヒカイトは遅い学びを得る。
「その、…………――」
「…………」
「――彼女へのプレゼント」
「…… は ?」
季節は十一月。春は暖かく、夏は暑い。そして秋は涼しい。そんな四季の後半となる冬へ踏み入れ始めた季節は、確かに寒い。そろそろマフラーとか用意したくなる季節でもある。
でもおかしいな。家を出る前は比較的過ごしやすい気温だったのに、今だってこんなにも晴天なのになんでかな。世界はこんなにも寒過ぎる。鳥肌さぶいぼのバーゲンセールが、エイヴィヒカイトの身体で開催されているのはどーして?
渾身のギャグなのだが、もしかして滑走しましたかね。
「って、のは、じ、じじょ冗、だん、デーす」
「……………………そうですか、冗談、ですか」
言葉の選択肢を間違えた。ルート選択をミスったとも、俗に言うらしい。
しかし、しまった。これでは本来の目的を言おうものなら、極寒のメンタリティブリザードが、ネクストインパクトを引き起こして襲われる危険性。なんだってクソ寒ギャグを投下してしまったのだこのエイヴィヒカイトは。まさかもしやだが、浮かれてるんじゃなかろうなこの男。
「ぁ、あははー……はは、は…………で、でも女性物のプレゼントってのは、本当なんです……」
「……」
「入院中が暇ってのはアルダンも知ってるだろ? サイレンススズカ先輩に送る物を、一緒に考えて欲しくて。俺じゃデザインとか分かんねーし、女の子の意見、欲しいなー……って」
「……変な冗談をやめてくれるなら、良いですよ」
渾身なつもりだったのに。これでは笑いで世界を獲れないじゃないか。その方針での夢は諦めることにした。
「……まったく………………よかった……」
「首皮繋がった? ……さて、気を取り直して。まずは枕買いに行くぞ。入院患者に必要なのは、良質な栄養と良質な睡眠だ。良き微睡みをプレゼントして、早く治してもらうんだ」
「まずはって、一つじゃないんですか?」
「枕と退院後のルームシューズ。後は暇を潰せるなんか」
ナマモノは他のメンツが送るだろうし、カイトは実用的な物をプレゼント。
入院患者の敵とは何か。それは暇なのだと即答しよう。足なんて怪我をすれば行動範囲もグッと狭まる訳で、売店へ散歩しに行くことすらできやしない。霊長を殺すのは凶器だけでなく、溢れんばかりの暇だって処理しなければ危険物である。
「てな訳で、まずは家具コーナーへレッツらゴーだ」
家電量販店にはなんだってある。マイナスイオンが出るモニターだってあるし、場所によっては生鮮食品だって売っている。枕なんざ当然ある。日本人の詰め込み精神の現れであり、世界に誇れる心意気。家電量販店万歳。
枕とルームシューズは爆速で決まった。爆進で決まったとも言うべきか。買う物を予め決めておけば、その売り場まで直線。最短で最速で真っ直ぐに一直線に、それこそ握りしめた正義。急に胸から歌い出しそうな気分。自らが走る者であるなら、それを座右の銘としたい。
「これはどうかな」
「暇は潰せそうですが……どうでしょう」
おとこのこなら、問答無用で心が躍るエリア。普段興味がなくとも、童心が僅かでも残っているのなら、眺めてるだけで多少の満足感は得られる、ある種の楽園である。
しかし、小さい黄色の混じった、トリコロールカラーロボに難色を示すアルダンお嬢。国民的かつ世界に誇れる作品にケチ付けるたぁ、大したものだ。白い悪魔をご存じでないのか。鉄球を振り回す姿が一番好きです。
「じゃあこっちは?」
「カイトが好きなだけでしょう……?」
濃い藍色と白を基調とした、名前がブイっぽいロボ。放熱板みたいなのも取り外し可ですよ。独自でビームも撃ちますよ。しかしお嬢には響かない。
そりゃ贈り物なのだから、自分の好きな物を送りたい。しかし変わらず難色は薄れない。せめて『エゴだよそれは』って言え。
「それでも……」
「プラモデルから離れることは考えないのですね」
「それでも……っ!」
純白のモビ○スーツを掲げて、負けじと可能性を示すが、角割れに変身して赤く光るのだと力説しても、やっぱりちっとも響かない。ロマンの塊には老若男女関わらず、魂を引く引力があるのではないのか。
入院患者にプラモデル、すごくいいじゃない。少なくともエイヴィヒカイトが貰ったなら、メチャクチャに嬉しい。暇は潰れるし心は童心を取り戻すしで、いいことづくめだ。普段買ってまで作ったりはしないが、次に入院した時には、差し入れはガ○プラオンリーにしてもらおう。
ともあれ、カイトはともかく今回はサイレンススズカへの品だ。アドバイザーには大人しく従う所存。
「他に何があるってんだよ」
「……パズルなどはどうですか?」
「! それだ!」
青天の霹靂襲来。目からも鱗だってボロボロ落とす。なんだアルダンって知恵の女神だったのか。もしくはただの女神。役立たずの三女神なんかとは格が違う、現ウマ神である。
「どっちにしても神か」
「? 移動しましょう」
「あい」
地平線の見える草原。水平線の美しい水面。サイレンススズカに不思議と似合う景色画。
そんなジグゾーパズルを二種購入して、本日のメインイベントは終了した。
「それは?」
「自分用」
その場のノリで買ってしまうのは、買い物あるある。
「なんここ……」
「どうかしましたか」
「いづらい」
一度来てみたかったらしいパスタ専門店。しかしそこは、外装内装どこかしかもオシャレな雰囲気が漂って、勝手な異物感を抱かされる。外壁が崩れてるようなイラストは敢えてか。あれが逆にオシャレなのか。エイヴィヒカイトには全く分かりません。
「しかし……中々カジュアルな店なこって。普段アルダンは来そうに無いイメージ」
「確かにそうですね」
「パーマーとかが分布していそう」
ウェイウェイでパーリィーな学園生活を楽しんでいる様子を散見する、最近のパーマー。あれはあれか、友達の影響なのか。微妙に染まりきっていない感は、側から見ていて面白いが。
客層もアルダンとは違う分類、所謂ギャルのようなメンツ。だからアルダンの上品な雰囲気はやたらと目を引いて、そんな彼女と共にいるカイトも同様に晒し者とされていた。
『あれって、男のウマ――』
『気の所為で――尻尾も――――』
「……有名じゃなくてよかった……!」
悔し紛れも込めながら、器用に安堵する。
メジロ家とは何かと有名で、それは目の前のお嬢も例外では無い。そんな彼女とランチを共にするだなんて、格好の炎上材料だ。主にアルダンのファンに対して。
素性が知られないで居るのは大いに助かる。服の中へ仕舞いやすいように、ぶった切っておいてよかった。幼い頃の自分グッジョブ。でもどうせなら根本からいっとけよとも思った。半端に残すなよ。尻尾って洗うの面倒なんだぞ。
ただまあ、アルダンと見知らぬ男が二人なんて状況には間違いなくて。ゴシップには最適なのも事実で。アイドル的側面もあるウマ娘にとっては、あまりよろしく無いのも事実で。
ぶっちゃけた話、帰りたいに一票投票したい気分。
「予約していました、メジロアルダンと申します」
「……いつの間に?」
「ええ、まあ」
手際良すぎて惚れそう。できる先輩感がすごいぞ、今日のアルダンは。
そうして案内された席は、店の奥に位置する、暖簾で遮られたソファー席。上手く姿を隠すようになっているのか、これなら他の客の目も気にならなくなる。実質的な個室だ。配慮も完璧かアルダンお嬢。
だがちょっと、いやかなりの問題発生。そもそもなんでお嬢は問題視してないんです。流石にこれは苦情を出しましょうよ。
「……お姉さんお姉さんっっっ」
ほのかに滲んできた嫌な予感を払拭するべく、カイトは聞かねばならぬ。
謎のウキウキ加減を見せながら、それでもお淑やかに座るアルダンの隙を見て、案内してくれた店員へ尋ねる。
「この席には椅子とかソファーとか、一個足りなくないです?」
「この席はカップル様専用席ですので、こういった仕様になっています」
「この席はカップル様専用席ですのね」
状況を把握して、しかと頷く。
ならしょうがない。ソファーの横幅は割と狭くて、肘と肘がぶつかるのは当然として、膝と膝が重なるくらいの距離なのだが。むしろそれが売りの店でもあるのかもしれない。タッチパネル式の注文システムも、より二人の空間を維持させるための仕組みなのかも。そうして存分にイチャイチャしたまえと。もしそうなら難癖も付けられまい。
なるほどと納得して、カイトも席に着く前にその前にちょっと待った待たれい待てやコラ。
「オイ」
「さあほら、カイトも座りましょう?」
「オイ」
その手招きやめろ。ソファーをポンポン叩いて手招く、それ、実にとっても良くない。とってもとっても良くない。普段は聞いてくるばっかりなのに、珍しく食べたい物のリクエストをしてくると思えば、まさかこれが狙いか。
「…………お姉さんお姉さん。ヤツはいつから予約してたんです?」
「昨夜の十九時頃にお電話いただきました」
「昨夜の十九時頃にお電話いただきやがりましたのね」
買い物に誘ったのが、確か十八時五十分になるかならないか頃。爆速で席を抑えていた、行動力の化身だった。
そうカイトへ絶望を伝えれば、早々に立ち去ってしまう第三者。『ごゆっくり』なんて言葉を残していくな。やたらとニヤついていた気がしたが、やっぱ敵かテメーオンナァコラァ。顔は覚えたぞいつか覚えとけ。
「……帰ろう。ここにいたらとんでもない惨事が起きる気がする」
ノリとは怖い物で、そういうノリになったのなら、思いもがけない言動をしでかす可能性もある。
この場では、そうさせる空気が発生しやすいと勘づいた。
今更の直勘は時既に遅く、後のお祭りであったことは、ちょっと後に気がついた。
「…………私とでは、いや、ですか……?」
「おっと、まてまて」
撫で声で、瞳を潤ませるアルダン。
周りを気にする必要が無いって強い。こうも自分を曝け出せるのだから。でも泣くのだけはやめてね。無条件で悪いことした気になりますからね。
「いやでも、これは流石に……」
「……ブライトとなら来れましたか?」
「え、ブライト? ……いやブライトもダメでしょ」
「ならマックイーンとなら、あるいはドーベルとなら来れましたか?」
「えーっと、あ、アルダンさーん……?」
百歩譲って、マックイーンとなら薄めのワンチャン来れたかもしれない。アレは妹だ。兄として在るのなら、なるだけ願いを叶えると決めている。そう言った話なら納得していただけるだろうが、アルダンの言っているのは、そういった意味ではないのかもしれない。
お嬢の様子がおかしくなってきた。漢字に直すと『可笑しい』だが、ちっとも笑えない日本語の不思議。一周回れば元通りと言うが、彼女のメンタルが一周するまでどれくらい掛かる。それまでカイトの否定力は、果たして持つのだろうか。多分無理です。
「私では……ダメ、でしょうか……?」
「……ぐぬ、ぬ」
「ねぇ……カイト…………?」
グラグラと、精神防衛の要たる砦が揺れている。バベルの塔とかも、きっとこれくらい揺れていたに違いない。カイトは今、神話を感じている。なるほど確かにこのダメージは神話級である。
しかし侮ることなかれ。何を隠そうエイヴィヒカイトは、ノーと突っぱねることが出来るかもしれない生命体なのだ。可能性とは無限大。0.1%でも可能性があるなら、それは概ね100と同義であると考える。
悪いが断る。だが断る。そして断れエイヴィヒカイトよ。
「ぐが、っ、…………だ、め、っじゃ、…………ないっ……!」
精神の最終防衛ライン、あえなく陥落。
絞り出すような、実際絞り出した上での返答。自己を騙しに騙して辛うじて構築した理論武装は、己を無理繰り納得させた。
「! カイト……!!」
――でもまあ、いっか
なんて考えてしまうくらいには、それはそれは嬉しそうに、はにかんだ。
「ほら早くっ」
「……ちくしょぅ……負けた……」
観念したように座れば、やっぱり距離は近い。近すぎる。ソファーは二人用だとか抜かしていた気もするが、だとすれば設計ミスにも程がある。製作者連れてこい蹴り飛ばしてやる。
こうなれば早く食べて、早く帰るしかあるまい。
「……明太パスタは無いのか。なきゃ厨房まで乗り込めるぞ今の俺なら」
身の内に潜む荒神を鎮めるには、和風明大クリームパスタ(海苔と青ネギ付き)が必ず必要だ。無ければ今日でこの店は潰れることになるだろう。ウマ娘基準の膂力から繰り出される、カイトの鬱憤晴らしは中々凄いぞ。
仏頂面でタブレットを横から眺めれば、必然的に顔はおろか、互いの全身が近づく。
「えっと……ありましたね。私は…………っ」
息遣いすら聴こえてくるこの距離では、密かな決心の所作も目に入る。それがどんな行動を取るかは、流石に予想外を超越していた。
肘がぶつかるのは分かる。膝で押し合うのも仕方ない。
でも腕を絡めるのは、ちょっとヤバい。
「ど、れにしましょう、か……」
「ちょっ、……腕。」
「……っ! こ、これとかも、美味しそうですね……」
批難する声にも無視。むしろその一言がどう余計だったのか、絡まる力はより強くなってしまった。ロックされたとも言える。言えちゃダメでしょ。
左手はカイトの右手にしがみついて、右手だけでタブレットを拙く操作する。
やりづらいなら解けばいいのに、アルダンの腕は、彼女の熱を腕越しにカイトへ伝えていく。
透き通った芦毛とは逆に、その顔は健康的と呼ぶには些か過剰な赤さ。平時の白磁の素肌と比べれば、今は有事だと一目瞭然だ。
恥ずかしいならよせば良いのに、高まる羞恥は互いの腕を伝って、互いの動揺を互いへ伝える。
「……熱い……」
「いやまあ……そりゃ、そうでしょ……」
暖房の効きすぎと申すには、気温以上に体温が昂り過ぎている。
そも思春期として多感な時期なのだ。羞恥心の十や二十、当然ながら持ち合わせている。
「意識してくれるのですね……」
「…………知らん」
「……嬉しい」
ぶっきらぼうに言い捨てても、隠そうとした中身を受け取ってしまったアルダンは、より距離を近づけてくる。
服を通して、皮膚を通して、脈拍すらも伝わり合うよう願ったアルダンは、更に密着してくる。
良くない。不味くてマズくて拙いです。
「…………」
「…………ほら見ろ惨事じゃねぇか」
顔もまともに見れないなんて、そんな事は何度かあったが、今回はひとしおだ。そもそも肩が重なるくらい近づいているのなら、顔を見合わせればそういう距離な訳で。こんな状況を作り出したアルダンも、蒸気を出さんばかりに真っ赤な顔を伏せている。耳だけをこちらへ向けて、様子を伺おうとしているのが、どうにも愛おしく感じないこともない。
「……早く注文、しよう」
「そ、うですねっ。はいっ。……」
気まずくも、何処かくすぐったい空気を吸う。間髪入れずに吐く。心拍は急速に稼働して、それに伴った心肺は急激に仕事をこなす。
――――一説によると、心臓には動く回数が決まっている。だから心拍数を減らせば生存日数は増えるのでは無いか、なんて仮説もあるらしい。その仮説通りなら、心拍数が増えるごとに死へ近づいていると捉えることもできる。そして肉体はもちろん、精神状態の変化でも心拍数とは容易く変動する。例えば恋、とか――――
「……飲み物は、どうしましょうか……?」
「アルダンと同じで……良い、けど」
「……では、お水に、しますね…………っ」
タブレットの片手操作に慣れる様子はなく、微塵も左手を使う気配を見せない。アルダンの左手は、頑ななまでにカイトとの体温を交差させようとしている。
絹のような柔肌の感触――――なんて、分かる訳がない。胸が当たってるなんて、ベタなことも思い浮かばない。吐息が頬を掠めても、気づけるハズもない。
強張った指が、躊躇し尽くしながらカイトの指先へ、静かに触れた。
「っ……ひぅっ……」
触れてきたのはそっちなのに、リアクションを先取りされるなんて。少しくらいはカイトにも分かりやすい態度を出させてほしい。
と言えればどんなに楽なのか。
「……どのくらいで来るかな」
「…………さ、さあ……?」
「腹、減ったからさ、早く来ると良いな」
そんな嘘。
空腹なんて感じれる余裕は無いし、何を頼んだかさえも忘れてしまった。頭の中が真っ白で空っぽなのを、強張る表情で隠そうとする。
何も込めていない上の空に、ぽつりと、アルダンは返してくれた。
「……………………おそくても、いいのに……」
「…………そっか」
相槌しか返せず、そこで会話は切れる。なんて返すのが正解だ。
胸の中心が、内からつつかれてむず痒い。落ち着かない目線は右側を見ないように、忙しなく泳いでいる。
華奢な指が手の平の中で、もどかしそうに、少しずつ動く。
そんな動作がこそばゆくて、少し手に力を入れてしまった。
「っ……ぁ…………」
「――――」
――やっべー
そんな拍子で、意図の介入しない動きは、アルダンの五指を捕まえてしまった。
それを踏ん切りとしたのは、アルダンの方。
包み込んでいた指先は逃げ場を探すように動いて、カイトの――――指の隙間から爪先を出した。
腕だけでなく、絡み合う指。
「……あたたかい……」
「……そう、か」
手を繋いだ。
しかしそれだけでは飽き足らないアルダンの指は、カイトの指を皺に沿ってくすぐってくる。どこか吹っ切れたらしい。調子に乗った様子が、文字通り手にとるように分かる。
緩めたり握ったり、また緩めるかと思いきやさらに強く握ってきたり。手首をさすってきたり、指の腹をつついてきたり。カイトの右腕は、アルダンの思うが儘に遊ばれて、手のひらの体温は、とっくに共有されていた。
熱っぽい顔色のまま、熱を含んだ微笑みで、暖かいとは明らかに違う熱色の視線で、そんな表情でカイトの手を弄ぶ。
ふと、そんな横顔を見たのが不味かった。
「…………ずっと、こうしていたい……」
「――……っ」
そんな、聞かせる気満々な独り言を、聞いてしまったのも駄目だった。
胸の内で食い込むような痒みが、鼓動と共に加速する。心地よく巡るリズムが、脳内である種の麻薬を噴出させていく。
盲目な思考は、冷静な判断なぞ嫌う。元来薄かったハズの情欲が、愚鈍なる本能に歓迎されて膨らんでいく。このままいけば、カイトはどうにかなってしまう。もしくは、アルダンを
――それ以上は、ダメ。
「………………」
「ぁ、手…………ふふ」
自己を抑え込むイメージを思えば、よりにもよって右手が連動する。
それはつまり、右手に力が入るってことは、アルダンの手を握り返すことにもなる。
無意識なのか、自らが望む部分があったのか。無意識だったとしても、それは意識の外でアルダンを求めて――――思考をカット。
むず痒く心地よいこの感情が、感じたことのない快楽を満たす。
――――これがもしも、もしもこれが恋なのだとすれば、それで死ぬのは悪くない。恋に殺されるなんて、まるで御伽噺のよう。それはなんてロマンにあふれた――――
「……飯は、まだか……っ!?」
「そうですね……まだ、掛かって欲しいです…………もっと、こうして……」
――こ、殺されるー!?
理性が死ぬ。そのまま
常に瀬戸際にて背水の陣。しかし陥落まで分読みと見た。落ちれば堕ちるのは、目に見えきった末路だ。
その前に救援物資を求める。アルダンを求める自分を解き放つ前に、それより先に明太子クリームパスタが到着すれば、あるいは――――!!
拷問のようで幸せな時間は、二十分後まで続いた。
その空気感は維持されたまま、挙句の果てに今日も家に泊まられていくこと。それをまだエイヴィヒカイトは知らない。
その日が終わるまでその空気は続いた
でもオリ主が一晩眠って無理矢理元に戻した
それに不服なお嬢がいたとかいないとか