未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

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地雷が欲張りセット極めてんな……


昭和だったら改造されてバイク乗り回してた
平成だったら平成になってP.A.R.T.Y.してた
令和はどうなるんですかね
そんな回


そのにじゅうに

 物の少ない殺風景な部屋。

 テーブルに椅子があって、ベッドがあって、それくらい。柱には子供の背丈くらいの傷がついて、それくらい。

 

「昔のままでしょう? ドーベルが頼んで、そのままにしてくれているのよ~」

「っ! ブライトっ!」

 

 見覚えがあるけど無いような、そんな曖昧な感想がすぐさま浮かぶ。自室を与えられていたとは言え、日々の殆どを両親の部屋かマックイーン達の部屋かで過ごしていたから、この部屋への愛着はわりかし薄い。

 しかしその気遣いはありがたい。嫌われていたりなどは思い込みだったのだと、こうして腰を据えて話すほどに、勘違いだったと思い知らされる。

 血流事件を引き起こした、紛うことなき厄介者ではあるのだがそれはそれ。

 

「そっか、ありがとうベルちゃん」

「べるちゃっっ!?」

 

 むせたのだろうか。そんなにお茶が熱かったか、スコーンが肺に入ったか。その二択。カイトの発言が発端とはミジンコも考えない。

 

「……別に、居場所が無いと戻って来づらいかなって、思ってただけだから」

 

 カイトが思うに、『別に』の使い方を間違えている可能性が大いにある。言い繕えているつもりなら大きな間違いだと、物申すのも面白そうだがやめる。これは静観する方が面白そうだ。

 こういうぶっきらぼうな優しさに惹かれていた、エイヴィヒカイト幼少時代。『ベルちゃん』と愛称で呼んでいたのも、幼少のカイトの手を、一番引いてくれた存在だったからだろう。

 マックイーンやブライトにパーマとはヒエラルキーが同位置くらいで、アルダンやライアンは言わずもがな。ベルちゃんがお姉さんとして振る舞えるのは、必然カイトだけになる。ふんすと胸を張って手を引く小さな背中を、今でも覚えている。

 

「なら、もっとありがとうだなベルちゃん」

「や、やめてよそんな……大したことじゃ……」

「ありがとうベルちゃん。本当に嬉しいよベルちゃん」

「ワザとやってない!?」

 

 無論ワザとだが、何か問題があるのか。賢さ低めのカイトにはよく分からぬ。

 

「ごめんごめん、元に戻すよメジロドーベル先輩」

「ちょっ、と…………カイト……?」

「どうしろってんだ」

 

 迷子みたいな声を出しながら、睨めつけてくるのは流石に解せない。

 懐かしさを感じないでもない部屋の中、ドーベルを含めたブライトとの三人で始まったお茶会。数時間前までのカイトなら、即座に離脱して自宅の布団の中に篭っていたハズなこの会。

 今では気まずさを感じるのも面倒になったカイトは、割と自然体で接して居られていた。

 

「カイトくんに『ベルちゃん』って久しぶりに呼ばれるのが、嬉しいのよね~」

「ブライト!?」

 

 裏切り者を見た目だ。そんな衝撃的事実を暴露されたのだろうか。距離を置いていた弟的存在が、距離を詰めてくればそりゃ嬉しいモノだろう。

 これは距離を離した些細な弊害。きっとこれからも、色々と出てくるだろう。

 

「他人行儀で悪かったよ」

「……。これからは学園でも、一緒に居られるの?」

「え、い、いやー、それはどうだろう……?」

 

 とは言え周囲から変に勘繰られるのはお断り願いたい。此処は一つ、プライベートでは前みたいに接する。それで許してはくれないだろうか。

 

「学園内でも過剰によそよそしくはしないからさ」

「……それなら、いいよ。アタシも人の目は、ちょっと苦手だから」

「ハハッ、マジで言ってんの?」

 

 そんなことを抜かすベルちゃんですが、そのファッションセンスは人の目を相当に惹くのではないだろうか。引くではなく惹くのほうだ。シンプルな美少女をしているベルちゃんがそんな服装をしていれば、そりゃもう惹きつけられる者も出て来る。

 なんですかその二の腕丸出しファッショナブルは。お嬢様がそんな格好してたらギャップがヤバいと知らんのか。最高です。特に真っ白なオープンショルダーと、輝く絹のようなきめ細かい二の腕と、漆のようで黒曜の如く揺らす黒髪、それらが織りなす三原色が何とも如何ともし難い。

 無論口に出すようなヘマはしない。

 

「注目されてるのはメジロどうこうよりも、ベルちゃんが可愛いからだろ」

「やっぱり、カイトくんもそう思うのね」

「そりゃ正統派美少女じゃん。超を付けても異論は出ない」

 

 出させたりもしないと誓える。

 

「~~ちょっともうっ! 二人ともからかわないでよ!」

 

 本心で言っているのだが、それを口に出す愚行だけは犯さない。本心を吐露しきったら、一体何処ぞのソムリエなのだ。ちょっとどころでは無い気持ち悪さを発揮する羽目になる。『うわっ……』とか『キモっ』とか言われれば、立ち直れるかは定かじゃない。身投げも視野に入る入る。

 ただでさえ有に出られず萎えているのに、そんな追い討ちはもはや殺意しか感じれない。

 

「あ、忘れてた」

「今度はなに?」

「有記念、二人ともお疲れ様」

「……見ててくれたんだ」

 

 こんな何気ない労いもできる。話す毎に生じる罪悪感は、体感で五割減だ。

 

「わたくしもう少しだったのだけれど、負けてしまいましたわ〜」

「ブライトはまだいいよ。アタシなんて九着だし……」

「アホみたいなメンツが入り混じったレースだったんだ、あんまり卑下することないよベルちゃん」

 

 通説曰く、レースに絶対は無い。黄金のような怪物ひしめく中での善戦なら、着順以上の価値があるとカイトは思っている。

 

「ブライトも距離の相性があっただろうけど、あのグラス相手に良く喰らい付いてたよ」

「ありがとうございますカイトくん。そう言ってくれて、わたくし嬉しいですわ~」

「……()()()?」

 

 怪我を明けてから、グラスの躍進は著しく目覚ましい。勝利よりも敗北の方が得るものも多いとも聞くが、それを体現しているように、毎日王冠から彼女の覇気は留まることを知らない。学園生活内ではほんわかとしているが、練習中の姿は、確かに怪物と称される気迫を秘めていた。カイトの知り合いで現時点のグラスに張り合える者なんて、ダービー時のスペシャルウィークくらいなものか。

 

「仲良いんだ……」

「……クラスメイトだぞ? 縮めて呼んでもおかしくないだろ」

「ふーん……でも他の娘にはそんな呼び方してないじゃん」

「え、ベルちゃんは何故にそんなことを?」

 

 逆に聞きたいくらいなのだが。普段のカイトを観察して居なければ、出ないような言葉なのは如何ほどに。

 

「……どうでもいいでしょそんなこと」

「いや気になるんだけど」

「それよりもっ! ……どんな関係なの」

「え」

 

 別段言い淀むような関係性でもない。しかし怒られれば答えづらくなるのは世の不思議。怒られている理由も不明な今、いっぱいの不思議がカイトを支配する。

 とはいえ空気はまだまだほのぼのとしている。味も分からないお茶を啜って、視線を横へずらす。

 

「ブライト?」

「……」

「……ぶ、ブライト~?」

「…………」

 

 雲みたいにフワフワとしたニコニコ顔で、ティーカップを持つ手も降ろして向けられる視線。なんだってカイトの友人関係がそんな気になるのだ。

 

「……」

「……」

 

 固唾を飲んで見守るな。

 

「普通の友達だけど……」

「けど、なに?」

()()の友達、ですか~」

 

 詰め方がエグイ。何でもない言葉の節々を捉えて、グイグイと詰問されていく。これはあれか、女の子だからその手の事情が気になるのか。カイトの色恋沙汰なんて、この世で一番どうでも良い事柄だろうに。

 

「有で走る約束してただけだよ」

「……そっか」

「残念、でしたわね……」

「ちょっと長めの休憩期間を貰ったと思えば、まだなんとか精神的には楽、かな?」

 

 カイトの上世代でも、その話は既に有名になっているようだ。

 有欠走の報せはどこからともなく広がり始めて、その理由までもがなんでか広がっている。リークした輩はいったい誰ですか。やよいちゃんもたづなさんもあり得ないだろうから、URA上層部と予想しているがどうか。

 

「俺のクローンでも作ってそれ解剖できりゃ、一気に進むのになー」

「無理でしょ。……気長に待ったら?」

 

 そんな突飛を思いつくくらいには参っている。

 結局のところ、新種の解明なんて切り開いて中身取り出すのが一番進行するのだ。無論まだまだ生きる必要がある身なので、解剖なんてゴメン被る訳だが。

 要は納得しない連中を納得させるなら、血液やら唾液やらをせせこましく調べるだけでは、歩みがあまりに遅々として進まない。

 筋肉や骨なんかのサンプルを、直接採取できるならどれほどエイヴィヒカイトの解明に繋がるのか。

 ――――ふと、閃いた。

 

「……なあ、メジロ家の主治医って、付き添ってくれたりするのかな」

「? 定期健診ってやつ?」

「ああ、週四回もあるからさ、ちょっと長いこと身柄を借りたいなー……って」

「おばあ様に聞いてみてはどうでしょう」

 

 この閃きを達成させるには、信用できる保険が必要だ。保険を得るには、当主の了解があれば尚良い。

 

「急な用事が出来たから、俺はこれでお暇するわ」

「あっ……晩御飯は、食べていかないの?」

「悪い、急ぎなんだ。ディナーはまた今度にどっかで……ブライトもそれでいいか?」

「はい。楽しみにしていますね~」

 

 

「伊勢海老って太っ腹過ぎない?」

「お前の妹分に言ってくれ……!」

 

 出汁を作りながらエプロン姿のトレーナーに話しかければ、苦情が一件垂れ込まれる。かなり切実な顔色だ。

 しかしながら、そんなトレーナーの姿を横から見て、愉しく笑わせてもらった身であります。マックイーンにはナイスとしか言えない。自信満々な表情が、戦慄へ変わる過程は見ものでした。

 

「お前もお前でアンコウなんて持ってきやがって……」

「美味しいじゃない、あんこう」

「一匹丸ごと持って来んなよ! ……ったく、これだからボンボンは」

「俺のボンボン暮らしは二年に満たないけどなー」

 

 食材を切り分けるトレーナーの愚痴には、ほどほどに付き合う。口より手を動かそう。背後には腹を空かせた淑女(個人差)がいるのだから。

 

「あのカイトさっ……()()()

 

 好きに呼んでくれと言って、その瞬間からそうし始めたマックイーン。

 呼ばれるたびに視線が集まる。今日を通して呼ばれていたのだから、むず痒い視線はもう打ち切ってくれ。

 

「ぜひ手伝わせてください」

「いや大丈夫だよ」

「ですが……」

 

 本日三回目の申し出。ですがこれまた本日三回目のお断り。

 お嬢様なんだから、気にせず座っててくれ。なんて伝えても素直に着席しないと知っている。調理スペースは二人でギリギリなのだ。もしやトレーナーを爪弾こうとしているなら、それはトレーナーが泣いてしまうとだけ言っておく。

 

「あー、座って待っててくれれば、やる気が出てくるんだけどなぁー。そっかー、メジロマックイーンは俺が信用できないのかー」

 

 ビュバーっと、火を扱う背後で巻き起こった超速な気配。非常に危ないです。こんなところで才能を使うな勿体ない。

 ドーベルかブライト経由で、確執モドキが無くなったことを知ったマックイーン。これまで以上に、ますます距離感を近づけようとしているのを感じる。いつマックイーンが()()()()()()ヒヤヒヤなカイトとしては、仲良くするのは、実はよろしくない。

 ではキツく突き放せるのかと言われれば、そんな大義名分はちょうど昨日に失った訳でした。

 

「愛されてるねぇ、おにいさま?」

「おっとそろそろかな」

 

 個人的にはデリケートな問題であることは確かで、弄る材料に使われればムカっ腹も立つ。野郎に揶揄われれば、制裁も余裕で視野に入る。

 グツグツと良い頃合いに茹だった、黄金色の出汁を見る。出来は十分とは思うが、念のために味見役が必要だ。やってやるぜ。

 

「味を確かめてくれよ」

「へ? 良いけど……って何で後頭部を持つおいバカやめろなんで鍋に近づけるやめろ沸点低すぎだろお前――!?!?」

「顔面全体で味わってくれよなっ!!」

 

 和風出汁溺死事件。一つの惨劇が引き起こりかけた瞬間であった。

 

 

 満足気に白菜を味わっていれば、噛み締めるような言葉を聞いた。

 

「……酒飲みてぇ」

「分かるわ」

 

 切実な呟きを漏らす、唯一の成人トレーナー。軽そうなナリをしてその実、わりかし真面目なこの男。未成年が集うこの場では、一切飲む気が無いらしい。しかし欲する気持ちは分からんでもない。

 炬燵に入りながら海鮮鍋。こんなのは熱燗か焼酎以外にありえない。個人的には芋を水割りにして、キリリと喉を引き締めて――――

 

「お前が分かっちゃまずいだろ……オイ、まさか」

「……冗談ですよ?」

「珍しく敬語使ってるのは何でだ」

「いえいえ、気のせいですよ」

 

 家の戸棚の奥深くに眠ってたりしない。秘蔵と言われる一品が隠されているなんて、まさかそんな。

 誤魔化すように白菜を頬張っても、追求の視線は突き刺さる。なんならマックイーンからも刺さっている。何にも悪いことしてないよ。ただ調理酒として使ってるだけだよ。ホントダヨ。

 

「っ! ほらほら、ウィンタードリームトロフィー? ってやつ始まるぞ!」

「……俺は聞かなかったことにしといてやる」

 

 話が分かるトレーナーだ。この世には覗かない方が良き物もあって、知らないフリをした方が良い事柄も存在する。見猿、言わ猿、聞か猿、三猿精神万歳。全人類東照宮へ赴き、猿様を崇めるべし。

 

「このお話は後ほどしましょうか、お兄様?」

「…………わあー! すごいなぁー! これがうぃんたーどりーむとろふぃーかぁー!!」

 

 ちょっと炬燵の温度高すぎないか。もしくは暖房が強すぎる。下げてくれよ空調係。え? みんなはちょうど良いって? そうですかならこれは精神の動揺から来る体温の上昇ですね。

 

「ちょっと! 先輩静かにしてっ!」

「うっす。すんません」

 

 後輩に怒られながら、縮こまって鍋をつつく。久しぶりのあんこう鍋は美味しいです。

 モニター内にはゲート内の様子が語られて、堂々とした強者たる面々を見せる。

 

「お、あの先輩もか」

「スーパーカーは伊達じゃないからな」

「そりゃ確かに納得。あの人は速いもん」

「会長の方が強いけどね!」

「……ヴァルレンルミー先輩の方が速いんじゃねーの?」

 

 咄嗟に出てきた言葉だが、真実をついている気もしないでもない言葉だ。

 いつだったかの並走だって結果的に勝てはしたが、本気の気迫などはなく、実力の底を垣間見ることもできていないのが正直なところ。レースを楽しむ姿勢が、怪物としての側面を抑制している気配もあった。それが実際に走った者としての感想。

 無論公式の舞台で相まみえるなら、本気だろうが何だろうが膝をつかせる気満々だが。

 

「生徒会長もバケモンみたいな感じだけど、学園内最速はあの人だと思うぞ」

「いーや! カイチョーが勝つもん!」

 

 どんな界隈だって、最強議論とは熱を上げやすい話題だ。ファンボーイなつもりもないが羨望を抱く人物として、天秤はミャルジェンリュキーにやや偏る。というかメンツを見るなら、消去法で一番に応援できそうな人はスーパーカーくらいしかいない。

 他には正直、あまり目が行かない。

 

「ぜーったい勝つのは会長なんだから!」

「分かった、分かったから。暴れるな鍋が惨事になる」

 

 言い争うほどの熱は無い。大人しく折れて、ゆっくりとレースの行く末を見よう。

 ゲートは開き、レースが始まればみな一斉に静まり返る。

 

「なあ、トレーナー」

「ん?」

 

 この舞台を憧れとする者も、たくさんいる。

 今存在するレースの世界。G1の先にある世界が、WDTとも聞く。

 ここが頂点、かどうかは諸説あるだろうが、ここへ至るまで常勝無敗で突き進めたのなら。

 その者がまごうことなき頂点者なのだと、知らしめることが出来そうだ。

 つまりは目指すならここ。

 

「俺はこのレースに出て、圧倒的勝利を飾るって決めた」

 

 それを塞ぐ障害を、まずは退かさなければならない。

 目指す晴れの地。永劫の瞬間をここで刻む。

 分かりやすい舞台を目にして、エイヴィヒカイトにはやる気がどこまでも湧いてきた。

 

「決めたから」

 

 揺るぎない決意は指針を示す。

 決定事項ですらあるそれを想像して、そしてその先に求める景色は――――何も無い。

 

 

 とある用事を済ませた後に帰れば、既に親戚の包囲網が作り上げられていた。唐突な急展開に、カイトの思考はワンダフル。

 

「面倒だから一気に調べてもらってくるよ」

「それで入院、ですか」

 

 自宅へ持ち込まれた炬燵に入りながら、マックイーンへ今後の予定を伝えた。家の密度が上がるコレを持ち込んだ下手人ブライトは、卓上で柔らかそうに伸びている。リビングへ勝手に置かれたコレへ、メジロ家の面々が突っ込まれている光景には、流石に目を疑った。

 この後にも買い出し係になったベルちゃんとライアンまで追加されるしで、我が家はますます密度が上がってしまう。

 誰が言い出したかは忘れたが、本当に家の広さが足りなくなって来る。たまにならまだしも恒常化するようなら、部屋の壁を抜く選択肢も視野に入るやもしれぬ。

 

「期間は数ヶ月で細かくは不明。でも天皇賞までには間に合わせる気概でいるよ」

「春の天皇賞……間に合うのでしたら、わたくしともう一度走れますのね〜」

「あ、そうだっけ?」

「メジロにとっては、天皇賞こそが最も欲する称号。ブライトが出ずとも誰かしらが出ていたことでしょう」

 

 だとしたらブライトには申し訳ない結果になるが、エイヴィヒカイトとて譲ったりはできない。今まで公式で走ったレースは、最大が中距離もいいところだ。目指す領域が領域なだけに、長距離でも確かな結果を叩き出さなければ話にならない。

 つまりはライバルだ。鎧袖一触にする予定満々だが、ブライトはその気で来るのだろうか。

 

「とにかくそんな訳なんだ。確執っぽいのも解けて早々に悪いんだが、しばらく会えなくなるからよろしくね」

「主治医もついて行くのでしょう? でしたら安心ですわ」

「そーそー、あのオッサン借りてくわー……」

 

 その件はこれでお終い。これ以上話すのも億劫な上、うっかりと口を滑らせる可能性もある。ここは炬燵の魔力にやられて、溶けているのが賢い行動。ぬくぬくとした魔力にやられて、頭を動かすのが面倒なのもある。

 

「ブライトー、みかん取ってー」

「はい〜……剥いてさしあげましょうか?」

「たのむー」

 

 厚意には甘える所存。どうせ拒否しても通じないのは知っているのだ。

 

「……ブライト、私がやりましょうか?」

「いいえ〜、わたくしがやりたいことですから〜」

「いえ、ここは私に任せて……」

「いいえ〜、わたくしがやりたいことですから〜」

 

 年末のテレビはダラけるのに最適。テレビの中のタレントさん方よ、毎年最高の暇潰しをありがとう。視線がテレビに釘付けなら、不思議な小競り合いは見えませんし、ミニスケールな問答も聞こえません。ハハッ、やっぱり年始はお笑い番組ですね。昼からもやってるから年始のテレビは好きだ。

 コップをあおれば、中身は当然無くなる。麦茶をおかわりしようとしても、デカンタ自体からもお茶は消えていた。作らない限りは品切れだ。

 

「…………よし、ライアン達に頼もう」

 

 この優暖楽園領域・炬燵(コターツ・サンクチュアリ)から出ようなどと、なんて罪深き所業。

 俺は辛い。(身体が寒さに)耐えられない。

 

『麦茶のストックはあるけどこの場を動けない』

『あー、炬燵かー』

『どっかで2リットルペットボトルよろしく』

 

 メッセージアプリを起動して、ライアンと連絡を取り合う。疎遠が解けて初めてのメッセージ内容。その一文目が麦茶から始まるのだ。面白すぎると感じるのは、カイトだけでしょうか。

 気を取り直せば口寂しさを感じて、ふと箸を動かせど手応えが無いことに気付いた。

 

「あれ……マックイーン、かぶと豆ってもう無いの?」

 

 巨大な重箱の一部はいつの間にか空っぽ。暇さえあればついつい口へ運んでいた黒豆と菊花かぶは、一体どこに消えて行った。

 

「ヘ? ああ、そういえばもう無くなって……お兄様、凄い勢いで食べてらしたものね」

「良き味付けでございやした。誰が作ったの?」

「そ、それは……っ、えと、そのっ!?」

「? どうしたマックイーン」

 

 挙動がおかしなマックイーンは、ワタワタと視線を右往左往させて、耳も忙しなく焦りを読み取らせる。そんなビビるような質問なのか。

 

「アっ、……め、メジロ家のシェ……フが作ってくださいました、わ……」

「へぇ……美味かったって伝えといてよ」

「え、ええ! それはもちろん伝えます!!」

「お、おう」

 

 親戚一同で作成していたらしい、おせち料理の数々。何品たりとて欠けずに、フルのラインナップが作り上げられて、尚且つ量も多く作られ持ち込まれた。ちょっと引くくらいには多かったです。

 伊達巻や鯛など、メインとも言える物は他にもあっただろう。それでもカイトの箸を捉えて離さない引力が、脇役とも言えるそれに存在していた。ほとんど一人で食べてしまうくらいには、無意識に気に入っていたのだ。

 

「もう無いのか……しゃーないよな」

「私達の分まで食べてしまうんですもの…………きっと、作られた方も喜ぶことでしょう」

 

 菊花かぶは、漬けられた甘酢の塩梅が程よく、カイトの舌に合っていた。飾り切りも良く凝って、手間がこれでもかと掛けられているのを感じ取れる。

 黒豆はふっくら柔らかくて、それでいて一粒も皮が剥がれていないような、慎重さが垣間見えた。サラリとして甘すぎず、それでいてコクのある甘味は、これまたカイトの好む味わい。

 

「カイトくんは、おせち料理にそれぞれ意味が込められているって知っているかしら?」

「知らんけど」

「例えば黒豆や菊花かぶには、健康長寿の意味があるのよ〜」

「へぇ」

 

 流石お嬢様は博識だ。

 

「カイトくんそれを美味しく感じたってことは、それを作られた方は、カイトくんが『健やかでありますように』って、願いを込めながら作られたのかもしれませんね〜」

「俺、シェフと仲が良い訳じゃないんだけど……」

「はい〜。シェフさまとは、あまり話したこともありませんでしょうからね〜」

「……何だコイツ」

 

 微笑ましいものを見る目に耐えられなくて、顔をテレビに向ける。

 マックイーンはハラハラした目で今の会話を見守るし、ブライトはよくわからないしで、この話は進めるだけ意味のない事だと断じた。

 ここから一年怒涛の日々が続く。レースやトレーニングとは違った意味で、身体を酷使するスケジュールだ。その前にたっぷりと英気を養わなければ、身体が持たない。

 それまで健康長寿が続くなら、是非ともあやからせてもらいたいものだ。

 

 

「この説、どうです?」

「論説通説俗説、いや、説ですらないな……私もそれなりと自負していたが、君も負けず劣らずだね」

 

 お前はおかしいと、言外にそう言われる。

 でもそれで良い。いやむしろ、そのお墨付きこそが求めていた反応。

 

「常識の中にある想定外なら、そりゃもう常識的範疇で対処できます。でも今回は、俺は違う。有史ある常識の中で、初めて生まれた常識外だ。俺を対象とした常識は、まだ不完全なんです」

「対処法も常識に囚われては見つからない、かい?」

「埒を開ける術が内に無いなら、埒外から求めるしか無いのも道理じゃないですかね」

「……それを私に話した理由は? まさか遺言ってことでも無いのだろう?」

 

 恐ろしい冗談を申す先輩(共犯者)だ。それなりの決心をした後輩なのだから、もっと優しく励ましてくれたりはしないのか。

 

「プランの変更と言いますかね。しばらく身動きできなくなるんで、圧縮バージョンでお願いしたくて」

「……簡単に言うけどね、君のコンディションを逐一モニタリングして作られたスケジュールだ。それを大幅に変更だなんて、しかも終わるのは数ヶ月後で? それも明確には分からないだって?」

「なるほど『先輩には無理』……と。そうですか分かりました」

「――できるが? 容易に可能なんだが?」

 

 だろうなと思った。

 たった二言で前フリがすむ。とても楽な先輩で助かる。

 

「ちょろ甘だ」

「聞こえているよ」

「知ってます」

 

 それが聞ければ良かった。数ヶ月の間には、大きく身体能力が落ちると予測される。であればブランクを補修する何かが欲しかったのだ。

 綱渡りのリミットとは別に、走ると決めているリミットは、丸々一年しかないのだ。普通のトレーニングでブランクを取り戻すには、カイトの凡才さでは遅すぎる。

 これでもう一つの保険も成った。後は明日から始まる苛烈なスケジュールを、如何に縮めるかだ。

 

「……君が想像するよりも、学者という生き物は欲深い。()()()を盗まれないように、しかと注意していたまえ」

「そこはもちろん、保険に保険をかけてますから。俺ってば、意外と自己管理能力高いと自負してますよ」

「そうか……なら良い」

「あらあら? 心配してくれてます?」

「当たり前だろう」

 

 ちょっとばかり面を食らう。

 あの、コーヒーをビーカーで飲みそうな社会不適合者予備軍が。許可も取らずに人体実験を施しそうな、狂科学者が。サイコなフレームとかビルドなボトルとか作り出しそうな、非常識サイエンティストが。

 エイヴィヒカイトを、心配だって?

 

「予備モルモットを弄られるんだ。私が弄り回す部分を残してくれないとまずいじゃないか」

「そんなこったろうと思いました」

 

 手を振って部屋から出ようとしても、言葉は何も返ってこない。

 もとよりカイトもこれ以上話すことは無いし、無駄話をする中でも無い。

 だから無人であることを確認して、廊下を意気揚々と進んでいく。

 

「――正直な話、停止の通告で止まると思っていた」

 

 それだけ決定的な宣告だったと、先輩は語る。

 そんな独り言を聞き届けるハズも無く、彼女も聞かせるつもりが無い。

 

「君の狂気を、甘く見ていたよ」

 

 

「主治医さん。貴方は黙って見てくれて、おかしなところが有れば止めてくれる。それだけで良いんです」

「しかし、こんな……!」

「良いんです。他でも無い俺が()()()良いって言ってるんだから、それで良いんです」

 

 病室のベッドで手術着のような薄布を着て、慌てた様子の主治医と話す。

 手筈は伝えてある。要は監視役だ。事前に取り決めたよりも多くの()()を、取られないようにしっかりと目を光らせて欲しい。

 そうでないと、下手をすればカイトはバラバラにされてしまうから。

 

「こんなの頼めるのは、名家に属している貴方だけです。だから、お願いしますね」

「……このことを、他の方には……」

「俺は言いませんし、貴方も言いません。そうですよね?」

 

 そこに関しては賭けだ。そこが感情の介在地点な以上は、多少あやふやになるのは仕方ない。

 でも信じる。親戚達の言を、本家へ戻った際の目線を。咎めるような痛みの無かった、受容の感情をカイトは信じる。

 彼等の優しさに、これでもかと漬け込む。

 

「俺がこんな目に合うって知ったら、アイツらはそりゃあもう不安定になります。トレーニング中やレース中に、取り返しのつかない怪我とかするかも」

「それは…………」

「だから貴方はアイツらに伝えられない……当主には、いっか」

 

 念を押すように逃げ場も断つ。

 

「そして貴方はもう、断れないでしょう? 監視役が居ないとなれば、それこそ無法地帯だ。俺がどうなってもおかしくない。そうなっても、アイツらは多分、悲しんでくれますからね」

「…………坊っちゃま」

「アイツらを泣かせたくないでしょ? ……だからさ、付き合ってくださいな」

 

 申し訳無さの先行した、疲れたような笑みで頼み込む。

 主治医はカイトの引き起こした一件を知っている。治療したのは他でも無い彼だ。完膚なき治療行為を施してくれた彼は、恩人の一人でもある。そんな彼へ、確かな心労を押し付ける罪悪感。

 そんな不快は、飲み込んだ。

 

「……時間だ、行きましょう」

「…………」

「よろしくお願いします、主治医さん」

「かしこ、まりました……」

 

 俯き拳を握る彼を伴って、特別制な病室から出る。

 一般病棟から離されたそこは、一般の視線からも遠ざけられて、なんと手術台の上にまで直通となっている。

 およそ五十にも満たない一直線の廊下。

 奥に行くほど薄暗く、何処と無く不吉な予感を植え付ける。

 まるで処刑台への道だと、そんな不謹慎な幻視をした。

 

「今日は腕の骨髄と筋肉でしたっけ? しっかり見守ってくださいね」

 

 怪我も無いのに、病魔も無い。なのに何故オペ室へ向かうのか。

 体液は既に調べ尽くされている。血液に尿、その他諸々。

 でもその程度では、解明の進歩にはちと遅い。少なくとも出走停止を貼り付けられたカイトからすれば、遅々として進んでいないも同然だ。

 だから()()を探らせる。

 中身を探る、ただそのためだけに、皮を裂いて肉を開く。

 目的の部分を削いで、口を閉じて、次の日には別の場所。そんなスケジュールを数ヶ月間、ひっきりなしで繰り返す。

 解剖されるようなその扱いは、カイトからの提案だ。

 筋肉の仕組みや出来栄え、位置や強度。骨密度の強度や、再生速度。その他削っても問題ない部分の全てを使()()()良いと。

 それらをサンプルとして提供させ続けて、男のウマという存在を、爆速で解明させる。不満を垂れ流す者を黙らせるために、満足のいくまで調べさせる。

 

「もしかしたら断頭台になるかもなー」

 

 笑えない冗談を呟きながら歩くカイトは、さながらまな板の上へ飛び込む鯛なのだろう。少なくとも知的好奇心に満ちた賢者にとっては、これ以上ない機会なのだろう。

 だと思ったからこの提案をした。

 これこそが現時点で存在する、夢への最短速度。

 求めた地点へ近づいていると確かに感じ取りながら、薄暗い方角へ歩いていく。

 その先にカイトは、確かな希望を夢見ている。

 

 

『何願った? ダイエット?』

『んなっ!?』

『カイトくん、今のはちょっと……』

『いや冗談ですよ。……どうせスペは先輩のことか』

『それはそうですけど……そういうカイトさんは何をお願いしたんですか?』

『俺は何も』

『……夢とか、お願いしなかったの?』

『スズカの足も願わなかったったぁー、なんてふてぇヤロウだー!!』

『絡むなインテリバカ芦毛。()()()先輩の足は治るし、レースだって復帰するんだ。願うなんて行為は無駄だよ』

『じゃぁみんなが手を合わせてる中で、カイトは何してたの?』

『……あん肝食いたいなって』

『アンコウ丸ごと食べておいて!?』

『神頼みなんざ無駄だよ無駄無駄。それくらいなら、美味い飯のこと想像する方が、よっぽど建設的なんだからな』

 

 ――――役立たずの神様に比べれば、自分で行動する方が達成率は高い。

 それを証明してやるのだ。




アルダン(の痕跡)を探せ
でも割と分かりやすかったかもしれん
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