未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

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この地雷もそろそろ畳みたいけど、さて……


そのにじゅうなな

 肌寒いようで、心の芯は温まる世界。

 大きな家の庇護下に置かれても、遠目に見守って積極的に関わろうとはしてこない。彼ら彼女らにとっては、そうすることが一種の優しさだった。どう接すればいいのか分かっていないのもある。それだけ尖った事情を擁していたのだから、感謝こそすれど咎めたりなどしない。

 部屋の数が途方もない敷地内で、自ら押し込むように角の部屋を拝借して、その家族は生きていた。

 なるだけその一室で生活が完結するように改修してもらって、三人で過ごすには狭いその部屋。

 そこには他と比較すれば矮小な、けれど当人たちにとっては何よりの幸せがそこにあった。

 振り向けば目の合う距離。夫婦の息子が横を向けば、どうかしたのかと微笑んで頭を撫でる。少年が恥ずかしそうに目を逸らせば、息子に似た黒色髪の男性がそれを揶揄って笑い合う。それが気に喰わない少年が、男性へと掴みかかろうとして、サイズが足りない両の手は、優しく服を摘まむだけにとどまって、そんな二人を見るのが至福の時だった。

 小さくてちっぽけでも、当事者にとっては何よりもかけがえのない時間だった。

 周りからは辛いことは多いように見えるらしいが、夫婦にとっては大したことではない。自分たち二人への不幸なんかよりも、愛する一人息子へ降りかかる今後を思えば、どうして自分たちの事柄で悩んでいられようか。

 キャッキャッと楽しそうに笑うその無邪気が、曇っていくであろうこの先を考えるたびに、罪悪感ばかりがあふれ出す。我が子のために出来ることが微量しかない、無力で無為な自分たちに苛立ちが募る。

 泣きたい夜は数知れない。不安を吐露したい朝は幾千と。

 こみ上げてくるモノが限界値へ近づくと、その都度夫はこう言った。

 

『後悔なんて抱くな。一度吐き出してしまえば、俺達があの子を否定することになる』

 

 そのたびに妻は、こう返した。

 

『……だめ、そんなのは、絶対にダメ』

 

 そうして苦悩を気づかれないように、二人は人知れず励まし合う。

 信頼できる者でも胸の内は明かせない。関係が薄いならなおさら打ち明けない。人の口に戸なんて立たないと知っていた夫婦は、二人の不安が息子へ伝わらないように細心を払って、終ぞ誰に知られることなく共有しきった。

 二人の役割が息子の親であるのなら、その純粋を曇らせるのは親として落第点なのだから。

 子の前でいい格好をしたいのは、世界中の親と何ら変わらない。

 そうして笑顔でいて欲しいと望むのは、きっと、普遍的で代わり映えしない想い。

 当たり前のような愛で、当たり前のような日常を紡いであげたかった。

 それがその夫婦の願い。

 二人で叶える機会は、もう二度と現れない。それを知りすらしないまま紡がれ続ける、尊くて儚くて脆弱な願い。

 そんな光景ばかりを、繰り返し夢に見る。

 寝てばっかりだとそれぐらいしかやることが無いから、彼女は思いを馳せ続ける。

 眠りがより深く、永久へ誘われようとしていても、ずっと考え続ける。

 私たちがこの世の何よりも愛する、この世の何よりも可愛い息子は、どうすれば幸せになれるのだろうか。

 

 

 夏なのにくっついて来るって、ちょっと正気とは思えません。案の定起きれば二人とも汗だらけになっちまって、起床のたびにのぼせたような言動をされるのは困る。毎度乱れた衣服やら張り付いた髪やら、目のやり場にも困るここ最近でありました。

 はたして誰の事なのかは伏させてもらおう。これは独白の権利。

 何が言いたいのか総括すれば、今は確かな夏色だってこと。

 

「夏合宿……もうそんな季節か」

「メンドーそうな顔すんなって! 海に花火に美味い食い物! こーゆーのは楽しんだもん勝ちだぞ!?」

「いや鍛えろよ」

 

 トレーナーに突っ込まれる芦毛。気にした様子も無いのは平常運転である。

 エイヴィヒカイトもその意見には同意だ。同意ではあるものの、このエイヴィヒカイトには、海に行きづらい理由がある。

 

「去年は先輩見学してるだけだったでしょ? 今度は一緒にトレーニングできるのよねっ?」

 

 去年に参加しなかった理由が、足の怪我の露呈を防ぐためである。傷口見られれば一発アウトなのである。傷跡ももちろんながらアウト。

 故に今の身体を見られるのは、前回以上に不味いでござる。

 

「普段からチーム単位で鍛えてんじゃん」

「合宿は別なのよ!」

「その別腹理論はよう分からん」

 

 肌を晒すのを憚られる理由が、ごく最近出来上がった。

 不可抗力などならまだしも、避けられるのなら当然避ける。トレーナーに見られたなら小言。たづなさんに露呈したなら大言。マックイーンの場合は予測不可だが、その他親戚へ情報が回るのは間違いない。

 とあるお嬢の口を噤ませるために、なんでか添い寝のような何やらを求刑されたのだ。引っ付かれたまま腕の血が止められて、朝には腕が痺れていること多々ありとの報告アリ。

 そんな同じメジロの血を引く者共だ、一体どんな制裁を求められるか、想像するだけで頭が痛くなる。

 

「それともあれか、ダイワスカーレットは俺の水着姿でも見たいのか」

「んなっ!? 変なこと言わないでっ!!」

「俺の柔肌を見る権利は、将来を掛ける覚悟と引換だぞ?」

「要らないわよそんな権利!!」

 

 自分で言っててなんだが、そりゃそうですと納得。

 

「えっ……ショックですわ~」

「全然似てないわカイトくん」

「ウソでしょ……」

「今度は私の真似……?」

 

 へったくそな物真似で、先輩を戦慄させてご満悦なエイヴィヒカイト。

 何はともあれ、茶番をいくら続けても結論は変わらない。

 

「怪我も無いのに見学したって雰囲気を腐らせるだけだろ。だったら最初から行かないぞ」

「え、カイトくんは、来ないの……?」

「行かねーって」

 

 最近敬語が抜けたスぺが、信じられない物を見る目でこちらを凝視してくる。確かにいつもと環境を変えたトレーニングは、いつもとは違う成長を得られるだろう。そんな貴重な機会をみすみす手放そうとしているのだから、スぺの驚きも納得だ。彼女には目指す地点を打ち明けただけに、その分多く驚いている。

 ただ傷跡のことはまだ言っていない訳で、そんなスぺがエイヴィヒカイトの事情を推し量れる訳も無い。

 

「サイレンススズカ先輩も復帰したことだし、俺に気にせず鍛えてきなよ」

「……その間は、カイトくんはどうするの?」

「俺は一人できままに自主トレしてよっかな」

 

 メニューをトレーナーから貰って、それを熟す夏休みが確定した。なんとも充実した夏休みだ。

 とあるお嬢には予め夏合宿に行くと言っていたから、のびのびとした日々を過ごせると思う。夏合宿が中止になっただけで、決して噓は吐いていないと役立たずの三女神に誓う。

 

「なるほど……ではアルダンさんにもそう伝えておきますわね」

「自主練なんてくだらねぇことできるかボクも合宿行きます」

 

 前言を撤回して覆す。手の平グルングルンで関節の概念が砕け散りそう。

 なんだそれは。可愛い妹分だったのに、まさかのスパイ行為に走られるなんて思いもよらない。手ひどい裏切りだ。そんな仕打ちを受ける程酷いことしただろうかしてましたね、数年間も他人行儀を保って挙句の果てに泣かせてましたね。本当にごめんなさいね。

 

「てな訳でトレーナー、俺も行きますからぁ!」

「あ、ああ。むしろ歓迎だが……」

「でも車移動はご勘弁でオナシャス」

 

 そんな感じで、夏合宿への参加が決まってしまった。

 

「前回も一人だけ別だったけど、なんでそんなに車乗りたがらないの?」

「ガソリンの匂いとブレーキの音。間近で感じる可能性があるぐらいなら、倍の時間掛かっても電車の方がマシだ」

 

 

 トライアスロン。それは水泳、自転車ロードレース、長距離走の三つを立て続けに行う過酷な競技だ。それでいて心肺器官へ強烈な負荷をかけて、その強靭さを上げることが出来る苛烈なトレーニング。

 総距離で数十キロを超えるこの競技は、確かに実力を底上げできるだろう。スタミナなんざ余裕で付く。精神的にも肉体的にも、今よりもっと強くなる。苛烈ではあるが、効率的でもあるとは思う。

 ただ一つの欠点を除けば。

 

「ちょっ、待っ、うぼぉっ!?」

 

 泳げない者が居れば、ビリッケツが確定するということ。

 

「おいどうしたカイト! だらしないぞ!!」

「海って! 、泳ぎっにく、あぶぶぶっっ! のねぇ!?」

 

 海水はこんなにしょっぱくて生臭いのだと、人生初の知見を得た。得たが溺れながら知りたくは無かった事実だ。プールはもっと薬っぽい匂い。でも飲み過ぎると気持ち悪くなる臭い。

 流れ方が凪のようなプールとはてんで違う。前へ後ろへ、右へ左へ、四肢全体が縦横無尽に振り回される。初の海中水泳でトライアスロンなど、やっぱり来るべきではなかったかもしれない。あ、これまずい、右足が痙攣し始めた。

 

「っ!? ごべっ、ドレーナー、足、攣っだぁぁぁ! いっだああああい!!」

「カイト?」

「おぼぼぶぶぶぼぶお……………………」

「カイトォォォォォォ!!??」

 

 海底って実際に見ると底知れなくて、根源的に怖いんだなって霞む意識の中で知りました。

 そんなこんなで水泳免除。やったぜ。

 ――――そんな茶番があれば、無論のことながら大きく出遅れて、口からピューピュー海水を噴き出す噴水となってどれくらい経ったのか。

 

「――――んで、気づけばこの席に付いてたって訳」

「泳げなかったのなら初めに言え!」

「チッチッチ、それは違うな、海で泳ぐのは初めてだっただけだ」

「それを先に言えってんだよ!」

「終わったことをグチグチと……!」

「あ、テメェ!」

 

 隣の皿から肉を強奪して、本来の持ち主と奪い合う。醜い争いだがこうしてバカがやれるのは楽しい。

 

「カイトくんすみやかに沈んでいったもの、私たちもビックリしちゃった……」

「あれには俺も流石に死んだかと思いましたね」

「死っ、……もう気を付けなよ?」

「……ああ、そうするわ」

 

 そのワードを使ったのは、ちょっと軽率だったかもしれない。

 夢を打ち明けたあの日から、スぺとグラスの関係性には変わりがない。でもこうして、まともに目を見れない場面も多発している。強く優しく咎めるような視線は、直視なんてしていられない。気付かないフリをするので精いっぱいだ。

 あの自分語りは失敗だったかと、少々ばかりに後悔している。

 

「……ま、もう二度と溺れないけどな」

「そうしてくださいまし……息が止まるかと思いましたわ」

「無知が引き起こした悲劇だったが、俺は学習したぞ。同じ轍は踏まん。多分」

「そうしてくださいよ……」

 

 勝ち取った肉を頬張りながら、同意の頷きを返す。命はたった一つの有限品。粗末に扱ってはならない代物なのだから。

 

「……」

「なんか言いたげ?」

「……」

 

 そんなスぺは置いておいて、今は携帯でポチポチしているマックイーンが何故か気になる。

 基本的にお嬢様しているマックイーンが、食事中にも関わらず携帯を弄るのは、珍しい姿だ。何かそんなに優先するような連絡でもあったのだろうか。

 

「当主さん?」

「いえ、アルダンさんへ……あ、」

「……なにを送ってるのかちょっと見せてくれよ」

 

 空調が行き届いたこの室内なのに、不思議と汗がとめどない。シャツが背中に張り付くのは、夏の陽気さが窓を貫通してエイヴィヒカイトを直撃しているのきっとそう。

 

「い、いえ、お兄様が溺れたことを少々……」

「送るな! 頼む!!」

「もう送りましたわよ?」

「…………そっかぁ……ん?」

 

 懐の携帯が震える。同時に背筋が震える。

 

「……ヒェ」

 

 この振動パターンはメジロ、お嬢です!

 さっきの今で、どんなタイピング速度をしているのか不明だが、圧倒的を凌駕した速度であるのは確かだろう。

 恐る恐る開いた液晶画面には、差出人アルダンとのトーク。そこに羅列する無機質な文字列は、異様な雰囲気を放っている。てかメッセージアプリを二回スクロールしないと全貌が見えないのはどういうことなの。

 要約すれば、『帰ってきたらお話』だそうです。

 

「俺なんか悪いことしたかなぁ?」

「一体なんて言われたのですか?」

「へぇ!? ……ちょっと言えないかなーって……」

「……気になりますわね」

「メッ! マックイーンにはまだ早い!!」

「子供への説教……?」

 

 そんな夏合宿だった。

 

 

「ふぅ……つっかれたー…………」

 

 ようやく我が家へ着いて、歩き疲れた足を床へ投げ出す。

 車で数時間の距離を歩けば、時間を浪費して労力も積み重なる。朝早くに宿を出たが、こうしてくたびれるのも当然だろう。足へ乳酸が溜まって、ふくらはぎがパンパンだ。

 這いずりながら冷蔵庫へ向かう。あそこにはエイヴィヒカイトを潤してくれる、救済の麦茶があるはずだ。そうして扉を開けて、はて、首を捻る。

 麦茶を入れていたデカンタには、満タンの麦茶があったはずだ。家を出る前に補充して、そうして玄関を後にした記憶がある。

 

「……?」

 

 とはいえそんな些事を気にしていては、喉がカラカラの砂漠を通り越す。コップへ入れる手間も惜しんで、デカンタの流し口へ直接口を付けて流し込んだ。

 

「……んぐっ……んぐっ……ぷへぇ~」

 

 疲れ切った後の飲み物はどうしてこんなにも美味なのか。

 

「…………ぶっちゃけアルダンの味噌汁よりうまい……」

 

 料理と麦茶では土俵が違うだろうが、それでもそう感じたのだ。なんなら水道水でも似たような感想を抱きかねない。

 

「あいつの料理もうまいけどなぁ、今はこっちの方が好きだわ」

「三百円にもならない麦茶に負けただなんて……ショックです」

「そう言うなって。これはあれだ、身体が水分を求めているが故の………………」

 

 靴は無かったハズだ。鞄などの荷物も置かれていない。キッチンも使われた形跡は無かったような気がしていたがそんなのは気のせいでした。よくよく見れば清掃されていた痕跡を見つけた。冷蔵庫の中身も、家を出る前とは位置が変わっている。

 留守にしていた期間、合い鍵をフルに活用して居座っていたのだろう。

 こうしてカイトの部屋に潜伏していたくらいには、馴染み切っている。

 

「……へ? ぇ? だって、今日はいないって、『今日は帰ってますね』って言ってたじゃんかよぉ!?」

「ええ、だから……ほら?」

「? は? ほらってなにが??」

 

 そいつは手を広げて、怪しい笑みで室内を見渡す。

 

「『家』に『帰ってます』」

「……? ……。? ??????」

 

 その理屈はおかしい。だって、ここはエイヴィヒカイトの借りたアパートの一室で、エイヴィヒカイトの家で、まかり間違ってもメジロアルダンの家では無かったハズなのに。アルダン家と言えるのは、メジロ本家か寮か、アルダンの実家だろうに。

 でもちょっと待ってほしい。アルダンは言うまでも無く優秀で頭も良い。エイヴィヒカイトと比べるべくも無く、滅茶苦茶にあたまがいい。すっごくすっごくあたまいい。

 そんな彼女が此処が自分の家と申しているのなら、それが真実なのかもしれない。もしかしたら、此処がエイヴィヒカイトの安住地帯なのだというのは、脆弱を極めた幻想なのかもしれない。

 だとすれば、おかしいのは果たしてどっちだ。

 

「――――……そうかなるほど? なら俺はそろそろ御暇(おいとま)しようかな「待って」ぁきゅっ!?」

「きゅっ、って……カイト、可愛い……」

「ゲホッ、ゲホッ! 何お前こわっ!?」

 

 どうやら部屋を間違えたらしいエイヴィヒカイトは、改めて自分の家へ帰ろうとしていたのにそれを阻むアルダンの魔手。パーカーのフードを掴んで、逃がすまいと斜め下へ振り下ろす。他ならぬお前が殺す気か。

 

「なんだってんだよ……此処はお前の家なんだろ? 俺は自分の家に帰るからその手を離せ」

「? 何を言っているんですか? 此処は私の、()()()()でしょう?」

「? 何を言っているんですか?」

「もうカイトってば、おかしなことを言わないでくださいね」

 

 ――――アカン

 

 支離滅裂な言動を目の当たりにしたとき、人は戦慄を身に纏う。

 なんだか産毛がぞわぞわする。この予感を間違えた覚えが無い。でも残念なことに、その予感を回避できた試しも存在しないのだ。たすけて。

 

「それで……マックイーンから聞きましたよ?」

「ひゅっ!?」

「ふふふっ、……その顔、可愛い……」

 

 いつの間にか玄関へ回っていたアルダンは、カチャリ、と。玄関のカギを閉める(絶望の足)音を響かせる。懇切丁寧なオマケにチェーンまで掛けられる。

 周りを見回しても、窓には施錠がしっかりと為されている。親戚のお姉さんは戸締り確認がしっかりしていて、エイヴィヒカイトは心底安心しました。

 

「さて……お説教、しましょうか」

「助けてー! 当主さん助けてー!!」

 

 さあ、どう逃げる。

 

 

『すいません当主さん! 助けてください!!』

「……」

『ヘイあのー!? もしもーし!? おばぁちゃーん!?!?』

「………………どうかされましたか、カイト?」

 

 エイヴィヒカイトが急いで電話掛けた先は、本家の元締め。現当主とも言うかもしれない。しかし今はそんな定義なぞどうでもいいと、そう言わんばかりの迫力を感じる。

 なんだかんだで連絡先は知っていても、実際に連絡を取るのは初めてだ。こちらは気にしてなどないが、世話になっていたという立場を鑑みれば、おいそれと容易い理由ではカイトからは連絡を取りづらい相手だと自負している。本当ならもっと気安くしてくれた方が年寄りにとっては嬉しいのだが、そこはそれ。カイトの負担にならないように、ゆっくりと距離を縮めていくつもりでいる。

 ちょっとの新鮮さと驚きを含んだ声が、携帯を通して伝わったかもしれない。負けないくらいに焦った声も、エイヴィヒカイトから届けられる。

 

『このバカを今すぐに連れて帰ってくださいませんかね!?』

「一体何の話を?」

『家に乗り込んでくるバカなんて一人しか、、ヴェッ!? お、おい待てバカ! なんでこっちにじり寄ってるんで――――』

「……」

 

 それっきり電話はプツリと切れる。

 初めて彼から連絡を取ってきてくれたのに、終わりは何ともあっけない。少しだけ名残り惜しく感じつつも、カイトの声の裏から聞こえたのは、どこか聞き覚えのあるような声だった。

 あれは確か、アル――――

 

「…………まあ、二人とももう子供ではないのですし、好きにさせておきましょうか」

「ええ、それが一番でしょう」

 

 傍付きのお墨も付いた。子供たちの事情にわざわざ首を突っ込んでも、不快にさせるだけだろう。老人は静かに見守るのだ。見捨てたのではない。これは未来への投資と言うのだ。

 それに、ああして騒いでいる様子が垣間見えるのは、実は嬉しくもある。微笑ましいとも言い換えれる。

 孫のような存在が近しい相手となるなら、それは何とも望ましい。諸手を振って歓迎もしよう。入籍はいつの予定だろうか。式はどれくらいの規模だろうか。白無垢かウェディングドレスか、どちらを望むのだろうか。

 

「最近では、より一層積極的に迫っているのだとか」

 

 それを聞いて、机の上で組んだ腕の裏で、密かに口角が上がる。何年間もアプローチを続けていたと聞いていれば、自然と娘の方を応援する。この件に関しては少年の敵となってしまうが、その果てに見事結ばれるのであれば結果はオーライなのだ。どう転んでもメジロ家に落ち着くわけだし、何だったら一番の勝者は私だったりするのかもしれない。

 可愛いい孫的存在の心を奪い取った責任として、年貢を納めてもらう時期が近付いてきたと見える。

 

「二人の子は、どちらに似るのかしら……」

「気が早すぎます」

 

 少年からの救援要請はその内に定期連絡となり、少ない時間でも喋れる機会を得て、とある老婆は機嫌が良い日々が続いたらしい。

 その間ずっと、とある少年の精神はゴリゴリと掘削していたとさ。




牛丼食いたい

バッドエンドIFいるかいらんか

  • いらん
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