未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

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何書いてるんやと冷静になれば地雷
ガイドラインを掠めてないか心配になるライン?


そのにじゅうはち

 見慣れた電子の文字列。()()()()()()()()その並び。

 その名より上に私は刻まれず、彼の無敗神話を彩るだけに終わる。

 一年前なら何を考えていただろうか。きっと仕方ないと、彼の圧倒的な背中に圧されて納得していたかもしれない。

 でも今は、その結果が何物よりも耐え難い。

 

「ハッ、ハッ、、ゴホッ! ……ッ!」

 

 敗北の理由は不足しているから。経験の差は無い。デビューしたのは共に同じ時期で、レースを走った回数にも差は無い。

 足りないのは時間。残り時間もそうだが、今日この瞬間へ至るまでの、自己研鑽の時間が足りていない。『学園へ来る前から、ちょっとだけ身体を作っていた』とは本人の言だが、二千を超える距離をノンストップで駆け抜けて、息を切らしていないのはちょっとに当てはまるのか。学園へ来てからの研鑽との相乗効果が、無類のスタミナを捻出しているとはトレーナーの推測。そんなある種王者に立ち向かうには、私では時間がどうしても足りていない。

 彼が走るのは残り二つの重賞。それらを最後にすると、その前言を忘れることは出来ない。

 敗北が屈辱だから、その理由はある。彼に勝ちたいから、その理由もある。けれど、今一番大きな比率を占めるのは、私が、グラスちゃんが、他の誰かが彼に勝てば、何かが変わるかもしれないと考えている。

 ただ勝利に執着して、明確な実績を積み重ね続ける彼だが、逆に言えば勝利こそが絶対の条件としているのだ。

 ならその条件に、彼の紡ぐ常勝無敗の覇道を潰えさせれば、彼の中にも何か変化が訪れるかもしれない。可能性が低かろうが高かろうが、それは不確かでも可能性なのだから。

 しかし不確かな変化を誘発させるには、こうして影を踏むことで精一杯なのが現状。

 

「スぺちゃん、大丈夫?」

「ハッ、はっ、……だい、じょうぶ、だよっ?」

 

 強がりではなく、本当に前回よりも楽なのだ。距離が短いのもあるが、ここ暫くは急拵えの付け焼き刃でも、体力を付けていた恩恵なのだろう。

 勝利を手にしていないのなら、意味があるのか不明だが。

 

「顔真っ青じゃない……アレに着いて行けばそうなるわよね」

「……でもっ、ついて、いくだけじゃっ……!」

 

 そうだ。追い抜かなければ意味が無い。滾りを続ける闘争心も、屈辱に満ちた叛骨心も、彼の変化を望む心も、全てはその背中を追い抜かなければ無為と化す。

 

「勝たなきゃっ、ダメ、なのにっ……!」

「――――」

 

 涼しそうなその横顔が、今ではその瞬間を待ち侘びて歓喜の用意をしていると、私は知っている。納得のいく結末を欲していると、今なら分かってしまう。

 ――――彼が不在だった半年の間に何があったのかを、グラスちゃんと私は合宿後に聞かされた。最初はなんで私達なのかは不思議だったけれど、彼に向き合った初めての友達だからだと、()()()()()()()()()から聞かされた。

 普通じゃない。正気じゃない。言葉は交えずとも、グラスちゃんと満場一致の感想が浮かんだことだろう。

 

『お恥ずかしい話ですが、私が知ったのもつい最近なのですけれどね』

 

 自責と自罰に満ちた自嘲の声色で、こつこつと語って聞かせてくれた。

 それだけでなく、私達は彼の全てを知った。幼少期の彼の一家を()()()()転換期。彼にとっての訣別未遂。その後にトレセン学園へ来るまでの、日々の様相。彼本人が濁していた部分を補完するようなそれらを聞いて、まるでその場に居合わせたような感覚を覚える。けれども聞かされた全てを完膚なきまでに理解したなど言えない。軽々しく『なるほど』なんて言ってはならない。

 そんな日常を生きてきた子供を幻視すれば息も呑む。決して楽な歩みではなかったと思ってはいたが、苛烈さは想像を容易く超えていた。傍に居続けた善意が霞むほどに、彼をもてなしていた悪意は無邪気で残酷で陰湿だった。

 そうして静かに語りを切り上げた先輩の表情が、学園でたまに見かける流麗な姿と打って変わって、悲痛を閉じ込めた子供のようだったことをよく覚えている。

 同時に、合宿へ行くことを嫌がっていた理由も、海に入る際も、トレーニング中でも、最近はどんな時でも長袖だった理由も理解した。去年の合宿でも見学しかしていなかった理由も、会得が行った。

 彼の母親が瀬戸際に存在していることも、教えてくれた。

 状況に刻一刻と追い詰められて、狂気から急かされて、生きる事は辛いモノだとで思い込まされて、夢を追うことにも疲れ果てて、それでも進むことを止めない理由。一歩踏み出すごとに苦痛に蝕まれても、走り続ける理由。

 ――――終わりたいから。夢の果てに求めた結末。まるで、ではなくまさしくその手の志願者と同義。そんな自棄のような核心部分を、彼女が知らないのは意外だった。

 傍で見守り続けて、独りにはさせないように施していた彼女がそれを知らないのは、きっと意図したモノだったのだろう。

 知らせたくない、知って欲しくない相手が彼女だったのだ。

 大事な存在であるほどに、自分の歪みは見せたくなかったのだろう。

 それは俗に思い遣りと呼ばれる気遣いだ。

 

『そう…………だからっ、辛そうだったのね……』

 

 歯を食い縛って、俯く先輩。自分の事のように苦しむ姿を見れば、彼が隠し通そうとしていたのも納得できる。

 こんなにも自分を大切に思ってくれるなら、成そうとしていることを知れば止める。先輩が善良であるほどに、どうしたって止めたがる。そして多分、先輩の言葉を言い聞かせ続けたのなら、彼は止まってくれるのだと思う。だから誰よりも近しい存在から、自らの行く末を隠し通していたのだ。

 だというのに私達に明かした意味。過酷な幼少期、少年期を過ごした彼ならその願望がメジロアルダン先輩へ伝わる事も、予想なんて出来ていたはずだ。人の口に戸は立てられないと経験則で知っている彼が、十年間も読み取らせないままでいたほどにメジロアルダン先輩は大きな存在なのだろう。では何故そんな核心を私達に話したのか。

 信頼ではない。信用とも違う。何年も徹底していた方針を変えるなら、それだけではない。

 

「…………りない」

「え?」

 

 答えはゴールが近いから。だから誰に露見しても構わない。例えばそれが、何者よりも代えがたい『大切』だろうと、もう止める間もない段階へ踏み出したから。

 彼が最期と定めた有記念まで、二ヶ月を切っている。彼の歩みを止めるには、たった二ヶ月では足りなすぎる。

 

「全部、足りない……っ!!」

 

 彼へ届かせるには声では届かない。届かせれる存在はいない。

 私が届かせるなら、結果を出すしかないのだ。

 

 

「あっちぃ……」

 

 寝苦しさで目が覚めた。秋に差し掛かった昨今とは思えぬ目覚めの悪さに、眉をひそめて原因を探る――までもなかった。

 寝ぼけまなこで視線を横へ逸らせば、とある人影。とある、などと自分を誤魔化そうにも、その寝顔は見尽くしている。

 スヤスヤと、肌に触れる熱など気にすることなく、それどころか安心しきったような寝顔。

 抑え込まれた左腕は、おかげ様でミリも動かない。起き上がれないから、必然的に寝顔を眺めるのがここ最近のマイブーム。

 

「なんでこんなに無防備なんだ」

「……すぅ」

「…………あざといってやつか」

 

 生物学的にはしっかりとした男性であるとの証明はされた訳で。エイヴィヒカイトの事情がどうあれ思春期少年真っ盛りなのは違いなくて。年相応にそういった知識もある訳で。トドメに目の前にいるのが、高嶺の花を極めたような、中身も外見も完全無欠に美少女な訳で。それはもう、役満さえも通り越している。詰みに近いのかもしれない。

 ちょっとだけ澱んだ劣情を抱くのは、もはや当然としか言いようがなかった。ところで話が変わるようで全然変わらないが、据え膳が目の前に来たら容赦なく食べたいなー、なんて思っていた中学時代でした。

 

「ま、手なんて出す訳。それこそありえん」

「……むむぅ」

「起きてんのか?」

「………………すぅ、すぅ」

 

 理性を削られるのは主に起床している時。寝ている姿だけなら、猫を愛でている気にすらなってくる。愛玩動物適正が意外と高いアルダンだった。

 なんだかんだとねじくれた関係性ではあるが、やっぱり可愛いのだこの娘は。贔屓目無しで心底から思う。

 他の異性が女性として一切見れないほどに、この少女が愛おしい。

 口に出す事だけは、決して無いだろうが。

 

「……重症かよ」

 

 自覚から目を背ける必要性も、刻々と薄れつつある。自分を騙すのをやめ始めれば、この感情のなんとむず痒い事か。

 起こさないように小さく呟きつつも、指でつついたほっぺたは、とてもぷにぷにしている。しっとりとしてきめ細かい肌は、触り心地よい感触。セラピー効果が期待できそうだ。

 

「柔らかっ」

「…………んぅ」

 

 目が覚めないのをいいことに、極上の頬をいじくりまわす。一指しするごとに耳がピクついて、くすぐったそうに体をよじる。 

 

「……もちもちしてら」

「………………ぁむ」

「うおっ、ぁ……!?」

 

 嬉し恥ずかしイベントの最中で、更なるビックリイベント発生。つついていた指を煩わしく思ったのか、はたまた食欲な夢でも見ていたのか。

 エイヴィヒカイトの指は、突如としてぬるりとした生暖かい感触に包まれた。

 

「あ、やべ」

「……ん、ちゅ」

「ちょちょちょちょちょ、待って離して継続しないで」

 

 寝てる者へ小声で静止を促しても、寝耳に水が如き愚行である。

 恍惚としてるような、そんな雰囲気を寝たまま纏う。

 

「んぅっ、……ちゅぷ」

「やめい。やめて」

 

 迫真の語気だがしかし、静寂を努めて保つのは此れ如何に。

 つか夢の中にいるだろうに、どうしてそんな官能的な貌してるんですか。そう問い掛けるのは罠である。このまま起こせば後のお祭り。間違いなく一線どころか、ニ線三線と飛び越し尽くすだろう。確信どころか信頼ですらある。

 ぷるりとした唇が、優しく甘噛んで第一関節を挟み込む。柔らかく健康的な赤い舌が、指先にグルリと絡みつく。肌どころか色々すっ飛ばして、体内の温度を直で感じる。指という感覚が集結した部位を、これでもかと刺激している。

 丹田の辺りがむず痒い。顔が火照っているのを、全身の発熱で気付く。耳まで真っ赤に違いない。見なくとも分かりきっている。何なのだこの倒錯的なシチュエーションは。

 一瞬でも悪くない感覚だと考えた自分を叱責しても、止まるような状況ではない。

 急いで引き抜こうと力を込めても無駄だと、数秒後の結果は物語る。

 

「んぁっ、……ちゅる」

「(やばいよこれ柔らかすぎて指動かしたくなるけどそれは悪手じゃろ)……やべぇ」

「んちゅ……ちゅぷ、ぷぁ………………はむ」

 

 逃がさない意図をたっぷりに、両手で手のひらを掴まれればもうおしまい。後はなすすべなくしゃぶり尽くされる。

 唇は閉じ切られて、指の根元から覆う口内が外気を遮断する。

 関節の皺。指紋をなぞるように。爪の根元。ささくれを撫でるように。指の腹。飴玉を味わうように。人差し指がふやけるんじゃないかと思えるくらい、アルダンの唾液が塗りたくられる。唾液は弱酸性であるが、ここまでされればその内指が溶解されるかも分かりません。

 力づくを行使するのも可能だが、それは回り回って自らの首を絞めると知っている。起こせばそれこそセカイノオワリ。起こさなくてもこのままじゃオワリそう。八方塞がりが此処には在った。

 

「……うへっ、?」

「……んんっ………………」

 

 それだけでなく、ついでとばかりにより強く引き寄せられて、左腕が口にするのは憚られる部位に包み込まれる。これこそが伝説の、『当たってますよ』現象なのだ。伝説的なそのイベントに、ちょくちょく対面しているような気もするが、多分気のせい。

 

「どうしよう……どうしよう……」

 

 少々、いやかなりよろしくない状況だ。可愛げのある悪戯なら兎にも角にも、こうした体制は互いによろしくない。このまま起床でもされれば、ガッチリとロックしたのを良い事に更なる手練手管を用いてくるだろう。

 最近のエイヴィヒカイトが抗う事が出来るかどうかは、ちょびっとばかり怪しい。現在進行形でも相当に怪しい。それを知ってか知らずか、もはや詰める必要の無い距離を、尚更過剰に詰めようとしてくるのは自明の理。

 そんな未来を避けるにはどうするべきか。答えはこれまでの人生観に存在したのだ。

 

「…………んぅ……ぁ」

「おやすみなさい」

 

 そんな事が起っていたなんて知らなかったですと、後から証言できる状況にすれば良い。

 日が高く登って、カーテンの隙間からは光が差し込んでいる。うぐいすだって鳴いてる気がする。スズメもチュンチュン言ってる。紛う事無く朝だ。二度寝すれば遅刻確定な、完全無欠の朝なのだ。

 そんなの知った事かと言わんばかりに、背徳的な二度寝を敢行する。

 これは逃げでは無い。逃げてなんか無い。逃げちゃダメだってとある中学生も言ってる。なのでこれは逃亡では無いのです。戦略的かつ未来を見据えたそれでいて希望的観測へ賭けた、前向姿勢の撤退なのだ。

 

「(俺は寝てます俺は寝てます俺は寝てます俺は寝ますから俺が寝てます俺は寝てます)……」

「……………………っ」

「ヒュェ(寝る! 寝るんだよォ! 俺は寝るダァー!!)」

 

 閉じ切った口が無言なのは相変わらず。しかし外から見えない内側では、縦横無尽と自由自在に蹂躙されてゆく。憐れ右手の人差し指。骨は拾えん。てか拾う骨とか残るのかな。

 濡れた感触を重ねられれば、変な声が出るのはご愛嬌。嬲り転がされて搔き混ぜられて、本当に眠っているのか怪しいアルダンは、なすがままに指全体を味わう。ここで舌の動きが加速するのは、タイミングを見計らったとしか思えない。普段だったら明らかにオカシイと声高く叫んでいる。

 そんな余裕がある訳も無いエイヴィヒカイトは、脳内で繰り広げられるゲシュタルト崩壊と向き合ったまま、苛烈な二度寝へ飛び込んでいったのだった。

 

「――――…………ふわぁ……」

 

 ――――そんな、本日二度目の目覚め。

 もちろん授業には遅刻だが、起きた時には隣に誰もおらず、遅れた朝食を平和に謳歌できた。ビバ、静寂なる朝餉。やはり世界とはラブアンドピースこそが至高。

 

「おはようカイト。今日は珍しくお寝坊さんね」

「……なんで居んの?」

 

 遅刻の元凶が居たとしても、二時間前と比較すればどう足掻いても平和である。

 ちなみにこれは『なんで居んの(はよ帰れ)?』でなく、『なんで(先に学園行かずに)居んの?』の意だ。そんな言葉足らずを当然のように汲み取ってくれるのは、些かの嬉しみを感じる。いつもの事だと言われれば、そんな嬉しみが幸福への近道だと申してやろう。

 

「お前まで遅刻して……先に行ってても良かったろ」

「一緒が良かったから、待ってたの」

「……そっすか」

「はい、そうなんですよ?」

 

 間髪入れずに味噌汁を啜って顔を隠す。得意技の一つをここで披露する羽目になるとは、恐ろしい娘だ。

 此奴が自分のしでかしていた事を覚えているのかは、果たして定かではない。確認する勇気を出すには、その後の恐ろしさが勝るのだ。

 深淵を覗かなければ、深淵からも覗かれない理論である。真実を確かめずシュレディンガー状態にすれば、真実に喰われる結末も生まれないのです。

 

「…………ヘタレ」

「なんのこっちゃ」

 

 やっぱり実は起きてたんじゃなかろうか。

 

 

 勧誘の秋、推して参る。

 当然だがチームへの勧誘では無い。そういったギャグは、ゴールドシップ達の仕事だ。シリアスの中でド派手に散りたいエイヴィヒカイトとしては、そっち側は煉獄と何ら変わらないかもしれない。

 では何への勧誘なのか。何故生徒会室の扉を叩いたのか。何故スーパーカー先輩も呼んでいるのか。バケモンみたいなメンツの中で、何故堂々と仁王立ちを繰り広げているのか。

 

「みなさん中山グランプリ、出るつもりとかありません?」

 

 これすなわち、レース勧誘のための言である。

 本来の締めとして見据えていたウィンターなんちゃらでは、今のエイヴィヒカイトにとって時間が掛かり過ぎる。かと言って年の瀬の有に、スペとグラスだけでは足りない。既に勝利した相手に更に勝とうが、格の上乗せには繋がらない。

 そこで逆転の発想。目玉となる走者が足りないなら、他から引っ張ってくれば良いのだ。勝利する価値のある相手を下した時の衝撃は大きく、頭数が多ければ刻まれる衝撃も相応に膨らむ。シンプルだが、存外良い案だと自分でも思う。

 しかしこの提案を受けてくれるかどうかは、話が別なのだ。

 

「グラスワンダーとスペシャルウィーク……この二名と決着を付けるのだと噂になっているよ」

「ははあ、なるほど? ……え、だからなんです?」

「君達の舞台に水は差せない」

「…………いや俺は気にしないっすよ」

 

 妙な気遣いならいらない。それ以前に、認識の掛け違いも起こっている気がする。

 

「んっと、そもそもあいつらとは決着は付いた訳でして」

「……一度や二度で決まる世界ではないだろう」

「宝塚で決まりました。だからもう、あいつらとは良いかな」

 

 二人が望んでいるから、礼代わりとして共に走ることを約束もした。したが、もはやエイヴィヒカイトからすれば、あの二人と走るメリットは薄い。

 欲する事ができるのなら、より濃度の高いメリットを欲する。

 

「…………もしくはあれですね、年の瀬だし、豪華なメンツと走りたいなーって……そんな感じの理由じゃ出てくれませんかね?」

「私は構わんぞ。面白そうだし」

「ブライアン……お前までそんな事を」

「さっすがジャンキー先輩」

 

 合法なのか知らんが、常日頃から枝っ葉を吸ってるだけの事はある。乗ってくれると思っていた有力候補が、予想通りの助け舟を出してくれた。

 シャドーロールの怪物。彼女の好戦的な姿勢は、ちょっと観察していれば分かりやすいものだ。噂にだってなっている。名実嗜好、共に怪物と称される彼女ならば、ホイホイと釣られてくれると信じていた。でも野菜は食べた方が良いですよ。

 

「難しい話じゃないさ。要するにコイツも飢えてるんだよ」

「……? …………そうです、そうそう! 俺ってば飢えてるんです!」

「違うらしいが?」

「……大根だったか」

 

『もっと取り繕え』と言わんばかりの視線を受け流す。強者入り乱れる有へなりそうな予感に、思いの外食いつきが良い。なんなら睨まれているまであります。

 

「でもまあ、先輩の言った事は概ね合ってますよ。強者と走りたいってのは、嘘偽りないですからね」

「グラスワンダーとスペシャルウィークだけでは不足だろうか?」

「ええ、足りません」

 

 会長からの問いかけに即答で返す。

 

「迷いが無い。あの二人に対して随分と豪胆な事だ」

 

 その語気に少しの怒りが込められているのは、舐めていると勘違いされているからだろう。そもそも勘違いするまでもなく、今のエイヴィヒカイトの態度は傲慢そのものだ。

 それに会長の言う事も間違いではない。スペは走る毎に距離を縮めて、グラスは宝塚以上に縮めんと今この瞬間も修練に励んでいる。甘く見積もってしまえば、足元を掬われるのが今の二人だ。次に走る時には追い抜かされている可能性だって断然あり得る。

 ただ、改める気だって毛頭無い。

 

「実力どうこうじゃないんですよ。スペとグラスにはもう勝ってますから、これからの夢を考えたら一緒に走る価値は薄れている」

「……あの子達と喧嘩でもしたの?」

「それは全く無いです。仲が悪いとかそんなんでも無いです」

 

 いやしかしどうだろう。エイヴィヒカイト個人としては、二人をいたく気に入っているが、あっちからは怪しいかもしれない。最近は少しよそよそしいし、嫌われてもおかしくないカミングアウトもあった訳だし。

 それはそれとして。

 

「ぶっちゃけるなら、俺の夢を叶える為に人数必要なんですよ。実力者が求めるラインに伴っていないんじゃなくて、実力者の頭数が足りない、ですかね」

「夢、か。貴様の夢を叶えたいが為に、私達に出ろと」

「そうです。お願いします()()()()()()先輩」

「? ……!?」

 

 此処にいる連中は、学園内でも上から数えた方が早いメンツだ。他の人にも声を掛けて回る予定だが、正直このメンツを纏めて参加させられるなら、それだけで出てくるお釣りは計り知れない。

 夢の結末だって、妥協する必要も無くなるかもしれない。

 

「俺にとって、夢を叶えるチャンスはソコしかないんです」

 

 それが最期だから。

 

「……」

「会長達が俺の事を、少しでも後輩として見てくれているなら、その慈悲に期待したい。どうか――お願いします」

 

 帽子を振り落とさないように、胸に抱えて床を見つめる体制へ。深々と視線は伏せられて、お手本のようなお辞儀を披露する。

 こんなのは茶番だと、知っている。

 何処からも関心を引き寄せるエイヴィヒカイトに、彼女らが目を向けていたのは知っている。度々マルゼンスキーが声を掛けてきていたのも、善良さの表れだけでなく、半分は様子を見る為だ。エアグルーヴが対抗心を向けてきていたのも、そこが発露としている。

 エイヴィヒカイトの境遇の片鱗を理解して、それでいて皆を導くウマ娘たらんとする会長が、エイヴィヒカイトの懇願を無視出来ないのも理解している。

 だからこうして頭を下げれば、きっと――――

 

「……頭を上げてくれ」

「…………」

「有出走者は投票で決まる。保証は出来ないからそのつもりでいるように」

 

 ほら、上手くいった。

 

「ありがとうございます」

「私はこの通りだが、皆はどうする?」

「ん〜、そうねぇ……」

 

 此処からの流れは、まるで予定調和のように感じられた。寸分違う事なく、エイヴィヒカイトの思い描いた結果を手にした。

 打算に塗れた願いは、彼女らに届いたのだ。

 

「……カイトくんの夢も気になるところだけど」

「すんませんが、ちょっと言えないです」

「そうよね〜……うん、決めた。あたしも出るわ」

「……恩に着ます」

「気にしないでね、あたしがそうしたいだけなんだから」

 

 嬉しそうな仮面の裏で、次はオグリキャップとサイレンススズカをどう説得しようか模索している。早くこの会がお開きにならないかと望んでいる。頼む立場でなんて浅ましい。

 感謝の時間はそこそこに、言質を取り付けたのならもう十分だ。

 

「アンタとは一度走ってみたかった。その機会が回ってきたのなら、願ってもない」

「木の枝中毒先輩……」

「バカにしているだろ」

「いやはや、たまさかそんなことは」

 

 時間は惜しいが、ぞんざいに扱うのは悪手の極みだ。表面上だけでの対応でも、有ると無いとでは違いは大きい。仮に内心を見抜かれていても、仮面の維持を続けない理由も無い。

 

「貴様には散々土をつけられたのだ、今度は貴様が苦汁を舐めてもらうぞ」

「な、舐め、舐めるって!?!?」

「どこに過剰反応しているのだ、たわけ」

「あ、いや、たはは……ありがとうございます先輩」

 

 他人との距離感もどうでも良くなる未来がやってくる。そうなれば、名前を覚えないようにする必要もなくなる。これからはもう、ワザと間違え続ける手間も消える。

 重荷が削れていく。背中に癒着していた異物が、いつからか削がれて心身を身軽へ換えていく。

 その瞬間が、待ち遠しい。

 

 

「それじゃお願いしますね」

「うん。……でも良いのか?」

「……何か引っかかるところでも?」

 

 少しの警戒心が表へ出る。アルダン曰く、この先輩は直感的な天才肌らしい。直に話してエイヴィヒカイトもそれは感じた。サイレンススズカにも通ずる、野性的とも言える天然感。

 この手の輩は総じて勘が鋭い。思惑を丸っとお見通されたのかと思った。

 

「美味しいものをご馳走してもらって、それに加えてキミとも走れるなんて……私ばかりが得をしている気がする」

「……いやいや、先輩は――――灰色の怪物は、勝手ながら参考にさせてもらってましたから」

「それは……嬉しいな」

「なので先輩と走れるのは、俺にとってとても得なのです」

 

 デフォルメされたような顔で、照れながら頭を搔く芦毛な先輩。一見無表情で、それなのに照れていると一目瞭然だ。国民的アイドルウマ娘と称されるのも、頷ける愛玩感。

 

「そいでは出走登録の方、よろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ。超最高級ニンジンに賭けて、必ずや出走して見せる」

「ういっす……マジで食べるの好きなんだな」

 

 目を輝かせるオグリキャップを置いて、繋いでくれたアルダンの元へ向かった。

 

「ありがとうアルダン」

「これぐらいは全然いいのよ。……代わりに」

「ああ、そんじゃ昼にな」

 

 以前ならいざ知らず、現在の戦況下での二人きりの昼食は避けたい。本当は避けたくないけれど。

 しかし、いつまでも攻められっぱなしのエイヴィヒカイトではない。今回はとっておきの防衛策があるのだ。名付けて『メジロ家集結大作戦』だ。攻勢策ではないのは致し方なし。攻めればその時点で負けるからしゃーなし。

 

「サイレンススズカ先輩は……放課後かな」

 

 平穏に過ごせると勘違いしながら、その後の予定を馳せる。

 報酬に何を差し出そうか、それだけを呑気に考えていた。

 

 

 ――――十一月二十八日、ジャパンカップ当日。

 

『キミがそうだね』

「は?」

 

 物珍しそうな視線が、最近では一周回って珍しく感じてきたところに今日この日。海外からのお客様方は、初めて見る新種生命体に興味津々だ。一部気色悪そうな顔を隠さないのは、陰湿な日本とは違ってむしろ好印象。まんま客寄せパンダであり、走者としても注目されているのは喜べばいいのか。

 そんな注目を思いののままにするエイヴィヒカイトへ、言語が通じないままに、気にすることなく話しかけてくる金色の姿。

 海外へ出たエルコンドルパサーが敗退した、国外に在った確かな強者。

 ブロワイエが来た。

 そんな堂々たる覇者が、言葉でなく意志を交わそうとしてくる。

 

『噂には聞いている』

「……ふむん?」

『東の島国には、魔王が如き王者が居ると』

「ふむふむ」

『お手並みを拝見させてもらおう、極東の魔王よ』

「ふむふむ……なるほど! オッケー!」

 

 全く分かってないが、宣戦布告でもされたのだろう。その手の宣言には、元気よく答えておけば何とかなるのだ。

 それに言語の壁が在ろうと、答えは全てターフの上で出る。

 今のエイヴィヒカイトは、そういった枠組みの生き物なのだから。

 

「……えっと、なんだったっけ」

 

 とはいえもう少し返答してあげた方が良いだろう。そう言えばと、エルコンドルパサーから、凱旋門仕込みの挨拶を教わった気がする。

 そう、アレは確か――――

 

La victoire est à moi(調子に乗んな)

『――――へえ』

 

 スぺも周りへそう言って回っているし、多分合ってる。他ならぬフランス帰りのエルコンドルパサーからの教えなのだから、疑いようもあるまい。

 

『魔王のお言葉、深く胸に留めておこう』

「おーけーおーけー、よろしく……ないすふぁいてぃんぐ?」

『ああ、良いレースを』

 

 にこやかと言い切るには硬く、尖った印象の笑みを浮かべる。父親も表情の線が濃かった記憶もあるし、海外の人はみんなしてこんななのだろうか。

 力強い背中を見送って、背後の気配へ話しかけた。

 

「さて……挨拶回りは終った?」

「うん。……後はカイトくんだけ」

 

 ビリリと、ブロワイエを物ともしない覇気が、電撃のように肌へ伝わる。

 

「そんなん必要あるのか」

「確かに今更かも……でも、これは私の意志表明だから」

 

 吹き荒び、嘶く秋の風音が碧の大地を凪いでいく。

 純白の外套を強く叩き、はためく音が耳をつんざく。

 でも不思議と、スぺの声は良く通って聞こえる。

 

「届かせたい思いが私にはある」

「……」

「今のままじゃカイトくんには届かないから――――勝ちたい」

 

 先の挨拶回りよりも、控えめな響きの音。静かな日本語の宣言は、けれど先以上に周りの意識を引いた。

 

「勝って、貴方に伝えたい」

「俺が勝つから、伝わらないよ」

 

 どんな迷いを抱いたのかは知らない。エイヴィヒカイトはスペシャルウィークじゃない。本人が抱く葛藤を、容易に理解するなどお困難を極める。

 けれど迷いを振り払うのが、どれだけ難しいことかは知っている。

 揺れることの無い、迷いを排した瞳を抱けるスぺが、どれだけ強いのか分かる。

 

「やってみせるよ」

「やってみせろよ」

 

 このレースで負けようと、その光を失いはしないのだろう。

 このレースで勝てなくても、その輝きを喪いはしないのだろう。

 胸に抱いた闘志が、瞳へ紫焔となって顕現する。

 相対する黒白の闘志が、瞳に強く宿って顕現する。

 外から招いた客を置き去りにして、このターフの主役はこの二人が独占した。もはや海外からの刺客など端役でしかない。

 二人の目には、互いの姿しか映っていないのだから。




シナリオでもよく分からんメンツがよく分からんレースに出てるし、行けるやろー



 エイヴィヒカイトのヒミツ①

好きな色は透き通ったガラスのような水色

バッドエンドIFいるかいらんか

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