未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

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オリ主がオリ主らしくメチャ強だから、伴うようにスぺとグラスがバカ強くなっちゃいました
でもちょっと思った。二千を超える距離をかっ飛ばし続けられるバケモンになったスぺとグラスに勝てるやつ、もういなくね?
会長とかもテコ入れが無いとそんな芸当出来ないだろうし、割とオリ主含めた三人のワンマンじゃね?
そんな地雷に気付いちまった夏の夜



【とある日の理科室での会話】

 ――――じゃあ先輩、これは貰ってきますね
 ――――君の要望通りに後遺症も残らず、副反応なども無いだろう
 ――――そっすか。それじゃさようなら、先輩
 ――――ああ、悔いのないようにしたまえ


そのにじゅうきゅう

 共に走ったあの日を思い出せば、本当に見違える。

 片や怪我で退場して、片や一着から大きく遅れたゴール。あの頃を思えば、お互いに基礎もままならない身であったことを思い出す。

 フォームは独自の形で理にかなわない。息の入れ所を知らずにただ疲れていた。走り方自体が互いに独学で積み重ねていた。無駄な動きを無駄と知らず、ただ我武者羅だった春の季節。

 そんな過去を振り返れば、本当に見違えた。エイヴィヒカイトも、スペシャルウィークも。

 こんなにも――――海外の強豪を物ともせず、鎧袖一触で撫で切れるくらいに、大きく成長していた。

 あの二人の世界へ入り込める者は、今回の走者には存在しない。ブロワイエも良いところまでは喰らい付かんとしていたが、一瞥もしない二人には突き放されるだけに終わる。世界という大きな看板も、あの二人にとっては路傍くらいの要素でしかないらしい。

 二人が意識しているのは、互いの存在だけ。

 

「……頑張れ、スぺ、カイト……ッ!!」

 

『最強くらいにはなりたい』と、そう宣った時、一体どれほどの者がその宣言をマトモに受け取ったのだろう。

『日本一のウマ娘になりたいです!』と、そう謳った時、一体どれだけの者がその言葉を笑わなかったのだろう。

 世間知らずの妄言だったかもしれない。確かにあの瞬間には遠く、遥か果てのその先に在った、夢物語だったのかもしれない。

 それがどうだ。この大一番を刮目せよ。嗤った者は目を見開いて見ろ。聞き流した者は耳を意地でも傾けろ。夢を語ることしかできなかった二人は、ゆめまぼろしを現実へと昇華させようとしている。

 もう嘲笑う者はいない。無視できないほどの存在感が、二人に纏わりついている。誰しもが叶えられないような理想を、あの二人はその手に掴みかけている。

 自分には分からない事情がある。単なるライバルでなく、それ以上のナニカが二人を繋いでいる。

 でも、それがスぺにとっては強い焦りを発生させている事。それがカイトにとってはモチベーションになっている事。それぐらいは見ていれば分かる。スぺの焦り様から、あまり良くない事柄なのも、察せなければトレーナー失格だ。

 この一戦も、計り知れない事情を鑑みれば、スぺが勝つのが良いのだろう。それが最良なことぐらいは分かる、

 だからと言って、カイトを応援しないわけにもいかなかった。トレーナーとして、カイトの死に物狂いの努力を、否定する訳にはいかなかった。

 夢の先の景色を見せて欲しいと言ったのは、自分だ。その言葉を実現させる約束をしてくれたのは、カイトだ。

 日々の姿を見ていれば、去年のジャパンカップの時期から、カイトが少しづつ変わっていたのに気づける。焦燥と恐怖を混ぜ合わせて、急かされるような雰囲気を纏っていた。そしていつからか、魂が抜け出たような様子になっていた。達観したような目で、ターフを走っていたのは何時からだろう。

 自惚れでなければ、そんなカイトがまだ走ってくれているのは、いつかの約束を叶えてくれようとしてくれている。

 

「頑張れっ……!」

 

 苦しそうな無表情を張り付けて、それでも先頭を走り続ける姿を目に焼き付けて、全身を締め付ける幻覚に襲われる。

 目尻に熱が滲むのは、一体何のために。背負わせた憂い。堂々としたその背中。耐え忍ぶ横顔。眺めるだけでこみ上げる感情が止まらない。言葉にならない思いが、身体を震わせる。

 それと同じくらいに、此処まで進んできた二人がこんなにも誇らしいのだ。

 

「お前たちの進む先が――――ッ!!」

 

 俺の夢なのだと、高らかに叫んでいたい。

 先頭を競り続ける姿を、ずっと眺めていたい。

 果てを求めるその姿が、何よりも誇らしい。この夢の心地を、ずっと眺めていたい。

 

 

 射程圏内――――だけど、そこから先へ進むのが何よりも遠い。

 身体を深く倒し、過剰に低空を這って果てへ向かう灰の軌跡。

 脚は先へ進めど、それ以上の躍動が目の前には在る。幾度も私の前へ立ち塞がった、私にとっての絶対の領域。其処へ一歩踏み出すだけでは足りない。不足を補うため、使える要素は使い尽くして、それ以上を引き出さなければ隣にだって立てない。

 息は持つ。疲れはまだ薄い。脚は先を目指している。

 だから私は、この思いを伝えるために。

 

「っだぁぁぁぁ!!」

「――――」

 

 熱く逸る鼓動が巡って、全身を燃やし尽くした。

 熱い。熱い。熱くて苦しくない。熱を帯びた身体が、回転数を激しく上げる。何も目に入らない。スズカさんも、お母ちゃんも、チームのみんなも視界から掻き消える。ただ一つの背中を残して、それ以外は不要と自らの意志で斬り捨てる。

 そんな感覚が私を取り囲んで、勝ってしまえと本能が私を唆す。

 

「やっと、!! 追いついたッッ!!」

「――すぐに引き離すさ」

 

 視界端へ映る私の姿に、驚愕の気配は無い。知っていたかのように、落ち着いた加速が轟音を打ち鳴らす。

 大気を破裂させる音。世界が爆発するような、異次元の踏み込み。吹き荒れる気迫が、空気を震わせ周囲を威圧する。

 肌に突き刺さる威圧が、私を消し飛ばそうとする。いや、そんなつもりは毛頭ないのだろう。カイトくんは自然体なままで、好きなように走っているだけだ。ただそれだけで押し潰される者も出てくるだろう。

 絶対の威圧も、私はもう慣れた。揺れることなどあり得ない。カイトくんに勝つのなら、この程度は序の口でしかない。ただの威圧感に圧し潰されては、カイトくんから勝つなど夢物語なのだから。

 

「で、、ッッりゃああああああ!!!!!」

 

 地を穿つ爆音が、ターフを鳴り揺らした。出所は当然カイトくん――――ではない。

 もう充分に、射程範囲へ喰い込んでいる。その距離を維持するのに全霊を掛けてすらいない。気を抜けるなどとは口が裂けても言えないが、保つためだけに全てを注ぎ込まずとも、その先の段階を見据えられる。

 つまり私は、カイトくんを打倒するのが可能な領域へ侵入している。

 絶対なのだと諦めかけていた過去の私を覆す、これ以上ない結果が此処にはある。

 

「勝つ――――!!!!」

「――――」

 

 超えられる壁は超えた。入らなければならない領域へ入った。振るわなければ足りない材料も使い尽くした。

 あとはシンプルな自力が物を言う勝負だ。

 カイトくんからもぎ取る、初めての勝利がすぐ其処に在って――――

 

 

 追いすがられて、あと一息まで詰められる。きっとここがエイヴィヒカイトの限界点。生き物として与えられた、全てを費やして発揮できる行き止まり。スぺとエイヴィヒカイトとでは才の差が明確で――――だから、敗北が近いと悟れば迷うことなく決断した。

 使い捨ての才能を、投げやりに使い潰す。

 

 ブチリ――――――――ベキリ

 

「あっ――――ガッ、、」

 

 肉体容量以上の火力は、器を崩壊せしめる。本格期が来てから久しく感じる、自らが剥離していく喪失感。

 決断の証左が二つ。脚の内で鈍い音を立てる。皮膚の内で引き千切れる。去年の宝塚の時とは違う。きっともう、元通りにはならない致命を感じ取った。

 痛みは知らないフリ。痛みに気付かないフリ。それが得意なカイトはもういなかった事を、全身へ絡みつく激痛で思い出した。

 

「――――」

 

 けれど痛みに呻く贅沢は許されていない。そんな甘えよりも先に、走り抜けと自己を叱責する。

 

 ――――責任は放棄できない。

 ――――始めたコトはやり遂げなければならない。

 ――――負ける結末を考える余裕は身に余る。

 

 果たし切るために、二本目も躊躇いはしなかった。

 

「――――!!!!!!!!!」

 

 ――――叫ぶ贅沢は与えられていない。

 ――――一丁前に痛みを恐れる権利などない。

 ――――成すと決めたなら、その痛みは甘受しなければならない。

 

 容器の強度を越えたバ(リキ)が、使命感となって無理矢理に動く。

 道半ばは許されない。意味なく終わるのは許されない。結果を残さねば許されない。

 追い抜かれるなど、あってはならない。

 二度と走れなくなる可能性は愚か、二度と歩けなくなる可能性を喜んで受け止めろ。そうなればどうせ終わるだけだ。後になるか先になるかの違いでしかない。だったらこの瞬間を譲るなど許されない。

 

「ごめんスぺ――まだ――――負けられないんだ」

 

 汗腺から脂汗が吹き出て、それを冷ます向かい風が不快で仕方ない。生理的な衝撃は脚どころか五感へ作用して、視界がぐにゃりと歪む。

 誤魔化すように脚で地を踏み抜けば、()()()感覚が気持ち悪い。プチリブチリと、太腿から弾ける感触が止まらない。研ぎ澄まされた五感は、肉体が削れていくのをフルで感じ取る。

 でも負けてない。

 紫焔の如き気配は徐々に遠ざかる。薪をくべた甲斐があった。

 実況の声が良く聞こえる。セーフティーリードと、そう述べている。

 数百の最終直線など、もう児戯でしかない。エイヴィヒカイトは悠々と通り抜けて、命辛々の勝利を手にした。

 

「どう――してっ、届かないっ、の……!!」

「…………危なかった」

 

 前回はまだ勝てていた。今回は消耗して勝った。なら次は?

 彼我の距離を縮めてくる相手に、どう勝てばいい。脚はもう使ったなら、次は何を差し出せば勝てる。

 何を薪にすれば勝てる。

 

「……命、とか」

 

 もしそれしかないのなら、それはなんて都合の良いことだろうか。

 海外からの客人などどうでも良くなった二人は、思い思いの心境に耽る。ブロワイエから何か言われたが、どうでもいい。視界にすら入らなかった敗者の言など、聞く価値はあまりない。

 一着を示す電子の文字を確認して、エイヴィヒカイトはターフから去っていく。

 崩れ落ちそうなのを表に出さず、悠々と歩いていくその背中に、スペシャルウィークは悔しさと焦りが沸く。

 あと一走で、エイヴィヒカイトは全てのしがらみから解放されるのだから。

 

「……当主さん、頼みごとが……一生のお願いがあるんですけど、聞いてくれませんかね」

 

 

「なんか、ちょっとの間にスッキリしたね」

「そんな大きい部屋じゃないんだけどな」

 

 ベルちゃんの言う通り、物が消えた分広く見える。

 契約したばかりの時のように、閑散としたアパートの一室。

 机や椅子などのみならず、冷蔵庫や電子レンジと言った家電製品も消え失せている。今日はタンスやテレビなどを引き払ってもらう予定だ。あと一時間後には業者もやって来る。

 

「……本当に引っ越すの?」

「うん、必要な物は大体実家に送ったし、この部屋に居るのもあと数日かな」

 

 今日は十二月の二十日。環境を変えるにはちょうど良いと思う。そんな口実。

 

「有記念……タイミングを合わせたのはなんで?」

「年の瀬に()()()()したかったからね。さっぱりとした気分で、今年の()()()を迎えたいじゃん?」

 

 頭を下げて回った甲斐あって、学園内の強者は軒並み参加する有記念。参加の是非を聞けなかった人もいるが、メインどころには声を掛けれたつもりだ。

 あと六日以内に、身の回りを畳んでおく必要がある。

 終わる自分はともかく、これから先目を覚ますかもしれない者がいる。余計な重荷になりたくない。だから自分がいた痕跡など、徹底して排しておく必要がある。自分が住んでいた住居など、真っ先に引き払わなければならない。エイヴィヒカイトという厄害のいない世界で、活き活きと生きてもらうために。エイヴィヒカイトという存在は限りなく消えなければならない。

 

「アルダンさんは?」

「さあ? なんでも当主のばあさんに呼ばれてるとか」

 

 もはや家に置かれているのは布団と小さな折り畳みの机だけだ。着替えも最小限にして、有の日にすぐ捨てられる量まで減らしてある。キッチンに所狭しと置かれていた調味料類も、一昨日くらいに収集車へ放り込まれている。

 引き払った後の清掃業者、各種点検の業者にも連絡は入れてある。

 

「本当に、学園辞めちゃうの?」

「……どっから漏れたし」

「分かんないけど……本当に?」

「ああ、有を最期にして、もう走るのも辞める」

 

 そのために必要な書類も、既に書き終わって提出済だ。その際のたづなさんの顔ときたら、眉を顰めて泣きそうだったのが印象深い。やよいちゃんからは普段のような明克さは消えて。ただ俯いているだけだった。彼女らの計らいでこの学園へ通わせてもらっていたが、通う理由が無いなら在籍の必要も無い。彼女らの反応には申し訳なさが募るが、それでも譲れないラインだ。

 無責任に消えるのだから、せめて出来る限りの整理はしておく。

 

「最後って……どうして?」

「前々から、区切りつけて辞めようって決めてたから」

「……そっか」

 

 心なしか萎れたように見える耳。尻尾もどこかしなびているような気がする。

 

「学園ではもう会えなくなるけど、外でならいつでも会えるんだよね……?」

「…………ああ、ベルちゃんが望んでくれるなら、いつでも」

 

 目を細めた、満面の笑みでそう答える。

 

「チームの人達には言ったの?」

「ああ、その辺も整理し終わってる」

 

 他に終わらせておくべき事柄はもう無い。人知れず居なくなるなら別れの言葉は必要ないだろうし、しばらくは行方不明などで騒がれないようアリバイも作ってある。

 待望の刻まで着々と進んでいる。

 

「さってと……最期の日まで気楽に生きようかな」

「…………カイト?」

 

 懐がいきなり震える。一定のリズムで震えるそれは、エイヴィヒカイトの携帯電話。着信の報せだが、差出人は――――覚えのある施設名。

 着信をひっそりと切る。

 待ち遠しいその日まで、あと六日。

 

 

 その後輩は、止まることを知らない。もしくは止まれないのかもしれない。

 どちらにせよその姿勢に私は、どれほどの勇気を貰えたのだろう。

 私の骨折とも違う障害に阻まれて、それも前代未聞の問題が行く末を塞いで、それでも諦めることなく復帰をひたすらに目指して、そんな後輩は遂にターフへ戻ってきた。

 その程度の障害がどうしたことかと言わんばかりに堂々として、その姿は本当に勇気を貰えた。

 他とは一線を画す劇的な走りは、周りへも当然のように影響を与えている。私のもう一人の後輩も、影響された一人だ。

 云わばライバルと言える関係性だろうか。スぺちゃんはカイトくんを強く意識して、カイトくんはそんなスぺちゃんに追い抜かされないように先を行く。そんなカイトくんの姿を見て、余計に火が付くスぺちゃん。そうした繰り返しが、きっとライバル関係として理想の一つなのだろう。

 

『距離が適正じゃないのは百も承知ですが……どうか有記念に』

『ええ、構わないわ』

『出てく……え、良いんですか?』

 

 私が燻っていた間に、そうして切磋琢磨する二人の背中は、私を奮い立たせてくれた。

 

『ちょっとしたお礼だもの、これくらいで良いのなら』

『はい? 礼?』

 

 キョトンとした顔は、幼さが出て少し可愛かった。

 同時にそんな少年らしさを残した彼が、ターフではあれほど苛烈に勝利を手にするのだと思えば、そんな可愛らしさはギャップにしかならない。

 

『それに、私にとってもリベンジマッチになるでしょう?』

『……先輩は復帰明けでも、容赦はしませんからね』

 

 要は可愛い後輩の頼みは、なるべく聞いてあげたいのが先輩風なのだ。

 こうして私は、後輩の最後のレースに参加することになった。

 熾烈な内容になるのだろうと思っていた。衝撃的な結果になるのかもしれないとも思っていた。

 でもまさか、あんな事が起こるなんて、思うハズもない。

 そんな素振りに気付けなかった私が予想できないのも、当然の話なのだが。

 

 

 寒い朝。嫌いな外気が満ちる、気分が最低に堕ちる、最悪な季節。

 でもどうしてか、今日の目覚めは怖くなるほど心地よい。

 

「おはようアルダン」

「おはようカイト」

 

 折り畳みの小さな机の上には、作って持ってきてくれた、アルダン手製の料理の数々。自分の為に作ってくれたそれらが、果てしなく嬉しく感じる。

 朝食の味がいつもより美味しい。急激に腕を上げたのかと思えば、そんな覚えも無いと言う。なら気分の高揚によるものだろう。天に昇らんとする今なら、まさしく納得の理由だ。

 

「いつもありがとう、アルダン」

「へ? い、いきなりどうしたの?」

「今日みたいな朝食もそうだけどさ、結構前から世話見てくれたりさ、そういうのすごく助かってた」

 

 もう明け透けでも構わない。遮る無駄は何もない。

 曝け出しても問題ないのだから。

 

「ぶっちゃけお前の優しさは全部が嬉しかったし、ずっと救われてきた」

「えっと、ね、熱でもあるの?」

「そりゃもう、昔からお熱でしたよ」

「ふぇ?」

 

 突然に鳴り響く携帯電話。着信元を確認して、すぐさま着信を切る。今はそれよりもアルダンだ。

 抑えだしていたモノが吹き出ている。言葉にしないと熱暴走しそうだ。

 

「ずっと、最初に押しかけて来たあの日から、アルダンは俺の救いそのものだった」

「……そんな、私なんか、何もできなくて」

「そんなことないよ。だってお前のお節介焼きが無ければ、俺は今こうして生きてないんだから」

 

 そのおかげで、及第点の終わりを迎えられるのだから。

 

「ありがとうアルダン」

 

 もう一度言葉にして謝意をこれでもかと伝え尽くす。

 ひんやりとして暖かな手を握って、この愛おしさを欠片でも伝える。

 

「ずっと、ずっと――――大好きだったよ」

「え――――?」

「今までも、これからも、この想いはずっと変わらないって言い切れる。好きだ。何よりも好きだ」

 

 伝えた。伝えれた。これでもう、未練と呼べるものは無い。

 連絡は断った。想いは伝えた。繋ぎ止める後悔は、生まれようが無い。

 とめどなくあふれて感極まる。涙が出そうなほどに、エイヴィヒカイトはこの少女を愛おしく思う。

 

「……えっと……? ……!? ふぇぇ?!」

「そろそろ出ないとな……ごちそうさまでした」

「え、あ、うん、おそまつ、さま、で……した…………ぁ、れ?」

 

 狼狽したまま、アルダンの視界がクルリと回る。

 

「よっ」

「かい、と……」

 

 机へ倒れ込みそうになるその身体を、少し強引に引き寄せて抱きとめる。

 

「……眠い?」

「なんで、いま、は、あさ……なのに」

「いいよ、寝てな。きっと寝てる間に()()()()()()()()()

「ぁ、――――だ、め…………! っ…………ぃ……ゃ……………」

 

 意識が霞んでいくアルダンは、自分に何が起こっているのか理解し切る間もなく眠りに落ちる。今は朝で、急に眠気に支配されるなど精神疾患が疑われるが、そうではないとエイヴィヒカイトは知っている。流石はアグネス印。即効性抜群だ。でもアグネスタキオンに非は無い。

 そうさせたのは、他ならぬエイヴィヒカイトなのだから。

 

「ほんっとに無防備なヤツ」

 

 そんな姿を出してくれるほどの信頼は得られていたなら、それほど嬉しいことはない。

 その信頼につけあがる自分には、どこまでも吐き気がする。やっぱり何をどう考えても、エイヴィヒカイトは唾棄される存在だ。アルダンの傍に居ちゃいけない。

 

「今まで迷惑かけっぱなしでごめんな」

「…………」

「でも、もう大丈夫だから。これからお前には迷惑かけないから」

 

 安心させるように、睡魔に誘われたその顔を、愛おしそうに撫でる。散々見てきた泣きそうな顔を、零れた涙を掬って、優しく髪を撫ぜる。

 大切なものだ、愛情をこめないでどうする。

 

「アルダンを傷つける元凶は、もう二度と目の前に現れないから」

 

 アルダンを苦しめるやつは、死ねばいい。そんな要素は世界から排されるべきだ。だから自分が死ねばいい。どうしたことだこれは。一人死ぬだけで、複数の人が幸せへ向かう。一石二鳥どころの話ではない。こんな幸運が自分に起こって良いのか。

 ――――最期なら、良いのか。

 

『――――だからどうか、貴方の傍に居続ける権利を私にください』

「こんな……厄病神を求めてくれて……ほんとうに、うれしかったんだ」

 

 敷いておいた布団に、優しく横たわらせる。用意してくれた朝食を全て平らげて、アルダンと布団以外の全てをこの家から排する。

 ああ、でもこれだけ。

 これだけは、置いて行かせてほしい。もう自分には不要だから、せめて彼女に預けたい。

 捨ててくれてもいい。腹いせに切り刻んでもいい。でも、欲を求めて良いのなら、持っていてほしい。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 一言だけ添えた、手紙ですらない紙切れも枕元へ置いて、玄関へ向かう。

 

「…………――――――――ばいばい」

 

 もう会えないと思えば、胸が締め付けられる。寂しくない訳が無い。悲しくない訳が無い。

 でも良いのだ。だって、終わればそんな感覚も、全部消え失せるのだから。全部消えれば、アルダンの幸せに繋がるのだから。その喜びの方が勝るのなら、逡巡はしない。現に足に淀みなく、意気揚々と目的地へ向かっているのだから

 また鳴り出した携帯を踏み潰して、中山の舞台へ向かう。

 彼女が目覚めた時には、彼女の幸せが待っている。掃き溜めのような存在に縛られない世界が待っている。

 そんな世界は、なんてすばらしいのかと夢想した。

 

 

「おっす、待った?」

「全然待ってないな。今来たところだ」

「そのセリフを男に言われてもなー」

「あのな……まっ、いつもどおりが一番か」

「そらそーよ」

 

 こんなやり取りもこれで最期。

 

「スぺ先輩とスズカ先輩は先に控室行ってますよ」

「ふむ、そんじゃ俺も行ってきますかねー」

「頑張りなさいよ先輩! スピカで上位独占よ!」

「まあ一着は俺だし、あとは二人の頑張りじゃね?」

 

 こうして傲慢ぶるのもこれが最期。

 

「会長殿も俺が下すから見とけよ」

「会長がカイトなんかに負ける訳ないじゃん」

「お兄様が負ける訳もありませんけどね」

「んじゃあ間を取って……誰だ?」

「知るか俺に振るな」

 

 よく分からないノリに乗らされるのもこれが最期。

 

「最期のレースなんだ、面白い光景見させてやるよ」

「ああ、行ってこい!!」

「ああ、行ってくる」

 

 その声を背に歩き出す。

 トレーナーへ走りを見せるのも、これが最期。

 

「……そういえば、お兄様ってば帽子はどうされのでしょうか」

「落としたとかじゃねーの?」

「ありえませんわね」

 

 間近へ迫る終わりに、昂揚を隠せない。

 命を賭し尽くす、一世一代の大勝負が始まろうとしていた。

 

 

 朝焼けの白に包まれて、ルビーの瞳が開かれる。

 赤く、紅く、朱く、美しい宝石の輝き。

 ――――何はともあれ、今日でエイヴィヒカイトの挑戦は終わる。望むと望まざるとに関わらず、どちらかの結末で終わりを告げる。

 ハッピーエンドかバッドエンドか。

 誰しもが幸せを求めている。進んでバッドを目指す者など、そうはいない。

 それはエイヴィヒカイトとて例外ではなく、彼だってまごうこと無きバッドエンド(ハッピーエンド)を求めている。

 それが何よりの幸せだと、彼は信じていた。




そろそろ狩るか…♠


 エイヴィヒカイト

誕生日…………春のどっか
身長……………168㎝
体重……………同い年の人間の平均よりは重い
スリーサイズ…需要無し

 一目で瞭然な異端な生まれであり、常軌を逸した鮮烈な走りを我が物とし、その強靭かつ絶対を想起させる背中は唯一無二の絢爛強者。
 しかしどんなレースに勝とうと、心底から嬉しそうな顔を見せたことが無く、その内には何やら複雑(骨折の如く)な思いを抱えていて……?

【どーもどーも。そうです俺こそが有史初出の新常識でございます】


もっと序盤でお出しするべきだったプロフィール

バッドエンドIFいるかいらんか

  • いらん
  • いる
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