未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

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ここまできた……
短いのは前フリも兼ねてね


そのさんじゅういち

『絶対に走らせないように働きかけられませんか!?』

『……承知しました』

 

 頼みを聞いてくれるのはありがたい。

 とにかくレースを止めてもらった。家からの圧力を行使するなど、あまり褒められた事では無いけど、一刻を争う私に常識で考える頭は不要だ。

 カイトは区切りを徹底している。なら走らせなければ、その結末はやってこない。

 こんな時間稼ぎでは、大した時間も持たないけれど。

 

「……もうっ!」

 

 車の速度が焦ったい。正直自分が走った方が、確実に早く目的地へ着く。そう結論付ければ急いで扉を開け放つその前に、しかしその行動には待ったを掛けた。

 

「…………冷静に……冷、静に……」

 

 自分の脚の脆さを忘れている。こんなところで故障でもすれば、それこそこの程度のロスでは効かなくなるのは明白だ。

 私が動けなくなれば、とうとう他の人へ祈るくらいしか出来ることがなくなってしまう。

 見てるだけはもういや。

 他の人に託すだけじゃ満足できない。他の何物でなく、私が救いを齎す存在でありたい。

 結局私では、彼の救いそのものにはなり切れなくて――――だからせめて、希望を差し出すくらいはしてあげれれば、それはなんて、私にとっての幸福なのだろう。

 彼が捨てようとして、置いて行こうとした限りない『大切』。

 捨て去ることなく、これ以上彼が喪うことなく、取り戻せる掛け替えのない存在は残っている。

 

「…………まだですか!?」

 

 気持ちが逸って運転手を急かすなんて、些細なことだと思う。

 遺されようとしていた白帽子を、知らず知らずのうちに膝の上で握りしめた。

 悲劇の結末は要らない。彼の望んだ末路も要らない。

 私が欲しい未来は――――

 

 

 運営は慌てたように発表した。バ場の不具合はなおも継続しているらしい。

 ターフを一見すれば問題が無いように見えるのだが、ただ荒れているのとは違う事情があるのだろう。専門家でもない自分にはチンプンカンプンな領域であるからして、別段咎めるつもりもない。多少の意図は感じないことも無いが、証拠の無い憶測を口に出してもどうしようもない。

 

「しかし……一時間も、ですか?」

「ああ……それまで自由にしていて欲しい、だそうだ」

「チッ。……削がれるな」

「各々思うところはあるだろうが、英気を養っていてくれ」

 

 溜息は漏れるが、会長を責めても意味が無い。水を差された気分なのは、彼女とて変わりない。

 

「しゃーなし……俺はギリまで控室で寝てます」

「あらら? 寝起きでちゃんと走れるの?」

「だから寝るんですよ」

 

 悪戯気な笑みを浮かべるマルゼンスキーに、大きなあくびで今の眠気をこれでもかとアピールする。

 

「時間になったら叩き起こしてもらえると幸いです」

「ええ、おやすみなさい」

「うっす」

 

 他のみんなは昼食を摂ったり、談話に花咲かせたりと、思い思いに過ごすようだ。

 団欒な輪から抜け出るように、独り離れていく。

 そんな背中へ掛けられる声。

 

「カイトくん」

「なに」

「…………やっぱりなんでもない」

「そうか?」

 

 結論は出ている。また言い含めようとしても、結果は見え透いている。

 それはスぺも、重々承知している。

 

「スぺちゃん、出店でも回りませんか?」

「あ、うん」

「カイトくんは」

「寝る」

「――そう、ですか…………」

 

 主に大きく突き刺さる視線二つを筆頭に、その場の注目を先からずっと集めてしまっている。

 挑戦者なのか挑戦される側なのかは不明だが、メンバーを集めた主催者なのは違いない。一挙手一投足に注視されるのは居心地も悪いが、甘んじて受け止めよう。

 どうせ一時間だろうが数分後だろうが、結末に陰りなく。

 急な遅れだがたったの一時間。掛けてきた総時間と比べれば、気にすることはない。

 

「楽しみだなぁ……」

 

 希望(しあわせ)の溢れる方角へ、(しあわせ)が溢れる未来へと、エイヴィヒカイトは確かに進んでいる。

 

 

 頭が痛い。受け入れる世界の音は全て痛む。身体を動かそうとすれば全身が軋んで痛かった。ズキズキとわたしの生理機能は、生の実感を無理矢理に受け取らせる。

 息を吸えば痛い。息を吐けば痛い。まばたきや喋ろうと唇を動かすだけで、長らく使われることのなかった筋肉は悲鳴を上げている。この体たらくでは現役時代のわたしが泣いてしまう。鍛え上げた自慢の脚の筋肉は、衰え尽くして錆を纏っていることだろう。

 

「あら……っ? ……あいたた…………いっつつ……」

 

 でもこれが、これこそが生きること。痛くて苦しいこと引きずって行くのが半分。喜楽と共に幸福を求めるのがもう半分。それらをひっくるめて、わたしたちは生きているのだ。

 なのに()()()はその半分だけしか行えていないと。自分にとっての幸福を探すことも嫌がって、独り消えようとしていると聞かされて、寝ているだけなどできるものか。

 ベッドから降りて立ち上がれば痛い。歩こうと試みるだけで痛い。一歩の距離で息を切らせて、下手をしなくても絶命しかねないわたしだけど、これ以上の苦痛を堪えて、耐えて歯を食いしばり続ける愛しい子がいる。その辛さを良しとして、受け入れようと続けるバカ息子。

 それと比べればなんのその。

 足が痛もうがなんなのだ。痛がることよりやらねばならないことが、わたしには有るはずだ。

 

「外出許可をお願いします!」

「ですがそんな体で……もう少し回復してからでも……!」

「今じゃなきゃダメなんです!」

 

 少し見ない間に大きくなったアルダンさんが、珍しく声を荒げて先生へと掴み掛からんばかりに詰め寄っている。

 嗜めでもすれば良かっただろうか。けれどわたしもアルダンさんに賛成派だ。

 一刻も早く、不肖で愛おしい息子へ伝えなくてはならない事がある。

 

「移動は……車椅子、なのでしょう……?」

「!? 叔母さま無茶をしないでください!」

 

 立ち上がっただけだ。無茶などと言わないで欲しい。あまりみくびって欲しくはない。

 骨密度が低下しようと、身体を働かせる器官が不足しても、この程度が出来なくては母親など名乗れない。ましてやあの子の母などと、口が裂けても言えなくなる。

 

「でしたら、負担っ、も少ない、……でしょうし、わたしからも、お願い、したいわ」

「し、しかし……」

「お願いします……わたしの、わたし()の、たった一人の息子が……あの子が選んだ道を、わたしが叱ってあげなくちゃ……」

 

 植物状態だったが、それがなんだ。その程度の屈強は跳ね除けて見せる。()()()()()()()()()()()はこんなにも凄いのだと、憂う事なく自慢できるくらい、周りへ見せつけてやらなくてはならない。

 そして優しく叱ってやって、バカな我儘はそこでお終い。

 

「ほら、アルダンさん、、……あの子の元へ、案内して、くれる?」

「……はい!」

 

 感謝は後で。謝罪も後で。

 優先させたい事項は、わたしもアルダンさんも同じだった。

 

 

 金切を上げる、急制動の叫び。アスファルトに削られて、黒いゴムが焼ける臭い。

 刹那を置いて感じた、強く押し出される胸元への衝撃。切羽に詰まった、猶予に迫られた反射の押し出し。

 バンッッッ――――と、衝突した音。

 様々な不注意が結晶化した、いわゆる不慮の事故。

 

『へ――――?』

 

 少年を咄嗟に抱き寄せていた女性ごと投げ出されて、腕の中の少年はすり抜けるように飛んでいく。でも怪我はない。擦り傷も打撲も無い。綺麗さっぱりとした無傷がそこに居た。

 尻もちをついた途端、同時に叩きつけられるのは不可思議なカタチをした、多分、人間の男。自分の比較的近くで、頭から血を流すのは、多分、自分の母親。

 びしゃりと、四方へ撒き散らされるすえた鉄の臭い。半顔を覆う熱の詰まった液体は、外気に触れてどんどん冷めていく。少し離れて横たわっているのは、一体ナニモノなのか理解できなかった。漏れ出る熱が冷めていく様を、触れることなく眺めていた。

 現実味が溶けていくほど、脳内には空白が増してくる。顔の液体はもう冷たいから、其処に置かれて赤い液体を流出させているモノも、きっともう冷たいのだろうな、と。呑気にそんなことを考えていた。

 冷えた液体が、冬の冷たさを助長させて痛い。

 思考力も、判断力も、意識や意思と呼べる代物は、赤黒く流れ出る色を眺めているだけで、一緒に抜け落ちていく錯覚に陥る。

 

『……? …………ぇ、?』

 

 何が起こっているのかなんて、認識しようと頑張ることは一旦放棄した。

 ただいくら鈍感なフリをしても、惨状を見つめ続ければどうしたって受け止める。何が起こって、何が跳ね飛ばされて、何が撒き散らされて、何が寝転がって、何が発端となって。

 そして、どうして自分は無傷のままでいれたのか。どうして無傷で生存しているのか。その成果は果たしてナニモノを、何名押し除けて奪い取った、取り返しのつかない席なのか。

 幼くても、時間を掛ければ理解できる。

 幼くても、自分のせいでこうなったと理解できる。

 幼いから、直感的に自分のせいだと納得できる。

 幼さ故の不注意がこの末路。無邪気な子供の引き寄せた事象が、この血溜まりとして答えを示す。

 ころしたのは、()()させたのは――――だーれだ?

 

『……………………あっ――――は』

 

 恐怖ではない。悲しみは受け止める容器が無い。怒りの矛先はまだ向ける方法を知らない。嘆き方をまだ知らない。

 だから笑った。

『辛いなら、モノともせずに笑いとばせるくらいになろう』と、そんな父の言葉を思い出して、真の意味を理解する前に従ってみた。

 

 ――――わらうかどには、なんだっけ

『ははっ、ははははは。あはは』

 

 少年にとっての世界。その殆どを占めるモノを喪って、吐き出せる感情は整理されたように綺麗なモノでは無い。でも、とにかく吐き出して、何かしらの形として排出しないと壊れると――既に遅くとも――無意識に悟っていた。

 そうして出てきたのは、嘲るような笑い声。滑稽なピエロを見て嘲笑するような、冒涜の笑声。

 見たくない世界から背けるように目は細めて、本心を隠すような仮面を手に入れた。笑い飛ばして開き直ったフリは、麻酔のように不快感を希釈する。無邪気だった心を汚く薄めて、心の感覚は鈍化へ一直線。

 これから長いことお世話になる、亡き者から受け取ったと勘違いした遺産。

 

『はははは、くっはははははっ! ははっ、ひひっっ、! ははははっっ!!』

 ――――すごい! おとうさんのいうとおりだ! わらえばなんにもつらくない(うそだ)! くるしくない(うそだ)! いたくない(うそだ)! ほんとにほんとに(うそだうそだうそだ)ふくがきた(ぜんぶいやだ)!!

『ひゃはははっ、くかっ、はっははははは!! ぷふっ! あははっ、ひゃははははははははははっははははは!!』

 

 ペルソナは思いの外強く癒着して、涙だって流させてくれない。悲しみを自覚しても、行使する権利は気づけば剥奪されていた。

 骨と灰だけの姿を見ても、眠り続ける姿を見ても、それらの情動煮え繰り返る坩堝にいても、どうしてもその雫が流れない。

 そんなエイヴィヒカイトが、ある意味で生まれた日。

 自分を忌み嫌うのは必然的で、あの日の決別もまた当然の出来事だった。

 

『おにい、さま……?』

『来ちゃダメマックイーン!』

 

 白い肌を、耳から首へと赤がつたう。断面から滴り、水溜まりの中心へ跳ねる。

 赤黒に汚れる少年を抱き締めるアルダン。顔を顰めて、嬉しそうに笑う少年。

 

『ぁ――はっ、く――ははっ』

 

 あの日の笑顔は、エイヴィヒカイトの人生の中でも指で数えられるくらい珍しく、心底本心からのモノだった。両親と似たような構図で這いつくばって、小さくとも血溜まりを形成できてたのは、大好きな二人と同じになれた気がしてとても嬉しかった。

 ――――ショックを植え付けたのは悪く思う。ショックのあまり忘却を選ばせたのは、今でも申し訳なさで満ちる。幼く柔らかな心には、あの光景はとにかく刺さるだろう。そのせいで前後の記憶はおろか、その年齢の記憶だって吹き飛んだとか。

 どうにもマックイーンへ甘いのは、そういった罪悪感の発露。

 罪悪感を薄めるために利用している自分に、どうしても忌避感は浮かばない。自罰なんてどうでもよくなってきている。それよりも今が楽しくて仕方ない。

 あの日から笑顔を形作るたびに、鉄の臭いが鼻をつく。

 あの日から笑顔を装うたびに、視界は赤へと半分染まる。

 そんな世界を抜け出そうとは思わない。逃げ出すのは有り得ない。

 責任は果たす。エイヴィヒカイトが奪った命一つ分。己程度で釣り合うかは不明だが、差し出さなきゃ最低限でも釣り合わない。

 そうして初めて、エイヴィヒカイトは自分を許せる可能性に出会える。

 

「最高の日だ……昔考えたことが全部叶う……」

 

 世界への嫌がらせ。『大切』からの別離。贖いにだって繋がる。全部好き勝手やろうと思って、ここまで昇り詰めた。道を塞がれようとも、塞ぐものは押し退けて、この地点まで駆け上がってきた。

 苦節十二年の時を経て、望んだ全部へ手が届く。

 永劫の眠りにつけば、欲しかった全部に手が届く。

 

「あはっ……ははははっ! ……こんなに気持ちよく笑えるのは、久しぶりだな」

 

 妥協以上の舞台も仕上がっている。包帯で固定を極めた脚も、一戦程度なら余裕で持つ。たった一回に全霊の悉くを込めるのだから、その一回だけを走れればその後なんて知らない。

 終わった後にひっそりといなくなろうとしていた訳だが、此処の舞台は世界中が注目している。当然だが、日本中も注目を外せていない。未来を担うであろう若い原石たちも、見逃すことなく、夢を抱いて噛り付いているのだろう。もしくはこれから夢を抱くハズだった、か。

 だったら大々的に、子供にも理解しやすく色味を付けて散るのも悪くない。輝かしいレースの世界を、エイヴィヒカイトが願う規模にまで穢すことも、断然視野に入るだろう。

 何よりも、父親と同じようなカタチで終わるのは、それは何とも幸福なのだろう。尊敬が止まらない人物と同じような血溜まりを、幼い頃の未遂に留まることなく遂げられる。

 褒めてはくれないだろう。叱ってもくれないだろう。でもいいのだ。

 

「どうせ同じところには行けないから、だから我儘に生きるからね」

 

 扉を叩かれる音。時計を確認すれば、いつの間にか一時間は経過しようとしていた。

 それは物語が一つ、終わりを告げようとしていること。

 誰も見たことの無い景色を、訣別の舞台とするために此処に居る。

 さあ、未踏領域で果てる時だ。




バカ:自分にとって唯一無二のヒーローと同じ(当社比)になれそうでウッキウキ。活き活きとして(死ぬための)気合十分。(死ぬための)気合しかない。(自殺への)やる気に満ちている。さあみんなレースガンバロー! 踏み台の役割よろしくー! 先頭で赤色撒き散らします! テレビの前のみんなにも(主に若者)会場に来ているみんなにも(主に子供)トラウマ受け付けるために頑張るぞい!! 

従妹:私にはこれしかできませんでした。だからいってらっしゃい。
 ――――ああ、それと『私の』カイトくんをお願いしますね。

気が逸ってるお嬢様:大きな名家の生まれで良かったと両親への感謝が止まらない。病院行ってから時間掛かりそうだと思っていたら、なんか大体の手続きが終わっていた。後は医者を圧して向かうだけ。え!? 貴女はあの時のカイトにやたら気安いウマ娘さん!?!?
 ――――言われずとも、『私の』カイトは任せてください

総大将:総大将らしく、もうジタバタしない。どっしりと構える姿はヒュ〇ケルやア〇ン先生もかくやである。

不死鳥:吹っ切れた。ブッ千切れたとも言う。正体バレそうになってキレたミス●バーンの如き威圧感。

トレーナー:無力感に蝕まれてます。なんなら一番心労負ってんのは、スぺよりも事情を知らず、メジロ家よりは察せれているトレーナーかもしれない。中途半端が一番苦しむからね。事が済んだら温泉でも行って(優しさ)、オリ主の傷跡を目撃して曇れ(優しさ笑)

当主のばっちゃん:アルダン動いてるし安心だわー、と紅茶を啜る。果てしなく大きな事情あるっぽいけど、大きな障害を乗り越えれば絆はより深まるからね。この機にもっと深まるがよい。尚、事情を知れば卒倒する。脳内の血管から十本単位でプチプチと音がするかもしれない。




バカの父親:もういないひと。少年にとって永劫のヒーロー。ずっと少年の幸を祈り続けた人。そんな彼が身を挺した行動は、皮肉にも不幸へと誘ってしまう。もういないから、彼が少年に出来ることは何もない。見守るべき期間を見守れなかったから、父親としては落第者なのかもしれない。けれど確かに少年のヒーローなのだ。

バカの母親:立ち上がるだけで筋肉痛が半端じゃない。生体からギシギシ鳴るってどうなの。やせ細ってはいるが、これでも現役時代は誰しもを沸かせた伝説的存在。無敗でトリプルティアラはマジですごいぞ。あら? どうしてわたしのトロフィーがここに? でもよく見れば年代が違う? アルダンさんもいつの間にそんな大きくなったの? え? 十二年? そう――ところであの子は? 
 ――――叱るのは初めてかもしれない。これじゃ母親失格かもしれないけれど、わたしはまだ生きているのだから、まだ出来ることがきっとある。




次回、最終回

バッドエンドIFいるかいらんか

  • いらん
  • いる
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