そんな締めの地雷
マッチポンプだ。自作自演もいいところ。
傷つけて、その傷を拠り所にさせるだなんて、意図してストックホルムを起こさせようとしている。壮大な偶然に頼って、自らへ偶発的に依存させていた。
そんな状況に心が弾んでいなかったと、本心から言えるか。
「言えねぇなぁ……」
実家へ向かう新幹線の中で、車窓へ向けて一人ごちる。流れる景色は灰色を抜けて、田舎の気配の濃い緑と青色が増えてきている。晴天に薄く見える山々が、陰鬱な気を薄れさしてくれると信じたい。
本当に自分は、そうなるように仕向けていなかったと彼女へ誓えるのか。
「誓えねぇなぁ……」
本心を覆わなくなってからなら、迷いなく答えられる。そうなるように祈っていた心は、確かにあの日々に存在していた。
自分だけを見てくれて、目を離さないでいてくれるなら、自分はどれほどまでに幸福なのだろう。そうなり掛けていた日々でさえ、身の丈を易々と超える幸せを甘く受け取れていた。
今は、どうだろう。
「はぁ……罪悪感半端ない」
愚痴を漏らしながらも、空腹を満たすためにひとまず置いておく。とりあえずは駅弁を食べたいです。青森の景色を眺めながら、海鮮の旨味で幸せを得たいのです。
――あの日から時間を置いての学園生活では、散々で怒涛の一日でした。
長期の休みを(周りへの相談も前触れもなく)取って、治りかけている脚の療養と共に、母親のリハビリに付き添っていれば突如として下される、『学園に通いなさい』命令。日常を過ごすのが彼女の喜ぶことと知っている身としては、逆らえるハズもなく出戻る結果に。
そうして待っていたのは、壮大に激烈な洗礼の嵐。最後に走ろうとしていた日の翌日から、忽然と姿を消していたからそれも致し方無し。一応やよいちゃんへの連絡はしていたとだけ。何故他へ連絡しなかったのかは、連絡回すのが面倒だったとだけ。多分それがまずかった。
まず初めにスピカに拉致された。初っ端から意味が分からんかったが、どこか懐かしさを感じるのは末期なのだろうか。ズタ袋の内側に懐古を覚えるとか、そんな人生嫌だ。
「死にたきゃここで死んでけバカやろうがーっ!!」
「いたた痛い痛いってぇ!?」
「問答無用!! 辞世の句を詠みなさい!!!」
「俺脚折れてるっばよー!?」
「腕も折ってあげるから感謝してね!!」
「うぎゃぁぁーーー!?!!」
腕ひしぎ。正拳突き。十文字固め。貫手。不動砂塵爆。コブラツイスト。パイルドライバー。ダブルラリアット。キン肉バスター。色々羅列できるフルコースだったが、とりあえす死んだかと思ったってのが正直な感想。死のうとして死ねなかったのに、まさかのタイミングで死にかけるとはこれ如何に。
一番響いたのはトレーナーからの軽い拳骨とスぺのビンタだったが、比較的ダメージ低いのに一番効いたのはこの二つでした。この時恐ろしかったのは、このメンツに何故かマックイーンが含まれていないという事実。
ともあれボロ雑巾を凌駕したカイトを引き取ったのは、なんと副会長のエアグルーヴ。カイトはこの時救世の女神を目撃した、と思ってたけどそんなのは間違いだったとすぐさま知る。
「話は聞いたぞ」
「あーマジっすかー……ところで先輩」
「どうした」
「これどこに連れていかれてるんです?」
「理事長室だ」
「え」
「理事長室だ」
エックスデー以降、休みの連絡も全部顔を合わせる事なく済ませて、なんだかんだ直接話すのは久しぶりな気もする理事長だが、噂では大変に御立腹とはよくお耳に挟みます。緑の御方も血管ピカピカさせてるとか、聞いたりはしましたけど所詮噂だと信じたかったぜ。
そうして放り込まれた室内には、涙目なやよい理事長が一人。扉の鍵を閉めるのは、静かに激怒な副会長。ソファーで優雅に座る生徒会長。眉を顰めて苦笑いなマルゼン先輩。呆れた目をめっちゃ向けてくる副会長そのニ。あとは緑色なのにドス黒いオーラを纏う事務員さん。なんだその黒いのは。とうとう覇王色でも纏ったか。上に立つ資質持っててなんで事務員やってんだ。
「っべー、、んんっ……コニチワーネ、ミナサン、キョーハ、イイ、テンキネー」
「曇りだ」
あら本当だまるでカイトの焦りを映したようでした。
「へっ、あ、曇天も悪くないっすよ?」
「座れ」
「えっ、いやー、逃げられないのは遠慮したいかなって……」
「座れ」
「そのですね……」
「座れ」
「……あい」
ソファーかと思ったか。残念ながら床です。フカフカな幸せ高級仕様なのは幸いでした。
「激昂ッ!! …………話は、聞いている。母君の快復はとてもめでたく、無論私も感激している……しかし……!」
「……やよいちゃん」
「私はっ、君を損なうためにこの学園へ呼んだ訳ではない……っ!」
「……ごめんね」
殴られるより痛いのは、絞り出される切実な声によるもの。
「君の一助にっ、なれれば、と、っ! それが、返って君っを、傷つけて……っ!!」
「もうしないから、泣かないでくれ」
「ひぐっ、ぎみがぁっ、いなぐなればっ、……悲しむ者も、っ多いと自覚してくれ……っ」
「うん。心配かけて本当にごめんね」
泣きながら怒られるのは、結構ダメージが大きいです。年下泣かせりゃそれは殊更に。罪悪感をこれでもかと刺激されて、平謝りしかできない。ところでやよいちゃんが目に潤いを溜め込むたびに、にこやかな緑が『ユラァ……』みたいな擬音出すのはなんなの。あの人ってもしやスタンドか。自立型なのか。
「……見苦しいものを見せてしまったようだ」
「ううん? やよいちゃんを泣かせた俺が悪いから、気にしないで」
「それでは、よろしいですか理事長?」
「時間を取らせてすまなかった……。発散ッ!! 溜め込んだ鬱憤を存分に晴らすと良い!!」
「やっぱり助けてくれないのねー……」
なんだかんだで、いつもならエンドレスでガミガミ言ってくるのに、一言づつの発言で淡々と詰めてくる副会長が一番怖かったです。生徒会長は困り顔を絶やすことはありませんでしたが、意外と優しくしてくれました。マルゼンスキーからも一言二言お小言貰ったけど、涙目のカイトを優しく慰めてくれました。その日から二人のファンになりました。ナリタブライアンは呆れた顔で溜息ばかりでした。説教しないなら助けろよアイツ。
なんだい? たづなさんはどうしたって? ――――それはそれとして、なんとなくですが、緑色が怖い色になりました。日常の緑色も半端じゃなく怖いです。俗に言うトラウマってやつ。
くたびれたまま倒れ伏せば、今度はよく見知った声が降ってくる。
「お借りしてもよろしいでしょうか」
「ああ、持っていけ」
「俺の意思決定打が弱すぎる……!?」
抵抗虚しくお持ち帰り。きっと今日一日でカイトのシャツはオシャカになっていることだろう。襟元がデロンデロンになってるに違いない。
廊下を引きずられながらグラスは教えてくれた。カイトの抱いていた夢は、ある程度の者たちには知れ渡っていると。
スピカ。生徒会。理事長周り。あとはどこだと思えば、同期のメンツにも教えていたとか。
正直ふざけんなって思いました。なんで無闇に教えやがると思いましたが、般若の顔を見れば一般ピープルには何も言えなく、逆らおうなんて考えられませんでした、まる。
「噂で聞きましたが……辞めるとは、本当なのですか?」
「んぇ? ああ、もう理由も無いし辞めるわ」
「勝ち逃げ、ですか」
「んー……、それ言われると弱いけど……夢を追いかける必要が無くなっても、やっぱり走るのはキツいからな」
「そう。私は――――残念です」
「そんな風に惜しんでくれるのは、ちょっと嬉しいかもだ」
言った表情に嘘はなく、首根っこを引っ張られながらも、カイトは小さくほころんだ。
そんな会話を交わせてから、エル達へ向かって放り込まれるまで会話は途切れた。
教室へ放り込まれては主にキングから説教されっぱなしで、その日の学園生活は終わった。やっぱりあの娘良い子すぎる。なのになんで高笑いキャラなんてやってんだ。ギャップとか投げ捨てて、意識せずストレートに良い娘過ぎる。自然体でアレだろうから、ハートを撃ち抜かれる者も多そうだ。
ともあれそんな一日も無事締め括られた、ハズもなく。
「……黒塗りのリムジン…………?」
「――帰宅姿を確認。速やかに連れ出せ!!」
「は? ちょわっ、おいなんだよこっちくんなぁ!?」
黒ずくめな連中の姿を目にして、犯罪臭の気配を感じるや否や逃げの一手、を取ろうにも如何せん脚が痛い。走るのは厳しいくらいには痛い。治りかけとは言え、ジャパンカップで景気よくへし折った両脚はまだ走ることを可能とさせてくれない。痛みを我慢できる許容も、もう存在しない。捕まるのは自明の理でござんした。
そこは通りすがるのは、寮へ帰宅する同級生の姿。
「あっ! スペ助けてぇ!?」
「…………」
そそくさと、目を合わせないようにする現代日本の体現者。流石は総大将、事なかれ主義万歳ってかふざけんな。あの日のバトルを涙無しでは語れない僕らの関係は、所詮その程度だったのか薄情者よ。
しかしそんな無情を許す訳がない。もう少しぶっちゃければ、一人じゃ心細いから生贄欲しい。
「確実に視界に入れてたろ誤魔化せるかバカ! 黒服さんアイツも連れてかないと俺暴れますよぉ!? 脚折れてる俺が暴れ回りますわよぉ!?!?」
「えっ、ちょ」
かくしてカイトはまんまと捕まり、なんかよく分からん御輿みたいなのに閉じ込められて、エッサホイサと拉致されたのでありました。拉致の割には居心地が良い空間だった。同行に快く(渋面)承諾してくれたスペも、共に拉致られ仲間である。ところで立派な高級車を使わないのはなんなのだ。車嫌いなカイトへの配慮か。
この時点までにスピカの部室にマックイーンがいなかった理由に気づければ、何かの致命を回避できていたかもしれないけど、やっぱり逃げ出す手立てが皆無だったので、結局こうなっていたかもしれない。
「メジロ家、リターンズ……」
「……なんで私も来ちゃったんだろう」
「死なば諸共?」
「カイトくんが言わないでよ……」
「ああ、うん、ごめん……」
二人仲良くげんなりしながら大きな門を超えて、玄関口へと歩を進める。
扉の目の前で出迎えてくれたのは、アルダン御付きのばあやさん、なのだが。
「……」
「嫌だなぁもう〜、そんな顰めっ面はシワが増えちゃいますよ〜?」
「…………」
「はいすいませんでしたおふざけなしで逝きます」
「弱っ」
「うっさいぞスペ。なんで来たし」
「連れてきた本人……?」
どうしてカイトの周りには覇王色持ちがこんなにいるのだ。数百万に一人ではなかったのか。もしや王の資質を持つ傑物が周りには多いのかもしれない。そりゃ納得です。
「なんで怒ってんだ……?」
「本気で言ってるなら私帰るからね」
「……前なら本気だったな。今は、うん、察しの良いエイヴィヒカイトですよ?」
十中八九で夢に関するオハナシだろう。それ以外に無い。強いて言うなら、連絡無しで姿を消した件も追加されるだろうが、病院でずっと付き添ってたのだから、医者を通してその辺は分かっているだろう。そうでないとメジロお抱え病院の意味があまり無い。
しかしながら、非が有り余っていることを自覚しているエイヴィヒカイトでもあるので、堂々と歩くのはさすがに憚られる。ばあやさんが先導するこの先に待つのは、オールレンジ攻撃を得意としてそうな歴戦の凄みを持つお婆さんだ。胸を張って行って、怒りに触れるのは避けたいの極み。
「だからって私に隠れても、意味ないよ?」
「何を言う、俺にとってお前以上に心強い奴なんざいないぞ。同着でグラス」
「うーん、嬉しいけどなぁ……部外者の私は無力かな」
なんて悲しいことを抜かす友人だ。これはアレをしなくてなるまい。
そう、スペのファンによるスペのためのスペへ送るスペのプレゼンテーションの時間だ。
「いいやそれは違うね。スペ、お前は自分をもっと買い被って良いんだ」
「? カイトくん?」
ポカンとした表情は、ついつい目を惹く愛らしさ。
その驚愕を、更に深めてやろうというのだ。
「お前はめちゃくちゃ優しくて、めちゃくちゃに可愛くて、めちゃくちゃに愛らしいよ。そんじょそこらの女子なんか目じゃないくらいに魅力的だ。しかもちょっとやそっとじゃ折れない根性も持ってる。ひたむきな努力を継続できる心もある。負けて折れても立ち上がり続ける強さがある。自分の凄さに」「いきなりなに!?」「胸を張れよ。お前はお前が考えている以上に凄いんだ。俺はもっとお前に自信持って欲しいよ。そうすれば今よりももっと綺麗になれるだろうし、世の男共も放っておかないだろうし……」「いつまで続くのこれ!?」
縋り付いて左右に揺さぶられる視界。何故止めやがりますか。これからがいいところなのに。
「か、カイトくん……? どうしちゃっ、たの?」
「褒めちぎって機嫌良くして、あわよくば盾として頑張ってもらいたいです」
「………………」
紅潮した頬が、一瞬で通常色へ戻ってくる。おかえりなさい健康的な肌色さん。やっぱりいつも通りが一番だね。
あ、その目。『コイツ殴ったろうかな』みたいな目。スペはそんなことしないだろうけど、似たような目を何度か見たことある。フラッシュなんかがよく見せる目だ。大体その後にはつねられてた。そして言うのだ、『帰ります』と。
「もう帰る」
「待った待ったそれは困るゴメンて!?」
立場は瞬時に逆転する。今度はカイトが縋り付く番だ。
踵を返そうと振り向くスペを止めるべく、その一見華奢に見えて引き締まった二の腕を、カイトの全身でもって押さえ付ける。傍目からは抱き合っているように見えても、さもありなん。味方が減るぐらいならなんでもするぞ。
「よりにもよってこんな場所で!? やめて誰かに見られたらどうするの!?」
「むしろ俺らの仲を見せつけてやろう! 僕らはとっても仲良しだぞ嫉妬しやがれ!」
「わーわーっ!! カイトくんがおかしくなったーっ??!!」
一応はその手の感情の元に形成されたコンビではないと明言しておこう。少なくともカイトはスペに浮いた感情を持たない。スぺはカイトと向き合ってはくれたが、それはそれ。恋愛感情とイコールになるなど、中学生になり立てな理論はもう卒業しても良い年頃だ。
周りが見ればどうなるのかは、それもそれ。本人達の如何は別として、それもまた別の話なのである。世の中別の話でいっぱいだぁ。
ふと――――ガシャリと、金属製の器具を落とした音。
「……カイト、なに、してるの?」
目撃者がいるのはもう仕方ない。大きなお屋敷だ。管理する者も住む者もいる。大きけりゃ必然的に人口密度は増えるのだ。ましてや今日この館には知り合いが詰め込まれているらしく、こうしてバッティングするのもしかたないね。
「おっ、ベルちゃんよっすー」
「能天気!! 肩の荷降りてから様子おかしいよカイトくん!!」
「は? そうさせたのはお前らだろうが責任取れよ」
「逆に私たちに火をつけたカイトくんが責任取ってよ! 傷ものみたいなものでしょこれ! 私もグラスちゃんも、あの時の事をずっと忘れられないんだから!!」
「はぁ!? 何言ってんだお前! ……待った本当に何言ってんの」
後から振り返れば、痴情がもつれたような内容だったなぁと。
後のお祭り。後夜祭が始まれども無意味なのだ。だって時間って巻き戻んないし。ホント不便な概念と共に生きてますよね僕らは。
「…………それでは、当主様と――――様がお待ちです」
「何で無視して進んでたのとか聞きたいけど、なんでぼかしたのかを一番聞きたい」
「さて、入ればわかるかと」
大方の予想に容易いが、それはそれとして慄くのは自然極まりない行動です。
久しぶりのベルちゃんだが、ひとまずの別れだ。
「後で
急にカタカタしてきた。骨身にまで染みてきた。至急時間の戻し方プリーズ。ザフキエルとか叫べば時計を呼べますか? もしくはバイツァなダストすればいいのか。どっちもたづなさんならやりかねないと考えている。カイトの中の彼女、盛られ過ぎではないだろうか。
「やっぱり私……いる?」
今更疑問なんて持つのは辞めよう。この手の流れに流される技術を、キミはゴールドシップで学んでいるハズだ。
「いるいる。ここまできて一人にするな、孤独でしん……しぼんじゃうぞ」
「……見たいかも」
「骨が剥離して削ぎ落されて細くなって皮が張り付いて、内臓は乾いて縮小するけど」
「すごいリアルな描写……」
無駄話に乗ってくれるのは、スぺも何故か緊張しているからだろう。怒られるのはカイトなのに、緊張感を共有してくれるとは、やっぱり優しい娘だ。てかそもそもなんでコイツがここにいるのだろう。ユーは何しにメジロ家へ?
「怒るよ」
そんな冗談はさておき、決意の瞬間はやって来る。縮こまっているのも性分ではない。踏み入れるよりも、乗り込む方が字面は好きだ。守るより攻めるほうが好きだ。
一転攻勢のお時間です。
「討ち入りじゃ」
「えぇ……?」
「メジロ家がなんぼのもんじゃーい!!」
そうしてノックを二回忘れることなく、行儀よくその領域へ駆けだした。
予想通り待っていたのは、メジロ家当主ばっさまと、無表情でカイトを迎えるアルダン。正直この時点で肝が冷えきったが、躊躇することなくなだれ込む。
機運は分からん。天運も多分悪い。不運だけなら自信あり。こりゃダメだ――――と諦めるとか見くびってもらっては困る。ここ数カ月の出来事で、カイトは劇的な成長を迎えたのだから。こちとら魔王とか、めちゃ痛々しい二つ名持ちだぞ。怖くなんかないわい。
エイヴィヒカイトの勇気が、彼を救うと信じて――――!!
入室して早々に、スぺとの距離は別たれた。物理的に。しかしその程度で僕らの絆は途切れません。だからスぺ、お前のことは忘れないから達者でね。本当に何のためにここまで来ちゃったのあの子は。お人好しも大概にしとけよ好感度上がっちゃうだろうが。
そんなこんなで孤軍となって当主の部屋。二人の背に在る夕焼けの逆光が、目に突き刺さってとても痛い。こーれメンタル揺らすためのギミックと睨みました。メジロは卑劣だった。
「何か、言いたげですね」
「ぜぜぜ全然? 別に動揺とかしてにゃいし、焦ったりときゃもないでふよ」
「かわっ…………こほんっ」
余分を言いかけたお嬢は無視だ無視。
「そ、それで、何だって俺は呼ばれたんでしょうか……つーか拉致られたんですけど。この後に病院行く約束を反故にしたんですけど」
「彼女からは『好きにしてくれて構わない』と」
「なんてこったいおっかさん……!?」
無類の信頼を置いていたのに、まな板の上に投げつけられた気分だ。ぼかぁ泣いてもいいですか。
「とは言え老骨の私から貴方へ伝えることは、さほどありません。他の方々からも絞られたことでしょう。精々が……もう二度と、己を軽く考えないで欲しい。……それだけです」
「あ、はい。それはもう。マジですんませんでした」
「……色々ありましたが、今の結果へ収まって――――ほんとに、よかったわね」
朗らかに。その語句がこれ以上なく当て嵌る、綿毛のように優しい笑みだった。
慈愛の表情ってやつだろうか。きっとカイトは、その手の顔には何も物申せないのだろう。これまでの人生で、その手の視線には慣れなさ過ぎた。気恥ずかしくてまともに目も見れない。
「…………まぁ、あれです、肝に銘じますってことで」」
「ええ、そうしてくださいな」
「……やりづれぇ」
やれやれまったく、とか言い出しそうな雰囲気。
――――なんとなく、本当になんとなくだが、お婆ちゃんと呼んだ方がいい気がしてきた。というよりは、多分カイトがそう呼びたいのだろう。
昔みたいに、呼んでみても怒られないだろうか。
「……じゃあ、連れてこられた理由って?」
「私よりも、ずっと話したがっていた娘達がいることを忘れてますね」
横目でチラリと目配せ。それに釣られて視線が動けば、なんか、こう、おっそろしい顔を見た気がして、そっと目を逸らすのもやむなし。チミがまなこを血走らせても可愛くないぞ。その芸はグラスみたいな半分蛮族に任せておけばいい。
「今、私以外に誰のことを考えたの」
「グらっ……あーっ、とー………………ど、同級生かな」
「――――反省、してますか?」
「してますしてます」
来たなプレッシャー。なんとなく個人名出せばやばい気がしたけど、結局未来は変わってないっぽくて冷や汗が出ずっぱりになっております。今は冬なのではなかったのか。暖房効かせ過ぎてますよ。それかブルジョワのくせして暖房ぶっ壊れてますよ。
「……私が聞いていても野暮です。部屋を移してゆっくり話すのが良いでしょう」
「え」
二人っきりになれと申すか。貴女の言葉に薄く獰猛な笑みを浮かべたコイツと、二人っきりになれと申すか。横をしっかりと見ろ。邪悪です。なにか酷く邪な意思をもったものです。エイヴィヒカイトの経験則が、思い通りにさせては危険だと申し立てている。
「はい。それでは失礼しますお婆さま」
「え?」
有無を言わさず、スキップしかねない足取りで近寄ってきた。かと思えば非常に自然な動きで、まるでそうあるべき形かのような不自然を排された所作で、カイトの手の平はガッチリと掴まれた。やめてにぎにぎしないでくすぐったいわよ。
過程はどうあれ、こうして手を繋ぐのは久しぶりな気がする。悪くは無い気分だ。言いようのない温度が、腕を伝わって胸中を加速させて、心地よいリズムで早鐘を鳴らす。力強く握ってくれているのも、求めてくれている事の証左に思えて、途方もなく幸せを感じている。
だからこそ、これはとてつもなく良くない。
助けを求めようにも、アテになる者などいる訳ない。ウンウンと満足げに頷くだけのおばあちゃんは、そよ風な顔で畳み掛けるが如きトドメの一撃を解き放った。
「後は若い者達でゆっくりと」
「は?」
「ああそれと、今日は泊まっていきなさい。積もる話もあるでしょう」
「マ?」
「部屋は……一緒で構いませんね」
「ファ!? なにほざいてんのか全然分からんぞおばあちゃん!??!!」
なんか絶望感が連続して溢れるセリフを吐きやがった気がするこの婆さんは。キレ散らかしそうだけどそれを許さぬのは手の平の鬱血感。痛くはないけど、絶妙に掴まれた痣とかが出来そうな力加減。優しく爪を立てるって、言葉として意味が成立するらしい。意図的に痕でも付けようと考えているのじゃなかろうな。
所有物だと言わんばかりに、腕全体が抱かれて動かす権利を剥奪されてしまった。蛇のように彼女の両腕は絡みついて、補強するように尻尾は脚へ絡みつく。オマケと言わんばかりにしなだれかかって、体重を預けてくるのは色々危ない。二の腕に
人目を憚らずに、揶揄う子供のような所作を繰り返す。色気を含ませつつも楽し気なその姿が、世界中の何者よりも愛らしく思えた。
嬉しいと、心からの幸せを受け止めていると、忌憚無く言える。
けれど。
「さあ、行きましょう。マックイーン達も待ってますけど…………その前に、色々と……」
「嫌だぁ……どうなっちゃうのよ……」
幸せになることから逃げるつもりはなくとも、アルダンから受け取り続けるのは精神にまずい。良心の呵責でどうにかなってしまいそうだ。頭がおかしくなりそうだ。
いつまでもいたいと願いそうになる、彼女の隣。此処から隙を見て、何がなんでも逃げ出そうと、そんな無駄になる決意をしたのでした。
「舞い上がってたんだよ。そりゃ寝たきりの家族が起きれば、はしゃぎ回るのも当然だろ」
「でも、逃げたのも本当のところでしょう?」
「……ノーコメント」
確かにその側面はあったが、決してそれだけでは無い。とは言え多くを占めていたのは間違い無くて、曖昧に頬を掻くしかリアクションは起こらないのが困りもの。
そんな手の動きを咎めるように、視界の下からその手を掴まれた。
掴まれて、手の置き先を誘導される。持って行かれた先は、日々手入れがなされているガラス色の艶髪。
「カイト、しっかりやりなさい」
「…………嬉しいか? これ」
「それはもう。すごく落ち着いて……ずっと……ずっと、こうして一緒にいたいくらい」
「さいですか……よりにもよって、
定番のシチュエーションかもしれないが、決定的な部分が逆だろう。
うつらと呟くセリフの数々に、素直に耳を傾けてはヤられる。防衛の本能は急いで耳を塞ぐが、そんなの無意味だ。直に触れてる今は音以上の感覚に蝕まれる。もう詰みかも。
「カイトの、熱……あたたかい……」
「……さいですか」
カイトは真新しいソファーに深く腰掛けて、その上から横たわったアルダンと体温の交換会。
似たようなことを、以前にも言われた気がする。思い出すのは憚られるけど、欲望に正直な脳みそは、そんな幸せの記憶を掘り返して脳裏でリフレインさせている。正直迷惑です。持ち主の意思にどうすれば従ってくれるんだこのポンコツ頭脳は。
「ねぇ……もっと、撫でて?」
「……りょーかい」
おしおきも兼ねてるとの話なので、ひとまずは面従腹背の構えで事に当たる。
枕にするには不都合が多い筋肉質な太もも。柔らかいとは言い切れないそれに、アルダンは目を細めて猫のように頭を乗せている。天井へ向けて仰向けになったまま、耳は横に倒れて機嫌が良いと一目で見て取れる。
耳の付け根から、前髪をすくように流して撫でる。
「ぁ……ふぁぁぁ……それ、もっと……」
「……やっぱりお前って、キレイなんだな」
「…………もっと、言って?」
「キレイだ。好き。可愛い。愛らしい。美人。宝石みたいにキラキラしてる」
「……へ? …………~~~~っ!?!?!?」
手へ伝わる感触に没頭していれば、意図しない独り言が飛び出していたらしい。だらしなくにやけた口角が、隠そうとしても隠し切れていない。オノマトペにするなら『にへら』って感じ。ちょっと溶けてそうな瞳が、顔を隠し切らない指の隙間からこちらを覗いている。何かしらのもうワンアクションを期待しているのは分かるが、さっきの発言は完全無意識な訳で、自分でも何を申したのかミジンコ分からん訳でして、従って誤魔化すように頭を撫でるのでした。
クリノクロアとは、一体誰が言い出した。
けれどもこれは、ある種罰ゲームのようなものだと思い返して気を紛らわす。役得なのは一体全体どっちなのかに関しては、ちょっと自分には判断が出来そうにない。
「んぅっ……」
くすぐったそうな声が、とてもよろしくない。心の健康が阻害されかねない。
恐る恐る撫でた手に、簡単に手折れそうな細い手の平が重なって、グイグイとつむじに押し付けている。
「……なに?」
「もっと、つよくして」
「加減が分からん」
「痛かったら言うから…………それに、痛くても……」
「……」
最後の一言は聞かなかった事にできないのだろうかできないんだろうな。
要望通り、艶のある毛髪を手の平全体で感じるように、大きく手に取って撫でた。
きめ細かいそれらは、指の隙間をすり抜けて、光が反射して光っているよう。宝石のように、綺羅と輝く触れ難いモノに感じた。
「……ふわふわして、なんつーか、柔らかいな」
「褒めてるの?」
「そりゃもう」
「ずっと、……触ってても、構いませんよ」
「…………いいのか?」
そんなこと言いだす自分に驚いた。
律していたハズの自分が、段々とタガが外れている実感。このままでは何時ぞやのように、取り返しのつかない一線を踏み荒らしたくなる。
汚れ一つないような、この綺麗な宝物を――――踏み荒らして穢したくなる。
「……」
「かいと……?」
「…………」
自分と同じくらいまで汚してしまえば、この宝石を自分と同じくらいまで貶めてしまえば、手に取っても良いのだろうか。
アルダンの頬に手を当てて、ゆっくりと位置を下げていく。
「ひぁっ」
「…………肌も、シミ一つなくて、真っ白で……」
「か、カイト……?」
その手は首までたどり着いて、薄く浮き出た血管を擽っていた。
「かい……ひぅっ……どうしたの…………?」
「細くて、華奢で……――――」
――――力をちょっと籠めれば、すぐさまへし折れてしまいそうな、芸術品のような儚さ。
「……」
「……」
不快ではない緊張感が、厳かで静かな空間を作り出す。
「カイト」
「……」
見えない傷跡が残る部屋の中で、茜色に照らされて、その言葉を確かに聞いた。
「……――好き、です」
「――――」
夕焼けよりも尚も色は濃く、火照るような甘い表情。濡れた瞳は甘露のようで、見る者すべてを引き寄せる魅力がある。値千金を超える価値を持つ潤いが、手の届く位置に来ている。
その矛先を、自分が独占出来ている。それを思えば、全身と心臓を繋ぐ血管の、悉くを毟り取られたような疼痛に襲われた。
「……」
「何も、言ってくれないの……?」
縫い付けられたように、口は微塵も動かない。
やっとこさ口を動かそうとすれば、ブチリと千切れたような幻痛。
「……」
言葉で示せばそれでいいのだろうが、舌が上手く回らない。
きっと、行動で示すほうが楽だ。のたうち回る情動に従えば、心情をこれでもかと教えてあげられる。この煮え滾る欲望の底まで、全てを行動で示せるだろう。他ならぬアルダンにそう望まれている。きっと思い違いではない。痕が残るくらい強く、この両手で抱くのを望んでいると、甘香の瞳は物語っている。
「もっと……強く……」
「……」
目だけでなく、とうとう口に出し始めて。
「壊れるくらい強く、カイトの手で――――」
「お腹減った」
その甘ったるい空気をぶち殺した。
「――へ?」
「今日は色々忙しくて昼飯食ってないから」
「……」
「もう夕飯だろ。マジで腹減った……ほらどいてくれ」
フカフカなソファーに放り投げれば、キョトンとした顔が目をパチクリ。まばたき五回ほどで、ようやく今の空気の流れを察したようです。
「……もうっ!」
「先行ってるわ」
「もうっ!!」
逃げたと言われれば、それはたしかにそう。
しかし選択に間違いなどない。あのままでいれば、ちょっと粘着質な展開へ移行していたのは想像に易い。
ピンク的展開は、ちょっとご遠慮願うのだ。
次でマジで締めたろ
バッドエンドIFいるかいらんか
-
いらん
-
いる