触れてたら消して逃げるべ
そんな地雷
「さあさあ、こちらもどうぞ」
「自分で食えるって……っんぐぉ」
「そう言わずにどうぞ」
長く大きなテーブルに広がる、お高そうな料理の数々。大体の名称を知らないそれらは、咀嚼を途切れさせないように詰め込まれていく。息つく暇はくれるが、逃れる暇はくれないらしい。
助けを求めて、唯一アウェイの立場を共にする友へ視線を向けた。
「……」
「……」
「っ……」
堪えるような感情を浮き彫りにして、フォークを口に運ぶ正面の席。口に出さずとも、食べづらさが極限に達しているのが見て取れる。
静かなる夕餉が拷問のように辛そうな日本総大将。周りからの視線を避けるように、目を瞑ってもそもそと名家の食卓を味わっている。いっそ一心不乱にすら見える。そのマッシュルームのソテー美味しいよね。分かる。
「……どしたのスペ、俺の分いるか?」
「――――」
「っ……だ、大丈夫だから、今は優しくしないで……!」
「ええ……?」
解せぬの極み。思い遣りを無碍にされるがやむなし。
もてなされる存在なのだが、針の筵を一手に引き受ける彼女。実に哀れです。一体誰のせいでこうなっちまったんだ。こんな不条理許されざるである。ところでスぺに抱き着いていた程度の些事があった訳だが、いつの間にか情報の共有が為されていました。些細な報告も欠かさない、報連相がしっかりされているお家ですこと。つまり諸行無常がキタコレ。
「……こんなに美味しいのに、くっ、苦しい……助けてスズカさん……っ!」
「おいたわしやスぺちゃん」
「誰のせいだと……!」
「――――うふふ……」
「……ぁっ」
深淵の底を目撃しちゃった、みたいな声を上げるスぺさん。生憎カイトはそんなのを覗き込みたくないので、手元のフィレ肉に視線を意図して集める。ナイフがするりと通るこの柔らかさ。家じゃそうそう食えない料理に意識を奪われるのは、しょうがないと思うのです。
それはそれとして、ずっと無言で静かに微笑んでるのは確かに怖いよねって。しかもあんまり面識の無い先輩なら尚更に怖いよねって。歳もそれなりに離れてるならメチャ恐いよねって。そこには共感の嵐を示せる。後ろ盾と大義名分(?)を得たお嬢ってホントおそロシア。
「ちっ、違うんです! 先輩達が勘違いしているような、そんなのじゃなくて!」
「え、そんなぁ……ぴえん?」
「カイトくんちょっとうるさい!」
「よしよし、俺のお陰で元気出てきたな」
「無かったのもカイトくんのお陰だけどね……!?」
いつからか遠慮が無くなってきたスぺだが、それはこちらも同じである。気負うことの無い関係性は、心地良い会話を生み出す。表情をコロコロと変える様子は、正面から見ていて楽しい。
ただ世界とは広い。その程度の小事が気になる御方も、この世にはいらっしゃる訳でして。
「……やっぱり仲が良いんだね、二人とも」
目敏い指摘はベルちゃんから。しかし仲が良いの意味合いに関して、彼女らとの乖離が発生している気がしなくもない。
「だっ、だからっ、そういうのじゃ……」
「――――ふふっ」
「ヒッ!?」
「どうしたスぺ」
「えっ、いや…………うぅ……」
「がんばれスぺ」
とは言え、このピリついた雰囲気をどうにかしなければ、せっかく招待(道連れに)したのに苦い思い出だけを持って帰る羽目になってしまう。一応は生家でもあるこの場所だ、もっと気楽に居て欲しい。そのためには、空気を冷ややかにしている者達を嗜めなくてはならないのですが、自分がその原因だとか言われてもどうにもなりまそん。カイトが止めれるなら止めてますわよ。
とにかく、それが出来る人物は何故かこの場にいないのである。
「そういえば、パーマーとかライアンとか……ブライトもいないんだな」
場を和ますことに特化したズブい彼女も不在。この手の集まりには顔を出す印象があったが、今日は頼れないらしい。
「他の方々は明日来ますわ」
「そっか……ふむ」
スピカじゃあるまいし、肉体言語で折檻なんてされないだろうが、精神を擦り減らす明日になる事間違いなしだ。
「彼女ら
「ふむ……」
「ありますから――ね?」
「……ふむふむ」
妹分の見せる曇りが無い笑顔は麗しくて、お淑やか満天なその表情。心底から――――あ、やっべぇ逃げてぇ。
しかし隣の席で控えられていれば、どうしたって逃げ場なんてない。せめて席順が違えば誤魔化したりもできたのに。できたのだろうか?
「ですので沢山お話しましょう?」
「今日は疲れたから飯食ったらすぐ寝るぞ」
「はい?」
「……寝るんですよマックイーンさん」
「はい――?」
「が、眼光が……」
ギュルリとか、グルンとか、そんな勢い付けて首筋を痛めないのかしら。お兄ちゃん心配ですわよ。
時間を浪費させるのに有効な手は何かと言われれば、カイトは寝ることだと即答しよう。睡眠欲を満たせて、ちょろっとだけ気まずい時間を素通りできたりもする。しかも健康に良い。欠点が見つからない。
此度に至っては、早々に睡眠状態にならなければ非常に不味い。一人部屋なら話は別でした。同室者の脅威から逃れるには、とっとと眠りこけて意識を飛ばすのが最善かつ最速の防衛策。
「同じこと話しても二度手間だし、そういったのは明日に全部纏めて話したいなって」
「……ずっと、待ってたのに」
「ゔぐっ」
言われると弱く、突かれれば脆い部分。そんな部分が果たしていくつあるのかは自分でも分からない。とりわけマックイーンに言われれば尚更に効き目は強い。彼女が望むままに付き合うのも吝かではない。頭を垂れて全て洗いざらい白状しかねないパワーバランスなのです。
ただ人生の墓場直行と比べるのなら、流石に速やかなる睡眠防衛体制こそが最優先される。
「明日……てか、陽が昇ってる内ならいつでも構わないから」
「お兄様……っ……、……うぅ……っ!」
「頼む。せめて今日は、今日だけはすぐにでも寝なくちゃならないんだ……!!」
意識を失えば勝ちだ。問答の隙など与えなければ完全勝利。流される雰囲気に呑まれる隙を晒さなければ無欠勝利。この屋敷に泊まることなどそうあることではないだろうし、どうしたって今日を乗り切ればそれでよしなのだ。
「……逃げませんか?」
「逃げない逃げない」
「今度は、本当ですか? ……信じても、良いのですか?」
「もう二度と嘘は吐かないよ」
最早その必要性も無ければ、吐きたくて虚偽を吐いていた訳ではない。
カイトはもう、自分を偽ることなく、誰かを謀ることもない。
「ベルちゃんも、頼む」
「私は……。話してくれるなら」
今すぐにでも聞きたいだろうに、気にしてない風を装いきれずに、それでも配慮の心を隠すことはない。
「うん、ありがとう。埋め合わせは……ベルちゃんの頼みをなんでも聞くってことで、この場は一つ」
「!! …………言ったからね」
「お兄様っ! 私はっ!?」
「マックイーンもねー。何でも言うこと聞いちゃうよー」
もっと具体的な条件なら、とある約一名、特定的個人というか、そんな感じのお嬢様と過ごさない夜ならば何時でもお付き合いいたしましょう。なんだって喋りましょう。
話は纏まった。明日までの延命を見込めたのなら、今は馳走を味わうのだ。一つのことに集中すれば、案外他の事象には目が行きづらくなるものです。笑ってると思いきや薄目でこちらを観察する視線は、見なかったことにしたいけどどうしよう。
「……居づらいよぅ」
「正直すまんかった」
「今更言われても……っ!」
「なんも言えねえ」
なんてやり取りを繰り広げれば、指向性を持った圧はどんどん突き刺さる。それから逃れようとスぺと会話を続けようとすれば、圧力はドンと増す。それから逃れようとスぺに話しかければエンドレス。ガラスがうんたらかんたらな代名詞はどこに消えた。深窓の令嬢的な儚さが行方不明でありますぞ。
ご飯を食べ終わって、食後のティーを啜りながら、この後どうやって逃げようか。そればかりを考えていた。
寝る前に何を伝えれば、双方にとって最善な締めとなるのか。そんなことをカイトには予測できない。
結局のところ長くに渡って染み付いた逃げ癖は、そう簡単には治らないのだ。
『頼む、一緒に泊まってくれ!! 今夜は俺の隣で一緒に寝てくれぇぇえ!!』
『無理無理無理無理!! もう帰るからね!!』
『待ってくれ!! こんな伏魔殿で俺を一人にするなぁー!!!!』
ナニカに追い立てられるように、黒塗りの高級車へ乗り込んだスぺさん。いざという時の生贄を逃がしてしまった。この失敗が、人生墓場ルートへの分岐なのかも分からぬ。
そんな一幕を繰り広げながら、スぺの帰宅を見送れば風呂入って寝るだけときた。正味風呂の暇も惜しみたいところではあったが、如何せん此度は同室に女性がいらっしゃっている。冷汗を無茶苦茶に発汗したまま寝るには、些か以上の抵抗感。
そんなこんなで、脱衣所前で頭を下げる姿があった。
「無いとは思いますよ? 絶対にそんなことは万に一つ、いや億に一つ、ぜぇーったいにあり得ないと思いますけどッッ!! ――頼みますよじいやさん……ッ!!」
「素通りさせてもよろしいかと思いますが」
「テメッ、むしろ止める立場だろうがクソ爺!!」
飄々と抜かす老人があまりにも頭にキて、敬称を宇宙の彼方へ投げ飛ばすのはさもありなん。
「ああ、それとこちらを」
「……」
「念のためにと」
海パンを手渡されて、カイトの取るべき行動はなんだろう。念のためって何のためだ。コレを履いて風呂に入らないと不味いような、そんな展開がこの先に待ち侘びているとでも抜かすのかこの爺。眼鏡くらい叩き割ってもいいかな。どうせ高給取りだろうしいいよね。
「……もうなんか、めんどくさくなってきた」
思考放棄の前触れセリフ。虹色程ではないが金色ぐらいに確かな確率で、万物への思考力を投げ捨てようとしている。なんなら魂だって抜けていく気がした。口から白い煙みたいの出てないかしら。
「それではごゆっくり」
「だれも、とおさないで、くださいね」
「確約しかねます」
「はい、おねがいします」
応答がおかしかった気がしても、言及する体力も乏しかった。もしかすればそれが狙いで、ワザと感情を揺らす会話を繰り広げていたのかもしれない。だって囲おうとしてるもん。性根が鈍いさしものカイトも、ここまで露骨では気付く。外堀から埋めるどころか、
けれどカイトは屈さない。エイヴィヒカイトの精神耐久値はズタボロでも、精神防衛力を舐めないで欲しい。今際の際で踏み留まるように、陥落ギリギリで踏ん張り続ける根性がエイヴィヒカイトには備わっているのだ。十年間いびり続けられた実績は伊達ではない。悪意に対する特防はカンストしているのだ!
恨み辛みが降り積もる日々を思い出せば、冷静さは帰ってくる。
「おお……何処へ行っていたのだ平常心よ。キミがいなくてはカイトは木っ端微塵ぞ?」
――――ガラリ。
扉を開く音が聞こえたのは、そんなよく分からないテンションで頭からシャワーを被った瞬間だった。
「お邪魔、し、ます……」
「
――悲報! 言語中枢焼却ッ!!
突撃してくるには早すぎねーかなと、爺への怒りが募りました。
残念ですが、悪意には強くとも善意に類するモノには滅法クソ雑魚だった我が精神防壁クン。友愛とかの光属性は十倍弱点。対象が近しい者なら脆弱性は殊更に増加。これで倍プッシュだ!
バスタオル一枚姿のベルちゃんを視界に入れた瞬間に、流れるような仕草で視線は床へ固定。梃子でも蛸でも動かぬ覚悟を身に秘める。
一瞬だけ目に入りしは、眩しいが過剰な鎖骨の輝きと交差した艶の在る漆の美麗な御髪が無限大(語彙力)だったが、危うくカイトのメンタリティを半分だけを木っ端微塵にすることで、自我の崩壊を抑えることに成功した。無事かどうかの話は今は捨て置く。問題なのはこの場をどう乗り切るか。ところで本当に海パンが役に立っちまったのは、無限に怒りを膨らませますね。
「何しに来たのいや違う俺が出れば良いんだそれじゃごゆっくり!!!!」
「え、待っ、って!」
「待たないさよな、っっ!? ちょちょっ、手を……! 離してくれませんかぃ!?」
「背中っ! ……流すから……!」
「結構です!!!!」
こんなベルちゃんをカイトは知らない。いや嘘です。似たような決意の表情を、いつだったかに見ただろうに。この鼻息荒い掛かり気味に、恐怖を覚えること今日で二回目である。
無理に振りほどいて全貌を目撃する訳にもいかず、結局抗えませんでした。予想した人物とは別の者が凸してきたことへの動揺もあり、急な場面へ対応しきれず背中を流されてしまった。しかしうろ覚えの般若心経を唱えて事なきを得たのは行幸と言える。
疚しいことなんて何もありませんでしたと誓う。とある事故は有ろうとも、世間様へ顔向けできないような事態は、まったくこれっぽっちもございませんと宣誓出来る。
特筆したコメントを残すなら、バスタオルの下に水着はわりかしニッチに思える。というか浴室にスク水とは、非日常感を備えてプールで見るよりよっぽどクるに違いない。少なくともカイトはグッときましたよ。
「なんだってベルちゃんが、あんな…………くそじじいが」
のぼせかけた身体を外気で冷ましながら、用意された寝所へ歩いていく。水気を拭き切れていない髪からは、水滴が点々と歩いた後に続いているが知ったことか。今のカイトはプチおこである。こんなのは全部老人共の責任だ。後でお手伝いさんだかが掃除するのだろうが、それでもしも苛立ちなどが生まれるのなら、どうぞ老人共へぶつけて欲しい。どうせ当主も一枚嚙んでいると確信して、皺だらけの面々を思えば苦々しくなる。
それにしてもまさかの存在だった。だってそんな関係ではなかった。どこからどう見たって、ただの姉弟だったろう。無意識でも意識的でも想っていた彼女とは違って、本心で弟として接していたつもりだったのに。
あんなに真っ赤な顔で、風呂場まで突撃してきて、姉弟水入らずなんて言い訳も通じない。勘違いしようにもどうしようもなく、つまり
「明日からどんな顔すりゃいいの……」
この呟きはベルちゃんだけに限らない。
交友関係も改善されて、軋轢がほぼ存在しないと言っても良い。であるなら、これから先彼女らの両親と顔を合わせる機会もある訳で。そもそも自分は幼少期にお世話になったりもして、その返礼も勿論のことながら考えないといけない。そうなればますます気が重い。『自分はあなた方の娘さんと一緒にお風呂に入りました』なんて言いながら、スライディング土下座でもすればいいのか。
と、言うかだ。この圧力は両親公認ではあるまいな。
「……」
おっとさぶいぼが。やはりここは伏魔殿の可能性高しのようです。
「マックイーンとかも…………ねぇな」
一瞬浮かんだ思い上がりを、これまた一瞬で一蹴する。
気の良いお兄ちゃんとして振舞いたいカイトは、そういった姿勢を務めてきたつもりだ。長いこと会ってなかったりしたけどそれはそれ、これはこれ。そもそもあんなにも気立て良しな彼女達に、そう言った感情を抱かれているなどと思い上がりが過ぎる。なんなら鼻で笑えて来る。
ベルちゃんとアルダンがレアケースであり、その二人がモノ好きなだけなのだ。
「そんなモノ好きが、ここにも一人……か」
人生で一番に重たく感じる扉だった。
なんて言おうか考える時間を、結局状況は与えてくれなかった。
突き放すは大前提。それでいて如何に傷つけないかが今回のキモ。しかも早々に眠らなくちゃならない。プラスしてちょっとやそっとじゃ起きれないほどの、超絶熟睡も条件に入ってくる。こんな状況へ至らせたカイトの人生、難易度が高くないかと訝しんだ。
しかし数々の難所を堪えてきたのは、持ち前の出たとこ勝負精神。考えるのが面倒だから突き進んできたとも言える。フラッシュから言わせれば『深慮から極限まで距離を離した対角位置にある浅慮』、とか言われたり言われてなかったり。
「……おっし」
部屋に入れば最速で布団へ向かい、最短で潜り込み、睡魔へと一直線のブレイブハート。
そんな感じの猪突猛進を胸にして、勢いよく扉を開き――――なんか、細腕が飛び出てくる。
不意打ちかつ、見覚えの在りすぎるその腕に抵抗の意識をそもそも持たないカイトは、気づいたときには半身を引きずり込まれて――――
「ファッ――――??!!!?」
遺言――もとい、その日に他の誰かが聞いたカイトの声はそれでおしまい。コッソリ様子を見守っていた使用人たちも、それを目撃してからは蜘蛛の子を散らすように散り散りとなった。口々に黄色い噂を撒き散らしながらなのはご愛敬。とりあえずシェフは、翌日に赤飯の用意が無駄にならなかったことを喜んだ。
固く閉ざされた扉は日が昇っても暫く開けられることは無く、再び開いたのは翌日の夕方を回った頃になることをカイトは知らぬ。
余談ではあるが、
その部屋で何が行われていたか、ある程度は察そうとも余人に完璧に知れ渡ることは無い。物音一つ――寝具の擦れる音、熱の籠った吐息――、何一つとて遮断して、閉ざされた密室で二人が何をしていたのか。知る者は本人達だけ。
話は変わるが翌日の夕餉の際に、憔悴しきった少年と、艶やかな少女が顔を見せたとか。
――――そんな、一カ月前の出来事を思い出す。外堀どころか本丸が陥落して崩落した、衝撃的な一日だった。その後の老人共のホクホク顔を思い出せば、今でも相当に血管が震えてくる。やり方がえげつないと思うのはカイトだけか。母親もニヤニヤしてたあたり、もしかしてこの件で味方は皆無なのか。
手元にある弁当箱は既に空で、きちんとビニール袋へ入れて纏めている。車窓を眺めているばかりでは、のどかな景色が過去に想い馳せさせる。しかしこの景色を見ながら携帯を弄るのも無粋だ。かと言って風景を眺めるばかりでは暇で息詰まる。こんなことなら本でも買っておけば良かったと、今更ながらに後悔した。
話し相手になり得る者は隣で静かに規則正しい寝息を立てて、穏やかな表情で舟を漕いでいる。東京から北海道までの電車旅だ、カイトでもそこそこ疲れるのだから、身体の弱い彼女が眠りこけるのも道理だ。
「……すぅ…………すぅ」
「よく寝てまぁ……む」
コテリと、倒れてくる上半身を跳ねのけることなく、優しく受け止める。
アルダンの重心の位置を把握すれば、起こさないよう自分の膝上へと身体を傾けた。
誰得な絵面の完成だ。
「膝枕、するよりされたい派なんだけど」
「…………」
「これも、アリだ」
特に手が届きやすいのが良い。届かないと思っていたモノを、この手ですぐに掴めるのはとても良い。
――――壊したいとは、もう思わない。貶めたいとは、二度と考えられない。
そんな欲を持つ必要が無いくらいに、今の自分は満たされているのだから。
「頼む……どうにか自然に今すぐ起きてくれ……」
自分から起こすのは憚られるために、勝手に起床してくれることを切に祈る。このままでは暇に殺されてしまう。話し相手急募。
すると、そんな祈りが違う形で叶った。
「おっ、へいへーい、お姉さんお姉さん」
通路の先から車内販売の影を発見。これ幸いとばかりに話し相手となってもらおう。
アルダンの眠りは見たところ深い。多少喋り込んでも起こすことは無いだろう。お姉さんとはさっきもちょっと話して仲良くなったし、多少の世間話くらいは付き合ってくれると信じたい。
お姉さんがちょっと可愛いのも、男子的には嬉しいポイントですねこれ。
「コーヒーくださいなー」
「はい、少々お待ちくださいね~」
歳は大分近く、二十前半なのは確かと見る。ゆるりとした営業ボイスは心地よい。愛想の良さは五割以上義務だろうが、その五割で癒される生き物なのです男子ってのは。コーヒカップを手渡す時なんかに手が触れるのも、割と嬉しい。てか女性と触れ合うのは、そりゃ嬉しい。カイトのテンションはちょっとずつ上がっている。
膝上の住人が、眉を顰めた気がする。
「どこまで行かれるんですか?」
「函館で降りて、そこからは電車でぶらぶらと、っすね」
「へぇ~、彼女さんと旅行ですか?」
「か、のっ」
喉を通ったコーヒーが、食道ではなく気管へ降り注いだ。熱々のおまけつき。
「ゲホッ、ゴホッ……」
「あ、あれ? 違いましたか? もしかして……姉弟とか?」
微笑まし気な表情から一転して、胡乱な目付きがこちらを観察している。インモラルな関係かと疑う目線だ。まさか背徳感を愉しむような関係性なのかと疑っている。
それはちょっと違うと言っておこう。一応親戚筋ではあるらしいが、血は薄い。問題は無いはずだ。
「いや、か、……お姉さんの想像通りにお任せます」
「……へぇ~、いいですねぇ~」
どもりながらの反応が裏目に出たのか、『ニヨニヨ』とかそんな音を鳴らしながら、胡乱からまたもや一転した目付きでこちらを観察する。
「とても仲が良いんですね~。絵になるお二人です」
「……そう言うお姉さんこそ、可愛い、ってか綺麗ですよ」
「あら~、こんなカッコいい子に言われたら嬉しくなっちゃいます」
「いやいやマジですよ。歩く時の姿勢とかすらりとしてて、さっきは見惚れちゃいました」
これは世辞でなく本当。台車を押す姿勢と、立っているときの姿勢が滅茶苦茶に丁寧で美しかった。何気ない所作が美しいのは、普段の魅力が出ているからだというのがカイトの持論。
そしてカッコいいと言われて舞い上がっているエイヴィヒカイトでございます。否定はしない。親から貰った財産をもっと褒めてくれ。むしろ褒めちぎってください。
なんてこと考えていたら、膝の上で少しの身じろぎ。
「彼女さんの前でそんなこと言っちゃって良いんですか~?」
「寝てるしいいかな。それよりもお姉さんの話が聞きたいかも」
「あらそう? 彼女さんに悪いわね~」
いつの間にかお互いに敬語は抜けて、打ち解けた雰囲気で話し出す二人。膝上のアルダンは置いてきぼりなのではなく、寝てるだけなのです。なので意識から外れるのは致し方ありません。
寝ぼけているのだろうか、カイトの腕を捕まえて胸に抱き寄せられる。
「お姉さんはどこ住んでるの?」
「函館よ。今日はこのままお仕事もおしまいね」
「ほほう……惜しい」
「? どうかしたの?」
「いや、アルダンがいなかったらお姉さんナンパしてたかもなって」
あ、痛い。腕が痛いです。メッチャ抓られてます。ごめんなさい調子乗りました。
「……もちろん冗談だよ?」
「ふふふっ……あんまり揶揄っちゃ可哀そうよ」
「うっす」
でも思うのだが、寝てるフリしてんのが悪いと思うのです。そんなん気づけば揶揄うだろう。悪戯一択しか選択肢が見当たらん。
たとえ冗談でも許さんとばかりに、爪はどんどん喰い込んでいく。しばらく痕が付くのは確定的である。
「ほら、これサービスね」
「おお……ありがとうございます」
「仲睦まじく、ごゆっくりどうぞ〜」
カップアイスをご丁寧に二つ寄こして、颯爽と立ち去る車内販売お姉さん。
なんて気の良いお姉さんだ。とあるお嬢に性癖を歪められた自覚のあるカイトとしては、ああいった年上がとても魅力的に映ってしまうのだ。
とはいえ恋愛対象入りは、どう転んでもない。
「だってよ」
「……」
「アイス溶けるぞ」
「……なら、食べさせて」
それを行うのは吝かでもないが、如何せん体勢が悪い。せめて起き上がってくれ。
「や。」
「……」
「こ、ぃ……び……の前で、他の女の人を口説いて……」
「……あんなん日常会話だろ」
「そんな人の言うことは聞きませんっ」
駄々っ子かよ。
「駄々っ子かよ」
「もうカイトの言うことなんて知らないっ」
「……」
嫉妬してくれている。
他の何者でもない、自分が心底で本当に求めていた者が、可愛らしく焼餅を作ってくれている。その膨れっ面をつつけば、顔をよじっても嫌そうにはしない。そんなじゃれ合いを実は楽しんでいる節を感じる。
ちょっぴり怒っているのも本当なのだろう。目を極力合わせないようにしているが、けれど耐え切れなくなったように瞳がこちらを向いて、目が合えば急いで逸らして怒ってますよと膨れっ面を維持しようと頑張っている。気まぐれに髪をすけば、心地良さそうに目を細めて、すくのを辞めれば思い出したかのように膨れっ面を再び作り上げる。忙しない表情の切り替わりが、普段の大人びた雰囲気とは違い過ぎる。マックイーン達へ見せる大人然とした姿とは異なる、いたいけな仕草のギャップが破壊力。
手に届く位置に、求めていた欲の答えがある。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………カイト?」
沈黙に乗っていれば、不安げに見上げてくる瞳が、愛おしさを掻き立てる。
この感情は、今に生まれたものではない。きっと昔から、年単位で前からずっと――――
「俺が見てるのは、ただ一人だけだよ」
「……本当?」
「本当」
カイトの逡巡を丸ごとぶち壊した例の夜。
幼い頃押し掛けてきた時のように、カイトの悩みなんかを知る由もなく、悉くを無視してカイトの腕を強引に引いてくれて、カイトの作ろうとしていた隔たりも、あっという間に壊していった。距離を縮めるとか、その辺を一切合切シカトして貪られたとも言える惨状だった。ほんとに、ものすごかったいちにちなのでした。
ちょい肉食の
価値在るモノを、価値の在るままに触れても良いと、言ってくれた気がしたから。
「……まだ、罪悪感は残ってる?」
「たらふくね」
「なら、よかった」
カイトの抱く罪悪感すらも、隣で縫い留める理由に用いるこの女には本当に参った。負い目を嬉々として振り回して、逃げ場を塞いでくるならもう観念する。
懊悩丸ごと飲み込まれて仕舞えば、そんな相手の隣にいるしかないではないか。
逃げ場所すらも隣へ舞い戻るように導いたのだこの女は。
「まだ私は、カイトの特別で在れる」
「まだ、って……」
「?」
「……そんなの、要らないよ」
狂おしいほどの特別。他に成り代わる存在は、この先に現れない程に焦がれた特別。
遠くない未来、カイトは周りの優しさに溶かされて、いつの日か自分を許せる日がやってくる。確信ですらある。人間関係に恵まれたカイトは、そんな確かな未来を見据えている。
そうなれば彼女への罪悪感も、きっと消え去るのだろう。彼女へ抱く負い目は、その内に霧散していくのだろう。
でも、縫い留める楔が消えても、カイトはこの場所で、未来を生きる事を選び続ける。
それはまだ先の話。
「……」
「昔からアルダンは特別だから、だから、その」
まだカイトはカイトを許しきれない。
けど幸福になることを恐れはしない。そのために自分に何が必要なのかを、間違えることなく選び取りたい――――ここまでが建前。
「離れないでくれるなら、俺は嬉しい」
理論武装を抜きにするなら、もっと根源的な言葉を用いるべきだ。繕うことの無い、剥き出しの言葉で伝えたい。
大切なことほど、シンプルに伝えるのがきっと一番だから。
「ずっと、隣にいたい」
この場所を、何者にも譲りたくない。すぐに手が届くこの場所を、誰よりも独占していたい。
心中で渦を巻く想いは、一割でも伝わっただろうか。
「はぅ――――んんっ…………それだけ?」
「……」
「まだ、私は言ってもらってないです」
ああ――確かに最悪な告白だった。今生の別れのつもりで告げる言葉としては、最低のセレクトだった。アレをカウントするのは論外だろう。
なら改めて伝えないと。今度は未来を棄てた過去形でなく、未来を見据えた現在進行形に訂正して、きちんと真正面から――――ちょっと待った。
「いや言った。あの夜に言った。てか言わされた。ほとんど無理矢理言わされた」
「……………………カイトの意思で言ってないでしょう」
「おいてめぇ」
目を逸らすのは自覚有りと見てよろしいか。
確かに状況に流されるままではあったが、あの瞬間の一秒たりとて他者に選択を委ねてなどいない。押し退ける選択肢も多分に存在して、それでも全部を自分で選んでああなったのだ。それを気持ちを込めてないとでも宣うのかこの女は。メッチャ込めたが。むしろ情熱的過ぎて不安になるくらいには込めたが。
ジト目で見下していれば、意を決したようにアルダンは切り出した。
「〜〜っ! ……その……」
「なにさ」
「……もっと、言って欲しいって、お願いするのは、はしたない…………?」
「――」
指先はいじらしく、落ち着かない様子でカイトの腕を弄ぶ。何かと思えばそんな心配事か。程度が低くて安心した。
まさか拒むとでも思っているのだろうか。それこそ
「…………や、いいんじゃないかな。あざといけど」
「あ、あざとい……」
「けど、そんなところも可愛いし、良いと思う」
「……口説き文句はすぐに言えるのね」
それはちょっと自分でも思った。こんな言葉はサラリと出てくるのに、肝心となる決定的な一言を捻り出すのには、一生涯を尽くしても足りるか不明な程に大量の精神力を消費する。これは過言ではない。苦痛の二年間よりも疲れるんだから、確定的である。
けれど期待の色を浮かべるガラスの瞳に、応えたいのだから頑張ろう。以前も多分こんな感じだったが、今は前よりもその期待に、より高い完成度で応えたい。
ぶっちゃけるなら、言われて満足気な顔でドヤ顔をされるよりも、予想を超える打撃で羞恥に染まる表情を見たい。すごく見たい。桃色の頬で動揺する姿とかメッチャ見たい。
「可愛いくて綺麗なのは、俺の中じゃ揺らがない事実だし」
「……」
「……口うるさいけど」
「オチを付けないと気が済まないの?」
量で攻め立てる気分ではない。今の気分はクリティカッターを所望する。
「でもあれだ」
「?」
「俺、アルダンのことを、やっぱり愛してるんだ」
「? ……?」
突飛が過ぎて言語を認識できていない。何を言われたのか、本気で理解できていない顔だ。あまりに疑問が深すぎて、膝枕状態も解除されてうんうんと唸っている。羞恥であたふたとはちょっと、いやかなり違う。
ならば好都合でもある。二度続けて言うのはメンタルが保てないので、このまま流してしまおう。
「お、もうちょいで函館らしいぞ」
「ええ、そう――――!???!!!」
「忘れ物しないように気を付けろよお嬢様~」
「い、今なんと!?」
「……さあ?」
もう言わない。当分は言わない。言霊は消耗品なのだから、滅多な言葉はここぞという時に言わねばならない、なんて言い訳を胸の内で思い浮かばせながら、駄々っ子のような催促をヒラリと躱す。
実は恥ずかしいからとか、言えるわけない。
『――貴方からの傷が、いつしか私の宝物になりました』
抱き締められて、逃げ場が無くて、その残骸でもある崩れた耳と不自然に短い尻尾を撫でながらそう言った。ゴミみたいなそれらを、本当に宝物を扱うように、撫ぜられる感覚と同時にその言葉が魂魄へと沁み込んでいくのを感じていた。
『私への負い目があるのなら、その負い目は、どうか私に使わせてくださいな』
その言にどこまでも救われた。
『私に罰して欲しいのなら、私を愛して離さないで。それが私からの――――』
「――――話にならない」
だってそんなのは、これっぽっちも罰になるものか。褒美と何がどう違う。ずっと奥底で留め続けていた欲求と相違ない。需要と供給が合致し過ぎている。
「……どうかしたの?」
「いやさ」
「?」
「愛おしいなって」
今度は疑問すらも挟ませる余地なく、肩を強く引き寄せる。その熱をより間近で、肌の奥で感じ取れるよう少し過剰なくらい、強く胸に抱き留める。
今日一日で相当に示した。多分だが、今後はちょっと控える。だって恥ずかしいし。
言の葉を紡ぐのは、想いを込める程に大変なことなのだ。
「――です」
「――――私も――」
停車駅まであともう少し。十分も必要としないくらいで、降車する予定だ。
カイトが幼い頃に二、三年間と短い期間だけ住まいとしていた実家へ戻る予定で、母親は先んじて向かっている。長らく使われていなかった我が実家は、掃除のし甲斐があると踏んでいる。家帰りの理由は半分がそれ。もう半分は『とあるお嬢様を連れて実家に向かっている』、この文字列で察することが出来ると思われる。母親は急がなくても良いと言っていたが、カイト自身がそうはいかないと、なるべく早く向かいたがっていた。
でもちょっと、遅れるかもしれません。
離し難い温もりを抱き締めていれば、時間なんて概念は忘却の彼方への旅路に向かう。
案の定、降車予定の駅からは遠ざかり、気が付けば夕方に実家へ到着する始末。観光の時間も取っていたつもりが、丸々潰れてしまったのはアルダンのせいだと主張したい。時間も忘れさせるほど愛おしい彼女に責があると叫びたい。
ついでにアイスが溶け切っていたのは、きっと暖房の効きすぎだったのだ。だって今は二月ですごく寒い。他に熱源となるものなんか、他に考えられるだろうか?
学生編終結
エアプ故にキャラ崩壊凄まじいけど、書きたいもの書けたし大の満足
皆さん、お目汚しすまんかったの。
バカ:友達と話してたり姉に凸られたりしてたら喰らわれた。デザート。被食者。とりあえず老人への敬意が消えた。手を繋ぐだけでも割と(数時間単位)満足しちゃう。
アルダン:他の女子と仲良さそうなのを見てブ千切れたから喰らった。捕食者。精神肉体共に満腹。大大大満足。手を繋ぐとかだけじゃ生温いから、それ以上を貪欲に求めてきて欲しい(願望)。
ベルちゃん:焦りとか通り越して掛かりに掛かって暴走。覚醒はしない。風呂場ではナニも無かったよ。ホントだよ。
マックイーン:ビンタ食らわした。泣きついて鼻水でグチャグチャになりながら往復ビンタした。バカに9999999のダメージ! 罪悪感でバカの心は死んだ!! 虎視眈々と狙え。
オカン:実家へ到着する時間が絶妙に遅かったことから、色々と邪推する。でも何も無かったことにガッカリする。実家でも隙あらば六時間くらい席を外そうとする。
後方腕組み厄介当主:走者としても優秀だし、そうでなくても大歓迎だしで、一番の勝者かもしれぬ。バカからの遠慮が消えたことも嬉しい老い先だった。
後方腕組み厄介使用人共:ニヤつきすぎて口角が天空を突き抜けた。顔の筋肉を攣る者続出。主治医が大活躍していた。
スペチャン:た だ の 被 害 者
バッドエンドIFいるかいらんか
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いらん
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いる