噂が一度広まり始めれば、それは雷の如く伝播する。此処がほぼ女子校であるのならそれはより速く伝わる。出所はノチヨかそのクラスメイトか。教室前であんな悶着起こせば、興味を惹かれて覗く輩だって出てくる。
ただでさえ外部の存在が珍しいこの場所で、子供で男でウマなんて、格好の噂材料である。
そんな材料は、とある悪魔を呼び出すには最適かもしれない。
「この辺で小さな男の子を見かけませんでしたか?」
「い、いえ、知らないです」
『カタカタカタカタ!』
背後で高速に振動する物体を隠して、スペは詰まりながらもそう答える。彼女だって驚愕の中にいるだろうに、それでも挙動に不信感を出さず、そう答えられたのはファインプレーだ。
「本当でしょうか。カイ……その子がこちら側へ逃……走ってきたのは確認できたので、誰も見ていないなんて、そうそう無いことだと思うのですが」
「えっ、それは、その、」
『ガタガタガタガタッッ!!』
局所的な地震発生。場所はカイトの真下から、真上に向かって。メンタリティが引き起こす、クライシスな大災害である。
「それに、あの子の気配がこの教室からする気が……」
――――ヒェッ!?
「……そう言えば、小さな影があちらへ走っ」
「ご協力感謝いたします――――!」
言い切る前に、透き通った足音が離れていく。そんなに飛ばして身体は大丈夫なのか。ここはターフじゃないからゴールもないんですよ。しかしそのまま見当違いを追い続けてくれると助かる。
教室ドア付近でアルダンを食い止めてくれたグラスが、見事な機転を利かせてくれた。マジのナイスプレイ。
スペやグラスだけでなく、こんな小さくとも一瞬で誰なのかを判別して、尚且つ匿ってくれるクラスメイトには頭が上がらない。今度みんなにチョコでも奢ろう。チロルなやつとかオススメ。
「もう大丈夫です。後ろ姿も見えなくなりました」
「あり、あああ、りが、が、、りがとう、ぐらす」
「……やっぱりカイトくん、だよね?」
「あい。えいゔぃ、ひっ、かいと、です」
「まずは落ち着きなさいな。ほら、これも飲んで」
「さんきゅー、きんぐ」
舌足らずが空回るカイトの背を、落ち着かせるように撫ぜるキング。息を整えさせようと未開封のペットボトルを、わざわざ開けて差し出してくれる。キングの優しさに涙が出そう。もう半分泣いてる領域かも分からん。
結局あの後はたづなさんを探すどころではなく、頼れる者も見つからない。むしろとある悪魔を呼び起こしかけて、戦況は悪化の一途を辿っていた。
そんな状況の中で、この教室へ滑り込めたのは本当に僥倖であった。味方が多いと不安が紛れるって話、マジだったらしい。
「それで……カイトはどうして、そんなんになっちゃったの?」
スカイの問いかけには単純明快な答えが用意できている。
「おれはりかしつで、せんぱいにべんきょうをおそわってた。これでさっするのはかんたんだろ」
「一服盛られたんデスね」
理解力高し。それくらいの信用の持ち主だったとは、カイトはそんな先輩が誇らしくもなんともない。
「くっそう……まじめなかおしてべんきょうおしえてくれるなんて、なんかおかしいとおもってたんだ」
「あー、それは逆に怪しいね」
「でもほら、おうえんしてくれてるのならうれしかったからさ……うれしかったんだけどなぁ…………っ!!」
深いクソデカ溜息。
相変わらず舌足らずであれど、こうして喋れるくらいには回復したらしい。
「…………」
「なに、ぐらす」
「……ああ、いえ……本当に、小さなカイトくんなんだなって」
「ちいさくなってもなかみはかわらんぞ……とはいえ、ぜんぜんうまのからだじゃなくなってるけどな」
「と言うと?」
「たぶん、おなじにくたいねんれいのにんげんよりも、ちからがよわくなってる」
「…………へぇ」
だからこそ、此処へ滑り込めたのは千載一遇だったのだ。鬼ごっこをまともに続ければ、確実にお嬢の手に捕まる。そんな最中でこのクラスが目に入ったのは、まさしく福音と認識しても相違無し。だったのだが。
「え……なに?」
「……じゃあ今のカイトくんは、何をされても抵抗出来ない……そういう事ですね」
「……………………ふむん?」
危ないと捉えることのできる発言を受け取って、こっちはどうすりゃいいのか。なんだ、笑えばいいのなら愛想百パーセントをくれてやろうか。その確認にはどんな意図が込められているのか、カイトの脳細胞ではちょっと分かんない。
群青の瞳がギラリギラリと光量を増してきたのは、ボクの気のせいでしょーか。
「すぺ〜? ちょっといいか〜?」
「へ? …………いいけど」
何か、嫌な予感がしてきた。味方陣営かと思いきや、獅子身中の虫と言うか、虫どころか怪物が居たかもしれない的な。
念のために、スペへと耳打ちをしておく。
「と、ところで! カイトはどのくらいそのままなの?」
「しらん。あのせんぱいのことだし、きょうくらいはこのままかもな」
「……ならば……好機は、今だけ………………この瞬間こそ」
「ケ? ぐ、グラス?」
「おいえる、そいつなんかおかしいぞ」
おっと悪寒が。それもさっきまで肌を刺していた、恐ろしげな気配が再度肌を刺してくる。キングも同様に嫌な予感を感じていたようだが、その話題変更は薪を追加しただけでした。やってくれたな一流さんよ。
逃げよう。走ってもらおう。一刻も早く、ここに居てはならないと警鐘が鳴っているのだ。久方ぶりな本能による警告が、ここ一時間足らずでひっきりなしとは、今日はもしや厄日かざっけんな。
「…………」
「あら? どうして離れるのですか?」
「い、いや……なんかいまのぐらすこわいし」
「本人に言うのは明け透けすぎじゃん」
「いやだって、こわいし……」
スカイの言ももっともだが、どうせ思惑なんぞ数秒後に知れる。隠したところで二択の結果は変わらない。捕まるか、逃げ切るかだ。なお、捕まった際の未来は不明瞭でござる。やっぱり世界とは一寸先が闇なのであった。
「……!? はあぁーっ!? なんだありゃー!!!??」
「コテコテのやつだね〜」
にじり寄ってくるグラスを尻目に、驚愕を一面に出して、窓の外を指さした。
呆れたような視線がスカイのみならずキングからも刺さるが、とんと気にせず表情は固定する。
舐めてもらっては困る。この手の手法には、説得力が必要不可欠であり、それに相応しい人材をカイトは知っているのだから。
すなわち、破天荒かつ非常識的行動をとっても違和感の無い――――キミらに決めた!
「ごるしがまーべらすくうかんで、くじらをのりこなしている〜〜!!??」
「ハアッ!?」
無論ながら、そんなふざけた景色は何処にもない。どうすれば地上にクジラなんている。ただ
まず真っ先に、ちょろくて常識枠なキングが釣れて、それに釣られてスカイとエルも釣られた。そうすればクラス中が釣れて、後は同調圧力の作動を待てば、意志の強いグラスも目論見通りに一本釣りである。
スタートダッシュはこちらが先取した。後は逃げるだけだ。
「すぺ!!」
「はいっ!」
手筈通りの計画通り。小さな身体を俵に持ち上げて、日本総大将たる実力を遺憾なく発揮させた。持ち上げやすく軽い五体なのが、皮肉にも機能している。
今もなお研鑽を続けるその足に鈍りはなく、教室からの遁走を見事に実現させた。あっという間に遠のいた教室から、遅れた栗毛が飛び出す姿を確認して――――肝が冷えました。
いつぞやのレースのような、神仏羅刹すら斬り殺しかねない血気を群青の中心に目撃した。
「待ちなさいスペちゃん――――!」
「すぺぇーー! にげてぇーー!!」
「ごめんグラスちゃんッッッ!!」
彼我の距離は縮まらず、しかし引き離すこともない。一定の距離を保ったまま、膠着した鬼ごっこは始まった。
「何故逃げるのですか!?」
「おまえがこわいからだよ!!」
「何もしません……多分」
「きこえてんぞおいこら!!」
呆気に取られるギャラリーを素通りして、迫真の追従は続く。
しかしながら、こんな追いかけっこは長く続かないだろう。グラスとスペの実力は肉薄しているが故に、カイトというお荷物を抱えれば、不利なのはどちらかすぐに分かる。
「ごめんねグラスちゃん! でも今のグラスちゃんは何するか分かんないからー!!」
「分からせるだけですから! ちょっとだけ!!」
「なんだよわからせるって!」
「ちょっとだけですから! ちょっとだけ押し倒して組み敷くだけですから!!」
「いみわかんないこっわ!?」
目的不明瞭な拘束を望んでいる。理由が謎であるほど恐怖は増すと、グラスは知らないらしい。
徐々にスペの速度は落ちてきて、差が縮まりつつある。このままでは不死鳥だか怪物だかに捕まって、無惨に食い散らかされてしまうのかもしれない。そんな恐怖を煽り尽くす未来に対抗するべく、引き離そうと必死なスペの心意気にはいたく感動した。友達思いな友を持って、カイトは涙が止まりません。
しかし無情な現実は、すぐそこまで迫りつつある。
「このままじゃっ!!」
「カイトくんを抱える限り、私は引き離せませんよ!!」
「いや、これでいい」
伸ばされる細い手が、もう少しでカイトまで届く距離にある。
そんな脅威を目の前にしても笑える余裕が生まれたのは、目的の場所へたどり着いたからこそ。
「ないすだすぺ。このえりあにこれたのなら、それがなによりもさいこうだったんだ」
言っている意味がわからないスペは、諦めてしまったのかと嘆いた。
勝ちを確信したグラスは、凶悪な笑みを深めてその手を伸ばした。
そしてカイトは、叫んだ。
「あーるだーん!! くりーくさーん!!」
曰く、毒を以て毒を制する。曰く、バケモンにはバケモンをぶつけんだよ。
怪物にぶつけるなら、悪魔なんてうってつけだろう。
――――通称、でちゅねの悪魔。ガラガラにおしゃぶりと哺乳瓶をを掲げて、同学年の芦毛を追いかける噂もたまさか耳にする。そんな走る西○屋とは彼女のことだ。
そしてここは、その同級生たるアルダンの教室近くであり、悪魔の召喚儀式を行うのに、これ以上適した場所は無いだろう。
そこに追加してのアルダンだ。敵を増やすなど何事かと人は言うだろうが、敵の敵は味方であり、やはり敵にもなり得るのだ。
「たぁーすけ――」
「――カイトの声――――!」
「誰か私を呼――――ッッッ!!??」
「――わぁーい、こんなにはやくふえたー」
「ふ、増えたぁ!?」
戸惑うスペに、構わず走って欲しいと命ずる。
呼び込んだのは失敗か? 否。敵を集めれば、厭が応にも引き起こされるのは、場の固まる膠着状態。
待っていたのはこの瞬間である。
「あばよおさんかたー!!」
「カイっ――――グラスワンダー、さん」
「……邪魔立てしますか、メジロアルダン先輩」
「あれが噂になっていた、カイトくんの姿……」
利害が一致すれば、勢力統合の危機が生まれる。そんなことは千も承知しているが、話が纏まるまでの猶予が稼げれば良い。
後は身を隠して、身体が元に戻るまでじっと耐久戦である。
「この後はどうするの!?」
「おとなにたよろう! たづなさんかとれーなー!!」
「そうだね……! ここってスズカさんの教室近いよ!?」
「なかまがふえるぞ! やったねすぺちゃん!!」
「なんかそれ嫌だからやめて!?」
この後にたづなさんが今日は非番だと知って、愕然とするまであと十分。
「たすけてくれすずかせんぱい!!」
「……? 貴方は……先輩って、私のこと?」
「話は後です! 今はとにかく逃げましょう!!」
「え? スペちゃん? え? え??」
戸惑いながらも、サイレンススズカ加入である。
そんなこんなで心強い仲間の加わった、キッズボディなエイヴィヒカイト。
しかしアルダンとグラスを躱したところで、根本解決には至っていない。
そして襲い掛かる刺客も、彼女らだけではない。
メジロはまだまだいるのだ。
「あら〜、これはこれはスズカさま。ごきげんよう〜」
ズブくてほんわか! メジロブライト参戦ッ!
「あ、ブライト……ごめんなさい、今は……何故か急いでいて……」
「ええ、存じております。ですから小さなカイトくんは、わたくしが保護いたしますね〜」
「もうばれてる!?」
ほんわりと立ち塞がるブライト。背を向けるのは容易い選択でない。前門には天敵たるぽわ嬢に、後門には謎の本能スピードマックスで、熱く体を滾らせるケモノ達。
難易度は明らかに前方の方が楽である。強行突破を執行するのだ。
どう越えようか悩んでいれば、そんな苦悩を踏み抜く勢いで、何一つ示し合わせることもなくスペが走り出した。
カイトの身柄をスズカの背中に載せて。
「スズカさん! ここは私がっ!! スズカさんはカイトくんを安全な場所にッッ!!」
自らの体を用いて、ブライトを優しく羽交い締めにするスペ。関節が決まらないようにして、痛まないようにしているのは、彼女の性格が出ていますね。表現力十点。
「スペちゃん!?」
「すぺっ! ……っ!! いきましょうせんぱい!!」
「え!? えぇ!!??」
よし良いぞ。完全にこちらのペースに乗せた。
後はそれっぽいことを言い尽くして、丸め込むのだけな簡単な作業です。
「このままじゃこうかくりつでべるちゃんもきます! そうなれば、すぺのかくごがみずのあわにッッッ!!」
「ウソでしょ……?」
「さあ! あのけついにこたえましょうすずかさん!!」
「! 良く分からないけど分かったわ!」
ちょっろ。やっぱり先頭民族なだけあって、賢さが足りていないかも知れませんね。そんなところもキュートですよ多分。
「早くッ! 二人とも!! ……ブライトさん力強っ!?」
「懐かしい姿ですわね〜。一緒にお茶でもどうかしら〜」
「ほんとおまえらいちぞくっておちゃすきだよね!!」
「言ってないで早く! ブライトさん本当にっ、えっ、本当に力強い!!??」
ズルズルと、上履きの跡が作られたような。なんだか廊下が、足跡で焦げができているような。あの力強さが恐ろしさを掻き立てる。あのぽわっとしたお嬢様は、いつの間にぱわっとしたお嬢様にクラスチェンジしたのだ。あの執念は、絶対にお茶会程度では済ませてくれない。
完全には止めきれていないこの拮抗が、ブライトの勝利に偏るのも時間の問題だろう。
さあ、走り出せサイレンススズカ。貴女の瞬足、今使わずしていつ使う。
「レースで使いたいのだけど……」
「こまけーこたぁーいいんです!!」
さようならスペ。
一時間後、チームスピカの部室でまた会おう!
「やってくると思っていましたわ」
まずは部室へ行こうと話は決まり、赴いた二人の前には、現在カイトの警戒すべきかもしれないランキング、上位に位置するお嬢様が仁王立ちしていた。
すぐにでも逃げ出そうとする二人だったが、カイトの勘が待ったを掛ける。
何だろうか、言葉にするのは難しいが、危ない感じがしない。
具体的には、アルダンやグラスに感じていた、心胆寒からしめる気配が全くない。安心安全かつ、健全な気配しかしない。逆に言えばあの二人は健全でなかったのかと聞かれれば、とにかく身の危険感に溢れていたとだけ。
「お兄様を待っていましたの」
「まってたって、なんでまた……?」
「お兄様の状態を聞いてから、おそらくはたづなさんを真っ先に頼ると思いました。ですがたづなさんは……」
「ああ、やすみなんだってな」
「それは知れば次は大人であるトレーナーを頼ると思いましたので、落ち合うのだとすれば部室が一番可能性があるかと」
「おおう、まんまそのとおりだったよ」
「すごいわマックイーン」
無茶苦茶に理性的な理由に思えるのは、剥き出しにされた本能から追いかけられていたからだろうか。もしかすればトラウマになっている可能性も否めない。背丈の低い世界から見る彼女らには、それだけの恐怖を感じまくっていた。メンタルまで逆行しないでくれて本当に良かった。
「それにしても……本当に、お兄様なのですね……」
「きおくとちょいちがったり……するか」
マックイーンの視線は、帽子で隠された頭部へ向かって、ちょびっとの悲痛を受け止める。
そこにはちょうど今くらいの背丈で出来上がった、ギザ耳が存在している。それを見ている瞳に詰まった感情は、カイトが一方的に判じてよい重たさでは無い。けれど帽子越しの傷を見て、彼女はいったい何を思い出しているのか、それが分からないほどの鈍感には、もう戻れない。
向き合ってくれるなら、それに向き合うって決めたから。
「……いいえ、何も違いません。貴方は私のお兄様です」
「つらいならせき、はずそうか?」
「そんなことっ、言わないでください……」
「うん、ごめんねまっくいーん」
「……えっと」
良くない雰囲気に当てられて、気不味そうに様子を伺うスズカ。身内のいざござが目の前で繰り広げられるほど、居心地の悪い空間はあまり無い。早急に和ませないと、いたたまれなさが限界突破しかねない。
この場合の相場は決まっている。落ち込んだ妹は、慰めるが吉。昔もそうだが、よりの戻った今でもこの手は有用なのだ。
なのだがいかんせん今の背丈ではどうにも。
「んっ、しょ……」
「? ……お兄様?」
「だめだなこりゃ」
精一杯背伸びをしても届かず、トライの結果は小さく飛び跳ねるだけに終わる。
「ふむ、はやくもどらないとな」
でないと妹一人でさえ慰められない。
「お兄様……」
「ごめんなー、いまのにいちゃんじゃ、ちょびっととどかなくてさー」
「いえ、それはいいのですが、今のお兄様……」
ちょっとみっともなかっただろうか。情けない姿を晒してしまったようで、申し訳なく思う。
「だめだめおにいちゃんだよな」
「いえ、そうじゃなくて……その、……頭を撫でてくれようとして、なのに全然届いていないそのお姿…………」
「ぜんぶいうなよ」
わざわざ全部口にしなきゃ気が済まないほどに滑稽だったでしょうか。そんなこと思われてたら、お兄ちゃん悲しすぎて死んじゃうぞ。いいのか。泣くぞ。わんわん泣いちゃうぞ。
「お兄様、もう一度お願いしてもよろしいでしょうか」
「……いいけど……」
椅子に登って頭に手を伸ばそうとすれば、待ったを掛けられる。
「カイトくん、多分そうじゃないわ」
「? こうしないととどかないでしょ」
「いえ、その……そのまま、届かないままで、もう一度お願いしたいのです」
届かなきゃ頭は撫でられないのだが、もしかしたらカイトの腕は伸びるとか勘違いしている可能性。もしそうなら、普段は聡明ぶっているマックイーンだが、名実ともに頭スイーツなのだと公言するようなものだが。
「なにいってんだおまえ……まあ、やるけど」
「…………」
「こっちみすぎだよすずかせんぱい」
大方『結局やるんだ……カイトくんってマックイーンにダダ甘よね』とでも思っているのだろうが「ウソでしょ……どうして分かったの……?」……ともかく、スズカにも妹ができれば分かる。血縁とか関係無しに、妹とは存在するだけで可愛いのである。
何にしたって妹のおねだりだ、ご所望でしたらそらやりますよ。
「よっと……うむ、やっぱりとどかないね」
「……も、もっと必死な表情で、お願いします」
「…………よっ! ほっ! むむんっ! うりゃっ!」
「はわわわわわっ……!」
結果は変わらず、飛び跳ねるだけに終わる。この動作の中に、一体全体何を望んでいたのか。スズカはウンウン頷いてるが、もしやマックイーンの心情を理解してらっしゃるのかしら。
マックイーンの背丈の半分より少し小さいカイトが背伸びをするたびに、マックイーンの口元はアワアワしだす。し過ぎてもはや震えている。寒いなら暖房付けようか。
「……まっくいーん?」
「か」
「か?」
「…………かわいい」
「……あん?」
「可愛いが過ぎますわー!?」
「ふぎゅっ!?」
感極まって、不意打ちの抱擁に捕縛される。
中々どうして、どうでもよいことで心配させてくれる。気だって抜けるし、怒る気も失せる。抜け出す気は、嬉しそうな顔を見ればこれまた失せる。
「お兄様ッ! 何でこんなにも愛らしくなってしまいましたの!?」
「しるか。もんくはやべーほうのあぐねすにいっとけ」
「それどっちのアグネス……?」
「口が少しばかり悪いのはいつもと変わりませんが、それがより一層愛らしくて……っ!!」
側から見れば、口の悪いショタって感じか。なるほど分からん。
しかしどうやら、マックイーンはカイトをされるがままにするのがお望みなようだ。それで機嫌が良くなるのなら、むしろ望んでそうなるまである。
今日一日は、マックイーンの人形になろう。安全だし。
「……カイトくん、いいの?」
「はぁ〜っ! まさかお兄様を両腕で包み込むことができるなんてっ!!」
「うんにゃ。あいつらとはちがってよこしまないしをかんじないし、べつにいいかなって」
「それもあの頃のお兄様を! 成長した私が!」
「確かに……確かに?」
もみくちゃにされているが、カイトに備わっている警笛は一向に鳴らない。ならそういうことだ。そもマックイーンが危ないなど、そんな事態になれば世界は終わったも同然だ。こんな頭スイーツ畑が、権謀張り巡らす粘着質な手を使えるのなら、それはもう相当な擬態力である。そんな相手なら、もう大人しく負けを認めて軍門にだって降るのだ。
ひとまずチームスピカの面々が集まるまで、マックイーンはカイトを好きにしたのだった。
「なるほどだから膝の上に……」
納得した表情で、合流したテイオーがそう言った。
パイプ椅子に座るマックイーン。その上からちょこんと座る、ダボダボファッションな黒髪ショタ。
「あい。きょうのおれは、まっくいーんのてでぃーべあーとなっておりまぶっ」
「きゃー! なんですの今の声っ!? そんな声を出されては、私困りますわお兄様!!」
「……結構重症に見えるけど、ソレって本当にマックイーン?」
「わるい、じしんなくなってきた」
言い切る前に抱きすくめられる。腕が顔に当たって、出かけた言葉が詰まる。しかし気にすることなく、マックイーンの力はより一層強まるのだ。それでいて苦痛は感じない程度なのは、優しさが感じられる。抜け出す意思を見せれば、すぐさま解放される程度の力。
無抵抗でいるのはそれが理由。
ただしグイグイと押しつけられる胸元には、あまり言及しないでおこう。それでも敢えて言うのならば、本格期がこのまま終わったら絶望的だよね、とか。口には出さないが。
「んで、これからどうしよう」
「考えてなかったの?」
「そんな暇無かったんですよぅ…………」
「スペちゃん……一体なにが……?」
悲哀を漂わせて、ついでに紅茶の香りも漂わせるスペの背中。多分、ぽわぽわお茶会ワールドに取り込まれたのだろうが、髪はボサボサで、尻尾も心無しが萎びている。お茶会程度で一体何をどうしたら、そんなにも悲壮な雰囲気を出せるのだろう。聞きたくもあるが、屈指の功労者に鞭打つような真似はしない。……ごめん、やっぱ聞きたい。
そんな思考はともかく、議題はタキオンの行方とこの身体の解消だ。
「ほら、じゃんじゃんいけんだしぇにょっ!?」
「ああん! リーダーシップを振る舞おうとする姿! 可愛いが過剰ですわ〜!!」
「……時間が経てば元に戻るんじゃ無いの?」
そもそもの話、その可能性は大いにある。血が通っているかは不明でもしかしたら緑色かもしれないが、感情に酷似したそれっぽい電気信号は持ち合わせているサイコ女郎だ。一生このままにするなんて考えられないし、日常に支障を差し込ませるような期間このままは、それはそれでありえない。
短時間で解けると考えるのは、至極妥当である。優等生なスカーレットらしい意見だ。だが。
「いちにちならいいさ……でもな、これがいっしゅうかんなんてかかるなら…………」
「あ、アレが一週間……なんて恐ろしい……!」
『ガタガタガタガタガタガタガタガタッッッッ!!!!』
頭を抱えるのはスペとカイトだけ。この二人以外、あの惨劇惨状を目の当たりにしていないから、そんな悠長を言ってられるのだ。
「わかりやすくいえば、まっくいーんのこれがいっしゅうかんだぞ」
「そのジト目可愛すぎて可愛いすぎですわ!?」
「あー……確かに大変っすね」
「こんなあつかいは、さすがにいちにちふつかでかんべんねがいたい」
「え〜……私は、ずっとこのままでも構いませんが?」
無視だ無視。
「いちびょう……いや、いちみくろんでもすみやかな、しょたけいたいかいじょをねがう」
「……カフェ先輩には?」
「れんらくがつかん。たきおんのやろーに、せんてをうたれたとおもってる」
敬称なんてやめだ。敬う必要性は、此度の件で霧散した。
カフェに連絡が付かないのは、二重の意味で痛い。タキオンの首根っこを捕まえられる数少ない人物でもあるのもさることながら、お友だちの存在が大きい。カレ? はたまたカノジョであれば、補足も容易いというのに。
その手が塞がっていたのは、塞がれていたと予想する。
「…………あ、いかん、いらついてきた」
「先輩落ち着いて。イライラしてたら、良い案も浮かばないわよ」
「てかその身体でキレても可愛いだけだよな」
「……………………」
本当にゴルシは一言付け加えるのが上手だ。
こちとら試験まで時間が無い身で、こうしている今だって机に向かいたい時期なのだ。それを阻むが如く、あのマッド。今頃高笑いしてる。絶対してる。
「もー、お兄様っ? 膨れたらメッ、ですわよ?」
人差し指で、ひくついた頬を軽く突いてくるマックイーン。
おかしい。子供なのはボディだけで、メンタリティは元のままだと教えたハズなのだが。なんかマックイーンの中で、カイトの年齢がどんどん下がっている気がする。
「……これをみても、おなじことがいえるか?」
「うん、ごめん、アタシが悪かった」
「…………いと……」
グラスワンダーさんに、クリークさんに、色んな人たちに狙われている。それも邪な意思を持って、彼を毒牙に掛けんとしている。
それは良くない。一生分傷付いたカイトは守られるべきで、そして守るのは私なのだ。
「守って、あげないと…………」
この役割は誰にも譲れない。
譲らない。譲りたくは、無かったのに。
またしてもスペシャルウィークさんだ。
私の目の前で、カイトを抱えて走り出す姿を見てしまった。しかもカイトは、心の底からそれを許して身を預け切っていた。
ずるい。それは私がしたかったことなのに。
ずるい。その信頼は私だけのものだったのに。
十年以上に渡って構築した関係性を、いとも容易く一年半やそこらで作り出した彼女だ。今は互いにそういった関係性ではないようだが、それも時間の問題と見ている。男女に、純粋な友人関係なんて生まれない。
「私達の家で……」
だから取り戻すのだ。泥棒ポニーから、私のカイトを。
この手で抱き締めるのは、私の特権だったハズなのに。それを許せるのは、叔母様くらいなものなのに。私達の関係に入り込んできて、カイトの心を占めるスペシャルウィークさん。
ああ、なんて羨ましくて妬ましい。
「ずっと、守ってあげないと」
だから取り戻すのだ。
閉じ込めるなんて序の口。もっと縛り付けて、私と繋いで、肌身離れないように、ずっと一緒にいたい。
それくらいは許されると思うのだ。だってカイトは、私の心に傷を残したから。
一生治らない傷。ジクジクと痛んで、心地良い温もりをくれる傷。カイトから貰った、他の誰にも無い唯一無二。私だけが貰った、私だけの宝物。
その傷の責任は、一生を使って取って貰わなければ、私はどうにかなってしまう。
「……ずっと、ずっと」
そうなる前に、互いを繋ぎ止めるのだ。
湿り気をうまく出せているだろうか
深い意味は無いけれど
-
お祭りお助け黒色娘が善哉善哉
-
ジンクス絶破ウーマン良き良き