「まずは朝七時に起床、その後にアルダンと朝食を済ませ、少し早めに自宅を出る。……そうだな、十時半にはジュエリーショップに着くように調節しよう。その間に他二人と連絡を取りつつ、公園なんかで時間を潰すのもアリだ」
「……流石に早すぎるのではないか?」
「チッチッチッ、甘いな会長。アルダンは一緒にいる時間に比例して満足メーターが溜まっていく。早い段階からデートの雰囲気を形作っていればその後の処理の難易度がグッと下がる! 午後には他の女の子へ咄嗟に切り替えることも可能なんだ!!」
「コイツ相当なクズだぞ」
ええいうるさい思っクソスケバンみたいな出立ちをしといて、今更常識的な意見を出すない。自分で言ってて嫌悪が込み上げてくるからむしろ慰めてくれ。正直良心が呵責で蝕まれて吐きそう。本当になんでこんなことに今からでも遅くはない中止にしようよ、ねぇってば。
「そして午前十時半、ショップの開店と同時に買い物をし、十一時にはアルダンの行きたがっていた店へと向かう!」
「……いいのか? 昼が近いなら、他の者との合流も近いんじゃ……」
「ええそうです。ですから俺は、その店でベルちゃんとも待ち合わせていることでしょうよ……!」
必ずそうなる。俺の予測は既に予言だ。
その言葉に、一斉にどよめく生徒会室に集まった面々。どうでもいいけど、こんな会議に付き合ってくれる生徒会って暇なのかしら。こちらとしては助かる限りだが。
「バカだ」
「その判断には早いですよ。なんせこの店は……全席個室だ。しかも予約しておけば、席自体の位置も離すことができる! そしてこの店に、俺の同期連中も呼び込んでしまう!!」
「なん、だと……?」
「するとどうなってしまうのか……。そうですお察しの通り、俺はこの店で、合計三グループと同時に昼食をカッ食らおうって腹です!!」
覚悟が道を切り開くのなら、この決意こそが黄金の証ッ。
さっきのどよめきが嘘のように、より激しく動揺を隠さない生徒会。
「可能なのかっ? いや不可能だっ! 貴様命が惜しくないのかっ?!」
「ああ、私も無茶と断ずる他ない……」
「いやアホだったか」
「無茶でもやるんです! ……でなきゃ――――オワル」
ブルーな雰囲気のままにメガネクイッをすれば、キラリと反射する光が会長の瞳へモロに当たる。ごめんなさいわざとじゃないんです。なので本題に戻りますね。
「そうして午後十二半に店を出る」
「そこが問題だ。同時に出る訳にも行かない。もうそこで詰みだぞ」
「ええ、ですから……若干の時間をずらします」
ホワイトボードに事細かな詳細を書き込んでいく。
「まずはアルダンだ。兎にも角にもアルダンだ。コイツに露見したらマジで、もう本当に……ヤバい。なのでアルダンを連れて、目の前の映画館へ連れ込みます」
「連れ込む……」
「はいそこ茶々入れないでくださいね。……そして十二時半からはおあつらえ向きに、恋愛モノの映画がやっている。ここまで言えばやりたい事は伝わったかと思いますが」
「映画で時間を稼ぎ、その間に抜け出して……そういうことだろう」
「ええ、そうです。アルダンとの買い物なんて、ぶっちゃけいつでもできる。教会に行きたいとか言ってましたが、それはそれで夜にでも行けばいい。てか夜行った方がロマンチックで面白そうだし、その方がもっと喜んでくれそうだし」
「さりげなく惚気られた……?」
ここでミソなのは、アルダンは映画好きだ。それも表面上の分かりやすい部分だけで満足せず、監督や音響なんかにも目を向ける、いわゆるガチ勢。
そんな彼女へ叩きつけるのは、映画館という名の意識の監獄。
「時間も使えて楽しくもなる。そして俺は、終わる頃合いを見計らい戻って、また映画を見させてを繰り返せば、穏便にアルダンの幸せは守られるッッ!!」
「……それで?」
「そうして再び注目していただきたいのは、映画館へ突っ込むにはそれほどの時間を要さないことと、そしてこの映画館は、デパート内に存在しているという事実をッッ」
前売り券という便利で極まりない機能で、おそらくは着席までさほど掛からない。そうしてベルちゃん達の元へ戻ったところで、掛かって十五分だ。これなら急な電話とかトイレだとか、そんな適当な理由を付けて戻ってこれる。
「十二時四十五分! ベルちゃんを連れてデパートへと赴く!!」
「……っ!? 待て、ドーベルには行きたい店があったのではないのか?!」
「それがどうにも、アルダンの行きたい店と被ってたようです俺にとっては実に行幸ッッ!!」
「…………あっ(察し」
聞けばその店に行ければ後は任せるとのこと。その言にしっかりと甘えて、ベルちゃんも映画館へとぶち込むのだ!
「メジロドーベルは映画好きなのか?」
「知らんです。でも映画行ったって話は聞いたことあるし、それに映画嫌いって人あんまりいないでしょ?」
「……そうか」
「いや心配するのも分かりますがそこは大丈夫。ですが、流石にベルちゃんを映画漬けにはできないでしょう……。おそらくは途中で耐えきれなくなるから……使えて上映二回分……だが、しかし! まるで全然! 時間を使わせるには充分なんだよねぇ?!」
「…………そうか」
おい引くな。ドン引きやめてボクらの生徒会長。
「そうして着席させれば、アルダンの様子を見に行ってから、すかさずグラス達の元へ走ります!! その頃には大体十三時になっていることでしょう!!」
「なあ、これって机上の……」
「絵に描いた餅とも……言ってやるな、これでも捻り出した結果なのだろう」
一番御し易いのが同期連中だ。なんせデートとかではない。二人きりだからとか、そんな気を使う必要性がまったくもってどこにも存在しない。だってグループで遊んでいる訳だから、そんなキャッキャウフフとするわけなかろう。ある意味で、安心安全の憩いタイムとなる事が予測される。俺の予測は予言だからもはや未来の確定事項と申しても過言じゃない。
まさかとは思うが、他のメンツが居なくなって誰かしらと実質デートなんかになっちまえば、この計画の全部が終わる。しかしそんな可能性はあり得ないので、考えないこととする。ハッハッハッ、まっさかね。
「こいつらは同じ建物内にあるアミューズメントに放り込みます! ボウリングやらダーツやらをさせといて、飲み食い無制限の金も俺が全部持てば文句も出ないでしょうし、一番時間を潰せます! なんならアルダンとかに見つかっても最悪口裏合わせてくれると思うので、マジでコイツらが一番イージーなんですね!!?」
「そもそも、貴様の同期はその日でないといけないのか」
「なーんかそこら辺よく分からんくて、グラスに後日にしようって言ったら……その……何故か、泣かれかけて……」
――そう、ですか……ぅっ……わかり、ました……っ、。
――は????? ……いやいや冗談じゃぁないか! うるせぇ行こう遊び行こっ!!
――――……フフ
「……なるほど」
「……ええ、きっとそう言う事でしょう」
「なんででしょう……いやマジでなんでだ??」
「呆れて物も言えん……クズめ」
言ってんじゃん。呆れながら物申してんじゃん。短い割にはやけに殺傷性能高めの罵倒じゃん。泣くぞ。
ともあれ、同期をアミューズメントへぶち込んだのなら、今度はベルちゃんとアルダンを交互に梯子して、様子見を繰り返す。
「訝しまれるのなら少し長めに居座って、気を取られた隙に抜け出す。映画なんてド迫力に注目しないとかありません。これはさしずめ、かんぷなきまでにけいさんしつくされた、いちぶのすきもないろじっくなんです」
「……そうか」
「そうして約三時間後、十六時にはベルちゃんを連れてウィンドウショッピング開始! ある意味でここが一番の鬼門ッ!」
なんせ映画館から抜け出すのとは話が違う。隣からひょっこりと消えて、映画へ向かうを繰り返さなければならないのだ。
「それ故、回る店は映画館のあるフロアへと絞ります! なんなら軽くサテンにでも行って、そこでまた時間を潰すのも実にアリッ! なんにせよ映画後のベルちゃんは割とその場その場対応を強いられることになります修羅場が予想される……!!」
「そうか」
「そうして午後の十八時!! その時間になれば門限が頭をよぎる! そして俺は言う! 『そろそろ帰ろっか』と!!」
「そうか」
「ばあやのババア……はマズイな、じいやのジジイだな、男だし分かってくれんだろ……。ジジイを呼んでベルちゃんを寮へ車で送り届ける!! そうすれば見送りの手間もなく、ベルちゃんが帰り際に頭の腐ったゴミカスナンパ野郎に生ゴミみたいな声を掛けられて耳を腐らせる心配もない訳だ!!!!」
なんて完璧なロジックinロジックなのだろう。完璧主義なつもりも無いが、こうまで隙が無いと完璧主義者の気持ちも理解できてしまうでは無いか。なんなら作ってしまおうか、完璧主義のその先の、未だ人類が見ることのできぬ、強制的な幸せの詰まった閉鎖楽園などなど。新しい夢の候補として一応あげておこう。
「そうか」
「相槌しか打てずに……会長、おいたわしや……」
「そうしてベルちゃんを寮へ帰したのなら、あとは同期連中との会を締めて、アルダンと帰るだけだ」
吐き切ったテンションをそのままに、改めてホワイトボードを確認してみる。
「ふっふっふ……なるほどなるほど」
「まぁ、なんだ、上手くいくといいな」
「貴様も貴様で思い悩んでいると理解はした。……ただ、くれぐれもドーベルを泣かせるなよ」
「ここで……ああー、ほうほう、そうなるのよねー」
「……せめて私は、穏便に済むことを願うよ」
口々に勝手を述べて、気を遣ったのか退出していく面々。残されたのは、したり顔でひたすらに頷く一人のボーイ。
「…………――――ンッッ絶対に無理だぁー!!!!??」
冷静になれば、この通りに上手く事が進まないであろう事は分かる。なのに疑問を挟まず無駄な論を展開していたのは、冷静さとは一番無縁だった時間でもあったことなのです。だってしょーがねーじゃん。焦るじゃんそりゃ。
欠けた冷静さが戻ってくれば、シンプルに生殺与奪の権を奪われるバッドエンドというか、何もできずに生かされ続けるメリーバッドエンドの未来がうっすらと……。いつぞやに手錠を掛けられていた手首が、何故かズシリと疼く。懐かしの感触の気配を読み取ったのかい? マイハンドよ。
ここまで来たのなら、腹を括るしかないのか――ッ!?
「こうなったら……っ!!」
「……おはよう、アルダン」
「ええ、おはようカイト」
優しい笑顔が突き刺さる。いつもなら染みるように心へ入り込んで、抱えきれないほどの多幸感に包まれる。のですが今日ばかりは別の話でございます。
シンプルにぶっ刺さる。尖り鋭い棘が心の根へ抉り込むように、罪悪感を刺激されて泣きそうになるし、鼻血とか耳血とか血涙とかとか、もれなく全部まろみ出てきそう。ストレスに殺されてしまう。今すぐでなくとも、未来に使うであろう寿命がキリキリとすりおろされている。そんな音が胃から鳴ってます。
「……ふふっ」
「……機嫌良さそう」
「ふふふっ♪ わかるかしら?」
「う、うん。すっげぇ分かりやすい」
「だって、すごく楽しみで……あら、跳ねちゃってますよ」
寝起きの寝癖を可笑しそうに笑って撫でてくる。さり気なく肩を軽く掴んで、ちょんちょんと跳ねる髪をしきりに撫で付けるのは、じゃれついてくる猫みたい。
耳は横倒しにピコピコと跳ねて、尻尾はカイトの膝をせわしなくはたいて心境を表している。今日が楽しみ待ち遠しくてしょうがないと、笑顔のコンボが物語る。そして罪悪感がぶっ刺さる(ニ回目)。
有頂天に届こうとしている喜びは、今にスキップを誘発させると思い、そんな矢先に出まするは、スカート丈ギリまでたなびくデンジャーステップ。それ本当に外では絶対にやらないで欲しい。でも注意すれば今後これを見られる機会は減ってしまうので、見守るだけに留める。そしてそして、無邪気に楽しみにしてくれている姿がぶっ刺さった(三回目)。
控えめに言ってクッソ可愛い愛おしい。そんな存在に対する裏切りの呵責で、またまたしつこくぶっ刺さった(四回目)。そろそろ精神の命がマズイ。
「よ、よかった、そんな喜んでくれるなら……ちょっと、まあ落ち着けって」
「むむっ」
カイトの寝癖で遊ぼうと、しなだれかかろうとするのを危うく静止。普段なら嬉しい楽しい喜ばしいの大喝采だが、今日ばかりは罪悪感の暴走が先に来る。
ひとまず不満げな表情に押し留めることに成功したが、特に状況は好転などしていない。この後が末恐ろしく、恐怖に慄いてすらいる。だってこの程度、いやこれ以上のスキンシップが待っている。デートとはそういった戦争なのですから。
「ははは、俺も嬉しくって涙が出てくらぁ」
マジで泣きたい。なんだって元々の罪悪感が薄れてきていたところにこの仕打ち。言っておくがこうなったのはカイトのせいではない。ベルちゃんには負い目があり、その精算をしようとしているだけ。グラスに関してはなんかもう、泣かれちゃ勝てないです。あれれ? これってまさかカイトが悪い? そんなバカなことがありうるのですか?
「……ルちゃ…………グ……達は……」
「どうかしたの?」
「今日のデートプランの復習。……忘れちゃコトだから」
「私よりも舞い上がってませんか?」
「舞うかどうかはともかく……いや、最悪舞うか」
血飛沫が。
その際に検出されるDNAは、とある新種のUMAのモノとする。そんな物騒はあり得ないなんて、そんな楽観こそがあり得ない。とりあえず服の下に防刃剤でも仕込んでおこうか。自動車を超えた速度で繰り出される蹴撃にも、余裕で耐えれる緩衝材とかも欲しい。デートってこんな危険なものなんだ。今後も気をつけよう。
……今後があるかは不明。
「へ…………へへっ、崖っぷちだぜ」
「私の話、聞いていたかしら?」
「へぁっ?! なんだだっけ?」
いくら精神が追い詰められていても、疎かにするのはダメだ。まだ言いあぐねるくらいの期間しか経っていないとしても、アルダンは大切な人なのだから。
「……大丈夫? 具合が悪いのなら…………今日は、」
「!!!!」
とか思ってたらなんてこったい思いもがけない特大の好機。
ここでアルダンからそう言ってもらえれば、その船に乗り込む準備は既に万端。だからほら、言え。言っちまいなよその一言を。ずっと待ってるんだその救済の言葉を。
「今日、は……休、む……?」
最悪が露見する可能性はそれなりほどほどに、もしかしたら著しくと言い換えれてしまうかもしれないくらいに高い。しかし建てた計画に多少、そう多少の綻びが散見されども、まったくもって問題は無い。問題が起こらないように行動すれば良いので、未来はまったくもって大丈夫なのです。
ただ万が一、億が一、無量大数が一、全部がオジャンになる可能性も無きにしも非ず。そんなリスクを思えば、その言葉に一も無く飛び付くべし。罪悪感やらの心痛を飲み込むのは割と得意だ。心底から哀しそうなその顔を、許容すればそれでいい。
「いやー、行くでしょうがよ」
まぁ、それができりゃこんな悩んだりしない。可能なのだとすれば、問題はもっとシンプルに、解決の目処もすぐさま立てられていた。
結局、先週に言われていた言葉はその通りだなと。
自分でも大層呆れてしまうが、カイトは
「ほら、ご飯食べよう。とりあえずはそっからだよ」
「……ありがとう」
腹が減っては戦にならん。美味しい朝ごはんで腹ごしらえして、まずは何事もそれからだ。
「今日は中々にハードな一日になる。食うもん食わないと、それこそ途中で倒れられても困るから」
「も、もうっ……カイトってば、朝からそんな……疲れるようなことをするつもりっ?」
「…………」
何も聞かず何も言わず下手は言わず、とりあえず薮蛇には近付かない。三猿の教えは立派なものだと思いました。触らぬ神には祟りが無いように、話題に触れなければ自衛としては上等だ。とりあえず空が暗くなった時の帰宅ルートには気を付けよう。勉強漬けで身体が衰えている今のカイトを、なすすべもなく無理矢理何処ぞへ連れて行くのは簡単なのだ。繁華街の裏側とかなんか、絶対に通ってはならない。
腹には覚悟を据えた。目的は今日をとにかく安心安全の身のままで乗り切ることもあるが、その下地となる最低ラインとして、彼女らを楽しませること。このタスクをこなせなければ負けである。何者と競っているかは不明でもある。しかし負けたくないカイトは意地でも彼女らに、今日という日を退屈させない一日にするのだ。最低非道な行為を働いているのだから、せめて満足できる日にしなきゃマジ物のクズ止まりなのだ。
逃げ道はいつの間にか閉ざされ尽くしていた。地雷処理班のような決意なのは、いったいなんでだろうね。いやほんとなんでです。
「…………やってやるぞ」
そうしてアルダンと共に出た玄関。感じる空気が普段と違う。
この風は、戦乱を呼び込む。ふと、そんな不穏を思い付いたのは凶兆。
「めいっぱい楽しもうアルダン!!」
若干ばかりのヤケ気味なのは、ひと匙くらいのご愛嬌。
手を繋いで歩く。それだけで安らぎ、暖まる心がある。
そうして癒され潤った良心は、その瞬間瞬間に罪悪感から挟まれたそばから、阿鼻叫喚の地獄絵図。
そんな極端な百面相の、マイナス部分だけはどうにか見せないように、晴れた空の足下を歩く。春に入りかけたと知らせる風は、当然ながら肌に寒いけれど、燦然と照らす太陽が、外出に適した気温を作り上げている。
「大事ないよな」
「全然。むしろ調子はとても良くて」
「歩いてるだけで楽しい?」
「とても」
「そっか」
口に出したりはしないが、実際に今はとても楽しい。
羽目が外れれば、意図しない形で消耗する。気を抜けばぶっ倒れるなんてことが減った今となっては、無用な心配事でもあるのだろうが、没頭する時こそ疲労とは目に見えず溜まっていく。
しかしいくら心配していようが、しつこく聞きすぎても水を差す。そういった変化はカイトが見ていればいい。今日は目を離すタイミングが多々あるだろうから、尚更に注視しなくてはならない。
「ああ、でも、今日は少しだけ風が冷たい日」
「……上着、着る?」
薄手のコートを脱ごうとすれば、行動を手で制される。
余計な気遣いだっただろうか。
「それは後で」
「後で着るんかい」
「今は、今くらいなら……」
繋いだ手が優しく、けれど遠慮を感じさせない勢いで引かれる。
絡まる腕と腕が、彼女の線の細さを改めて示した。ちゃんと毎食をしっかりと食べているのは知っているが、それでこんな細腕なのだから、女体の神秘って不可思議なのだ。
「こうすれば、暖は取れるでしょう?」
「……天才か」
茶化しながらも大賛成。なんて発想だ、神掛かった閃きだ。そのおかげで胃が痛い。おかしいな、腕を組むってこんなにも腹部へとダメージを蓄積させるのか。されどカイトとしても大歓喜。
これは確かに熱い。熱々なポジショニングである。体温の上昇を実感するも、気恥ずかしさなどを感じないのは、関係性の変化があったからだろうか。いてもたってもいられないような、のぼせあがる高熱では無い。じんわりと染み込んで、朗らかになれる暖かさだ。
「人前では少し恥ずかしいけれど……今日はずっとこうしていましょう」
「っぅ……う、うん」
一見落ち着いて見える彼女だが、こうして触れていればなるほど、そのはしゃぎ様が良く伝わってくる。嫋やかな物腰に隠れて、無邪気な瞳がクリアに煌めいている。
逃げたいのは間違いない。昨晩とて寝る前に、夢であれと何度も願った。
「ちょっ……かゆいんすけど?」
「くすぐっているもの、そうでないとやり甲斐がないのよ?」
「それ好きだな」
「嫌だった?」
「ノーコメ」
「だと思った」
そしてこのひとときを、待ち望んでいた自分も、否定はしきれない。
胃は痛い。それはもう、ずっと痛い。けれどもそんな心境を汲み取らせずにいるのは、今を楽しんでいるのが、紛れもない本心だから。そうでなくては速攻で看破されて、バッドなルートでエンディング一直線である。そんな感じのを、最近黄金船から借りたゲームで知った。
「……そんじゃ、ショップまでのんびり歩くか」
「ええ、何処へでも」
「待ち合わせ時間は何時だったかしら」
「十一時半デス」
「今って何分だっけ」
「十一時ピッタリデス」
「早っ」
私はとんでもない現場を見ています。
「しかし……グラスちゃんの雰囲気がいつもと違うね?」
「寮を出るギリギリまで化粧してました。しかも大体が未開封デス。明らかにとっておきを使ってたデス」
「カーディガンなんか先週出たばかりの新作ね……こないだカレンさんと一緒にいたのはそういう……」
建物の影から私達が見守る先には、我らが不死鳥グラスワンダーの、ある意味本来の意味合いである、勝負服に身を包んだ姿。ソワソワと髪を弄るなどと微々たる焦りも見せず、今更鏡で化粧を確認するなどの行いも無く、ただ堂々たる直立不動な姿には感動すら覚える。私達をダシにして漕ぎ着けておいて、淑やかで流麗な良姿勢をして、なんて太々しい態度。ライバルとしてあっぱれですらあるかもしれない。
そして私は、そんな彼女から目を離して、とんでもない現場を見ています。
「……ね、ねぇみんな」
「尻尾の艶も普段とは段違い……気合い入ってるね〜」
「昨日の夜に高そうなオイル塗ってました」
「他に情報はないのかしら?」
「…………実は……――外泊届けを、出していたデス」
私達の思いは一つ。『あ、ガチだ』と、『勝負決めに掛かってる』と、そう断じるのに容易い材料がありふれていた。
事前にそれとなく彼へ色々聞いたりもしたが、彼は夕方には帰る気満々だったなとか。そもそもの前提に、彼には既に想い人がいたなとか。彼らの繋がりは、幼少期からの苦節を経た故に硬く強固な関係性なのだと、グラスちゃんは知っていると思うのだがとか。
その辺の事情に真っ向から立ち向かわんとする勇姿。
「が、外泊って……本気なんだねグラスちゃん……」
「顔赤いわよスカイさん」
「は、はあ? セイちゃんが顔赤くするような事を考えてると!?」
「…………あ、そう言えば帰りは朝になると言っていたデス」
「あ、朝帰り……っ!」
言い逃れできないくらいに真っ赤なセイちゃんは置いておいて、私はとんでもない現場に居合わせています。その自覚が無いみんなは、呑気にセイちゃんをイジっている。
「…………みんな、アレを……」
「どうしたのよスペシャルウィークさん、今いいところなんだから……」
「ああっ! 耳がバラバラに動いてまーす!」
「やっぱり実は緊張してるんだね……」
「何処へ出しても恥ずかしくない乙女ね……」
「アレを見てってば……!!」
少し荒げた声を出せば、ようやくみんなは私の指差す方へと顔を向ける。
そして私は、私達はとんでもない現場を見ることになるのです。
「あらカイトじゃない、少し早いけれど時間には間に合っ……、………………。…………えっ」
「えっ、えっ…………ケェッ!?」
「カイトだよね? 男の人でウマ耳なんて、カイト以外いないもんね? ……えっ? なんで?」
「そうなの! なんでか分かんないけど、カイトくんがメジロアルダン先輩と一緒にいるんだよ!!」
そうして私達に見られていると知ることなく、二人は仲睦まじくカフェへと入って行った。
「ど、どういうことなの…………????」
「ごめんなさいキングにもまったくもってなにもかも分からないわ」
「えっと、カイトからすれば今日はアタシ達と遊ぶ予定で……」
「その為の待ち合わせ時間は十一時半で、場所はカフェからちょっと離れたあそこで……」
ちょうどグラスちゃんが立っている場所。大きな時計が目印となる、とても分かりやすい場所。
「ちょっと待って、つまりカイトは先輩とデートをしながら、私達と遊ぼうとしていた……?」
「…………ごめんキング、言ってる意味が分からないや」
「私も混乱してきたわ……」
でもそういうことだろう。
もしくは待ち合わせまでの時間、先輩が暇を潰してくれているとかそんな感じなのかもしれないが、多分それは違う。だって先輩の服とかは気合いが入っていた。以前に彼と先輩の二人が歩いているところを見かけたことがあるが、ああも異性として意識させるような、そんな意図を感じさせる雰囲気は無かった。
しかしながら、それが事実なら疑問は深まるばかりだ。何故そんなにもメリットのない事をするのだろうか。
まさか――――先輩とのデートは片手間で構わないってことだろうか。
「…………いやいやいやいや、その説は無理あるでしょ」
「それこそあり得ないわ。彼、交際期間を分刻みで覚えてるのよ?」
「重たい男が、そんな軟派な訳が絶対無いデス」
「でも、だとしたらなおさらに……? あれ?」
そうして店の方を見ていれば、入り口から姿を表す噂の彼。
彼は周りを見渡して、トコトコと入り口から離れていく。
「なにを……――――?!?!!?」
そうして私達は、心に植え付けられた疑問の答えの、その片鱗を目にするのでした。
つまり、とんでもない現場を現行犯で見つけてしまったのです。
「めっ、めじっ、めじめ、っ、!!!?」
拝啓、お母ちゃん。私のライバルな友達は、とんでもない軽薄でとてつもない屑だったかもしれません。そんな時、私には一体なにができるのでしょう。男女交際の経験がないから分からないのでしょうか。
「メジロドーベル先輩ッッッ??!!!!」
白を基調とした衣装で、並々ならぬ気合いを感じさせる先輩がそこにいた。
漆黒の長髪との相乗で、彼女の魅力が七割増している。期待に満ちた表情もまた、魅力の底上げに繋がっている。
学園で見るそれとは、表情の質が明確に違う。湿度を乗せた艶のある表情。見てるこっちが恥ずかしくなるような、甘くて
「こーれはやっちゃったねカイさん」
「…………下衆」
騒がしいを通り越して、冷たい声となった約二名。セイちゃんは目以外が笑っていて、キングちゃんは表情全てが絶対零度だった。
「あっ、手を繋いで……う、うわぁ……距離の近さがさっきと変わってないデスね……サイテー」
「そうね、違うのは隣の人だけね……見損なったわよカイト」
「…………」
何か事情があるにせよ、問答無用でいただけない光景だ。
もしも彼らの仲が公認だったりしたのなら、私達の反応も微妙にはなるだろうがこうはならない。しかし別々に待ち合わせて、しかも迎えに行くのも隠れるように行っている時点で、もう黒以外に見えないのは仕方ない。海より深く空よりも広大な理由があれど、決定的瞬間以外を知らない私達からすれば軽蔑に値する。
「ああっ、腕まで組んだ……」
そうして再び仲睦まじく、店内へ入っていく二人。
今の間隔ならば、じきにグラスちゃんの元へ来るはずだ。
「――とっちとめるわよ」
「ラッジャ〜」
「おしおきの時間デース!!」
「とりあえず話は聞こう! その前にすっごく痛い目は見てもらおう!!」
レースで熾烈を削った私達の絆は固い。
そんなこんなで、話を聞く前に関節技四連撃を貰うのが確定したカイトくんであった。
肌着の更に下に、金属の冷たさを感じていた。それもカイトの熱が既に移って、冷たさはほとんど感じない。けれどもそこに確かに存在する感触を、肌が捉えて離すことはない。
アルダンから齎されたモノにカイトの熱が移り、カイトのモノになった。そう考えれば、あまり清廉ではなくむしろ仄暗さの目立った感情が浮き出てくる。こんなことを考えるのは舞い上がっている証拠なのだと、そんな自分を最近知った。
結局買ったのはペアリングではない。互いが選んだ別々の物を、送り合う形になった。同じデザインを互いに持つにはまだ早い。なにせ 約もしていないのだ、どうせならその時にでも買いたいと思った。
「……嬉しい、けど、なんで今日なん!?」
似たデザインにはしていない。その代わりに、めいっぱい似合うと思った物を送った。センスが良いとかは度外視に、きっと彼女はカイトが一生懸命選べばその分喜んでくれると思ったから、それはもう露骨なまでに真剣さを極めて選んだ。
その甲斐はあった。チェーンに掛けたリングを、首へ直接掛けてあげた時なんて、満面にもほどがある笑みで、しかも目尻には少しの涙が浮かんで、その場の勢いでプロポーズでもしてやろうかとも考えたり。
そこまで喜んでくれたのなら、カイトとしても本望でしかない。咄嗟に抱き締めちゃったり、愛おしさが上限を打ち抜いたり、そんな感じだったのだが。
「胃痛を感じながらあれほどの報酬を受け取りたくなかった……ッッッ!!」
歯を軋ませながら、怨念を呟くように声を漏らす。
場所が場所なら抱きしめるどころか、突き飛ばして寝っ転がらせてあーだこーだしかねない。外だから自制が効いたが、家ならどうなっていたのかは知らない。感情の暴走はそれほどに激しかったのだ。
だからこそ、万全の状態でありたかった。
気負いすることなく、純粋にその幸福を受け取りたかった。
「ベルちゃんも冗談みたいに可愛いし…………ちくせう」
しおらしくしないでほしい。緊張を隠そうとして、隠しきれない可愛さがどれほど環境に優しいのか、いっぺん考えてみてくれ。それは世界を繋げて平和にするエネルギーですよ。まさか今日一日中はずっとあんな調子じゃあるまいな。
「でもベルちゃんとは遊ぶだけだもんな!! …………って雰囲気じゃねーし……」
キュウゥゥゥゥゥゥって音が鳴っている。内臓を直接鷲掴みにされて、雑巾の如く常に絞られている。しかしクリミナルな行為を続ける意思を崩さないのなら、甘んじて受ける痛みなのであります。この苦痛から解き放たれたいのなら、今からでも土下座をかますのが吉。何事にも遅いことなどないのだから。
だがしかし、カイトが求むるは幸福。それも己だけでなく、身内全てへ降り注ぐ、無限の圧倒的幸福――――!
「みんなを幸せにするためだ……っ、だから、俺は、まだ……ッッ!!」
幸か不幸か、ここまでは、まったくもって順調だ。
これからグラス達を迎えに行って、あわよくば協力をよろしくするつもりである。割とと言うか、案外とも言えないが相当屑でゴミカスな行為だが、この苦悩の一割でも言葉で伝わればきっと助けてくれる。身内以外で信頼できる者達であり、鎬を削り合った熱いライバルでもある。きっと彼女達ならこの熱い信頼に応えてくれる。
「あいつらなら……っ、あいつらなら、きっと……っっ!!」
そうして待ち合わせ場所へ向かえば、その場所少し手前付近から、勢いよく駆けだしてくるエルの姿。疾走してる癖して、何故か静音性高めの走り方をしている。どの方面への配慮だその珍妙な走り方は。
「エr」
「
「ルぅぅぼぁァァぁあああ!?!????」
見事に両足を揃えて、ドロップキックが鎖骨を抉り込むように炸裂。靴を脱いでの一撃な理由は、服を汚さないでおいてやろうという最期の思い遣りなのかもしれない。亡骸は綺麗にしてやろうってか? でもキミの蹴りで落命する時には、多分ぐちゃぐちゃな残骸になってますよ。
えづきながらむせかえっていれば襟元を掴まれて、無理矢理立たされる。
「さあ、キングによる断罪の時間よ」
「え、言い分とか聞いてくれないの」
「問答不要、秒で極刑ね」
「まってせめて眼鏡だけはこれ貰い物なんですぅ!?」
とりあえずタコ殴りにされた。眼鏡は許されました。
そしてカイトは、絶望的な事実を知ることになるのでした。
なんか続くわ
深い意味は無いけれど
-
お祭りお助け黒色娘が善哉善哉
-
ジンクス絶破ウーマン良き良き