『ゴホッ、殺す気か……つーかお前ら何してんの』
『それを説明する前に、あれを見よっか』
『は? ……ああ、グラ、す――』
仄かに赤く色付いた横顔は、街並みを通り過ぎる者達の視線を惹き寄せる引力に満ちていた。
目を惹いている自覚も無く、浮世離れた憂いの表情は殊更に周囲を魅せて、惚けた溜め息を呑みこませる。
そんな温い蒸気のような、火照る雰囲気を秘めたグラスワンダーをその目に捉えて――――渾身の一言。
「ぼくにげる」
「できるの?」
「……………………に、にげたいよぉ」
汗はダラダラと騒がしいのに、何故かしら沈黙を強いられてしまうのは。これが世界の選択か。
顔や見える場所は避けて、主に腹やら背中やらをボコボコボコボコのボコ(一分の間の出来事でした)にされ尽くしたカイトは、何故彼女らがたった一人を抜いてこの場にいるのかを聞いた。聞いてしまった。
最初こそ鼻で笑っていたものの、みんなに促されて看板の影から覗き見れば、さあたいへんだ。
妙な気合の入ったグラスワンダーが、誰かを待っているではないか!!
「オカシイ……何故だ……俺の完璧尽くしな計画が早々に頓挫なされたぁっ?」
「……貴方がクズなのはともかく、悪意があってこんなことをしたわけじゃないのは信じるわ。クズだけど」
「そうなんだよ俺はみんなを幸せにしたかっただけなんだ……!!」
「…………クズめ」
あ、痛い痛い視線が掘削機染みてて誠に痛い。けれどそんなクズを級友に持ったのはどこのどいつだバーロイめ。
だから今からでも遅くは無い。グラスに合流して迅速なるサポートを約束しろ。もちろん原文そのままでなく、マイルドに伝えてみました。
「ねえ、カイト……あんなグラスを見て、それが出来ると思うんデスか?」
「…………」
何かの見間違いだったと信じたくて、再び覗き見ればあら不思議。
そわそわと時計をしきりに確認する姿はとても愛らしくありますね。手持無沙汰に前髪を弄り始めたのは、緊張に耐え切れなかったのだろうか。てか緊張ってなんだよ。カイトと出掛けるだけで一体全体何事へそんなにも構える必要性があるんじゃい。
ところであんならしくない行動を取らせたのは、待ちぼうけを喰らわせているのは、時間通りにあの場へ向かわず隠れているアホ野郎のせいなのですが、誰かそんなクソッタレを知りませんか? なんでもエから始まる新種生物らしいです。そんなふてえ野郎は生きたまま解剖してやれ。エイヴィヒカイトが許す。
しかしまだ一分の遅れだ。それくらいなら全然許容範囲な筈だ。だってコイツらも同じ立場になれば、それくらいの些細な遅刻程度は大きな器をもって許してくれるのだろう。カイトもそうだ。なのでたかが数分で視線も動作もわたわたと落ち着かなくなるグラスなんて、よもやカイトは割と新鮮な光景を目撃しているのではないか。
「……こ、ここは一つ、あの穏やかでかつ微笑ま~、な風景を眺めて今日という日を終えるのは……どうだろう?」
「グラスちゃんだけじゃなくて先輩達も待たせるの? さっすがに肝座りすぎじゃない?」
スカイのアッパーカットな指摘が、無防備な精神に突き刺さった。
「あっ」
「え、は? 忘れてたの……!?」
「…………んなわけなきゃろうが」
忘れてたとかそんなまさか。生命の危機迫るこの際に忘却の彼方へ置いていたなんて、そんなのは殆ど自殺と相違ない。十の内にある九.九割は自殺の同義であり類した意味合いも持つ。とある名家からの刺客を送り込まれて御終い待ったなしである。孫娘可愛がりなあの婆さんなら、どれほどの怒髪が冠を衝き穿つのか想像もできない。
どうせグラスに合流してくれと言っても、聞く耳持たずなコイツらだろう。もう元々グラスと出掛ける予定だったのだと切り替えよう。もはや話が違うどうのこうのと言える段階ではなく、物事を顧みらずに突っ走らねば、より恐ろしい末路に追いつかれて捕まってしまうのである。
「もう時間ないわよ」
「分かってる! 耳元で騒ぐなっ!」
「割とうるさくしてるのにグラスちゃんが気づかないのは……まあ、気にならないんだろうなぁ……」
「気にもならないほどにウキウキとでも言いたいらしいな……っ!?」
「あ、カイトくんも気づいてたんだ」
なんだかんだで数年の付き合いだ、気づかない筈が無い。見ればわかるくらい幸せオーラを見き散らすグラスだが、それを差し引いても舞い上がってしまっている。何時ぞやのレースの時分に匹敵しかねない。お陰でカイトは胸が痛い(自業)。
あんなのを見ればどん底へ突き落すような真似は出来まい。どうしてこうなった(素朴な疑問)。
「クッ、あ~~~~ッッ、どうすればっっ!!?」
「正直に打ち明けて謝るのは……」
「あれ見てそんなことが出来ると思うのか! この俺に!? イッツミーにぃ!?!?」
それが可能なら最初からこんな事態には陥ることなど以下略。
「意志が強いのか弱いのやら……」
「よしっ、行くか!!」
「張り切ってるわね、クズ」
「せめて景気よく見送れ……命、燃やすぜ……!」
どうせこのまま野次馬根性全開で付いて来る気満々なのだろう。そも手助けをしてくれないのであれば、こやつらは外野でしかない。外野は外野らしく黙ってみておれ。
「俺が伝説を見せてやるからよ……っ!!」
「クズ伝説の幕開けdeath!?」
不吉な発言はお慎みになって刮目していろコンドルガール。
待たせてゴメンね今行くよグラス!!(急性胃潰瘍インフェルノ)
――――そう、意気込んでいた自分が懐かしいです。
「みんな急用が出来てしまったようで、残念です」
「そ、そう……急用ねそうね……きゅききき急用ならしかたないね」
深く指摘はしない。其処が深淵と知っている今は。下手に藪蛇へ手を突っ込むことなど愚かしきことだ。
「けれど、カイトくんとこうして出掛けるのも新鮮で……悪くないですねっ♪」
「あのあの、手ってどうして……」
「ぇ……ダメ、でしたか……?」
「手ぐらい些細な問題だったな」
表にはゆったりとした様子を出して、内心キョドリ尽くしの眼球は周囲を探りまくり。
ともあれ出入り口は一つの鬼門だ。どうか他二名は席で大人しく待っていて欲しいと切に願うことしかできない。ボクはやはり無力だった。
「あ、どうも予約していたエイヴィヒカイトです」
「え? ……え? え? ……? 、???」
真顔を張り付けて、もはや顔見知りなお姉さんに声を掛ける。
本日三回目になる初対面な店員さんとの初顔合わせ。日本語が激しい渋滞を引き起こしている。ついでにカイトの左手と繋がれたグラスの右手を見て、店員のお姉さんも混乱の極みを味わっている。そしてカイトは自然体でいて欲しいと切に願っている。
高い洞察力を持つ者の前で狼狽されるのは、推察材料をタダで与えているも同然だ。動揺しているのはカイトも同じ。一緒に仲良く落ち着こう。
「予約していた
「あっ……ぇぇ……」
不思議な体験をしただけなのだと割り切って、あまり極端なリアクションは辞めてもらいたい。『カイト』、『メジロカイト』、『エイヴィヒカイト』と、ありもしない偽名モドキすら費やすこの努力がフイになるかどうかは、彼女にかかっているのだ。
「……お席へご案内します(うわクズだ)」
「お願いします……本当にお願いします……」
鉢合わせたらヤベーイ方向から遠ざかって案内されていく。こんなこともあろうかと 席の位置は三者三様に離れて確保してある。これでバッタリあら偶然、なんて困窮する事態に陥るリスクを軽減するのである。
「カイトくん?」
「いやなにもないケッ――――?!!」
軽減とは言った。しかしてどうして、可能性とは常にゼロにならないのである。一と九十九の狭間を漂流し、偏在の旅を続けるのが可能性なのだ。果たしてカイトは何言ってんだろうね。
個室席へ入る寸での時――視線の先に、親の顔より見た芦毛なお嬢様が見えたような見えないような、このままじゃバットエンドへ全速前進止まれない件について。
「あら、カ――」
「グラスは先に飲み物でも頼んでてくれ俺はちょっとトイレ行ってきます」
「えっ、カイトく」
少し強引に押し込めて、小走り出すこの身体。
全ては対面という絶望の未来を回避するため。
「どどどどどうしたアルダン」
「いえ、少し帰りが遅いからどうしたのかと」
「……ガラにもなく緊張してるんだよ。ほら席に戻ろうさあ戻ろう」
「ふふふっ……ええ、そうね」
ウソではない。虚言なく、緊張で喉が掠れてきている。この後も起こり得るであろうニアミス程度で、精神の擦り減り様が尋常ではない。頼るつもり満々だった同期連中の不参戦は相当に効いている。自分でも予想していた以上にカイトの精神的支柱だったのだろう。なんかもうクラクラしてきた。貧血待ったなしな感じがある。でも自らの業が降り注いでいるだけなのであり、これこそが諸行無常であるのだ。
「んで、この店来たがってたようだけど、雰囲気は気に入った?」
「それは……これからかしら」
「これから。」
「外に二人きりでゆっくりできるなんて、あまりなかったでしょう?」
あまり出掛けたがらないカイトの責である。しかし基本家で済むなら家に籠りたい。カイトへ向けてくれる顔を他人に見せたくはない。そんな話したこともない意を汲んでくれているのか、外出自体を誘われることはあまりない。
「こういった場所なら、人目も気にならないでしょう?」
「お見通しじゃん」
「以前行ったお店もそうだけど、私も……同じだから」
「……そっか」
歩きながら、肩へとそっと寄り添って、けれど確かな体温と重みを伝えてくれる。
言葉にするのは無粋だろう。そんな些細を気にすることなく、今は互いの独占欲を向け合って、憩いの時間を過ごせれば――――よかったなぁ。そんな一日を過ごせたのなら途轍もない幸福なのだろうなぁ。
「あ、カイ――」
「――――」
「えっ、カイト、どうしたの?」
鈴っぽい姉的声が聞こえた気がした瞬間、気のせいではないと断じてアルダンの耳を塞ぐ。
「ねえ、どうしっ、たぁっ……ふぁっ」
「なんでもないなんでもない」
指圧マッサージタイム突入。患部は耳。少しひんやりとしつつ、健康的な体温が中心に籠ったその御耳。誤魔化すには抜群の効力であった。
「さささっお嬢様は先に入っててくれな!?」
「ふぇ、カイ」
戸惑ったお嬢を強引に抱き留めて、流れるような動作で室内へ優しく放り込む。
ニアミスのギリギリを超越した今際の際であった。普段なら気にも留めないというか、あり得ないと一笑に伏す展開であるが、此度は断然あり得る状況下に身を置いていることを忘れずに自覚し続けている。突然のアクシデント上等。こちとら悲しいことに心構えは済んでしまったんだ。
「ヘイベルちゃんどうかしたの?????」
「遅かったから、ちょっと心配になっちゃって」
「あー、そのー……――――知り合いにバッタリ会ってた」
隠し事はともかくウソは申しておりません。小生はゴミカス無能三女神に誓って、虚言だけは多分申しておらず。多少自信がないのはしかたないね。
「ふーん…………女の子?」
「え゛、っと、まあ、同級生
「そう……ふん」
ちょっと立腹なリアクション。
彼女らへ鈍感であることを自分へ許していた時期なら、『お腹空いたのかな』とかなんとか、いかにも頓珍漢なことを考えていただろう。直接口に出して更に怒りを煽ってたりもあり得る。
今は――――過去の自分がいささか羨ましくなるほどに、鈍感で在りたかった。
代償行為として、
「ほら、席に戻ろうベルちゃん」
「……うん…………」
にへら、と。人前では硬い印象の多い彼女にしては珍しい顔だった。
柔らかい肌の感触は、アルダンやグラスとも少し違う。すべすべとしているのにもっちりとした繊細な指先が、男然とした武骨な指に絡みつく。おっかなびっくりとした様子は健在で、ベルちゃんもベルちゃんで疚しいという意識は持ち合わせているのかもしれない。奇遇だな、カイトもなんですよ。
甲乙つけがたい美少女でも個人差は確かに在るのだと、贅沢が過ぎる比較をしている自分は十中八九で、没後は地獄行優先権の切符を所持している事だろう。明らかな重罪であるからして、せめて煉獄行なんて恩赦は存在しないだろう。こうしている今も、運命的な死期が本来の未来から現在へと猛速で向かってきているに違いない。ぼかぁきっと、ながくはいきられませんね、そうにちがいないのであります。
「実は緊張しててさ」
「……してくれるんだ…………えへへ」
「それはもう」
業を背負うが故の切羽詰まった緊張とは別に、シンプルにベルちゃんとこうした雰囲気で二人きりになるのは緊張するって話。存外カイトは浮気性なのかもしれない。言い訳出来ないクズじゃん。
「っ!!」
「ゃっ――――ま、っずい」
意を決して目を食い縛って、小さくダイブしてくるベルちゃんお姉ちゃん。腕に抱き着こうとしてくれたのだろうが、勢い余って胸元のエリアへ喰い込んでいる。
「きょっ、今日はそのっ、結構、頑張って選んで来たんだけど」
「……」
「まだ、聞いてない、からっ……っ!」
「…………語彙力に自信ないから、チープな感想で良ければ」
「……うん! 聞かせてっ!」
上目遣いでそう言われたなら、もう腹くくって覚悟キメてもいいのかなとか、本家に土下座して許可獲りに突撃しかねない。正直血迷いそうになる。
できる限りの国語力を尽くしながら、片手に華を携えて席へ戻っていく。
ここまでで時刻は十一時四十五分。皮肉なことに、大きな手違いがあれどもタイムスケジュールは進行上での問題が見当たらない。多少の前後は修正しつつになるだろうが、その程度の誤差であるならば無問題で続行だ。頑張って頑張るのだ。涙なしでは語れない武勇伝が作られることになるだろうが、その過程で自分以外の涙を流させるのだけは絶対にあってはならない。ゴミ、カス、クソ、チリ、アホ、バカ、そしてクズといった称号を欲しいままにすることになろうが、彼女らを悲しみで泣かせることだけは絶対にしない、そんか決意だけは誰にも負けはしない。
背中へ突き刺さる店員からの軽蔑な眼差しに耐えながら、エイヴィヒカイト人生にとって最大の一日が始まった。
「……首に掛けてるの……そんなの付けてた?」
「ぁっ、……最近付け始めた」
「そう――アルダンさんから?」
「断定はっや」
「…………負けたくない」
――――始まった!!
――十二時、十分――
『んん……?』
『どした』
『気のせいかしら……私のとは違う香水の匂いが――』
『え? い、いやー、部屋のアロマキャンドルなんじゃねー?』
『――カイトからするような』
『木の聖じゃね?』
『ちょっと…………やっぱり他の女の匂い……?』
『紀の勢奇の西』
――十二時半――
『はい、どうぞ』
『あのあの、自分で食べれるんすけど……』
『嫌、でしたか……ごめんなさい、迷惑でしたよね……』
『よしくれ』
『――うふふっ……ええ、それでは……あーん♪』
――――セメテルワネ…サレルガママジャン…グラスチャンウレシソウ…
『……(オイコラ覗いてないで助けろソコの四人)』
――――…ウワァ…サイテー…クズ…ゴミ…カス…ゲス…ソノウチササレロ…
『…………(好き勝手言われてんなー)』
――十二時、五十分――
『ごめん待たせた!!』
『……別に、待ってないから。急な電話ならしょうがないし……』
『ホントにゴメン。許してくれるなら何でもする』
『!! な、なら、食べさせてくれたなら、許してあげる』
『おおう……全然構わないけど』
『じゃあ、お願い……します…………ん――』
『……あの、ベルちゃん』
『な、なに……はやく……』
『口を閉じたまま突き出されても、その、困る。口を開けてくれないと』
『――――ぇ、ぁっ、っ、~~っ!?』
――十三時、二十五分――
『そろそろ出るか?』
『……まだ居たい』
『映画始まっちゃうぞ』
『……カイトと一緒に居られる時間の方が大事だもの』
『――っ、ぐっ、……でも、俺はやっぱり家で一緒に居るほうが気兼ねないと言うか……周り気にせず居れると言うか……』
『…………でもっ』
『誘ってくれればいつでも付き合うよ』
『……本当に?』
『基本的に俺の最優先は決まってるから』
『最優先…………基本的に?』
『言葉の綾です突っ込まないで』
――十三時、四十五分――
――――豪華十本立てだ!!
『上映まではまだ時間がありますが……早すぎないですか?』
『速さを求めるのはウマの本能だろ。それに速いことは正義だってそこの一般人も……――――悪いグラス、先に席座っててくれ』
『へ? カイトく』
『飲み物諸々買ってくるからぁ、先行っててくれぇ!?』
――――と一緒に見たいんだよぉ!!
『どどっ、うかしたかアルダン』
『いえ、パンフレットでも買おうかと……誰かと話していました?』
『ああうん、知り合いとバッタリ会ってさー』
『……女の子?』
『…………中学(学園編入時は中等部)時代の知り合いかなぁー』
『(悲惨だった)中学時代の……――――その方は、どちらに?』
『目が怖いよ? 綺麗な水晶が濁ってるよ?』
『答えなさい』
『教えたらどうする気なの?? ねえねえ????』
――十三時、五十分――
『ね、ねぇ……手を握ってもいい……?』
『いいけど、どしたのそんな怯えて』
『隣の人が、ちょっと怖い……』
『……ベルちゃん、その人の視線追ってみて』
『……え、そういうこと? ……うわっ』
『言ってやるなよ……きっとあの人にもやむにやまれぬ事情があるんだよきっと』
『……親近感でもあるの?』
『や、まあ、色々とあるのよ』
『色々……? ……アタシも、人のこと言えないけど』
『……………………そ、そうなんだー』
――十六時、五分――
『面白かった?』
『うんっ! 流石に描写しきれてなかった部分はあったけれど、映画独自の解釈の仕方が散りばめられていて、それがファンの望んでた要素と上手く嚙み合って…………コホンっ。カイトはどうだった?』
『俺も楽しめたよ。恋愛映画なんて中々見る機会無かったからさ、新鮮だった』
『よかった……実写化だし、ちょっと心配だったんだ』
『ベルちゃんの好きな漫画でしょ? 原作にもちょっと興味出てきたな』
『! ホントにっ? なら今度漫画貸すから読んでみて』
『ああ、頼む……――――よしベルちゃん、ひとまず感想会のために席取りをお願いしてもいいかな』
『うん、先行ってるから』
『ああ、俺は軽食でも買ってくるねー――――……よし、急げェ!!』
――――しまった! 素で忘れてたァ!!??
『どう? 面白かった?』
『興味深く見れました。普段は中々見ることの無いジャンルでしたが――――フフっ……学びになることが、ええ……とても多かったですね』
『ドロッドロな五角関係の愛憎劇から何を学べたんだ……』
『色々、ですよ……もしかすれば、近いうちに学びの内容を知れるかもしれませんね』
『そ、そうか……あっ、そうか! お前にもそういう相手が出来たのか!? うわー、マジかよ』
――――バカナノネ…サスガニバカ…バカデス…バカダヨォ…
『……少し――頭にきました』
『どしたの』
『
『いいけど、何買うの?』
『これも好機――良い機会ですから、カイトくんに選んでいただこうかと』
『センスに自信無いけど、それでもいいならかまわんぞー』
――――ノンキネ…ソレモイマダケ…アーソウイウコト…
『……(なんか外野うっとおしいな)』
――十六時、四十二分――
『次にドイツ行くとき一緒に来ないか?』
『……いいの?』
『母さんも喜ぶし……父さんも、きっと喜んでくれる』
『……少し、考えさせて…………行きたくない訳じゃないのは……』
『分かってる。……でも、アルダンには来て欲しい』
『…………』
『父さんに紹介したいのが本音……でも無理強いはしない。次は来年の十二月だから、返事はそれまでに欲しいかな』
『ええ……分かりました』
『何回かフラッシュさんに案内されて俺も結構詳しくなったし、楽しく町も歩けると思うんだ』
『……そういえば、ドイツ在住中はホテルに?』
『いや?』
『…………叔父様のご実家かしら?』
『いや、フラッシュさんの実――』
『――行きます』
『え』
『来年からは毎年行きます』
『え』
『そうと決まれば新しいキャリケースも……ちょうどいいから買い物してきましょう?』
そして、陽は暮れていく。デパートではいい年こいた青年による迷子が多発している。それでも時間とは平等であり残酷であると、そう語るかのように過ぎ去っていくのだ。
予定外予想外なアクシデント・インパクトに時間が圧されつつも、やみくもに脇目も降らずに頑張った。それはもう頑張った。現役時代を彷彿とさせる走りがフルスロットル。かいとくんはとってもがんばったよ。
そしてその頑張りの成果は、全員の平穏という形で表れている。コレは勝ちが近いと、そんな確信しかなかったのでした。正直どこかしらで躓く予感しかなかったので、ここまで順調だとむしろ怖い。揺り戻しを恐れるのは、知生体として高位へと昇りつめたが故の杞憂である。であれば気にすることなく、今現在の努力を継続していればいいのだ。
『あ、見つけ、た……? え、なんで、アルダン、さん……?』
『オワタ』
『もう、迷子になりすぎ…………カイトくん?????』
『あの、その、えっと、ですね』
『……………………とりあえず、話せる場所へ行きましょうか――――ねえ、カイト』
『ヒュェッ……ぁっ、いたいいたいいたいたた……い、胃がぁ……!』
そんな現状へ対して油断があったのか、微塵も油断がなかったかと、そう問われれば――世界には絶対なんて絶対存在しない。そう断言してやろう。
「……あの、ですね、俺はその、これでも一応みんなのためを思ってと申しましょうか、みんなを幸せにしたかったと、そんな感じの大志を抱いた結果と申しましょうか……」
「ふふふっ、とっても不思議で可笑しくなってしまうわ――――口を動かしても許される立場だったかしら」
「ひっ、………………………………」
こっっっっっっわい。内臓がぞわぞわした。
「黙れば誤魔化せるとか、まさかそんなこと思ってないよね?」
「…………ぼくはどうすりゃいいんでしょうか」
「考える頭も足りていないようですね。この際、腹でも斬らせましょうか」
総スカンの四面楚歌。前門やら後門なんぞは生温く、もはや全ての門に人喰いの神獣が闊歩しているような、そんな絶望的局面。
とあるカフェのテラス席。夕暮れ際の暖色な街並みを覗けるこの席は、それなりに人気だと思われるが、何故かなおかしいな、客がカイト達しかいないのです。ああそうか、土足の場所で正座している男がいるからか。そりゃ修羅場の近くにゃ寄りたくないですよね。
歯の根ガチガチ。汗腺開閉連打。産毛は点数高めの見事な逆立ち。涙腺はギリギリで踏みとどまって、あるかどうか不明な尊厳を守り通そうとしてくれる。眼鏡の内レンズが少し濡れているのは、何故だろう雨でも降ったかな。あ、背骨が超振動している。脊髄がサァーっと音を立てて、温度が急速で下降を繰り返す。なるほどようやく理解した。エイヴィヒカイトくんはビビっているのですね。
「なるほど……初めはグラスワンダーさん
「はい、不運にも他のみんなは予定が合わなくて……ともあれ、それを忘れていたカイトくんはメジロアルダン先輩と出掛ける予定を取り付けてしまって……」
「出掛ける、ではなくデートですよ」
にこやかにグラスへ訂正を入れるアルダン様は、過剰なまでに余裕綽々と言った感情を多方面へと振り撒いてる気がする。これが小手調べのジャブだとか、そんな言葉が思い浮かんだのは何故だろう。
「……そうでした、カイトくんと先輩は
「ええ、あまり周りへ言い触らしてもいないから、理解出来ていない方も多いかもしれませんね」
ビリリバヂリッ、とそんな幻聴。
よそ様対応の丁寧な受け答えだが、やけに攻撃的で棘々しいオーラ。白状するならそれがグラス様へ向かう分には大いに構わない。だって彼女も彼女で対抗できるほどの鬼気背負ってるし。問題なのはその矛先が此方へも向いている絶望感。
無事に生きて帰れりゃ極上の末路。せめて五体は残るのかしらとか、そんな不安がプカプカ浮いている。
「そうしてメジロドーベル先輩からの誘いを受けて……」
「誰かの誘いを断ったりもせず、当日にトリプルブッキング」
「大体その通りでございます」
「大体? ……クスクス……カイトくんってばやっぱり可愛らしい…………――――なにか、一部事実が違うとでも言いたげですね」
「いえまったくもって。全面的に皆様方のおっしゃる通りでございます」
わあい美人の笑顔を見れたぁ。すっごく綺麗だ。彼岸花みたいでめっさ綺麗。
全てを認めねば終わりんこ。否定の意志や、この期に及んで多少でも自己を擁護するような戯言を、今の彼女らは敏感に聞き取ってしまう。なのでこのクソゴミカスから紡いでも許される言語の類は、全てを受諾する類でなくてはならない。これもある意味イエスマン。そうだ、この形態をイエスマン亜種と名付けよう。きっと一部モーションが追加されて、属性や攻撃力などが原種と違うぞ。
「ごめんなさいドーベル……人前ではあまり
「……勘違いなんか、してませんから」
「あら……では何故?」
「……アタシだって、昔からカイトの手を引いてて……アルダンさんにも、誰にも譲りません……っ!」
「――――へぇ」
ジロリと、分散していた敵意は束ねられて、正座しているだけなカイトをものの見事に射抜いた。ああ、これ致命傷です。
「随分と、罪づくりなこと」
「いやー、あはは……」
「喋ってる。誰かがそんな許可を出したかしら?」
「…………」
恐らくはこんなの序の口だ。発言の自由の次は思想の自由を、そして最後に生存の自由を奪われていく。呼吸などの生存における反射的行動も、アルダンの掌の上に収まるまで秒読みに入っている可能性。うーんなるほど、行き着く末路は肉体及び精神的奴隷ですね。十年来の付き合いからくる予測だ、間違いない。
怯えながらも遠目に眺めている級友に、水分が溜まり切った視線で助けを求めるが。
「……(助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて)」
――――イヤムリ…ニゲヨウヨォー…ナムサンデス…アア、ヤッパリコンナケツマツニ…
「……っ、…………(待って行かないでお願いします助けて何でもするから俺をここから連れ出して)」
――――…アッヤッバ…コッチミテッ!?…サラバデス!!…セメテイキテカエッテキテネッ!!
「……っ! …………? ……――――アッ(アッ)」
やけにアイツらが騒がしいと思ったのだが、そりゃそうよね。
「本当に、気が多いのね……こんな状況でも、それも他の娘とアイコンタクトだなんて……」
「 ふっ、 ふ へ っ 」
「私だけでは満足できない? よっぽど女の子が好きなの? ……一度壊せば直るかしら」
人格矯正コース入りましたァー!!
生一丁! そんな感じなノリの幻聴は、己が自我の最期を悟った魂による断末魔だったのだ。実は女が大好きな助兵衛ではなくて、シンプルに女性比率が圧倒的なコミュニティに属しているだけであって、必然的に女性の知り合いが多いだけなんですよ。そんな言葉も届きそうにありません。
「ベルちゃん助けて!!」
「え、アタシに助けを求めるの?」
「本当にごめんなさいでした! 色々と申し訳ありませんでした! でも助けて!! マジでなんでもするから助けてくださいお願いします!!!!」
腹を斬らせようとしてくるグラス。中身を殺さんと目論むアルダン。普通にブチ切れてるベルちゃん。三人から囲まれたこの状況で、選ばれたのはベルちゃんでした。かーなーり、キレているがこの中ではまだ常識的な怒り方をしているベルちゃんでした。
「なんでもする! なんでもするからぁ!!!!」
「じゃ、じゃあ……アタシを選んでくれるなら」
「え゛」
「ふっ、フフッ、ふふふふふ――――ド ー ベ ル ?」
「ゥ゛ォ゛ァ゛ッ゛」
あぁ^~、覇王色の覇気ぃ^~。魂が吹き飛びそうな迫力に、息なんて即座に止まるわよ。
「っっ!! ……絶対に譲れないもん……!!」
「くだらない冗談はやめなさい。あまりに度が過ぎると……愉快どころか不愉快ですよ」
眼力つっよ。そのくせ光が見当たらない。光はおろか闇すら飲み込む重力的な虚無ですねこれ。つーか愉快だの宣うなら笑顔で在れ。無表情は肝を冷やし切るぞ。怯えながらも超絶級の敵意を、健気にも真っ向から受け止めているベルちゃんはとても強い子だった。頑張れベルちゃん。
「でも、アタシの方が先でした!!」
「順序や年月が必須では無いの。貴女の想いに意味はあれど、私たちが刻み合った傷に比べれば無いにも等しいのよ」
「傷っ……傷って、……うぅ……っ!!」
なんだかラスボスみたいなことを言い始めたアルダンは、諭すように言い聞かせる。
「弟へ向けるような感情を久しぶりに再開したカイトに戸惑って、男性へ向けるそれと勘違いしてしまったのね。けれど大丈夫」
「…………って」
「少しカイトから距離を置きましょう。そうすればきっと目を覚ますでしょう。私がドーベルと接触しないようにしておくから、貴女は気にすることなく日常を」
「アタシだってっ、カイトが傷物にしてくれたもん!!」
え、なにそれ。
「え、なにそれ」
身の覚えが無さすぎる晴天に霹靂。つい言葉を漏らすほどには呆気に取られる。
しかし信用が地へ失墜している今にそんな容疑を掛けられれば、仮に濡れ衣だとしても詰められるのは当然のことだった。
「 カ イ ト ? 」
「!?(知らないと言いたいけど喋るの禁止されているの表情)」
「あら……そうなのですか?(真実なら都合が良いと内心ほくそ笑む表情)」
「!?!?(知らないですと言いたいけど以下略)」
傷物ってそういうアレだろうかアレなのか。でもちょっと待ってほしい。カイトがベルちゃんに手を出したとかそんなん無いです。絶対無いです。少なくとも自意識保ってる最中にそんな事象はありえません。記憶にもございません。強いて言えばアから始まってルで終わる飲料で前後不覚なんかに陥れば、ワンチャンスの先に辛うじて存在する可能性ではある。しかし覚えている限りは、べろべろになった場でベルちゃんが同席していた記憶は見当たらない。メジロ本家で飲まされた記憶はあれど、その場には当主の婆と母親くらいしかいなかった、ハズのような気がするが、絶対とは言い切れないのが魔性な飲み物の恐ろしさでもあるのだ。
しかしその後のベルちゃんとの接し方から、顔を合わせにくいと言ったことも無かったハズだ。普通。至って普通に喋っていられたのだ。
「何も言わないなら……そういうことですね?」
「!?!?!?(これくらいお前なら汲み取れるだろと言いたいけど以下ry)」
「……そん、な…………っ、どうして……カイト――!?」
「俺自身が何にも知らないんよ!!!!」
嘆きの叫びが木霊して、この想いよ届けと熱い懇願が止まらない――――!
「…………二度と自由に……縫い留め…………もう外には……」
でもダメだ。信じてくれる気配が毛ほどもない。終わりでござる。
「や、やばい……このままじゃ……死ぬことを許されず生かされ続けるっ……管とか繋がれて、アパートを要塞化されて、栄養剤だけで余生を過ごさせられる……っっ!!」
「流石のアルダンさんもそこまでは……」
それはあまりにも彼女を舐めている。ベルちゃんはアレの存在を知らないからそんな悠長でいられるのだ。
「各種カテーテルとか、介護用ベッドのカタログなんかも持ってんだぞアイツ! そんなん必要あるのか!? 日常の中で!??」
管を見つけたのは現役を退いてから。カタログは最近、それも意図を感じる発見の仕方、というか発見させられたが正しい。結婚情報誌をさり気なく置いておくのとニュアンスは似ているのかもしれない。やっぱり明確に違うのかもしれない。
何のために持っているのかを聞いてみれば、暗がりを感じる笑顔で無言を押し通されたあの恐怖は筆舌に尽くし難い。それ以来触れることなく記憶の奥底で眠っていたのに、こんなタイミングで想起させられるなんて、やっぱり人生って山あり谷ありの地獄であった。
「つーかベルちゃんの謎発言が発端ですよ!!??」
「あの日のこと、覚えてないの……? やっぱりあれは、酔った勢いでしかなかったの……?」
「酔っ!? …………あ゛ぁッッ!!??」
飲み過ぎて鼻血を噴き出したまま眠り込んだ日があったような、寝床は用意された部屋で就寝したような、起床すれば部屋の模様がなんか違う気がしたけど、二日酔いで認識力も落ちて気にすることなくその日を過ごしたような。
そんなことがあったのだとしたら――――なぁんだカイトの責任ではないか。
「いっ、ゃえっ、嘘っ、マジで……?」
「……思い出したんだ」
「そっ、……の…………本当に?」
「は……はじめて、だったんだからぁ……」
「――――――――まずその件は置いておこう」
混沌がいくつも存在しているこの場にて、同時に相手取るのはキャパが潰れる。一つづつ丁寧に対応して行こう。とりあえずベルちゃんのご両親とは、近いうちに腹を据えて話す必要があるのかもしれないですね。逃げないのでそれまで待っていて欲しい。
キリリと表情を引き締めれば、お嬢がどこぞへと電話を掛けている。あらやだヤな予感。
「ちょっ、ちょちょっと、何処へ電話を??」
「……道具は揃っているから……ええ……必要なのは…………」
「やめろォ! 絶対迎えにくんなよババア!!」
「……――――うるさい」
「ヒュッ、、、、っカッ、、」
痺れる一瞥に、たまらず肺が動きを止めたような気がする。でもここで頑張らねば終末は近い。この最悪な空気のまま連行されてしまえば、二度と日の目どころか外気と触れ合うことすら不可能となってしまう。必ずそうなる。俺の予測は既に予言だ(震え声)。
「とりあえず今更ではありますがわたくしめの言い分をお聞きになられてくださいませんか!?」
「聞いてもいいけど……」
「私は……この状況が好都合でもあるのでどうでもいいですね」
「言葉はもういりません。そんなの必要なくなるのだから――ね?」
死を――否、生を悟った。強制的な生存。
「そうですね、折檻はメジロアルダン先輩に任せましょう」
「アタシもそれでいいかな」
「二人とも軽いよ!? もっと深刻であることを自覚してください! 一つの人格がいなくなっちゃうんですよ!!??」
「ええ、向かいます――――……ふふふ」
お嬢による通話は終わり、(刑罰内容の)話し合いも佳境に行き着いている気がする。
気がするどころか、もう猶予は無かったことを、カイトは刹那後に知る。
「それでは私はこれで……行きましょうか、カイト」
「え゛、まって、まだ俺たちは――」
「それではお先に失礼します……ドーベル、結論はまた今度ゆっくりと……ね」
「――話し合っていない! 対話をっ! 俺に対話の余地をくれ――――?!??!」
こうしてクズは生きながら地獄を見て、もう二度とこんなことはしないと誓うのでした。ついでに『デート』の類の単語に、自分でも不可思議な恐怖を覚えるのでした。
・バカクズゴミカス
Xデー以降はしばらくの間姿をくらまして、その日に関する記憶が虫食い状態になっている。点滴などの医療器具が、何故か恐ろしく感じてしまうが理由は不明であった。
最近ただのバカに色々付属してランクダウンした。
その際の内容がなんであれ、ベルちゃんの両親へ土下座するのは確定的になったのだった。アルダンの両親は娘へ好きにやるようにゴーサイン――もとい、自分達で身の振り方を考えるように言っていたり。
最近のマイブームは、ドイツのポップカルチャーを聴いて正体不明の恐怖を癒す――ようになったのは何者かによる半洗脳によるもの。気付いている者は何処にもいない。よく分からんけどドイツ語リスニング力がいつの間にか無自覚に上がっている。よく分からんけど。
寝てる間に首筋へ極小チップ埋め込まれて、バカのバイタルや現在地情報を逐一確認できる誰かがいるらしい。
・アルダン
この件が後にてぃへんな騒ぎの種となったりするとか言って今後の伏線とする。
とある新種の住まいには、介護用ベッドが導入されたらしい。生理食塩水や栄養剤なんかがパックに入ってダース単位で届いたらしい。その家の鍵は内から開かないようになってしまったらしい。誰かが閉じ込められてたらしい。
・ドーベル
この件が後々にてぃへんな騒ぎの種になります(断言)てかします。
此度の一件に手応えを感じたようなそうでもないような。
・グラス
いいぞもっと拗れろ私が動き易くなる。しかし噂以上の独占力の強さに歯噛みもしてる。
もういっそ実家へ連れ込もうかと模索中
終われ
深い意味は無いけれど
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お祭りお助け黒色娘が善哉善哉
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ジンクス絶破ウーマン良き良き