「今のボクの方が速かったよね!!」
「いいえ私ですわ!!」
「あー……多分同着かな」
動体視力も人間より多少は優れていると自負はしているが、それも徐々に落ちてきているのが現状のカイトでは、スパコンカメラと同等の判定は下せない。両者が切迫した実力の持ち主なら、見極めの困難さはドンと増す。世代を圧巻しうる頂点的実力ならば、更に難易度はドドンと増してしまう。
その辺の見極めをカイトに任せるなと言いたくもある。しかし安く請け負って尚且つ遅刻までやらかしたのは圧倒的なまでの非なので、言いたい文句は飲み下すしかないのです。ちくせう。
「でも明らかにボクだよね!?」
「私に決まってますわよね!?」
「だから同着だって言ってんだろうが!」
心なしかスタート位置分、テイオーの方が有利そうに見えなくもなかったが、やはり断言出来るほどに差が出ていたわけでもない。切磋琢磨は依然として続いて、互いを高みへ向けて刺激している。うちわっぽくてうずまきっぽい関係性だ。見ていて小気味良く、爽やかな青い春の気配がする。
「じゃあじゃあ、強いて言うなら?」
「おいコラ何度言わすんだよ」
「お兄様の独断と偏見と好みで言うのなら?」
「え、ならマックイーン」
「はあ!?!?」
すまんな帝王殿よ、そんな話なら即答です。贔屓目に見ていいのなら迷わず選ぶ。どうせなら公正な判断をと思っていたが、それでいいならそのほうが楽だ。ところでマイシスターがそれで勝って嬉しいのかは疑問点だが、気にしない方がいいのかな。
「ズルじゃんそれ!」
「勝敗を委ねたのは私達の総意なのですから、ちっともズルなどありません」
「感情混ぜて判定したらマックイーンが勝つに決まってんじゃん! どうせ十バくらいの差をつけてもマックイーンって言い出すような人だよ!?」
「お兄さんね、その認識もどうかと思うよ」
とりあえず肯定はしないでおこう。否定もしたって無意味だろう。指摘に間違いがあるどうかはさておいてほしい。
「シスコンに任せたのが間違いだったよ……!」
「いやだからさ、同着だってば」
「お兄様、独断と偏見ですわ」
「マックイーンかな」
もはやそういったプログラミングでも施されてるのかもしれない。でもしゃあない。可愛いものは甘やかせと、カイトのゴーストが耳元で囁いているのだから。テイオーの小生意気な感じも嫌いではないが、むしろ年上としては話して楽なタイプではあるが、しかしマイシスターとら比べるべくもない。
などと冗談はさておき、なんにせよ一段落は着いたと判断する。
「とにかく同着だ。納得いかないなら分かりやすい差をつけて、相手に完膚無きまで勝って見せろ」
「ええ……急にそれっぽいこと言われても」
「もうそれっぽい立場なんだぞ、俺」
襟元に輝く徽章を、これでもかと指し示す。
「つーか終わったんだし急げよ。お前らの後輩共がやって来るんだろ」
「お兄様の後輩でもありますのよ?」
「俺はいいの。もう走んないし」
「またそんなこと言って……スペちゃんが悲しむよ?」
「ハハハッ、面白い冗談」
その件に関しては消化済みだ。負け越してこそいないものの、決定的な勝敗を快く譲ったのだ。満足してもらわないと困る。
「オラオラ、あの二人が来ちまうぞ」
「あれ? 知り合いだったっけ?」
「メル友。直接会ったりしたのはかなり前で、それっきりかな」
「メル友……?」
「……メル友?」
世間体の手前、深い交流などは無いが良好な関係ではあると思われる。そんな二人が今年弊中央トレセン学園へやって来ていると、そんな連絡を一ヶ月くらい前に受け取っていた。
最後に見たのはランドセルを背負っていた頃だが、きっと今もさほど変わらないままなのだろうと予想される。成長期故に多少は背丈も伸びているだろうが、急激に大きくなることもそうあるまい。
「個人的にあの明克さは嫌いじゃ……ちょいまち」
私用とは別で持ち歩き始めた携帯、ではない方が鳴る。
着信相手はたづなさんだ。校内でプライベートの方へ電話など、それなりに緊急性のある要件と見た。
「もしもし」
『――――っ!』
「ほほう、なるほど了解致しました、それじゃあ校舎裏の方に追い立てて……ええ、それでは後でまた」
蛍光色なメーデー、すなわち不法侵入者の報せである。
学生やってた頃は興味のきの字も持たなかったが、どうにもこの学園には、生徒へ針をブッ刺しては逃げていマスクな輩が出没しているらしい。らしいというか、現役を引いてから対面したこともある。なんというか言動がふわふわとして、怪しさ満点な人物だった。そりゃ取り締まり対象である。
ましてや今日は未来のある後輩達が大勢いる。何も知らない彼女らが毒牙に掛かるのは見過ごせない。個人的にもちょっと、いやかなりの因縁的なのがあるのでサーチアンドデストローイ確定である。
「ほんじゃ用事できたから、俺はちっと行ってくる」
「えぇ〜? 手伝ってよー」
「俺は俺で忙しんです。一丁前にねだってんじゃねぇクソガキ」
「唐突に言葉が強いよ……」
おっといけない。大人な振る舞いを心掛けないと示しもつかない。
「行ってらっしゃいませ」
「おっす。お前らも急げな」
そうしてカイトは走った。
全てはあの詐欺師モドキを撲滅せんとするために。
「クソアマがゴラァッ!!」
「ヒイィッ!? 語気が強いいぃぃ!!」
吐き出される怒気に怯えようと、背中を見かけによらない筋力でガッチリ捕まえているたづな女史は、マスクの彼女へ後退させることすら許しはしない。
「今日はまだ何もしていないのよぉ!!」
「無関係な人間が出入りしてる時点で罪在りきだコラ!! つーか前科多すぎなんだよテメェ!!」
タイムに伸び悩むマイシスターへ声を掛けていたり、ぽわぽわした気質にかこつけてズブいお嬢様へやらかそうとしていたり。他にも聞いてみればスピカやリギルと言った面々にも声を掛けていたとか、色々出てくるわ悪業の数々。中でも身内に手を出そうとしていたことにキレてたりキレてなかったり。そんな個人的な怒りもそこそこそれなり大目には含まれているのかもしれない。
「……で、どう料理してやりますかコイツ」
「うーん……カイトさんに任せても構いませんが……」
刑の実行を託してくれるのは尊厳をぶち壊し尽くす極刑をお望みと同義である。たづなさんは恥辱に満ちた責め苦をご所望らしい。なんてこったいやったぜ。
「え? いいんすか?」
無論そうなれば、人として生きていけるほどの余地を残す気はない。極刑とは死に近いからこそ極致なのである。
いかん口角の尖りを鎮めろ。サンドバックが手に入りそうだからって分かりやすく喜ぶな。もっとつらっとした態度を心掛けよ。
「……まっ、たづなさんがそう言うならしかたないよね。うんうんしかたない」
「噓よぉ!! 仕方ないって顔してないわよ!? 『やったぜ!』って心を隠せていないわぁ!!」
「事件とは表に出るから事件となり、永遠に行方知らずなら事件には発展しない…………廃人ルートへようこそ☆」
「いやあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 恐ろしいこと呟いてるうううううぅぅぅぅぅ!!!!」
悪くない叫びだ。その調子で怯声を上げろ。じきに助けなんかを乞うかと思われる。しかしながら容赦などあるものか。苦悶の海へぶち込んでやるぜ。
「恨むのなら――――アイツらに声かけた、過去の自分を恨め」
「あ、ぁあ……もう駄目なんだわ……針の真髄には届かずここで冒険は終わってしまうのだわ……」
常々気になっていたのだ。知生体は果たして最大で何時間起床していられるのか。調べれば記録は出てくるのだが、厳密な詳細をそれなりに気になっていた。もっと言うのなら、実際に目で見て知ってみたかったり。人とはなんでも、水を額に垂らし続けていると絶対に睡眠を取れないらしい。永遠に眠るまで。
「…………クカカッ」
興味が明かされるのは悪くない。寧ろ良い。良すぎて笑みが止まらん。
「……そう言えば、カイトさんはこの後スピカの公開トレーニングがありましたよね」
「へ? ……ありますけど」
「この方の対処は引き継ぎますので、是非そちらを優先してください」
「むっ……」
それを言われれば引かざるを得ない。カイトの怒りかチームの事柄か、どちらの方を優先するかは決まっている。
決まってはいるのだが、こちらの処理を率先して行いたい自分がいるのも事実。
「でもなぁ……ソイツ、ぶっ壊したいしなぁ……」
「!? ヒュィェッッ!??!」
「カイトさん? それはマックイーンさん達よりも優先すべきことですか?」
「……それもそうだ」
腰に手を当てて りつけてくるたづなさんに免じて、ここは大人しく引くとしよう。腰を抜かした彼奴には抵抗の意志は感じられない。後日はともかく今日に限っては大人しく連行されるだろう。
折檻もとい拷問もとい極刑は、次の機会を楽しみにしていよう。
「じゃあ後は任せました」
「はい。後輩の方々へ、しっかりとした姿を見せてあげてくださいね」
「……ういっす」
優しい笑顔で関節を極めているたづなさんに見送られて、スピカの元へ急いだのだった。
「やってますかー?」
「おう、見りゃわかるだろ」
「程良く気張ってんね。良いことじゃん」
「それもそうだな」
鬼気迫る三人が風を引き裂いて、アマ姐さんゴールを通り過ぎる。レースに掛けた熱量も伝わり、切磋琢磨する姿も伝わる。これ以上ないデモンストレーションだ。
「意外と見学者多いね」
「ああ、俺にもお前にも良いことだ」
「てっきりグラスとかエルの方に殆ど行くのかと思ってたわ」
「おい? チームの
そうは言われてもしょうがない。リギルにはスピカには無い雰囲気がある。スター性も粒揃いな上に、実力に関しても伝説級。やり手な第一印象を受けるおハナさんの存在も、硬派で実力派なイメージを後押ししている。今や肩を並べる強豪ではあるものの、どうしても芸人感の抜けきらないスピカと、クールでプロ気質なリギルのどちらを初見で選ぶのかと言われれば、カイトは口を噤まざるを得ません。
隣で話を聞くスぺも、思うところはあるのか苦笑い。
「……とか言ってな」
「なんだよ」
「移籍の話を断ってた奴がよく言うもんだ」
「は?????」
ニタニタと笑いながら、ちょっと何を言っているのか分からない。若年性なボケが始まった可能性、ありますねこれは。隙あらばマックイーンの脚へ触れようとするたびに、些か強く蹴り過ぎたかもしれない。
「移籍って……どういうことですか?」
怪訝そうだが深刻な話ではないのだ。やめて深堀りしないで羞恥で逝く。
「やめろください聞くなスぺ。てか何で? どこで知りやがった……!?」
「おハナさん酔わせたらちょろっと」
「あんの行き遅れが……!」
食い扶持が稼げれば無問題なカイトとしては、何処に所属するかの意味は何処に居ようと変わらない。それならやり易い方が楽だという
申し訳なさそうに断ったのがバカみたいだ。
「なんだかんだスピカに居たいってことだよな~?」
「……ふーん? カイトくん、へぇ~?」
「スカイみたいな反応やめろデコ抉るぞ」
「ふふっ……可愛いわね」
スズカまで悪乗りしてくるのは実に良くない。
「今はほら、後輩たちへのアピールタイムだろ。なので散って下さい」
「あれは分かると思うけど照れ隠しでね、ああいった天邪鬼を見るのもこのチームの楽しいところかなー」
『可愛い』
「おいガキ共やめろシバくぞ」
カイトを使って愉悦を得るな。あまつさえ後輩達を煽るな変なことを吹き込むな。
「ってよく言うけど実際にシバかれたことがこれっぽっちもないんだよね。締め技はたまにされるけど実は全然痛くないし」
「口だけ暴力的なのもお兄様の魅力ですわ」
それを俗に人は口が悪いというのであって、別段魅力的なポイントにはなり得ないと思われるが如何に。
「やっぱりカイトさんは優しいんですね!!」
「どうしてその結論に…………ありゃ?」
今の声には聞き覚えがあるような、そんな気がした。
キラキラと、己の夢を疑わないような宝石の瞳。不純物の存在しない、純粋無垢な眼差しをどこかで見たような。
深く真っ黒な髪が覚えの後押しになって、数年前の記憶を引っ掛かける。
「キタサン……?」
「はい! 久しぶりですカイトさん、キタサンブラックです! 帽子変えたんですね!」
「………………ああ、姉か」
話に出たことは無かったが、年の近い姉がいたのだろう。腹違いか、ギリ一年超しに生まれた姉妹なのだきっとそう。
それにしても姉も妹も同じ名なのはいかがなものか。名前とはアイデンディティだろうに、自己を確立させる根幹が生まれの近しい者と被るのは、歓迎されることではないだろう。げに厄介なのは、自らの名前を自らで決めるウマ娘の本能だろうか。
「妹さんとはメル友なんだ。学園で過ごしていくならそこそこ顔も合わせるだろうし、これからよろしく」
「はい! よろしくお願いします!! ……って違う!」
隣に居るのは――――これも姉か。顔つきがこんなにも酷似しているのなら、多分名前も似たような感じと見た。境遇の似た姉妹が姉と妹とそれぞれで仲良くなるとは、運命って不思議だなぁ。
「こっちは…………」
「はいっ! サトノダイヤモンドです! 眼鏡似合ってますよ!!」
「………………こっちも姉か」
「違いますよ!?」
世の中って奇異な世界だなぁと、やっぱり事実とは小説を凌駕する奇特さでありふれているのでした。
「んで? 俺が知ってる方のキタサトコンビはどこだ?」
マックイーンとテイオーのファンガールっぷりを見るに、てっきりスピカへ一直線かと思っていたがそうでもないのだろうか。
「もしかして間違えてリギルに行っちゃった?」
「違いますってば!!」
「私たちに姉はいませんよ!!」
あー、あー、聞こえん聞こえん。流石にそれは無い。成長期という概念のヤロウにだって、やって良いことと悪いことがあるのだ。というかコレが真実なら、マックイーンとテイオーの立つ瀬が無いではないか。スラッとし過ぎて、哀れで惨めで悲しすぎるのだ。
「認めんぞ、俺は認めん……ッ! マックイーンにはもう未来が無いんだぞ……!?」
「お兄様??」
「こんなの見せつけられて、あんまりじゃないかッッ!!」
「お兄様????」
業務に必要と言われて、様々な御業を仕込まれたカイトには分かるのだ。歩き方で体重の増減が分かったり、腕の振り方で肉の付き方を把握できるようになってしまったカイトの観察眼は、服の上からでもあくまで不可抗力でその戦闘力が測れてしまう。こんな事を我がトレーナーができると知ってから、とりあえずアルダンと会った回数分タコ殴りにしておいた。
そして言うまでもなく、マックイーンの将来性はDなのでした。ちなみにスズカはE-と、日を増す毎に削れている気すらする。向かい風を受ける面積を可能な限りに削ぎ落とす。彼女はそうしてゆとりを喪っていってしまう。機能美を追い求めし代償は大きいのだ。
「ボクもね……認めたくは無かったんだ……」
「あ、あの不屈で有名なテイオーの目が、死んでいる、だと……!?」
これは由々しき事態だ。何度でも立ち上がるのが代名詞でもある存在を、こうも曇らせることが出来るとは、ブラックの名は伊達ではなかった。
「マジか……マジなのか……」
「もう! ひどいですよカイトさん!」
キタサンはプンプン顔で詰め寄って来るが、思い描いていた構図とは些かを遥かに超えて違う。なんかこう、もっと小さいのを相手にするのだと思っていたのに、思っていたのとなんかちがう。なにこれ。
「ちょっと待ってね……………………えぇ……?」
「お前も中央所属の端くれなら、これくらいの急成長は見慣れておけよ?」
「おさすがお年上サマ、お年功のお蓄積をお感じるお言葉だぁ……」
「……どんだけ混乱してるんだ」
憎まれ口も簡単に叩けない動揺の渦中にさらわれてしまった。
どなたか冷静さを譲ってくれ。
「みなみとますおはなんだって教えてくれなかったんだ……?」
「言わない方が面白いって言われて……確かに面白そうだと思ってしまいまして……」
「思っちゃったんだ……ならしょうがないね……」
申し訳なさそうにはしているのに、ドッキリ大成功と目にはデカデカと書いてある。こういうのやってみたかったりしてたのだろうか。可愛い。しかし年下には基本優しくがモットーなカイト。邪気が無いのなら許してしまおう。そも気分を害された訳でも無いのだ。なにより成長するのが悪いことなどと、口が裂けても言えない身分でもあるのだ。
「二人とも大きくなったなぁ……おにいさんしみじみとしちゃうぞ」
「それにとってもキレイになったよ! ね?」
「うんー?」
おおっと難しい質問です。
「……うん、まあ、かもねー」
「あれ、反応がイマイチ……」
ちょろっとその手の問いに対しては、曖昧な笑みしか浮かばない事情を抱えた昨今。
「いやいや、見違えるくらい美人じゃん!!」
「……そうねー」
「ムッ! ……ほらよく見てよ! スタイル抜群! 顔立ちも可愛い系と綺麗系のいいとこどり! キタちゃんは元気に溢れて、サトちゃんはお嬢様然として、何が不満だってのさ!」
「いや、別に? 不満なんてそんなん、ぜんぜんないけど」
「あっ、……テイオーさん、その辺で……多分カイトくんは……」
後輩のアピールをしたがるのは良いことだと思う。後輩想いな姿は良き。しかし、しかしである。しかしと言わざるを得ない理由が此処にはあるのである。
勘違いさせるよう発言は控えるようにと、釘に釘を刺されてそのまた上から釘を五、六本刺されたのは記憶に新しい。マジの釘を持ち出してきたのには恐怖に恐怖を塗り固めた恐怖しかなかった。肝がキュッて絞められる思いだった。
自分の言葉でそんな事象が引き起るかは別として、辞めて欲しいと言われたなら言わないように心掛ける。なのでちょっと、異性を褒めるのにはおっかなびっくりになっているわけだったのでした。
「だ、大丈夫ですよテイオーさん!」
「キタちゃん……」
「あたしっ、まだまだ子供ですから、だから、ぜんぜん気に、してないっ、です……」
「キタちゃん!?」
ううむ嫌な予感がヒシシとする。この手の勘は間違えたことが無いのだ。誰か助けて。
「わ、私も全然……」
「サトノさん……」
「少しは成長したなんて、そんなこと……っ、思いあがって、っ、なんか」
「――お兄様?」
睨まれて目を逸らせば無言の四面楚歌。先輩やクールダウン中の三バカはおろか、同性たるトレーナーまでもが白くて冷たい視線。同情的な視線はスぺのみだが、憐みの中には『でも身から出た錆だろう』という概念も感じる。つまり彼女は本質的にカイトを見捨てているのだ。ザッケンナコラー!
しかしてみくびるない。乙女を泣かせかけてるとあっちゃあ、我が身可愛さにダンマリは決め込めないでぃ。
これも未来に満ち溢れた後輩の為であり、ガラス色の水晶な恐怖には負けません。エイヴィヒカイト、覚悟を決めました。
「……ほら、二人とも凄く見違えたからさ…………面と向かって言うのはその……」
「……」
「……」
「恥ずかしくて…………うん、なんだこれ」
遠巻きに黄色い視線しか感じない。なんでですか。なんでこんな公開告白みたいな雰囲気になってるんですか。後輩への誉め言葉くらいもっと気軽に言わせろ。空気を重たくするのやめてクレメンス。
「見ていて元気になる魅力というか……とても、魅力的になったよ」
「――――っっ! ……とてもですか?」
「うん。前にも増してとっても綺麗になった……笑った顔とか、太陽みたいに綺麗だ」
「ぁぅ、――っ……ありがとう、ございます」
これでいいのか満足しましたかぁ!? とかなんとか大混乱の極みをつっ走る我が心中。
キタサンは赤く俯いて、黄色い囁きが止まらない。この流れは不味い。実質女子高のここは、話題の種が噂へと結晶化するのにそう時間はかからない。要約すれば、果たして何が言いたいのか――――
「サトノも……その」
「
「サトノはっ! ……大人びた雰囲気を持つようになったな」
「……本当ですか?」
「嘘みたいな褒め言葉が似あうくらい、綺麗になった。その上幼さもどことなく感じて、それも可愛いと、思う」
「……はぅ――――ありがとうございますっ!」
――――この流れの入口へ足を踏み入れた時点で、エイヴィヒカイトへ降り注ぐ災厄は避けられない。人災の類だが、百二十の確率でカイトを見舞うであろう大厄災である。
それを受け止める覚悟が出来たと、カイトはそう申しているのだ――――!
「ああ、オワッタ……」
「……今度ご飯でも奢ろうか?」
「業火にダイナマイト注いでどうすんだよ……!!」
例え不完全でも、確かに彼は覚悟(震声)をしているのだから――――!!
「さて、ウチの雰囲気も伝わったところで……」
「ああ……宴ダー!!」
「ああ、体験入部、受け付けるぞ!」
麦藁な海賊のような叫びを華麗にスルーして、トレーナーは『体験入部』とデカデカ印刷されたタスキをキタサトへ手渡す。
そんな光景を遠い目で見ながら、今後の学園生活へと思いを馳せる。
ここへ来た当初と比べれば比べる程に、ああ、やっぱり悪くない景色しか見えないのだ。
好きな人に怒られることも、仲間に揶揄われることも、日常の中にある波乱も、日常の中にある笑顔に囲まれても、悪い気分にはどうしてもなれない。
賑やかさはこれからもっと増していく。そこに煩わしさを覚えることも、もう金輪際やめるようにした。
暖かい場所に身を置く罪悪感は、もうほとんどなかった。
「あれ、そう言えばカイトさんはどうしてジャージじゃないんですか?」
「俺、アスリートからトレーナーになったから」
「え?」
「ドーモ、スピカサブトレーナーのエイヴィヒカイトデス。以後ヨロシク」
「……え?」
「……ヤモリの黒焼きなんざ久々に食うな」
こうして食べれば中々どうして、意外といけるのだコイツは。大量に在庫を残したゴルシから、数本持って帰るくらいの懐かしさ。
食べる物に困っていた小学の高学年の頃以来だろうか。自然公園などの場所には割と食糧が満ちてはいたが、そこから調達しすぎるとアルダンから怒られたりもしばしば。生きるためにその行為を辞めることはなかったのだが。それがまた露見して泣かせたりもあったり。
そんな懐かしい味に、学園内で浸るとはまさかすぎた。
「ゴルシはどこから調達してくるんだ?」
「不思議な人ですね、ゴールドシップさん……」
「アレは慣れると面白いぞ。……見守る場合によるけど」
「あ、あはは……」
隣を歩くサトノの肩には、仮入部と書かれたタスキは無い。本日のスピカ体験会は無事に終わって、今は夕暮れが程よい時間帯。
校門までのちょっとした桜並木を、ゆったりと歩く。
「キタサンは?」
「先輩に連れて行かれてしまって……えっと、確か、サクラ……バク、バク……」
「ああ、バクシン委員長か」
「そうですっ! バクシンオー先輩です!」
運命的な繋がり云々と力説されて、夕食へバクシン的速度で連れ込まれたとか。
「あらら、置いてかれちゃったのな」
「はい。なのでこうしてカイトさんと一緒にいるんです!」
「門までだけどな」
カイトの今日の業務は終わっている。振られる仕事が少ないのは見習いペーペーの常ではあるが、少しづつ教えようというトレーナーの気遣いだ。快く受け取って、本日は颯爽退勤しようと思う。
ヤモリを口に咥えて、帽子に付着した桜の花弁を、指で丁寧に取り除きながら歩けば観察の視線。
周りには誰も居らず、視線の主は間近にいる。というかサトノ以外に居なかった。
「……どうしたの?」
「……あ、いえっ…………その、耳って」
「…………あんまり、気持ちの良くないもの見せた。悪い」
気不味さごと隠すように帽子を被り直す。
気が緩み過ぎだ。過去に何があろうと、現在にどうあろうと、事情を知らない者からすれば嫌悪を誘発する材料でしかない。レースの熱の中で紛れる程度の醜悪ではあるが、こうして落ち着いた場では相応しくない傷だ。
「ごめんな、キモかったろ」
「いえ、そんなことは……」
「……最近気が抜ける日が続いててさ、本当ごめん。もう見せないから」
それを皮切りに始まる、居心地の悪い静寂。
間違いなく自分は失敗した。話題に出来るほど軽い物でなく、そのくせこの空気を気にしないでいられるほど、サトノとは仲が深いわけでもない。
ぎこちなく、ギクシャクとした噛み合わない空気を共有して、二人は静かに門へと歩く。
「……」
「……」
こういった部分も、要勉強が必須なのだろう。ビジネスライクだけで務まる世界ではないことはカイトも重々承知している。心の触れ合い方が下手くそなら、良い関係性は生まれず、上昇する化学反応も起きやしない。
人付き合いの仕方は今後の課題だなと、そんなことを考えていた。
「あのっ」
「……ん?」
「カイトさんは、スピカのトレーナー、なんですよね」
「ん……つってもサブだけどね」
「なら……スピカに入れば、カイトさんの教えを受けれるんですか!?」
「え」
これは、そういう話だろうか。
何故経験もクソも無い初心者も良いところな自分なのかは不明だが、カイトをトレーナーに据えたいと、そう思ってくれたと。
「…………無理、かなぁ」
「ど、どうして……っ?」
「んっとね、俺はまだ経験が薄い、というか無いに等しいんだ」
諸々の研修を終えて、ようやく学園で業務を初体験して、実はまだ半年も経っていない。
そしてこの仕事は、やはりというかなんというか、経験が何処までもモノを言う仕事なのだ。
練度に対する負荷。体質に合わせた食事。気質に沿った走法。サッと出てくるだけでも、こんな曖昧かつ個人差に左右される内容を、ウマ娘それぞれに見合ったラインを提供しなければならない。
トレーニングにおけるテンプレ一つ取っても、指導者各々の個性と経験論が複雑に絡み合って出来上がった代物だ。素人齧りの手腕で天下を取れるのなら、この世界はもうとっくに廃れている。そうなっていないのは、この世界で頂点を競う者を支える、縁の下の持ち主が相当数に限られているからだ。
そしてカイトがその一握りに含まれていないのは、当然の話だ。
「今はトレーナーに付いて回って……大体一から二年学ばせてもらうつもりなんだ」
「そうすればカイトさんは、晴れて本トレーナーに?」
「さあ? その時に合格って言われりゃそうなるだろうけど……」
簡単になれると、安上がりな断言はできない。
「サトノの気持ちは嬉しいけど、つーか疑問の方が先に来るけど、とにかくそんな感じです」
「……なら、今はまだ早いですね」
「『今は』? ……なんでも良いけど、焦らず探しなよ。トレーナーとの出会いは割と一期一会と聞くし、今はこの人だと思ってても他の人の方が良かった、なんて話も聞く話ではある」
なんならそのパターンこそが、現在のサイレンススズカその人である。今じゃアルプスの天然水みたいな先頭民族な人だが、初めましての頃のクールビューティさはちょっと近寄り難かったり。そんなクール君は絶賛旅行中である。なお、多分帰ってくることはない。
今でこそ最高のトレーナーの元にいるが、その前、おハナさんとは気質が合わなかったからに結果も出ていなかった。リギルのトレーナーと言えども、相性がどうしようもなければ良い結果には繋がらない。
パートナーとは冷静にかつ慎重に吟味するべきなのだ。
「もっと良い人が見つかるよ」
「そうでしょうか?」
「そらそうさ」
「でも私、もう決めちゃったんです」
妙に熱っぽく、彼女は語り始めた。
「この人しかいないって、この人以外あり得ないって、その人がトレーナーになったって知った時から、私の中の私がずっとそう言ってるんです」
「……それが誰を指すのかは聞かないけど、明白な浅慮だ。決断する前によく考えた方がいい。サトノの家のこともあるんだ、それを思えば慎重さは過剰でも足りないんじゃないか?」
「……そうです、サトノ家は私の代でG1ウマ娘を出す。出さなければならない」
「だったら尚更」
論破は出来た様に思える。熱を持った語威はすぐさまなりを潜め、冷静さを取り戻してくれた、ように思えた。
「ペーペーの初心者なんて、初っ端の挑戦は失敗が付き物だろ。むざむざ失敗への道に付き合う事もない」
「……」
「成功への道の半ばで失敗を繰り返して、目指した場所に辿り着きゃいいんだから」
「…………ですか?」
さっき以上の情熱が、か細い呟きに込められている。
「なんだって?」
「今のは……ジンクスですか……?」
「……初心者が端から上手くいかないって話?」
「はい。それはジンクスですか?」
「えっと……まあ、ジンクスっちゃジンクス……?」
検索を始めよう。キーワードは『ジンクス』。
ジンクス:アメリカ起源のことばで、本来は縁起の悪い物事をいうが、一般には善悪を限らず、縁起を担ぐ対象となるすべての事象をいう。 古代ギリシアで、魔術に使った鳥の名jugxに由来し、不吉なことや人力の及ばない運命的な物事や定めを意味している。以下、コトバ●ク調べ。
なるほど確かに、縁起を担いでいるとも言えるのだろう。この場合は悪縁なのだろうが。
「…………なら、やっぱり……」
「……サトノ?」
「…………」
かくして二人は門へと着いた。ここからは分かれ道であり、サトノは車に気をつけて歩道を渡るだけ。今日から始まる寮生活を楽しんできてほしい。
「それじゃあなサトノ「ダイヤです」……サト「ダイヤです!」……サ「ダイヤって呼んでくださいっ!!」…………ダイヤ」
呼べば表情は柔らかく崩れて、少しだらしない可愛さを見せつける。
かと思えばビシリと礼儀正しく、姿勢の良いお辞儀をされる。
「はいっ! また明日もよろしくお願いします!!」
言うが早いか、トテテーッと走り出す背中を見守った。
残されたカイトの目の前を、木枯らしの代わりに桜花が舞い踊る。
なんだったのだろう今のは。あの強引さには覚えがある様で無かったり。デジャヴのような、他者からのリアクションで似たような経験をしたような、そんな感覚に踊らされている。
「…………帰るか」
「おっ、カイトか?」
不可思議な哀愁漂う背中へ、気軽に掛けられる見知った声。正直言葉にできない人恋しさがあったので、話し相手が出来たのはありがたい。ついでに今の現象についての言も貰っておこう。
「……トレーナー、いま帰りか」
「おうよ。ちょうどいい、飯行かねーか?」
「行きたい、けど、んー……ちょっとアルダンに聞いてみる」
「……なんかお前、所帯染みてきたな」
実はその言葉を褒め言葉でしか受け取れないくらいには、自覚していたりする。
「決まりです。決めました」
その人を見つけた時の歓喜。その人がトレーナーだったと知った時の驚喜。その人がそうだと確信した時は勝手ながら運命すら感じた。
有頂天のままに、湧き踊る熱に従えば胸はトクンと軽やかに弾む。
幼い頃の憧れを凌駕する。生家の悲願を成し遂げる。人生における二つの大きな目標を、他ならぬ彼と共に、大きな熱を抱いたもう一人の憧れと共に果たせるのなら、それはどんなに幸せになってしまうのだろうか。
「私のトレーナーは、誰がなんと言おうと――――」
――――紫炎の星と群青の焔。あの場で明らかに頂点に近かった二人を、容易く撫で斬った黒白の軌道。その乱暴なまでの鮮烈さが、幼き網膜に焼き付いている。勝利を手にした後の、威風堂々とした迫力は私へ激震を感じさせて、飽和した感情で脳は壊され、それまでの価値観はボロボロに破壊された。
疵。疵だ。疵を付けられて、幼く未成熟な観は崩壊し尽くされた。壊された。小さかった私は彼に壊されて、砕かれて、圧倒された。
その疵跡が、胸の奥で高鳴りを上げる。
こればっかりは誰にだって譲れない。
ジンクスだってなんだって、阻む物は全て破り捨てて行く。
――魔王は、どんな宝石が好きなのだろう。
――例えばダイヤモンドなんかを献上すれば、彼は喜んでくれるだろうか。
寝違えた結果がこれだよ!!??
アンケ結果反映中……
次回、お助けキタちゃん。デュエルスタンバイ!