えたーなる? ってのはならんよう頑張る
スク水の下から伸びる美しい脚線が浜を抉る。巻き上がった砂が再び地へ墜落する前に、二の足はもう既に先を踏み抜いた。
汗ばむ肌に張り付く砂埃。すぐ隣には隙を見せれば追い抜かんとする圧を放つ帝王。視線はやらず、されど負けじと眼光が鋭く前を進み、意志に伴った身体は疾く先へ進むべしと、負けず嫌いなお嬢様に囃し立てていた。
そんな光景を見て一言申すなら。
「マックイーンは良い脚してるなぁ」
「そうか……お前もとうとうこのステージに上がってきたんだな……」
頬が引き攣る戦慄二割、目標の人物と同様の価値観を得たことで歓喜四割、シンプル明快な共感四割。そんな仲間意識は無視しておくか、もしくは気づいていないことにしておく。だってほら、マックイーンにゴミを見る目で見られたくないし。
「やっぱ強いな、アイツ」
「お前の自慢の妹分だしな」
「まあね」
不敵にニヤリと笑って、その言葉を受け止めた。
「なんつーか、嬉しそうだな」
「妹を褒められて喜ばないお兄ちゃんはいないから」
隠すことなく自慢出来るようになれて、本当に良かった。
「……みんなのお陰だよ」
「お前の努力だって捨てたもんじゃないって事は……」
「分かってる」
額に珠のような汗を流す親友へと、感慨深い視線を向けた。
もう仮面で視界を濁らせたりはしない。自分は自分を好きになっても良いのだと、もうエイヴィヒカイトは知っているから。
教えてくれた友や恩師には、見守っていた家族には、感謝の限りが何時まで経っても尽きないのだ。
「あれから親戚とは元通りなんだろ? 仲良くしてるって至る所で耳にするぞ」
「ん、そうだな。……すれ違うとか無しで元々苦手なのは居るけど、まあ、大体みんな仲良くは出来て……いる……と…………」
迷いを指摘するように脳裏にはポンッと、恥じらいベルちゃんが容易に浮かんだ。しかもこれはあれだ、酩酊の計に蠱惑(比喩)されて、最終段階にてベルちゃん直々に蠱惑(直喩)された事実がオマケで罪悪感を煽りに煽る。記憶無いのにマジ理不尽。
トレーナーの質問に答えるなら、仲良くはあると言える。険悪や疎遠だったなら、そのような感じにはならない。でもこれは果たして、親戚との適切な距離感と言えるのでしょーか? 尚カイトが焦がれっぱなしの水晶みたいなガラスみたいな女性は、『(はぁ? そんな訳ないでしょう? おバカ、おたんこなす、浮気者、やっぱり矯正が)…………自分で考えたら?』などの類似文言を、氷点下を天元突破した目でニッコリと仰られるかと。
「……………………お、思う、けど」
「……冥利に尽きるモノじゃ無いのか?」
「儚い幻想を掲げられるのは、決まって真実を知らない冒険家だけだ」
つまりはアレだ、お前も同じ末路になってくれたまえと願っているのである。
「……話は変わるけど、マックイーンは長距離だろ」
「ああ、3000の距離だってんなら、五人の中じゃ一択だ」
「なら……ん~……キングもいいけど……」
ぶっちゃけたお話、『周囲からの評価を均一にしてやらないと我慢できないバカがいる大作戦』は前回でほぼ達成済みだ。『サイレンススズカ』という異次元の影を千切った『キングヘイロー』。この功績は想像していた以上だったようで、事実として学園内でもキングに向けられる視線の質は、めっきりと変わっていた。
つまるところ、『周囲から――以下略――大作戦』は成功と言えるのではなかろうか。
無論、これがルドルフやマルゼン等の極大レジェンドなら話は別である。
「因縁ある奴ぶつけるのが一番面白いだろうけど……なぁ」
「くじ引きでもしてみたらどうだ」
「あっ、その手が」
帰宅後の予定が一つ、クジとその箱の作成で埋まった。
適性の不可抗力により、エルだけはやはりダートだが――――いかしかたないね!
曰く、示しが付かないらしい。
一応は教育者としてを目指す立場であるからして、いわゆる不順異性交遊の風潮を持ち込むのはいかんのです、と。
そして元々、理事代理の表明した内容には『交際の如何』を否とする要素も多く含まれている。だからこそ賭けの意味が出てくる。
早いが話、「まだ賭けに勝っても無いのに、それは許す訳ないだろう」と。
「今日家来る? 何ならお前ら泊ってかない?? 鍋パしない???」
「行きたくはありますけれど……」
「いんやー、バレたら不味いでしょ」
それこそ寂しいことを言ってくれる。
「でもお前らは寮住まいじゃん。なのに俺は独り暮らしじゃん。……ずっこいぞ」
「子供デスか」
「言い出す頃合いとは思ってたけど……相変わらず
なので欠乏症だ。深刻に深刻で深刻なのだ。もう何考えてたのか分からんくらいに。
――正しくは、欠乏症
南の島テイストなシチュエーションの中で、愛しき我が妹君と共にスヤスヤ睡眠を摂取したお陰だ。不足したのなら他で代替しようとするのは、ショック死へ対する本能的な対策であるからして――これで二ヶ月は持つ。それほどに心の隙間が埋まる時間だった。あとグラスとのお昼寝も、まあ少しくらいは埋めてくれたかもしれない。
無人島にて行われたソルとスピカの合同合宿。
そこで得られた特効薬の効果も、じきに切れようとしていた。
「あーあー、学園の外に住んでて、俺と仲良くて、一緒に遊んでくれるノリの良い人とかいねぇかなぁー」
「随分と限定的ね。……貴方のトレーナーとご飯でも行ってくればどう?」
「きゃつの本日は、おハナさんとデートなんじゃよ」
あの伊達男は既にお誘い済みだった。逆にお前がいつものバーに来いと誘われてもいたが冗談ではない。恋路――に繋がるかどうかは知らないが、そわそわしていたのは、ちょっと面白い。
「きゃつは必死に否定していたが、流石に割って入れるような鈍感じゃないぞ」
「は? ……カイトくんが……鈍感じゃない? ……は……?」
「うーむ、血管ちょいピキさせて疑問の声とは。かいとくん、なっとくいかんぜよ」
不穏に笑みを浮かべるのもワンポイント。きっとグラスちゃんは、旦那の首輪を上手いことコントロールできる良き嫁さんになれるだろう。だってほら、ただの男友達だってこんな風に頭上がらないし。
「あはははっ、カイトは冗談上手いなぁ~」
「俺は一体どんな認識だったんだ……?」
再確認するのは怖いが、しかし評価が上向きな可能性もある。何事も確かめなくては、前に進めやしないことだってあるのだから。
「鈍感極限バカ……かしらね」
「世界に羽ばたく翼を砂に縫い付ける鬼畜バカ……デスかね」
「キャンプファイアーに飛び込む火薬庫バカ……かなぁ」
「寂しがりなバカ……かな」
「……っほほう、言うねお前ら」
エルに関しては本当に謝罪しかないがそれはそれ。
気になるのは、グラスだけが考え込んでいる部分。なんでしかめっ面で百面相? はて、そこまで脳細胞を回転させる問だっただろうか。些細な話題提供のつもりだったが、なんか悩ましちゃってごめんね。
「ちょっとおバカだけど……格好良くて可愛いひと――――ですね」
「ははあ、なるほどね?」
ははあ、なるほどね?
「……? ? ……! そっか、ありがとなグラス」
親からの贈り物だ、もっと褒めればもっと磨かれる気しかない。
父譲りの漆黒髪。母譲りの紅眼。顔立ち母に似た幼げに、最近では父親の精悍な印象も主立ってきている。髪以外は概ね母親に似ていたが、歳を重ねるごとに父へ似ていくのも中々に嬉しいものだ。
――両親の一部が自分を生かしてくれているようで、とても、こう、あたたかいのである。
「…………ハァ……やっぱり鈍い」
「?」
「……
「なあスぺ、コイツはボソボソ何言ってんの?」
「あー……あ、あははー……その内分かると思う、けど」
「ふーん……んじゃその時を楽しみにしてみるか」
言った途端に苦笑い四つに囲まれる。ひじょーに解せない。
「……あ」
「どうかしたの? ……! もしかしてカイトくん、とうとう想いに気づいちゃったの!?」
「は? 想い? スぺ……何言ってんだお前」
「っっ! ……このっ」
わなわなし始めたスぺは放っておこう。
「あれなんよ。学園の外に住んでて、一緒に飯とか行ける人思い出した」
「……メジロ家の人?」
「いんや、マルさん」
ピクリと、明るい栗色の耳が動いた気がした。
「あの人今日暇かな……あの人のご飯美味しいんだよな……」
「家に行ったことあるんデスか?」
「ん。試験合格記念にご飯いっぱい作ってくれた。あのお姉さん、滅茶苦茶に
「カイトはあの人大好きだよねぇ~」
「うん。マルさん好きだな」
ギラリと、蒼い眼が見開かれた気がした、
「あの人優しいし、可愛いし、綺麗だし、好き以外の要素が見つからん」
「ベタ惚れじゃない」
「ありゃりゃ、これが浮気かぁ」
ユラリと、蒼い焔が滾った気がした。
違う。そういうんじゃない。と、言外に視線で向ければ、揶揄いの視線はやめないまでも当然のように汲み取ってくれている。むしろ当たり前だろう。ガチガチの不貞的感情を、その辺の女性へ無軌道に振り撒くなど浮気者の程度では収まらない。極刑で首が三つくらい飛ばされてもおかしくは無い。
「目の前じゃ言えないけどな」
「あら、面と向かっては言ってくれないのね」
「そりゃ恥ずかしいですし」
「お姉さん、素直な方が好きよ?」
「いやそこはそれ、捻くれてるのが俺、で――――す……し…………うん?」
なんかいる。年上オーラをふんわり纏う、完全無敵な伝説感がひしひしと。
こともあろうか、聞かれちゃ赤面モノの告白を、二番目に(一番目は言わずもがなである)聞かれちゃマズイ人に――本人に聞かれちゃった気がする――――――――ッッ!!
「Oh nein――……忍び寄るとはひでえなマルさん」
「ふふ……ごめんね。ビックリさせたくなっちゃった♪」
「ぬぅっ、くっ、屈辱……」
「許してね、カイトくん」
何で言わねーんだ的な視線をぶつければ、いつの間にか愉快な玩具を眺める視線の数々。許すまじ裏切り者共が。
「……」
「カイトくん、今日の放課後は空いてるかしら」
「……意地悪な先輩以外なら、余裕で空けれます」
「それは残念。久しぶりに本気の腕前見せてあげようかと思っていたけど……今日は無しね」
「たった今予定に風穴ぶち開けました!」
「神速の手のひら返しデス……!」
そんなこんなで放課後は始まる。
オフにも友と気軽に遊びには行けない。理事代理の支配が続いてしまえば、これが恒常化する。ナンテコッタパンナコッタ絶対許さん許すまじ。カイトは賭けに勝つ決意を、より強く固めたのだった。
それはそれとして、カイトは好きな先輩と遊びに行くのであった。
「? ……寒っ」
「風邪かしら?」
「んー……いや、誰かが噂してやがりますね。ほら、俺ってばイケメンだし」
「ふふっ、かもしれないわね」
否定はせずに肯定してくれるなんて、とっても優しきナイスな良き先輩。カイトに恋人がいなかったら惚れてしまったかも分からんぬ。あっ、背筋を謎の悪寒波が再び襲った、なして?
ただでさえ学園帰りの放課後スーパーなんてシチュエーション。ラヴいコメディーが始まりそうな気が、しなくもない雰囲気を感じ取ってしまう。
気品のある若奥様オーラを振り撒くマルゼンに、カイトはふと聞いてみたい。
「献立はなんです?」
「ん~……カイトくん、何かリクエストは――「シチュー」
ついつい食い気味、しかし後悔は無い。望みを率先して声に出すことで、欲する物をが手に入る運命を引き寄せる。これぞまさしく、いわゆるちまたでは有名な『引き寄せの法則』であるのだ。
ちょっとの恥ずかしさなど、気のせい気のせい。
「……ビーフシチュー、食いたい、です」
「――――いい」
「はい?」
「可愛いい~~~ッッ!!」
腕に飛びつかれ、後ろに倒しに転びかけた。
スーパーのカゴの中身は振りまわされたが、幸い中には玉ねぎしか入っていない。物少なくて助かった。
「そんな顔されたら……! お姉さんいっくらでも作っちゃう!!」
「……うっす。美味しいのお願いします」
「やる気出てきたわよー!」
頼もしい足取りで、ずんずんと歩いていくマルゼンをカイトは追いかける。
「他には食べたいものある?」
「きんぴらとか、美味かった」
「! 本当に!? ……他には?」
「佃煮とか、食べたい」
「へえ? カイトくんは和食が好きなのね」
洋食か和食か、二択で決めろと問われれば確かに和食が好きだ。お茶も紅茶よりほうじ茶であり、菓子もケーキよりは羊羹。
とはいえ幼少期の事もあるだろうが、そもそも食の好悪自体に境目は無い。こういった言い方は些か乱暴だが、『食えれば何でもいい』のがエイヴィヒカイトの基本だ。
例外は――――ビーフシチューとスコーンくらいなものか。
「どちらかと言えば、かなぁ」
「あら? こだわりは持たない派なのね」
「……安かろうが高かろうが、食えりゃオールオッケーだったもんで」
毎日ご飯をしっかりと食べられる幸せ、サイコー。この生活を手放したくはないので、三女神様マジで頼むぞ。もうシリアスは不要な人生プリーズ。
「マルさんのご飯はなんでも美味しいって話です」
「ありがとう。……ちなみに、何番目?」
「えっ」
途轍もなくお答えしづらい、絶妙に嫌な質問はキタコレ。意地の悪いお茶目な笑みは、揶揄ってやろう感が止まるところを知らないようだ。
往々にしてこの手の問いを乞われたのなら、絶対的に安牌な選択肢が一つある。とりあえずで『一番ですよ』とか吹かせておけば良い。
相手は気を遣った事にも気づける年上で、世辞もしっかりと受け取ってくれるお姉さんである。下手に考え込むより遥かに安心安全なアンサーである。
心無い言葉なら任せろ。こちとら自分自身すら騙し続けた実績があらぁーーーー!!
「ぃ……一番、目……?」
「嘘が下手になったのってホントなのね」
「…………」
「一番はずっと一人だけだものね〜」
視線は自由型バタフライで縦横無尽に暴れ散らかす。人差し指は頬を赤くなるくらいに掻いて、笑顔を保とうと頑張る表情筋は麻痺でもしてんのかってくらいガクブルシティ。オマケに声は上擦った可能性極大。ボロッボロの穴だらけで笑えてくるクオリティ。うーん、この滑稽さはどうよ。
きっとカイトのヒエラルキーを加味すれば、形勢がひっくり返る事はない。バチバチに乙女な一面を持つマルゼンは、その手の方向で攻めれば優越感に浸れる結果には落ち着けるだろうが、いかんせんカイトに与えられる罪悪感はその倍である。口説けば後々が怖いもの。
ので、話を変えよう。
「……そうだ、たづなさんも呼んでいいっすか?」
「構わないけれど、空いてるかしら?」
「そこは俺の人望がモノを言うのですね」
最近はゆっくりと一緒にご飯、なんて出来ていなかった。天啓のように降って湧いたアイディアだが、自賛するくらいにナイスなアイディア。
もしも断られてしまえば相当に悲しいが、ソレはソレ、コレはコレ。無碍にされて落ち込む用意はできている。悲しいけど。なんなら突然に誘ったこっちに非は多い。断られたらまたの機会を楽しみに待っていよう。
「この際だし酒でも」
「んー? 何か言ったかしら?」
「……いえいえ、ぜんぜん、なにもなにも」
許してくれる訳もなかった。
「……、……――」
信じられない、信じたくない? ――いいや、あり得る話だ。
人恋しさに友人と遊ぶ、これはいい。交友関係の八割弱が女性であることを加味しても、まあ許そう。どこまでいっても友は友だ。――例えば、彼に好意を寄せる不届きが居たとしても、彼は深刻なまでに鈍い。直接的な行動を起こして、決定的な物理接触を致さねば、彼は一向にその
だから自分とは違うのだ。圧倒的な立ち位置。唯一無二の相互関係。ちょっかいを掛ける輩も増えてはきたが、されどそのような木っ端とは程度が違う格の差。故に何一つ、二人の間柄には欠片の綻びも無いのだから。
「う――――ふ、――フふ、ふ」
だからり
だから――――――――許せとでも?
「ぁ、るるるるる、だっ、、だんんさささ……」
「…………ええ、はい、お婆さま……来週にでも呼びつけて頂ければ…………そうすれば、後は私が――――
「ひっ、ヒィーーーッッ!!??」
他の女の家へ赴き、他の女の手料理を――はいギルティ。許されざる極罪、いいや許してはならない大罪。
ただでさえマックイーンは、寝所を共にしたとか。それも満天の星空の下で。それも当のカイト本人から誘われて羨ましい妬ましいどうして私は一緒にいられないのになんでマックイーンだけがそんなシチュエーションも憎たらしいいいやこれは憎悪すら私だってそんなロマンチックな――――――――――――閑話休題?
ああ、そういえば、同級生であるグラスワンダーさんとも同衾したとか。
緩やかな暖かさを、心地の良い風が運ぶ砂浜。光が満天に降り注ぐ下で、二人は抱き着いて昼寝をしていたとか。何でも、添い寝はよりにもよってカイトから誘ったとか。
マックイーンもグラスワンダーも、カイトから、誘ったとか。
二人共、カイト、から、誘った、とか。
「ではそのように………………――――――――ああ――あぁ――はっ……あはっ……――――う、、ふふふふふふふふ」
「…………」カタカタカタカタ
「――――――――許さ……ぃ」
私は、誘われていないのに。
私は、カイトと会えない、のに――――――――不思議。
「チヨノオーさん」
「ハッ、ハイ……?!」
「チヨノオーさんは、浮気者を、許せるでしょうか」
私はどうなのだろう。
「えっと、え、っと……! ダメですっ、けど……そのっ、物騒なのはっ、あまり良くないなって……っ!!」
「どうしても、私は――――許せない」
どうして私が埋めるべき穴を、他の女が埋めようとするのだろう。
何故?
「もしかしたら私はちょっとだけ――――少しだけ独占欲が強かったのかもしれません、ね」
「(ちょ、
もう無理だ。もう抑えが効かない。どろりとしたあいじょうは、思考内をグルグルとたった一人だけに満たさせる。
だって彼の心は私で――私の心は彼で。
お互いに刻まれた傷を塞ぐのは、お互いの心だけだ。だから彼は私の所有物で、私の所有権は彼の手に。離れないし、放してはならない相互の鎖が二人の心臓を繋ぎ留めている。引き千切ればそれこそ、お互いに生きていけるのかは、果たして定かではない。
生存に必須だ。生活に必至だ。何よりもカイトの全てが、私の生傷には必要だ。
「不可欠は、欠くことを許されないから不可欠……絶対にダメって、ことが…………――――この意味が、分かりますか、チヨノオーさん」
「!!!!」ブンブンブンブン
上下に元気に髪を振り回す。ああ、なんて可愛らしい。この小動物さは誰もにきっと好かれる事でしょう、例えば――――――――カイトとか。
「そう言えば、チヨノオーさんは、カイトと仲が良かった……です、、よ、ね――――?」
「っぜ、ぜぜぜん全、然ん! アルダンさん、ほどどには!!」
「
「私に全然そんなつもりはァーーーーーー!!!???」
奪いたい? いいや違う。欲しい? そんなのでは相応しくない。
だって彼は、わたしのもの。自分のものを、自分の手元に置いておくだけだ。大切に保管して、大切に手元に置いて、大切に優しく扱い、大切に――とっても大切に愛するだけだ。
この権利を手放しはしない。誰にも渡さない。
なら、やはり、ああ、そうだ――――――許してはならない。
渡してはならない。渡したくないなら、やっぱり閉じ込めて愛して、どこにも行かないよう愛して、丹念に愛して、丁寧に愛して、愛して愛して。
壊れないように、
「っ……今は夏のハズじゃ……?」
背骨の裏側を指で優しくなぞるような、形容し難くもこそばゆい恐ろしさを感じた。
この超感覚は、得てしてカイト自身のやらかしが、形を変えて降り注ぐ際によく感じるやつだ。ただ悲しいかな、当の本人がそのやらかしを問題視していないのであれば、前もって予見した兆しも無駄でしかない。バカであることの不利益がこれでもかと現れている。改善の余地があれば良いのだがそこはお察し。
「冷房効かせ過ぎちゃったかしら?」
「……や、気のせいだと思います」
もはやお馴染ですらあるこの寒気だが、何となく一生付き合っていく運命と見た。よって気にすること自体に意味は無い。手遅れとの確信は得たくないが、うーむ、どうしたものかなと最早達観。
気分を大きく切り替えて、キッチンで食材を広げるマルゼンを眺めてみた。
「手伝いましょうか?」
「大丈夫、ゆっくりしててね」
「それぐらいはさせてくださいよ」
暖簾に腕押し。引く気はないと早々に判断した。
それに情けない話ではあるが、作ってもらえるのは実に嬉しいことだ。なので一から十までをお任せしたいのはカイトも同じだった。
「カイトくんに作るのは久しぶりだから、もてなしてあげたいの」
「ほ、ほう……ふーん……へー…………そっすか」
やたらと気に入られている自覚はある。これで理事代理からのお触れさえなければ、スぺやノチヨも誘ったのだが――やはり不倶戴天の仇である。
脳裏にキャリアウーマンの顔を思い浮かべて、彼女のチームをメタメタに負かす想像をして溜飲を下げながら、マルゼンの手際を興味深く観察していく。なるほど、玉ねぎは先にヘタを取る派なのか、参考になります。
ジロジロと観察を続けていると、一定時間ごとに動きがぎこちなくなる。
「ん? ああ、俺のことはお気になさらず」
「えっと……」
「見てるだけですので」
「……気になっちゃうかな」
苦笑いが一つ。困惑させ続けるのも忍びない。
自分語りはそこそこに気恥ずかしいが、多少は許されるだろうか。
「……好きなんです」
「? ……いっ、いきなり、どうしたの?」
もちろんマルゼンスキーが好きで好きでたまらないから、ついつい口に出てしまった―――訳ではなく。
「誰かがキッチンに立つ姿」
「……」
「たづなさんとか、アルダンとか……子供の頃に飯作ってくれた時の、こう……なんつーか、さ」
持ち込んできた食材が、手提げからはみ出して。玄関前では袋の音が鳴って。『しかたのない子』とか、『世話が焼ける』だとか、使われる気配の薄いキッチンに眉を顰めて、持参したスリッパをはためかせて忙しなくエプロンを羽織る。
五感は覚えている。その背中、その手つき、その眼差し、その慈しみ。――――鍋の揺れる音も。
その優しさの数々を、忘れたりはしない。
「どこにでもありふれた日常が、自分にとっては新鮮そのものだった時を思い出す」
「……そうなのね」
「――思い出すたびに、心が軽くなるんだ」
今と過去を照らし合わせて、相違が少ないことに安堵する。
だって、あの暖かい時間こそが日常なのだとしたら、似た景色を珍しくも無い頻度で見られる。そんな今が、どれほどに恵まれているのかをその度に知る。
「だから、誰かが料理している時の後姿が、
「そっか……そこそこ、ね」
個人差がどれほどかなのはともかく、
「どうせたづなさんが来るまで時間もありますし」
「お喋りでもしながら、ゆっくり作りましょうか……アオハル杯で聞きたいことがあったのよ」
「作戦とかじゃなければ何だってお答え致しまーす」
ウチのチームには作戦もクソも無いのが実情だったりするが、うん、ご愛敬ご愛敬。
「カイトくんは出ないものね……それだけが残念」
「ん――――そっすね。アオハル杯には出られない。……ま、退屈はさせないサプライズを一つ用意してるところなので」
「サプライズ?」
とびっきりを約束しよう。
目を掛けてくれている先輩へ向けて、自分のできる精一杯を。
「そそ。スペシャルサプラーイズ、ってね。――――気長に、乞うご期待くださいな」
「……これでよし、と」
「貴方……やけに険しい顔だけど」
「ん? ああ、たいした事じゃないんだ。ほんとほんと。ただの……そうだ、ただの近況報告、だから……はぁ……」
「恐怖を感じるような相手って……一体?」
「ウチのバカの同居人だったやつ」
「……なるほど」
「察してくれて助かるよ……とある交換条件で事あるごとにアイツの近況教えないと……その、面倒でな」
「? でも、それならどうしてそこまで……、……今送った内容聞いてもいいかしら」
「『マルゼンスキーの家で夕飯を済ませるらしい』『は?』『カイトは、どんな』『ウキウキでしたってスペは言ってた』『 う ですか』」
「あっ」
「もうおれはしらん。のもう」
「……今度胃薬買ってあげる」
「既にかなりの量蓄えてあるからな……でももらう……どうせ足りなくなるし……」
「……強く生きなさい」
「――――決戦だ」
油断は無い。驕りも無い。怠けも無い。
自己の研鑽に励み、それでいて彼女らは、まだまだ、未だに発展途上の延長線上に在る。
まったく恐ろしい。華奢な少女の皮を被って、その内に潜む怪物と来れば何者をも歯が立たないだろう。
「決戦だ」
「……へ? 何か言った?」
「俺ぁ決戦だって言ってんのよ!!」
敵は強い。
名優、帝王、不沈艦、ミスパーフェクト、女帝。名だたる、その意味を履き違える事はないだろう。
その全てをたいらげる。糧として、馳走として、魔王の率いしソルの贄となる。
つまるところ、カイトはこやつらの勝利を――――完膚なきまでの勝利を疑ってはいないのだ。
「全戦全勝、この前提は掲げ続ける。俺がお前らを見誤っていたのか、お前らが俺を過大評価していたか――――掲げた目標を撤回する瞬間はこの二択だ!」
「そんな事にはさせないわよ」
「カイトはもっとどっしり構えてなよ〜。私たち、勝ってくるからさ」
「なんて頼もしい娘たちっ!!」
意欲充分。威勢十二分。
そんなこんなで時間も押しているが、ここいらで発破をダメ押しで一つまみ。
「アオハル杯を無敗で勝ち抜いたらな……お前らが喜ぶサプライズやるよ」
「今言っちゃうのはサプライズなのかな……?」
「今言ったとしても、間違いなくお前らなら喜ぶ……一人くらいは泣くやつも出てくるかもな」
「それは……そこまで言うなら期待しておきますね」
しかして内容については、まだまだ伏せておく。その未来を疑いはしない。しないが、やはり物事には意外性が大切なのだ。祝いのクラッカーをぶっ放すのに、眼前からテレフォンを通して予告する奇抜な祝いなどはない。つまりはそういうこと。
「だから勝ち抜け。目指した実現困難は、ぜーんぜん踏破可能の道でしかったって証明してきてくれ」
「誰に言ってると思ってるんデスか!」
「ああ、俺の友達に言ってる」
だからこそ、カイトとて死に物狂いで取り戻し掛けているのだから。
だからせめて、カイトはこう言って見送るのだ。
「行ってらっしゃい。怪我すんなよ」
『誰が、何て???』
この締まらなさは、きっとこのチームの持ち味なのだろう。
若干の投げ槍気味で、カイトは信じるのだ。
何処かが欠けているけど、取り敢えずはまあ、耐え切れる→耐え切ろうとすると、人懐っこさが無意識にまろみ出る→子供をあやすノリで友人が構ってくれている→寂しさが紛れてまあまあ耐え切れる→アルダミン(ビタミン各種と肩を並べる必須栄養素)不足を補う代替栄養素が切れる→手当たり次第に仲良い間柄へと甘えに行く→呼び出し(獄樂地獄)→呼ばれたその数日後、首元を虫刺されっぽい赤い跡だらけにして登校(未来予知)→飛んで墓参り→その数日後にアオハル杯三回戦目。