体内時計ぐちゃぐちゃなのバレちまう
こんなものだろうなとは、心の何処かで予想はしていた。
他者の目には届かないよう心掛けて、小さな咳を繰り返す。横並びの歩幅を保つために、一歩ごとに響くそれを隠す。じゃれあう最中にふと滑らせた脚は、地に付けばぶるりと歪に震えて。そう言えば食べる量も減ったような、そんな気すらしてくる。
不調にして不良。過去に重ねた無理が、ナシを付けて祟りに来た。伸びしろを削って未来へ押し付けた布石が、当たり前の負債となって降り注ぐ。言うなれば、考え無しの自業が招いた運命とも言える。過程がどうあれ、もしも仮定としての前提に違いがあったとて、彼の求めた夢がああも
求めた望みへと走り出したなら、その手には達成という結末だけでなく、代償という名の末路も手に取らざるを得ない。そこには選択の余地など許されざるのだから。
だからだろうか、彼が走らなくなるだなんて――まあ正直、知り合いは大体が全員、想像はしていたワケなのですが。走りたがらないだろうなとは、常日頃の言動を見ていれば分からいでか。
だからなのだ。この一戦に懸ける想いが、今世最大と称しても違和感が無いのは。
『ッッ――――くッッ!!』
『――、――――』
何一つ逃さない脚の
何一つ揺らがない蹄の
何一つ遮る者の無い嵐の
即ち、絶対の波洵。絶対の威迫。私のように序盤から先を走り続ける種類の走者にとっては絶望としか感じられない、戦慄と絶滅が織り成す軌跡の
ただの一人も置き去りにして、たったの一人にも前を譲りはしない我儘な暴君。抱き続けたイメージがこれだ。
勝ちの芽なんて芽吹く余地が無かった。勝算なんてアレに当て嵌まる方程式が見つからなかった。小手先を振り回しても、振り翳した策ごと丸呑みにされるビジョンが止まらなかった。アレはその類の捕食者だ。共に走る好敵手を、自分がより高みへ昇り詰めるための糧か栄養素だとか――――はたまた踏み台となる屍としか見れない怪物。
だってほら、後ろから追い立てて迫る時の顔ってば、言うまでも無くトラウマものですから?
『もうっ来てッ!? ッ――――!!!!!』
『――――』
しかし今日は負けるなと、この瞬間には認めてしまった。だって変わらない速度だった。数年前と、何一つ遜色が無いように見えたのだ。
彼のトレーナーとたづなさん、たった二人だけの観客が見守る最終コーナー。曲がり方は相も変わらず目を疑う。『曲がるなら減速』、これが常識だ。なのに速度が落ちずにより加速とは、どんな脚の使い方をしたらそんな大道芸が出来てしまうのだろうか。
大外の大気を貫く白い影は、チラリと視界の端で燻って――――いつの間にか追い抜かれる恐怖は、置いて行かれる敗北感に取って代わっていた。
『ぁっ――』
『――――!!!!』
嗚咽に似た叫びを囁けば、白い背中は遠退く。まばたきで現実を疑えば、白い背中はまた遠く。
比例した敗北感が膨れていく。屈辱と反骨心が湧いて来るけれど、活力とするには時は遅いし、そも根本が足りないと心の何処かで知っていた。
音を立てるくらい歯を食い縛れば、白い背中はブレたから予兆に見えて。『これ以上加速すんの? マジ?』と、いっそ称賛すら浮かんだ瞬間には――――――――膨れていた敗北への空白は、ゼロに還った。
前には白い背中など、どこにもない。見える色は、紫と蒼と、少し続いて赤と、自分に並んで翠と。
白い色は無い。清廉とした穢れ無き色は見当たらない。そういえば白がブレた瞬間に、脚元を過ぎ去る色が見えたような気がしたが。
『――――――――――――へ?』
達成感。充足感。満足感。勝利に不可欠なそれらが、一切として胸中には飛来しない。
こんな結末を、私達の誰もが望んではいなかった。
――きっと、彼も
『……ぃ……いやいや、冗談……』
『はっ……ハッ、はっ……っ、っがっ、ひゅっっ、、……』
『……でしょ?』
――――のだろうか?
本当は気づいていたんじゃないのか?
本当は、誰しもが気がついていて、察していたんじゃないのか?
本当は、怪我が酷いことを感づいて、復帰なんて夢物語であろうことも予測してたんじゃないのか?
本当は、本当は――本当、は――気づいていて――――走れないことも想像ができていて――――
『やめてよ……そんなのさ……弱いフリなんか…………カッコ、悪いよ……?』
『……そりゃ、そう見える、っっ、か』
――――
なまじ骨折だなんて圧倒的ハンディキャップを抱えて、だが見事に完全勝利していた経歴があったから、私は――私達は、望んでいたのかもしれない。
あまりにも独善的。勝手が過ぎる。本人の都合なんてお構いしない無責任さとて分かっても尚。
けれど、私達はそんな奇跡を心の何処かで願っていた。
「賭けよう」
「いいね。俺は心臓をBETだ」
ボケっと手摺に肘を突いて、だらしない雰囲気を装いながらも口から出るのは、真面目そのものである音域。
タイムラグを生じさせず、間髪の隙すら許さない即答。それが意味する所はただ一つ――――疑っていないのだ。
心臓を捧げたとして、惜しむらく要素がどこにも無いから。
「お前が言うとシャレに聞こえないからやめろ! ……全員連れて飯でどうだ?」
そう言われて、脳裏に浮かぶのは奢りでなければ行く気になれない店の数々。
次いで疾く検索エンジンの起動、及びホームページを滑らせて、ネット予約を手早く済ませた。指の動きはなめらかそのもので、一切合切の迷いが見受けられなかっただろう。予約の人数を打ち込んだ自分でも、この人数分ご馳走するなど正気ではない。ブルジョワの類でなければ大莫迦者か、頭蓋を固定するネジの外れた聖者だ――なんだ、どちらにせよイかれているではないか。
「あーあ、今月は極貧生活確定だね」
「言ってろ」
こちとら仕上がりは万全だ。
相手が高水準の実力を持つチームであることも加味して、更には彼女らの意外性を肌で知る者であり、爆発力には計り知れないモノがあることも知って尚、言い切って見せよう。
こちとら仕上がりは万全だ、と。何度でも、何回でも言い放って見せよう。
「アイツらが走って勝つから、その先で俺の用意する舞台が俺の
「知ってる」
「俺が夢を追いかけるんなら、挑戦権を得るのなんて前提ですらない」
それは過程だ。
歩けば足跡が、走れば踵の爪痕が。手を伸ばせば影が地に映り、より遠くへ伸ばせば影は空へと離れていき。
行動を起こした結果へ当然のように寄り添うのが過程。なら、夢の是非を問う場面には、求めた独壇場を指し示す試練など必要ではない。そんな試されるような障害は要らない。
必要なのは、当然の如く進む姿勢。必須なのは、当たり前の顔で夢の土壇場を図る確信。必ず辿り着く未来を疑わない、必ず届く現実は揺るぎなく、必ず成立すると己の方程式を前面に出せる、そんなプライドこそが王道を歩む者の備える精神性。
時に――――ああ、ところで黄金の価値とは、時勢がどう変わろうとも不変だ。
だからこそだ。彼女らの真価とは、誰しもが思い浮かべる絶対絢爛でなければ。
「
「相変わらず子供みたいだな、お前」
「うっせ。……そのためなら、俺は多分、何でもできる」
――じゃあさ、もう一度カイトと走れればな~……なんてね。
――考えとく。
――そうだよね~、考えといてくれるもんね~………………いま、なんて?
「モチベーションが上向きの昼寝サボり魔は、本気出せばめちゃくちゃ強いんだ」
「妹分が負けても良いのか?」
「ウ゛ッッ」
スカイだけにエールを送るのは、兄を自負する存在としてあってはならない。かと言って、マックイーンだけを応援するにも、夢やら親友が負ける姿を絶対見たくないやらで無理。
ここはやはり、古今東西にも伝わり続ける――――みんながんばれ、この作戦しかあるまい。
「……、……ふっ、ふたりともがんばれって、ことで……ここは一つ」
「どっちつかずは嫌われるぞ」
「あー、あー、聞こえなーい」
「ついでに優柔不断、と。……だからお前は
「うるさいベルちゃんは今は関係無いだろぉ!?」
動揺に駆られて掘った墓穴は、とても大きかった。
「メジロドーベルの話はしてないけどな」
「んなっ!? ……誘導、尋問……だとぉ!?」
「お前の口には油断しかない!」
『なんだかんださ、逃げならススズ先輩を真似るのが一番手っ取り早いんだろ』
言うが易し、此処に極まれり。そんな格言を背負いながら、実際に真似出来ていた当人は宣っていた。
しかしだ、
カイト自身がそもそもの埒外ですらあるのだ。常識外れのオカシイスタミナ量と、それを一回の走りで使い尽くせるだけの燃焼効率。二つが織り成す
つまりは、例外的存在を真似てみようと例外的存在に言われて、『ではそうしましょう』などと、常識に生きている自分にはなれない。
『セイちゃんの選手生命を殺す気……?』
『えっ、なんで』
『もう……カイトくんと同じにできる人だなんてそうそういないからね?』
『カイトくんと私達では、見ている物差しが違いすぎるもの』
物差し。ああ、しっくりとくる表現だった。同じ十五センチでも、センチ単位までの物差しと、ナノ単位でしか測れない物差しくらいには、多分違う。違うのだが、二人の言いたいことはとても的を射ているのだが、どこかが釈然とはしないのは確かだ。
なので言ってあげました。
『二人がこっち側の意見なのは、なんだかな~』
『『えっ、なんで』』
スぺちゃんやグラスちゃんはこの例外に唆されてしまい、ソッチ側へと脚を踏み入れ始めて久しく。思えばカイトが現役だった頃から、この二人は追従どころか追い抜かんばかりだった。
カイトの理屈はシンプル故に分かるのだ。『最高速のまま走り抜く』、これが可能ならそりゃ強い。負けなし間違いないだろう。でもだ、いくら無限に近しいスタミナが在ろうと、本気で実行しようとする者が何人いるのだろうか。というか誰しもが思いつくから、きっと誰しもが実行はしてみるだろう。そして知るのだ――――これは、この走法は、命が恐ろしく削れていくと。
それこそゲームのように無限の体力があれば可能だろう。しかし現実には無限など存在せず、いくら常識から外れていようと、そんな御伽噺を実現させるには寿命を使うのが現実。だから誰しも、自分の持つ体力と折り合いを付けて、自分にとっての要領を覚えていく。
だから、『そんな命懸けの幻想染みた走りを、本気で命を懸けて走るヤツがあるか』とか、レースを知る人なら口を揃えるだろう。
あまつさえ、『そんな現実味の薄い理想へ対抗するために、才能と努力だけで喉元へ迫るヤツがあるか』とかなんかは、身近にいた自分からしても頷ける話だった。
『カイトに関わると上限が吹っ飛ぶって都市伝説あるけどさ』
『は? 初耳なんだが?』
『きっと二人を指して作られた伝説だろうね』
『ガン無視とは。カイト、とても悲しみ』
おまけに本人は自覚に薄いときている。もうどうしようもないのか。どうしようもないんだろうな。
自意識への関心が低すぎるカイトに辟易とする、そんなガラス色の先輩の姿はよく見かける。四季風物詩にすら化している。あの人に改められないならもう誰にも無理だ。
『否定は、できない、かな……?』
『……だって、カイトくんに勝つならそれぐらいはしないと』
『オイコラ、俺を何だと思ってやがる』
『いよっ、天下の
『キレそう』
そんな、他愛のない話。
笑って流すような話題の中で――――心は、笑えていなかったかもしれない。
「大トリとは……重圧凄いなぁ」
あっち側とそっち側、二つを分かつのは偏に、単純明快な実力差。
一人は肩まで浸かって、影響を一番に受けた二人も同じくして。その他にも、彼の影響が在ろうと無かろうと、これ以上ない線引きを越えた者達。
自分は踏み込み切れず、足首を浸からせるに留まる理由。
「よろしくね~」
「よろしくお願い致します。……お兄様には、悪いですが」
己の内で出る答えに、絶対な正しさは無い。数多の状況如何によって、その時々の正しさなど左右されてしまう。
だから大切なのは、見つけた結論がたった一つだろうと、自分すら惑う複数であろうと、他人よりも自分が納得できる答えだ。揺るぎない答えが根付けば、それはどこまでも自分を動かせる炉心となる。
「勝ちます」
「勝ったらカイトから何かあったり?」
「それはもうっ! ……お兄様と共に実家で…………こほんっ」
恥ずかし気に、満更でもなさそうに咳払いを一つ。これには流石に戦慄を隠せない。
ガラス色の先輩はもちろんの事、ドーベルさんやグラスちゃん、最近ではサトノ家のお嬢様だったり、もしくは目の前の後輩だったりと。マルゼンスキーやエアグルーヴなどの年上からも、よく目を掛けられている姿は、まあまあ見ることが出来る。
やはり前々からの疑いである『育ちの良い娘特攻持ち』説は、かなり可能性が高まって留まりを知らんぷりだ。
「妹からもこんなとは、やっぱりカイトは業が深い……いや親戚だっけ? ならまだ、まあ……」
「ち、違います! 私はお兄様にそのよう感情は……! …………決して無いとは、その、言い切れないかもしれないような、そうでもないような、感じだったり……」
「うわぁ、考え込むあたりガチっぽいや。……――さて」
先までの思案、その答えを胸の内で諳んじる。反魂させて、その意味を満遍なく体に染み渡らせる。
闘争心。闘い、争う、じぶんの心。足りていなかったのは、その感情。
這いつくばらせる。上に立つ。相手よりも前へ。負けない、負けたくない。負けるわけにはいかない。敗北を認められない。敗北を押し付けたい。こまごまとした理屈など投げ捨てられるほど単純で、簡単で、容易な想いを掲げていた。驚くほどに分かりやすい心――――――――勝ちたい。
言葉よりも、目を合わせるよりも、数多ある会話のツールよりも。勝敗を決することだけが、何よりも意志を伝達するのに効率が良い。それほどまでの闘争心があってこそ、領域を次へと引き上げる大きなファクターなのだ。
勝ちたいから。負けたくないから。勝って、伝えたいことがあるから。勝って、負けを味あわせたいから。
とにかくなんでもよかった。勝ちたいだけなのだから、全力でぶつかって全霊の鎬を削れるならそれでよかったのだ。
誰よりも、負けたくない相手だったのだ。
二人はきっと、そんな心を惜しまず曝け出して。一人はきっと、そんな心に呼応するように先を進んで。二人はきっと、きっと、だからこそ尚の事、そんな背中を追いかけるために――――否、追い抜くためだけに強くなって、速くなって、永劫の魔王と同じ世界を駆けていた。
「悪いけど負けないよ~?」
「……距離は私に分があります。ここまで無敗は大したものですが、それも此処までです」
ふと心地の良い風は、前髪を靡かせて――――芝の欠片を天へと昇らせた。
ああ、なるほど確かに。
スぺちゃんの言にも納得だ。グラスちゃんの言だって理解できる。
勝とうと思い付けば、不足を自覚する。
自覚した次は願望を思い付き、『勝ちたい』を望む。
『勝ちたい』を望みどおりに手にするには、さてどうするのかを考えて、思い至る心は、至極明快へと帰結する。
「距離なんかの適正とかフルシカトしてたのは、キミのお兄さんだけどねぇ~」
「お兄様はお兄様ですもの」
「うん、だからさ」
笑顔の裏には、ぎらぎらと白く光る犬歯を隠して。
もう本人には挑みようが無いけれど、それでも歩んだ軌跡は幸いなことに過剰なまでに鮮烈だ。そして見本となるモデルケースを、私は鮮明に思い出せる。
彼がやってのけたのなら、再現程度はこなして見せよう。
「
魔王を凌駕する黄金であるなら、遺した影を模すことすら出来なくて、どうして彼の親友を名乗れるのだろうか。
「アイツらさ、本物の天才なんだ」
「……?」
極みへと至れるような逸才。秀才、天才、神才、それらですら身から溢れる未来性を表すには足りていないのかもしれない。
だからだろう。カイトが必死こいて命散らして苦労を重ねて手にした結晶すら、彼女達は必要としていなかった。
「体の作られる効率も、地頭も、感覚での覚えの良さも、俺とは段違いの習熟速度なんだ」
「それが?」
「要はさ」
死地に追い込んでこそ花咲く素質もあるだろう。崖際へ身を跳ばせてこそ目覚める真価もあるだろう。他ならぬエイヴィヒカイトこそ、凡才を一瞬の煌めきとして輝かせた一例だ。
ただ少なくとも彼女らには、カイトで当て嵌まった
「俺が未来を削ってなんとか見れた景色に、アイツらは努力だけで辿り着いちゃえる。うん、やっぱ不公平だろうこれ」
例えば一の努力で0.7、これがカイトの得る値。実に分かりやすい。マイナス補正が掛かるくらいには才能が不足している。一般指針にも届いていないのは、自己分析ながらもどういうことなの。
対して――――一の努力で10や20、これがカイトの親友達の得る値。いやはや、ぶっ壊れってやつである。
ちょっと差が酷すぎではなかろうか。やはりクソッタレ三女神様なのだろうか? もしも会えてしまえる奇跡に見舞われたのなら、神様に直談判上等案件である。生命設計を行う際は、もう少しリソースを平等に配分してほしいものだまったく。
「なんだ嫉妬か、お前にしては珍しい。……いや、相手を考えれば然るべき、か?」
「嫉妬と言うか、まあ、ちょっとなぁ……、……ほんのちょっとだけ、悔しいかもだ」
ハイペース、その概念すらを疑うようなマイペース。初手から全てを置いて行く、そんな覚悟ですらなく、そんな決意ですらなく、そんな気概すらも有りはしない。
ただだた、当然のように勝つ確信だけが、大空色の背中には詰まっていた。
その確信が、始まりからのフルスパートを観衆へとお披露目させる。
「(飛ばせば良いってものでは、無いでしょうけど……っ!!)」
「――――」
「(なら何も考えてない? それこそまさか!)……っ、けど……!」
不思議な心持ちだ。
晴れやかなようで、澄み渡るとは言い難い。虚無のようで、喪失とは縁が無い。誰かに良く似た走り方は、言葉にしづらい形容困難な感情を芽吹かせる。
嬉しさ、喜び、哀しみ、楽しさ、基本となる四つの根源ですら、湧き立つには心に熱が足りない。
なのに無機質で没頭するには、研ぎ澄ますような冷たさが心に足りない。
不足は多い。満ち足りているなんて、口が裂けても言えない。心此処に在らずに近しい心境の中だ。なのに呆然と同義ですらある空白を胸に抱いたまま、運動量に比例して身体の熱量だけが際限なく上がっていく。
走っているのに何故か、心の温度は平熱止まりだ。
レースにおいては、精神的やギアなんていくら上げても良いもの。制御さえできるなら、昂りが抑えきれずに悪展開へ繋がることは早々にない。ここぞという場面で叫んで吐き出し、吠え立てる。それが無くては勝てなかった場面だって、幾つかは存在していただろう。
「――――っ」
なら、どうして。
私はこんなにも、平静に徹することができるのだろうか。
「(静まり返った心で走ってっ、なのにどんどん息が詰まるっっ!!)まさ――――か!?」
動揺の気配を過ぎ去っていく。
まるで、唯一無二の背中を見せつける様に。
「(爆裂する蹄鉄の轟きっ! 絶対を抱かせるその
「――――」
吐き出す息は熱い。動き続ける脚はどこまでも熱されて、赤熱に発光した幻視すら感じる。
でも視界は明白に濁っている。酸欠による世界の揺らぎはない。色彩が鈍ったりもしない。速度で歪む景色をそのままに、私の両眼は世界を丸ごと受け取り続けている。
やる事成す事。自らが引き起こすこれからを組み立てて、予測と予想は交錯して。結果を手にするまでの道筋が、驚くほど軽快に整っていく。
土を抉る音は遠くない。芝の草を脚で潰す香りも鼻につく。向かいから吹き付ける風は心地よい。周囲の世界は正しく湾曲して、中心だけはモザイク要らずで見通せる。
舌に感じる空気の味は、とても瑞々しい。
五感の全ては起こり正しく、綺麗に動く。隠された六感は、可動を止めない全身を全霊で肯定する。
無理なく、摩耗なく、代償もなく。
五体に満ちる生命を損なう事なく、私は全身全霊のままに、私を無駄なく使えている――――!
「おに、い――――さ――ま、!?」
「じゃあね――――!!」
大空に手を伸ばす行為は、とても意味が無い。届く道理なんて、何処にも、少なくともターフの上には転がってはいない。だからこの瞬間に勝利が間違いない事を、私は確信した。
背後に走る者へと届く光を遮って、私は私のまま、この大空を見やる者全員へと魔王の色彩を呼び起こさせる。
あの鮮烈。あの重圧。あの恐怖。あの絶望。あの燦然。あの威光。
純粋無垢の夢を喰らう軌跡を、誰しもが思い出せ。
臓腑の芯から震え上がる凶威を、知らないのなら覚えていけ。
「――――ん、で」
目に焼き付いた者ほど、どうしても意識を奪われていく。
それを私は知らずに逆さ鱗をなぞり上げた。何一つも知らずに虎の尾を踏みつけた。
「、して――――どうして――――――――!!!!」
激情に火が灯ったのを認識して、展開が終わりへと差し掛かったことを察した。
「あ」
ギアが大きく跳ね上がる。
だが勝機を求める転機としてではない。展開としては褒められない、感情任せの厭な掛かり方だ。
遠く過ぎ去っていくスカイへと、怒涛の勢いで詰め寄るマックイーン。嵐のように進み、芝を乱雑に千切り散らすその姿へは好印象を抱けない。少なくとも、カイトとトレーナーの意見はその方向で一致していた。
「……崩れちまった」
「マックイーンらしくない。ペースもクソも無いな」
天性のステイヤーであるからして、スタミナもすぐには尽きはしない。
しかし引き起こされた理由が、動揺から起因するのなら話は別だ。吉兆とするにはほど遠い印。
「マックイーン、どうしたんだ?」
「分かるだろ、つか分かれよ」
「?」
言われて、二人の走者を改めて観察してみた。
何もかもをも度外視した名優の姿、ですらない。そこには普段の優雅さなどは欠片も見受けられない。
感じられるものは怒り? もしくは、あるいは――――妬み?
「んぅ……? ……ますます分かんね」
「バカ。そのうち刺されろ……ああ、そのうち刺されるのか」
「えっ、殺人予告?」
血走る
大空の背に近づいていく。スカイの動きの逐一が許し難いとでも言わんとして追い立てる。
「決まっちゃったかな」
「……うんと慰めてやれよ」
「分かってる」
激情は劇薬だ。時として土壇場の舵を望むままに切れる瞬間もあるが、往々にして一時限りの感情の灯は使い捨てだ。加えてタイミングも実に悪い。感情を使うには今ではなく、終盤――最終コーナーを越えてからが頃合いだというのに。
分配した体力、それを崩して使うには、そのタイミングとしてあまりに速すぎた。
「マックイーン、大丈夫かな……」
「セイウンスカイの心配はしないのか?」
「あいつの心配なんて無駄だろ」
心配するまでも無い。勝つことを信じ切ってるのだから、するなら怪我への心配だけだ。
「相手が誰であれ、あいつならどうせ勝つし」
「……そういうところだぞ」
大切にされているのは、これでもかと感じていた。
置いて行かれたのは、巻き込まないため。無関係を装われたのは、優しいから。結局は彼の思い込みが引き起こした、哀しくも暖かな理由だったけども。けれども長い事突き放されたも同然で、ずっと――――ずっと、ずっと、嫌われていたのだと勘違いして。自覚のない至らなさが、彼に
そんな日々は、他ならぬ彼自身が中央トレセン学園へ足を踏み入れてから動き出した。
わだかまりの全てが融解してどれほど――――嬉しいでは足りなくて、筆舌には尽くせない。
例えば止まった日々を取り戻せたなら、どれほど幸福だっただろうか。でもそれはあり得ないから。起こり得ないから、私はこれからを紡いでいけるのが何よりも喜びを引き寄せる。
「――」
だから甘えて。少し、自分でも年齢を考えればどうかと思うくらいに甘えて。
いっそ迷惑だったろうなと思いながらも、でも我慢ができなくなってしまうくらい、彼の優しさに心を預けた。
なのに『はいはい』とか、『しょうがないなぁ』とか、柔らかい木漏れ日色の言葉で、これまた優しく心を撫ぜてくれるのだ。
――今日は、その……とっ、泊っても、いいですか……?
――んー、いいよ。
――カイト?
――うへっ、ぃ、いやっ、マックイーンだし……いいじゃんか……。
――お兄様、迷惑……でしたら……。
――なんで? 全然オーケーだろ。
――カイト???
猫可愛がり、とでも言うのだろうか。
ビックリするくらいに甘やかしてくれるのだ。他と方々と比べても一際一層、特別な扱いを貰っている。
彼にとっての宝石。彼にとっての福音の鐘。彼にとっての閃光。比べるものではない、別の方向性として私は特別にしてくれている。誰にも比類なき唯一無二。誇りとも違う優越感だろうか、それを浅ましくも自覚してしまう。
「――――」
なのに。
何故、私では無かったのだろうか。
「――――――」
それなのに。
何故、私には声を掛けてはくれなかったのだろうか。
「――――――――」
それなのに、どうして。
何故、彼は私の走りを見てはくれないのだろうか。
「――――どう、して――――、――――!!!!!!」
彼が共に並んで歩くと信じた相手が、何故、自分ではならなかった。
選ばれなかった理由は何なのか、探しても凝らしても見つけられない。彼の価値観は彼だけのものだから、その理由を分かりたいと、理解したいと思うのは過ぎた傲りにも近いのかもしれない、けれど。
私の目の前でそんなにも、私の羨んだ姿を見せびらかして。
「お兄様でも、ないのに――――!!!!」
「――――こわっ」
「あの人のっっ!! 真似事をぉぉぉ!!!!!!」
激情が、世界を染め上げる。
赤い火花が弾けるたび、平静の在り方を零していく。稲妻が目の前を塞いでいく。落ち着く、その意味から加速度的に離れていってしまう。
許せない。認められない。認めたくない。納得しがたい。認められない。認めない認めない。認めたくない。
私にだって、その資格はあった筈だ。なのにどうして、私は選んでくれないのだろうか。
ただ
ただそれだけの事で、エイヴィヒカイトはメジロマックイーンを選んでくれなかったのだろうか。
「私、だって――――――――!!!!」
「ほいっと」
唐突に呆気なく、すっぽぬけるような、いっそ小気味よく。
急速に、急制動をして――――止まった。
魔王の残影を翳す背中とは、いつまでも進み続けるもの。ターフでは止まらず、前へ前へと、障害を無きものとして威風堂々と踏み潰す覇道そのもの。
それが彼のレースの全てだ。それが、それだけが、彼の走りの全部だ。エイヴィヒカイトは止まることは無い。減速もしない。果てを目指し続けて、どこまでも。
それが私の知る
「は――――――――っ?」
止まってはならないのに、止まったように、冗談みたく減速した。
それはもう、もはや、真似事ですらない。
「――――、――――ッ」
見るに堪えない劣化もいいところ。
脳天が真っ赤に、弾け飛んだ。
「――ァッッ――――!!!!!!!!」
怨敵を睨みつけんと、通り過ぎた白影に振り返ろうとして、脚に入った力が少し
「お先――――ッッ!!!!」
「――――――――――ぁ――」
再度の加速は燦然の轟音と共に。トップギアまでの上昇はいっそ過剰なほどに。軽やかな脚取りを彩った、軽快で大きな青空の気配。
怒気は削がれ、気迫は内からすり抜けて。
調子の悉くはぐちゃぐちゃに乱されて、情緒の全てを搔き混ぜられて。
勝敗はその瞬間に決した。
ゴール板を走り抜ける背中を眺めながら、羨ましく思うのはどうしても止められない。
妹扱いだけでは埋められない寂しさも、やはりあるのだから。
「お疲れウンスちゃん、ナイスラン」
「いや〜、カイトの妹ちゃんは強敵でした」
「知ってる。しかも可愛いんだ。無敵なんだ。……やらんぞ」
「いやいらないから」
解せない。とても解せない。あるいは人類史最大級の謎であろう。
しかし解はしんぷるだ。あの可愛さは一騎当千と相場が決まっているのだから。カワイイカレンでも押される可愛さだ。舐めるな。
「はあ? うちのマックイーンがその程度の扱いとか、正気か?」
言いつつ、ペットボトルをその手の内へと投げ込んだ。
「さんきゅ〜」
「脚に違和感は」
「ん〜? 結構疲れたけど、それだけかな」
「ならよし……マジで大丈夫そうでムカつく」
細く押し隠そうとする震えもなく、見るに堪えない痩せ我慢の気配もない。痛みを耐える様子なんかどこにも見られない。正真正銘、何処にも問題無いらしい。無理をした雰囲気がどこにも無いのは、この程度は彼女にとって許容範囲でしか無いのだろう。なんて才能の塊だ、ふざけんな。
本当に頭にくる。こちとらそのステージに上がるために、どれだけ選手生命を使い潰したと思っているのだ。なんかもう、自信の
「真似てみたけど、完成度はどうだったかな」
「知るか」
「……あれ、なんか拗ねてる?」
図星がブッ刺さる。とっても痛い。
「うっさいうっさい。問題無いなら俺はもう行く」
なんだか心配するのも辟易してくる。
労いの言葉を掛けた。パッと見の無事も見て取れた。この場にいるのも馬鹿馬鹿しくて、より優先順位の高い方へ急ごう。
――――その前に一応、とりあえず。
「大丈夫だと思うけど念入れろ。病院行け」
「面倒だな……」
「ダメだ行け。絶対に行け。返事は?」
「は〜い」
「マックイーン」
二回のノック、だがしかし声は帰ってこない。
「マックイーン?」
「……」
「おーい……? 寝てるのか? ……入るからな~?」
言いつつ、おっかなびっくりに扉を開けていく。
願わくばどうか着替え中とかではありませんようにと、切実を胸に抱えて室内へと踏み込めば、椅子に座り込む妹分の姿を見つける。
「起きてる、よな?」
「…………」
無言がとても怖い。エイヴィヒカイトは女性の沈黙がとっても怖いのだ。身に覚えがなかろうと自分が問答無用で悪い気がして、強く糾弾されているような気がしてならない。これがさるお嬢のお陰か成果なのかは――――よし、この話はやめにしよう。
黒を基調とした勝負服のまま握りしめたペットボトルの中身は七分目。だが表面についた結露も落ち切ってしまっているようで、随分と長い間、人肌で触れていたのだろう。
それだけの悩みが、あったのだろうか。
「今日はどうした? 途中で大きく崩れてさ、何か……マックイーンらしくなかったけど」
「……お兄様に、とても似てらした、ので」
とりあえず首をひねる。ホワイ?
「ふーん、そっかそっか。……うん?」
「…………お兄様」
「はいはいどうし…………たの?」
意を決した、そう捉えてもよい顔つきで。
揺れた瞳が、潤いを帯びた瞳が、甘えを乞うた瞳が、胸を占めて息を詰まらせようとする。
「今回のチームは、お兄様自ら選んだとは……その」
「その通りだけど」
「っ――――どうして、わたくしは……私には、お声を頂けなかったのですか?」
なんというか、ひどく驚いた。
だってそんなこと、気にするような事だとは思えなかったから。だって当の本人がこれっぽっちも気にしてないくらい、これ以上ないほどになんとなくで選んだのだから、そんなものは他者にとってはどうでもいい事柄にもほどがある、そう考えて
「私が、お兄様の目には叶わなかったからでしょうか……?」
「うぇっ? ……そんなことは」
「現に! ……私は、負けました」
「勝負は時の運だろ? 実際に地力の差は少なかったし、マックイーンの動揺が少なかったら勝てる内容だったと思う」
勝負に絶対が無いのは周知だが、それを差し引いても分が悪い一戦では無かったハズだ。
「本当に?」
「本当に」
「……本当に、そう考えてますか?」
「ああ、マジだって――」
カイトは疑わない。
その結末を。微塵も疑いはしない。
「本当に、私が勝つ可能性があるって……考えていましたか?」
「――――、なに、言って――」
柵に寄りかかり、マックイーンの不調を想い、思案に耽っていた――これは事実だ。
実力差が大きく離れている訳でも無く、下手を打てば天秤はスカイへ傾かない可能性を危惧もして――これもまた、事実。
そして、スカイが負ける結末を――――
「私は敗ける。セイウンスカイさんが勝つ。それを、疑ってはいなかったのでしょう?」
――――困ったことに、マックイーンの言は一字一句の狂いがない。
一から百まで、ぐうの音が出なくなってしまうほどに、自分はスカイの勝ちを疑いはしなかった。
分がどちらに傾くのか。距離を鑑みれば。コンディションを見比べれば。地力の差は。あれやこれやと探れば、どうしたって悪くないカードと言える。見応えがあるレースであるのだから、それはつまり、女神がキスをするのはどちらでも不思議ではない。
クレバーかつクールな見方をすればするほど、出揃う吟味条件はどちらも見劣りせず、どちらにも勝利の可能性を大いに示唆して、どちらにも敗北の予兆を指し示しもする。
だが、ああ――――ああ、でも、ダメなのだ。
「……」
「やっぱり、そうでしたのね」
「…………」
どうしてもエイヴィヒカイトは、ダメなのだ。
未だに掛け慣れない眼鏡のせいか、それとも生来のポンコツなのか、なんにせよモノを見る目はきっと曇っているのだろう。
黄金の耀きが勝利する確信だけだ。たった一つの根拠もクソも無い衝動及び願望が、予感も予測も予兆も塗り潰して支配してしかたない。
マックイーンをどれほどに溺愛しようと、猫可愛がりをしたくなっても。ターフに立つ
――――黄金色の勝利、その確信が押し寄せてきてしかたがない。
「……マックイーンが、どうとかって話じゃ、ないんだ」
「私が……お兄様と同じ時を駆けていないから? ……ぁっ」
頭に手を差し出せば、抵抗なく受け入れてくれるので、遠慮なくつむじを撫でた。
アオハル杯へ否が応にも出ることが決まってから、もう選ぶ五人は決まっていた――というよりも、その五人しか自分の中では選択肢としてありえなかった。
他に目を向ける余裕や、何より発想が無かったのは確かだ。だからマックイーンのいう『同じ時』、それもまた間違いではないのだ。
でも一つだけ、『彼女達だけは外そうとした意図』ならあった。
「あー………走る、のはさ――痛くて苦しかった……理由は、知ってると思うけど」
「……」
「怪我が常に付き纏って、その後の日常にも弊害は差し込まれ続けるんだ。……一生涯喉元に残り続ける不快感、それを
結局は認識の話。自分はこう思うから、この人は入れたくない。
見たくも無い光景を、よりにもよって『大切』に味合わせる羽目などあり得ない。
それは決して、マックイーンの走る姿を見たくないなどと言った話ではなく。
「だから、兄って慕ってくれるマックイーンには、正直走って欲しくなかった。ベルちゃんとかも……身内が走るのは見たくない」
「……んぅ」
刹那、手のひらへ奔る震えを誤魔化すようにして、繊細な芦毛を撫で付ければ、悪感情は感じない感嘆の息が漏れた。
怖いのだ。一度その手段で何もかもを手放そうとした身だから、ターフの上がまるで断頭台にすら見えることだって。
碧い芝。白銀の外柵。色彩様々なゴール板。歴史と趣を感じさせる電光掲示板。衆人の上げる雄叫びのような歓声。あの場にあるファクター一つ一つが、たまに、底なしのように恐ろしくなる。
引き起こそうとした事態を勝手に想像して。ましてや
「多分、耐えきれない。……大切だからこそ、背負いづらいものだってあるよ」
「……そうだったのですか」
自己防衛の一環でもあるのだろう。責任を負わなければ、心はその分軽くなる。
そんな情けない話なのでした。
「納得してくれたな。それじゃ美味いモノでも食べに「なのにスペシャルウィークさんは誘った」ぁ、あいつはほら、わりと一緒にいる同期だし」
親友と書いて『ライバル』と読んだり、戦友と書いて『しんゆう』と呼んだりもする。それにへこたれず、下から上へと向こうと努力もできる。仮に彼女が失墜したところで、
あいつなら怪我しても大丈夫だろうと、無類の信頼があるのは否めない。そんな関係性だから。
「グラスワンダーさん」
「同期だし」
たじ。
何やら流れが悪いと確信した。
「エルコンドルパサーさん」
「同期だし」
たじたじ。
どうやら負けの流れを汲めてしまった。
しかし変だな、何もカイト悪いことしてないのだけど。
「キングヘイローさん」
「どっ同期だし」
たじたじたじ。
言葉が絡まってどうしよう。
シュンとしていたマックイーンが、みるみるうちに眉を顰めあげて、一見すれば元気そうにも思える百面相。
「セイウンスカイさん」
「どど同期、だし」
たじたじたじたじ。
うーむ、こりゃ負けますわどうしようもない。
結局こんなオチかいと、最早達観するエイヴィヒカイトは学習能力が実は高いのだ。でも適応力はきっと✕。かなしいね。
「やっぱり同期だからじゃないですか!」
「うむむ……やっぱそうかも」
「何が『うむむ』ですか! お兄様はいつもそうやって誤魔化してばっかり!」
やはり共に走った事実は大きかった。『なんだかんだあいつらなら大丈夫』という信頼は、中々どうして簡単には紡ぎ難い。同期であり共に走ったという偶然は、本当に稀な偶然であり得難い運命でもあるのだろう。大切にしようと思った。
他では紡がれることのない、唯一無二だ。
だがマックイーンが大切なのも確かであり、それは比べること自体がバカバカしくなるほど大きな存在なのだ。それがどうにか伝わって欲しいものだが、いかんせんカイトは口が達者ではない。
罵られる覚悟を、果たして一生涯の中で何度用意すればいいのやら。
「ごめん、そんな感じの理由だったわ」
「うわーん! お兄様のバカーっ!!」
機嫌を直してもらうべく、我々(一人)はメニューに値段の書かれないレストランへと妹君を連れて行ったのだった。ついでに財布はミイラになった。