未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

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其ノ十六

「あっ」

「ああん?」

 

 ()の字だけで会話らしきものを交わしている風に見えるか。そんな訳が無い。

 ふと廊下を歩く中で気づき、カイトはついついその不躾な態度に眉を顰めた。

 白みが掛かった金髪と、漆をまぶした黒髪。薄水色の瞳と、紅の瞳。

 そんな二人なのだ。

 

「……エイヴィヒカイト」

「誰だお前」

「はぁ!?」

 

 因縁の相手を睨みつける姿勢が、一気にマヌケじみた驚愕へ転げ落ちた。

 そして、身に覚えのない怒りの視線で、的外れな非難の感情をぶつけてくる。おいやめろ、そんな顔されればこっちだって一言二言は物申したくなる。大体が第一声からして友好的とは掛け離れて、敵愾心さえ含まれていた。こんな相手だ、嫌味の一つは許されるだろう。

 というか我慢がならない。夜間の諸々でフラストレーションが溜まっている今日この頃なのだ。あと一つ分、あと一息分、あと一歩分、それだけ取り戻せれば、後はスムーズに取り戻せるはずなのに、歯痒い想いで毎日を消化している今日この頃なのだ。

 即ち、お前は運が悪かったのだ諦めろリトルサイズな娘よ。

 

「初対面の相手になんだそりゃ。どんな教育受けて生きてきたんだよ」

「っ……競う相手の顔も名前も知らないとか、どっちが失礼なんだか。そっちこそロクな教育受けてないんだろうね」

 

 運勢だけでなく、ついでに言うなら相手も悪かった。

 バカな奴め、その煽りに対するカードなら、超絶反則級の一手をカイトは持っているのだ。

 

「俺、親からは五歳までしか教育を受けられなかった」

「えっ……?」

「家庭の事情って言葉も知らねえか。プライベートにズカズカ踏み込んできやがって、デリカシーゼロで最低だなお前」

 

 あわあわと顔が青褪めていく。成程開口一番から失礼度合いはお互い様だったが、常識的な感性はちゃんと持っている時点で負けである。残念にしめ無念、誰だか知らないが、今のカイトに喧嘩腰に来た時点でお前の運命は決まっていたのだった。己を棚上げしたみっともない口喧嘩? ああそうさ上等の得意分野だ。恨むなら巡り会ってしまった自分を恨めこのおバカ娘。

 幸い、普段なら止めてくれる同期の姿も近くには無い。

 ストレスを発散するのには、これ以上ない状況であると把握すれば言葉のマシンガンが止まらない。

 

「で、お前誰」

「……本気で言ってんの?」

「自分が有名人だとでも思ってんのか。世界中の誰からも知られてる唯一無二だって? 自意識過剰お疲れ様。ああそっか、お前はノンデリカシーなだけでなく、可哀想も追加されてしまうんだな」

「っ! ――――……アタシはリトルココン、チームファースト所属の……!」

「いやだから知らん、誰だよお前。チーム……カースト? ってのも興味ないし、あたかも周知の事実みたいにひけらかして語るのはみっともないヤツの証拠だぞ」

「――――ッッッ!!!!!!」

 

 感極まって頭を抱え込んで、ともすれば壊れてしまったのかもしれない。味方によってはイジメの見えてるかもしれないが、実際自覚をもって虐めているので否定はできない。

 一応、弁明として――エイヴィヒカイトの正当性を示す材料として、知らないのは確かなのだ。はて、イノルロコンなんてウマ娘など存在していたのかしらと思案してみたが、不思議なことにサッパリだったのである。チーム名に関してははあれか、最近行ったファーストフード店の店名だったような。和風醤油バーガーは美味かったです。

 

「もう帰っていいか?」

「こっ、ここまで言われてはいそうですかって逃がす訳がっっ」

「俺も暇じゃないんだけどさぁ、分かるかなぁ、えっと……ミドルドロンちゃん……だっけ?」

「――――キレた」

 

 宣言通りに、癇癪の尾がはち切れた表情をしていた。だから何だってんだ。

 

「一本アタシと走りなよ」

「断るが?」

 

 即答で以って一刀両断。その手のカッコよさげな宣言もカイトには効かない。シリウスシンボリなどの挑発が大好きな娘から喧嘩を売られようとも、平気で梯子を外せるメンタリティの持ち主である。名も知らぬ娘からの提案に乗る道理は無かった。

 

「あら、カイト君……カイト君?」

 

 聞き慣れた清涼感のある声が、背後から届けられる。振り向かずとも分かる、グラスの声だ。

 ただ今は対応する相手は目の前の娘である。ストレス発散を完了するまで待っていてもらおう。ついでにカイトの舌戦力をしかと見ておけ。

 

「ああ、逃げるんだ」

「仮に走ったとして、勝ち負けなんざやる前から決まっちまってる。だとしたら走る意味がどこにも無いんだなこれが」

 

 無論負けるのが誰なのか――――当然のようにエイヴィヒカイト一択である。

 

「おっ、リトルココンじゃないか……ん?」

 

 褐色のウマ娘が、目の前の娘の後ろから声を掛けてきた。

 しかし声を掛けられた娘は自分への声が耳に入らないようで、据わった眼でカイトを睨みつけることを辞めない。

 

「逃げるんだ」

「お話を聞こうか、単細胞」

「負けるのが怖いから逃げるんだ」

「お飾りの耳かよ、かっぽじってやろうか」

 

 的外れに言われて興が一気に削がれてしまう。逃げる立ち向かうどうこうではなく、こちとら走れない理由があるのが確かな理由であり、それでいて暇では無いのも事実。

 実はこれからダイヤの両親と会う約束があったりする。アオハル関連が落ち着いてからならともかく、この時期に対面する所以には疑問を覚えるが、せっかく招待されたのだ。招待に乗った自分が遅れる訳にもいくまい。

 早いところこんな邂逅は切り上げて、グラスと共に帰路へ着こうと思う。

 

「やれやれだぜ……くだらない悶着やってる暇はガチで無いんでな、俺は帰「肝心のエイヴィヒカイトがそんなんじゃ、噂の黄金世代ってのもタカが知れるね」   は  ァ    ?     

 

 気なんざ変わったし話も一気に変わった。

 おうそうかそんなにも喧嘩を売りたかったのかコラ。そんなにも膝を地べたで摩り下ろしたいのか。敗北を吐くまでたらふく喰らいたいのか。反吐を盛大にぶちまけて屈辱を噛み締めるのが趣味なのだと宣言しているように思えてならない。

 挑発の効き目とは、どの語句を選ぶのか、相手のどのポイントへ向けて発するのか。要は的確なワードをぶつけるのが、偏に効率よく人を怒らせる方法なのだ。

 人によって様々なウィークポイントとなるそれらだが、カイトは()()()ならかなり耐えられる。素知らぬ顔で受け流してみせよう。

 こと一点、友を、ひいては大切に思う人が安く見られてしまうアレコレは、病的なまでに看過できない。

 

「――眠てぇことを言いやがる小娘だな……いくら壮大でご立派でも、荒唐無稽な夢物語は寝てる間にしか見る権利が無いんだが?」

「代表のアンタがそんなだから他の人たちも弱そうに見えるんでしょ」

「また言ったなオイッッッッ…………ああ、現実を見たことが無いし知らねぇ雑魚の言葉だったな、そりゃ軽々しくもなるし中身だって歯抜けに決まってら」

「現実を確かめようとしてないのはアンタでしょ。負ける未来が鮮明だから走りたがらない、情けない奴」

「……大口叩く割にはヒコウオゾンなんて名前にはとんと聞き覚えないんだが、それはそっくりそのまま実力が出てるってことじゃねえのか!?」

「……ヒコウオゾンとかミドルドロンとか、さっきから誰の話してんの!? 人の名前すら覚えられないバカに何言われても感じる訳ないじゃん!!」

「カイト君、熱くなり過ぎですよ。少し落ち着いてね?」

 

 キレたのはお前だけではない。その証明だ。

 もう決めた。確定事項だ。グラスの静止など無視だ無視。この女には決定的な敗北をプレゼントしてやるとカイトは決めた。

 

「いいぜ、そこまで言うなら走ってやるよ――」

「っ!? 噓……カイト君、そんなっ、カイト君が走るなんて……!?」

「――グラスがな!」

「…………私?」

「はぁ?」

 

 ちょうど良いところに頼れるもののふが来てくれたものだ。持つべきはやはり友だった。

 

「アンタが走りなよ」

「断る」

「なんでっ」

「当分走ってねぇんだからブランクあるに決まってんだろ。そんな状態の俺に勝って嬉しいのかよ」

 

 これに関しては煽りを抜きにして本当だ。例えば自分が久しぶりに走ると仮定しても、その相手が誰なのかはもう決まりきっている。

 顔も名前も知らない他人と何て、それこそ嘘だ。

 

「どうして私が「コイツは今現在をして怪物と呼ばれ続けてる訳なんだけど、まさか役不足なんて言うなよテメェ」……カイト君も私の話を聞いてね?」

「俺らの力を知ってもらうならうってつけの怪物だぞ」

 

 困惑の声には返答しない事を心掛けている。そういえばエイヴィヒカイトのこれまでは、概ねそんな人生だったなと。

 売り言葉に買い言葉の勢いだ、勝手気ままに当事者へと巻き込んだ流れのままに、有無を言わさず話をまとめてしまえば良し。畳み掛けるまでの速度は何よりも大事です

 

「明日の放課後、ターフはこっちで抑える。お前らの頭の硬い鉄の女にも話は通す。お前が納得できないってんならこの話はここまで」

「……距離は?」

「2000の芝。右が左かはお前が選べ」

「アタシは……まあ、それでもいいけど……」

「あっ、え、ええ、そうですね、私も構いません……」

 

 勝った。何に勝ったのかはカイトも知らないが、達成感が胸にじんわりと広がっているのだ、これは完膚なきまでの勝ちです。

 

「カイト君、後でお話があります」

「……」

 

 ニッコリ笑顔を向けられても、こっちは話なんて無い。無いのだがどうせ逃げられないのだろうなとカイトは既に悟っている。ちなみに放課後は用事があるので、説教なら控えめでお願いします。

 

「逃げんなよ」

「こっちのセリフ」

 

 そんなこんなで、アオハル杯4回目の対戦カードを明後日に控えているというのに、急なエキシビジョンマッチが一つ決まったのだった。

 

 

「またこんな、勝手に決めて……ハァ……」

「喧嘩売ってきたのあっち!」

「乗ったのはカイト君でしょう」

「ぐぬっ…………っ、ぐぅ……」

 

 ぐうの音しか出ない。でもぐうぐう言ってりゃ流せる気がする。

 

「約束を取り付けたのはいいけれど、理事長代理の預かり知らないところで決めても大丈夫なの?」

「それは多分平気。元々模擬レース組もうって話はあったから」

「……初耳です」

「俺もアイツに喧嘩ふっかけられて思い出した」

 

 忘れてしまっていたのか、敢えて忘れていたのかは定かでは無い。

 

「それにしたって……機嫌も悪かったとしても」

「だって、あんなん頭くるだろ」

「私達の評判をあそこまで気にしてるのはカイト君だけよ」

「……俺の我慢弱さを舐めんなよ?」

 

 何てことはない、いつもの我儘だ。その我儘でグラスに迷惑を掛けている事実からは、ちょっとだけ目を逸らせる在り方でいたい。

 逆に言えば迷惑を掛けてでも、どうしても堪えられなかった。どうしても認識をへし折りたかった。

 

「いいじゃん。お前は負けないし、勝つんだから」

「明日はアオハル杯の前日なのだけど」

「いやいけるって。俺の知ってるグラスワンダーなら負けないんだぞ」

 

 蒼の軌跡へ追従できる者など上澄みも上澄み。怪物と呼ばれた強者とは、そうそうに土を付けられないからこそ怪物だなんて呼称を贈られるのだ。

 グラスを信じる。それだけの浅い理由一つで、彼女の勝利を疑えない。なんだ、エイヴィヒカイトはグラスのファンだったのか。初めて知った。

 

「グラスが勝つ」

「っ……そう、かしら?」

「見るだけで言わずと知れる()()、それがグラスワンダーだ。あまり俺のグラスを舐めんなよ」

「……おっ、俺の……っ!?」

 

 自分にとっての常識を誇らしげに語れば、不可思議極まる動揺が返ってきた。何故か勝ちを確信する。空気感の波はこちらに味方している確信があった。

 ビバ、青春の絆。ぶつかって、鎬を削っての相互理解を繰り返した果てが今だ。この繋がりは、歳を食っても不変であると信じたい。

 

「ま、スぺでもエルでも、スカイでもキングでもどうせ勝つだろうけど」

「……」

「ぶっちゃけ俺らなら誰でも良かったけどさ」

「…………相っっっっ変わらずっ……一言多いひとなんだから」

 

 恨めしそうに、指で頬をつついて来る。やや強めの指さしは頬と言わず、その衝撃は歯茎まで浸透して、ちょっとだけ痛いかもしれない。そんなにもオコか。

 

いふぇえほ(いてぇよ)

「……ふふっ」

 

 批難する言動とは裏腹に、グラスの顔はちょっとだけ誇らしげだった気がした。

 

 

「そんなこんなで、そんな感じになったから、一応言っといた」

 

 グラスと教室に戻り、開口一番で報告しておいた。

 

「本気で言ってるの……?」

「えっ……な、なんか不味ったか?」

 

 絶句こそしないものの間違いなく、カイトの正気を疑われていた。

 確かに模擬レースのセッティングこそ急だっただろうが、そこまでスカンを喰らうほどの大罪だったのか。走る張本人である本人からも(事後)許諾は済んでいるのに。

 

「そっちじゃないわよ……模擬レースする相手の名前を言ってみなさい」

「あまりにもバカにしやがってキングテメェこのヤロー。キボウヨロンだろうが」

「リトルココンでは?」

 

 グラスが横から回答を投げ入れた。

 ギリギリ紙一重で惜しい。語感や語呂まあまあ合致しているならば、要約すれば大体が正解なのである。カイトはそう信じて疑わない。

 

「カイトが打倒を掲げている理事長代理のチーム名は何でしたっけ」

Erste(エァスタ)。エルってばそんな事も知らんのか、バカめ」

「ファーストデスよ?」

 

 バカはエルではなかった、これが、これだけが真実である。なら他の誰がバカなのかという言及はよしてもらおこう、バカが傷つく。

 ともあれ、これまた惜しい。意味合いは完全に一致していたというのに。なんだ、じゃあ大正解じゃないか。お国というか言語とかが違っただけである。なんかもんくあんのか。

 

「果たしてカイトはどうやって中央トレーナーの資格を取れたのか、疑惑は深まりますなぁ〜」

「俺の努力を疑うんじゃねぇ」

「不自然なくらい話題に出なかったからまさかとは思っていたけど、本気でそのまさかだなんて思いもよらないじゃない……」

 

 愕然と呟くキング。その他四人は『知ってました』みたく呆れた顔だった。

 集まる視線がカイトを貫き、痛みすら感じるような気がする。ええい、なんだったんだいこの針の筵は。これは一言いってやらねばなるまいよ。

 

「なんだいなんだい、怨敵の事を何一つ知らないからってそこまで言われにゃならんのかいっ」

「えぇ……怨敵って認識はしてるんだ……」

「なのにその存在を殆ど認識していない……そんなの、リトルココンさんが怒るのも当然よ?」

「……もしかしてカイトって、現役時代から何一つも人間的に成長してなかったりしてますか?」

「オイコラエル、お前ね、シンプルに悲しい事言いやがるね」

 

 これでも進歩している面は確かにある。これは本当だ。こやつらだけでなく、チーム外の後輩や、先輩や、他クラスの同級生などなど、名前を覚えている人物が増えているのは数少ないその証拠だ。

 逆に言えば、それ止まりな可能性も、まあまあ、うん――彼女等に素晴らしい提案をしよう、この話は辞めないか?

 

「友達でもなけりゃ名前なんざ覚える意欲が湧かない。しゃーねーことなのですこれは」

「社会不て……い、いえ、何でもないわよ?」

 

 さて、そろそろ泣いても許される頃合いだろうか。

 

「カイトくんは、()()()()()ってのは知ってたけど」

「そのせいで他の誰かを怒らせるのはあまり良いことじゃありませんよ?」

「……ともかくっ、明日はグラスがミノルフォトンと走ります。以上、業務連絡終わりぃ!」

 

 さあ解散だ、帰ろう今すぐ帰ろう。どうやら今日は旗色が至極褪せている日らしい。こういう日はササっと帰宅して飯食って寝るのが一番だ。旗色は常日頃から悪めな毎日なのはどうにもならない現実でした

 この後にはダイヤの両親に呼び出されているのだがそれはそれ、この場からから逃げる絶好の口実である。

 

「それじゃあ今日は相手のレース映像でも見るのかしら?」

「なんで? 俺は帰るけど?」

『……?』

「は? え、何々、またですか、何か文句でもあんのかよっ?」

 

 キングの振ってきた話題は今からの予定の話だろうが、むしろ疑問を覚えるのはこっちなのだった。

 ところで、どうしてカイトの賛同者は毎回毎回誰もいないのか。いつだってマイノリティの最先端であるのは、確かに新種でもある身を思えば仕方ないのかしら。

 

「リギルとの決戦も近いし明後日までオフに決まってんだろうが」

「ならどうしてグラスちゃんを走らせるのか、これがセイちゃん達は分からない」

「ノリと場合によっては休みに全力疾走するのもアリだろうが」

「適当なこと言ってばっかりだとその内痛い目に……色々合っちゃってたね」

 

 いたくスペの言う通りだったし、追加の痛い目もそのうち合うだろう。だが巡り回った天罰がいつ来るのかを知る術はない。我々はただ受け入れる姿勢で在るしかないのである。

 

「……カイト君のトレーニングを受けていて不思議に思ったのだけど、対戦相手のレース映像を見た事が無いのはどうして?」

「どうしても何も、見る必要あるか?」

 

 質問を問われたのに、疑問系を重ねるのはあまり良いことではないだろうが、致し方あるまい。

 グラスもカイトも、2人だけに留まらず他の面子も、『何言ってんだコイツ』みたいな戸惑いの表情を浮かべていた。

 

「もしかしてカイトって、トレーナー向いてないんじゃ……」

「おいおいおいおい、ちょっと待て、その結論は早い」

 

 流石に聞き捨てられない発言だ、揚々として噛みつかせてもらう。

 

「仮に走るのが頭を回すタイプのスカイだったら、そりゃ対戦相手の映像を見せるぜ」

「まるでグラスちゃんは頭を使ってないみたいな言い方してる……」

 

 スペが余計な事を抜かしてくれた。

 

「カイトくん?」

「語弊があるけどさぁ! 要はフィジカルでかっ飛んでくタイプ、メンタルで喰らいつくタイプ、インテリで組み立てるタイプの三種類があってだね!?」

 

 エルとグラスは天性の肉体を更に高めて進み、スペとキングは誰よりも挫けない心で走り抜き、そしてスカイは論理立てた勝機へ目掛けて己を用いる。

 例えば右も左も分からない新米なら相手の研究も必要だろう。そうして学びを得させて、実力の糧とさせるのは必須ですらある。だが、ある意味煮詰まりかけてもいる彼女達なら。

 

「グラスに映像見せて意識させるより、自分自身に向き合わせて走らせる方が絶対に強いだろうがよ」

「……そういうことにしておいてあげます」

「文句あんのかコラ」

 

 対策の為に相手の映像を見る。この行為はそもそもとして、不安の芽を潰す行為だ。敵と己を見比べて、劣る面を測り、勝る面を数え、勝敗の率を算出し、不足している幅を埋める為の行い。

 そしてカイトは、彼女等にそれが必要とは思えない。

 

「お前らの確立したスタイルは世界だって問答無用で打ち倒せるから、映像を見るくらいなら自力を積み重ねろってハナシ。それはそれとして俺が勝手に相手を舐めくさってるってハナシでもある」

「うわ~、そんなんだから世間から反感買うんだよ」

 

 カイトが何度も口酸っぱく言っていた事実であり、揺るがない結論だ。

 

「それで?」

「は?」

「私が走る理由は?」

「……」

 

 ああ、そうか、やっと気づけた。どうしたってエイヴィヒカイトという生き物は、こうも気づきに遅れてしまうのか。

 手前勝手にレースを組んだバカへ濃いめの怒りを抱くのは、至極当然だった。

 

「…………とあるバカの癇癪のせいです、はい」

「いつも思うけど、バカって自覚はあるんデスよね」

「自覚だけあってもダメダメよ。修正しようとする努力が見受けられないわ」

「一生治らないものなんじゃないの〜?」

「巻き込まれるのは本当に勘弁してほしいよ……」

 

 

「今日はアレだ、えーっと、なんだっけ……」

 

 締めの一言を述べようとして、何も思いつかなくなってしまう。言葉を紡げなくなってしまったのは、つい先程まで、蒼色の軌跡に見惚れてしまったからだろうか。

 重苦しい雰囲気を纏ったスーツの女性は、無言で描いたの言葉を待っている。

 

「ああ、そうだ。……この度は俺の都合に合わせていただきまことにありがとう?」

「……」

「かなり急だったけど、受けてくれて助かったです」

 

 心の欠けた言葉は止まらない。脳裏で回る思考は、社交辞令を選んですらいない。胸中に広がる景色はただ一つだけが、エイヴィヒカイトの全てを支配している。

 淡い栗色が向かい風を裂き、靡き。蒼の袖が眼前の空間を貫き、荒び。黒白の脚が地を捲り上げて、響き。青と金の背を、群青は穿ち。

 怪物は未だ此処に健在であると示し。

 勝敗は、天晴れなほどに決まった。

 

「今日はありがとうございました、明日の慣らしにもなっただろうし、助かったまであります。……なんか、喧嘩沙汰から発展させてすいませんっした」

「……いえ、リトルココンにも非がありましたから」

「そっすか、それじゃさよなら」

 

 用は済んだ、そんな態度を隠す気もなく歩き出そうとする背中へ、一方的に声が浴びせられる。

 

「私の考えは間違ってなどいない」

「へ?」

「あの娘達は、貴方へその証明をする」

 

 言い切って歩き、カイトの背を通り過ぎていく。

 向かう先は、グラスの脚元で膝をつく娘。

 

 

「お疲れ様、でした」

 

 労いに対する声は返ってこず、地へ向けて荒い呼吸は繰り返される。耳は萎れ、身体を支える手は芝を震えながら掴み、汗が顎をつたって滴り落ちていく。

 疲労は各所に見受けられ、明日にアオハル杯の一走が待っているのは私だけではなく、彼女を同じだと思えば些か気の毒にも思える。しかし今日の実力を見れば、明日へその疲労を持ち越したところで器用にコンディションを乗りこなすだろう。それだけの実力はあるように思えた。

 ただ、何よりも気の毒であるのは、疲労などよりも。

 

「……っっ!」

「……、……」

 

 その屈辱を、知っている。

 異次元の背が遠のく過去。そして――――永劫に届かない黒白の。

 

「……」

 

 思い描いていた展開をぶち壊される衝撃に歯を噛み締めて、必勝の決意を袖にされる喪失感に健は深まって、自身の不足と至らなさの結論として得られる恥辱に胸は張り裂けそうになる。敗北とは、そういうことだ。

 積み上げてきたこれまでを、よりにもよって積み上げた当事者ではない第三者の手によって御破算にされる。栄光を夢見て重ねた努力の塔は、見るに堪えない残骸になり果てる。

 どんな言い訳を繕えたとしたとしても、どんなに器用な逃げ道を探せたとしても、傷は残る。

 その傷は、打倒して拭い去るその時まで、何時までも残って傷み続ける。

 結果が語るのだ、『己が弱く、相手が強い』と。

 その事実を他でもない自分自身が自覚させられるのだ。

 

「……立てますか?」

「…………いい、ほっといて」

 

 これを狙っていたのだとすれば、私の友人はとても()()()()をしているが、彼に限ってはそのような繊細な部分を深掘る目論見を立てる発想も無いと思われる。良くも悪くも、単純明快な性格というべきか。

 つまりは巡り合わせか。

 たまたま喧嘩腰になりやすい気分のカイトくんがいて、負けん気の強いリトルココンさんが突っかかって、こうなった。

 事故にでも逢ったような不運、だろうか。

 

「恨みますカイトくん……」

 

 せめてちゃんとした舞台で負けられたのなら、噛み砕ける感情もあっただろう。

 それがこんな、突発的に始まった野良レースで。

 可哀想と考えるのは礼を失するから、考えないようにする。だが、彼女が納得できる結果に終わったかと言えば、どうなのだろうか。

 もし自分だったら、こんな精神状態で明日を臨みたくはないこと間違いなしだ。

 

「リトルココン、行きましょう」

「っ……トレーナー……」

 

 理事代理は会釈を一つして、リトルココンさんを連れていく。

 それを見送れば、カイトくんも静かに近づいてきて、話しかけてきた。

 

「メンタル折ったか」

「……どうかしら」

 

 口振りからそれを敢えて狙った、という風な事は無いのだろう。ただ、叩き出された結果があまりにも無情なものだったから。

 心が弱い者なら、折れても仕方が無い結果が広がっていた。

 聞きたくなるのも分かる話。

 

「彼女の気持ちは分かります。……その痛みも」

「痛み?」

 

 惚けた顔で、何も知らずに彼は疑問を口にした。

 

「ええ、痛むの、胸が、とっても」

「……病院行くか?」

「どんな名医にも癒せないでしょうね――――いいえ、()()()()()

 

 癒す術がただ一つに限定された、心に喰い込み続ける棘の痛み。

 

「私の場合なら、他でもないカイトくんから貰った祝福のことね」

「痛みが祝福って……縁起でもないこと言いやがるなお前」

「はいそうです、つまりは呪いですね」

 

 傷は、未だ痛みを発している。

 その治療法は、金輪際現れない。

 一番欲していた勝利を、私は永劫に得る機会は無い。若輩の身でありながら、断言が出来てしまう。

 

「私は、永劫(エイヴィヒカイト)に呪われ続けるの」

「…………そ、そっすか」

 

 この痛みこそが、生涯残り続ける悔いなのだと。

 

 

 そして――――次の日。

 皇帝を裂く、大鷹の爪跡が芝を抉っている。

 怪物を穿つ、群青の蒼跡が風を貫いている。帝王を捻じ伏せ、特別が吹き抜ける。

 最強の距離で挑もうと、王の栄光に翳りなく。影の怪物は、青空の雲をつかむことも出来ず。

 端的に言えば、リギルとの対決は、勝利を奪い去る結果に終わった。




「グラスが怖い」
「いつも言ってる事だな」

 ココア味のプロテインバーをムシャムシャと貪りながら、ちょっとした相談を打ち明けた。こちとら本気の悩みなのだが、いつも通りと片付けられてしまうのも複雑だ。
 タンパク質が筋繊維を覆う感覚、疲労した身体に糖分が染みていく。甘味はやはり良い。運動後なら尚更に良い。

「渇いているより湿気ってる関係の方が良いじゃねぇか」
「それだけの熱意を向け合えるってのは、まあ、悪くないけど」
「責任は取るべきだと思うぞ」
「その為の努力だろうが」
「いや、そうじゃなくてだな……まあいいか、どうせ思い知らされるだろうし」
「は?」

 思わせぶりに、これからを予見する発言を述べるトレーナー。したり顔にはとっても腹が立つのである。今晩のご飯は絶対に奢らせるのである。

「乙女の心をズタズタに引き裂いて、何のお咎めもなしってのは許されん。覚悟はしておけよ」
「怖い事抜かしやがる」
「一段落着いた後は……お前、どんな風に料理されんのかな」
「え、俺って食われちまうの? つーかさっきからどういう了見で脅しやがる!」
「おもしれーから」
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