未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

66 / 85
 何だよ……どうして、俺は……未だにアオハルで止まっているんだ……!?


其ノ十九

 無敗にして全勝。

 それは過程だって例外ではない。「内容では勝っていたのに」といった風な負け惜しみも、「今日は調子が悪かった」だなんてみっともない戯言も許しはしない、明確な差を日の目に当てさせての勝利。

 理事長代理の打ち立てた管理主義の御旗。それが如何に正しいのかを示すために、今日ここまでを進んできた。

 効率を求めながらも、徹底した量と質で管理されたトレーニングの日々。

 そうした硬い関係性の中、けれど毎日でも顔を交わし、言葉を交わし、行動を介し続ければ、トレーナーからは隠しきれない優しさと思い遣りを感じ取るのも時間の問題で。

 ビジネスライクからの始まりを懐かしむような時間、共に過ごし。

 今となっては『ファースト』の誰もが、樫本理子を信用しきっている。盲目に彼女の教えを乞うだけでなく、彼女の人となりを理解して、互いに深い信頼関係を築けたらと望んで。

 そんな日々の証明が――――トレーナーの意志の結論が正しいのだと言わんばかりに、アタシ達は結果で見せて。

 その果てに今の私達が在るのだと示すために、今日のこの場へ、トレーナーの存在証明を叩きつける為にアタシ達は立って――――恒星の輝きに、絶対的な反証を見せつけられる。

 鷹の翼影を踏む事すら為らず、落としていく羽に、唖然と目を暮れさせるだけ。

 王は後光へ触れる事を赦さず、堂々たる姿勢は、敗者にもいっそ憧憬すら抱かせ。

 空へ進めども雲は遠い彼方で、汗を拭い、息を切らし、されど晴れやかに笑っている。

 アタシ達を容赦なく、一分の言い訳も出来ないくらい、完膚なきまで。

 チームとしての敗北を決定づけられるまで、驚くくらい拍子抜けのあっという間で。一人一人が怪物と呼べるような、黄金の軌跡を翻して。

 蒼が、その差をとうとうアタシにも知らしめる。

 一度目はまだ、己への言い訳のしようもあった。まだ伸びる余地があると言い聞かせられた。突発的に始まったモノではなく、雌雄を決するべきはもっと大きな舞台でこそ。それまでに、負けた時よりも強くなればそれでいいと信じて。

 見立てが甘い訳じゃなかった。心の距離が近くなったトレーナーとなら、負けた時の自分なんて簡単に超えられると信じて、実際その通りに実力は上がって。

 当日の調子も良く、メンタル面やフィジカル面、何を取っても最高潮と断言できるのに。

 己の全てを出し切れるという確信すら、いとも簡単そうに――――蒼の背中が罅を入れる。

 

『――――』

『ッッ――――っこ、のぉっ!!』

 

 チラリと見えた横顔は、なんて表せばしっくりくるのか。

 そんな疑問に脚を取られたから負けた、なんてことは無い。ただ、どうしても言い表せない表情が、走りに支障がない程度には気になって。

 十バ身の差が結果として確定されてから、控室で考えてみる。

 頭に来るが、焦りは無かった。こちとら負けの兆しを感じて大いに焦っていたというのに、微塵たりとて焦りを見せなかった。前へ出てから逃げきれるか、少しの距離を差し切れるか、そういった不安から生まれる焦りすら無かった。

 業腹だが、恐れも無かった。敗北への恐怖などに縁がなかったとでも言わんばかりな顔をして、負ける未来を少しも鑑みない。読みを違えた可能性、勝負所を違えた可能性、そういった狂いが引き起る未来への恐れを意に介さず踏み込んでいく。

 あれでもないしこれでもないと、表情に貼り付けていた情動が何だったのかを照らし合わせていくうちに、一つの答えへ行き着くのだ。

 屈辱的な答えが一つ、きっとこれだと分かってしまうほど、グラスワンダーの意識は自分には向いていなかったから。

 

「『物足りない』って、顔に出しすぎでしょ……!」

 

 記憶の中にある無言の無表情が、音の捩じ切れた速度の中で物語っていた。

 リトルココンでは、グラスワンダーの渇きを潤すことが出来ないと。

 

 

 ゴール板、そこへ示された絶対的な線引きをぶっ千切って。

 激しく昂った走りから、勢いをなだらかに弛緩させて、余韻を鎮めながら空を見上げる――群青と燃えていた瞳が、空を見上げている。

 勝利への渇き。前へ出るのだという望み。後塵を拝すことの無い現在への祝福。

 勝ちという意味への、ただただ、ひたすらまで澄み渡る、純粋な喜び。

 

「やりぃ!!」

 

 心を晴れ渡させる特権を受け取った唯一の背中は、それを見る者にも同種の多幸感を配分される。

 とはいえ、()()()()とも言える一番の喜びは、他でもない彼女が味わっている事だろう。

 

「快勝、だな」

「ったりめぇよ! グラスだぞ!? リトルココンにゃ負けねぇっての!!」

 

 同じだけの期間が用意されているのなら、相対する相手も同じだけの伸び幅が在ると考えて然るべきだ。既に一度完膚なきまでの勝利を収めているグラスだ、如何に以前以上に己を練り上げていたとしても、その時点の地点からも更に限界なく上昇していくグラスなら、不慮の事故でも無いのなら、勝ちは硬かった。

 レースには絶対は無い。よく言われている話だが、だが、しかし、だ。

 どうあっても埋めがたい性能差という代物は存在する。埋めるに値する要素など、案外世の中には少ない。都合よく誰よりも速くて強くなれるなんて、そんな幸運が道端へ転がっているような世界じゃないのだ。

 或いは、己の未来を消耗品として扱えば、どこまでもその脚は届かせ征けるだろうが――

 

「へぇ、いつの間に」

「はぁ?」

「名前だよ、リトルココンの名前。その件で揉めてたって聞いたけど、憶えてたんだな」

 

 ――理事代理、()()()()が、そのような教えを授けるとも思えない。

 均一化による管理体制は、故障を恐れる優しさの暴走とでもいいのか。彼女の過去も知らないが、カイトへ向けられる視線から推し量れる何かしらはある。

 

「そういえば本当だ……いつの間に?」

「俺に聞かれても。お前が分からなきゃ誰も分からないぞ」

「気づいたら記憶に在った。なんでだろうな」

 

 あの人が教えている娘だ、元々の性格なぞ知った話ではないが、長く接していれば理子さんの優しさに感化されて善良へと傾くだろう。他のメンバーもおそらく、同様に。

 

「……まあ多分、悪いヤツじゃないってのは分かったから」

「他者への興味が出てくるのは良い事だな」

「でもな、こんな感じの微笑ましきエピソードをアイツに話すとさ、膨れっ面で機嫌悪くなるんよ……ひどくない?」

 

 同級生と笑いあった、後輩と仲良くなった、先輩と遊んだ、などなど。

 青春の一ページを毎日刻みたいし、友達と過ごす日々を楽しみたいエイヴィヒカイトである。しかし、そんなカイトの近況を聞きたがる癖して、聞かせればそっぽを向き始める。どうして。

 

「因果応報、自業自得、自縄自縛もそうか、身から出た錆とか、他には……」

「知らん知らん。殆どは与り知らんってば」

「早く清算しちまえよ。同棲生活も再開できたんだろう?」

 

 とある一件を助けてくれた理子さん。その際のあまりにもあんまりな不安定さ加減を見て、コイツを精神安定剤(アルダン)と引き離すのは流石にとなってくれたらしい。女神のような判断力には、それはもう感謝しかない。思えばそれ以来、理子さんを見る目が厄介人から救世主へとクラスチェンジしたのだろう。

 こうして今日の決着を待つことも無く、自分の望みの一つは叶ってしまったのだった。

 

「……まあまあ、人生の墓場って言うし。生き急ぐのもどうかと思うし。おいおいね、おいおい」

「嫌って話でもないんだろ」

「もちろん! ……でも、今の俺はそれじゃ満足できない」

 

 安寧の日々に居ろ。そのまま柔らかい日々に絆され続ければいい。理解者もいる。優しい友は多い。拠り所だって在る。逃げ場所だって用意してくれる。危険な橋を渡らせるような只中へ放り出すような輩は近くにはいない。だから、危ない事は何もするな。

 そう言われても、挑戦したがる心はここにある。目を離せない存在感を伴って、胸の裡に渦を巻いて、今か今かと鼓動を掻き鳴らすのだ。

 

「甘ったるいぬるま湯に浸かるのはまだ早い。その前に、燻り続ける熱を吐き出し切ってからじゃないと」

 

 敗北を喫して、何一つも感じ得ない不感症でいられなくなってしまった。膝を土で汚し、唇を噛まずにいられるような無感情でいられる自分は、当の昔に行方不明になっている。

 蔑視とは違う。侮蔑とは違う。蔑み、侮り、見下すような悪辣なんかじゃない。彼女らが魔王だった残骸へ向けた瞳は、悪意なんかとは縁が遠いことくらいは、鈍感なカイトでも分かってしまって――――――――ああ、でも、だけど。

 

「……忘れてくれたなら、俺からすればありがたい話だったけどな」

「残念ながら覚えてる。つーか覚え続ける。俺としちゃ、今日を勝ったその後がメインに違いないから」

 

 彼女らの心は、どんな色をしていたのか。

 失望だけが、唯一受け取れた感情(いろ)だった。その内訳はどう思い返してもサッパリで、自分のどれへと失望していたのか。何が不足していたのか。どこが至らなかったのか。渇き、飢えていたその瞳を、どうすれば満たすことが出来たのか。もしかして、全部が足りていなかった可能性すら。ひょっとすれば悪意へと触れかねない感覚すら、エイヴィヒカイトは感じた。混ざり合って淀み切ってぶち撒かれた心の色が、まかり間違っても善良と宣ってはならない色彩を垣間見せていた。

 そんな想いへ応えられない自分にすら、奮起の情は湧いてしまう。

 きっとこれこそ、スぺやグラス達が自分へと抱いていた情熱に他ならない。それをカイトは、改めて知らしめられたのだ。返礼の一つくらい、全力でなければ廃る物はある。

 

「さて、次はスぺとビターグラッセだったか。……その前に、ちっとだけ買い足してくる」

 

 その時は着々と近づいている。段々と、静々と、お披露目の日が音を立てて迫っている自覚が、居ても立っても居られないようにさせていく。

 運動量も増えたからだろうか、食欲も最近では増してきているのだ。消費と充填が釣り合っている今現在、理想的な形へと、エイヴィヒカイトの身体は作り上げられている。塩っ気多めなジャンクフード歓迎されないのだろうが、しかたあるまい。食いたい気分という奴だ。エネルギーをたらふく備えて、今日の秘密のトレーニングへ供えたくなってしまっているのだ――という、ちょっとの暴食へ向けた言い訳である。

 

「何か食べるなら俺が出すぞ」

「あらまあやだわぁ、お優しいな」

「量が増えたとはいえ、お前はアイツらほど食わないからな、恩も売りやすい」

「ヤな言い方する男だことっ」

 

 そんなこんなで、トレーナーの財布をゲットしたカイトは意気揚々と、それでいて足早に、浮足立った様子で焼きそばを買いに走ったのだった。

 一人で行く、多分、それをやめておけばよかった。トレーナーに手間を掛けさせないようにと、一人で買いに行ったから。

 他にも、カイトは応援すると常識外れに喧しいから、スピカから離れた位置で見ていた。先輩にも誘われたが、それも断って、トレーナーと二人で気兼ねなく――――ようは、知り合いを他に連れていなかったことが悪かったのだ。

 まだ、自分の揺れは未だ続く。

 余震の地響きは、黒モザイクの一件から未だに響いている。大根に汁が染みる、白シャツに墨汁が染みる、スニーカーに泥がこびりつく、雑巾に埃の色が移っていく。そういった風な、日々の中にもある物事と似たように、その揺れは己の芯をまだぐらつかせているのは確かだ。

 悪いことなど、畳み掛けるように雪崩れ込んでくるって、知っていた筈なのに。

 この世界の神様ってのは、どこまでも、エイヴィヒカイトに苦しんで欲しがっているって、知っていたのに。

 

「――あれ、エイヴィヒカイトじゃん?」

「えっ? エイヴィヒカイトって……あの、ウマ娘の成り損ないだった?」

「ほら、あそこにいるの、そうじゃね? テレビで見た時と同じ顔してる」

 

 声――聲――――こえだ、同年代のような、若い声が、背後から突き刺さって。

 勢いよく背筋に汗が気持ち悪い顔が青ざめて青く白く血の気を失っていって失い過ぎてあまりに急速に顔の色彩を喪っていっそ頭が痛いこめかみが痛い頭痛なのか他の痛みが底とすり替わっているのか分からない恐い寒気が追い付いて来る浮足立った己を殺すように冬の季節が芯ごと腐らせんと冷たく寒く凍えて寒い寒い寒い寒い寒い寒いさむいさむい。

 知り合いかなと、それとも世にも珍しきカイトのファンですかなと、それかただの  かと、振り向いた視界には雑踏が敷き詰められて。誰の顔も知り合いではない。少なくとも、エイヴィヒカイトの知り合いはどこにもいない。若い男若い女、幼い少女幼い少年、中年男性中年女性、老人女性老人男性。雑踏に並ぶ顔の一つ一つは分かる。どうせすぐ忘れるだろうが、顔として見える。自分と同じように、出店へ歩く顔。隙間時間にお手洗いへ小走りの顔。家族と共に、休日を満喫するような顔も。当然だろう、カイトの眼は悪くなったとはいえ、今はこうして眼鏡も掛けているし、絶望的に視力が悪いわけでもない。光を受け取れるこの眼球は、世界を世間一般の通説通りな形として受け取れる。

 そんな、知り合いのいない雑踏の中で、黒く塗りつぶされた、無貌が。

 

「おひさ~、活躍は聞いてるよ~」

「俺らのこと覚えてるよな? ほら、よく一緒に遊んだ――――」

 

 ――――女の声が二つに、男の声が三つ。

 ひょんなことから、絶望に暮れる思い出をほじくり返される。それを知りながら対策を怠った。それはどうしようもなく、自分の落ち度だ。

 

 

 歩き出す。一寸先の闇へではなく、暖かな予感がする光の方角へと。

 歩き出す――自分がウマであると思えば、走り出すという表現が正しいのだろうか。

 始まりは、温もりに包まれて。

 産まれの異端さを厭わず、されど現実として壁は立ち塞がると知って、自然とそれなりの強さは不可欠であると両親は判じた。周囲の環境も、その意志に反発することなく、無垢なその異端が健やかであるようにと願いを込めて。

 

「……」

 

 春の日差しを歩き、夏の煌めきにはしゃぎ、秋の木枯らしと共に跳び回り。

 巡る季節を締めるような衝撃は――最後に冬が残酷に。

 悴む指先に感じる、凍てつく熱の色。それは産声とは違った、霊長一個体としての自我の始まり。

 夢を追う若人。ひたすらに邁進だけを追い求める子供。理由はくだらなくとも、焦がれた未来へ走り出す。夢を叶えるため、夢を手にするため。

 世界に自分の命の色を見せつける――――果てに掲げた夢へと目指して、冬の只中を突き進む覚悟を決めた。

 

「――、――――っしょ!」

「――――……から――」

 

 最後に訪れた冬は、いつまで経っても少年を取り囲んで。

 喜びの熱。楽しみな色。幸せな匂い。心奪われる景色。安寧極まる味わい。

 どれもこれも、贅沢な嗜好品なのだとヒトは言う。あれもそれも、身に過ぎた真珠であるとヒトは言う。どいつもこいつも、正常に産まれたからって口々に言う。

 怪物、バケモノ、欠けたイキモノ。人でもない、ウマ娘でもない、お前はどっちでもない。

「どうせなら生まれてこなければよかったね!」「生きてるの辛いでしょ?」「きもちわるいね!」「耳がくずれてみっともない!」「尻尾がきたなくてみっともない!」「平気なかおして、よく生きていられるね、すごいよね!」

 なんて、何度言い聞かせられたのか。

 異端を排する正義の味方、怪物を町から追い払う英雄様。『輝かしい者が悍ましいモノを打ち斃す』、そんな勧善懲悪に憧れる子供にとって、ちょうどいいモデルケース。練習台になるし、何より自分が気持ちよくなれる。善い事をできて、みんなとも一致団結の経験と絆を得られるから。世間の声の代弁者を気取りながら、その実、極々個人的な欲求を晴らすために、体の良いサンドバッグは彼らの近くにあっただけの話。

 降り注ぐ悪意を呪い、身に突き刺さる悪逆を然るモノとして受け入れる。

 最後の運命の春を迎えるまで、ずっとそうやって、空虚と飢饉の季節を生きぬいて。

 

「――――からさ、……っ!!」

「じゃぁ――――、――」

「そうなの? ――しは――――」

 

 かれこれあった。色々とあったのだ。語り尽くせぬ思いも、言葉にするのも無粋なオハナシも、言葉にしようがないくらい無自覚な想いも、やるせなさをその手から溢して捨てることも、とにかく沢山あった。

 友のお陰だ。家族のお陰だ。水晶みたいな色をした、透明な温もりのお陰だ。身の丈に合わない幸福のお陰だ。

 そうやって自分は、冬を乗り越えて、春へと歩き続けられるって信じて――――。

 

「ねぇ――――……?」

「おーい? ……ろ。――か」

「――――? ……、――――」

 

 ――――ふとした残冬が、こうやって飢饉の思い出を呼び起こすのだ。

 

「おい……いつまで反応しないつもりだよ」

「あー、ビビっちゃってるんじゃない?」

「え? ビビるって何に? どうでもいいけど、はやく返事欲しいなぁ~」

「ダンマリ決め込んでれば終わるとか思ってんじゃねぇよ。昔っからそうだよな、お前」

 

 肩を、軽く揺らされる。催促か。何も言わず、提示を要求されたモノも何も出さず。

 かと言って人通りの多すぎるこの場では、昔のように好き勝手をする訳にもいかなかったのだろう。力づくだとしても、自分の膂力は人間なんか目にならない。実の所、筋力も体力もかなり落ちているという事実があるが、知る由もない彼ら彼女らはそういった行動にも出れずにいる。だから黙り込むという選択肢は正しい。正しいのだが。

 普段なら気が付ける最適解も、今では偶然――そうせざるを得ないだけ、だが。

 

「あのさぁ、分かるだろ? わざわざお前のチームを応援してやろうって話なんだけどさぁ……」

「トレーナー業にも就いてるんだろ? だったら羽振り良くしてくれたっていいんじゃねぇかな」

「ねぇ、まだ~? アタシお腹減ったんだけど~」

「チェロス食べたーい! ね、今日会った記念として、ね?」

「……いい加減にしろよ、お前」

 

 黙りこくるというカイトの姿勢を前に、抵抗していると受け取った彼らは、声がどんどんと荒くなっていく。

 昔は、そうだ、抵抗なんてしたことが無かった。成すがまま、為されるがまま、悪意も偽善も何もかもをも受け取らされていた。だからカイトの今の生意気さが、どこまでも頭にくるのだろう。

 ただ、勘違いだというのに。

 怯えさせたいのだろう。慄かせたいのだろう。竦ませたかったのだろう。だったら問題無しだ。カイトは何も言葉を発せないくらい、唖然と立ち尽くしていただけだから。

 

「……まあ、コイツだしいっか」

「反応ないし、借りてくぞ」

 

 ポケットに入れていた財布へ、手が伸びてくる。

 きっと、それが自分のモノだったなら、見過ごして明け渡していたのだろうが。

 自分本位の価値観で、他人本位に物事を量る。

 そんな自分でよかったと、心底から思う。

 

「――――ちょっと待った」

 

 伸びてくる手が汚らわしい。

 掴み取るのも億劫で、咄嗟に弾き飛ばした。

 咄嗟だったからだ。これは本当だ。だから、ついつい握りこぶしで払い飛ばしても仕方ないのではないか。

 

「いてっ」

「……白昼堂々と、窃盗は、どうかと思う……」

 

 呆れ切った()()()()()()眼で、強く睨みつけようと頑張ってみた。

 せめてもの抵抗は、それくらいか。

 相対したのであろう黒モザイクは、おそらくは目を一気にいからせて? 今度は咄嗟にも阻めずに財布を無理矢理奪われてしまう。

 

「ッ!」

「――――調子に乗り過ぎだ、バケモノ」

 

 帽子を奪われて、その耳へしっかりとその声は届く。

 それは、とっても気持ち悪かった。

 大切な人からの贈り物へ、簡単に手で触れる。ああ、やっぱり、吐き気がする。

 

「ぅ、」

「抵抗を許される贅沢があるとか思いこんでんじゃねぇ、気色悪い」

「…………どうでもいいから、財布、返してくんない?」

 

 男の声が、女の声が、喧しい。

 どうでもいい。どうでもいいのだ、本気で、コイツらなど気にもかけたくないのだ。

 立ち向かっても不快しかない。関わるだけで不快を生み、喋るだけで不快を生み、同じ空間にいるだけで心が不快に満ちる。そうして残った不快は、やがてまた不快感だけを産み落とす最悪の連鎖が始まる。

 

「絶好調らしいよな、気持ちの悪い生まれでよ」

「……」

「友達と切磋琢磨して、仲良しでアオハル杯に参加して、楽しくやれてよかったなぁ――――そんな訳があるか」

 

 仲良し具合ではコイツ等も捨てたものではない。タイミングよく、代わる代わるカイトの否定に必至になって。

 

「お前の異物感は、お前自身が自覚してるはずだろ。お前がその立ち位置に来るまで、晴れやかなコトばっかりな訳がない――そうだよな?」

「…………」

「ハハッ――アンタの周りの奴等は、アンタの価値が無くなれば裏切るっしょ。十年間、ずっとそうだったんじゃないの?」

 

 垂れ流される言葉が、耳から耳へとくぐり抜けて。

 脳内で置いてけぼりにされるのは、悪意の籠った不快感だけ。

 

「可愛いそうだな、お前。使われてポイだよ、覚えてるか? ()()()()みたいにそうなるんだよ」

「………………」

「そういえば白い帽子は? ああ――――また黒くされたとか?」

 

 それは侮辱だ。

 エイヴィヒカイトの作った交友関係を見据えて、顔も分からない男は侮辱した。

 沸点が速攻で振り切れる自分でよかった。自分を度外視できる自分だからこそ、こうして誰かのために体は動かせるのだと喜びすら感じていた。一撃、一発、何だっていい、一回だけでいいのだ。反抗されるという前例を、この場で作れる口実として扱う自分は何とも最低の部類だが、それでもその一回だけが成功すれば、これからも多分大丈夫だから。もう心配をかけずに強くいられる自信があった。

 挑発に誘われ、悪態と共に振り抜こうとした腕は、()()()()()()()()()()()

 

「テメ――――」

「おらっ」

 

 声と共に、腕が上がっただけ。本当に、それだけだったのだ。実害など一つも被らない。痛みなどどこにも無い。怪我などする余地もない。ただ、元気の良い挙手でもするかのように、目の前の男の腕が、真上へあがっただけでしかないのに。

 何もされてないのに、それだけの行動で、エイヴィヒカイトの全細胞が停止したかのような感覚に襲われる。発汗が、先程までとは比べ物にならないほどに促進される。息が、もはや馴染すらある絡まり方をし始める。

 

「おい、コイツ今■■のこと殴ろうとしてなかったか?」

「いいよ、どうせ今みたいにすれば、ビビって動けなくなるんだから」

「でもバケモノの自覚ないのって、ホントに最悪だよね~」

()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――――」

 

 停まった思考、止まった身体、留まった心を抉るためだけに吐かれたのは、容赦も何もかもを亡くした刃物(ことば)だった

 柘榴が弾ける幻視(過去)。熱が、顔へとびしゃりとかかる幻覚(過去)。温度が、冬に溶けて肌が悴む幻痛(過去)

 生きていくうえで、必要とは決してならない廃棄物だ。生きる為には、決して表へと出てきてはならない毒の記憶だ。凍える事を嫌う生き物として、思い出すだけで生体が狂い始める、冬の北風だ。

 

「そんなお前が普通に生きようだとか……ぷっ」

「いやいや。勘違いしちゃダメだろ~? 他の誰かを不幸にするだけなんだからさぁ」

「厄病神でバケモノって、救いようがなくない?」

 

 限界地点は、そこにあった。

 過去のような状況に身を置いて、精神に脚を取られて、過去の傷跡が治り切る前に膿み始めて。

 どうしようかなと、ちょっと考えた。どうすればいいのかなと、かなり考えたかった。どうすればただしいのかなと、ふかく考えたかった。

 けれど、どうしようもなく、コレを何と称せばいいのだろうか、適した言葉が見つからない、探そうとしているのかすら分からない、探したがっているのかも知らない。

 

「あら……カイト、くん?」

「――――」

 

 ただ一つを、どうしようもなく思い出した。

 自分は、どうなのか。

 

「……カイトくん、もうすぐレースが………………カイトくんの、お知合いですか?」

「おお……! エイシンフラッシュじゃん……!!」

「……いえいえ、昔の友達で、懐かしくて」

 

 難しい話じゃない。愛されるべきではないイキモノと、愛されてもよいイキモノの線引きはあるのだ。その境界線を跨ぐ権利は誰にでも存在している、けれど、跨ぐ勇気を有しているか否かは、個人の裁量にゆだねられる、そんな国境はいつだって自分の目の前に存在していた。

 自分はどちら側なのかを、知っている。

 

「ほら、財布も帽子も、もう落とすなよ――――貴重品は、大切に扱わないとな」

 

 自分は、ダメなイキモノだから。

 だから――――だって、親の死を目の前にして笑顔を浮かべるイキモノなど、悍ましいだろう。

 愛されちゃダメだと、ずっと思いこんで。実際それは正しかったりもして。

 

「カイトくん」

「――――……」

「……カイトくん?」

 

 元気よく、気分よく、上機嫌の体現だった自分はどこかに消えて。

 過去のように、後ろ向きで、消極的で、自罰的な、あの懐かしい自分が。

 

「…………」

「あの人達は……もう、行きましたよ」

「……ごめん、フラッシュさん……あり、がとう」

 

 フラッシュに手を引かれて、近くのベンチへと誘われる。周りにはもう人の気配は薄い。今日の最後のレースが行われるのだろう。勝敗など疑うものか。チームメイトの一員として、頂点へと立つその瞬間を目に焼き付けたかったのに。

 身体が、どうしても動かせないのだ。痙攣しているのか、寒くて鳥肌が立っているのか、それすらも分からなくなるくらい、自分の触覚と呼べる器官が剥がされてしまったような心地の中に居た。

 

「平気、では……ありませんよね」

「ちょっとだけ……ちょっと、だけ、休めば……だ、だい、じょう……だいじょうぶ、だから……」

「あの人達は……本当に、昔の……?」

 

 無言で頷いて、一度、二度、三度と、無意識で止まりかけていた呼吸が再開された。

 全力疾走を矢継ぎ早に連続させたような、体内から酸素が排されてしまったような、ぞっとしない感覚がして。

 身体は、気が付けば震えを奔らせていた。

 

「……ぁ……ぺ……見に、行かない……と」

 

 こんな時にも、自分は後回しにしたがる癖が――こんな時だからか。

 他人に執着していれば、己の事などに目を向けずに済むから。

 それを見透かしたように、立ち上がろうとしたカイトを、フラッシュが柔らかい手付きで肩を押して座り込ませる。

 

「今はまともに歩けないでしょう」

「ぇ……っと……」

「カイトくんが言った通り、少し休みましょう、ね?」

「…………うん、ごめん」

 

 沈黙でいようとすれば、それにも付き合ってくれる優しいひと。

 深くを聴こうとして来ないのは、相変わらずの気遣いだった。

 

「……」

「……ごめん、フラッシュさん」

「謝らないでください。私がそうしたい事ですから」

「…………ごめんなさい」

「もうっ」

 

 何故邪魔をするのか。

 どうして邪魔をするのか。

 どうあっても、暖かい日向で生きるのは許されないのは、何故なのか。

 気にしないで生きられればそれでいいのに、それすらも出来ない自分へも怒りが沸いてしかたない。不出来なまま生きるしかない自分が不甲斐なくて、理想とする自分すら想像もできない自分は、本当に何なのだろうかと、ほとほとに思う。

 

「話せません……よね」

「ご、ごめん……」

「ふふっ、また出ちゃってますよ」

「……そう……だね」

 

 きっと優しい彼女は、カイトの為に怒ってくれるだろうから。そんな下らないことの為に、彼女の怒りを使わせたくないから。エイヴィヒカイトの生き方から端を発したトラブルだ、巻き込みたくないと思うのは自然な話。だから話したくない、などと。

 ああ、どれもこれも、咄嗟に思いつく言い訳でしかない。

 

「ううん、無理して喋って欲しい訳じゃありません。……でも、辛いときには、頼って欲しいって思ってます」

 

 説明したくない。こつこつと不幸話を語り聞かせてどうする。惨めな気分になりたくない。

 目の前で鉢合わせて、カイトとも過去からの関係性があって。こんなもの、説明義務の一つや二つだって発生している。

 

()()ほどじゃなくても、私だってカイトくんを昔から見てきましたから」

 

 ターフで垣間見せる、閃光の鋭さは何処へやら。

 ああでも、光だった。彼女は光の溢れる優しい笑顔で。

 

「貴方の寒さの全てが、いつの日かほどけるように――――少しくらいは力になりたいって、私もずっと願ってるんですよ」

 

 そんなことを言ってくれるものだから、聞いてみたかった。

 

「……れ、に……は」

「……はい」

「俺、に、価値は、あるのか……?」

 

 己の価値を、自分をよく知る誰かに聞いてみたくなった。

 

「俺は、誰かにとって、価値のある存在で、いられてるのか……?」

「ぁ――――当たり前ですっ」

「……本当に?」

 

 だって、今の自分は何もできていない。何も成せていない。何も能動的になれない。何も遂げていない。

 魔王と呼ばれた頃ならいざ知らず。

 抜け殻でしかないエイヴィヒカイトに、価値など。

 

「死にたがりじゃなくなった。だから卑下したがる自分は小さくなっていった」

「それはとてもいいことでっ! そんなカイトくんをみんなが――」

「ならっ、俺には誇れるモノが何も無いじゃないか!!」

 

 トロフィーの数々。得た称号。レースに対する全て。

 エイヴィヒカイトのどこもかしこが臭うのだ。

 死臭が香って鼻につく。

 

「何も無いんだ……! 俺の持ってる成果は、全部っ、誇れるモノじゃない!! 誇っちゃいけないモノだらけでっ……!!」

「そんなこと、言わないでください……! カイトくんはカイトくんってだけで、それだけで――」

「――欺瞞なんかいらない!! フラッシュさんっ、お願いだ、教えてよ……!!」

 

 吐く言葉の一つ一つが、大切な人を悲しませていく。

 紡ぐ気持ちの一つ一つが、傍に居てくれる人を苦しませる。

 だというのに、止まらない。

 自分諸共誰かを傷つける言葉が、どこまでも止まらない。

 

「走らない俺に、価値は、ありますか……?」

 

 

 近すぎる者からの意見など役に立たないと断言しよう。

 心に寄り添った優しい意見だけでは、傍観的な視点というモノを得られる事は無いだろう。

 自分の価値とは一体何なのか。それはきっと、成し遂げ、叩き出した成果と紐づく――――つまり、ターフの上を走る自分。

 一番の価値がある自分とは、現役を駆けていた時代とは言い切れる、ような気はする。

 だが、それは、つまりだ。

 

「……自分を殺したがってしかたない頃」

 

 手放してからそれを知るのは、何とも皮肉な話。

 自分に価値が無くても構わないと考えていたんじゃない。価値が無くても問題が無いような日々を暮らせていたから――周りがそうして、ありのまま、何も無い自分を認めてくれていたからだ。

 だから、フラッシュに聞いたところで、カイトが腑に落ちる意見は得られないだろう。

 同じように、例えばアルダンに聞いたところで、得られる手応えは似た感触なのだと想像に難くない。

 

「俺の価値を知ってる、ひと……」

 

 闇色の価値は過去に在る。

 なら、過去に、その価値を強く意識した者ならどうか。

 魔王だった頃の、リベンジを欲していた者ならどうだろうか。

 

「……カイトくん」

「……来て……くれたんだな」

「うん! ……トレーナーさんから聞いたけど、具合悪いんだって?」

 

 勝負服から着替えて、ドレスアップしたスぺが待合室へ来てくれる。忙しいだろうに、カイトを優先してくれる信頼度はなんとも嬉しい。

 手放しに喜ぶには、少し難しいが、

 

「これから……ウイニングライブだろ? 時間取らせて、ごめん」

「それは全然大丈夫。……それより、カイトくんの方が心配。無理してない? ……先輩、呼ぼうか?」

「……んだよ、キングだけじゃなくお前までオカンのつもりってか」

「だって……」

 

 歯切れの悪い態度で、言い出し辛そうに。

 

「…………()()()と、同じ顔してるから」

 

 ズレた核心に、触れてくる。

 

「――――」

「……また、その……会ったの?」

「――――――――それ、よりも、聞きたいことがあるって伝えたのは俺。質問するのは俺、だから」

 

 やや強引に、話しをずらし直した。

 そこまで踏み込んで話すには、どうにも精神的体力が保てない。お互い時間が有り余っている訳でも無い。簡潔に済ませるに越した事は無いだろう。

 

「……うん、じゃあ、聞こうかな」

「……俺の、過去を、聞きたくて……」

「?」

 

 とぼけた顔を浮かべても、無言のままに先を促してくれる。これは信頼の現れだ。

 水を差し込ませる行為だと、知って、それでも。

 

「俺の、過去に……価値は、あったのか?」

「……価値?」

「お前だから、聞きたいんだ。……あの頃、一番近くで、俺と向き合い続けてくれたお前だから、聞きたい」

 

 前振りはここまでだ。

 多分、自分は、聞いてはならない相手に、最悪な問い掛けを投げている。

 

「魔王だった俺に、価値があると思うか」

「……………………」

 

 表情筋が、一際大きくヒクついた。

 見開かれた瞳の中が、数多の感情(いろ)で埋め尽くされていくのが見えた。

 悲観と後悔の感情(いろ)が大きく半分を占めて――――期待の感情(いろ)も、もう半分を占めて。

 

「何て、答えれば良いのかな……」

「お前の思うがままに聞きたい」

「……何て、答えた方が良いのかな」

 

 スぺは言い直した。その意味を考えてみれば、真意は自ずと量れそうなものだ。しかし友を慮った答えをくれようとしてくれている。それに、カイトは、スぺの声で、スぺの言葉で、答えを欲していたから返答を待った。

 真っすぐに、素直な暖かさを持ったスぺだからこそ、いの一番に出てきた言葉は()()だったのだろう。

 

()()()()()()()()()

「――――っ」

「……エイヴィヒカイトを殺す魔王なんかに価値なんかない――――」

 

 思い遣りに満ちた言葉。優しさが満開に咲き乱れる答え。春の木漏れ日と同然の、慮るような、温かい声色。

 それらを押し退ける裏の答えを、絞り出すようなスぺは放った。

 

「――――――――そう、言ってあげたいのに……!!」

 

 歯を、食い縛るとはこのことだ。言いたくもない言葉を紡ぎ、聞かせる事の罪悪感がそうさせるのだ。手の平を握り締めて、目尻には感情の漏出が雫として表れて。

 形にしたくない――或いは、形にしてはならないと、他ならぬスぺが信じていた反逆の想いを。

 己の内の優しさを殺してでも、スペシャルウィークは叫んでくれたのだ。

 

「大きな存在だった!」

「……」

「追いかけても、届かないかもしれないってずっと思って! 走り込んでも、アナタの大きな背中がずっと目の前に在って……! 常識外れのまま、常識とは違う走り方を魅せるアナタに――――いっそ、恋でもしてるんじゃないかって!! 何度も夢に見て!! 何度も白昼夢にも出てきて!!」

 

 わなわなと、手を震わせて、声を震わせて、心を震わせて。

 其処(スぺの内)には、何をどうしても伝播していく熱狂の嵐が渦を巻いている。それが分かるのだ。手に取るように分かるのだ。手と手を重ねているように、分かってしまうのだ。服が触れる程に近くへ座っても、息が掛かるほどに顔を向き合わせても、背へと甘えるように抱き着いたとしても、決して変わることのない火傷にも似た関係性であるから。スぺが伝えようしてくれる思いの端から端までを、カイトは纏めて汲み取れるだけの仲が在る。その仲とは、友達だけじゃない。今こうして顔を突き合わせるのは、友としてだけではない。

 友達としての自分達じゃない。

 

「友達としての私じゃない私が……聞き分けの悪い私が! ずっと叫んでるっ!! スペシャルウィークにとって、エイヴィヒカイトという魔王は、何物よりも価値の在る存在だったって!!!!」

「…………そ、っか」

「っっひぐっ……! ひどいよっ、何でッ、こんなことをっっ、私に言わせて……っっ!!」

 

 目尻を拭う仕草も、カイトが気にする事は無かった。けれどカイトは、永劫魔王(エイヴィヒカイト)というイキモノは、魔王へ刃を喉元へ向けてきた日本総大将の言葉を、一字一句逃すことの無いよう、胸の裡へと打ち付けていく。

 胸が痛いのは、気のせいではないのだろう。精神が身へ及ぼす苦痛もある筈だから。何へ胸を痛めているのかは、自分でも分からないのが、実に不甲斐なく。

 

「もうっ、諦めてたのにっっ、なんで思い出させてっっっ!! …………勝ちたかった! カイトくんを止めたくてっ、それ以上に、勝ちたくて!!」

 

 理性を焼き尽くす本能。理屈を灰にする()()()()()。賢明を踏み砕く懸命。

 納得も、理解も、心が全てを感じている。言いたい事の全てを、きっとスぺの抱く紫焔と似た性質の顎が、体を良く、自分なりに嚙み砕く。

 

「なんで走ってくれないの!? 勝ち逃げされてっ、もう走ることが出来ない身体だからって言われて、だからハイそうですかって納得できる訳ないよ!!!!」

 

 尤もな話だ、耳が痛い。

 胸も、痛んでいるような、気のせいのような。

 

「本当に、なんで、なんでっっ、カイトくんはもう走れないの!?!? ……もう一度だけでも、頑張ってよ……!!」

 

 不吉が鼻にこびりつくようなモノでも、誰かにとっての価値はあって――

 

 ――――アンタの周りの奴等は、アンタの価値が無くなれば――――

 

 ――その掛け替えのない価値を、自分は捨て去った。

 

「あんなのっ、一回に入らない……っ! あんな終わりなんてっ、誰もっっ、求めてない!! ()()()()()があんなくだらない終わりっ、認められない!!!!」

 

 取り戻そうと躍起になっているのは、過去の実力だ。過去の思想など必要が無い。己の何者よりも大事なひと達が忌む過去など、捨て去ってしまえばそれでよかった。自分の為だけの走りなんて、自分には無用で、ただ己を殺す毒でしかないって考えていたからこそだ。己の死因など、持ち続けるより捨てるが吉だろう。

 それを、取り戻すと決めたのだ。

 自分の為に。己の為に。エイヴィヒカイトのために。魔王の威光のために。失望の瞳を振り払うために。

 

「たった一度でいいからっっ、今度は私達の為に走ってよ――――!!」

 

 涙で、ぐしゃぐしゃだった。鼻水で、むごいものだった。泣いた顔が、引き攣り始めている。まさか、この後にライブなど、正気なのかと問いたくなる。そんな悲惨な状態へさせたカイトが、無責任にもそんなことを考えてしまうくらい、今からアイドルとしての一面を果たしに行くには相応しくなかった。

 でも、なりふりも構うものかと言わんばかりな様子に、動かされない心は生憎と持ち合わせていない。

 

()()()に走ってよ――――!!!!」

 

 ああ、言わずもがな、だ。

 ああ、言われずとも、だ。

 そして、言ってくれてありがとう、だ。

 

「魔王になって、帰って来てよ――――!!!!!!」

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――

 

 心の醸し出す胸の痛みは、いつの間にか気のせいへと成り果てていた。鈍化したような、触覚が遠のくような、この胸の裡の世界を、エイヴィヒカイトはよく覚えている。冷徹極まるその心を、自分は愚かしくも、未だに捨て切れずにいる。

 それは、なんて、朗報なのかと悦んだ。

 

 

 夜の景色がいくつも後ろへ過ぎ去ろうと、夜に支配された世界は途切れることなく、己を通り過ぎて。

 過ぎ去る速度が途切れそうになる度、脚下から発する破裂音が、再びカイトの在る世界を最高速へと押し上げていく。

 涼し気な秋風が頬へ触れて、土の匂いには草の千切れるものが混ざり、大気を我の身一つで裂き分けて進む心地。本来であれば大抵のウマ娘はもちろん、例外たる自分ですら快感を覚えるような、ウマの奥底に在る本能をくすぐる快さ。

 それらを感じようとしても、差し込む不粋が、足首へ突き刺さるように邪魔して。

 

 ――そうやって親も殺したんじゃないの?。

 

 蹄鉄の踏み場を、その角度が、少しだけズレてしまっていた。

 その予兆はいつだって静電気のように、自覚の外側から這い回ってくる。

 肌が張り付く冷たさと、肌の爛れる熱さ。二つの鉄の棒が骨を軋ませながら、肉へと穴を穿つ――――そんな痛みが、踏み込んだ脚の内側で破裂する。

 

「いっっっ、ぎっっっっっっ……!?」

 

 夜の天蓋へと叫びながらつんのめり、叫びの全てが喉から吐き出され尽くす前に、歯を食い縛って前傾姿勢をより過剰に傾けていく。

 顔面から土と熱いキスを交わす直前、端正な顔つきがひしゃげる大惨事を回避するべく、宙返りにも近い角度で、肩から地面へ滑り込む。咄嗟の判断力、刹那の直感、身の危険への経験則、これらを加味した上で惨劇を回避できたのはウマの血が成せる技か。

 ジャージ越しに、柔らかい芝の土が、ガリゴリと肩肌を削る感触がする。

 次いで、右の指先へと重りが絡まるような不快感。

 

「あたっ、こが、べっぎゅ」

 

 カエルを潰せば、そんな音楽を奏でそうな気がする。不恰好な前転を一度披露して、疾走を中断させてしまった勢いを殺す事なく、二度三度と回りながら横方向へ吹き飛んでいく。結局空を見上げられるような静止具合を得られたのは、どたばたと五度目の前転を終えてからだというのだ。これまたコメディチックな情けない姿を、惜しげもなくカイトはターフへと晒していた。

 トレーナーとマルゼン先輩の焦る声が遠くから、じんじんと痺れるような余韻と共に、徐々に耳へ入ってくる。転倒の痛みが緩慢の速度で全身を這い回り、それを凌駕する稲妻が脚の髄へとひた奔る。綺麗な夜空だったのに、思わず目を瞑ってしまうくらいの衝撃はあったようで。

 

「いっっっっっっってぇ、な、こらおいごら」

 

 トレーナー達が近寄ってきているのか、様子を見ているのか。その方へ顔を向ける意識すらこれっぽっちも捻り出せず、強烈な痛みが全てを塗り潰す。

 

「ぎあ゛ッ、ぐゔっっ……ぉ、っ、俺っ、の、人生……痛がって、ばっかりな、気がする……」

 

 目尻を潤ませる一雫は、されど雨などどこにも降らず、これは無茶難題を押し通ろうとする代償へ付加された、心ばかりの飾りのようなものだ。

 人目がなければそれはもう、大声を嗄らして泣き喚いたことだろう。

 

「おいカイトっ!!」

「カイトくん!?」

 

 恥を偲んで頼み込んだ相手とはいえ、羞恥を憚る相手でもあるのなら、可能な範疇までは気丈に振る舞っていたい。痩せ我慢くらいなんて事ないのだと、一つくらいは示したいではないか。

 

「無茶しすぎだぜ、まったくもうふざけんなバカがよ」

「俺達の台詞だ!!」

「見てて青褪めたわよ……怪我は無い?」

「肩が、ちょっとだけヒリヒリします。それ以外は脚が痛むくらいで…………あっ」

 

 これは時に、経験論であるのだが。予後不良以前からも、大きな怪我を幾度も達成していたからこそ言えるのだが。

 重症とは、己がその五感で認識してから、ようやく遅れていた知覚を取り戻す。少々痛すぎる例だが、小指をタンスの角にぶつければ、『ぶつかった』という情報を、目やら触覚やら何やらで受け取り、そうしてようやく脳から痛みが発令される。

 つまりラグが存在する。気が付かない内に青痣を作っていたのを、後日にようやく発覚してから痛み出す、なんて話もザラだ。

 そういった認識を確定させるのに、一番必要とされるのは視覚だ。なんたってレモンの視覚情報が脳へと運ばれたなら、口内には唾液が多めに分泌される。それくらい、視覚とは五感の大部分を占めているのだ。カイトて、景気良く脚をへし折った日も、レース中は激痛こそ奔ったが、帰りのタクシーでその脚を眺めている時の方が、よっぽど脚は痛んでいた。

 だからこうして()()()()()()()()()()()()()()()()を、この目で確かめてからようやく、手首から先へ灼熱が膨らんでいくのもままある事だ。

 

「ふっふっふっ……やらかした」

「――――おい、その右手を見せてみろ」

「……ぅ、うっす」

 

 目線をこれでもかと逸らして、暗がりの中でその歪を掲げる――前にだ。

 

「マルゼンさん、ちょっとあっち向いててください。ショッキングです、Rは15なんです、乙女にゃ見せたくないのです」

「……どんな怪我をしたの?」

「こう、ぱきっとぐにゃっと」

 

 言えばその持ち前の洞察力であらかたを理解したのか、痛ましい雰囲気を纏った背中をこちらへ向けてくれる。

 一安心、これで厭うことなく怒られることが出来るのです、とか考えてない。何ならトレーナーが気が付かなければ、捻挫か突き指で押し通す気満々だった。というかちょっと待って欲しい、元よりが無茶と無理と不可を纏めて踏み砕き、不良も不調も不順も片っ端からガン無視して、そんな道筋を歩まんとしている身が、たかが骨の四本程度、それも脚じゃないのだからモーマンタイだろうが。

 それらを加味して内情も把握した上で、トレーナーはこういった。

 

「早く出せ」

「……」

 

 現時刻が夜でよかった。夜なら怯え竦んだ顔も隠れるし、羅刹も裸足で逃げ去る顔もよく見えない。

 ――脚の痛みをケアしながら、際限が無いのかと勘違いしてしまうような説教を乗り越えて。

 

「今日はここまでだな」

 

 真っ当な感性を持ち得ているトレーナーは、呆れ果てた顔で至極真っ当な判断を口にした。

 そういった意見へ異を唱える考え無しのバカは、総じて往々にして、至極真っ当な判断力が不足しているバカでもあり。

 

「ぃっ゛っ――……まだやれっけど、大丈夫じゃない?」

「お前が痛がってるのは手だけじゃない、脚にもキてるんだろ。手の怪我が無くてもどの道中止だ。早く病院に行けバカアホクソボケドバカ」

「バカって二度言ったな!? ……でもまだっ、今日はマルゼンさんと走れてないだろ。全盛の感覚を取り戻すために続けてるんだ、少しくらいは実戦の空気を感じないと意味が無いし、少しくらいの無茶ならご愛敬の普段通りで許容範囲。それにあれだ、手だって粉々って感じじゃない、綺麗に纏めて真っ二つって感じだし……包帯で巻けば問題ないってば!」

「――――はぁ、ったく……これだから怪我をし慣れたバカは」

 

 頭をがりがりと乱暴に掻いて、仕方なさそうに折衷案を――その実、まったくカイトの意見にそぐわない案を出した。

 

「マルゼンスキーがOKを出すなら許可してやる」

「マジで!? よっし言ってみるもんだ、走ろっかマルゼンさん」

「走らないけれど」

「!?」

「そんな可愛い顔でビックリされても……」

 

 とっても不思議そうに、マルゼンはカイトの期待を潰し切る。

 梯子を外された気分のカイトに渦巻くこの感情、これが絶望かそうか。登っていた梯子は、全然どの階にも辿り着けない先行き不安定そのものだったのだが、それを知ろうともしないカイトは勝手に裏切られた気分になっていた。

 

「……じゃあいい、二人は帰りなよ。俺はもう少し走るから」

 

 息を胸いっぱいに吸って、身体の中にある空気を全て吐き出す。深呼吸という沈着の行動も、思考の隙間へと割って入る二重の痛みが邪魔をして、痛みで上がった熱は冷めやらない。

 脳まで溶けたように、ちゃぷちゃぷと浮かんだ思考の破片が、無根拠の()()()を際限なく生み出し続ける。

 ほら見た事か、エイヴィヒカイトはこんなにも、まったくもって問題が無い。

 

「あのなぁ……」

「今日は帰りましょう? 脚の無理だけじゃない、手の怪我だって悪くなったら……それこそ、走れなくなる理由が増えてしまうのよ?」

 

 怪我なんて、理由にはならない。

 燃え尽きることを理由としていた過去、燃え尽きても良しとする現在、燃やし切れたなら幸いだとする未来。

 カイト自身の成長など関係が無い。三点地点へと向けられる価値観は、そうそうに大きく変わったものではない。それこそ皮肉めいたように、壊れようとも壊れかけても壊れを尽くしても、目指す領域は目に見えるような鮮明さが宿る到達点ではない。

 

「骨が折れても俺は走ってた、走れてた」

 

 これはきっと。

 運命、というやつだ。

 

「時間が、無いんだ……」

「だからって時間に急かされれば何もかも取り溢す。お前には、それが一番苦しい未来になるって分かってるだろ……?」

 

 今の自分では耐え切れない、或いは。

 今の自分には先が在るから、未来が存在するから耐え切れない、なら――――未来を棄てれば、耐え切れる?

 

「前の自分なら……エイヴィヒカイトなら……! 魔王だったなら――――!!」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ! お前に何よりも大切にして欲しいのは、今なんだって事がいつになれば分かるんだ!!」

「――――――――べつ、じん…………」

 

 そんな帰結へ向かう気質は、もう、エイヴィヒカイトがそういう生き物である証なのだ。

 

「……やっぱ、必要なのことなのかな」

 

 どの道だろうと関係なく、一寸先には何も見えないのだ。

 進んできたこれまでは、鋭利な棘の道行だった。

 そうして希望に満ち溢れた栄光か、希望に満ち溢れた破滅か。

 そうして絶望に満ち溢れた脱落か、絶望に満ち溢れた感染か。

 光か、闇か。どちらにせよ、進む先にどちらかの色で塗られた新たな道が存在しても良い。それと同じくらい、どちらかの色で溢れた落とし穴があっても不思議じゃない。そして、進むために必要な強さは、過去に置いてけぼりだから。偶然にも過去の悪意は粘ついて、現在の幸せへと翳りを入れて、ちょうどエイヴィヒカイトはノイズだらけの過去へ想いを馳せてもいる。

 

「昔の俺に戻れば解決する話、なんだよな」

「え? ――――ぇ、カイトくん、何、を?」

 

 進んできた道を辿り、幼い頃へと逆行していく。

 それも、悪くない選択なのかもしれない。

 

「昔の俺は痛みに強い。どんな苦痛も耐えれるから、だから俺は強かった」

「カっ、カイト、くん……っ!?」

「そうだよ、あの時の仮面(ペルソナ)が在れば……痛いのを、痛いって分からないフリが出来るようになる……なれるんだ」

 

 そうすれば、昏く澱んだ過去だって。

 悪辣に満ちた思い出を叩きつけられても、毅然として耐えられる強さが手に入るのかもしれない。

 

「スぺ達の望んだ魔王に、なれば」

 

 

 声が、脳内の警鐘に急かされて荒さを増していく。

 独り善がりな最悪の結論を、誰の声も聞かずに組み立てていく。

 

「――――っ、カイト!!」

「父さんが、いなくなっても――――――――わらえばだいじょうぶだった、自分を取り戻す」

 

 その、呆然とした横顔が、月に照らされた怪しい貌が、どこまでも不安を掻き立てる。

 吐き気がする。吐き気がする。吐き気がする。吐き気がする。吐き気がする。吐き気がする。眩暈がする。頭痛がする。吐き気がする。泣き言を溜め込んでいる。涙を流さないでいる。助けてを言えないでいる。縋れる場所を見失っている。吐き気がする。吐き気に殺されそうになっている。情熱が怨讐に燃えている。自己嫌悪で倒れそうになる。暖かさを忘れている。夢を踏み潰して嗤っている。鎬を削る行為を無意味と断定する。家族などいないと信じている。家族の資格が無いと信じている。寒がりに浸りたがっている。寒がりで苦しんでいる。冬の例の日を夢に見続ける。

 自分の全てへと、心から笑い掛けながら、心の底から()()と言える。

 己を否定することに余念がなく、その果てに、あの壮大かつバカげた復讐劇を実行へ移せる。

 まさかと思うが、吐き気の催す絶対(そんなエイヴィヒカイト)を取り戻せばと、この子は言おうとしているのではないか。

 

「あの時の強さを取り戻す。そうすりゃ勝手に強くなる。おおう、分かりやすい目標だこと」

「少しは落ち着け! お前が焦るのも分かるが……だからって昔のお前に戻る必要がどこにある!!」

 

 肩を掴んで、目を合わせようと、必死にカイトの顔を覗き込む。

 そんな自分の憂慮を取り払うように、()()()()()()()()、彼はの心情を吐露する。

 

「大丈夫、大丈夫だよトレーナー」

 

 大丈夫なんかじゃない証拠を、折れた手を振って、これ以上なく示しながら。

 

「誰が相手でも討ち勝てる過去を取り戻すこと、それは……ほら、最初に頼み込んだのと、そんなに変わらない話だろ?」

「自分の言ってる事が分かって言ってんだろお前……! 知らんぷりなんてヘタクソな真似はやめろ!!」

 

 少しづつ、日常の中で一歩づつ、確かめるように前へ進んでいた。崩れ去らないかと怯えながら、一歩一歩を踏みしめて、柔らかな日々を確信しながら。屈託の無い本物の笑顔を繰り広げられるようになった。真っ黒な子供時代を取り戻すように、年甲斐無く、少年のような心で。

 一瞥の不安はありつつも、その背にはもうあの時のような闇色の寒気は感じないから。

 カイトの中に溢れる選択肢も、やはり怖気を連想させるような道は途絶えていて。

 

「でも一番手っ取り早いし、時間の効率にもなるし、()()()()()終われそうでちょうどいい」

「このっ、バカ野郎っっ!!!! ちょうどいいって何だ!! 後腐れなくだなんてふざけたこと抜かすな!! そんなことをお前っ、口にしないって決めたんじゃなかったのか!!!!」

 

 どうして、またエイヴィヒカイトが、そんな戯言を口にしなくてはならないのか。

 

「過去の自分に成れば、あの時の強さも、きっと――――スぺも、泣くこともない、し」

「スぺちゃんが、何を……?」

 

 焦るのも分かる、そう、分かっているのだ。

 息詰まり、足踏みを続けて試行錯誤を繰り返していた。そんなカイトの背を交通事故のように押して、無責任に心労を根付かせ、焦燥を更に育てたという話も聞き及んでいる。

 もう悠長に欠伸を出来るような、そんな時間は残されていないこともまた、焦りを助長させる栄養素だった。

 だからといって、そんな方向性へ舵へ切るなど。

 

「俺は決めた、そうだ俺は決めた。俺は俺の存在を使い潰す。命も心も魂も使える要素は何でも擲って、終着点でちょうど擦り切れ終わるように計算し直さなくちゃ。前向きに自分を殺す尽くすのは、何だかんだ俺の得意分野だから、今度ばかりはちゃんと立派にやり遂げないと。アイツ等のためにも、今度は、ちゃんと、納得出来るように」

 

 あの時の少年はもう、自分を大切にする喜びを知れたのに。

 己の未来へ期待して、暖かな日差しの中を歩む展望を持てていたのに。

 

「今の俺を否定し尽くしてみよう。物は試しだ、支払うモノも、案外安く済むかもしれないだろ。アオハル杯も終わったし。あとはもうさ、時間がさ、もう、本気で足りないんだよ」

 

 軽々しく()分を()す算段を、閉じこもった心の内で組み上げていく姿。

 それは、もう既に、魔王の面影を宿しつつあった。




 ほら、宝石って意思を研磨しまくって作るし。同じようにさ、追い詰めれば追い詰めるほど、バケモノメンタルは作り上げられるのではないかなと。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。