とか、ボヤッと考えながら、夢見に出てきたオリ主は生まれた。
「これ、ミスチルのHANABIやんけ!」
とかとか、キャラ崩壊アルダンとのラブコメを書いてたらピンときた。
「黒崎真音さんのROAR聴きながら書いてたらこんなんになっちゃった……」
てな感じでここまでに至る。
あれは────ナイ。ちょっと酷過ぎるとは、自分でも思う。
けれど、あそこまでやる必要はあった。あれは間違いなく必要なことだった。──いやしかし、あまりにもあんまりではなかろうか。
『ごめんアルダン。その心配、今日はいらない。……強がりとかじゃなくて、マジで要らない』
ターフへ通じる入口、その瀬戸際に、最愛のひとが立っていた。
己を損なうその場へ続く道だった。己を潰し、殺し、唾棄を続ける儀式の為の場だった。自己自傷の象徴たる舞台であるターフへ、再び足を踏み入れることを心配して、ワザワザ様子を見に来てくれたのだろう。メジロアルダンという娘は、つくづく優しさに歯止めが効かない。自分へ届けられる優しさはきっと、補正が掛けられているのだと自覚をすれば、こう、嬉しくもより濃く感じるだろう。
だろうが。
『……邪魔だった?』
『ああ、邪魔だ』
この一言に尽きる。
今、この、時間だけは。
出会った瞬間、用意した時間、積み上げた努力、重なり合った想い、全てを放出する為だけに存在する刹那。
己の全てを、ぶつけたい相手へ体現し尽くすには────あまりにも、短すぎる
設けるべき情欲は、身体を浮かす、暖かな熱じゃない。
胸の裡へ抱くべきは、指向性を持つ敵意だ。
『要らないことに意識を向けたくない』
愛だの恋だの、心を暖める温もりは要らない。
敵を突き刺す冷たい敵愾心を執拗に、熱を宿すまで、何度も何度も研ぎ澄す事だけが必要だ。
『むぅ……いいです、不貞腐れちゃいますもの。不機嫌なまま行っちゃいますから、知りませんからっ』
『そうか、じゃあそれで。――ぎゅピぎッ!?』
そこで話は終わったとばかりに、目の前を通り過ぎていこうとすれば、首根っこを強く、こう、殺人的な膂力で引っ張り上げられた。呼吸器系を弱らせた身と知っての狼藉か。
『げほ、えほっ……なにしやがる』
『……』
『いや分からん。……言いたいことがあるなら言えよ』
ただでさえだ。顔を見れば汲み取れる、エイヴィヒカイトの共感性はそんなことが出来ない程度の低さだ。今は猶更、周囲へ気を向けられるような余裕を
些事は速いところ流して、全てを注ぎ込めるだけの舞台へ、今すぐにでも。
『…………楽しみ?』
『──多分、そうなんだと、思う』
今すぐにでも、走り出したいくらいには。
『……怪我をするんでしょう?』
『きっとする』
悲痛な顔つきが目に入って、気に掛けようとする自分は薄かった。
『ダメって言っても?』
『する』
傷ましい色に瞳が揺れて、慰めようと考える自分はもういなかった。
『っ……カイトのしたいことっ、なんでもしてあげるって、言っても……?』
『じゃあ怪我した後に看病を頼む』
今すぐにでも中止にしようと、喉元からその一言が紡がれそうになっている。
溢れんばかりの優しさ、その全てを無視して、
『こういう答えが聞きたかったんだろ』
いなくならない、きえない、ずっと傍に居る。そんな前提を敷いた上で臨む、唯一無二にして、今生最後の大舞台。
『だから、邪魔すんな』
『…………うん』
「貴女の隣に帰ってきます」とか、そんなニュアンスを言外に伝えたつもりだ。とはいえ、友が聞けば唖然として、微妙な顔をする事だろう。「直接そう言えよ」とは、何とも、自分でもそう思うのだから救えない。言葉にするのも面倒で、急く心へ従いたがる自分が圧倒的に勝っているのだ。
────どうでもいい。
当の本人達の間で、真意が伝わっているのならそれでいい。それ以上は、費やす時間がもったいなく感じてしかたない。
迷い無く、アルダンへ背を向ける。
向けられた憂慮の優しさへ、堂々として、エイヴィヒカイトは踵を返して────────その場所へ、進む。
吐き出す息、吸い込む息、生物へ与えられた当然の権利を阻害する存在感。共に以前でなら、己の思うままに呼吸をさせてくれない不自由さを植え付けられていたのに。
肺を研摩し、心の臓を絞め付ける圧は、嘘のように感じ取れない。遮蔽の少ない最前線を走ろうと、背後から絡みつく鎖の重たさは皆無だった。心を圧迫する手狭さは、何一つとして胸の裡へは訪れない。
白のはためく背を、幻視する威圧は何処に消えた。
「(嘘みたいに静か)」
現実味がないかと問われれば、確かに、些か実感が欠けている。夢と疑いたくなるのは、仲を深め、相互理解を重ねた弊害か。
「(本当に、後ろに)」
実は、いない。嘘でした、冗談でした、夢でした、白昼夢でした、幻だったり聞き間違いの見間違いでした。──彼が『ドッキリ大成功!!』を掲げ、イタズラ好きな笑みを浮かべていても不思議じゃない、疑ったりは出来ない、そんな事をされても、つい手を叩いて納得してしまうだろう。
冷静に、達観して、平時に似た心持で、『否』の可能性を捨てない。
だって『エイヴィヒカイト』が後ろで走っていたとしよう。けれどそれは────
「(────本物の
心を灼き果たす憧憬と、粘つく泥の嫉みへ、鉛の混ざった曇天の妬みが、見事に混沌を成す表現困難な心情。セイウンスカイを翳らせる鈍色の悪性情報、その悉くを齎した、災害も同然の男。
胸中に渦巻く根源、胸の執着を辿った果ての終着点、焦がし傷つけ掻き回した黒白。黄金へと注がれた呪いにして、永劫の祝福。こんなものはいっそ崇拝に近かった。唯一の例外たる絶対者としてエイヴィヒカイトは在る、なら、それに劣る出来を見せられれば、再度の失望は免れない。
それを知り、それを理解し、それでもと叫び、嘆き、立ち上がったのだとすれば。
「(それか、前とは違う
待て待て。
理由とか、要らない。理屈とか、つまらない。かといって熱血な中身がなくちゃならないなんて、それこそ嘘だ。
熱なぞ、その内に伝わる。意など伝われ。心など過程の最中にでも、否が応に重なっていく。
共に走れる奇跡が此処には在る。共に走らんとした軌跡の結実が此処には詰まっている。ひとりが抱え込んだ敗色を払拭するべくの執着が、今日この日の運命を集わせてみせた。
それがどれだけの苦痛に溢れていたのか、知らない。けど、その結果まで辿り着けた努力は、歓喜と共に受け入れるべき純粋だ。
「────っ、────て、やる」
何よりも、己の内から漏出しているこの滾り。
まるで恒星のように、青空の中心たる太陽のように。
熱の求める
一見すればレースは始まっている。ゲートは抜けた、300の距離は進んだ、状況は軽やかに序盤の真ん中を脱しようと、皆の空気感はもがいている。
だが、そんな常識に何の意味があるのか。
全ての始まりは、たったひとりの異端者が決める。懐かしい始まりの轟音を、向かい風を引き裂く最中でも待ち侘びて、つい笑みが浮かんだ。
だからまだ。
「────勝つんだ────」
私達が待ち望んでいた金色の刹那は、まだ
「──っ(どこに、いるの)」
細々としたやりとりを面倒くさがるように、最初から最後まで、徹頭徹尾を全身全霊で駆けていく。始めから先頭に位置するのか、始まりに最後尾に着くのか、本人からすれば、その二つには、さしたる変化など無い。進行形の一着を保持し続けるのも、大外を回る前提の距離を駆けていくのも、掛け引きの醍醐味を無視して進むだけ。そんな実績を積み重ねた。
そんな実績は、全員の意識を一手に集めざるを得ない程に
無論、今の自分ならば。そう叫び猛っている
──あの日に抱いた絶望が、沸々と裏返っていく。
「……────っ」
わたしのなかの希望が、地獄の形相をして、歓喜と共に蘇っていくのを感じていた。
一団となって進み、向かい風に冷やされども、熱が、全身を巡ることをやめない。
後頭部が、カッと、じんわりと、心の熱に侵されていく。けれど、共に走れる歓びが込み上がるのを止められない。止めはしない。
蹄鉄の跡に、黒くて白い軌跡の残像。そして、大地の弾ける残響。透き通った血の色みたいな瞳をいからせて、彼の世界には誰もが介入を許されない、その絶対なる領域。
『魔王の鳴動』、そんなものは大袈裟なネーミングだと当の本人は難色を示すけど。「今のお前達でも似たようなことができる」とか、当の
似たモノで満たされるような、簡単な執着だとみくびるから。
「(勝利を奪い、這い蹲らせて、それで彼のすべて、すべてをうばいさって、それで────)」
その態度がどこまでも私の傷を撫で回すから。
最初から飛ばしていく。端から端までを全霊で征く。後先など思考に形を紡がれない。そういった非常識の鳴動は、残念ながら耳には届かない。
全体の流れの中、己は、やや後ろ気味に位置している自覚を得た。セイちゃんが先頭を静かに争い。スぺちゃんとエルは殆ど横並びのように、私の前方へ。キングちゃんの姿は見えないが、私よりもやや後方にて様子を窺っているのだろう。────その他の方々は、えっと、まあ、その他は、ええ、そこら辺にいるのかもしれません。
そして、やはりなのか、それとも意外と思うべきか、
普遍的かつ常識的、平均的かつ正道の地響きがターフにはこだましている。各々が己を出し尽くす段階になれば、そういった当たり前の線引きを引き千切る姿が、幾度も躍動させるのだろうけれど。けれど、まだその段階ではない。初めから最後までを全力で走り切る、そんな異様は存在しない。──初動からして身の芯へ響き渡り、場に相応しからない木端の悉くを、早々に潰して回る
それに落胆はしない、なんて、くだらない嘘では自分を騙せない。少しでも込み上げてくる悲観が皆無とは言えない。
「────ふふっ」
だが、胸を浸す情の色は、歓喜と悦に浸った彩りが圧倒的に勝っている。
勝つ気なのだ、彼は。
全盛の再現には成らず、されど、その朽ちた身で以て尚も勝利を見据えている。この静けさこそが、彼が使うモノとも思えなかった権謀術数を駆使してでも、この一戦だけは何としてでも捥ぎ取らんとする見境の無さの表れだと私は
その本気の姿勢を、おもむろに私達へ受け取らせる。
まだ始まったばかり────いいや、大事な訂正を一つ。
未だその認識には遠い。私達の時間は、一秒とて
注目を、自分は確かに感じている。「コイツは何をやらかすのか」、もしくは、「コイツはいつのタイミングでやらかすのか」。
二極化した警戒、それが、今のエイヴィヒカイトへ向けられた注意の内約だ。
「(さて、どうすっかな)」
負担の少ない走り方をして、軽やかに、緩やかに進む。
エアグルーヴ、リトルココン、オグリキャップ、と続き、そこから2バ身離れたのが自分の現在位置。ひとり追い越すだけで、学園内の話題になろう面子。この障害をどう抜け出すのか、考えるだけの時間は少ない。早々に選択肢を狭めておくべきかと思考する。
最前列にて陣を張るのか、最後方から見渡すのか。何が自分に見合って、何が自分に当て嵌まらないのか。今日この日に至るまでのモラトリアムは、己の適性を改めて視覚化させるためにうってつけな毎日だった。
出た結論は、追い込み。エイヴィヒカイトは、追い込み型のウマであると理解した。
『周りの二手三手、或いは更に先を見据えた勝負勘、それが今のお前の最大の武器だ』
『あれ、昔はスタミナとか言ってくれてなかったか』
『スタミナなぁ……自覚してるだろ』
『ぐぅ』
曰くのとおり、確かに納得せざるを得ない自分の特徴だ。現役の時代から、いかに効率よく己を使い潰すかを考えていた弊害が、時を超えて唯一無二とも言える武器として成り立っていた。
では、その武器をより効率よく活かすにはどうするか。これは簡単なオハナシだ。
単純明快、ターフの上に生まれる情報を、迅速かつ大量に獲得できる立ち位置。認識の凡そを占める視覚で以って、シームレスにレースの推移を俯瞰できる玉座。
「(ここしかないよな。……多分、今はコレが一番効率良い)」
孤独にひとり、熱気の集団を眺めながら付いて行く。
大外を独占するのか、内側を喰い破るのか、どちらにせよ困難が付き纏う位置に自分は在る。されど、それがディスアドバンテージなどとは、微塵も考えなかった。
追い込む立場である以上は、判断の段階、選択の取捨、使い切る場面の見極め、大きくこの三つを処理しなければならず──自分は、他者よりもそれが得意らしい。己を壊す判断、枷を砕く決意、危険域へ踏み出る勇気、擦り切れる瞬間までのお膳立て。昔にこれらを実行できていたのは、それ即ち『勝負所』が、レース中のどのタイミングになるのかを理解していなければ不可能なのだ。核心的に、なんとなく、無意識下、意識下、本能に基づき、理性が働く、どれでも構わない。転じてそれらは、ペース配分を割り振る余裕にも繋がる。
それを行えること自体が大きな武器なのだと、トレーナーはカイトへ、強く自覚を促してくれた。
「(背後から下手に乱せば、ぐっちゃぐちゃになって抜け出せ無さそうな
気がする。この指針を信じて進めばいい。
緩やかな速度を保ちつつ、序盤は観察に使う、それを今決めた。──この感覚に従って走るのが、今のエイヴィヒカイトは一番強い、らしいから。
プレッシャーを掛けるのは戦法の一つだが、今回は使う機会がなさそうだと判ずる。その判断の材料として、トレーナーから周りを揺さぶれとは一度も言われなかったから、それもあるが。
『お前が走ると、毎回のように意外性が生まれる』
『はぁ』
『そうすると自然に、いつの間にか、周りは動揺を受け取らされるしかなくなってんだ』
『はぁ』
『ピンと来とけよ』
『……つまり』
──俺が、
──正解。
「(
ゲートは抜けた。既に三割の距離を走ったようで、でもまだ、
無限の信頼を胸に、蛹は静かに時を待つ。
悠々とした落ち着き払った推移、これは嵐の前の静けさだ。迷い無く言い切れる。
前に
ことこの場に居合わせた誰しもに限れば、そんな不甲斐ない存在ではないけれど。
じりじりと、焦燥を煽り立てる息遣いが、牙を研いでいる気配があるような。
「(いつ来るのかな、もう少ししてからかな、それとも今すぐなのかな)」
──久しく、懐かしさの沁みる重たさが滲み始めている。
過去の威光たる絶対さ加減を見せつけてくれるかは、正味、確約された未来ではない。もしかすれば、
ただまあ、不安要素になるかと言われれば、決してそんな事は無い。舞台に立つ、その為に必要となるのは、決意という精神論だけには留まらないということだから。
「(常道なら、中盤から動き始めると思うけれど────彼なら、どうだろ)」
一団の後方に、その身を置いているのが理屈をすっ飛ばして理解できる。
引き剥がされてしまうような腑抜けぶりは見ないで済んだようで、一先ずの安心を得た。
ブランクを取り戻す、それも、そこそこの範疇ではない。並んで走って満足────そんな茶番などでは満足出来ない渇望を胸の裡へ抱いているのなら、当然、目指すべき地点は誰も彼をも置き去りにしていくその先。なにより、本人が口にしたのだ。
──勝つために、俺は、ここにいる。
「、────」
疼痛の棘が、ゆっくりと、一歩進むごとに、私の胸を熱く焦がしていく。焼き付く想いが勢い余り、エルちゃんを置き去りにセイちゃんも抜かし先頭のスズカさんすら、追い抜かんとする闘志の牙が唐突に、突然に、私へ『勝ってしまえ』と囁いてくる。まだ早いのに、早とちりな私の想いが、熱暴走を始めようとしてしまう。
自分だけだと思っていた。自分達だけだと思いこんでいた。一方的な矢印しか向けられない片思いだとばかり、そう思っても、毎日待望の永劫を求める心は止まらなかった。冷め止む予兆すら、私自身が欲しくなかった。むしろこの熱を途切れさせないと願うほど、薪の悔涙を、かなりの頻度で枕へ沁み込ませていたようにも思える。
──勝ちたい。
今ではどうだ。
言葉一つを思い返して、心がこうも弾む。毅然とした態度でこの瞬間へ臨みたいのに、言葉にし難い楽しさで心など簡単に揺らぐ。
──俺は、お前らに、勝ちたい。
片想いではないと知らされて、あんな、心の繊細な部分を粉々にする鮮烈な
真っすぐに、紅に燃ゆる瞳。曲がることなく、直接的を極めた言葉。
心穿つ全霊の想いをぶつけられて、ときめかずにはいられない。
「────……」
はやる心臓を抑えるように、慎重さを意図して含ませた脚取りで、一団を進む。
まだ現状維持で良い。状況が今すぐに動くと考えるのは早計で────動いたとしたら、無闇に頭を使って走るなんてもったいない事も出来ないだろうが。
とにかく、
絶頂となる数秒は、まだ訪れない。だとしたら、自分に出来ることは堪えて、我慢して、抑え込んで、押し込めて、────解き放つインパクトの為に、全霊を超えた脚を貯めておくこと。
灼け荒ぶる心とは裏腹に、すぐに訪れるはずの未来へ待ち遠しく、走りの力強さは弛み、温存の択を穏便に選んでくれた。
分かる、感じ取れる、運命のように確信できる。皆────私達六人は、全員、同じことを考えている。
まだこのレースは、
取り入れた空気が、内側で焼け爛れているみたい────向かい風という涼やかに晒されながらも、正反対の感覚に見舞われたのは、距離にして1000の線引きを超えたあたりだった。
……焼けたとは、少し違うのか。呼吸の通り道へ炎が灯り、腫れて詰まった呼吸の音が止まらないのだ。
始まりから端を発して、足元からせり上がっていた熱は、とうとう膝へと到達した。だがそんなものは無視できる。問題は、熱源となる足首の軋みが酷く、悪化して、やすりで削れていくような気味の悪い音が内側で鳴ることが止まらないということ。出現すると予想されていた懸念材料はこれだけではない。
酸素が巡り切らず、その不足を補うための体力も足りない。走る為に大前提とされる二つが、どうしても足りていない。足りているということにしておいても、そんな急場仕上げのやせ我慢では、依然として爆弾を抱えたこの脚では、はてさて。
痛みを押し潰し、苦しみを黙殺する仮面は、いつまで経っても仕事をしてくれない。仕事をしたがらないという自答は、なるほど、ある種納得だった。レースを楽しまない無感症でいるなど、そんな贅沢を通り越した素寒貧、ごめんなさいをしたいという話なら分かる。
それはさておき、辛いものは辛い訳で────。
「──っ、──、────っっ(どうして俺だけが実質的な無酸素ダッシュをしてるんです?)」
疑問に首を傾げる暇があれば、己の根源を削っては薪へ放り込んでは、静かな加速を溜め込んでいく。
取り入れる空気、吐き出される二酸化炭素。けれど全身へ置き去りにされる酸素の分量は、体感できるほどに少ない。目の前には綺麗な泉があるけれど、何度手で掬おうと、指の隙間から全ての水が溢れていくように。何度吸い込んでも、何度吐いても、何度心臓を回しても、呼吸という生体機能を行使した実感に乏しい。
息継ぎを殆ど行えずとも、転げていないだけマシか、はたまた、躓いていないのが奇跡か。──なんてご冗談。途中の脱落に至らないのは、昔取った杵柄に過ぎず、幸運などとは縁遠い必然だ。
苦しくても、痛くても、辛くても、それでも走ることを辞めずにいた暗雲の過去が在ったからこその結実。
倒れない。斃れない。仆れない。経過半ばで尽きる事だけは御免と叫び、届かずに伏すなどあり得ないと魂は吠える。障害を踏み砕き、走る己ごと踏み潰し、未来への道を削って今の糧とするこの猛り。──自分の全ては、まだ、命を賭ける走り方を憶えていた。
忘れるが吉、憶えないが善。されどこのひと時に於いては、残された魔王の遺産に感謝すらしていた。
「(もうちょい、進む)」
進んでおこうか、どうしようか。迷いを含んだ思案ではなく、即座に断定した行動方針。
ギアを、切り替える。
限界寸前、或いは、限界境界へと何度か触れていた現状を、より極端へと踏み出させる。
「……ッ!」
リトルココンの背へ並び、少しの焦りが前方と隣から現出を始める。
意に介さず、最前線へと辿り着く道筋を、瞳に映して。
「────────(中盤までかな)」
思い当たる限りの敗北の結論──が、いとも簡単に脳裏へと浮かび上がることに驚きは少なかった。その芽がある相手ではあると知って、その資格があるかどうかも怪しい己であることも知っているのだから、ある意味、なんならその可能性が実現する数値は、バカには出来ない程に高い。
故に、一つでも判断を出遅れてしまえば、おしまい。
であれば、レース全体の流れを、ここいらで一つ、掴んでおくべきだ。それか、その流れを掴みつつある存在を捉え、射程範囲へ納めるべきだ。
「(会長さんの隣まで)」
会長の横を素通りできるとは考えない。だが、その地点こそが、推移していくレース状況へ対応しやすく、己の意志を反映させた状況を形作りやすい、格好の場所。確保しておくのに越した事は無く、中間として一息入れるのにも適していそうで。
エイヴィヒカイトが
「(つーか、あそこまで上がっとかないと、マジで負ける)」
これも最後尾から始まった弊害なのだろう。踏ん切りの瞬間を、他者よりも多く要求される。今のところは、大きな
そして、少ない思考の時間は終わりを告げて────ギリリと、千切れる寸前を宙ぶらりんに振り回され掛ける手応えが、全身を這い回り、足下の熱へと追加の燃料を加えた。
己から見える道筋に従い、一団の内側へ喰い込んでいく。
鼓動は、未だ鳴らず。
激しさなど、毛ほども無かった。
落胆の顔を隠せず、また、まったくもって隠す気も無く────当の本人も、私の反応など、意に介さない軽やかな顔つきで、穏やかに加速していった。
「(この男は毎度毎度飽きもせずっ)────ぁ」
それを鎮めたのは、彼の目が語る現況が、私の認識とまったくもって同様の色を抱いていたからだ。
だって、まだだった。──まだだ。まだ、始まっていない。────始まる為の準備の段階が、今の猶予期間。
「(……同じモノを、見てるんだ)」
見据えるこれから。迎える刹那。繰り広げる、永劫の一瞬。
これよりその身を委ね、向かい風を引き裂く未来。それを彼も、私も、同じ方向を見て、その方角へ向けて共に走れているのだという実感が痺れる程に甘く、胸を疼かせる。
敗北も悪くないと思えた過去の甘えを、払拭し、新たな装いへ書き換えたこの甘美。
並び立ち、鎬を削る舞台へ並び立てるのは、こんなにも楽しいのか。
「(でも、一番たのしい時間は、これから────────そうでしょう?)」
笑いかけたとて、返答は無い。だが構う事は無い。同じ景色を目指し、共に追い立て合える、それだけでいい。
だとすれば、私に出来るのは、
らしくないことはしない。焦り、逸り、乱される心も無い。己の在るがままに、私らしく、泥中を吹き飛ばす威光を解き放てばいい。
まだこのレースは、始まってすらいないけれど、一つだけ大事なことが分かる────分かれる自分が、誇らしい。
「(もうすぐ、来る)」
言い訳の介在しない敗北を、今度は私が押し付けやる。
今度こそ爽快な勝利を、この手で掴み取って見せる。
「(今日がその日なんだから────!)」
己の威光で、魔王を塵芥へと。
会長の背が見えた。
さて、どう抜けるのかと、考えてみれば────頭にキていた。
「(ま、埋める必要もない常識なんだろうけどさ)」
つまり舐められている。
その隙間は、埋めるべきだ。進み行かれる余白など、残しておく意義など無い。例えその航路が踏破不可な針の穴だとしても、万全を謳うのなら、障害として立ちはだかろうものなら、攻勢へ移される余地なんか潰しておけばいい。
それをしない理由なんか、エイヴィヒカイトからすれば、舐め腐っているようにしか思えない。
「君に出来るのか?」と、嘲笑われた被害妄想が込み上がる。
「────ざけんな」
──道が一つ、見えたのだ。一縷の勝機が、正気を廃棄せざるを得ない道を白く照らしている。
だが、その際のエイヴィヒカイトでは気が付く由も無いが、その判断は前提となる常識からして、大きな間違いだ。そも、その隙間は、隙間として機能してはならない。
見えるスペースは、入り込んではならないデッドエリア。例えば、計算上で問題がないとしよう。例えば、正しい姿勢であれば、正しい速度であれば、適した加減であれば、つまりマニュアルに沿って想定通りに狂いなく走れるのであれば、確かにその
自分は、当たり前ながら、要するべき全てを知らない。
知らないけれど、もしかしたら怪我どころじゃすまないかもしれないけれど、でも。やはり脚は一巡の翳りもなく、
──標高遥かなる霊峰、登り上がるだけで生を賭さねばならない大いなる山岳、この舞台がそういった領域にあるのだとすれば。
その山頂にある、途切れた道のような、パッタリと断絶された崖のような、
「────ァづッッ────!!!!」
がぃん、とか、がじゅん、とか────ナニカが軽く砕ける音、同時に額へナニカが潰れる衝撃が巡り奔る。接触の摩擦に、視界ごと脳みそがぶるりと乱回転。レースに支障はない範囲ではあるが、意識もほんの少しだけトンだ確信が在った。
次いで左瞼を遮る、液のような暗闇。口へ流れ込むそれは、けれどいつの間にか味覚を放棄していた己では、なんなのか、さっぱり見当もつかない。
ただ、邪魔だった背へ並べた行幸だけに、自分の中の獰猛は喜びの声を上げていた。
ここから────此処からだ。この時点を振り切るべくのスタート地点にするのだ。
「(うあっ、みず。、? なが、れっみえなっ…………っ、いたい)…………────────ぁ、は、はっ」
「ッな────!!??」
左の視界など潰れようと問題がない。直線へ入り切る前に、
あとはもう、走るだけ。真っすぐに。最短距離を、己の吐き出せるだけの──吐き出し尽くしても尚、それでも、ある筈の無い底力とやらを無理矢理に作り出し。
砕け散るまでの刻限から背を囚われる前に────俺は、誰もいない未踏の領域へ辿り着く。
「(正気か!?)────ッ」
「────決まってんだろ」
想定外に支配された横顔へ、疑いを肯定する一瞬を吐き捨てた。
ああ、エラー音が、響く。エラーですって、errorだって、えらーなんだとさ、その道を選ぶのはとても危ないことなんだってさ、ビービーガーガー、雑音に囲まれた歌声で指摘をしてくる。────さっきから、うるっせえなぁ、だまれよ、バカ。
己へ案じるのは、己を損じる事を恐れる
さて、どうするのが正しいのか。どうすれば、
「(くたばればーか)──チッ」
──ああ、このバカめ、ホントバカめ。常識を測る物差しは要らないだろう? この判断を裁定出来るのは、選択を掴み取る自分自身に他ならない。基準値など、お優しさに満ちただけの他者に依らせて満足か? そこへ材料を一つ、『勝つ為の必要を求める己の本能』を追加してみろよ。
すると、怖気つく気配の無い自分に、心底から安堵した。答えは出ていた。今から出す答えじゃない。かといって、数秒前、数分前、数時間前に叩き出した結論でもない。その答えを、魔王は過去に既知としていた。
自損自滅自壊、それらを恐れる自分──弱々しく日和った声一つを、
破滅の道こそ、光り輝いて見えた、嘗て。
痛みを蹄鉄とし、終着までを灼かれゆきながら辿り着けた、これまで。
過去が現在へ追いつき、未来へと迎合する在り方を、一分間と数秒へ費やせるこの瞬間。
没する気はなく、けれど死滅の覚悟を灯して走り抜く、そうだ走れ、走れるんだから走れよ、何があっても、どうなっても、絶対に走り抜け、
なればこそ、痛みなど笑って受け取れ。
なればこそ、苦しみなど叫んで吹き飛ばせ。
なればこそ、――ただの流血、ただの負傷、ただの予後不良、ただの
永劫の魔王とは、全てを踏み潰すモノ。全てとは、文字通りの全てだ。
己を止める恐怖心、枷、危機感さえも、何もかもは塵芥に過ぎない。その証明に来た。その為に来た。リスクなんざ「そんなものか」と一蹴し、踏み潰す為に俺は。
さあ、────待ち遠しい奴らの為に────待望の自分の為に────やってやれ。
撃ち
「 いくか 」
その轟音が、高らかに
その爆発が、大きく
芝を捲り上げて、土を抉り出す。瑞々しい青芝は、勢いよく空へ飛ばされ、最後尾の誰かが過ぎ去ってようやく地面へと降り注ぐ。
一帯の空気を、怯えさせるような
「────────は、は」
ここからだ、ここからが、一番待っていた刹那の甘美。
その背を超えるべきは、この瞬間。
その肩を過ぎるべきも、この瞬間。
勝者の背を見せつけるべきが、この瞬間より産声を上げる!!
それも当然! ここからが、一番楽しい瞬間なのだから!!
「ぁはっ、はははは(はははははは)はははは(はは)ははは(ははっ)ははははは!!!!」
視界を半分遮る赤い膜が、きれいに思えてしかたない。この色が赤色とは分からない色へと転じる頃には、絶頂の刹那を甘受しているのだ。なら隠せない痛みをも楽しんでしまえる己が、いっそ誇らしい。
軽石を軽石で削るような小気味良さが、身の内へ伝播していた。その余韻が、何度もこだまを続ける。体内で鳴ってはいけない音が、ゴリゴリと、ガリリリと、ゴキパキと、お菓子みたいにスナック菓子みたいに氷菓子みたいに簡単に砕けて粉々になって、頭のおくそことか、脚の芯のぶぶんとかで、いっぱい擦られていくのです。
滑稽だ、無様でしょうもない、愚かな自傷がたくさん笑える、笑ってしまう。
──芝を、爆音が抉る──
どうしても笑顔で、声が張り上がるのを止められない、止まらない止まらない! 止まってくれない!! 胸から響く歓びの歌が止まらない!! 魂が! 底から叫ぶこの嘶きが!! 喉を研磨する震えが!! 何度も何度と何度だって!!!! ──俗っぽい言い方をすれば、『ヤバい物質が、脳の奥から際限なくずっとぶち撒けられている』のでした!
──掘削された土は、天へと向かい躍動する──
歓喜! 悦楽! 極楽! 楽しい! 楽しい! 楽しい!! 楽しい!!!! この奇跡に乾杯の音頭を捧げ! この刹那をどうしても祝福し! 敵! 不倶戴天! 運命! 宿命! 宿怨! 仇敵! 強敵! ライバル! 親友! 友達!
彼女らとは、日常でどれほどの牧歌を謳った事か。笑い、泣き、怒り、喜び、何度も助けて、何度も助けてくれて、飽きる程に顔を見て、その度に仲は深まった。替えの効かない
全部、ぜんぶが、ひとつにまとまった
──鳴り止まぬ臓腑の鼓動が、脚元の激音と重なる──
それだ。それが全てだ。それで全部でいいのだ。それだけを全うすればいいじゃないか。そうしたいのだから自分は、今ここに!
笑う行為、これは、実は、とても良くない。呼吸を乱し、息継ぎのリズムを狂わせる。声と共に、腹部から空気が抜けていく。だというのに走ってる途中に笑おうだと? スタミナの分は失われて久しく、この場に於けるアドバンテージと呼べる代物など持ち合わせていないのに、笑いながら走るって? うわぁ、そりゃなんてバカヤロウなんですか。勝ちを捨てているのですか? 負けたいのですよね? ああいやいや、勝ちたくはあるのですが、勝利が執念をそれ以上の歓喜が上回るのです。けれど執念は再び胸の中身で膨らみ、やがては歓喜を追い越していく。そんな繰り返しが体感出来る永劫の時間の中で、無限に無窮に無作為に無尽蔵に繰り返されてしまうのです。
「ははっ────あぁ────最ッッッ高」
自分は、楽しめないバカにはなりたくない。
愚直を重ねたのは伊達ではない。恥を偲び、頭を下げ、醜態を晒し続ける事によって得られた
怪物――いいや、この場合は、スーパーカーだ。マルゼンスキーのコーナーリング。あの苛烈さを嫌というほど目に焼き付けさせられて、モノにしていないワケがあるものかよ。使えるモノはなんでも使わないと勝てない。なら、使えるようにしておくのは最低限の前提だ。
曲がり、されど疾風は弛まず、ギアはフルスロットへ昇り詰めていけ。
「(最高だ最高だッッ最高が過ぎるっっっっ)────たまらねぇな!!!!」
技術という武器を用いる、こんなモノ、嘗ての魔王とは違う。手ぶらで、なんとなしに、隣で走らんとしていた者の夢を、軽く捻って踏み潰すのが魔王。この時点で自覚が強く胸を打つ──嗚呼、やはり、昔の自分はもう二度と戻ってこない。────────こないけど、だから?
群を、突き抜けろ。
一陣の風となれ。いいや、風すらも穿いて進め。
槍の如く貫け、剣の様に斬り裂け、鏃となって翔べ。
大きく固まっていた群から、その残影を飛び出させてみせろ。
──
「 まだ いける 」
ひとり、ふたり、さんにんよにん、視界の端から後ろへ過ぎ去らせる。そうして辿り着く結果が、一躍、着位の話でならトップへ躍り出るその快挙。
浮かれる要素は、けれど皆無だ。安堵の時間は、まだまだ全然遠い。突き放す必要性だけが、エイヴィヒカイトの内に広がっていた。
誰の背も見えない、いわゆる自分だけの独壇場。しかし其処へ辿り着こうとも、息が苦しく、全身の活動に伴う痛みは極限を振り切った。現役には覚えのない、未知の領域の苦痛。代償の心音が激しく聞こえてくる。骨まで震わせて、「停止は近い」と焦燥に塗れて伝えてくれた。
ああ、だが、警告は無視、減速の選択肢を何度も捨てる。水辺へ浮き上がるゴミみたく、何度も何度も、何度もその考えを捨てても、止まらなくてコーナーを曲がり切る瞬間、脚元がガラガラと音を響かせて崩落に追われる幻聴は止まず。何度も何度も、うんざりするほど、生命活動の線引きを超え過ぎているとの警笛が、頭蓋から発されて。
ふと──幼日に教示された、一つの呪文を思い出す。
呪いとして縛られた、とある一節。祝福となって此処まで生かした、とっておきの一言。自分のヒーローである
きっと、自分を見てくれている。
見守ってくれて、真の意味でやりたいことに没頭する自分に、微笑ましく、はらはらとしながら、でも応援してくれているのだろう。────ああ、俺はそう信じる。
「
息継ぎを行える機会など、魔王には不要。それは新生したこの身に於いても、例外ではなく。
心のままに、笑えている。
心のままに、走れている。
心のままに、無理を通している。
なんだ、なんてことだ、エイヴィヒカイトとは、とんだ幸せ者だったのだ。
──鳴動が、鳴り響く──
誰からともなく、声が漏れた
「あ」
一度、たった一度の雷鳴が、白黒の残影を大きく進ませる。
グングンと、視界の端を、バ群の一番内側を、永劫の軌跡が通り抜けていく。
無理矢理くぐり抜けるとしても、ちょっと無理がある隙間を、
鮮烈な赤が白の衣装を濡らしても、構わず、躊躇わず、煩わず、笑って速度を上げる狂気の御姿。
腕で押し退け、強引に道を抉じ開けて進む姿。以前のエイヴィヒカイトにあった強引さとは違い、泥臭い必死な印象を感じられる。
一度きりの音を奮起とした加速で、とうとう最前へと躍り出るエイヴィヒカイト。
──五名の意識は、
繰り返すが、響いた鳴動は、一度だけ。
それも全盛には届かない、過去と比較すれば軟弱と切って捨てられる代物。
血の滲む想いを籠めようと、埋められない欠落は存在する。これはれっきとしたその証左。
過去なら、一度では済まない。過去なら、これ以上の豪砲がレースの終わりまで連続していく。過去なら、もっと早い段階でターフを震わせていた。過去なら……まだまだ、劣化した差異を上げればキリがなく、五人はもちろんそれに気が付いていた。
五人の心へ灼きついた残響とは違い、何とも弱々しく、惨めなのか。
嘲笑は当然産まれず、失望あるいは落胆なら──これも、ちっとも誰しも抱かなかった。
────ほんっとうに待たせ過ぎデス、このバカ!!────
誰からともなく、だ。
────バカに影響されて、柄にもなくギラギラしちゃうね~────
その、たった一度の鳴動が。
────止まったりしたら承知しないんだから! おバカ!!────
弱輩で在る事を拒んだ異端による、精一杯の鳴動が。
────……参ります……────
並び立たんと足掻き、足掻き、足掻いた末の渾身の叫びが。
──── たい────
燻るだけだった胸の炉へ、盛大な燃料をぶちまける。
不満足な勝利に陰らされていた渇望を、より強く煽り立てる。
勝つために仕上げてきたのだ、不足しながらでも、
喜ばずにいられようか。感じ入る心が無いなどありえない。
その事実が、ターフの上でエイヴィヒカイトが向き合ってくれている事実が、彼女達の魂をより強く焦がしてしかたない。
期せずして、思いは一つ。
────絶対に! 勝つんだ!!
────私が……勝ちます!!
────いやいや私が勝っちゃうからね~
────上等ね、土の味を教えてあげる!!
────負けません、絶対に勝ちマス!!
────残念ながら俺が勝って綺麗に終わるんだよね!!!!
目を見ずとも、声を重ねずとも、手で触れずとも、理解に容易い時間は訪れる。
たった一度の雷鳴が、待ち焦がれた者達を大いに昂揚していく。
その背へ目掛けて、追い抜かんと、獰猛な表情を顕わにさせた。
骸も同然の震えが、大気へ向かって炸裂する。
「(じゃま)」
その都度、髄が破裂する。
ガラスが砕け散るように、二度と元には戻せない不可逆が刻み込まれていく。
差し込まれる痛みが一つ、また一つと増えるたび、軋みには留まらせられない崩壊の足踏みが己を殺していく。今後一切の奮起の機会を吐き捨て、今を走る為の薪に費やす。
──無駄を削れ──
「 (うるっせぇな)」
『──! ────!!』
わーわーと、外野から飛んでくる声が悉くうっとおしい。
ぎゃーぎゃーと、友が送る活は邪魔ったらありゃしない。
ぴーちくぱーちく、物知り顔でこの最高の舞台を語る奴は、頼むから黙ってくれと願う。
「 (だまれしゃべるな) 」
──視界は大切、でも色はいらない。土を踏みしめる感覚は大切。走る痛みも、大切に感じる──
大きな気配が、追い上げようと力を込めた
気のせいと断じても良い。だが、そう言い切って終わりたい自分はいない。
感じた気のする気配が、己を追いかけてくれる友の威迫であると、エイヴィヒカイトは信じる。
──味はいらない、匂いもいらない──
「 (さっきからやかましい) 」
誰もいない、独り侘しい白黒の世界。このまま走り抜き、ついには独走でレースを終えるのがエイヴィヒカイトのレース。
今ではどうだ、追われる恐怖と昂揚にまみれた自分を、一片とて逃さず謳歌できているか。
──音は大切。けれど、無駄なモノを多く拾い過ぎてしまう──
「 (こんなにうるさいなら) 」
バタバタバタバタ、芝を叩く音が多く、背後から鳴り響く。焦燥に駆られた音も見受けられ、驚愕に乱れる音も分かる。でも、その多くが概ね不快だ。邪魔だ。消えて欲しかった。いなくなって欲しかった。聞こえるのは、臓腑を震わすその音の数は、自分を含めた六つだけでよかったのに。
雑音に埋もれた中で、黄金の嘶きをいくつか聞き分けられたから、まあ良しとした。
それに歓喜する己の鼓動すら、煩わしさを濃くする不快因子でしかない皮肉。
「(
事実、止まりかけては、いた。三途を渡り切らなかった所以は、偏に本能が優れていたからだ。
死ねば走れない、走れなければ勝てない、だから生きながら走らなければならない。
生きても勝てない、勝てない走りをいするのなら、死にながら走らなければならない。
本能はさも困惑したことだろう。コイツは生きたいのか、死にたいのか、コンフリクトを何度引き起こしたのか。お陰で呼吸の仕方など、血液の回し方など、生き物として正常な形を見失いつつあるのではなかろうか。だからこんなにも、吸っても無い呼吸が熱いとか、吐いても無い息が裂けるとか、意味がこんがらがった実感の連続の中で走っている。
──とりあえず走れているから、それでいいか。
「────(
考える頭はまだ残してある。チリチリと視界ごと破れていく思考領域、だが、まだ能動的に使える余地をふんだんに使え。
「(来いよ、追い抜かしてみせろよ────)────勝つのは俺だ……!!!!」
最内側から進み、
見える世界にはカーブの景色も無く、此処から先は直線をただ進む。ゴール板など無視して、いっそターフの一番端までを駆け抜ける勢いで。いわば、地力を吐き出す出たとこ勝負の土壇場。
苦痛は纏わりつく。だが、全身に厭う要素が驚くほどに見つからない。笑って走ればあら不思議、十全を発揮できてしまえる。眩暈、倦怠、頭痛、各部位の炎症、されど何故か
加速は未だ最大出力に届かず、最高速へ至るまでの過程を悠々と上がっているのが現状。
このままいけば、逃げ切れる。
「っっ、────ぁ────(これ、勝てるぞ)」
確信を掴んだ。手ごたえを見つけた。現役とさほど変わらない、純然たる事実が己の肉体から繰り出されているのを、漫然と感じていた。
が、慢心するには相手が悪く、そのような不真面目を行いたくある心境からも掛け離れている。故に、気など何度も引き締めた。背後から迫らんと鳴らされた蹄鉄の激音が、されど今以上に、絶望的なまでに差を広げてやらんと加速の深度は更に淵へと向かっていく。
怪我など構わない、予後不良も受け入れる、最悪の死も厭わない、そうした果てに勝利を克ち取る。
身を擲ち、生を焼き尽くしてでもという覚悟────────
ぱきゅっ。
────────────────その代償。
「( ぃ˝ッッ˝ ギ っ) が っ、ッッ 」
自分をあまりにも軽視して、酷使して、易く使い潰してきた。
いずれ、その自業の棘を飲み込む時が来ることは予感していた。或いはもう既に受け取って、その末路があの夜の醜態であると思いこんでいた。何だかんだ、レース中はどうにかしてきたから、その前例が悪い方向へ働いた。自分がどうなろうと、どうせどうにかなる。言ってしまえば舐めていた。
真に身を亡ぼす苦痛。
壊れ掛け、砕け掛け、終わり掛け────たとえ微かな滓でも、残っているだけマシだったと、エイヴィヒカイトは知る。
亀裂が秒も経たず、痛みは脚下から咲き広がっていく。比較できるモデルケースに欠いていた。例えられる苦しみを知らなかった。全身を刻まれた時と比べても、別格の痛みがエイヴィヒカイトの存在を縛めていく。──
「( ほね おれっ、 脚に、 なにも 、 かんじない )」
膝から下、其処から先が真っ暗闇に包まれた。蹄鉄が土を抉る感触、炎症を促進させる痛み、亀裂が軋み擦れる不穏、その一切が閉ざされてしまう。
もしや
だって、感じるはずの、生きている筈の、感触を感じるはずの神経が通っている気配が、これっぽっちも。
──加速はやがて、止まる。減速はしない。制止もしなかったが。
エイヴィヒカイトは、現時点の速度を維持することしかできなかった。
そして、背からの気配は速度を昂らせ────────
『永劫残滓』
エイヴィヒカイト
二つ名
世代最強
【ステータス】
スピード B+:720
スタミナ B :601
パワー S+:1050
根性 Us⁹:2000
賢さ C+:550
【バ場適正】
芝 :B
ダート :C
【距離適性】
短距離 :C
マイル :B
中距離 :C
長距離 :C
【脚質適正】
逃げ :B
先行 :E
差し :F
追込 :A
【スキル】
固有:【未踏領域で果てる/未踏領域の果てへ】 Lv5
《最終直線に入る際にスタミナを全て消費する。その後にレースから脱落する、もしくは低確率でゴールの果てへと走り続ける》
シ■■ティン■スター
アン■リング■ス■■ミ■グ
Pr■■e ■f K■■■
■焔ギア/L■121■-M ■■熔けよ■だ熔けよ
先■の景色は譲ら■い…! 勝利■鼓■
大追込 ゲート難 冬ウマ娘× 道悪◎
夢叶え■末■ 大和■■ ■ノ目
純■ 紅蓮■オーバ■レ■
優位■勢 ■死■覚悟 ■■意志
布陣 鋭い眼光 圧迫感
逃げ牽制 逃げ焦り 先行牽制 先行焦り
差し牽制 差し焦り 追込牽制 追込焦り
練習上手〇 切れ者 注目株
ガラスの脚