これ以上を求める、それに必要なモノ。
想定から外れる為には、想定通りに用意していたモノ以外を捕まなくてはならない。
ここまでは思っていた通り、だけでは足りないのだ。いや待った──足りない? どこまでバカか、不足なんて話にもならない。
想定外の努力をこの場で叩き出す。想定外の死力。想定外の尽力。想定外の奮起。想定外の決死。想定外への侵入。
誰もが予想している未来を覆す、『そんなまさか』を叩き付けてやるのだろうが。
微笑みと共に、血の嗚咽が噴くように。
歌を奏でても、涸れた声は叫ぶように。
祝福の裏、呪詛は吐き出るように。
今この瞬間を生きている自分が、そのまま死んでいくように。
それでいて生を保ち、最後には流星となって燃え尽きていくように。
帰結すれば、ほら、なんて事はないのだ。
ひらがなで四文字、これは難しい話じゃない。最終定理を解き明かすほどに頭を使わないし、宇宙とはなんぞやと計りを巡らせる面倒も必要あるまい。答えは、己の胸を掻き毟させる、その疼痛の根源。心の臓を爆ぜさせる願望にして、独善を極めた欲望にして、大なり小なりを誰しもが得て過ごす喉の渇き。
光を超えた向こう側、最たる果てに至るイキモノ。
自分とて
さあ、そんなお前は、どうしたい?
断絶の始まり。
罅割れ、破裂し、砕けていく崩壊の悍ましさとは違う。既知の苦痛とは桁が違う。
もう無い、無いのだ。足首から先が消えてしまったのだ。何も無い。蹄鉄が土を踏み抜く感触など、もうこの身体は忘れたかのようで。
「(どうなっ、、なん、か、俺浮いてる??)」
速度を高めた先にある領域がこれか。地を走る事なく、とうとう自分という異端は空すらも翔けて行く存在に成り果ててしまったのか。
そんな訳が無いのに、疑問が現状に怪訝を覚えてはくれない。
混乱の淵に慄くしかないエイヴィヒカイトを置いて、状況は敗北の結末を引き寄せていく。
「(行かせるものか!!!!)」
「(逃がさないッッ、もう二度と!!!!)」
追われる背へぶつけられる、剥き出しの敵意。
勝利を求めるのは、何もエイヴィヒカイトのみに限られた特権ではない。渇望を果たす走りが、力強く、美しく、黄金の軌跡を掲げて迫り来る。
己以外の鼓動が近づく、だから更なる加速を欲する。無理難題などではない、己の中に控えていた余力を、出し尽くすだけだ。走るにあたっての底力を奮って、どこまでも、誰にも手の届かない領域までかけぬける。
今を置いて、その僅かな刹那は他に無いというのに。
「(むり、だ)」
悟るのは、存外早く、熱を上げていた先ほどとは打って変わって案外冷静な己に少し驚く。『無理』の二文字と『不可能』の三文字、吐いて捨てられるたったそれだけが、途方ない重責となって脚を文字通り引っ張っている。
覚悟をしていた、身を切る覚悟など生温い、
でもそれは、この後に待つ結末としてだ。
決して、道半ばで脱落するのを良しとする生半な熱じゃない。
速度は堕ちないのは幸いなのだろう、が。これ以上の加速については、如何せん、口籠る。
そんな自分へ向けて、そして彼女達に向けて、意地はどうにか灯ってくれた。
「(────じゃあ無理くらい押し通せよ!!!!)」
脚の稼働をより強く、鼓動の回転をより速く、欠けていく己の巡りをより確かに。
「(リードを取ってるのは俺! 今だって決して遅い訳じゃない! このまま押し切れば、逃げ切れば、
空気の弾ける雷鳴の如き、己の鳴動。
まだ鳴りは止まない、まだ走れている、まだ進める、まだエイヴィヒカイトは前を向いて突っ走れるだけの威勢が残されている。此処までが打ち止めだとしても、奇遇なことに、打ち止めを現時点の到達点として維持できる奇跡はある。
誰もいない景色だけが、眼前を支配していて、なら簡単だ。現役時代なら幾度と目にした、この光景をそのままに前へ進んでいけばいい。──────位置関係としては、やや、斜め後ろ。
敗北の予兆が、怖気となってひた走る。
大きな熱情を肌に感じ取り、背筋の産毛が一気に逆立つ。気配の全てを御感が感じ取る前に、その熱が、エイヴィヒカイトへ存在を知らしめる。そこにいるのが一体果たして誰なのか、「知れ」とこれでもかの存在感を曝け出す。
甘ったれた現状維持の意識をぶち壊す、紫の気配。
流星を何度も幻視させられた。自分を此の舞台まで先導した、特別な娘。
友へ向けてはならない毒の善がりを、ハッキリと言葉に出してくれた、友。
「( スぺ、シャル ウィーク )」
横顔が、魔王の残骸を通り過ぎていく。
注意が微塵も、無かった。視線の一刺しすら、寄越す事は無かった。中途の経過でしかないエイヴィヒカイトへ、意識を向けることなく、燦然とぎらついた瞳はゴールのみを見つめて動かない。
距離は、じきに離れていくことだろう。
「( 待て、)」
だって加速がもうない、もうこれ以上の速度が出せない。
出し切る為の余力は、砕け散って在庫ごと消え去った。
ないモノを捻りだす無理強いの選択も当然あったが、捨て身すら許されずに終わる。
実力の如何を埋める算段が、充分に熟していなかった。そも、綿密に策を練り上げたところで、机上の空論を実演できるだけのパフォーマンスに欠けていた可能性も否定できるか? その可能性自体は考え付いていただろう、途中で
黄金の気配は、五つとも、気が付けば背後には感じられず。
スぺの横へ並び、けれど見る余裕もないが、その向こう側にエイヴィヒカイトの求めたメンツが揃っている。
確信がある。
「( 待て、ま )────ぁ」
確信だけがあるのに、並び立つための現実は足りていない。
一歩へ込めた力に対して、脚力を十全に奮えた実感が薄い。余計な鉛がくっついている、気がする。己の血肉として認識できないパーツでもあるのか、命の巡る肉体からハブられた部位があるのか、つまり、足首から先は命よりも、それこそ一足先に
「( もう だめ、なんだ) ────────────。」
走者として終わった。引退やブランクだとか、そういう細々としたハンデとはワケが違う。もう走れない身体として、エイヴィヒカイトというウマは完成されてしまった。速度帯を維持できている時点で褒められるべきだ。
それすら、今に終わる/背中が否が応でも、彼女たちの姿が、少しづつ、遠退いていく。
勝敗の有無、その算段にすら入ることなく/黄金の世界、その絶頂に自分はいない。
「(おわった) (終わった、おわった) く そ 」
せめての負けすら
涙がこぼれても、意味は無く。瞳を滲ませても、如何に光を麗しく煌めかせても、努力の結晶に見せかけようとそれが何になるのか。
雫が飛んでいく。悔しいのだ、やりきれないのだ、どうしようもなく
弱者にすらなり切れない残骸の嗚咽一つに、ああ、価値など無い。
何が魔王だ恥を知れ。
所詮は異物、結局は成り損ないか。
自分と彼女達とでは違う。
影響を受けただけの風見鶏に過ぎなかった自分では、どこまでも、彼女達の輝きとは違う。
「 ちく しょう ────────!!!!!!」
本物の熱を抱く彼女達に届く道理など────────────────
多くは要らない。
思いは一つ、なら、掛け違える不幸もきっとない。
多くは語らない。
余裕がない、その上、語り聞かせるには時間も足りていないから。
多くは伝えない。
一文字の意を投げつければいい、それだけで、きっと
「
らしからぬ怒号。
こんな程度では終わらないという信頼。
「
見合った歓声。
必ず競り上がるという巨大な期待。
「
張り上がる咆哮は唯一へ。
ここからだろうと示す切迫した焦燥。
「
混沌とした情熱と共に、風へ乗せて。
その敵意はただ一人へ向けて命令をする。
「
叫ばれる、五つのたましい。
燃え盛る、夢彩の鼓動。
その他に届ける贅沢などない。その叫びは、たった一人を引き上げる為の激励だ。
『『『『『
声無き叫びすら、間違いなく届いている。
喪失を通り過ぎて、それ以上に得たいモノ。渇きを癒す、たった一つ。
「(脚が、痛くすらない)」
満足にはまだ早い、そうだろう? ──自分が笑いながら、カラダと共に灼けていく。
程度の低い『ここまで』なんて、棄てちまえ。──泣きながら、ココロが灼けていく。
とっくの昔に追い抜かれてんだ、
待ち望み、待ち焦がれ、待ち疲れ、待ち続けたこれまでを報わせる為の危機感が、愉悦を伴い全身の芯を痺れさせる。この期に及んで、学びもせずに、諦め悪く脚は止まらない。
やれるかどうかではない。
鳴動なんざ、幾らでも吠え立とう
「(痛い事すら分かんないのが、とても怖い、、)────────のに」
声無く雄叫び、前へ届かせてやれ。
お前が望み、お前達が望んだ。
俺が望み、俺はこうして臨んでいる。
先を走る友へ──不朽の絆を抱く者達へ──いっそ したくなるほど愛おしい、不倶戴天の強者共へ────乱暴なくらい、その情熱をぶつけてやれ。
抱いたままでは生きられない。吐き出しどころが無くては、前へ向けてまともに歩くことすらできやしない。勝利でも敗北でも、落とし所を得られなければ死にながら生きていくしかない、そうなってしまった、もう二度と戻れない、戻りたくないって何度自答すればいいんだ。
地獄へ向かう道中に得た、煉獄の業火によって
限界を超える、そんなモノ、何度でも飽き足らずに超えてゆけばいい。一区切り付いても良い到達点を、何度も乗り越えてやる。何度も、何度も何度も、そこそこの満足感を、彼女達と己の相互へ与えられるだけの力を振り絞り切っても、決定的かつ行き止まりかつ終局の地点を乗り越えてでも。
嗚呼────まだ、足りない、
「(ふざけてんじゃ────ねぇッッ!!!!!!)」
なら。
その声は、誰へ向けた憤りなのか。
──誰も、そんな程度で満足してはくれない。
──誰一人として、其処までが行き止まりなのだと認めてはくれない。
誰もが思いつくような、誰もが其処で想像を中断するような絶対などに、何の意味がある。──その程度か? ふざけるな、お前達の知っている魔王とは、その程度で止まってしまうのか。黄金の時代を駆け抜けた魔王とは、それっぽっちを是とするような矮小ではなかった筈だ。どこまでも行けると確信させる背中が、永劫の名を有した己だった筈だ。
『激しくぶつかり合うセイウンスカイとエルコンドルパサー!! 執念が勝るのはどっちだ!!』
視界で火花が弾ける自覚を受け入れて、自壊と運命を共にする覚悟を、強く決める。無視できない不調と不快の血反吐を呑み込み、破滅の先へと飛び込んでいくのをやめたりはしない。
白と黒の混ざり合った、生きた心地のしない世界を、ギリギリ生きたままに過ぎ去っていく絶対。そんな同一存在には戻れない。薪にした過去は戻らないのだ。燃やし尽くした才能は、炭化し、灰になったから。
すり減った己をどう使うか。単純な自分には、やっぱり、これしか思いつかない。
────瀬戸際こそが、相応しいのは俺!!────
息が、呼吸が、切迫し狭窄し、危険信号の介在する間も許さず――――意図的に止める。
「――――ッ、っ、ぁ――――ハはッ」
自分はその瞬間、獰猛に笑いたかったから、笑った。
鳴る――鳴り響く――響かせる、更に深く、更に強く、尚も鮮烈に。その一歩が、前にひしめく強者達へ緊張を奔らせる絶対が欲しい。まだ終わっちゃいないと、真のラストスパートは此処からであると、高らかに吼えて、咆えて、吠えて、嘶き、叫び。
大地を粉砕する、爆砕の調べが緑を抉り抜く。
「(負けない ちたい負けない ちたい負けない ちたい負けない ちたい負けない ちたい負けない ちたい負けない ちたい負けない ちたい負けない ちたい負けたくない ちたい ちたい ちたい ちたい ちたい ちたい ちてぇ ちたい つんだ負けてたまるか つのは俺だ!!!!)」
前提となるスタミナはどこにもない。走り抜けるなんて未来、想像の内ですら繰り広げられない。失速と失墜の予測だけは、嫌なほど鮮明に見えてくる。 トレーナーには止められた、破滅への疾走。きっと残る結果は、敗北以前の自滅。得られる成果など、『たかが知れている』なんて格好つける事すらできない程に
ただ、一つ、吟味の必要がない事実はあった――『迷い』へ使うような脳内酸素は勿体ないということ。
『! グラスワンダー! グラスワンダーが躍り出る!! しかしすかさずキングヘイロー!! 意地で喰らい付いて行く!!』
プツリと、意識が途切れる。不定期に、何度も、連続性を断絶する暗闇が視界を覆う。
――暗闇が晴れるたび、自分はまだ、その背中達を追い掛けられている事実に安堵した。
ブヂリと、千切れる音が止まらない。一歩ごとに、何本も、血管にも似た大切な綱がとめどなく破裂していく。
――そのたびに、自分はまだ、一秒以前の速度域を超越し続けている実感に、安堵した。
どうするのか。どうすれば勝てる。どうすれば前へ征ける。並ぶ程度じゃだめだ。そんな小さい達成感をゴールとしてはならない。止まるな、止めるな、思考も、身体も、魂も、心も、何もかも回転を止めず、巡りを奔らせ、打てる手の全てを模索して――――それで足りない分は、先の先のそのまた更に先を削ってしまえ。
未来なんか焼き尽くせ。どうせ可能性だけの話なら、どれを選んだとて大差はない。この後に待っている
遅れは、まだ取り戻せると思う――――射程圏内を、朽ちようとこの身は諦めてはいない。
諦めかけただけなら、そこがスタートとすればいい。
「――――ち――た、――ぃ」
叫べる。じゃあ、まだ、自分には勝てる余裕が遺されている。少なくとも、勝負の土台の上に、エイヴィヒカイトはまだ踏み入れる資格がある。そういうことにしてしまえ。
では厭う話もない。颯爽と、堂々と、それでいて鮮烈に行こうか。
死地へ向かってこそだ、それでこそ浮かばれる未来もきっとある。いっそ、その特等席は、己のようなバカの為に開けられた玉座のようなモノなのかもしれない。
恐怖を侍らせようとも、問題なく走れるバカにこそ――――。
「――――────
黒白が、灼ける。
火花を飛ばして血潮が跳ねる。
限度を越し切った回転数に、心臓が不定期に跳ねる。
決定的が灯った
空白が、芝を踏み抜いた。
「(勝ちたい)────たい!!!!!!!!!!」
ズレる違和感を踏み潰し、鳴動は今日最大の叫びを上げる――予感通りに、脚のナニカが致命的にズレた、からそれが、どうしたことなのか。問題がどこにあるのか。
最後の一走――それとも最期になるのか? いや、どっちでもいい。
浅慮を愛そう。短慮を愛でよう。身を擲つには安易すぎる己に、エイヴィヒカイトの全てを委ねるのは、とても良くないコトだけども、敢えて委ねてこそが自分だ。
破滅へ進め、突き進め。
爆雷がビリリと、少し先を行く友の鼓膜を痺れさせた。
感じる訳もない空気の撓みを、その残影が浮上することで納得へと至らせる。
表情は見ない、でも、絶対に言い切れる、今度は二度と間違えない。己が友はみな一様に、心が沸き立つ喜色満面であると、絶対に信じた。
自分も、そうだから。
『ハナ差を追いかけるスペシャルウィーク!! だが後続も目と鼻の先にある!! 混戦を突き破るのは一体────!?』
──白い景色、黒い輪郭、そこへ掛かるノイズの占有率は圧倒的。
『エイヴィヒカイト!? 鳴動を鳴らす魔王! 魔王エイヴィヒカイト!!』
──妙にねバついた厭な汗が出て、むかい風がきょうせい的に冷ましていくのがきもち悪い。
『すごい追い上げだ! しかしグラスワンダー粘る! 尚も怪物は加速していく!!!!』
──手を届かせたい願いはこの胸に在る。
鼻から伝う鉄の香りのようなものがあるような気のせいかきのせいだな、きのせいじゃなくてもいい、からだからでていってくれるのならこうつごう、そのぶんカラダはかるくなるのだから、そういうものでしょう???
──何度も諦めかけた夢の答えを今手にする。
『スペシャルウィークが並んだ!! ──セイウンスカイも並んっ、ッエルコンドルパサー!! キングヘイロー!! エイヴィヒカイトまでも────黄金の軌跡が並び立った!!!!!!!』
数え切れない幾日、転んだのか。怪我だって多かった。血だって沢山流した。やめろって言われた、走るなって言われた、走って欲しくないって止められた、もういいって優しく言ってくれた声の数々が在って。
声に甘えて、「ああ、諦めても良いんだ」と────
こんな……っ、この程度なハズが……! 私が見ていたのは、こんなっっっっ、
────下を向こうとする自分を引き戻す声が、絶えず、ずっと響く。
っ! 立って、もう一度アタシ達と走りなさい!!
数多の言葉が飛来して、根付いていた。
…………何とか、言ってよ
「もう無理だ」「やめとこう」「これ以上バカになってどうする」「心配はかけたくない」「痛いおもいはもういやだ」「もう走りたくない」「何で走んなきゃならないんだ」「走るのはこわいことなんだよ」「レースなんかやっぱりすきになれないのに」そして「
全ての答えを、燃ゆる想い達は何回だってエイヴィヒカイトへ告げる。
――――――――これが、終わりなの?
暗い、寒い、深い、淵の線引きが見える。散らされていく世界の中で、くっきりと、この狂奏が終わる瞬間のラインがよく見える。それを超えた瞬間に、自分がすぐさま倒れる未来が見えた。巧妙な予知など要らない、知り合いなら大体が予測できる、いっそ事実。
そこが
残念だけど、しかたないよね
「(ああそうだよ! そんな目を向けられて
かつては、どうっだったか。
その線引きが、今ほどに特別なものと思える自分では無かったろうが。
しかた、ないから
「(お前がらしくない嘘抜かすから!! こうなってんだよ総大将!!!!)」
────誰も見たことの無い景色を、訣別の舞台とするために此処に居る────
────さあ、未踏領域で果てる時だ────
「(だから勝ちたい思いを全開に!! 勝ちたい負けない勝ちたい勝ちたくて!!!!)」
そんなことも、あったなと、光の速度で記憶は呼び起きた。その頃の、暗闇色をした決意も同時に、胸の裡で舞い上がりそうになるが。でも大丈夫。
自分は、冬の方角へ二度と走らない。
友と過ごした時が、悴んだ固定概念を絆してくれた。
友のくれた優しさが、バカな男を変えてくれた。
友と走る
輝ける空が活力の祝福を授け、我が身の速度が黄金を放つ。光を浴びた五体は……けれどこれからに期待をできない。そうなるのだ、それを選んだからいい。
逆にある崖への疾走を望み、始まった己の奇数な運命。
でも、俺はこんなにも、この瞬間を本当の意味で
辿り着けた果てがこれなら。
生きていてよかったと、エイヴィヒカイトは、心の底から言えるのです。
『これは────────誰が!!!!???』
────────────まあそれはそれとして勝ちたいもんは勝ちたいんですけどね!
線引きを越えた瞬間、全身の筋肉が硬直したのを感じ取る。
しかし直近までをフルスロットルで動かし続けていた肉体は、急に止まれるような器用さを持っていない。存在はしていたかもしれないが、そういった機微を使い潰して至った此処まで。要は。
「ぶっっ、ぐ、ぎゃがぐっ、、ッ、。っぺにゃっっっ」
つんのめり、すっころび、五回転くらいしてから止まるのもしかたなし。
一瞬だけ意識を失うのも束の間、気絶している暇は無いと、本能がもうひと頑張りを全身へと提案をしてくれたようで。
「────お兄様!!」
「痛っ、、…………
レースが終わった後らしい、多分、多分そう。だというのに、電光掲示板は着順を示さない。
位置が悪いのか、角度の問題か、見やすい位置へと立って移動しようとするが。
「へっ、、、べぎゅっ」
「お兄様ー!?」
踏ん張りが致命的に効かない。立てない。立つために必要な、足首から先が喪われた感覚が、普遍的な歩行を阻害する。
しかたない、這って進もうとなるのは自明の理だと思うのだ。
なんせ一世一代、これ以上は無い、この先には無い、真の意味での最期の一戦。
その結末など、どうあっても気になるどころではない。
「お兄様! 怪我もしているのです! 安静に────」
「じゃま」
窘めようとしてきた誰かを、力ない手で振りほどく。
優しさなど、今は不要だ。本気で要らないのだ。今だけは独善的でいさせてくれ。
美しい芦毛が視界の端をちらついて頭にくる。マトモに動かせない身体も、結果を遮るなにかも、纏めて全てが邪魔だった。
目に映るのは、無情な文字列を表す電光掲示板だけ。
そこだけに、俺達六名の意識は集約していた。
「っっ、ぐっ……、っぁ、っっ!」
惨めに、芝を這って進む。
一歩分の距離を、静かに進む。
膂力も失われた腕で、それでも優先事項一つだけを目指して進む。
そうすると見えてくるのは、ようやく提示された一番強い奴の番号ではなく、一つの映像だった。
「…………ぁ」
並んでいた、六人とも、ゴールの間際まで一直線に。
歯を噛み締めた。地を強く蹴った。命を昂らせた。
各々が、各々にしか出し得ない最高率を以て、己らの全霊を吐き出して、それ以上を更に掻き出し尽くして。その横並びは、誰もが再現できる簡単な領域には無かった。生殺を振り翳し合う感覚も間違いではない、不思議な心地良さの領域に自分達はいたのだ。
だから
此度の順位を決定づけたのは、横並びの極限領域から、いち早く
みな、その一歩は踏み出していたのだろう。スローモーションでよく見える、その一歩の絶対性は、確固たるものではない。本当に、ふとした偶然、成り行き、気分、場所、バ場、天気、何かが違えば結果も大きく違うほど、踏み出した一歩は絶大に僅差だった。
だが、勝者とは、偶然すらも手繰り寄せる者だから。
だから。
だから、 た――――――――俺は、 た。
電光掲示板が、無機質に、情を介さない事実を示す。『お前の存在は載せるに能わない』と、敗残の身へ向けた凄惨を、いとも簡単に文字にしてしまう。
「……俺、は――――――――」
『一着はグラスワンダー!! グラスワンダー!!!!』
六番目である者など、末席すら用意されない。
本当に、無情で、非情で、なのに痛いくらいに自分達を熱くする。
これが、レースだ。勝ち負けの世界────自分が散々と、他者へ味合わせていた想い。
「────────────────────────った」
「……」
残骸たる我ながら、頑張るところまでは頑張った、と、言い聞かせる。
とりあえずで笑顔になれるよう、一先ずの満足感を得たがる自分。
副賞ですらない満足感(笑)で、感を極めていく友へと賞賛を投げた。
「勝っ……た────」
淑やかで、品の良い。
静かに、けれど苛烈。
そういった二面性を、間近で見てきた。友達だったから、ライバルでも、あったから。
でもその顔は、本当に初めて見た。
「勝った、勝った……! カイトくんに、勝てた……────!!!!!!」
何一つも飾らない、剥き出しの感情がそこには在った。
エルコンドルパサーは、地へ
セイウンスカイは、あらぬ方向の空を眺めて、空模様を観察する
キングヘイローは、二着を示す結果を
スペシャルウィークは、隠すことも出来ず、情けないほどの嗚咽を撒き散らして芝を濡らしていく。
唯一の勝者は────グラスワンダーは、夢に浮かれた少女のように、頬を火照らせ、現実味の無い様子で電光掲示板を見つめ続ける。羨ましい顔で、泣きながら笑っていた。その横顔をできるのが自分だったらと、願わずにはいられない。
そして、番外の残骸は。
「……おめでとう、グラスワンダー」
平静を保てているつもりで、声を届ける。
寄り添ってくれている少女が誰なのかも分からないまま、その娘の手を借りながら、ターフを後にした。
認めよう。認めるしかない。認める以外にどうしろというのだ。
今日こそが、ようやく、
「…………」
無感情に、ドリンクへ口を付ける。容器の中で揺れる液体が、自分以外に誰もいない控室の中でうるさく音を鳴らす。
ドリンクを飲み干しても、喉の渇きは、結局潤わなかった。胸の焦がれは、結局不完全燃焼で止まっていた。たましいの熱は、サッパリ冷ますことが出来なかった。
心を包んでいた後悔の暗雲は、未だに晴れずにいた。
俺は、負けた。
エイヴィヒカイトは、負けた。敗者の心得を、最初で最後に思い知れた。その相手が彼女等だったことを、エイヴィヒカイトは、一生の誇りにしよう。コレは凄いことだ、簡単にできる体験ではなかった。一生に一度出会えるかという存在を、五人も見つけられた。
それに、この敗北もそう悪いことじゃない。よく言うではないか、「敗北からの方が得られる者は多い」とかなんとか、ほざくらしい────────────バカか。
「……ける、な」
敗北して、得られる何某かを手にして、
その先はどうすればいい。
「……勝てなかった……!!」
嗚咽で喉が痛む。鼻水ですぐさま顔がぐしゃぐしゃになってしまう。
その先でリベンジを誓えない自分は、どうすればいい。
もう二度と走れない自分は、どうすればこの口惜しさを討ち祓える。
「勝ちたかった────勝ちたかった!!!!!!」
吹き出る涙と共に、衝動が口を突く。夢と同義の想いが、今更になって。
次頑張ろう? 湧き出る戯言は何処から出ている、心か、心臓か、だったらそんなものはやはり要らないな。
そんな希望はもう無い、それすら理解し得ない己が度し難い、なんて域ではない。
「……負けたく、無かった、勝ちたかった……! …………」
感情を発し過ぎて頭すらいたい。これは、キツイ。こんな虚無にも等しい感情を、スぺ達は抱えて生きてきたのか。
リベンジを誓って、果たせなかった時の伽藍洞な虚ろ。
傷と称するのも分かる。火傷だとか、烙印だとか、怖めの表現もぴったしだ。
「…………勝ちたかった、………なぁ…………」
この呪いは。
名称を、敗北感というのだろう。
負けた負けた負けた、エイヴィヒカイトは、勝てなかった。
傑作なほどに熱の籠った、あっけない敗北。
エイヴィヒカイトの最後の挑戦は、これにて幕引き。
次回はエピローグ、一本か二本に分けるかはノリで