未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

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思いついちまったらしゃーねーだろシリーズ、はっじまっるよー


普通に生きてたら

「死ぬ……なんで俺だよ……」

「あはは……お疲れ様」

 

 部室の机で項垂れれば、あやすような手つきで傷一つない端正な耳をなぞられる。

 

「ひっ…………おい」

 

 にやにやと音にすればいやらしい笑み。だがめんこい道産子フェイスで用いるなら、割と有りへと寄ったアリの範疇。

 

「ん~? なぁ~に~?」

 

 しかしながら腹立つ。スペとら同時期にトレセン学園へ足を踏み入れた訳だが、三年間で見飽きた顔でやられれば流石に頭へ来ますよ。

 優しい手付きが程よく眠気を誘うような。これくらいのスキンシップも容易い関係値なのは嬉しい。そりゃ友達と仲が良いと実感できるのは、シンプルに嬉しいものだ。でもでも新種と言えどもぼかぁ立派な男の子である。くすぐったくも慈しみも感じられる手付きにそそられると申しましょうか、煽られる感情だって立派に在りますのよ?

 ついでの前提として、スぺは一応美少女だ。そこそこの定期で堕落マックスな腹部の膨らみを披露したりもするが、一応は絶賛の粋を尽くせてしまえる美少女でもあります。

 何が言いたいのか、世の男性ならきっと理解に早い。此処は女性の園的場所。自分以外の男性は概ねが成人を越し、一般よりも自らを律する立場に在る大人ばかり。男性観の全てを此処で養われるとは言わないが、年頃の男子に触れ合う機会が減るのならば、必然的に一般的な男性に対する意識は薄くなる。

 

「はっ倒すぞコノヤロー」

「うんうん、そうだねー」

「……押し倒してやろうか」

「そうだねそうだねー」

 

 役得云々のハナシは一旦投げ置いて、流石の流石にどうなのかと悩むくらいに、スキンシップの距離感はバグっている。おかしいなぁ。普通の中学に通っていた頃では、男子と女子ってお互いに触れ合い難い壁が聳え立っていたと思うの。

 警告を投げても止まる気配が見当たらない。照れ隠しとでも受け取った可能性は高く、白磁の指先はカイトの耳をより柔らかく掻いて、根本のほぐしが止まらない。

 なるほどそうか、男ってのは大体が内なる獣を鎖で繋いでいると知らないのか。

 そんな事されたら勘違いするぞ。いいのか、勘繰っちゃうぞ。親友を越えた枠組みが、ワンチャンスあると考えてもよろしいってことなんですの――――!?

 

「――んなわけ……やめとけアホ」

「えー? いいじゃん」

 

 滾っちゃうぞコラ。襲っちゃうぞコラコラ。

 

「オイコラ無自覚美少女」

「びっ、少女っ? ……そ、そんなん違うよ?」

「何だっていいから、男にそーゆーのはやめとけって」

 

 洒落にならない領域へ突入する前にやめとこうね。もうそろ冠を七つかぶれるよ。角も十本生えちゃうよ。モードだって反転すれば注意喚起もせずに暴れるだけなのだが、その後どうなっちゃっても知らんぞ。

 再三の注意も何処へ受け流したのやら。こめかみがピクピクするくらいにシカトを行使されている事実には、そろそろ怒ってもいいんだよね。

 

「にしても綺麗な手触りだよね」

「オカンの遺伝に感謝だな。……つかマジでお互い後悔するかもよ」

「……後悔って?」

「分からんなら中等部からの保健体育やりなおせ」

 

 無頓着なのか、それとも武器として扱っているのかは判断が付かない。明け透けとした表も隠された裏も、余す所なく他者の心情を読み取るには、少々ばかりカイトには荷が勝っている。

 しかしセーフゾーンを探って保つのは得意であったり。悲しいかな、親戚からの矢印をいなし続けた賜物がこのような場で発揮されるとは。感謝して良いものか悩みどころだが、とりあえずお姉ちゃんありがとうと心で叫んでみる。感謝、とても、大事、であります。

 スペとは親友であり戦友とも言える仲。同じ窯の飯もカッ食らい、同じ寝所で惰眠を貪った仲でもある。後日気不味くなって疎遠になるとか、そんな悲しい結末は願い下げたい。

 

「あ゛ー……もうやだ走りたくなぃ……」

「よしよし」

「ぁぅぁ〜〜……だからそれやめれって」

「か、可愛い……」

「よっしゃ後でデコピンな。……しかし憂鬱が止まらん……誰か助けて……」

 

 後悔混じりの愚痴が止まらない。自らで選択したのだ、今更後ろを振り返る事など――――!! ――――とか何とか言えるなら、エイヴィヒカイトはとっても強い子だった。

 まろみ出てくる愚痴が、徐々に怨嗟へ寄っていく頃。

 カイトはうつらと船を漕ぎながら、『ガッデム!? どうしてこうなるんだァ!!??』と自問を繰り返す心中へ向けて、回答となる二日前を思い出していくのだった。

 

 

 弊中央トレセン学園(正式名所は知らん)では、頭オカシイ世紀末系女子が切磋琢磨と跋扈する制度が、超自然的に魔窟国を尚も絶賛建国中な、上昇思考にありふれるヤミナベバンザイワールドスクールである。

 所属するのはウマ娘――――人類史にて人間と共に有史を築いてきた歴史的パートナー達。ちなみに、ウマ()と付いていることからも分かるだろうが、軒並み女子である。女の子だけだ。存在は女性だけである。紀元後紀元前ひっくるめても、存在が確認されたのは女性だけ。故にこそウマ()とされてきた――――のだが。

 

「解せないやい……何で俺? why? warum?」

「先輩方から直々の指名ですって? 諦めた方が楽ですよ」

 

「そりゃそうなんですけどー……」と、机に頭蓋を埋め込む勢いの新種はここにいた。

 史上初の例外(キリッ)であり、類を見ないウマ種の別科。

 男のウマであるなら、それはウマ娘として扱うのか。それともウマ息子などと、新たな呼称を扱うべきなのか。はたまた、偶然にも男だっただけのウマ娘と定義するべきなのか。

 学会や社会へと、かなり大きな哲学的問い掛けを無自覚で世界へ投げ掛けた少年は今、(割とどうでもいい感じな)失意の底に降り立っていた。

 

「他にも良い感じな奴はたくさんいるだろうが……お前とか」

「御所望はカイトくんだもの」

「やだ……お前ら以外とは走りたくない……お前ら以外はどうせ楽しくない……」

「……そんなことを言ってもしょうがないでしょう?」

 

 腰に手を当て、『私は絶賛言い含めてる最中です』のポーズをとっているグラスワンダーだが、抑え切れない嬉色が口元へ漏出している。そうさせた少年は只今机の木目を数えるので忙しく、その事実には気づいていないが、周りのクラスメイトは微笑ましそうに眺めているのだった。

 

「せめて……せめて五人の誰かしらも参加してくれ……そうすりゃ、やる気だって少しくらいは湧く……たぶん……」

「……しょう、っっ…………んんっ……そうですか」

「しょう?」

「気の所為です」

 

 ゆるゆるゆるゆる。約一名の頬は緩み過ぎである。弛緩剤でも打ったのか。呂律が一瞬回っていなかったような、そんな感じ。

 ちなみに特定的その他四名でも似たような結果にはなる。始めに胸を誇らしげに張って、そんな姿勢も僅かな間で褒め殺されるまでが大体の流れ。

 下手に飾らない等身大の親愛を示す少年は、お年頃にはこそばゆい特攻兵装だったりするのだ。精神的な距離感がバグっているが、こんな態度を取るのは血反吐を交えた戦友と称せる間柄と、その他極々一部だけだ。

 

「…………そっ、錚々たる顔ぶれなのは確かです。これも良い経験と割り切って……」

「……つーか、むしろなんでお前らは出ないの?」

 

 カイトからすればそこが大きな疑問点。

 一緒に出ればいいじゃない。切磋を琢磨し、共に隣り合って頂点へと鎬を削り合ったのだから、この手の催しにも出てくれれば良いのではないかと。祭囃子の気配と共に訪れるイベントなら尚のこと。

 もしや、よもや、まさかのまさかだが――――。

 

「…………俺って、実は嫌われてる……?」

「ボソボソと何を……」

「――……グラスって、俺のこと嫌いか?」

「…………はい?」

 

 寝耳にお水を注がれた反応。しかし大事な事なのです。こっから先の学園生活を謳歌できるか否かは、彼女の答えに左右されかねない大事件なのです。

 

「や、だからさ、グラスって、俺のこと嫌ってる?」

「――――はい?」

「うーむ、ひっくい声色な」

 

 カイトに使われるのは珍しいタメ口調。これ、ちょっと怒らせていたりもしてますね。

 

「……嫌ってませんよ」

 

 ため息一つがワンテンポ。呆れ半分アホ扱い半分の両眼が、勝手に心傷していた奥底にぶっ刺さる。泣けるぜ、二重の意味で。

 しかしてともあれ、嫌悪等はされていないようで一つ安心。他者への関心が薄いケの有るエイヴィヒカイトは、裏返ったように身内への愛情が深いとか、サイコでマッドでインテリで生活死滅力マックスな先輩に言われていたり。「またまた大袈裟な〜」とか反論してみれば、ナニイッテンダコイツな視線をバッチシ受け取ったカイトだった。

 そして思春期少年からすれば、嫌いではないと言われたのなら、その逆を聞いてみたいと思っちゃうのは間違いでしょうか。それって悪だったりするのかしらー?

 とりあえずの体で聞いてみた。

 

「じゃあ俺のこと好き?」

「っ? ……――――――えっ、、と……」

「ウソでしょ……言い淀まれちゃったよ」

 

 哀しみが悲しきでぴえん。カイトは大好き(友愛)なのに、この想い(友愛)は一方通行でしかなかった。

 あーあ、クソッタレ遣る瀬無いぜぃ。大の親友と信頼していたのは自分だけだったのだと、思いっきり信じ切ってきた梯子を外された時、人は深々とした絶望に包まれるのでした。カイトは実体験でそれを知る。

 それはそれとして聞き出しっぺのカイトな手前、こっちからも教えておこう。

 

「俺はグラスが好きだよ」

「……!?」

 

 ボッ。

 

「こう……語彙を尽くすには難しいんだけど、うん、好きだな……大好きだ」

「!??!?!」

 

 ボフッ。

 やかんが爆発したような幻聴。火山が噴火したような幻聴。つまり内なる熱によって感情が暴発した音を、クラスメイト達は確かに聞いた。机に突っ伏しながらの発言とは思えないが、それなりに決定的な発言だった。

 けれど誰もが囃し立てることはない。いつものノリである。恋愛偏差値五のエイヴィヒカイトからすれば、この程度の光景は造作もない。しかし案外これが正常運転な光景なのはヤバくない? そんな危惧が何名かの胸に浮かぶがこれまたしかし、シンプルに見物してれば凄い面白い。それに尽きるが故、彼女らは今日も今日とて見物人として座して静観するのだ

 

「だけどなんじゃい……片想いだったんか……」

「片想――――…………ふぇっ」

 

 ジリジリと、焦れるようなもどかしさを周囲は感じたらしい。

 そして食い違いが凄すぎて、マジで面白すぎたとも後々に語られる。ザッケンナコラー‼︎

 

「ぅ、ぁっ……、ぇ、、かっカイトくんの気持ちはっ、嬉しい、ですけど……こ、こここは、人の目もありましゅ……から……っ、、……だっ、だから…………ぅぅ……」

「人の目があるとダメなの。え、なにそれ?」

 

 不思議がることなのか? 級友たちは訝しんだ。

 

「でっ、きることなら……その、ふ二人っきりの時に、言って、、くれたらっ……私、だって…………!」

「……グラス?」

 

 ここでようやく様子がおかしいような気がしてくる鈍々ニブチン鈍感ヤロウなバカ。受け答えが不安定? もっと早くに気づけ大バカ。

 頭上でアタフタしている雰囲気を目に収めようと、ようやくうつ伏せの支配から解き放たれるエイヴィヒカイト。

 そして、グラスの火照った顔色を目撃する――――!!

 

「どうし――「こんにちわ、カイトくんは」ハイハイハイハイハーーーイ!!!! ここに居まーす!!!!!!」

「……………………え?」

 

 少年の視線はグラスをアッサリサラリと通り抜けて、声の方角へ一目散に向けさせる。右手は直立不動の諸手。いっそ美しいまでの挙手は、無邪気ながらも不敵に天を掴まんと伸びていた。

 鎌倉系女子を救ったのは、少年が懐いてしかたのない大先輩。

 尊敬とは違った友愛を抱く、そんな先輩到来の知らせは興味の矛先を親友から俊速で過ぎ去らせて、聞き馴染みありすぎる声の方へと駆け出させる。醜態晒さなくてよかったねグラスワンダー。ああよかったよかった。

 

「……」

「マルさんっ、マルさんじゃん!!」

「ふふっ、今日も元気いっぱいね」

 

 綺麗に尻尾をブンブン振り回して、扉の方へと駆け出す少年。

 

「そりゃさ! マルさんが訪ねてきてくれたんだから!」

 …………。

「教室まで会いに来てくれて……どうかしましたっ?」

「顔を見に来たのもあるけど、ちょっとだけね」

「LANEでも送ってくれればよかったのに」

「直接伝えたくて来ちゃった☆」

 ………………。

「可愛い。やっぱマルさんって笑ったらとびきりに美人だよなぁ……」

「あら、笑った時だけ?」

「んなわけ。前提がそもそも美人なのは当然でしょう」

「……もう、相変わらず口が上手いんだから」

 ……………………フ……、ウフ……フフ…………。

 ――――ズズ、ズ……、ズググッ……ズググオオオオオオオオオオオオオォォォォ………………!!

 

 界を潰さんとする圧。濃厚かつ暴意に満ちた蒼の迫が、平和たる教室領域を侵蝕していく。

 能天気に釣られて先輩は気付けない。能天気本人は当然のように気付く訳がない。確かに迫る怒気、密やかに忍び寄る惨劇、彼方より来やる絶望に、エイヴィヒカイトは身構えることを想定していない――――!!

 ついでにハラハラドキドキながら、ワクワクテカテカと愉しむ上級見物人達。

 他人事なら無責任に愉しめるとは人でなしの理論。しかしだ、そんな人でなしを煮詰めた連中こそが、少年のクラスメイトであるのは逃れ得ぬ現実とカルマ。ついでに申せば、事あるごとにと愉悦を自ら提供していったのは他ならぬ少年自身である。そこには自覚無自覚の有無は関係無いのだ。

 救いを差し伸べてくれない現状への責は、確かに少年が一端を担っていた。

 

「聞いてくれマルさん、会長達が俺のこといじめるんですよ」

「ルドルフやシービーちゃんに、色んな人達から聞いたわ。……それだけカイトくんが注目されてるってことよ」

「でっへへ……じゃなくて」

 

 照れるのは後だ。今はそう、この機を逃さず協力を募るが吉。

 

「マルさんが口添えして、何とか無かったことには出来ないですか」

「……キミの頼みなら聞いてあげたいけど…………うーん」

 

 腕を抱えて考え込んでしまう。おっと、組んだ腕に乗っかってしまったのは、圧巻誇る番いの――――ヤメヤメ。女性は視線に敏感とはアルダンの言。いくらタイキ先輩と戦えるクラスだとしても、流石にガン見はアホまっしぐら。思春期男子としては至極正しいと断言もできるが、後輩として落第な姿勢は今すぐにヤメ。

 かぶりを振って雑な煩念を拭った。

 悩む要素はどこに。面倒見の良い彼女なら二つ返事とばかり。自惚れでなければ先輩後輩としての関係値は良好。

 

「カイトくんはそんなに走るのが嫌いなの?」

「……嫌い、とはちょっと違うかな」

 

 教室へ戻ってきたキングとスカイにも気を回すことなく、今はとにかく先輩との対話へ全神経を集中させる。

 

「走ったら『楽しそうな』相手じゃなくて、『絶対に楽しい』相手って確信できないと走る気が湧かないんです」

「あらあら……すっかり強者ね」

「へ? ……ぁっ……や、待った違うんです、そんなつもりじゃなくてですね」

 

 言い出してから思い当たる。これ、思いっきり傲慢ポジションのラスボスっぽいセリフだ。

 大好きな先輩になんて台詞を吐いたのだ自分は。急ぎ訂正を入れようと、マルゼンの顔を仰ぎ見れば――――

 

「キミと走るのは――――とっても楽しそう」

「ヒェッ」

 

 眈々とした睨み。眼光は靭く、鋭く、思わず怖気を掻き立てられる捕食態勢。

 喜悦満点の中には隠しきれない艶の色。獲物へ牙を突き立てる姿が雄雄しき獣王の如く、彼女はきっと挑まれるのでなくその逆、挑む側で在る方が、美しき闘争心はより彩り鮮やかに煌めく。

 追いかけられるのでは得られない甘美。指針で在る側では得られない旨味。背中を追いかけるという、未知の娯楽を味わうが為に。

 こうなってしまえば殆ど確定的だが、一応『そうはならんやろ』な可能性に賭けて、我々(単独)は聞いてみたいと思います。

 

「……もしかしてマルさんも、出るんです?」

「――ずっとキミは、わたしに一度も憧れていなかった」

「え? ……?? ……? 急に何の話ですか?」

 

 唐突はいつだって突然に。困惑は急な不意打ちで。

 遠回しな言葉を投げかけられるのは一度や二度じゃないが、先輩の言いたいことは、いつになく分かり辛かった。

 

「慕ってくれていたのは知っているわ。でも……その根底には、一切の憧憬がない」

「やや、そんなまさか。マルさんのことは敬ってますよ?」

「『先輩だから一応』、敬語を使うのだってそれくらいの認識でしょう?」

「…………そんな分かりやすいです?」

「気付ける人はすぐにでも、ね」

 

 憧れ云々の内約はやはり分からないが、誰かへの憧憬を抱くことは確かに無い。エイヴィヒカイトの憧れは唯一に注がれて、その道行は既に通り過ぎてより前へ。

 母親の成果を越えた今、カイトが見据える背中は存在しない。投げやりで自暴自棄な意味合いでもなく、健全と誠実を胸に抱いたまま、母の歩いた道を糧とした。

 人生という大きな括りで、複数掲げた大目標の内の、一番大きなモノは達成できているのなら、新たな目標でも掲げない限りは、誰かへの憧れはまずもって生まれはしない。

 今のように楽しく走る術を知らなければ、きっとマルゼンへ溢れんばかりの尊敬と憧憬を抱いていただろう。それほどまでに彼女は楽しそうに走り、その姿は非常に魅力がありふれている。

 

「どんな時でも対等な視線で接してくれるんだもの、そんな後輩クンを――――カイトくんの実力を、間近で感じたくなっちゃった」

「…………つまり?」

 

 まだ、まだだ。まだまだまだだ。まだまだぜんぜん望みはあると思う。ここまでならまだ比喩で終われる。直接的表現は、奇跡的にも一言とて耳にしていない。聞かなかったことでなく、真実ビタ一言たりとて聞いていないのが誠の現実。

 まさか、そんなまさか、嫌がっている後輩が目の前にいるのだぞ、無理強いするような鬼畜先輩ではない。そんなのマルゼンスキーらしくない。ギラギラとした目つきは凍える感じがあるが、怯え切った後輩に鞭を打つなんて。

 そうはならんやろ――――そう言って笑いあえる未来を求めるるっっ。

 

「わたしも出るからよろしくね」

「なんてこったい」

 

 ――――なっとるやろがい。

 外から見たカイトは、まるでぽかーんと、桶が乾いた音を立てるよう。

 そこから先はあまり覚えていない。呆れ半笑のキングに促されて、いつの間にやら自席で呆然としていたらしい。

 気をしっかりと持ち直した頃には、放課後へ勤しむ午後の空が窓から見えた。

 

「――――っんはっ!?」

「起きながら気絶って中々に珍しいスキル。今度さ、セイちゃんにもやりかた教えてよ」

「ぁん? んん? ……????」

 

 思い出したような、思い出したくないような。

 大好きな先輩のウィンクを受け取って盛大に嬉しかったりしたのだけど、あれも夢か。そうか夢か。そりゃそうだ。先輩のラヴいオーラを込めたおちゃめけウィンクだ、カイトなんかが受け取れる筈もない。

 

「……なら夢か」

「そう思い込みたいならそれでいいと思うわよ」

「あれっ、キングが優しい? 妙だな……うわやっぱ夢じゃんチックショー……!」

「人を怒らせるのってそんなに楽しいのかしらね……!!」

 

 まあまあ落ち着けよと、手で冷静に制すれば手首を急に掴まれた。あらやだラブでロマンスな神様が始まるー? とかなんとか呑気に考えるいとまも惜しんだ、全力のキング握撃が手首の関節部へ響き渡る。こいつぁ間違いない、折れます。骨の折は近いぞゴメンってば助けて。

 

「いやー、しかしマルさんもかー…………マジかー……あ、痛いっすキングちゃん」

「本当ならアタシも出たいんデスけどほら、アタシ達は何度も一緒に走っているから、『今回は初めての者にこそ席を譲って欲しい』って、エアグルーヴ先輩が」

「グルグルマユゲ先輩め、余計なことしやがって……痛いっす、そろそろゆるしてきんちゃん」

「誰がきんちゃんですって?」

「あ゛う゛あ゛っ゛……やばいって、白くて硬い破片が飛び出てきちゃうって」

 

 座りながらの平伏を繰り返せばヘッドでドラムの音。今日で机のキャパシティはそれなりに喪失しただろう。うるさいくらいの音量こそが、我が謝罪のそれと同等なのである。

 鬱血の痕が残るギリギリで、ようやくお許しになられたキングヘイロー嬢。恩赦サンキュー、この痛みは違う形で返してやるから覚悟しとけと心中で誓う。

 

「マルゼンさんと……スズカさんに会長と副会長達の先輩方。……ここだけの話、モンジューさんとブロワイエさんも来るって」

「ケ!? 本当デスか!!?」

「うん、連絡来てたよ」

「それは…………聞いていた以上の大事になりそうですね」

 

 唖然と愕然。例えば、廊下をふらりと歩いて少し耳をすませば、その話題ばかりが渦中を掻っ攫っている現状。言い出しっぺの皇帝に、追従した女帝と怪物。誘われるように飛び入った灰被りの怪物に、淑やかながらも強く参加を希望した異次元の逃亡者。希望を求める者の噂は留まるところを知らず、シニアの面々だけでなく、ジュニアやクラシックで燻る獣達も刺激しているとかしていないとか。

 ここにサイレントで追加される、海外からの刺客。

 

「マジかー……」

「私が出たいくらいよ」

「……マルさん、出るのかー……」

「……聞いてませんね」

「マルゼンさんで頭いっぱいなんだね………………むぅ」

 

 どこまで増えるのか、どこまでが尾ひれなのか、それとも流れてくる噂の全てが真実なのかと、日々怯えが増していくカイトであった。

 そうしてあれよこれよと状況に流されるままの今日。しょぼくれたボヤを溢して、現実から逃げ出そうと戦友へ相談していた矢先に、更なる怪物の参戦予告。

 強者と走ることに燃える訳もないエイヴィヒカイト。先頭民族でもなければ、先頭狂でもない。ウマにしては珍しく走ることへの執着が少ないのは、奇特な出自が所以となっているのだろうか。

 かと言って闘争心が薄いのかと聞いて回れば、近しい者は――共に魂をぶつけ合った同期の者達は、口を揃えてこう言ってのける。

 曰く、その気になれば一番恐ろしい。

 

「マジかー……!」

「……カイトくん?」

 

 爛々と揺れる血彩の双眸が、闇に濡れた頭髪から此方へギョロリと覗く。

 口元は周囲へ白牙を剥き出しに、口角はどこまでも獰猛な三日月を描く。

 どう見ても女性物な緑白のリボンが、左耳に麗しく飾られていようと、発される凶威が弱まることなどあり得ない。

 その姿を称するなら、例えば――――羅刹。

 

「ハハッ」

 

 一歩進めば轟音。二歩進めば地は穿たれ、十を進めば脚は止まらず舞台は掘削されていく。

 ちょこざい細工を弄さず、生半な策なら喰い破り、唯我独尊と己の自由に身を任せて、矮小を薙ぎ払い、雑多を引き裂き、殺気と同意義の迫威を振り撒く超威的災害。

 耐える資格を持たない落伍者は、片端から戦意を蝕まれるだろう。

 その背中をはたまた――――鬼神。

 

「……あー、あー、あーあーあーあ……――――はは、は」

 

 壊すくらいに遊び尽くせるオモチャを見つけた。そんな無邪気な雰囲気で、思案の唸り声を悦に浸って発している。

 蟻の子を潰すことに目もくれず、己が肚が示した敵だけを睨みつける。そして、嗤うのだ。愉しそうに微笑んで、臓物の底から嗤うのだ。

 獲物の四肢を千切って戯れる怪物。そう幻視したと、そんな声もそれなりには聞く。レースでなければ、ルールの定まらない舞台であるなら、命を危ぶまれんとする怖ろしさ。秘めるなどと遠慮は微塵も配慮せず、忌憚なく無意識に発されるプレッシャー。

 

「――――――――おもしろそう」

 

 狂わしい美麗すら感じる横顔を――――魔王とも、見間違えたとか。

 見たこともない空想存在と見誤るなどとは、それはとんだ笑い話だと、話を聞かされた者は誰しも感じていた。

 

「ありゃま、とびきりの笑顔になっちゃってるね」

「……私はもう知らないわよ」

「いざって時はキングを差し出して……」

「嫌よ?」

「頭から丸齧りにされるんデスね……おいたわしやキング……」

「だから嫌よ!?」

 

 軽く見ていた者達も、隣で走れば口々に言う。

 アレは化けた物の怪だった、と。

 

「ふんふ〜ん♪ ふふんふ〜ん♫」

「楽しそうなのは何よりだけど、負けないでよカイトくん」

「そうです。貴方を討つのは私なのですから」

「……グラスちゃん、私だよ?」

「あらあら……スペちゃんは相変わらず物分かりが悪いのね」

「♪〜〜♬ マルさんと走るのかぁ……いいねぇ……――freut sich……★」




・バカ
 オカン健康オトン生存。二人は北海道で和菓子屋やってる。そこそこ繁盛してる。事故? んなもん無かったよ。そんな感じの、あったかもしれない世界。
 両親に愛良く育てられたので、おかしな拗らせ方はしていない。破滅願望とかも無い。訳分からん夢とかも持ってない。健全と健常に、とりあえずで母親の進んだ道を追っかけて、ものの見事に追い越したので、何をしようかと手持ち無沙汰な時期。
 拗らせてないから美人な先輩にデレッデレだし、声が綺麗な先輩に名前を呼ばれたらメロメロだし、可愛いクラスメイトにも強くは出られない。女子と指先が触れ合ったら気不味くなったりもする。至極普通な男の子やってます。
 深窓、正統派、スイーツ、妖怪ジンクス破り等のお嬢様系には、当然ながら弱い。だって普通の男の子だもん。清楚系のビジュアルは、大体の思春期に特攻効果を持っているのだ。
 心の傷跡を舐め合うような関係性の相手はいない。悲劇が起こらなきゃ傷は作れない。恋慕の矢印を独占していた相手とは健全な関係性なので、王道なラブコメへと展開できる世界。しかし女性のタイプは年上スキーなのに変わり無し。幼少期に性癖狂わされたのは共通ルートなのかもしれない。全部クリノクロアが悪い。
 リボンは鐘っぽい姉っぽい親戚からの誕プレ。デザインがまんま同じで頬が引き攣るも、シンプルに嬉しい少年であった。周りからはペアルックにして喜んでるように見えてる……ってコト!? 策士がいますね。

・スペ
 ヒロインやれる要素は多い。てかビジュアル声性格と、どの辺を切り取ってもザ・メイン・ヒロイン要素しかない。攻略人数が進行度で解放されるタイプのギャルゲーで、強制的な一人目の攻略相手になりそう感。最初は嫌々だけど段々好きにならされて、最終的に最推しになっていた感。この感じが宇宙まで伝われ。
 バカとはマブいダチ……………………ダチだけで済んだらこのエピソード思いついてなかったっしょ。
 バカとは添い寝とかできるくらいの心的距離感。バカは悶々として死ぬであろう。つーか死ね。

・グラス
 声フェチのバカにクリーンヒットな喉の持ち主。初対面でバカに名前呼びを強要されて、悪印象を植え付ける出会いの刻。それから三年強、バカを含めた六人で過ごす時間は、騒がしくも笑顔が溢れる陽だまりの日々ですってよ。
 天真爛漫かつ隠し事を出来ない透明な一面。反転したように切り替われば、普段とはかけ離れて悍ましさすら感じる凄絶な一面。まだ見れていない一面があるのなら、これからもっと見ていきたい。より近くで知っていきたい。のかもしれない。
 始まりは好奇の心から芽を出したその感情。情の名称はまだ伏せておく。

・マルゼン
 はやーい!! つよーい!! かっくいー!! の三拍子が揃った伝説。レジェンド。伝説を創造する存在とは、いつだって説明不要な″すごいやつ″。時代が進めばゴッドと呼ばれるに違いないです。言わずもがな、柿の種のリアル原典での推し。みんなも過去の映像ミヨウ!!
 尊敬の眼差しは、いつだって背後から。憧れの眼差しは、いつだって見上げながら。隣から声をかけられるなんて滅多なことだった。隣と思いきや、すぐさま自分から後ろへ下がる者が殆どだった。
 同期で格が逼迫する者はおらず、ルドルフやシービーとのベテランとはやはり違う。ある種の孤独。
 そんな後輩たちを見てきた中で一人、ポツンと突然隣から話しかけてきたバカがいた。
 一歩も下がらず、それも意地を張ることなく自然体で、能天気にも第一声で口説こうとしてきたバカがいた。
 目をかける後輩の一人ではあるのだろう。戦績もめざましく、努力も腐らず継続して、何より楽しそうに走れている。気に入らない理由は少なかったから、見かければよく声をかけていた。服を見立ててあげたり、お気に入りの喫茶店へ放課後に誘ったり。ドライブに誘ったりも、たまにはあった。
 けれど俯瞰して見るのなら、その横顔は、その視線の熱色は、果たして先輩だからとの言い訳が、本気で通じると思えるのか。聞いてみたくなる衝動と戦う生徒会長がいるらしい。
 きっと、自分の心をまだ知らない。
 初めての経験には、大きく分かれて三つの反応がある。
 一つは驚き。一つは達観。
 もう一つは、無自覚の受容。
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