未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

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まあどうせ短編だしと、至極テキトーな感じで書きたいもの突っ込んだら闇鍋だった

時系列はデートのやつの後

そんな感じ


バカサイコ

 足がふらりふらりと上下にダンシング。脳がぶわりぶわりと浮上をサムシング。

 空調の行き届いた廊下を進めど、やったらめったらと身中に籠った熱はいつまでも昂ぶりをネクストステージへと昇らせてくる。そんなこんなで涼しい部屋を探しても、なんとびっくり雲のようにスカスカな思考回路に、元々うろ覚えだったお屋敷の見取りをすっかり忘れっぽくさせられていた。

 でも気にしない。いつだって出たとこ勝負の臨機応変マイロードこそ、エイヴィヒカイトが進むべき旅路ってコト。

 ボロボロに穴だらけとなった記憶は指し示す。おばあちゃまも、おははうえちゃまも、『しめしめ……』的な笑顔を繰り広げていた。カイトが頑張って部屋を出る前に、そんな感じが垣間見えていたような気がした。

 誰ぞの策略か、何処ぞの謀略か、如何なる思惑か。酔いどれLv.200を突破させられてしまったカイトは、その一切を考慮することなく、とある一室へと歩いていく。

 

「んなぁ~? ……ん、ここも、か~~いっ?」

 

 見かけた扉が霞む視界へ映りこむたび、片端からドアノブを少しだけ荒めに回していくしかしどうしたことだろう。不思議なことに――――嗚呼、とってもびっくり不思議なことに。

 どの扉もしっかりと施錠されている。カイトが使わせてもらう予定だったと思われる部屋も、誰一人通すことはないと無言の施錠で意志を示したのだ。もっとも当の本人こそが朦朧とした意識の中を泳いでいるため、そんな摩訶不思議も深く考えることはない。手当たり次第に外れを引き続ける酔っぱらいは、導かれし者たちのように、(恣意的)運命の一室へと誘われていく。

 酔いから覚めることはない。限界を見極めた主治医の指示により、致死量の五歩手前までしこたま飲まされていたのはこのためであり。

 

「……ぉおっ、やっと寝れる~ぅ」

「…………っ」

「ありゃぁ? え~っ? っとぉ、ベル、ちゃ~ん?」

 

 とある少女の横恋慕を後押しするために組まれた催しなのである。

 

「おれ、へや……間違えたぁ?」

 

 紫の薄暗い照明は顔色を微妙に窺わせない。部屋の端に置かれたポッドは加湿器だろうか、これまた明るい紫に発光して、アロマの香りを部屋へと蔓延させていく。紅く揺らめくキャンドルは、見ていると現実感が飛んでいく気がした。

 首を傾げるのも仕方がない。部屋の様相がお堅い本家とは思えないほど、この一室はネオンの雰囲気に飾り付けられていた。

 

「……ううん、間違ってないよ。…………よしっ」

「???」

 

 よくわからん覚悟を決めている親戚を目の前にして、『おおう、決意の声なベルちゃんもめんこいのう~』とか。

 時にバカとは、どんなになっても呑気な心を喪わない者を指して言う。つまりだ、このようなある種絶望的で危機的状況になったのは、酔いだどうこうだなどといった話でなく、単純にバカだったから。

 だってもし仮にこのバカがバカではなく、非常に高めな知能指数を持っていたのなら、危ない場面を事前に回避できるのだ。

 唐突に、背後から――今しがた入ってきたばかりの扉から、ピピっと電子音が確かに聞こえた。

 

「……べ、ベルちゃん……?」

「…………カイト」

 

 妖しい紫の照明は、こちらへ近づいてくるベルちゃんに異様な雰囲気を背負わせている。思わずの様子でたたらを踏むカイトは、無意識の本能的に背後のドアを後ろ手に開こうとした。

 したんですが、するが、したが、逃げたかったが、なんでかな。ガチャガチャとは鳴りますが全然開いてはくれません。おやおやおやおや、この扉って鍵があるタイプでしたっけかね。さっきの電子音との関連性を疑う暇も、推理するためのアディショナルタイムすらよこしてくれないねこの戦況。

 嫌な予感を今更になって受け取ったカイトの酔いは急速に覚めていく。背筋もどんどん冷めていく。意味不明な焦りは呼吸もどんどん荒くしていく。

 深まる呼吸。近づくベルちゃん。扉は無意味な音しかたてない。更に深まる呼吸。ジリジリと、熱っぽい足取りで近づいてくるベルちゃん。もっと荒く深まる呼吸。鼻呼吸だってすごかった。

 おかげさまで炊かれたアロマから香る、この甘ったるくて重たくて――――体温の上がる空気を、これ以上ないくらいに体内へと取り込んでしまっていた。

 

「ひっ」

「まって…………にげないで、カイト」

 

 瞳と瞳を見つめ合わせられる距離まで踏み込まれた。

 泥のように粘ついた――いいや、これはもっと甘くて、もっとへばりつくもの。

 融けた飴。ドロドロになって、沈み込ませようとする意図。甘くて、甘くて、体に悪いくらいに甘ったるい蜜。ヒトをダメにする感情。男を、そしてカイトをダメにする、カイトだけに向けられた劣情。独善的で、いっそ美しくすら思える醜悪な本能。食欲にも似て、徹底的に非なる、生きる上で切っても切り離せない欲。それを、彼女の綺麗な瞳の中に見つけてしまった。

 ああ、これは詰んだ。本能はそう予感したらしい。

 例えば、産まれたての子鹿を空腹三日目の肉食獣の眼前へ放り投げればどうなるのか。構図としてはこれ以上に当て嵌まる例もあるまい。

 

「……かわいい……」

「どっ、どどどど、う、した、の」

「…………わからない?」

 

 これ以上後ろへ行けないと分かっていても、背骨が外気を求めて仕方ない。扉の向こうに逃走の未来を見つけたがっている。

 そんな必死な形相を見かねて、優しい手つきで、淑やかな指先が首を撫でる。もう鼻と鼻は五センチ程度の隙間しかない。いつの間にやらカイトは行き止まりまで追い込まれてしまっていた。

 力のある目尻。整った鼻。柔らかいと即座に看破できる唇には、薄ピンクのルージュが塗られて艶めかしい。頬にもチークが入れられて、可愛いが先行する普段とは違い、色気が先行して目立つ。おかしいな、酔っぱらう前に喋っていた際には薄めのナチュラルメイクだったはずだが。そこまで気合を込めてメイクするイベントなぞ、果たしてどこでおっぱじまるんです??? 頑張れマイ鈍感力、発揮するなら今しかないぞよ。

 鎖骨を、首筋を、顎を、頬を、ゆっくりとした動きでなぞり上げていく。ぞわぞわとした快感が神経を通って、脳の裏へ軋んでこそばゆい。このフェザータッチ、非常に危険です。

 逆の左手が、再び鎖骨をなぞって。しかし右手とは逆方向――上ではなく下へと潜り込んで、シャツの裏へと少しづつ侵攻されてしまう。焦らすような手が、ゆっくりと、手のひらで温度を吸い取るように胸板へ押し付けられて――――

 

「――――――――私のきもちをしってるくせに」

 

 ――――唇が触れ合う寸前で、魅力的な囁きが耳孔を通過して、脳髄へと直接響かせる。

 冷めかけた泥酔が、再びカイトの全身を満たしていった。酒のように堕ちていき、沼のように存在を絡め取る。指先から徐々に舐め回されて、優しい咀嚼をされている幻覚。

 ガンガンと頭が痛くて、ビリリと痺れるような快感が骨髄を伝う。

 電撃のような衝撃で、香辛料にも似た痛みがあって、中毒を引き起こしかねない甘い心をぶつけられている。しかし不快とは程遠い。何故ならこの男は、ずっと、誰かからの想いを望み続けていた。顕示欲にも酷似した肯定感が欲しくて、心を開き尽くせる誰かが欲しかった。

 目の前の女の子は、それを受け入れてくれるのかもしれない。明確な不貞の心が湧いてくるが、罪悪感を覚える前にそれを凌駕するのは、酔いの頭痛と部屋を支配する甘い香り。

 自らを失いはしない。精々、理性が体の操縦を手放すくらいだ。

 

「………………………………」

「……なんてね。…………ねえ、カイト」

 

 少しだけ体を離せば、綿毛のような柔らかさで、カイトの腕は優しく捕まった。

 ――長い一生において、切り替わる時期とは何事にも存在している。

 子供から大人へ。少年から男性へ。そういった切り替わりこそが、一生における連続である。

 これは、そう。

 少女から女へと切り替わる出来事でしたってコト――――!?

 

「一緒に、眠らない?」

 

 柔らかな問いかけなのに、拒否される想定などは微塵もしていない。そうあることが当然のように誘われて、引かれる手に大人しく従うカイト。幼少期を彷彿とさせる構図に思えたが、過去との共通点は殆どが淫靡な色に染まっていた。

 そうか添い寝か。一緒に寝るだけだもんな。うむ、健全健全。小さい頃もザラだったし。ぜんぜん、まったくもって、そのようなよくぼうはいだいていませんと、だいっきらいなさんめがみにちかってやんよ等々。諸々言い訳やら対処法やらを模索していた。しかしてともあれ、この雰囲気で添い寝はたぶん無理です。

 苦痛への耐久は割と強い自負があれども、快楽への耐久は滅茶苦茶に弱い。大なり小なり、大事に想う存在からなら尚のこと。好意でデコレーションされた心をカイトへ向けること、それすなわち四倍弱点に更なる特攻を上乗せすることと同義なのだ。

 だとすれば、この後の展開は単純明快先見爽快。

 ――――そうです。今日この日こそ、クズ伝説始動の第一歩。偉大でもないしむしろ卑小極まる始まりの刻である。

 

 

「てな、感じでらしいでございます……」

 

 問題となるのは、この回想部分の殆ど以上をカイトが欠落している事実。

 酔っぱらいが寝て起きれば、そりゃ記憶の一つや二つや、五だの十だの飛んでいく。であるが故に今しがた語った全ての真偽は不明瞭どころか、もしかすれば捏造だってされてしまって謀られている可能性も否定できない。いいや、カイト自身はまさかベルちゃんに騙されているなどとは露も考えない。誰よりもエイヴィヒカイトはその可能性を大いに否定するが、状況証拠も薄い今では可能性の一つとして十二分に考えられてしまう。

 つまり何がマズいのかを端的に申せば、どれが真でどれが偽なのか分からないフワフワを元に、マイハニーからの折檻が始まってしまう。

 

「そう……その後に 手 を 出 し た の ね ? 」

 

 定義の曖昧な罪を罰するのなら、制裁の程度も曖昧模糊へと変わっていき、行き着く先も不明瞭な底の見えない処罰の日々が続く可能性。

 回避すべきターニングポイントはここだ。ここをどうにか避けることができなくては、もうエイヴィヒカイトクンは知性体としての矜持をボロボロに剝がされて、依存と背徳と堕落に退廃的が支配する世界へ閉じ込められてしまうかもだ。アリっちゃアリとかふざけた考えは捨てるのです。軽いノリであーだこーだしてもよい段階ではないのですよこのバカイトがよぉ。

 

「――ややっ、そうとは限りませんかもしれませぬのでございますれば……」

「ふっ、ふふふふふふふ」

 

 わあおっ、だめだこりゃ、どうしようこれ。

 誠意が通じる活路が見出せない。けれど我が目が映し続けるのは、フローリングの継ぎ目だけである。アルダン様のお姿は畏怖が凄まじすぎて、とてもとてもですがその御尊顔を拝見するにはステータスが足りませぬ。なのでカイトくんは依然として懸命に、額を削って床を磨く作業を続けますね。あ、ほこりみっけ。

 

「…………はぁ」

「な、なに?」

 

 諦観のため息を聞きつけて、話を畳むためにもこの機は逃せないと悟った。床磨きを続けている暇などなく、真っすぐにアルダンの顔を見上げて見つめた。

 

「ずっと昔から……私だけのカイトだったのに」

「今もそうだろ」

「…………どの口で、そんなに()れることができるの」

「はい。スミマセンでした」

 

 言い訳の罷り通らない惨状にした張本人こそエイヴィヒカイトそのものだ。自分でもよくこんなふざけた発言出来たなと感心してしまう。

 地を這う土下座から地へ膝を付ける正座へと切り替わったが、状況はちっとも変わってなどいない。形成が悪いままなカイトは、どうにも平謝り以外の選択肢が少なすぎた。情けないなとは思うが、変に取り繕うのもかえって滑稽である。やっぱり平服の態度を維持するのが、この場を生き残る唯一無二も冴えた手段らしい。

 

「幼い頃から仲が良かったもの。時間を埋め合わせるように仲良くなるのは…………しかたないのかしら」

「…………そ、そうそう! たぶんそうなんですよっ!!」

「……相手がドーベルなら、一度や二度の浮気くらい……………………許さないけれど」

 

 そりゃそうだ。仲良くなるにも限度は存在する訳で、姉弟くらいの仲ならともかく、男女の仲となれば話は別方向へとマッスグマ。これで許しますって言われるほうが逆に恐ろしすぎて笑えてしまう。

 

「……さて」

「っ……」

「ドーベルの件はまた今度。……今は、カイトの処遇かしら」

「…………しょっ、ぐう……です、か……?」

 

 未来は自分で切り開くものとは、よく聞く常套句だ。けれどもおかしな話ですが、そも未来を選ぶ権利が自分の手中に存在しない件について話し合いたい。急ぎ、その振り翳さんとするカイトの未来権や生存権や思想権等を手放しなさい。支配からの解放を望む心は、きっと希代の革命児と瓜二つ。

 

「デートをブッキングさせたこと」

 

 はいはいやめやめ。抵抗も革命の心も一気に手放そう。うん、ぐうの音も出ませんねこれは。

 

「……まだ怒ってるかぁ……」

「は? ――――あら、あらあらあらあらあ、ららららああら」

「ひっ」

 

 言語機能が壊れちゃった。壊れかけのレディオだってもっと鮮明に日本語を喋る。きっとアルダンの脳は破壊されてしまったのでしょう。オイバカ誰だよこんな風にしたのは。

 

「三人も侍らそうとしていたなんて、随分と気の多いことをして」

「ごめん。ごめんなさい」

「自分が許されるって、、っ……ふ、ふふふふ――まさか、本気で?????????」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 エイヴィヒカイトも壊れちゃったぁ。あ、そうかそうか、ここにはぶっ壊れた感性の持ち主しかいないのだ。でなければ三人と同時にデートなどの無謀へ挑まないし、手錠で互いを繋いで一ヵ月弱も過ごそうとは考えない。

 異常性しかないこの空間では、むしろそれこそが常識へと成り代わる。平和とは無縁だぜ。

 

「謝罪と後悔なんて今更遅いの……………………私を優先しなかったくせに」

 

 ちょっとの拗ね顔が、心へと多大なる栄養を齎してくれる。それ以上の畏怖と圧倒的なプレッシャーが、この後への不安を際限なく煽り立てる。一つちなんでおくと、既にある程度の折檻は為されている。ある程度がどの程度なのかは、大いなる個人差が存在しているが、ある程度とはある程度だ。以下でも以上でもなく、たかだか三週間ぽっちの期間のみ、外へ出なかっただけに過ぎない。

 やっとの思いで脱した軟禁ウィーク。しかし再びの再来が予期される気がする。え、マジです? 

 

「いっそのこと記憶でも……――――本当の意味で、私のモノに……?」

「心がも゛ったいだいっ!!!!」

 

 毎度毎度と廃人になりかける……!! 学習能力5のバカもいるのに!!!!

 勇気ある数秒を生み出す勇気も持てぬまま、表情だけで批判を送ろうとも無反応。リセットされちゃうんですか。もう一度、ゼロからやり直せってことなんでしょうか。

 

「…………カイトは、ドーベルのことどう思ってるの?」

 

 やたらと唐突で曖昧な問いに、一瞬だけ反応に遅れる。

 

「ど、どうって……家族でしょ、ベルちゃんは」

「好き?」

「好き」

 

 ――グオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォン………………!!!!

 あっ、殺気。暴走の咆哮が聞こえた気がする。恐らくは一も二もなく即答したのがまずかったと、流石にそのくらいの分別は判別できるのだ。行動に現れるかどうかは、さて、この話は一旦横に置かせてもらおうか。

 

「かかかかっかっっあっぁぁかか、かかぞくっっ、はっ、わわわわ、みみっ、みみみんなっすきっ、だししし」

「……それだけ?」

「っ? ……果たして、な、なにを疑問に……?」

「…………」

 

 そうしてため息一つをこぼし、呆れた視線をぶつけてそれきり。可愛らしくそっぽを向いて、これ以上は何も言わないという姿勢を示してしまう。

 

「……矯正……縛り付けて…………体に…………人格を……」

「あるだんさーん?」

 

 あらやだ怖い。何が怖いかって、漏れてくる単語の意味の悉くを大方理解できちゃうからもっと怖い。メジロ家なら不可能じゃないんじゃないかと思えちゃうのが、もっと殊更に怖い。

 

「…………ねえ、カイト」

「はい」

「足りない?」

「はい?」

 

 お仕置きの話なら十二分を通り越して、圧倒的な許容過多で受け取ったりしてますが。

 ――まあ、言いたいことはそれじゃあないのだろう。

 

「私だけでは、足りませんか?」

「満ち足りてる」

 

 これにも即答だ。一もなく二もなく、自分は今満たされている。

 だって愛されている実感だらけの毎日が、こんなにも幸せだ。甘く、切なく、暖かい日々を送れている奇跡が、こんなにも身近にあるのは、生きてきたこれまでと比べて圧倒的に心地よくて、離れ難くて。

 満ちてこそすれども欠けているだなんて。

 

「本当に?」

「……母さんにいつでも会える。マックイーン達とも気兼ねないティータイムを過ごせる。級友と何の陰りもなく笑ってしゃべれる。アルダンと、一緒の時間を共有できる」

「……」

 

 ――心底から焦がれた理想とは違うかもしれない。けれど現時点での最善と最良を混ぜ込んだ、現在の最高が今この瞬間なのだ。

 喜びこそすれ。

 

「なんつーか、言うことなしの毎日だ」

「……本当に?」

「本当に。今以上を望もうにも、想像すら難しいくらいに俺は――」

「ほんとうに、何も、望んでいないの?」

 

 強いて言うなら、一つ。

 有ったような、無かったような。

 

「――もちろん。今が一番幸せだとも」

 

 いつの日か捨て去った、醜悪で悍ましい欲。

 でももう捨て去ったから、これ以上は欲さない。

 もらえる愛情は、いま貰えている分で満足できるから。

 

 

 ――――例えば、ここに綺麗な水晶があったとしよう。

 

「……だめだろ」

 

 始まりは不慮の事故だとして、決定的なまでにズタズタに傷を刻み込んでしまったとする。

 それを最初の頃は、申し訳ない思いで一杯だった。きっとその水晶は、傷がなければもっと多くの人々を魅了する。傷が有ってもそうだったのだから、無ければそれはもう大勢を喜ばせたことだろう。そして、原産地からしてその水晶は、そういった期待が多くと寄せられていたのだ。だから傷をつけた張本人は、ひどく自分を責めた。

 値がつけられない宝石をこの手で貶めてしまったと、後悔のままに生きていく。

 

「…………ありえない」

 

 だから手を伸ばそうとはしなかった。触れるなどもっての外、手中に収めるなどと烏滸がましく、手の届かないソレを見ないフリをして――――ソレが、手元へ転がり込んでくるなどと、思いもよらなくて。

 傷を刻んで以来に触れたソレに抱いたのは、やはり美しいという、陳腐でありながらもそれ以外が相応しくない感想。それと、一つの欲望。

 

「いまで満足しとけよ、バカ」

 

 ――ぶっ壊したい。

 価値のない自分と同等へ貶めるなら、汚すだけでいい。

 だがそれだけでは満たされない空白も、残念ながらあった。

 そこに相応の心を埋めるには、どうしても、完膚なきまでに、その水晶を粉々にするしかなかったのだ。きっとこの歪み切った空白は、砕けて歪んだ水晶でないとうまく嵌らない。醜くて、貪欲な空白だ。

 生まれ持ちながらもこれまでは表に出なかった形か、捻くれた成長を育むと同時に形成された歪か。

 

「……っ」

 

 こわれたすがたがみたい。

 泣きつくした顔。嗚咽のあまりに吐き気をえづくと嬉しい。

 恐怖に歪む顔。痛くはさせたくないが、歯の根が合わないほどには怯える様子が欲しい。

 喪失に戸惑う虚無。そういえば最期の挨拶を交わした瞬間の悲痛さは、なるほど今思えば何物にも代えがたい甘美である。写真に撮って額縁で飾りたくはあった。

 そして、自我を乏しく、己の存在を他へと預けるほどの依存。これは見れたのなら、想像しただけでたまらない。矛先が自分だと仮定すれば、口角が上機嫌を描いて仕方ないのだ。

 彼女は大事だ。とても、とてもとても大事だ。

 でも、どうしても、唾棄すべき醜さを善しとする己自身が、底の底から求めている。

 大事なものであるほど、存分に壊してみたい。

 ボロ雑巾のように憔悴しきった姿が見たい。裏切られて救われて、すぐさま裏切られて、泣き腫らして縋り付く感情を、目の前で撫ぜてやりたい。そんな感情のジェットコースターを間近で堪能したいから、そのためなら見知らぬ相手と関係を結び、その様を見せつけるのも断然アリ。肉体的な痛みよりも、心を犯す悲痛だけを注いで、支配の限りを尽くして、一生涯をこの手で弄んで。彼女の魅力を、ただ一人自分以外には理解できないよう、壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊してこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてころしてこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてこわしてころしてこわしてこわしてこわして――――――――――――――――ッッッッッッッッッ!!!!!!!!!

 

「――――あほくさ」

 

 息の詰まった想像を、たった一言に乗せて霧散させた。

 妄言妄想もここまでだ。何せアルダンには、淑やかで嫋やかな幸せ色の笑みが似合う。それを知っているのだから、まったくもって無意味で無駄な思考を回していたものだ。

 

「うん。やっぱり大丈夫だ」

 

 そんな確かめるまでもない確信を、わざわざ再確認して、アルダンに抱き着かれながら眠りにつく。

 自分はやはり、満たされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その ハズだ




・バカ
 なんかやべーやつになってた。何故だ。
 嫉妬を煽る行動の内、二割が抑圧された無意識で選んだ選択肢だったのダ―。あと八割は、うん、まあ、そんな感じで察せる(A,バカだから)。
 一度でもタガが外れれば際限なく行き着くとこまで行くから、頑張って自分を抑えてるよ。でも愛情欲しがりだからたった一人の感情を独占したがってるよ。そんな独占欲がサイコな部分を刺激してるよ。でも一度でもタガが外れれば際限なく――以下のループがバカの中で渦巻くぅ……。
 好意に対してめっぽう弱くてイエスマンな姿勢は、虚無ってる己の厄介な部分を、元々強めだった承認欲求で埋めようとしたのも大きな理由だったり。結果的に女性に弱々なクズ野郎の一丁上がり。あ、もしかしてバカじゃん?
 ちなみに、実は、なんとビックリこの主人公には嗜虐趣味のケがあります。意外な真実であれ。
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