獄炎爺がシバいてくる 作:矢マン元
人外というのは、種族問わず人間という種族を大なり小なり、下に見ている節がある。
これは、傲慢であるとかそういう面も確かにあるだろう。
だがしかし、純然たる事実というものもあるのだ。
例えば、純粋な人間は、腕力やらあらゆる身体能力に於いて下級に類する人外が相手であろうとも勝る事は殆ど無い。それこそ、特別な力や、技能を体得していたりしなければ不可能な事。
他にも、肉体強度や魔力などの有無。
色々と連ねてはみたが、成程と納得できる理由もまたあるというもの。
*
寛治自身、悪魔や堕天使などの人外に対する嫌悪感のような物は特にない。後者に関しては襲われたにもかかわらず、だ。
彼の中に箱推しならぬ、
つまり何を言いたいのかといえば、突然現れた
オカルト研究部の面々が揃って、さあリアスが今回の要件を話そう、としたところで横やりがやって来た。
件の彼女の婚約者、ライザー・フェニックスである。
中々派手な登場だった。フェニックスの名の通り、炎を巻き上げ現れたその姿は、成程上級悪魔として自負を持って然るべきの実力が垣間見える。
一応、後輩として部員として、ある程度は役に立とうと考えていた寛治だったが、ライザーを見てその目を細めるとカップとソーサーを手に端の方へと移ってしまっていた。
自然と、グレイフィアと並ぶような格好となる。因みに、彼女の手には紅茶の入ったポットが。
血の気も多く、猪突猛進の気があり、まだまだ自分と相手の力量差というものをハッキリとは認識できない一誠が噛み付き、そしてライザーの小柄な眷属の少女に転がされた。
単純な実力差、ではなく一方的な一誠の油断のせいだ。相手が女性で尚且つ、幼げであったことから妙な加減をしてしまっていた。
「あー。ありゃ、ダメだ。あの辺りは、治していかないと」
「貴方は落ち着いていますね、山本様」
「まあ」
注がれたお代わりの紅茶を啜りながら、寛治には緊張の欠片も見受けられなかった。
少なくとも、彼から見て今回の来訪者は脅威足りえない。
先の一誠の実力差、ではない。いや、それもあるかもしれないが、もっと根本的な部分だ。
即ち、純粋な能力の相性。
「――――あれ位の火力なら、怖くないっすね」
もっと強く、激しく、それでいて一切の容赦がない炎を、彼はよく知っていた。これは、傲慢とかそういう事ではなく、純然たる事実。
だがその一方で、彼の発言は微妙に響いてしまっていた。というか、運悪く会話の途切れ目であったからか余計に。
「ほう、言ってくれるじゃないか」
当然というべきか、ライザーが噛み付いてくる。その目にたっぷりと侮蔑を湛えて。
「人間風情が。場違いだとは思わないのか?」
「そういう貴方は、随分と余裕が無いみたいですけどね」
「なに?」
カップとソーサーを持ったまま、寛治は背を預けていた壁から離れ、真っすぐにライザーを見返す。
「そうやって、相手を下に見ないと安心できないのでは?今日来たのだって、先輩が自分に振り向かないからでしょう?」
「ふんっ、リアスは婚約者だ。であるなら、こうして足を運んでも――――」
「その婚約者に好かれちゃいねぇ、と言ってんですよ」
バッサリ。それこそ、室内の空気が完全に死ぬレベルで、容赦の無い一言がライザーへと突き刺さる。
面食らったように顔をしたライザー。だが、彼の言葉が耳を介して脳へと至り、そしてその中身を理解した瞬間、ゆっくりと座っていたソファより立ち上がっていた。
一つ補足をすると、寛治は別にリアスに対して、恋愛感情を抱いている訳では無い。
しかしそれが、個人の、女性としての幸せを願わない事には繋がらない。自分が幸せにする、だとかの感情は別として。
そして、現状彼の目から見て、リアスがライザーの下へと嫁げば、
寛治としては、喧嘩を売る意図はない。元より、そんなつもりもない。ただ、思った事をそのまま言っているだけ。
だからこそ、質が悪いのだが。
「随分な口の利き方だなぁ?人間風情が。よくもまあ、この俺をそこまで虚仮にできるもんだ」
「虚仮?別段、アンタを馬鹿にしてる訳じゃねぇっすよ。ただ、事実を言ってるだけじゃないっすか」
真正面から睨み合う、というよりは一方的にライザーが寛治を睨みつける構図。強いて挙げれば、寛治の手に未だにカップとソーサーは置かれている事がシュールな位で、かなり緊迫している。
ライザーの魔力が渦巻き、ソレは炎となってチリチリと辺りを焦がしているような、そんな気分にさせる。
一方で相対する寛治といえば、無意識のうちにその身に宿った霊力が漏れ出して圧となり始めていた。
一定水準以上の霊力を持つ者が発する圧力、霊圧。それが今、寛治より発せられている。
ズシリ、と腹の底に響くような重い威圧感。無意識的な物の為、指向性を持たせられなかったからか、ライザーだけでなく部室中にその威圧感が振り撒かれてしまっているのはご愛敬。
『ッ……!』
大なり小なり、部室に居る者は総じて息を呑む。それは当然ながら、ライザーもだ。
高々、人間。度の過ぎた不調法者に灸を据えるような、そんな感覚だった。勿論、寛治の発言にプライドを逆撫でされたからというのもある。
だからこそ、驚く。一端の矜持のお陰で引き下がる事こそ無かったが、しかしまるで底の見えない井戸でも覗いたかのような、そんな底知れなさを味わい自然と頬に汗が伝う。
緊張感が高まっていく中、しかし例外は何処にでもある。
「――――そこまでです、お二人とも。お戯れが過ぎますよ」
手刀を切って二人の間に割り込むグレイフィア。
彼女は例外だ。その実力と経験から、
そもそも、指向性の一つを持たせるどころか、半ば無意識に発している威圧だ。
気が逸れたからか、寛治の威圧が消える。無論、先程までの威圧の余韻は残っているし、事実が消える事も無い。
しかし、小休止だ。
恨みがましそうに睨みつけてくるライザーだが、今回は喧嘩をしに来たわけではない。得体のしれない人間に加えて、グレイフィアまでいるこの場で暴れるような愚は犯さない。
離れるライザー。その背中から目を離さない寛治だが、不意にその袖口が引かれる。
「ん?塔城」
「……」
一緒に居る事がここ最近はいつも通りな、白い少女。その黄金の瞳が見上げてきていた。
「どうしたよ」
「……」
「おーい?」
背の違いもあり、覗き込む寛治だがしかし小猫は何もしゃべらない。
それどころか、人目を憚る事無く彼の胸元に縋りつくように抱き着いてくる。
これには流石に、寛治も面食らう。目を見開いて持ち上げた両手は行き場を失って固まり、にっちもさっちもいかなくなる。
小猫の見た事が無い、寛治。
甘いものを食べている時とも、勉強している時とも、朝挨拶する時とも、違う。
別人。少なくとも威圧感を発する寛治は、小猫の知る寛治ではなかった。
その姿が、過去の記憶とダブってしまった。
忌まわしい、半ばトラウマとなっている記憶だ。
もちろん、それは既に過去の出来事。寛治が、小猫の記憶にある誰かと同じ末路を辿る可能性が無い訳ではない、がしかし取り越し苦労である可能性も決して捨てきれない。
それでも、小猫は嫌だった。その不安が取り越し苦労でも何であっても。
一方で、リアスとライザーの間に流れる空気は、今まで以上に冷めきっていた。
「得体のしれないものを、傍に置くのはどうかと思うが?」
「それは、貴方が突っかかったからでしょう、ライザー。山本君を爆弾みたいな言い方しないでほしいわね」
「事実だろう?俺は君を心配して――――」
「貴方の箔付けに必要だから、かしら」
席を立ったリアスの目が、真っすぐにライザーへと向けられる。
「貴方が
「悪魔社会の未来の為だ。貴族として当然の責務だろう?」
「だからといって、私は愛の無い結婚をしたいとは思わないわ」
「はぁ……少しは大人になったらどうなんだ、リアス」
「自分を押し殺す事が大人なら、私はまだまだ子供で良いわ。とにかく、婚約の件は一度白紙に戻しましょう?今度は、
常ならば、もう少し感情的な話をしそうなリアスだが、ついさっき寛治からの流れ威圧を受けたせいか、その頭はかなり冷静だった。
その上で、
貴族の子女としては間違っているのかもしれない。だが、その
何より、この場にはリアスの味方が居る。
眷属たちだけでなく、ライザーに真正面から喧嘩を売った後輩。メイドであると同時に、義姉でもあるグレイフィア。
少なくとも、この場での力関係は、彼女に分がある。
一方で、ライザーはといえば、激昂する……事も無くその目を細めて真っすぐにリアスを見返していた。
悪魔の男として、欲望に忠実な節のある彼は男の夢と野望と欲望をこれでもかと詰め込んだハーレムを眷属で築いている。
そして、今回の婚約。箔付けの他にも、周りにいるハーレムとはまた違ったタイプが欲しかったからこそ了承した節がある。
グレモリー家のリアス。箔付けの為の婚約。
だが、
「――――イイ女になったじゃないか、リアス」
不敵に笑みを浮かべたライザーは、その目に欲の炎を灯らせた。
それは、純愛でもなければ、そもそも“愛”と形容する事すらも憚られるようなドロリとした黒い代物。
綺麗な物を、汚したい。言い表すのならば、汚辱だろうか。
とんでもねぇ変態である。先程まで、威圧してきた人間と正面切って睨み合いを演じていたとは思えない性癖の拗らせっぷり。
とはいえ、この場では手を出せない。現状のライザーではグレイフィアに勝てないだろうし、
一先ずこの場では、矛を収めた。ついでに、どんな手を使ったのか、改めて二人の婚約に関しての話し合いが両家当主並びにその奥方。それから当人らを交えて行われる事になる。
それがまた別の問題を運んで来るのだが、彼ら彼女らは、まだ知らない。