獄炎爺がシバいてくる 作:矢マン元
自分がどれだけ強いのか。その把握というのは、非常に大切だ。
特に、戦闘というシビアな局面に立たねばならない者ならば、自分自身の実力を正確に把握する事は相手を知ると同じく、或いはそれ以上に大切な事かもしれない。
何故こんな事を連ねるのかといえば、
「――――まあ、こんなもんか」
彼のようなタイプが居るから。
拳を握った寛治の前には、粉々に砕け散って瓦礫の山と化して粉塵を舞わせる巨岩の残骸が積み重なっている。
そして、その光景を見た者たちは揃って驚きの表情を浮かべていた。
場所は山中。何故こんな流れとなったのか。
発端はしばらく前へと遡る。
*
その日もいつもと同じような日だった。少し前に、リアスの婚約者()がやって来たりしてごたごたしていたが後を引く事は無かったから。
強いて挙げれば、小猫がちょろちょろと寛治の後をついて回る頻度が増えた位か。
どうにもあの日、彼の姿が過去の記憶とダブってしまったからか
特筆すべきことは、それ位。
「ねっむ……」
ソファに腰掛けた寛治は大きく伸びをした。
いつも通り夢の中でシバかれて、4、5回は燃やされて塵にされたところで目が覚めた。最悪の目覚めなのはいつも通り。
違うのは、
「眠りますか?」
「……いや、大丈夫だ。ありがとな」
隣に座る小猫が、ポンポンと自分の太もも辺りを叩いてくる事か。
寛治としても別に、好意を無碍にしたい訳ではない。無いのだが、彼の夢の中の鍛錬は現実世界にも大なり小なりの影響を齎している場合があるのだ。その最たる例は、包帯をグルグル巻きにした両手。
回道をある程度ものにしたとはいえ、それでも火傷の絶えない皮膚は見た目が悪い。戦闘続行に支障が無い程度にしか治さない事も一因ではあるだろう。
そんな怪我を負うのだ。しかも、寝ている時に。そして彼は、自分が寝ている時に現実世界でどんなことが起きているのかを知らない。
小猫の申し出を断るのも、彼女を慮っての事。仮に火傷などさせてしまった暁には、首を括りたくなってしまうかもしれない。
そんな傍から見れば、非リアは吐血してしまいそうな光景。某変態先輩など血涙流しそうなほどに唇を噛み、それから二大お姉さま見てその鼻の下をだらしなく伸ばし、そして最近加入した聖女が自身の胸元を気にするまでがワンセットだったりする。
新入りの聖女、アーシア・アルジェント。揺れる金糸に翡翠のような瞳を持つ、心優しい
アーシアは、優しい。それはもう、寛治の包帯に巻かれた両手を見て悲壮な顔をする程度には。
「山本君、両手は大丈夫ですか?痛かったら直ぐに言ってくださいね?」
「大丈夫っスよ、アルジェント先輩。まあ、有りがたいっすけどね。俺の手に負えなくなったら、その時はお願いします」
彼女は神器を保有している。珍しい回復系の神器であり、これを狙った堕天使に捕らえられていたのだが、紆余曲折を経て一誠に救われた。
因みに、この怪我のやり取りは数度目。どうしても彼女は、後輩である彼や小猫が気になってしまうらしい。
いつも通りだ。いつも通り、終わる筈だった。
「……みんな、少し話を聞いてもらえるかしら」
切り出したのは、リアス。この日の彼女は、どうにも暗かったのだが、周りがおいそれと突っ込むわけにもいかず、本人が踏み込んでくるまで待つというのが話し合う事なく決まった事だったりする。
「その……私の婚約の件よ」
「そういえば、リアスはこの前冥界に戻っていましたものね」
「ええ、その時に両家の当主と私たち、当事者含めて話し合いの場が設けられたの。そこで、ね」
ため息を吐いたリアスの前に紅茶のカップが置かれた。それで一度唇を湿らせて、再度彼女は口を開く。
「私の兄は、恋愛結婚なの。もう子供、私から見て甥も居るわ。つまり跡継ぎ問題は一応解決策があるのよね。でも、悪魔社会には別の問題もあるのよ」
「悪魔の出生率の低さ、ですわね。だからこその、悪魔の駒ですし」
「ええ。悪魔は子供が出来難いわ。その長い寿命に反して、ね。だからこそ、早い段階で婚約者を付ける事は貴族の家としては珍しくないの。そして、婚約者として名の上がったライザーは、フェニックス家の三男。この家は、貴族の家柄の中でも珍しく多産なの。だからこそ、選ばれた、というのもあるかもしれないわね」
下世話な話ではあるが、現状の悪魔勢力に於いて、多産でもあるフェニックス家の血は結構魅力的な物だったりする。あわよくば、その恩恵にあずかろうと考える。
決して、良縁とは言えない。言えないが、しかし子がなせるのならば、その部分にも目を瞑る。
それほどまでに、彼らは困窮していた。因みに、悪魔の他の陣営もまた同じく勢力の疲弊が酷く、その数を減らしている為、補充は急務であったり。ついでに、悪魔陣営が老害の処理が出来ない一因でもある。
「本題よ。私は、この婚約を無しにしたかった。少なくとも、成人をするまでは自由で居たかったから。問題は、私にその我儘を通せるだけの
「功績?」
「私の兄は、先の大戦でもその力で大きな活躍をしたと聞いているわ。それこそ、他勢力にも名を知られるぐらい。だからこそ、
「それじゃあ、どうするんですか。部長はその話をしに行ったんじゃ?」
「ええ、行ったわ。そこで、一度だけチャンスを貰ったの」
その過程もかなり四苦八苦、言い方を変えるなら面倒な道があったのだが、割愛。リアスも、その道すがらを語って同情が欲しい訳では無いから。
「チャンス?」
「非公式のレーティングゲームよ。勝手に決められたとはいえ、貴族としての婚約の破棄は簡単じゃないの。メンツや柵があるもの。私がどれだけ声高に嫌だと駄々をこねても変わらないわ。ただ、今回のゲームに関しては両家で話し合って決めた事。非公式なのは、この勝敗が婚約の中身に直結しているからよ」
淡々と語りながらも、リアスは内心の苦みを堪えていた。
グレモリーの家に生まれ、特殊な魔力を宿した彼女だが、しかしその発言力は決して大きくはない。寧ろ小さい方だろう。
どちらかというと直情型で、綿密な策を弄して詰将棋のように盤面を操作するよりも、恵まれた魔力などを利用した力押しの方が得意。
当然ながら、政治を長年生きてきた当主を相手に、話術でどうこう出来るようなスキルも無かった。
故に、最後の手段に縋るほかない。冷静に見て、勝ち目は五分も無いとしても。
「ゲームは凡そ二週間後。お願い、貴方達の力を貸してちょうだい」
頼み込むリアスに、否を唱える眷属は居ない。彼ら彼女らは大なり小なり、リアスを慕っているし、その辺りは彼女の人徳といった所だろう。
問題は、
「山本君」
「はい?」
「ライザーが打診してきたのよ。貴方はゲームに出ないのか、って。勿論、断ってくれても大丈夫よ」
「レーティングゲームって、悪魔の駒のゲームっすよね?人間が出ても良いんですか?」
「私の眷属には、まだ空きがあるの。その空いている駒を貴方に当てはめる形になるわね。勿論、悪魔への転生は無しよ。私も、無理矢理貴方を悪魔にしようだなんて思わないもの」
リアスとしては、手札が多い方が良い為、是非とも寛治には参戦してほしいところだろう。だが、そんな気持ちをグッと抑えて、彼女は選択肢を提示する。
悪魔の問題だ。オカルト研究部に所属はすれども、寛治は人間。無理に悪魔の事情に介入する必要も無い。
一方で彼女の内心など知る由も無い寛治は、考える。
損得勘定で言えば、微妙なところ。悪魔の名門であるグレモリーにリアスを介して繋がりを持てる可能性もあるが、一人間がそんなパイプを持とうと持ち余すのが落ち。
では、感情面で言えばどうだろうか。
寛治は、オカルト研究部の面々が嫌いではない。寧ろ、一緒に居る分は揉め事も多そうだが面白いというのが正直なところ。
リアスに関しても、一個人として、そして先輩として敬愛の感情はある。ついでに、彼女の現状に同情もある。
要するに、
「良いっすよ」
彼は至極あっさりと頷いた。
政治的な面とか、そういう事は考えない。ただ、戦闘の経験値にはなるし、同時に自分の今の実力を測る試金石になるかもしれない、という下心もあったり。
そして、場面は冒頭へ。
*
凡そ二週間。この期間でのパワーアップを求められ、オカルト研究部の面々はグレモリーの所有する山中へとやって来ていた。
因みに、寛治が出席日数などを気にしたのだが、その辺りはリアスが手を回してくれた。ちゃんと一筆添えても居るので、留年などは
そうして、この合宿最初に行われたのが寛治の実力把握。
パンチ一発で巨岩を粉砕。この際に、彼は技を使っていない。
単純な膂力もさることながら、無意識下で流れる霊力が自然と体の保護に動くためにその破壊力に反して、寛治自身が拳を傷めるような事は先ずあり得なかったりする。
「……凄まじいわね」
「そっすかね?まあ、護身程度は出来るつもりなんで」
肩を竦める寛治だが、リアスは彼の評価を改めなければ、と内心で考え直していた。
明らかに余力がある。巨岩を粉砕する程度、まるで埃を払うように簡単だ、とでも言わんばかり。
そこで彼女が思い出したのは、寛治がオカルト研究部に籍を置く事になった時の事。
ここまでの力があるのなら、下級堕天使程度歯牙にもかけないだろう、と。
その一方で、寛治としては岩が豆腐でも殴り抜いたかのように粉砕された事に、少し感慨を抱いていたりする。
というのも、夢の中の老人は岩なんて目じゃないレベルで堅牢。頭は完全なお爺ちゃんであるというのに、その肉体は宛ら鍛え上げられた鋼にも勝る。前に殴らせてもらった時など、宇宙を背負ったものだ。
かくして始まる突貫工事のパワーアップ(仮)。実を結ぶかどうかは彼ら次第。
そして、本格的に