獄炎爺がシバいてくる 作:矢マン元
「俺の技?それを見たいって?」
「はい」
昼休憩の一幕。おにぎりを食べる寛治の隣で、同じくおにぎりを食べる小猫は話題提供のついでにそんな事を切り出していた。
人間だろうと悪魔だろうと、朝から晩まで飲まず食わず眠らずのぶっ通しで動き続けるなど不可能。こうして余暇の時間が無ければ、初日でぶっ壊れるのが関の山。
話を戻して、寛治はもう一齧りおにぎりを削って考える。
別に技を見せる事に抵抗はない。問題なのは、
超が付くほどの広範囲攻撃が可能なうえに、自分の体すらも容易に焼き焦がす炎の攻撃だ。こんな山の中で使えば、山火事どころか、ここら一帯全てが灰になりかねない。
諸々考えて、寛治の答えは、
「……ま、素手の分ぐらいなら良いぞ」
小猫も素手だしちょうど良いだろう。そんな発想で軽く決めた。
そんな会話があった昼休憩も終わり、向かったのは初日に寛治が岩を粉砕した場所。
「こいつで良いか」
ポンポンと寛治が叩いたのは、初日よりも更に二回りは大きな岩だった。
その上へと飛び上がって、岩の後ろ数百メートルに道や建造物などの有無も確認して、降りた寛治は改めて小猫へと向き直る。
「まず、塔城。俺は別に素手が専門じゃない。その辺りは予め理解しといてくれ」
「……あそこまで、私たちをボコボコにできるのに、ですか?」
「そりゃ、専門じゃなくとも戦える程度には鍛えてるからな。まあ、この辺りはどうでも良いだろ。本題は、俺の技ってのが、突き詰めれば単なる拳骨って事だな」
「拳骨?」
「要は、ぶん殴るって事だ。流麗な技だとか、相手に当てる為の技術だとか、そんなものは持ち合わせちゃいねぇ」
見てろ、と寛治は岩の前に立つ。
脱力した、立ち姿だ。ただ立つことには力が要らない。その言葉を、そのまま人の形に整えたかのような、そんな立ち姿。
そこから踏み込まれる右足。まるで、局地的な地震が起きたのでは、と錯覚するほどの震脚。そこから発生した力を限りなく削る事無く、腰を経て、肩を経て、突き出される右の縦拳。
「――――『一骨』」
その光景を前に、小猫はその目を大きく見開いた。同時に、初日の一発と、それからこれまでの手合わせはかなり手加減されていたのだと理解させられる。
岩が消えた。跡形も無く、木っ端みじん。更に岩を粉砕して余りあった破壊力が、そのまま見えない砲撃のように岩があった場所から更に向こう側へと響き渡っていったのだ。
振り抜いた拳を引き戻して、寛治は一つ息を吐く。
「まあ、こんな所だ。俺の体術の目標は、一撃必殺。そもそも、長引かせるような事は好きじゃねぇし、仕留められるなら一発で仕留めるようにしてる」
「……私も、出来ますか?」
「さあ、な。できるかどうかは知らねぇよ。でも、ある程度原理を教える位は出来る」
「お願いします」
「まず、この一発に重要なのは、脱力と緊張だ」
言いながら、寛治は右手を肩の高さまで持ち上げ、そして緩く拳を握ってみせる。
「握りは緩くていい。余分な力みは、攻撃に無駄を生む。立つときは、最低限の力。そうだな……頭のてっぺんから一本の紐に吊るされてるイメージ。重心は両足の間、で関節は流れるように動かせ」
「流れるように?」
「人の関節は、一種の衝撃吸収機構みたいな面がある。この関節が、力の流動を妨げるんだ。だから、なるべくロス無く、足で発生させたエネルギーを拳に伝える必要がある訳だ」
ゆっくりと動作を見せるように拳を振るう寛治を、小猫は目を皿のようにして舐めるように見つめる。
注視してみれば、頷ける。拳は突き出されて、対象にぶつかるであろう瞬間だけ強く握られ、後は緩いまま。
一から十までガッチガチに力を込めても、意味はない。寧ろ、余分な力は体のガタツキを生み、動きの阻害に繋がりかねない。
だからこその、脱力だ。
「まあ、最初からできるもんじゃねぇよ。インパクトの瞬間を見誤れば、握りの緩い拳で殴らなきゃならなくなる。威力が出ない上に、逆に手を傷めかねない」
「それじゃあ、どうすれば?」
「脱力の度合いを段階的に上げていくしかない。そもそも、大切だとは言ったが、慣れてないと脱力した体じゃ動く事すらままならねぇだろうからな」
立つことに力は要らないと述べたが、しかし動くこと全てを完全な脱力状態で行う事は、まず不可能だ。
だからこそ、
「良いか、塔城。力は、流動するものだ。効率よく動かす事で、消耗少なく相手を打倒することだってできる」
「強くなれますか?」
「それはお前次第だな」
見上げてくる小猫の頭を撫でまわしながら、寛治は言葉を紡ぐ。
「どれだけ強くなりたいと願って鍛えても、それが自分に合ってなければどうしたって伸び悩む。今にしてもそうだ。俺が師匠の真似事みたいなことをしちゃいるが、それが塔城。お前に合致しているかは分からない。だから塔城。視野は広く持てよ?」
小猫にはまだ、彼の言葉の意図は分からない。
ただ、自身のふわふわとした髪がかき混ぜられる感触だけは確かだった。
*
殺す気か。この二週間ほどが始まって、一誠は何度となくそう内心で叫んでいた。
「ほーら兵藤先輩。足が遅くなってますよー」
「あ、ちょ、待tアッーーー!?」
緩い口調とは真逆の鋭い蹴りが、風を切って一誠の尻を強かにぶっ叩く。
一抱え程もある岩を背負ってダッシュしているというのに、尻まで蹴られてしまえばすっころびそうなものだが、転んだ場合はもっと重いペナルティが待っている為、一誠は必死に耐えて、震える膝のままに駆け続ける。
ペナルティ。それは、最初に起きた。因みにその時は、岩を背負わずに走っていた。
速度が落ちてすっころんだ一誠は、全身に擦り傷を作りながら山中を転がり、漸く止まった、という所で後ろから追い立てていた寛治に
「ほらほら先輩ー。寝転がって休んでんじゃねぇですよ。もう三十分追加っすね」
嘲るでも心配するでもなく、淡々と告げられた追加メニュー。しかも、転べば転ぶほどにその時間は増えていき、合計で三回も転んだ時には二時間と言われた。
そもそもメニュー内容が鬼だ。山中を、只管走り続けるというもの。それも整備されていたり、獣道のように最低限行動可能な道ではなく、道なき道を寛治に追い立てられるがままに走らされる。それも、最高速度から僅かにでも緩めば尻に蹴りだ。
何より恐ろしいのが、どれだけ必死こいて走り回っても、このダッシュの終了時刻ジャストに元の出発地点に戻ってくる点。
そして戻れば、各種筋トレを最低千回。途中で止まってしまうと五百ずつ数字が上乗せされていき、体力が切れたとしてもアーシアの神器で損傷した筋肉は元に戻され、そこから始まるのは地獄の組手。
祐斗と小猫を交えて始まる神器含めた何でもありの組手。
文字通り、ボコボコにされた。
擦り傷、打撲、内臓損傷、骨折その他諸々。胃の中を吐きつくして、胃液が出た事も片手じゃ足りない。
地獄も地獄。唯一の救いは、寛治が手足を引き千切るような事はせず、加えて人がどの程度で完全に壊れるのかを把握していた点か。
でなければ今頃、三つの肉塊がこの場に転がる事になっていただろう。
「うっし、今回は転ばなかったっすね。感心感心。イイ感じっすよ、先輩」
「ひゅー……ひゅー……げほっ、み、水……」
「はいどうぞ」
差し出されたボトルを震える手で受け取り、一誠は中身を呷る。
出鱈目な事ばかりを強いているが、寛治は決して止めようとはしなかった。この点に関しては、リアスが苦言を呈そうとしても握り潰すレベルで周りを排している点からも分かるだろう。
(強ぇ……)
何度も面と向かって実感させられる現実。
自分の全力疾走に追走し、尚且つ全く同じ距離を時折一誠の尻を文字通り蹴り上げながら走ったというのに、寛治は殆ど息が切れていないのだ。
年齢で表せば、一年ほどしか変わらない。にも関わらず、その体に蓄積したあらゆる素養の密度の差を感じさせる。
そんな一誠からの一種の羨望のような感情を向けられているなど知る由も無い寛治は、ぶっ倒れたままの彼をアーシアへと預けて祐斗の元へと足を向けていた。
「んじゃ、兵藤先輩が復活するまでタイマンの手合わせをしましょうかね、木場先輩」
「ああ、宜しくお願いするよ」
魔剣を両手に構える祐斗に対して、寛治は素手だ。
神器『魔剣創造』オリジナルの魔剣には劣るが、様々な属性の魔剣を創り出す事が可能でその手札の多さはかなりのものとなる。
祐斗としても頼りにしている力だ。しかし、ここ数日間でその信頼も若干揺らぎかけていたりする。
理由は言わずもがな、目の前の後輩。
「多種多様な属性の魔剣。まあ、確かに凄いっすけど、
彼にとって得物とは攻撃の手段であると同時に、信を置く防具でもある。そして、得物を気にして立ち回らなければならないというのは本末転倒でもあった。
祐斗自身も、魔剣の脆さは知っている。手刀で叩き折られた事は無かったが。
とにかく、露呈した弱点。そこを補うために祐斗が導入した方法というのが、
「ほらほら、もっと創造のスピード上げないと、鎖骨叩き折りますよ」
「脅しが独特な上に、恐ろしい事を言うよね、君ッ!」
砕かれたそばから魔剣を創造し続けて、ひたすら物量で差を埋めるというもの。
振り切った魔剣が破壊された次の瞬間には、彼の手には更なる一振りが握られている。この繰り返し。
欲を言うならば、常に属性を付与して更に攪乱を狙うという方法もある、のだが如何せん魔剣を連続で創りながら、尚且つ相手を攻め続けるというのは正直神経を削る。
三分とかからずに、祐斗は汗だく。それでも剣を振るう腕を止めないのは、偏に目の前の後輩が先程の脅しを本気で行ってくるから。
事実、この組手が始まった、最初の頃に祐斗は手刀で鎖骨を叩き折られた。加減をされていた事で、粉砕されるような事こそ無かったが、しかし激痛には変わりない。
だから彼も必死だ。そう何度も、お菓子のように骨を折られてはかなわない。
鬼気迫る表情で向かってくる祐斗を前に、しかし寛治は何の感慨も抱いてはいなかったりする。
そもそも、彼にしてみれば現在三人に課している鍛錬は、どれもこれも確りと加減をした上で、その上有情だと考えているからだ。
件の老人ならば、そもそも口を利く余裕はおろか、余分な思考を挟む瞬間すらも死に直結しかねない鍛錬を課される。一瞬でも思考が逸れて体が動かなければ、焼き殺されるか、切り殺されるか、殴り殺される事だろう。
だから、彼は内心で考えていたりする。もっと厳しくても良いだろうか、と。
もしも、この内心を口に出せばまず間違いなく言われるだろう。
「「「鬼か/かな/ですか」」」