獄炎爺がシバいてくる 作:矢マン元
まだまだ早い朝の時間。夏が近づいてくる時期ではあるが、しかしこの時間帯の空気は湿ってそして冷たい。
その空気の中、兵藤一誠は走っていた。
一定のペースで、全力疾走ではないが、それでも息が切れる程度には速さを保って。
無事、と言うべきか、リアスの婚約は解消。ゲームに関しても
それぞれの胸の内に、苦みを残して。
「ッ!はぁ……!はぁ……!」
折り返し地点の公園に辿り着き、一誠は大きく息を吐く。
額を流れる汗をジャージの袖で拭って、空を見上げる。思い出すのは、件のレーティングゲームの日だ。
ライザーを追い込む事は出来た。それこそ、彼がフェニックスの涙を有していなかったならば、勝利を掴めていたかもしれないほどに。
だが、現実問題彼らは敗北しかけた。それを救ったのは、師匠ともいえる後輩。
彼は強かった。あれほど強いライザーをほぼ一方的に叩き伏せ、その上当人は何処からどこまでが本気であったのか底が分からない有様。
術の精度、体捌き、あらゆる要素が現状のグレモリー眷属よりも上。
何より、最後に見せた爆炎を吐き出す刀。
アレはヤバい。まだまだ素人に毛が生えた程度の経験しかない一誠をして、一目見ただけでも全身の産毛が逆立って鳥肌が立ってしまうほどの存在感があった。
それから、ライザーの在り方。
初対面の印象からして、あまり宜しくない。一誠の目指すハーレムを構築した上で、
だがしかし、あの戦いとも呼べないかもしれない一方的な戦況で、その矜持によって最後まで折れなかったその姿は、感じ入るものがあった。
一誠もまた、王を目指す。その根底にあるのは、男の夢ハーレムの実現。
人によっては笑われる事だろう。蔑まれるかもしれないし、白い目で見られるかもしれない。
だがしかし、欲望に忠実な事は、実に悪魔らしいのではないだろうか。
例えそれがエロ根性だろうと、不純な感情による発露だろうと、強くなるためのモチベーションが高いという事なのだから。
そのモチベーションの為にここに居る。
「おはようございます、先輩」
「おう、おはよう山本。今日も頼むな」
公園にやって来たのは、ジャージに身を包み、包帯に包まれた右手を挙げた寛治だ。
あの凡そ二週間で死ぬほど扱かれた相手に、師事する。それは、見る人が見れば自殺志願にも、或いはドMであると声高に宣言しているようにも見えるかもしれない。
その一方で、師事される当人、山本寛治自身はといえば当初はそこまで乗り気ではなかった。
再三、当人も自覚している事ではあるが、彼自身優れた指導者という訳では無い。その道の天才がイコールとして、優れた導き手ではないように。
それでも良い。そう言われて、渋々彼は引き受けた。そして、引き受けたからには約束を破るような事はしない。
「とりあえず、神器は無しで。俺は、隠す系の結界張れないんで」
「おう、分かってる」
「んじゃ、始めていきましょう」
言葉は少なく。一誠が正面から挑み、ソレを寛治が迎え撃つ形だ。
戦闘のド素人である彼は、付け加えて才能に劣る。
スポーツなどと同じく、戦いにおいても才能というのは実に大切だ。いや、努力の方が大切だろう、と言う人も居る。
だがしかし、
その努力は経験となって、決して無駄にならないのかもしれない。しかし、きちんと実を結ぶかどうかはまた別問題。
努力とは、決して綺麗な物ではない。湖面を優雅に滑る水鳥が、水中では忙しなく足を動かしているように。
この努力を綺麗な物として昇華させるのが、才能だ。
努力と言う不定形に確りとした形を与えて、成果という形で表に吐き出す。それが才能。
「腕を振り回さない。必要以上の大振りは必要ないっす。寧ろ、ソレは完全なロス。先輩の神器は力を倍加し続ける、なんて便利なもんですけど、現状限界がある。倍加が増せば体への負担も大きい。ロスは少ないに越したことはねぇんですよ」
「く、そっ……!」
左右の連撃が、緩い左手の手刀一本で捌かれる。
神器は使っていない。一誠の戦闘スタイルは、左腕を基本的に防御に用いた両手による体術。意外、という訳では無いが、あまり足は使わない。これは、寛治からの指摘で、下半身を鍛えていない一誠が足技に拘ると隙を晒すだけになる、と言われたから。
事実、一誠は両腕を振り回すだけで精いっぱいだ。その両腕にしたって簡単に寛治に払われているのだから思う所がある。
一方で寛治もまたこの状況を持て余していた。
彼の体術、白打は個人差が大きい。
例えば、肉体のしなやかさを存分に活かして鞭のような蹴りを放ったり、或いは速度で相手を潰す。
例えば、一撃必殺。肉体を石、或いは岩のように固めて放つ。
寛治の場合は、言わずもがな後者だ。しかし、その打撃は決して力一辺倒の脳筋染みたものではない。
小猫に合宿の折に語った様に、タイミングと筋肉の緊張と脱力が重要になってくる。
完全に、感覚の話だ。そして、寛治はこの己の感覚を正確に言葉にして、尚且つ相手に理解させるだけの語彙を持ち合わせてはいなかった。
「んー……何というか、先輩は選択肢を持たない方が良いタイプっすよね」
「ぜぇ……ぜぇ……そ、それって、良い、のか……?」
「良いか悪いか、で言えば良くはないっす。採れる選択肢が少ないって事は、イコール対応策をとられやすいって事なんですから」
「それじゃあ――――」
「でも、その一点を突き詰める事で、その対応策をぶち抜けば話は変わります」
肩で息をしている一誠を見下ろしながら、寛治は腕を下す。
「兵藤先輩の神器の売りは力押しです。譲渡の力がありますけど、それに関しては鼬の最後っ屁になりかねないっすよね」
「でも、ゲームでも使えただろ?」
「それは、相手が知らなかったからっすよ。知ってたら、譲渡と同時に先輩ぶちのめされてますからね」
「えっ!?な、何で――――」
「いや、先輩の場合は倍加してないと、クソ雑魚じゃないっすか」
「ぐふっ!」
「まあ、現状倍加しててもクソ雑魚ですけど」
「げはっ!?」
「俺なら、最初の十秒経つ前に潰せてますね」
「おぼっ!?」
言葉の刃三連撃に、一誠は胸を押さえて倒れた。
事実である。あるのだが、しかし真正面から言われてしまえば心のヒットポイントが減ってしまう。
一誠が泣きながらメンタルを抉られたのと時を同じくして、公園へと誰かがやって来る。
「おはよう、カンジ。イッセーはどうしたのかしら?また、貴方骨を折ったんじゃないでしょうね?」
「骨は折ってないっすよ。メンタルが折れかけたんじゃないっすかね」
「何したのよ……」
呆れたように息を吐くリアス。そして、彼女が乗ってきた自転車の荷台にクッションを巻いた即席の後部席から飛び降りるのはアーシアだ。
彼女らが来たのは、監督の為。と、それから一誠のやる気を復活させるためだ。
甲斐甲斐しく世話をしてくるアーシアと、それから男性垂涎ものの肢体をしたリアス。二人が居るだけで一誠は立ち上がれる。
「あっちも立ち上がってます?」
「お、おおおおお男の性だろ!?反応するだろ!普通!」
「生憎と、俺は覚えが無いっすね」
「……お前、本当に男か?」
「風呂にまで一緒に入って、その上、同じ部屋で寝泊まりした挙句、ボッコボコにされた相手である俺が女に見えるのなら、脳ミソ取り換えた方が良いっすよ」
「辛辣……!わ、悪かったよ……」
タジタジと引き下がる一誠。
ぶっちゃけ、寛治は女に見える要素は完全にゼロだ。切れ味鋭い目つきに艶があれども同時に硬い黒髪。そして、服の上からでも分かる鍛えられた体つき。
仮にメイクを施して女装させたとしても、そこに現れるのはケバい顔したスカート履いたゴリラが一匹である。
そんな朝の一幕。何気ない日常の一部。
波乱はもう少し、先の御話。