獄炎爺がシバいてくる 作:矢マン元
駒王学園。幼稚園から大学までの一貫校で、元々は女子高であったのが共学になった、という過去がある。
何故このような話をするのかと言えば、この進学校通常の共学の高校と比べても男女比率に偏りがあった。
具体的には、女子が多い。それも世間一般的に見目麗しいと言えるような、容姿の整った少女たちが多数在籍しているのだ。
そんな学園であるからか、不埒な事を考える輩というものは大なり小なり現れる。それを阻む学力の壁というものがあるのだが、時にエロ根性はあらゆる障害を薙ぎ倒す。
「よくやるな……」
窓枠に肘を乗せて、外を眺める寛治は呆れた様な雰囲気で見下ろして呟いた。
彼が見る先では、三人の男子生徒が女子剣道部やらを含めて目を三角にした少女たちに追い回されている所。
この三人、二年生であるが、既に一年生の面々にも周知されている問題児であったりする。
具体的には、覗きだとか、校内へのわいせつ物持ち込みだとか、大声で猥談だとか。とにもかくにもスケベにスケベを重ねた、ド変態として知られていた。
寛治としても、
それはそれとして、
「眠ぃ……」
ポカポカとした日差しに、自然と瞼が下りてくる。
チラリと時計を見れば、休み時間が終わる迄5分ほどある。寝るには足りず、かといってこのまま眠気を引っ張って授業を受ければ間違いなく居眠りしてしまうだろう。
どうした物か、と考えている内に瞼が下りてくる。
時間にすれば、1分も無いだろう。それでも、確かに彼の意識はそこで途切れたのだ。
「――――弛んでおるな」
それが失策。気付けば、寛治は夢の中の鍛錬場へと落ちていた。
「ゲッ、爺……」
「午睡に耽るなど、言語道断。弛んでおる」
「いや、でもな……」
「じゃが、ちょうど良い。お主はまだまだ半人前。ひよっこを扱く時間など、どれだけあっても足りぬからな」
老人が手に持った杖で床を突けば、その突いた忽ちの内に解けて一振りの刀が露となる。
ここまでくると、寛治がどれだけ言い募っても意味がない。
渋々、意識を集中すると、彼の左腰に老人と同じ刀が現れた。
「「万象一切灰燼と為せ――――流刃若火」」
同時に刀が鞘より引き抜かれ、響く解号。業火がそれぞれの刀身から勢いよく吹き上がった。
文字通りの火力と、出力に劣る寛治。彼が抗うには、どうすれば良いのか。
その答えの一つを、彼はこの10年で編み出していた。
「ふぅぅぅうううーーーーッ」
大きく息を吹き出しながら、右手に握った刀へと意識を集中。
猛り暴れ狂うように燃え上がる炎が、まるで巻き取られるようにして刀身、並びに右手一本へと渦を巻いて集中していく。
規模や破壊力、火力で勝てないのならば、どうするか。寛治が出した答えは、一点集中による火力の底上げ。
一点集中させるのだから、当然ながら攻撃範囲は格段に狭くなる。なるがしかし、その分破壊力は増す。
もっとも、
「――――まだまだ、温いわッ!!」
目の前の老人には、猿の浅知恵同然。
炎を収束しようとも、老人の炎は広げた状態で同等以上の破壊力を発揮する事が出来た。
瞬く間に業火の中へと飲み込まれ、フツリと意識は弾け飛ぶ。
「……」
完全に寛治の姿が燃え尽き消し飛んだことを確認して、老人は刀を鞘へと収めた。
年の頃としては、山本寛治という少年はかなり強いのかもしれない。事実、生半可な相手には傷一つ付けられることは無いだろう。
だが、ソレはソレ、コレはコレ。老人にしてみれば、半人前という評価もかなり甘めにつけているつもりだ。
足りないのは、圧倒的実戦経験。格上相手にも物怖じせず、気後れせず、怖気づく事無く戦う事が出来るが、しかしその逆に命懸けで向かってくるような相手と戦ったことは無い。
窮鼠猫を嚙む、とも言う。その後のネズミがどうなるかは想像に難くないが、しかし乾坤一擲で向かってくる相手は、格下であっても軽んじる事は出来ないもの。
幸いと言うべきか、相手には事欠かない。寛治の試練は、まだまだ続く。
*
(ひでー目にあった……)
内心でぼやきながら、寛治が思い出すのは昼間の事。
結局、老人に吹っ飛ばされて、意識が浮上したのは寝落ちして1分も経っていない時間だった。胡蝶の夢をリアルに体験したようなもの。
それからも、少し意識が落ちればその都度焼き殺される事13回。
寛治の寝過ぎを指摘するべきか、それとも夢の中の老人の鬼のようなしごきを指摘すべきか。
とにかく、今は放課後。別段部活動などにも参加していない寛治は、今日の夕飯の献立を考えながら帰路についていた。
(冷蔵庫には何があったか……もう、牛丼とかで良いか?いや、牛肉あったか?んじゃ、肉丼でいいや)
一般男子高校生よりは料理のできる寛治ではあるが、しかしだからといって自分の食にそれほど深い関心や拘りがある訳ではなかった。そも、暴飲暴食をしても太った事も病気になった事も無いのだから、食に気を配れと言われても、土台無理な話。
因みに、彼の作ろうと思っている肉丼は、玉ねぎを炒めてしんなりさせてから、甘辛い醤油ダレで煮込み、更にそこに肉を投入して煮込む超簡単なもの。それから、味噌汁と漬物。味に関してはつゆの出来上がり次第。
夕飯の当ても出来て軽やかに帰路を進む寛治の足。
だが、それは不意に止められた。
面倒くさそうに、彼は頭を掻き、そして徐に視線を空へ。
「……俺に、何か用事か?オッサン」
「――――ほう、気が付いたか」
数枚の黒い羽根が舞い、彼は寛治の前へと降り立った。
青年、と言うには歳のいったトレンチコートにハット姿の男。パッと見では落ち着きのある渋い大人と言った姿だろう。
だが、その背中に背負った黒い翼が、彼が人外であると声高に主張していた。
「その力、上手く隠しているようだが俺達の目を誤魔化す事は出来ん。
「レ……?とりあえず、やるってのか?」
「抵抗する事を、止めはせん。貴様が何をしようと、俺とお前には大きな力の差があるのだからな」
言うなり、男はその右手に光を圧縮させ、一振りの槍を携える。
男は、堕天使だ。天使が欲によって堕ちた姿。光を操る能力を基本としており、背には黒い翼を持ち、逆に天使の際に持っていた頭の輪を失っている種族だ。
その強みと言えば、やはり聖と魔の両方に適性を持つ点。
悪魔のように、光を弱点としない。天使のように、欲望などの誘惑を弱点としない。弱点の少なさは、そのまま自分の身の安全にもつながり、同時に採れる戦略の幅の広さにも繋がる。
堕天使ドーナシークが目の前の少年に目を付けたのは、本当に偶々の事だった。
彼らはとある計画の為に神器使いを手に掛けること数度。その数度の中に、寛治が引っ掛かってしまったのだ。
堕天使のみならず、人外と言うのは大なり小なり、人間という種族を下に見る節がある。今回もその例に漏れず、ドーナシークは目の前の少年を単なる少し特殊な力を持ち合わせた塵芥程度にしか認識していない。
その手に握る槍で貫いて、終わり。
一方で、寛治もまた相手が自分を舐め腐っている事には気が付いていた。
夢の中の老人は、彼の戦闘経験が浅い点を危惧していたが、だからといって相手の情報を読み取るような能力を持ち合わせていない訳ではない。
(危ないのは、あの槍か。ま、俺は人間だしな。腕なんて飛んだら、カニとかみたいに生えては来ねぇわな)
小さく息を吐きながら、寛治は得物を呼び出そうと意識を集中して――――
「――――待て」
世界が止まる。
夕焼け空であった筈の空は灰色に変わり、世界から色が失われていき、寛治の目の前には見覚えのある姿が現れた。
「この程度の輩に、刀を抜く事は許さぬ」
「爺!?いや、ちょ――――」
「素手で打倒せよ。鬼道ならば、三十番台までの使用を許そう」
反論は許さない。老人のそんな気迫に、寛治の頬が引き攣った。
その姿が掻き消えると同時に、世界は色を取り戻し、時計の針は動き出す。
「さらばだ」
同時に突き出された穂先。反射的に上体を倒す事で寛治はこれを躱す。
空を切る一発に、頬が歪む。そのまま後ろへとバク転の要領で下がって、膝を落として一つ息を吐き出した。
得物が使えない以上、相手の攻撃を受け止める事が難しい。いや、出来るのかもしれないが、彼はそんな博打をする気はなかった。
握るのは、拳。そして、その姿をドーナシークは嘲う。
「ふんっ、所詮は人間か。力の使い方も知らず、
「さあて、な」
「……気に入らんな、その目」
苛立つドーナシーク。その度合いを示すように、光の槍を握った右手に力が込められて若干の軋む音がする。
寛治は、只管に真っすぐ前を見ていた。ドーナシークの一挙手一投足を見逃さない、そんな観の目をもって観察し続けていた。
人間が自分に勝てるつもりでいる。その事実が、ドーナシークを大いに苛立たせる。
「――――消えろッ!」
人外特有の馬力を用いた踏み込み、からの一点突き。狙うのは、その気に入らない瞳のある顔面だ。
だが、山本寛治はこの瞬間を
空を切る穂先。砕ける程に踏み締められたアスファルトの地面。踏み込みの力を余すことなく関節による加速を加えて伝えられた右の縦拳。
その拳打は、単なる体術ではない。
鋼鉄のように硬い外皮を破壊し、その下の肉を吹き飛ばし、宛ら
その名を、
「――――『一骨』」
「ごっ……!?」
ドーナシークは、呻き声の一つも漏らす事が出来ず、口から血を吐き白目を剥いた。
元より、槍が躱されるなど思いもしない。そして、人間の打撃一発の破壊力がここまで発揮されるなど躱される以上に考えた事も無かった。
トレンチコートの上から左脇腹へと深々と突き刺さる拳。その衝撃がドーナシークの体を突き抜け、勢いよく後方の空へと吹き飛ばしていた。
その飛んでいく体に向けられるのは、左手の平。
「――――『破道の三十一 赤火砲』ッ!!」
人の上半身ほどもあろうかという大きな火の玉が掌の前に現れ、そして発射。吹き飛ぶドーナシークへと空中で追いつき、その内側に込められた力が大きく爆発した。
夕暮れ空にもう一つの太陽が現れたかのような光景を前に、しかし寛治はと言うと背負っていたカバンを改めて背負い直して、脱兎のごとくその場を後にしていた。
その内心はというと、
(やっべぇ、やり過ぎた!とりあえず、逃げっ!)
何とも格好の付かない事である。
しかし、この一件が後に尾を引き、彼の首を絞める事になるので、この予感は当たっていたり、居なかったり。
かくして、
そして、彼の平穏は終わりを告げる事になる。