獄炎爺がシバいてくる   作:矢マン元

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 その日は雨が降る、少し肌寒い日だった。

 

「……」

 

 木場祐斗は一人、雨の中で濡れる事も厭わずに町内を徘徊していた。

 常ならば穏やかな微笑がうかがえるその表情は、宛ら手負いの獣のようで、しかしその心に渦巻く仄暗い黒い炎は瞳をギラギラと暗い色に輝かせる。

 

 彼が木場祐斗としての名を得る前、そこは端的に言えば地獄だった。

 個人と言う単位であっても、人と言うのは誰にも見せられない、或いは見せたくない部分というものがある。それが大きな組織ともなれば、そこは暗部と呼ばれ、表面上には決して現れる事のない面だろう。

 そこで生まれた罪悪感を、彼は抱えて生きてきた。

 たった一人生き残ってしまったという事実と、聖剣への憎悪を一緒くたにして。

 

 そして、今回。一誠宅にて聖剣の存在を掘り起こされ、その上で教会勢力との対談における手合わせの敗北。

 精彩を欠いていた。本来なら、それこそフェニックスとのレーティングゲームの際の実力を発揮できたのなら、決して勝てない相手ではなかった。

 それでも、敗北は敗北。同時に、自分の事が彼自身分からなくなった。

 

 当ても無く、ただ只管に歩き回る。

 幽鬼のように、或いは亡者のように。

 

 そんな猫背で道路ばかりを見つめて歩く祐斗の視界に靴が割り込んできた。同時に、濡れる感覚が途絶え、雨が遮られる音がする。

 

「どうも、木場先輩。濡れ鼠っすね」

「……山本君」

 

 顔を上げれば、うなじを左手で撫でる後輩の姿があった。

 

「まあ、一旦濡れた服をどうにかしないと。風邪ひきますよ」

「……てくれ」

「はい?」

「……放っておいてくれないか」

「ああ、それは無理っすね」

 

 静かに睨み上げるように囁く祐斗に対して、寛治はあっけらかんと言い切った。

 そも、寛治とてこの雨の中祐斗を探していたのだ。放っておけと本人に言われて、はいそうですかと引き下がる訳にはいかない。

 

「先輩がどんな事情を抱えてるのかは、知らねぇっすよ。詳しくは聞かなかったんで。まあ、今のアンタが何かを成せるとは思いませんけど」

 

 これまたアッサリと言い切った寛治。だが、今の祐斗にはその言葉を呑み下せるだけの余裕が無かった。

 カッと視界が赤くなり、ほとんど反射的に目の前の胸ぐらを掴んで詰め寄っていた。同時に、寛治の持っていた傘も弾かれ、再び雨が襲ってくる。

 

「ッ、君に何が……!」

「だから知りませんって。ただ俺は、現状の先輩を見た上で自分の情報と照らし合わせてるだけです」

「……」

「はぁ……先輩の強みは、速度と、それから神器の多様性じゃないっすか。これを活かすには、冷静な判断力が必須。でも、今の先輩はハッキリ言って目が曇ってる。頭も冷静じゃない。そんな状態じゃ、勝てる勝負を落とすのも寧ろしょうがないんじゃないですかね?」

 

 淡々と、寛治は自分の所見を語る。

 彼は、祐斗の実力をよく知っている。ぶつくさ言いながらも、確りと師匠筋の人間としての役目を果たしていたから。

 

 目を見て、真っすぐに言葉をぶつけられた祐斗は息を詰まらせる。

 頭に血が上った人間を宥めるのに、淡々と事実をぶつける事も意外に効果的。ただし、その時にはちゃんと目を合わせて、相手が激昂しようとも決して逸らしてはいけない。

 

 雨に濡れ続ける二人だが、胸ぐらを掴んでいた祐斗の手から若干力が抜けた。

 

「……僕は、聖剣への復讐のために生きてきた」

「……」

「オカルト研究部の皆と居るのは、楽しかったよ。それこそ、この復讐心を遠ざけるような感覚もあったから……でも」

 

 祐斗にとってみれば、ソレは複雑な心境だったのだろう。

 たった一人生き残って、その復讐のために生きてきたつもりだった。

 しかし、リアスと出会い、彼女の眷属となって、そして今のオカルト研究部のメンバーと出会い深めてきた交流が彼の心を揺らす。

 元来、優しい性格であった事もまた、その葛藤を生んでいたのだろう。

 

 泣きそうな、迷子の子供のような表情になる祐斗に、寛治は頭を掻いた。

 

「まあ……まずは、その矛先を変えれば良いんじゃないっすかね」

「え……」

 

 予想外の言葉に、祐斗の顔が上がる。

 

「聖剣への復讐。自分達を苦しめた元凶を恨むのは、まあ分かります。いや、経験はないんであくまでも想像の範囲でしかありませんけど。ただ、聖剣だなんだと持て囃されても、詰まる所の剣、要は道具でしかない訳だ。ここまで、良いですか?」

「……」

「んで、道具を使うのは人間だ。先輩、アンタが恨むべきは聖剣じゃなかった。貴方が見据えるべきだったのは、自分たちを虐げた()()()()()。そうであったのなら、もう少し冷静な対応が出来たんじゃないかと、俺は思いますけどね」

 

 聖剣に対する復讐、ではなく聖剣に対する嫌悪感であったのなら祐斗はここまで一人で突っ走る事は無かっただろう、と寛治は考える。

 彼にしてみれば、聖剣も魔剣も、それこそ名刀であろうと妖刀であろうとも、どんな伝説的な武器であっても、結局のところ道具でしかない。

 そして、道具とは使()()()()だ。それ以上でも、以下でもなく。

 

 寛治の言葉に、祐斗は目を見開く。しかし同時に、言われてみれば成程と頷けるものでもあった。

 聖剣は担い手を選ぼうとも結局のところ、道具でしかない。そして、その性質含めて悪用しようとするのは、いつだって人間の方だった。

 

 呆然と手を下した祐斗。とりあえず止まったかと判断して、寛治は飛んだ傘を回収しようとして、そこで気付く。

 誰かが近づいてくる。この雨の中、確りとした足取りで、()()()を携えて。

 

「おやおやおやぁ?これはこれは、そこに居るのは悪魔くんじゃありませんかねぇ?」

「フリード……」

「それからそっちは……ああ!あの、雑魚をぶっ殺した人間ちゃん!」

「……キチガイか」

 

 現れたのは、狂気を纏ったはぐれのエクソシスト。

 フリード・セルゼン。過去には、アーシアを狙った堕天使の下で悪魔狩りを行っていた。

 

 そんな男が今、二人の前に居る。三振りの聖剣を携えて。

 

「いやー、旦那たちは何やら準備してるし、俺ちゃん暇な訳ヨ。で、色々と見て回ってたんだけどさ。ちょーどしけこんじゃってるのが居るじゃん?みたいな?ッツー訳で遊ぼうぜ?」

 

 ニヤニヤとフリードは、その右手のにある天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)の切っ先を二人へと向けてくる。

 聖剣エクスカリバー。恐らく、世界的に見ても最も有名ともいえるかもしれない聖剣の一振り。

 しかし、現在残っているエクスカリバーは、過去の大戦において折れてしまい、破片となってそれらを核として錬金術により七つに能力を分割したオリジナルには程遠いものとなっていた。

 

 とはいえ、聖剣は聖剣。悪魔などの魔に類する存在に対しては特攻も同然であるし、現状の祐斗は好調どころか、絶不調も良いところ。

 という訳で、相手をするのは寛治になる。

 

「……俺としては、帰りたいんだが?」

「まあまあそう言うなって!死にたくなったら、やさーしくぶっ殺してやるから、さッ!」

 

 消えた。そう称せるほどの、踏み込みと速度。

 天閃の聖剣。その効果は持ち主の速度を上げるというシンプルな物。だが、シンプルな能力であるがゆえに癖が無く、使いやすいものでもあった。

 

 雨の降る中、かすかに聞こえる風を切る音。騎士の駒によって速度に特化した祐斗には、フリードの姿は僅かにしか追えていない。

 そして、その事をフリードも理解していた。

 この聖剣を使っている状態の自分は、並大抵の相手には捉えられない。遊ぶとは言ったが、しかしだからと言って遊び相手が二人必要な訳では無いのだ。

 

(あっちの人間ちゃんをチョンパすれば、悪魔キュンも向かってくるだろうねぇ)

 

 脳内でそんな事を考えながら、フリードが狙うのは、寛治。

 脳天から股下迄真っ二つにする勢いで聖剣が振り下ろされ、

 

「――――んな、鈍らで切れる訳ねぇだろ」

 

 その刃を()()()()()()()()()()()()

 

 寛治にしてみれば、祐斗の高速移動も、フリードの高速移動も、団栗の背比べ、或いは五十歩百歩でしかない。

 そして、如何に聖剣だ何だと持て囃されていようとも、現状その実態は弱体化した二流品。

 速度も見切れる、刃も霊圧を込めた素手で受け止められる。

 このままへし折ってやろうか、とも考えたがゼノヴィア達の顔が脳裏を過ってこれをキャンセル。

 代わりに、空いている右拳を握った。

 

 振り下ろした聖剣を、素手で握って止められる。さしもの狂人であるフリードであろうともその思考は空白に飲まれて、体の動きは無理矢理止まる。

 それが再起動したのは、目の前で握られた右拳の脅威が本能を刺激したから。

 ほとんど咄嗟に後ろに下がろうとして、しかしその体はまるで楔でも撃ち込まれたかのように動けない。

 

(こいつ……!いったいどんな握力してやがる!?)

 

 狂気も失せて、純粋な驚愕がフリードの内側に満ちる。

 寛治の刃の掴み方は、親指と残りの指で挟むような形だ。決して確りと固定されている訳では無い、筈なのだ。

 

 ピクリとも動かない。

 フリードが、押そうが引こうが逆に握る柄の方が滑って手が動いてしまう始末。

 このままでは、生存本能を刺激する拳が着弾する。ほとんど反射的に、彼は左手の夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)を振るっていた。

 この聖剣の能力は、幻術。要は幻を生み出し、更には眠っている相手の夢にも干渉できる。

 もっとも、苦し紛れの左から右への横薙ぎだ。幻を創り出す余裕などなく、モノとしてはただの斬撃の域を出ない。

 

 そして、そんな苦し紛れの一撃、寛治にとっては躱す価値も無い訳で。

 

「そう、ポンポン振り回しても良いのか?」

 

 解かれた右手で、先の左手と同様に刀身そのものを掴まれて斬撃は止められる。

 

 拳の脅威は取り除かれた。しかし、フリードの長年の戦闘勘が()()()()()危機を察知。

 最早脱兎のごとく、二振りの聖剣を放棄すると全力を掛けて後方へと飛んだ。

 

 刹那、文字通り間一髪で豪速の何かが先程までフリードの顔面があった部分を通り抜ける。

 

「良い勘してるな。当たれば、首位はポーンと行ったんだけど」

 

 振り上げていた右足を戻しながら、あっけらかんと寛治は語る。

 鞭のような、と評せるような蹴り。その爪先を固く纏める事で、先端に重量を加えてその威力は人間一人蹴り殺して余りある。

 

 兎にも角にも、二振りの聖剣が寛治の手に渡った。

 その二振りを右手に纏めて逆手に持ち、道路へと突き立てる。

 

「さあて、その腰の後ろのもう一振りを寄こすってんなら、命はとらないでやるよ」

 

 傲慢な物言いだが、寛治としては事がこれ以上荒立たないのならそれが一番良いのだ。好き好んで命を奪うのも趣味ではない、というのもある。

 

 一方で、フリードもまた冷静にこの場を考えていた。

 戦力を測り違えた、というのもあるがそれ以上に聖剣を奪い返されたのが不味い。ここでおめおめと三振り目を献上して逃げ帰ったとしても、殺されるのが落ち。

 であるのなら、取り返す事がベスト。出来るかどうかは別として。

 

 雨は、徐々に弱くなり始めている。空の雲は薄くなり、僅かに夜空の色が見え始めていた。

 

 そして、黒い翼を背負うものが現れる。

 

「何を遊んでいる、フリード」

 

 雨の収まった空に現れる、十の黒い翼を背負った一人の男。

 だが、その出現よりも、その男が片手に握るものに対して、寛治はその目を細める。

 

「大ボス登場、か。とりあえず、紫藤を返してもらえるか?」

 

 濡れた髪をかき上げながら、寛治は睨む。

 現れた男の腕の中には、ボロボロになったイリナの姿があった。

 何があったのか一目瞭然。辛うじて生きている事は分かるが、だからといって知り合いをボロカスにされて何も思わないほど寛治はドライではなかった。

 

 だが、翼の男はこれを無視。

 

「さっさと戻るぞ。統合の式は既に終えている」

 

 それだけを言い、彼はイリナをまるでゴミでも放る様に投げ捨てる。

 咄嗟に寛治がキャッチするが、彼女の口からは僅かな呻き声が漏れただけで目を覚ます様子も無い。

 

 分が悪い。翼の男含めて、倒せない訳では無いだろうが、しかし現状この場は住宅街。

 周囲への配慮に加えて、戦えるかも怪しい祐斗とイリナを守りながら立ち回らなければならない。

 

 少しの逡巡を挟んで、寛治はイリナを右肩に担ぎ上げ、同時に祐斗を左の小脇に抱え上げた。

 そして、その姿は掻き消える。

 

 聖剣をその場に残して。

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