獄炎爺がシバいてくる   作:矢マン元

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「――――ふぅ……こんな所、か?」

 

 水の滴るデッキブラシを肩に担いで、寛治は一つ息を吐く。

 プール掃除は重労働と言えども、だからといって()()()()で音を上げる程温い鍛え方はしていない。

 少し離れた所では、一誠がデッキブラシを手に爆走していた。その目に炎を宿して。

 

「うぉおおおおおおおッ!!」

 

 彼が全力なのは、ご褒美の為。

 火事場の馬鹿力を発揮しているからか、身体的に勝っているはずの寛治よりもより広い範囲を掃除し、磨き上げている辺りエロ根性もなかなか馬鹿にできないものだ。

 

 程なくして、掃除も終わり。水を溜めれば、そこからは自由時間だ。

 掃除用具を直して、寛治はふと右わき腹へと手を添えた。

 痣を消そうと思えば、消せるだろう。ただ、この場で回道を使えば目立って突っ込まれかねない。かといって見咎められてアーシアに治療してもらえば、ソレはソレで突っ込まれるだろう。

 寛治のポリシーとしても、痛みは教訓であるためそう易々と消す訳にはいかない。

 という訳で、

 

「ん?山本は、上着るんだな。ラッシュガード、だっけ?」

「まあ、そっすね。近頃の日焼けは怖いっすから。先輩も、皮を剥きたくなけりゃ、確り準備しとくんすね」

 

 黒のパーカータイプのラッシュガードを持参した。ついでに両腕の包帯は、外し済み。

 昨晩は、斬魄刀解放を行っていない為、赤くはなっているがそれ以外の痕は無い為特に目立たないから。

 日差しごときに屈するほどヘボではない寛治だが、しかし適当な理由をでっちあげれば、無理矢理脱がせようとする者は、この場には居ない。

 女性陣と比べて手早く着替えを済ませた男性陣はプールサイドに向かう。

 

「……」

「なにソワソワしてるんすか。もう少し落ち着いてくださいよ、兵藤先輩」

「うぇっ!?い、いや、落ち着いてる!落ち着いてるぞ俺は!」

「鼻の下伸ばして何言ってんすか」

 

 じっとりとした視線を向けられるが、しかし一誠は落ち着かない。

 彼はこの瞬間の為に、頑張ったのだから。

 説得は無理だと思ったのか寛治は、頭を掻くと祐斗へと水を向ける。

 

「木場先輩。先輩の同級生っすよ。何とかしてください」

「あはは……無理かな?それに、君の先輩でもあるよ、山本君」

「脂肪に顔埋めて、くたばっちまえば治りますかね?」

 

 中々物騒な事を言う後輩に、一誠は背筋を震わせる。

 彼としては、理想的な死に方かもしれないが、しかし情けなさという点で言えば相当なものとなるだろう。

 

「おおい!?だって、おっぱいだぞ!?男の夢だろ!?」

「夢だろうが何だろうが、結局行きつくところは脂肪っすよ。ぶっちゃけ、おっさんの腹と変わらな――――」

「それ以上言うなッ!!!おっぱいには……!おっぱいには、夢と希望とエロスが詰まってんだよ!!」

 

 熱弁する一誠だが、彼と後の二人の間には埋めようのない溝があった。いや、決別とかそういう訳では無いが、しかしエロ坊主とある程度の良識のある者では仕方がない隙間だ。

 舌鋒鋭く、如何にそれらが素晴らしいのかを語る一誠。流されているのはいつも通りと言って良いのか。

 

 程なくして、寛治がふとプールの入口の方へと顔を向ける。

 

「来ましたよ、兵藤先輩。お待ちかねの方々が」

 

 親指で示す先に居たのは、男の欲望をこれでもかと詰め込んだかのような、花園。

 元々、オカルト研究部のメンバーである女性陣は、様々なタイプの美少女揃い。それこそ、見本市の様に。

 一誠の視線は、その内二人の胸元に吸い込まれて離れない。

 実際、リアスと朱乃はデカい。それはもう、服を着ていたとしても、下着を付けても揺れるほどにデカい。

 ただ、見るのは一誠ばかりだ。後の二人、祐斗と寛治は片や苦笑いを浮かべ、片や額に手をやってため息を吐きながら首を振る。

 

 そんな彼の元へ、白い少女が近づいてきた。

 

「……山本さん」

「おう、塔城……なんだ、浮かない顔だな?」

「いえ、その……」

 

 歯切れの悪い小猫は、水のたまったプールと寛治を交互に見る。

 早く跳び込みたいのか、とも彼は考えるが、何やら違うとプールにぶん投げるような暴挙は一旦停止。

 首を傾げて次の言葉を待つが、しかし小猫の方も言いづらい事なのかもごもごと唇が動くばかりで、その後が続かない。

 平行線。この状況を打破したのが、リアスだった。

 

「カンジ、少しお願いがあるんだけど、良いかしら?」

「何です?」

「小猫に泳ぎ方を教えてあげて頂戴。というか、貴方は泳げるわよね?」

「まあ……塔城、泳げないのか」

「むぅ……」

「これから先の事も考えれば、泳げた方が何かと都合が良いもの。頼めるかしら?」

「良いっすよ。んじゃ、ちゃっちゃと始めようか、塔城」

「……はい…」

「声、ちっさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 塔城小猫は、水が苦手だ。それは、彼女の抱える理由から仕方がない事ではある。

 

「ほれ、顔浸けろ。手は放さねぇから、ゆっくりいこうや」

「はぷっ……………………ぷはっ!」

「バタ足忘れるなー、足が沈んでるぞ」

 

 両手を握ってへらへらと笑いかけてくるクラスメイトに、しかし小猫は言葉を返す余裕は無い。

 学園のプールは結構深いのだ。それこそ、小柄な彼女はそこに足をつくと沈みかねない程度には。因みに寛治は足をついても溺れない。そもそも着衣泳でも余裕で泳ぎ切れる体力があるのだから、水場はそれ程怖くないのだ。

 

 ゆったりと水泳の授業に勤しむ二人。

 そんな二人を、リアスは眺めながらプールサイドに置いた椅子に寝そべり、日焼け止めを一誠に塗らせていたりする。

 

「良い感じね。小猫もこれで、少しは水に対する苦手意識が薄くなってくれると良いけど」

「ふへへ……っと、そういえば部長。小猫ちゃんって泳げないんですかね?」

「そうね。あの子は金づちよ。どうにも、水がダメなの。ただ、これから先レーティングゲームにも参加していく事になれば、様々なフィールドで戦う事にもなって来るわ。それだけじゃなくとも、弱点は一つでも少ない方が良いものね」

 

 荒療治ではあるが、しかしリアスとしてもモチベーションが上がる理由がある内に事を済ませたいと考えての強行でもあった。

 小猫は、踏み出せてはいないが憎からず寛治を思っている事は、リアスの目から見て明らか。

 しかしここで問題となるのが、二人の種族差。

 人間と悪魔。この両者の間にある、寿命という壁はどうやっても崩せないだろう。

 ベストは、このままなし崩しであろうとも、彼を悪魔の陣営に引き入れる、ないしはリアスの眷属として手元に置きたいというのが正直なところ。

 もっとも、前者は兎も角、後者は現状無理。寛治の実力が、リアスを大きく超えてしまっている為、彼女が強くならねばこの選択肢は取れない。

 

 そんな主の腹の内など知らない小猫は、必死に手を握りながら練習に勤しんでいる。

 

「んじゃ、そろそろ手放してみようか」

「ッ!?」

「いや、そこまで絶望的な顔されてもな……いつまでも俺が手を引くばかりじゃ、練習も進まねぇだろ?」

 

 手の握りを緩める寛治だが、その力が緩むほどに、小猫はその手を掴む。ついでに、顔を左右に振って絶望しきったような顔をするのだから、最後の一歩が踏み出せない。

 どうしたものかと考えて、彼はプールに下りる為の梯子へと進路を変える。

 

「んじゃ、ビート板でも持ってくるとしよう。アレに掴まれば、少しは泳げるだろ」

 

 先に小猫を上がらせて、その後に続くように寛治はプールの底を蹴って、一息にプールサイドへと()()()()()

 割と出鱈目な事をアッサリとやってのける彼だが、プールの底も無傷であるのだから説明する気も無い。

 

「とりあえず、ビート板とって来るから……少し息整えてな」

「は、はい……」

 

 明らかに戦う以上に消耗している小猫に無理強いなど出来ず、その頭を一撫でして寛治は用具室へと足を向けた。

 そこは、プール用のレーンを区切るためのロープや、水はけの良いマットなどと一緒に、ビート板などの水泳の授業で使える道具が一通り用意されている。

 そこから一枚、綺麗なビート板を選んで、振り返った所で青が目の前に迫っていた。

 

「漸くだ。私は待たされるのは、いや焦らされるのは、あまり好きではないんだがな?」

「何の話だよ……というか、退け。まだ塔城の練習が――――」

「今、お前の目の前に居るのは、私だ。こっちを見ろ」

 

 レモンイエローの瞳が、怪しく光る。戦士として鍛えながらも、白魚の様な手が寛治の顔を両頬で挟むように捉えた。

 水着と、ラッシュガードという私服や制服以上に体が密着する格好のままに、ゼノヴィアは真正面からその鍛え上げた艶めかしい肢体を押し付ける。

 

「私は、お前の子種が欲しい。強い者との子が欲しいからな。だが、だからといって強ければ誰彼構わずでは無いんだ。私は、カンジ。お前だからこそ、子が欲しいと思う」

「……はぁ……少し落ち着けよ、ゼノヴィア。どうにも、今のお前は猪突猛進の嫌いが過ぎるぞ?」

 

 真っすぐに瞳を見返して、寛治は息を吐く。彼に動揺のどの字も見られない。

 

「何に焦ってるのか知らねぇがな。悪魔に成ろうが、別のもんだろうが、お前はお前だ。それ以上でも以下でもなく、ゼノヴィアって言う一個人には何の瑕疵も無い。まあ、何だ……宗教家っていうのはそこに信仰もアイデンティティに必要なのかもしれないけどな?だからって、その穴埋めを急ぐことはねぇだろ」

「……そう、だろうか……?」

「そうさ。お前には、これから山の様に時間がある。だろ?」

 

 焦り。それは確かに、ゼノヴィアの胸の内にあったのだろう。

 敬虔な信徒であった時は、聖書の神という縋る対象があった。神はそのままに、彼女の行動指針、その基盤となりここまで突っ走る事が出来た原動力でもある。

 それが突然失われた。神に祈れば、頭痛がする。

 彼女自身、猪突猛進を地で行くタイプ。周りにも、悪魔に成って欲望のタガが外れたのだろう、程度にしか見られない為分からない。

 というか、ゼノヴィア自身吹っ切れただけだと思っていたのだから、割とこの気質は質が悪いのではなかろうか。

 

 寛治の両頬から手が放される。だが、体は離れない。

 

「確かに、私には時間が山ほどあるだろう。それこそ、人としてなら有り余るほどに」

「まあ、な」

「……だが!今この瞬間、滾る思いは、この場にしかないとは思わないか?」

 

 ゼノヴィアの胸が、寛治の胸板に押し付けられ息がぶつかるほどの距離にまで顔が更に近づく。

 

「おい」

「確かに私は、この胸に開いた穴を埋めたいがために求めているのかもしれない。だがな、異性としてお前の事を求めている事もまた事実なんだぞ、カンジ」

「待て、近い」

「当然だ。接吻は、子作りの初手だろう?」

 

 迫ってくるゼノヴィア。

 突き飛ばすべきなのだろう。だが、その行動に移るには、寛治は彼女との交友を深め過ぎていた。仮に突き飛ばせば、水着で用具室の床を転がる事になるそれで怪我をさせるなど、その可能性に思い当たった時点で行動には移せない。

 だが、

 

「――――何を、しているんですか?」

 

 ヒヤリとする声が横合いから響き、ゼノヴィアが止まった。

 声の主は、用具室の入り口で逆光を背に仁王立ちする小柄な少女。

 

「あまりにも遅いので来てみれば……ゼノヴィアさん?」

「そう邪険にしてくれるな。コレも、新入部員としてのスキンシップ、という奴さ」

「だからといって、そこまで近づく必要は無いのでは?」

 

 チリチリと二人の視線が火花を散らす。

 女の勝負に、男は混じってはいけない。しかし、得てして火花の原因は、野郎にあるのが世の常というもの。

 

 唐変木は気付かない。

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