獄炎爺がシバいてくる 作:矢マン元
日も僅かに落ちて、しかし涼しくなるかと思えばそうでもない。
アスファルトが昼間に溜めた熱気を放出する夜は、自然と熱帯夜となるものだ。
「冷たいものばっかりってのもな……」
プール掃除から、周りより一足先に許可をもらって帰路に就いた寛治は、その足で少し離れたスーパーへと向かっていた。もう少し詳しく言うと、荒れそうだった場から逃げ出した、というのもある。
鈍い彼だが、それでも場の空気をある程度読むことはできる、筈だから。余談だが、彼が帰った後のプールは若干ギスっていた事をここに記す。
暑いからこそ、バランスのいい食事を。夏バテの主な要因は、冷房による外と中の寒暖差に体が疲れる事と、それから暑いからと真面に食事をとらない事。
「……冷やし中華……いや、この前素麺だったしな……丼で行くか」
卵やトマト、鶏肉なんかを買い物かごに放り込みながら考える。
一週間分を考えて買うとはいえ、必ずしも毎回一週間を乗り越えられる訳では無い。今回の場合なら、味噌の買い足しを忘れていた為、そのついでの買い物だった。
一通りの買い物を終えて、帰路に就く。
ちょっとした暇潰しに繁華街を通り抜けながら、寛治はぼんやりと立ち並ぶ店を流し見していく。
(人外、人外……こういう場所は欲の坩堝だからな。まあ、それ以上の事をしてる雰囲気も無いし)
日本人離れしたプロポーションを誇る、美人なキャストを尻目にそんな事を彼は考えていた。因みに、客が尻の毛まで抜かれて素寒貧になろうとも、助けるような事はしない。
流石に命がとられそうな事態ならば別だが、美女に鼻の下を伸ばしてうつつを抜かし、家庭を疎かにする様な者に差し伸べられる手など、寛治は持ち合わせてはいないのだ。
そんな色のある道で、寛治はふと考える。
というのも、彼は
美人は美人であると思うし、一誠が叫ぶ性欲の塊のような発言に関しても分からない訳では無い、筈なのだ。
ただ、
惹かれない。普通ならば、男の視線を集めてやまない様な絶世の美女であろうとも、蠱惑的なキャストであろうとも。
枯れているというか、壊れているというか。
何より、
「………………あ゛?」
性欲よりも別の意識が勝る。
寛治が気付いたのは、妙に大きな力の波動について。
その場に立ち止まって周りを見渡し、そして気が付く。
彼が見つけたのは、チャラいちょい悪風の男性。同時に、周囲の空間にも変化が起きる。
あれだけ騒がしかった通りから人の気配が消え、人が消えるのだから自然と音も減っていくというもの。
明らかに相手のフィールドへと引きずり込まれた。だが、寛治には焦りはなかった。
強者故の慢心。それも確かにあるのだろう。
しかし、事実として彼は強い。それこそ、傷つけられる可能性などほぼゼロ。寧ろ、彼が傷を負った上で全力全開で戦わねばならない相手が現れれば、この町はおろか下手すれば国が半壊しかねない。
果たして、現れるのは中華風の格好に身を包んだ青年。
一応、一人だ。しかし、寛治の感知では周囲に数人が隠れている事にも気が付いた。出てくる気配はないが。
「こうして顔を合わせるのは、初めてだな。俺は――――」
「待った」
青年の言葉を遮って、寛治は左手の平を彼へと向ける。
「話があるのは、分かった。お前が戦う気が無い事も。だがな、俺は今買い物帰りだ。べらべらと話し込んで食材を無駄にするわけにはいかねぇのさ」
そう言って、寛治は右手の買い物袋を掲げてみせる。
周囲を囲われて何を悠長な、という話なのだがしかし彼にとってみれば食材を無駄にするという事はその食材を買うために使った金を捨てる事も同然。
家計を預かっている現状、そんな事を容認できるはずもない。
一方で青年の方も、まさか買い物袋片手にそんな事を言われるとは思いもしない。
キョトンとした虚を突かれた表情をし、次いで破顔一笑。
「ふっ……はっはっはっはっはっ!成程、確かに俺としても食べ物を粗末にすることには抵抗がある。良いだろう。まずは、その鮮度を守ってからだ」
一頻り笑った青年が手を上げれば、それが合図になったのか周囲に活気と人々が戻ってくる。
寛治が歩きだせば、青年はするりと道を開ける。かといって、そのまま見送るかと思えば、数メートル離れてゆったりとついてきた。
自宅まで帰るのは不用心にも思える。しかし、冷蔵庫は家の台所にしかないのだから帰るしかない。
何より、寛治は件の青年がある程度自分の事を知った上で接触を図ったのだろうと、何となく予想していた。
身のこなしが、強者のソレである事。少なくとも、現状のグレモリー眷属では相手にならないだろう。
人間であることは分かるが、だからこそその立ち振る舞いが出来るほどに鍛えているというのは、最早称賛に価するというもの。
会話は無い。ただ、二人の周囲を囲む誰か達は確実についてきている。
暫くして、家に到着。客、ではないため青年を家に上げるような事はしない。
冷蔵庫に食材を収めながら、寛治は考える。
(何が目的か……戦い、じゃねぇよな。大っぴらに暴れたくないって事なら分からなくもねぇけど。そもそも、アイツ人間だよな?)
最後に牛乳のパックを直して、扉を閉める寛治。この間、凡そ三分。
考えては見たものの、打開策は無し。というか、問題の渦中にいる癖に、その当人がそろそろ考えるのが面倒くさくなってきていたのだ。
(まあ、いざとなったら実力行使で)
買い物袋を直して、再び外へ。
瞬間、世界が一変し、その場に居るのは件の青年とそれから、寛治だけとなる。
「待たせたな。まあ、何の連絡も無く接触してきたんだ。仕方ないよな?」
「ああ、ソレは構わん。こちらとしても、なるべく早く接触したかったんだが……如何せん、追われる身で、な?」
「それよりも、俺に関する情報収集じゃねぇのか?家の事も、知ってたんだろ?」
「さて……だが、今回はこちらも事を構える為に来たわけじゃない。ちょっとした提案をしに来たんだ」
「周り囲んで、か?つーか、ここまでやれば流石に気付かれるんじゃないのか?」
「それにしては心配無用。もともと戦闘を想定してはいないからな。隠蔽に特化し、魔王だろうとこの結界は見つけられないさ」
「そーかい」
話をしながら、めんどくさい相手だと寛治は目の前の相手を表する。
脳筋じゃない、寧ろ、計画を張り巡らせて、相手の力を削ぎ、その上で自分の土俵へと引き摺り下ろして、搦手だろうと厭わない。そんなタイプ。
相手をするに際して、明確に力技で潰しに来ない分、この手の輩が面倒であることを寛治は良く知っていた。というか、水面下で潜行するように進む相手というのは、須らく厄介。
「さて、それでは改めて。俺は、曹操。禍の団にて英雄派を率いている」
「禍の団?……聞くからに、真面な集団じゃなさそうなんだが?」
「だろうな。俗な言い方をするのなら、テロリスト、といった所だからな」
「……で?そのテロリストが、態々危険を冒してまでここに来た。目的は、勧誘か?」
「ああ。山本寛治。英雄の魂を継いではいないが、英雄として名を刻む事を約束された人間。その力を、俺達と共に振るわないか?」
真っすぐに、曹操は寛治の目を見返す。
本当ならば、色々と言葉を連ねるところなのだが、目の前の相手が長々と言葉を連ねた所で「それが?」といった風に返してくるであろう人種だと感じ取ったからだろうか。
真っすぐな視線を受け止めていた寛治は、少し間を開けて頭を掻いた。
「まあ、断る。態々、俺はテロリストなんかに、成るつもりはない」
「そうか、残念だ……なら、一つ聞かせてくれ山本寛治」
「あ?」
「お前は、何のために悪魔に与する?」
「何の話だ?」
「リアス・グレモリー。悪魔の貴族であり、現魔王の妹だ。随分と手を貸しているらしいじゃないか」
「本当に色々と調べてんだな……で、なんだ。先輩に手を貸す理由か?んなもん、俺がオカ研の部員だからだ」
「だがそれも、自分で望んで入ったものではないだろう?発端は、お前が力を見せつけたからだ。違うか?」
「だとしても、だ。第一、俺は先輩含めた関係ある人に手を貸したに過ぎねぇ。悪魔全員助ける、何て馬鹿げた事は言わねぇし、やらねぇよ」
寛治のスタンスは、あくまでも知り合いへの助力。これに尽きる。
リアスに手を貸したのも、彼女が知り合いの先輩であったから。オカルト研究部に籍を置くのも最初は成り行きだったが、今では気に入ってもいる。
何より、
「だいたい、俺は英雄?とやらになりたいとは思わねぇよ。俺が助けるのは、あくまでも俺が助けたいと思う相手だけだ。不特定多数がどうなろうが、知らねぇな」
山本寛治は決して
要するに、彼は曹操含めた英雄派とは相いれない。そも、最初の段階でそれこそ、リアスたちよりも先に接触を果たしていたのならまだ分からないが。
分が悪い。ここまで言われれば、曹操としても引き下がらざるを得ない。
一応、事を構える為の今回の接触ではないと明言しているし、仮に戦いとなった場合は
一つ息を吐き出す。
「はぁ………どうやら、勧誘は失敗らしい。今回はここで退かせてもらおう」
「俺が周りに、お前の事をチクるとは思わないのか?」
「やっても、メリットが無いだろう?何より、
「……成程。だが、まあ……そっちも手を出すってんなら、相応の覚悟をして来いよ?加減はしねぇからな」
そこで、今回の接触は終わりだと宣言するように、結界は消え、曹操の姿は
完全に周り含めて気配が消えた所で、寛治は一つ息を吐いた。
仕留めるべきだったかもしれない。そう思えども、後の祭り。
互いが互いに牽制し合った対面は、火種を燻らせたままに次へと回される事になる。