獄炎爺がシバいてくる   作:矢マン元

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 キナ臭い気配。曹操の襲来から、どうにも嫌な予感が拭えない寛治ではあるが、今日も今日とて学校へ。

 この日は、学生時代における少しばかり気恥ずかしいイベントが行われていた。

 

「大変だな」

 

 屋上の手すりに頬杖をついて、眼下を眺める寛治は他人事の様に呟く。

 今日の駒王学園では授業参観が行われていた。肉親がやって来る、というだけで生徒たちは自然とソワソワしてしまうもの。

 しかし、寛治は違う。彼の両親は、仕事先だ。両親以外の肉親は近くに住んでおらず、彼の懸念材料は今回存在しない。

 だから他人事。寂しいか、と問われれば彼は肩を竦めて首を振るだろう。

 

 不意に、背後の扉が開く音がする。

 

「あの人は、全く……」

 

 眼鏡に黒髪。真面目そうな雰囲気を纏った女生徒。

 手すりを背凭れにするように振り返った寛治は、そんな彼女に見覚えがあり首を傾げた。

 

「支取生徒会長じゃないっすか。何やってるんです?」

「ッ!……ああ、確か山本寛治君、ですね」

「うっす。で、何やってるんで?まだ、参観に参加した人たちは帰ってないと思いますけど」

「それは…………はぁ……その、少し疲れてしまって」

「ふーん……」

 

 ため息を吐く蒼那に、寛治はそれ以上の追及を止める。別段親しい相手でもないし、寛治自身カウンセラーの様に話を聞いて精神的な不調を緩和するようなスキルは持ち合わせていないので。

 

 対して蒼那は蒼那で、若干困っていた。

 彼女が屋上にやって来たのは逃げてきたから。その対象は、実の姉。

 何と言うべきか、姉はキャラが濃い。それはもう、気疲れしてしまうほどに。

 蒼那自身、姉を嫌っている訳ではない。ないのだが、しかし誰しも嫌いでなくてもその一部が苦手である、という相手は居るというもの。それは肉親であろうとも例外ではない。

 そうして逃げた先で出会ったのが、殆ど関わりのない顔と名前を知る後輩。

 一応、簡単な説明は受けているし、何よりつい最近のコカビエルの一件では彼が居なければ、場合によっては壊滅的な被害を被っていたかもしれない。

 

 だが、ソレはソレ。直接的な繋がりのほとんどない蒼那には、話題も無い。

 しかし、屋上からまた動くわけにはいかない。少なくとも、ほとぼりが冷めるまでは人混みから離れていたい。

 という訳で、寛治から微妙に距離を取って手すりへと寄り掛かった。

 沈黙。蒼那は別として、寛治は別に見ず知らずの他人であっても同じ空間に居る事が苦にならないタイプである為、のんびりと空を見上げてゆったりと息を吐いていた。

 だからこそ、自然とこの空気に終止符を打つのは、蒼那の方。

 

「……あの、山本君」

「はい?」

「その、貴方はここで何を?」

「俺っすか?……まあ、暇つぶしです。魔王やら何やらバタバタしてるんで。俺としては、顔繫ぎあんまりする気無いんすよ」

「そうなんですか?」

「そうなんです。別に、悪魔が嫌いとかは無いっすよ?ただ、お偉いさんに顔を覚えられるとそのまま政争に巻き込まれたりするんで」

 

 万夫不当の英雄であろうとも容易く殺すのが、政治というもの。そして権力の恐ろしさだった。

 寛治自身そこまで詳しく知る訳では無い、が過去に夢の中の老人からの()()()()()()()の中でそういう話があった為に避けているだけ。

 

 蒼那としても頷ける理由ではあった。確かに、政争は面倒くさい、と。

 彼女自身、婚約者が居たが撃退した経歴を持ち合わせている。コレもまた、貴族としての家柄も交えた政治の結果。

 

「それでは、今日の授業参観にご両親はいらしていないんですか?」

「うちは、どっちも共働きで今は出張中っすね。まあ、昔からなんで」

「それは……」

「何です?」

 

 首を傾げる寛治に、蒼那は何も言えなかった。

 当人がどう感じているのか。それはこの際関係が無い。

 学校のイベントに来ない親と言うのは、まあまあ居る。それは仕事の関係であったり、或いは子供の方から情報を遮断していたり。理由としては幾つか考えられる。

 蒼那自身、そういう家庭環境というものを知識的には知っている。しかし改めてそう言うタイプと対面すると大なり小なりのショックというものがあった。

 

「一度も、ですか?」

「?まあ、そっすね。と言っても、珍しい話じゃないと思いますよ?仕事人間なんて、今の世の中ありふれてますし」

 

 あっけらかんと言い切った彼の言葉は、確かに現代社会の的を射ているものだろう。

 しかし、その一種の当り前が彼を、山本寛治という一人の少年を歪に形成してしまった一つの要因であることは明らかだった。

 

 彼は十五年生きてきて、廃人になることは無かった。

 文字通り、毎晩毎晩何度も何度も死ぬ目に遭いながら、それでもその精神が死に絶えて、生きた屍になることは無かった。

 

 夢の中の老人が手加減したのか?否、それこそ幼児ともいえる年齢の際には加減をしていたかもしれないが、木刀がある程度振れる様になればその腕をへし折られ、ぶっ飛ばされてきた。

 彼の精神が何者よりも強靭であったのか?否、常人よりは精神的に優れていようとも、何千何万と死に続けていれば摩耗して、やがて擦り切れる。

 

 ならばなぜ、今も彼はこうして生きているのか。

 その一助となったのが、生存本能。

 生物が須らく持ち合わせる、【生きようとする意志】

 この本能が、擦り切れていく精神を補強し、繋ぎ止め、そして統合した。

 誰も助けてくれないのだから、自分の身を自分で守るしかない。その結果として、誕生したのが今の精神性。

 感情の振れ幅が小さい代わりに、命の危機に瀕した際に感情を爆発させて、発憤、ないしは状況に押し潰されない精神性へと昇華する。

 

 勿論、この事を知る者は誰も居ない。何せ、本人も自覚しないままにその状態で安定、定着してしまったから。もう直しようもない。

 

 長々と連ねたが、この精神性を獲得するにあたって、両親が彼に対してあまり干渉しなかった事もまた一因である。

 もしも夢が恐ろしいのだと泣き付けるような相手だったならば、何かが変わったかもしれない。

 だが、そうはならなかった。

 両親はいつだって忙しく。泣きながら目覚めた彼に気付くことなく仕事へと出向く事が珍しくない。

 人によっては、子供を持つべきではない親、と称されるかもしれない。実際の所、二人としては寛治を蔑ろにしていたつもりは無かったが、しかし自分たちの息子は()()()()()()()()だった。

 気付かないままに成立した、関係性。

 

 蒼那はここまで気付いたわけではない。ないが、しかし今ここで放っておいて良い相手じゃないと、何故だか思ってしまう。

 

「あの、山本君」

「ん?何すか」

「……少し近付いても?」

「え?……どうぞ?」

 

 何でそんなこと聞くの?と彼の顔は語っているが、そんな事は蒼那には関係なし。

 手を伸ばせば触れられるほどの距離まで近づき、手すりに背を預ける。

 

「勉強には、ちゃんとついていけていますか?」

「へ?……ええっと、まあ、大丈夫っすけど」

「一年生の範囲は、中学校の基礎が役立つとはいえ、この先の学校生活でも必要な基礎固めの時ですからね。蔑ろにしないように」

「お、おっす……?」

「それから、もしも分からないのなら、直ぐに先生に聞く事。若しくは、リアスたちに頼る様に。勿論、生徒会室に来るのなら、私でも構いません」

「は、はあ……というか、急になんです?勉強って……」

「顔見知り程度とはいえ、留年して苦労するような目に遭ってほしいとは思いませんから。何より、勉強の事なら、私でも貴方を手助けできるでしょう?」

「???そっすね?」

 

 何も理解できていないが、年功序列というのもあって寛治は頷く。

 実際の所、蒼那は頭がいい。それは勉学的なものもあるが、同時に戦闘スタイルにも表れている。

 更に言うなら、彼女は存外面倒見がいい。厳格なところもあるが、その性根は善良であるし、大らか。情も深い。

 そんな彼女が、顔見知りの後輩の淀みを見つけて無視できるはずも無かった。

 

 余談ではあるが、この対面から時々二人が屋上で交流を深める姿が見られたとか。

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