獄炎爺がシバいてくる 作:矢マン元
この頃は、どうにもよく絡まれる。
隣をチラリと盗み見て、寛治は一つため息を吐いた。
発端は、夜。今日はゼノヴィアも夕飯を集りに来ることが無く、ゆったりとした時間を過ごす事が出来ていた。
だが、その穏やかな時間は、チャイムの音と共に崩れ去った。
居留守、をしようにも時間が夜であるのだから当然電気を付けている。カーテンが厚手であろうともその隙間からの光を完全に阻む事など出来ず、外にも僅かに漏れてしまっていた。
諦めて、僅かな警戒と共に玄関へと向かった寛治。因みに、この家にはドアモニターは設置されていない。
僅かに開けた玄関。その先に居たのは、チョイ悪親父。
堕天使総督アザゼル。男はそう名乗った。
この自己紹介を受けて寛治は眉根を寄せた。
コカビエルの一件然り、その前のアーシアが眷属加入の折に起きた事件然り。堕天使に対する悪印象は十分すぎるほどに植え付けられていたのだから。
だが、アザゼルも今回は敵対するために顔を見せた訳では無い。だからこそ、冒頭に繋がるのだから。
野郎二人、夜の繁華街を行く。
「悪かったな。俺としてもなるべく早く、お前とは顔繫ぎをしておきたかったんだが……あの赤龍帝がなかなか面白い奴でな」
「その件でグレモリー先輩はお怒りだけどな。私の眷属に手を出すなんて、だと」
「それに関しては、ま、お茶目って事にしといてくれ。神滅具は神器の中でも取り分け特殊、ワンオフ品だ。研究してる身としては、見れる時に見ておきたい」
「さいで」
「何より、俺としてはお前の力にも興味津々って訳だ」
横から視線を僅かに向けてくるアザゼルに、猫背になりながら寛治は目を逸らした。
彼としては、態々出向いたアザゼルを出迎えて持て成す必要性は、本来は無い。ないが、しかし万が一
誤算があるとすれば、夜の繁華街に連れ出された点か。いつぞやの曹操と出会った時よりも更に遅い時間である為、周りは時間帯固有の騒がしさに彩られている。
「どこまでいくんだよ」
「もう直ぐさ。俺としても、お前と事を構える気はない。が、だからって周りにゴチャゴチャ居る状態で話をするような内容でもないんでな」
「補導されたら、アンタを警察に突き出すからな?」
「ハハハッ!そりゃ困る……っと、見えたぜ、あの店だ」
アザゼルが指さす先。
そこは煌びやかなクラブ、ではなく地下へと潜る階段があった。掛かっている看板も目立たない良く言えば大人びた、悪く言えば地味な物。決して人目を引ける見た目ではない。
階段を下って、木製の扉を開ければ、その先に広がっていたのはシックな内装のダイニングバー。
八席あるカウンター席には数名の客が座り、カウンター内では初老の男性がグラスを拭きつつ、時折客へと酒をサーブしていく。
アザゼルは男性に片手を上げると、そのまま真っすぐに店の奥へと歩を進めた。
その背中を追いながら、寛治は今まで見た事のない大人の店といった様子の内装に視線は移りに移る。
しかし、アザゼルからこの店に対する言及はなかった。あくまでも、話し合いの場であり、飲みに来た訳では無いからだろう。
その足は緩むことなく、店最奥の木製扉の前まで辿り着き、押し開かれる。
中は、ボックス席の様になっていた。それこそ、秘密の会談をするにはちょうどいい内装で。
アザゼルが奥の席に腰掛け、テーブルを挟んで寛治も仕立ての良い革張りのソファへと腰を落ち着けた。
「さて、改めて名乗るとしようか。俺は、アザゼル。堕天使総督なんてやらせてもらっちゃいるが……まあ、俺自身似合わねぇ事してると思ってる」
「その堕天使総督様が、一介の人間に接触するのは如何なもんかね?」
「はっはっは!少なくとも、お前を一介の人間だなんて俺は思っちゃいねぇよ。赤龍帝が見つかった案件然り、そしてコカビエルの件然り。神器を持たない人間が、聖書に書かれた堕天使幹部を叩き潰すなんて、ほぼあり得ねぇ。仮に神器を持っていたとしても、最低でも禁手化を果たしてなけりゃ、まず敵わねぇだろうさ。それだけ、コカビエルは戦闘特化の堕天使だった。分かるか?お前さん、結構な注目株だぜ?」
「なら、引き入れか?言っとくけど、俺からしたら堕天使の印象最悪だからな?兵藤先輩とかの一件で堕天使に絡まれてから、毎度の様に巻き込まれてんだよ、俺は。で、あのコカビエル?の一件だ。仕事しろよ総督様」
「だから、向いてねぇんだよそう言うの。俺は、根っからの研究職側だ。だってのに、押し付けられてな。ま、確かに堕天使の行動が目立ってんのは事実だ。言い訳にはなっちまうが、理由があっての行動だ」
「コカビエルもか?」
「アレは、あのバカが突っ走った結果だな。俺が言いたいのは、お前が堕天使に絡まれた件だ。お前、神器使いを見て、いや、神器を見てどう思った」
「あ?」
真っすぐ見据えてくるアザゼルに、寛治は首を傾げるが、言われた通りに自分の知る者たちを思い出す。
ぶっちゃけ、一誠も祐斗もアーシアもチート染みている。
理論上、半永久的に倍加し続ける力。その高めた力を他人へと譲渡可能。
オリジナルには劣るものの、様々な属性の魔剣を創り出し、尚且つその大きさなども自由自在。
欠損などは治せないが、それ以外の傷をほぼノーリスクで完治可能な回復力。
「……出鱈目だな、とは思う。持ち主の技量次第に加えて、一芸特化と言えども、アレは破格過ぎるだろ」
「分かってるじゃねぇか。神の不在は聞いてるか?」
「流れで」
「昔から、大なり小なり神器の暴走は起きてんだ。特に、神滅具クラスになると猶更な。かといって、神器を引き剥がせば、持ち主は死んじまう。この辺りは、魂の分野になるな」
「……で?その神器の話で、俺が何で絡まれる」
「さっきも言った通り、神器は暴走する可能性を秘めている。勿論、全部が全部そうじゃない。寧ろ、自分が神器を持ってる事に気付かずに一生を終えることだって珍しくないからな。しかし暴走すれば洒落にならない。山本寛治、お前ならどうする。爆発するかは分からないが、爆発すれば周囲数十キロが焦土と化す爆弾が目の前にあったのなら、お前はどう対処する?」
「そんなの……そういう事か。つまり、何か。お前ら堕天使は、神器保有者を殺して回るのも偏に、転ばぬ先の杖って事か」
「勿論、ただ殺しまわってる訳じゃねぇさ。予め保護して、神器の扱いを学ばせる場合もある。神滅具とかな」
「……まあ、言ってる事は分かるけども」
「お前が襲われたのも、その一環だ。保護にしても、一から十まで全員を保護できる訳じゃない。こっちにもリソースの限界があるからな。だったら、
あんまりな物言いだったが、しかし寛治としても納得するところはある。
彼も神器ではないが、人智を超えた力を持ち。もしも暴走してしまえば辺り一帯が焦土と化してしまう事だろう。
そうなる前に、危険な目を摘み取る事はある種の平和維持活動とも言えた。というか、コストなども顧みれば態々相手を保護するよりも消してしまった方が容易い。
神滅具の使い手を保護するにしても、ワンオフともいえる神滅具の在処を把握する上では必須の事。
非情な判断と後ろ手を指されるかもしれない。しかし、もし仮に、暴走などが起こってしまえばいったいどれだけの被害が出るか分からない。
優しさだけでは、世界は、政治は、回らないのだ。
寛治としても、狙われた理由は分かった。それが納得できるかどうかは別として。
「でも、俺の力は神器じゃないって話だけどな」
「……それ、誰に聞いた?」
「爺さん」
「その爺さんは、お前の中に居るのか?」
「中……中か?というか、信じるんだな。てっきり、鼻で笑われると思ってたんだけども」
「神器は幾つかの種類に分けられる。その一つに、封印系ってのがあってな。神器の中に何かが封印されて、そのお陰で力を発揮できる。で、その何かが目覚めてる場合が……いや、待て、そうじゃねぇな。悪い、神器の話になるとどうにも。とにかく、そういうタイプが居るからな。お前の話にしても、真っ向から否定する気にはならねぇな」
ぽろりと口が滑っただけなのだが、存外真面目に捉えられて、寛治は眉を上げた。
因みに、封印系には一誠の赤龍帝の籠手などが該当する。
このまま相談しようかとも寛治は考えるが、そこで頭を過ったのが先程のアザゼルの発言。
(研究者って言ったよな)
偏見ともいえるが、
そも、今回のアザゼルの接触に関しても、神器を持たないにもかかわらず、神器の様な力を有した人間に興味が湧いたから。
内心に呼応してか、寛治の視線もジットリとしたモノへと変化していく。
これにギョッとするのは、アザゼルの方。急にジト目を向けられて、うろたえる。
「おい、何だよその目は」
「別に。そもそも、今回の目的は何なんだ?謝罪、じゃないんだろ?」
「謝罪に関しても、勿論考えてはいる。顔繫ぎも、な。だがまあ、確かにもう一つの要件もある。近々、悪魔側からも言われるだろうが、この町で、三大勢力の和平会談を行う事になった。その場に、お前にも同席してもらいたい」
「はあ?……悪魔側として、か?」
「あっちはそう思ってるだろうな。ただ、俺としては今後の事も考えて強力な戦士と交流を深めておきたいと思っている」
「今後……?」
そこでふと、寛治が思い出したのは曹操の事。
彼は、自身の事をテロリストと語っていた。そして、明らかに裏関係のテロリストがテロを起こす相手など、決まっているという訳で。
(断っちまったもんなぁ……いやいや、今更テロリストって)
改めて考えても、その選択肢は無い。
そも、寛治は戦闘狂でもなければ、戦争狂でもない。只管に強いが、しかし出来る事ならば闘いたくないと考えるタイプ。
そんな人間が、不特定多数に喧嘩を売って敵対されるテロリズムに興じるかと問われれば、否だ。
「それで?返答を聞かせてもらおうか」
「返事も何も、選択肢ないんじゃないか?ここで断っても、結局先輩たちに誘われるし」
「断らねぇのか。律儀な奴だ」
「断って必要以上に敵増やしてどうするんだよ……それにしても、和平か……ぶっちゃけ、出来るのか?コカビエルの件だってアイツ戦争目的じゃなかったか?」
「その辺を詰める為の会議だ。といっても、確かにどの勢力も一枚岩じゃない。俺達は比較的纏まっている方だが……天界は、神が死んでからシステムの維持で手一杯。加えて、神が居ないから純粋な天使も生まれなくなった。数的な危機にもあるな。それは
「あー……」
「他にも色々と山積みだが……そうも言ってらんねぇのさ」
聖書陣営、もとい三大勢力と銘打ってもそれぞれの陣営自体の力は、単体では他神話勢力に劣るものでしかない。
加えて、聖書の神と初代魔王が消え、その勢力は弱体化中。最早、内輪揉めを続けている場合ではない。
会談は、数日としないうちに行われる事になる。
余談ではあるが、その開催時間が深夜と聞き、寛治は白目を剝く事になるのだが、この時の彼はそんな事を知る由もない。