獄炎爺がシバいてくる 作:矢マン元
剣鬼というものは、こういう事を言うのだろう。迫りくる木刀をギリギリで受け止め、しかし押し切られながら、ゼノヴィアはそんな事を考えていた。
この日は、一誠を連れて、朱乃とリアスが不在。部活は無かったのだが、だからこそ日頃の活動では出来ない事をしよう、という流れになった。
そこで始まったのが、自分たちの戦力強化、もとい鍛錬。
「力任せにぶん回してんじゃねぇよ、ゼノヴィア!刃筋、もっと意識しろ!」
寛治からの厳しい指摘と共に突きが飛び、彼女の体は大きく吹き飛ばされる。
彼女だけではなく、今回は祐斗と小猫も参加している、のだがゼノヴィアの前に吹っ飛ばされて地面を転がり、アーシアに治療してもらっている所だ。
木刀を肩に担ぎ、寛治は目を細める。
欲を言えば、神器や聖剣を振るって鍛錬したい所なのだが、如何せん前者は兎も角後者は少々問題があった。
ゼノヴィアが担い手となった聖剣。
英雄ローランが用いた、不滅の刃。その名には多くの意味が込められているが、総じて永遠に通じるようなものが多数を占める。
聖剣デュランダル。切れ味は、既存の聖剣を遥かに上回り、使いこなせたならば、ありとあらゆる万物の両断すらも可能とされる。
しかし、その性質は尋常ではないじゃじゃ馬。使い手のいう事も聞かず、必要以上に周囲への破壊すらも齎してしまう。
未だ半人前なゼノヴィアは、担い手として選ばれたものの、その能力を十全に扱い熟せている訳では無い。そして、この場に残る者たちは目隠しの結界などを張れるほど器用ではなく、仮に張れてもデュランダルに切り壊されるのが落ちだった。
そんな諸々の理由から始まった、基礎固め。もとい、地獄組手。
肩を木刀の峰で叩く寛治を見やり、ゼノヴィアは苦笑いを浮かべる。
「尋常じゃないな……ッ、ハァ……あの男に出来ない事はあるのか?」
「……少なくとも、体術も相当ですね……」
「術に関しても。現状、オカルト研究部で、彼に勝てるヒトは居ないんじゃないかな」
祐斗も小猫も、寛治の強さは良く知っている。どれだけボコボコにされてきたと思うのか。
だからと言って、おんぶに抱っこではいけないとも考えている。だからこそ、地面に転がされまくっても強者へと挑み続けるのだ。
寛治としても、今回の鍛錬に否はない。彼ら彼女らが強くなれば、死ぬ可能性もある程度は減るだろうし、不穏な相手にもある程度は対応できるだろうと考えるから。
「ほら、来いよ。時間は有限。最低でも、こっちの木刀へし折れるぐらいにはなってくれねぇと」
「……その割には、その木刀、強すぎませんか?」
「そりゃ、霊力を薄く纏わせてるからな。ただな、塔城。それは、お前らだって出来る事だ」
「霊力じゃなく、魔力の話かな?」
「それだけじゃないっすよ。木場先輩も塔城もゼノヴィアも、“力”ってものを特別視しすぎてる」
「「「?」」」
首を傾げる彼らに、寛治は頭を掻いた。
「神器だろうと、魔力だろうと、駒の力だろうと、結局突き詰めればどれもが、当人の力でしかない。
言い聞かせるように、染み込ませるように、寛治は語る。
彼の観点は独特だ。言い換えれば、受け入れる素地が広いともいえる。もっと突き詰めるなら、歪んだ精神性が、必要以上に疑問を持つことを拒否している、とも表せるかもしれない。
誰しも他人と違う部分があれば、大なり小なり悩む事だろう。
山本寛治は、それが殆ど無い。悩むことなく、それもまた自分の力だと受け入れた。
その根本はどうであれ、“受け入れる”事は非常に大切だ。
「……」
祐斗とゼノヴィアが自分なりに言葉をかみ砕いて受け入れようとしている中で、小猫は己の握った拳を見下ろす。
現状、自分が一番劣っていると、彼女自身考えている。そして、
直ぐには、変われない。だからこそ、足掻くのだ。
「……お願いします」
「おう、来な」
今できる事を、する。幸いと言うべきか、教師役である寛治は技を教える事に対しても否は無い。出来るか出来ないかに関しては割とシビアで努力は裏切らない、何て綺麗事を言わない男ではあるが。それでも習いたいと言えば懇切丁寧に教えてくれるだろう。分かりやすいかは別として。
小猫が突っ込み、その後をゼノヴィアと祐斗が続く。
寛治は、待ちの姿勢を崩さない。舐めているとか、そういう話ではない。これは単純な実力差がそこに横たわっているから。
無論、そこで油断して掠り傷でも負えば、まず間違いなく夢の中で百回は確実に殺される事になるだろうが。
(塔城の踏み込みは悪くない。若干捨て鉢になってる事は否めないけども……そして、塔城を目晦ましに木場先輩が後ろから、ゼノヴィアは正面から)
的確に、三人の狙いを看破しながら、そこで寛治は常とは違う動きをしてみようと思い立つ。
彼の剣は、剛剣だ。力こそパワーとでも言うべき、剛力の元に成立する。無論、技も優れているが、対戦相手はまず最初に、彼の人間離れした破壊力に目を剥く事だろう。
しかし、
「ッ!……え」
最初に驚いたのは、小猫。
振り抜いた左の縦拳は、しかし受け止められる事も迎撃される事も無かった。
ただ、まるで風に揺れる柳の葉でも殴り抜いたかのような、圧倒的な手応えの無さ。同時に体がつんのめって、いつの間にか寛治の後ろへと転がっていた。
そしてそれは残りの二人もだ。
寛治に劣るとはいえ、剛剣のゼノヴィアも、逆に速度と技に優れた祐斗の剣技も、その悉くがまるで空中に舞った灰でも切りつけたかのように手応えなく、その体は地面を転がった。
「え、なん……」
「な、何が起きた……?」
「こういう戦い方もあるって事だ。実戦なら、カウンターで切り捨てるか、焼き捨てるんだが……まあ、今回は手合わせだからな」
肩を竦める寛治に三人は起き上がって首を傾げる。
何というか、らしくない様に思えたからだ。これは、付き合いがまだ短いゼノヴィアも感じた事であるらしく、説明を求める様に寛治を見上げていた。
「まあ、あくまでも俺の理論だが……戦い方には比率があると思ってる」
「比率?」
「ああ。分配は、力と技。俺は基本的に前者七割、後者三割って所だな」
(アレで七割……)「それじゃあ、今回はどうなんだい?」
「技九割って所っすかね。正直、俺は得意じゃないから極めたとは言えないんで。因みに極めれば、力0で相手を制圧できます」
事も無げに言うが、その極致へと至ったならば、生きながらにして武神の領域に足を踏み込んだも同然だったりする。
何せ、彼の言う力0、技10と言うのは、恐怖などで竦んだ際に起きる僅かな“力み”すらもカウントするから。
因みに、逆のパターンであっても、ソレはソレで人知を超えたものとなる。
そもそも技術と言うのは、長い年月をかけて最適化していくために歴史と共に数多の強者によって練磨されてきたものだ。
最適化とは、威力軽減につながるロスを削るというもの。
ここまでくれば分かるが、どれだけ力を籠めようとも、技がついてこなければその破壊力はどうしたって削れてしまう。しまうが、それでも相手に命中、致命傷を与える、と書けばどれだけ異常な事か。
「……教えてもらえますか?」
「あー、これに関しちゃ、マジで専門じゃないんだ。感覚的な部分が強くてな……」
詰め寄る小猫に、寛治は頭を掻く。
まず、彼がこの受け流しの奥義のような技術を体得したのは、老人との死に物狂いの手合わせと言う名の決闘中の事。
その時は、まだまだ体が出来上がっておらず、力に関しても霊力のバフがあっても現状の六割から七割ほどの出力しか出せなかった。
何度も殺されるのは御免被る寛治は、無意識の内に生き残る術を求めた。
そして、夢と言うのは無意識の領域だ。当人に意識があるかどうかは抜きにして。
無意識を通じて体に染み込んだ力加減。人間が己の感覚というものを言葉で表現する事が難しいのと同じ事。
それでも、寛治は考える。らしくないと言われても、彼は存外小猫を、グレモリー眷属を気に入っているのだから。
暫く考えて、徐に彼は木刀を地面へと突き立て、両手を小猫へと向けた。
「塔城」
「……?」
「手ぇ出せ、手。手押し相撲をやるぞ」
突然の申し出。それも遊びともなれば、疑問も一入。
しかし、そこは今までの流れとは言え、師弟関係を結んできた彼ら。小猫は素直に寛治の前に立って両手を出した。後の二人は少し離れる。
「ルールは分かるな?」
「はい」
「んじゃ、始めようか」
言うなり、ゆっくりと寛治は両手を前に差し出してくる。
手押し相撲の形としては、かなりの舐めプ。
小猫は怪訝な表情を浮かべ、しかし隙があるのなら突くのみ。それこそ、常人では視認できない様なスピードで両手を突き出し、
「ッ!?」
「はい、残念」
手が触れた瞬間、まるで空箱でも押したかのような感覚を覚えて、突き出した両手の力は行き場を失っていた。
勢いよく突き出した腕に引っ張られるようにして体が前へとつんのめり、小猫はそのまま固い胸板へとダイブ。寛治はその小さな白髪頭を掻き撫でる。
「っと、まあ、コレが受け流しの基礎だ。まあ、俺の感覚的な話なんだけどな?」
「あわわわ……」
「前提として、相手の向かってくる力に歯向かわない事。基本は、相手の力の矢印の向きに体を動かす。良い方法としては、回転だな。相手の攻撃を見切る目が必要にはなるが……カウンターまで一気に極めようと思うのなら手段としては、良いはずだ」
「にゃ、にゃう……」
「ただ、受け流しにも限界がある。当然無敵の技でもなければ、限界を超えた一発ってのは流せずにダメージになる。この辺りはもっと難しいんだが……聞いてるか?」
「ふにゃ……」
首を傾げる寛治だが、一方で情報過多となった小猫には余裕がない。
耳まで真っ赤にして、その目はグルグルと渦を巻く。
だが、これに面白くないと思うのが、青髪の騎士。
「カンジ!私にも教えてくれ!」
「お前はまず、武器を真面に振れるようになってからだ。というか、お前の場合は技極めるよりも、破壊力に特化させた方が良い。アホだし」
「……そこまで酷いか?」
「酷い……とは、ちと違うな。お前の場合は、理想は力10の技0で一撃必殺を狙う事。その一振りに全身全霊を込められるようになれば、まあ、化けるだろうな」
雑ではあるが、彼女にとっては真理ともいえる指摘。
理想としては、上から下に振り下ろすだけで、どんな相手も一刀両断にするというもの。
試しにゼノヴィアは、木刀を上から下へと振ってみる。同時に、違うと首を傾げた。
風を切る音は鋭く、その先端は容易く地面を砕けるだろう。
だが違うのだ。彼女が知ってしまった、はるか先を行く剣の先達の一振りは。
風を切る、のではなく
改めてその技量を目の当たりにし、ゼノヴィアは輝かせた目を寛治へと向けた。隣では、同じく祐斗が木刀を振って、何かに気付いたのか頷いていたが。
まだまだ未熟な彼らだが、それでも着実に一歩進む今日この頃。
そして、運命の和平会談が訪れる。