獄炎爺がシバいてくる 作:矢マン元
放課後。生徒たちは部活であれ、勉強であれ、習い事であれ、各々の時間に打ち込むことになるそんな頃合。
「行きましょうか、山本さん」
「おう……つっても、何処まで行くんだ?」
並び立って教室を出た小猫と寛治の二人。クラスでは、すわ二人が出来ているのではないかと言う、要らぬ邪推が飛び交って。女子は黄色い歓声を、男子は歯を食いしばって血涙を流していたり。
そんなクラスの事など知らない二人はというと、
「こっちです」
「なあ、そういえばこれから会うのって誰なんだ?」
「……多分、山本さんも知ってる人ですよ」
「知ってる……と言ってもよ。この学園、というかこの町って人外多いだろ?目星付けるには、母数が多すぎる」
「……とにかく、知ってると思いますから」
雑談の一部ではあるが、小猫は新しい情報に内心で寛治に対する評価を変更していく。
人外、というか悪魔や堕天使、天使含めて人間社会に溶け込んでいる人外と言うのは、基本的に人間と変わらない見た目をしている。少なくとも、傍から見ても普通は分からない。特殊な力を感知したりできるのならば話は別だが。
適当な雑談を間に挟みながら、気付けば二人は校舎を出て、少しおどろおどろしい雰囲気のある木製の校舎へ。
「旧校舎じゃねぇか。いかにもって感じだな」
「人避けがしてありますから。ついてきてください。逸れないで」
先を行く小さな背中を追って、寛治は旧校舎の中へと足を踏み入れた。
軋む廊下。人が居ない場所独特の、空気の冷たさとでも言うべき微かな湿り気のあるそこを真っ直ぐに進んでやがて辿り着いたのは一つの扉の前。
「部長、連れてきました」
「失礼します、と」
扉を開いた小猫に続いて部屋へと足を踏み入れた寛治は、そして僅かに眉を上げた。
部屋の中に居たのは、この学園でも有名人揃い。三人だけだが。
「山本さん。オカルト研究部にようこそ」
「オカルト研究部、ねぇ……」
お前らの存在がオカルトじゃね?と言う訳にもいかず、寛治は無理矢理喉の奥からせり上がってきた言葉を飲み込んだ。
現状、部屋には五人居る。その内訳は、人外4に対して人間1。加えて、揃いも揃って美形揃いなのだから、目に眩しい。
その一人、重厚な机について優美に微笑む紅髪の悪魔が口を開く。
「まずは、初めまして、ね。私は、リアス・グレモリー。このオカルト研究部の部長を務めているわ」
「あ、うっす。一年、山本寛治です、初めまして」
「ええ。それじゃあ貴方の話……の前に、後の二人も紹介させて頂戴」
「姫島朱乃です」
「木場祐斗。二年生だよ、よろしくね山本君」
「うっす」
頭を下げる寛治だが、妙な据わりの悪さを感じてしまうのは三つの視線を真っ直ぐに受け続けているからだろう。
早くも来たことを後悔しそうになる寛治。そんな彼の服の袖が引かれた。
そちらを見れば、レモンイエローの瞳が見上げてくる。
「塔城小猫です」
「え……あ、うん、知ってる」
「よろしくお願いします」
「お、おう……」
突然の自己紹介。目を白黒させる寛治だが、小猫は満足そうに前へと向き直っている為に問いただす事も憚られ、渋々彼も前を見るしかない。ついでに、目があったリアスが少し驚いた顔をしていた。
「……随分と、仲が良いのね」
「まあ、クラスメイトなんで」
「……とりあえず、そこのソファに座って頂戴。朱乃、お茶の準備をしてくれるかしら」
「畏まりましたわ」
いそいそと準備にとりかかる朱乃を尻目に、リアスは席を移る。
足の短いテーブルを挟むようにして置かれたソファ。
寛治、小猫、祐斗の並びで座り、その対面にリアスと朱乃が腰を下ろした。
「さてと、それじゃあ単刀直入に行きましょうか。山本君」
「はい?」
「昨日の夕方に空に火の玉が現れた事は、知ってるかしら?」
「うっす、知ってます」
「アレは、貴方の仕業?」
「……ええ、まあ」
「理由を聞かせてもらえる?」
「襲われたから反撃しただけっすよ……まあ、ド派手な事になったのは申し訳ないと思いますけど」
サファイアのような色合いの瞳に真っすぐ見つめられて、若干の気まずさを覚えながら寛治は事実だけを伝える。
ここで嘘を吐いたり、変にはぐらかしても、後々のしこりになる事は目に見えて明らかなのだから。彼としてもそうポンポンと事を構えるような事はしたくない。
話を聞いたリアスとしても、襲われて反撃できるのにしない、という選択肢を採る事は難しいと一定の理解を示す。とはいえ、それだけで済ませる訳には、彼女の立場的にも許される事ではないのだが。
「それじゃあ、襲ってきた相手に心当たりはあるかしら?」
「あー……黒い羽を生やしたオッサンでしたよ。何だっけな……セ何とかがどうだとか、レー何とか?の計画だとか。まあ、殺すって言われて変な槍に刺されそうになりましたね」
「随分とあやふやね。けど、その羽って言うのは、
そう言ったリアスの背に、突然黒い蝙蝠のような翼が現れた。
突然であり、同時に衝撃的すぎる光景だろう。事実、予め伝えられていなかった三人は大なり小なり、驚いた様子を見せていたのだから。
驚かなかったのは、紅茶の入ったカップを啜る彼。
「ちょっと違います。あのオッサンの羽は、カラスみたいな鳥系の羽でしたし」
「そう……それにしても、山本君。貴方は、私が人間じゃないと知っていたのかしら?」
「え?……まあ、そっすね」
「調べたの?」
「ンな訳。単純に、俺は相手が人間か人間じゃないか分かるだけっすよ」
事も無げに言い切った寛治。
何故分かるのか、と問われても彼は明確な答えを示す事は出来ないだろう。これは、感覚的な話であり、彼の中に理論立てて成立した技能ではないのだから。
強いて挙げれば、雰囲気の差異だろうか。
「だから、驚かなかったって事?」
「まあ。この町って、人じゃない奴多いっすよね。この学園もそうですけど」
「そうね……この駒王町は、悪魔の領地の一つだもの。治めているのは、私よ」
「グレモリー先輩が?」
「ええ。と言っても、行政に口を出している訳じゃないわ。ただ、悪魔としての管理をしている、と言った方が正しいかしらね」
「はぇー……大変っすね」
「……軽いわね。もう少し、色々と聞かれると思ったのだけど」
「まあ、あんまり興味ないですし。知った所で、俺がどうこう出来る問題でもないのなら突っつくのも野暮ってもんでは?……この紅茶、美味しいな」
これは、彼の結論でもある。
山本寛治は確かに強いのだろう。しかし、それだけだ。
権力者ではないし、財力に秀でている訳でもない。どこかの集団にも所属していないし、仮に所属しても上り詰めようとする気力もやる気も、無い。
だから、藪をつついて蛇を出す気はない。巻き込まれれば、その解決のために尽力するのも吝かではないが、出来る事なら対岸の火事でいたい。それが、寛治の結論。
悩む主の傍らで、姫島朱乃はそんな後輩の観察を続けながら、紅茶のお代わりをカップへと注いでいた。
決定権や裁量権は、リアスにある。腹心としてある程度の裁量が認められようとも、リアスが“主”であり朱乃は“従”であるのだから。
だからこそ、彼女は別の部分に注目した。
(珍しい子……)
朱乃の感想である。
彼女含めて、このオカルト研究部に所属するメンバーは揃って美形揃い。特に女子に関してはかなりのハイレベルだ。
特に、リアスと朱乃は男好きのする魅惑の肢体をしている。
豊かなバストと、キュッと絞られたウエスト。丸みを帯びるヒップ。それこそ
にもかかわらず、山本寛治は一度として二人の揺れる胸へと視線を送る様子はなかった。
紅茶のお代わりを注ごうと朱乃が前屈みになって、大きくその胸が揺れた時すらも、だ。
興味が無いのか、或いは
幸いと言うべきか、この部屋には小猫と祐斗が居る。
腹心がそんな事を考えているなど知る由もないリアスはというと、別の話題を切り出そうとしている所だった。
「ふぅ……この町に良くないものが入ってきてる件は、後で調査を進めましょう。それはそうと、山本君」
「なんです?」
「貴方は、悪魔になる事に興味はないかしら?」
「悪魔?……そういえば、先輩は悪魔でしたね。他のメンバーもですかね?」
「ええ、そうよ。もう一人メンバーは居るのだけど、その子は少し不安定だから……因みに、貴方を襲ったのは恐らく堕天使よ」
「へぇ……で、悪魔でしたっけ。なろうと思って成れるもんなんですかね」
「勿論よ。それで、どうかしら?」
問われ、少しの沈黙。
急な勧誘だが、リアスにも目的あっての事だ。
短い会話を交わしただけだが、彼女から見てこの後輩は悪い人間じゃない。ないが、しかし不確定要素が多すぎた。
力の根底は何なのか。神器を持っているのか、いないのか。持っていないならば、その実力は如何ほどなのか。
不確定要素を野放しにする事ほど恐ろしいことは無い。ならば、主従契約による束縛を以って管理下に置く方が幾分かマシ。そう考えての提案。
一方の寛治はというと、暢気に茶をシバイていた。
そも、彼の返事など最初から決まっているのだから。
「――――お断りします」
「……理由を聞いても良いかしら?」
「まあ、俺は人間で良いんスわ。人間として生まれて、生きて、死んで。それ位で良いんです」
「そう……無理強いをする気は私にも無いわ。ああ、でもオカルト研究部には入ってもらおうかしら」
「その心は?」
「一つは、監視ね。貴方が何かをしでかすとは思っていないわ。でも、領地運営をする立場からすれば、力ある人材を野放しにしておけないの。二つ目は、貴方自身を守る事にも繋がると思うわよ?」
「俺を?」
「ええ。オカルト研究部に所属しているのなら、私の庇護下に入るという事にもなるもの。もしもの時、後ろ盾があった方が、貴方としても都合が良いでしょう?」
「それは、まあ……因みに、活動内容はどうなんです?」
「雑事を任せる事にはなると思うわ。それから、なるべくこの部室に顔を出してもらうかしらね。幽霊部員じゃ、監督しているっていう言い分が通り難くなるもの」
「ふむ……」
悪くはない、少なくとも寛治にはそう思えた。
後ろ盾が欲しいことは事実であるし、何より自分の知らない人外事情に関してもオカルト研究部に籍を置いておけば手に入るかもしれない。
放課後も基本は暇している。夕飯を作らなければいけないが、寛治自身凝ったものを作る気は無いため遅くなっても特に問題は無いだろう。
頭の良い人間ならもっといろいろ突っ込むんだろうな、なんて頭の隅で考えながら寛治は頷く。
「部活の参加位なら良いっすよ。俺としても、いつまでも知らないのは色々と困りましたし。あ、でもあんまり遅くなるようなら無理っすよ?」
「その辺りは、ちゃんと考慮しておくわよ。けれど、理由を聞かせてもらえるかしら?」
「単純に、家に人が居ないんすよ。両親は海外出張で、夕飯とかは自分で用意する必要があるから、あんまり遅いと作るの面倒になるんですよね」
「あら、一人暮らしなの?」
「一時的ですけどね。という訳で、その辺りはお願いします」
「ええ、事情があるのなら仕方ないもの。入部届はこっちで申請しておくわね」
「うっす」
トントン拍子に話は進んだ。とはいえ、そこまで深く話したわけではない。
理由としては、寛治がタイムセールに向かいたいと申告したから。一人暮らしであるという前情報がある手前、相手の生活事情に直結した理由を無理矢理カットできるほど、リアスも鬼ではなかった。
かくして少年は、裏の世界へと足を一歩踏み入れる。遅かれ早かれ訪れていた未来は、今この瞬間に歯車となって当て嵌められた。
人は強くなければ選べない。しかし、強ければ強いほどにその背に負った
潰れるか、潰れないか。それは誰にも分からない。