獄炎爺がシバいてくる   作:矢マン元

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 日常に新たな風が吹き込んでも、寛治の毎日は変わらない。

 

「おげっ!?」

 

 胴体に走った衝撃と共に空気が吐き出され、せり上がってくる体液が口より溢れ、零れ落ちる。

 崩れ落ちた寛治を見下ろす老人は、その年齢に合致しない鍛え、練り上げられた上半身を惜しげも無く晒して残心。

 今日の夢の中は、体術鍛錬。刀や術を用いるものと違い、長い時間だ。

 そのせいか、間が開く時間というのが結構ある。

 

「ぜぇ……ぜぇ………なあ、爺」

「なんじゃ」

「流刃若火って神器なのか?」

「それを聞いてどうする」

「いや、気になっただけなんだが……」

 

 起き上がって胡坐をかいた寛治を、老人は真っすぐに見下ろす。

 

「魂に縁るものではある。が、神器ではない」

「違うのか?」

「斬魄刀と呼ばれるものじゃからな。とはいえ、今の小童には関係のない事。問答は終わりじゃ、(はよ)う構えんか」

「ちぇー……」

 

 唇を尖らせて不平をあらわにしながらも、寛治は立ち上がって構えなおす。

 手刀や貫手、掌底や張り手など様々な手業というものが存在するが、寛治が老人に叩き込まれたのは愚直なまでの拳による、殴打。それも、()()()()()()()が一切ない、愚直一辺倒の只管破壊力のみを突き詰めた剛拳だ。

 だからだろうか、その破壊力と遊びの無さに反して、両者の打撃における戦闘スタイルは完全な“待ち”。突っ込んできた相手に、最大級のカウンターとして一撃を叩き込む。

 

「「……」」

 

 腰を軽く落として左足を後ろに下げ、対して右足を半歩前へ。右拳を体の前へと持ち上げて、左拳は後方へ。

 そして始まるのは、間の攻防。互いが互いにじりじりと摺り足によって前へと進んでいき、やがて制空圏、ようは両者の間合いがぶつかる部分が発生する。

 まるで火花を散らすような緊張感が高まっていく。

 寛治の頬を一筋の汗が流れ、顎を伝って滴り落ち、そして木目の床で弾けた。

 

「――――ッ!」

 

 その刹那、時間は限りなく圧縮される。

 稼働する関節が、筋肉が、その筋の一本まで意識が通ったかのような全能感と同時に、空気の壁を貫いていく拳。

 カウンターを主にするからといって、仕掛けられない訳ではない。先手必勝という言葉もある様に、相手よりも先んじれば、それだけ有利に働く場合があった。

 もっとも、

 

「――――まだまだ、甘いわ」

「ぶっ……!?」

 

 悠々と突き出した拳は躱され、代わりに寛治の顔面に老人の拳が突き刺さる。

 そのまま殴り飛ばす、のではなく拳の軌道は前から下へとそのベクトルを変え、その行き先は床。

 衝撃と粉塵が勢いよく弾ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 塔城小猫にとって、山本寛治という男は、正直なところよく分からないというのが表現としては正しいかもしれない。

 実際に顔を合わせたのは、駒王学園の高等部入学の折に同じクラスになった事から。

 だが、その前から、小猫は彼の存在を知ってはいた。

 少々特殊な出自である彼女は、霊力などを感じ取る事が出来る。本格的な修行を受けている訳ではないため、種族的な本能の部分に依るのだが、とにかく感じ取れた。

 感じ取ったのは、“熱”。当人は欠片も力を発揮していないというのに、漏れ出すソレは彼がその身に宿した力の強さというものを表しているかのようだった。

 遠目から見た時の感想。そして、実際に顔を合わせれば、また印象が変わった。

 

「くあぁーーー……眠ぃ」

 

 朝から隠そうともしない大欠伸。通学路の関係で朝から出会う事が増えた為か、ほぼ毎朝小猫は寛治の眠たさの愚痴を聞いているような気がする。いや、気がするというか事実、ほぼ毎朝彼女は彼の朝の愚痴を聞いていた。

 しかし、小猫は知っている。

 眠い眠いと愚痴りながらも、存外寛治はその眠気に対してそれほど困っていないという事を。

 いや、授業中に居眠りをしてしまったり、その居眠りから起きた直後の彼の表情は人でも殺しそうなほどに険しいものであるのだが、それでもやっぱり言葉ほど、そして表情程怒っていない。

 

「今日も、寝不足ですか山本さん」

「いや、寝てるって……まあ、いつも通りさ」

「……お疲れのようなら、甘いものはどうです?」

「甘いもの?」

「はい。お勧めの和菓子屋さんがあるんです」

「和菓子か……良いな。何かお勧めとかあるのか?」

「餡子が美味しいので、その系統ならどれも……裏漉しを確りしたカボチャ餡や栗餡もお勧めです」

「へぇ……」

「良ければ、案内しましょうか?今日の放課後にでも」

 

 気付けば、そんな事を口にしていた。驚いたように見下ろしてくる鳶色の目を見返しながら、この頃妙だと内心で小猫は首を傾げていたり。

 別に、ついていく必要はない。店の場所を書いた住所か、もしくは地図でも渡せばいいのだから。商品に関しても自分のおすすめの品、店のお勧めの品をそれぞれ書いて、後は店を直接訪れた寛治自身に選ばせればいい。

 にもかかわらず、自然と彼女の口はその提案を呟いていた。

 しかし、小猫はどちらかというと物静かなタイプ。内心が表にポロッと出る事はあまり無い為に、彼女の内心が寛治に流れることは無い。彼自身もそれほど深く考える質ではないため、相手の心を読み取れと言われても首を傾げていた事だろう。

 

「良いのか?部活あるだろ」

「……正直なところ、オカルト研究部は表向きですから。本質は、部長の眷属たちの拠点で依頼を受けて簡単なお願いを叶える、そんな場所なんです」

「んじゃ、呼ばれなきゃ、実質行く必要はあんまりない訳だ」

「はい。でも、ある程度は顔出ししておかないと、心配されますよ?」

「……何というか、母性的だな。ただの部員ってだけなのによ」

「それでも、でしょう。それとも、山本さんは嫌ですか?」

「んー、今の所ノーコメントで。そもそも、入部して二日目。加えて、顔合わせたのなんて一時間前後だぞ?それで為人が全部分かるほど、俺は人間観察得意じゃねぇし。あ、でも、姫島先輩のお茶は旨かったな。俺、紅茶とかあんまり飲まねぇけどアレなら飲めるし」

「……緑茶も美味しいですよ?」

「そりゃ、場合によりけりだろ。洒落たマカロンとかフルーツタルトを食べるときに湯呑と急須を用意したりしないだろ?」

「むぅ……」

 

 そういう事ではない。無いのだが、小猫自身何故噛み付いてしまったのか分からない。

 やっぱり内心で首を傾げ、しかし今はお勧めのお菓子を幾つかピックアップする時、と思考を切り替える。

 

「山本さんは、甘いもの好きですか?」

「おう。アメリカのショッキングピンクとかパステルカラーの砂糖の塊まんまのカップケーキとか、インドのグラブジャムンみたいなのじゃなけりゃ、美味しく食うさ」

「でしたら、餡子はどうです?粒あん、こしあん。黒餡、白あん、ずんだ、味噌餡、芋餡、栗餡、胡麻餡等々。色々ありますけど」

「無難に、黒、だな。こしあんが良い。前に粒あん食った時に、喉に小豆の皮が張り付くみたいなことになって面倒だったからな」

 

 肩を竦める寛治はその時の事を思い出しているのか、自分の喉の仏辺りを左手で撫でていた。味には言及しない辺り、単純にその記憶があるから粒あんを避けただけらしい。

 餡子談義をしながら、話は徐々に和菓子全般に広がり、垣根を超えて洋菓子にまで手が伸びた頃、二人の足は学園へと辿り着いていた。

 

 穏やかな時間だった。学生とはかくあるべき、と例の一つとして示せそうなほどに。

 しかして、荒事は目の前に迫っている。既に、未覚醒の紅い龍へと一人の堕天使が接触を図り、同時に仇討ちをせんとその目を光らせているのだから。

 

 もっとも、高々一羽のカラスが、太陽の化身と呼んでも差し支えないような存在に突っかかった所でその身を炭化させられる、いや炭化どころか灰の一つも残らずに焼き尽されるだけなのだが。

 

 当の彼は、のほほんと放課後の甘味処に現を抜かして、教師からの睡眠呪文に落ちて夢の中でシバかれて起きるという嫌なルーティンに顔を顰めるのだった。

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