獄炎爺がシバいてくる 作:矢マン元
山本寛治がオカルト研究部に籍を置くようになって暫く経った。
とはいえ、彼が部に貢献するような活躍をしたかと問われれば、否だ。ぶっちゃけ、部室に行ってお茶飲んで、お菓子食べて、適当に駄弁って、そしてお先に失礼、を繰り返すだけの日々。
そも、オカルト研究部というのは、リアスが眷属揃っての拠点として表向き復活させただけの隠れ蓑に過ぎない。その活動内容にしても、悪魔としての勢力基盤づくりばかりで、ハッキリ言えば人間である寛治に出来る事は特にない。
もっとも、両者どちらもそれを是としたのだからこの話が拗れることは無いだろう。
そんなオカルト研究部の日々。変化と言えば、もう一人の新入部員が当て嵌まるだろうか。
「何やってんです、兵藤先輩」
「イッテテ……あ、山本。いや、その……ロマンの探求?」
頬に紅葉を引っ付けた茶髪の男子。学年で言えば一つ上の先輩。
兵藤一誠。オカルト研究部の新たな一員であると同時に、リアスの“兵士”。とある経緯、というか堕天使に襲われて命を落とした後、リアスによって転生悪魔として再び蘇った。
素行に少々問題はあるものの、根っからの悪人ではない。少なくとも、寛治からの一誠に対する評価は良くも悪くも、普通。戦う人間としては、『もっと頑張りましょう』だろうか。
夕暮れ時の校舎を並び歩く二人。向かうのは、旧校舎。
「そういえば、山本は悪魔じゃないんだよな」
「そっすね。俺も断りましたし」
「……理由聞いても良いか?」
「いっすよ。と言っても、単純に悪魔に成るメリットが無かったですし。なる理由も無かったんで」
「メリット?」
「俺は、先輩と違って選択肢がありましたからね。で、悪魔に成ったとして俺にどんな恩恵があるのか。言っちまえば、それが無かったからっすね。人間に生まれたのなら、百年ぽっちの寿命で良いんです。態々グダグダダラダラ生きていたくないんで」
アッサリと言い切った寛治だったが、これは彼の本心でもあった。
長生きしたいとも特に思っていないし、不老不死になりたいだとか、そんな狂気的な思想も持ち合わせていない。
一方で、一誠もまたそんな後輩の言葉に考えさせられてもいた。
彼が悪魔に転生する時、選択肢は無かった。生へとしがみ付くために、宛ら夢の中に居るような現実感の無い状況での転生。そのせいで、少々自分の体の変化に戸惑ったりもした。
しかし、考えもしなかった寿命の観点。
悪魔の寿命は一万年以上とも言われる。それこそ、高々百年ほどしか生きる事のない人間と比べれば、いや比べる必要もないほどに差がある。
長い寿命というのは、そのまま
黙ってしまった一誠に、寛治は緩く手を振る。まるで、この場の空気を流すように。
「まあ、所詮は個人の意見っすよ。先輩がハーレムに邁進して、女の乳とケツ追いかけ回そうが、俺は別に止めないんで」
「ちょっと待って?さっきまでだいぶシリアスな雰囲気だったんだけど?急に俺の株下げるようなこというじゃん!?」
「いや、事実じゃないっすか。先輩、部室に居る時、大抵グレモリー先輩か姫島先輩の胸ばっかり見てますし」
「し、仕方ねぇだろ!寧ろ、男なら見ちゃうだろ!?夢と希望が詰まってんだから!」
「胸に詰まってるのは、脂肪っすよ」
「そういう生物的な事じゃない!……はぁ、山本って枯れてるのか?それとも、オッパイじゃなくてお尻の方が好きだったりするのか?」
「いや、どうでも良いんですけど。というか、大声でそういう事言わない方が良いっすよ。ただでさえ、先輩って女性陣に睨まれてるのに」
「うっ……ま、まあ、そうだけどな……でも!オッパイは良いぞ!男の夢が詰まってる!」
声を大にして胸を張る一誠に、寛治は一つ息を吐き出す。
悪い人ではないのだが、こういう所が尊敬できないのだ、と。
余談ではあるが、この後旧校舎について、部室の扉を潜る迄後輩へとエロの伝道を続けていたせいで、白髪ロリッ子にドロップキックを食らわせられることになるのだが、上機嫌に口を回す彼は知る由もない事。
*
充実するリアル。課題と部活に加えての、一人暮らし。金銭的には、寧ろ多すぎて貯蓄に回しても余りある生活費が毎月送金されている為特段困窮はしていない。
では、何に困るのか。
「ほれ、もう一度じゃ小童。向かって来ぬか」
「ぜぇ……ぜぇ……」
ボタボタと滝のような汗を流しながら、膝を折って倒れ、どうにかこうにか左前腕で体を支える寛治へと掛けられる厳しい言葉。
彼の前で、老人は筋骨逞しい上半身を晒して、その背後には日輪の如し炎の輪を背負って見下ろしていた。
“万象一切灰燼と為せ”
正にこの言葉に偽りのない力を、その刀は確かに有している。
老人の刃と同じく、寛治が右手で握る刀もまた業火を纏い、吐き出している。しかし、届かない、足りない。
「く、っそ……!」
汗を拭って、刀を杖に寛治は立ち上がる。
どうにも、老人からのシゴキが厳しくなっている気がしないでもないが、既にその辺りの感性は彼の中ではほとんど死んでいる為反応しない。
只管に夢の中とはいえ体に叩き込まれ続けてきた、『折れない心』のままに立ち上がり、そして構え、力を込める。
自分の体すらも焼き焦がさんとする圧倒的なまでの火力。流れていた汗は一瞬の内に気化し、同時に肌の水分すらも一気に攫ってひび割れそうなほどに乾燥していく。
だが、
(もっと……!)
度重なる鍛錬の結果、今の寛治は端的に言って頭のネジが外れていた。
刀の柄を握る手からプスプスと黒い煙が上がり、肉の焼ける音とニオイが周囲に漂い始める。それでも、完全に目がイってしまっている寛治は力を緩めない。
そして、その力に呼応するように
両掌が爛れるを通り越して、もはや炭化し始めているにも関わらず寛治は刀を上段に掲げて前を見る。
吹き上がる炎は、まるで活火山の噴火のよう。
相対する老人はと言えば、その切れ長の細い目を僅かに開き、同時に凄まじい、それこそ地面が揺れる程の膨大な圧力を発し始めているではないか。
「
寛治が活火山ならば、老人は太陽か。
両者の炎が猛り、床を嘗め、そしてぶつかる。
*
「~~~~~~ッ!」
朝、山本寛治は激痛と共に跳ね起きた。
いつもの自室、いつもの布団。しかし、いつもと違うものがある。
「イッテェ……!」
脂汗を滲ませて見るのは、両手。というのも、何と彼の両掌は真っ赤に焼け爛れていたのだ。具体的には掌の皮が剥げて赤みを通り越して白く細胞が死んでしまっている始末。ついでに、両腕の前腕も赤くなっており、軽度の火傷が見て取れた。
明らかに、夢の中の無茶が原因だろう。しかし、今に至るまでここまで明確に影響が出た事が無かった為に、寛治は動揺していた。
両手がこの様では、布団を片付けるどころか、寝間着から着替えることも出来ない。当然、食事の用意など以ての外だ。というか、両手が使えない時点で人間生活の大半は不可能になる。
どうしたものかと考えて、不意に世界が止まる。
「――――意識を集中せよ」
「爺……!?」
「お主は、新たなる領域へと足を踏み入れた。じゃが、未だに未熟者である小童では修練の前に体が壊れてしまう。故に、新たな技の習得を行ってもらう」
「……何すんだよ」
「名を、回道。技術体系では鬼道に分類されるものじゃ」
「どうすんだよ。集中って、それだけか?」
「この技能には、当人の才覚が多分に含まれておる。その骨子を掴めなければ、お主の手はそのままとなるじゃろうて」
「こんの、スパルタ爺が……!」
滅茶苦茶だ!と内心で叫びながらも、寛治は必死に両手に集中する。
体術も剣術も斬術も鬼道も斬魄刀の解放も。ありとあらゆる老人からの教えは、文字通り体に刻まれてきたという経験が彼の行動の速さを物語っている。
意識を両手に向ける事で、より一層火傷の痛みが増したような気になるが、同時に彼の体の中に渦巻いている霊力もまた両手に集まっていく。
回道は、鬼道の中に分類される。そして鬼道は、言い方を変えるならば魔法に近い。
詠唱と霊力、そして術そのものに込める霊力のバランス。しかもそれら一切合切が鍛錬よりも、術者本人の才覚がモノを言うのだから中々に理不尽だ。
(ッ……!傷ってのは、言い換えれば
傷の修復には様々な方法があるが、ポピュラーなのは細胞分裂の速度を速めて傷を治すというもの。デメリットとすれば、生物の細胞分裂の回数は決まっている為自然と寿命を削る点だろうか。
一方で寛治の方法は、傷を別の力で埋めるというもの。極めれば、戦闘中であろうともゾンビのように傷を回復しながら戦い続ける事が出来るだろう。それこそ、霊力が尽きるその時まで。
「ぐっ……!こんな所、か?」
皮膚が突っ張ったような、独特の火傷痕の感覚を残しながらも、少なくとも掌は皮膚がだらりとはがれた様子だけは無くなった。爛れた痕も無いが、その代わりに真っ赤。
痛みはすれども、それでも朝目覚めて直ぐの時に比べれば幾分かマシ。後は軟膏でも塗って包帯を巻けば良いだろう、と決めて息を吐き出した。
「まだまだ、じゃのう。精進を、忘れるでないぞ」
それだけを言い残して、老人は消えた。同時に、世界に色が戻って時間は進み始める。
シンと静まり返った部屋で、寛治は息を一つ吐き出した。
その溜息には多分なまでの疲労の色が見て取れたのは、恐らく気のせいではないのだろう。