獄炎爺がシバいてくる   作:矢マン元

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 最近変わった。塔城小猫は、その変化を独特なニオイと同時に気が付いた。

 

「火傷でもしたんですか?」

「あー……まあ、な」

 

 歯切れの悪い寛治に、小猫の眉間に寄った皺がますます深くなってしまう。

 変化は数日前から。彼が急に指先から前腕の中ほどまでぎっちり包み込む包帯を巻いてきたことに始まる。

 中二病の発症か、なんて言われたりもするがその包帯に滲む()が、そんな噂を掻き消していた。

 

「薬のニオイがします。それもかなり強い。教えて、もらえませんか?」

「いや、あー……確かに怪我はしてるが、別にそこまで騒ぐようなもんじゃないさ」

「包帯でグルグル巻きにしているのに?」

「保護の為さ。ほら、擦り傷にも絆創膏を貼るだろ?それと同じようなもんだって」

「……」

 

 ジッと見上げれば、バツが悪いのか逸らされる目と顔。

 付き合いの時間から考えても、小猫と寛治の相性は悪くは無いだろう。少なくとも、どちらも邪険にする様な様子はない。

 だからといって、一から十まで情報共有をしているかと問われれば、否だ。表面的な情報、例えば好きな味覚であったり、苦手な教科であったり位なら知っているが、互いの家庭事情や持ち合わせる力等に関してはノータッチ。

 目に見える変化であろうとも、小猫にはそれ以上踏み込む事が出来ない線引きがそこにはあった。

 

「……処置はしてるんですよね?」

「その辺りは、抜かりない。自然由来の軟膏塗ってる」

「お風呂とか、どうしてるんですか?」

「ゴム手袋とラップ使ってる」

 

 本当の所は、夜の風呂に入る前にどうにかこうにか水やお湯に触れても問題ないレベルで傷を回復させてから入浴するという七面倒な手順を踏んでいるのだが、その辺りの説明を彼女にする気が、寛治にはない。

 いったん会話が途切れた所で、そういえば、と寛治は口を開いた。

 

「なあ、俺が言うのもアレだけど、ここ最近何かあったか?」

「なにか?」

「いや、夜にごたごたしてるみたいだからな。そっち(悪魔側)の仕事で何かやってるのかと思って」

 

 悪魔ではないため、寛治は夜間に行われているオカルト研究部の悪魔仕事に関してはノータッチだ。リアスもその辺には配慮しているらしく、彼が六時を過ぎて帰る事を咎めるような事はしない。

 だがしかし、関わらないと言っても感覚の網と言っても良い感知範囲内でバタバタ動かれれば、気にするなと言う方が無理な話。少なくとも、寛治としては気になって仕方がない、とまではならないが、それでも少なからず神経に障る。

 一方で、小猫としても思い当たる節がある。

 厄介事を運んできたのは、新しく眷属入りをした先輩(変態)

 少々、いやかなり辛辣ではあるが、これは小猫からの印象が悪い彼に問題があるという訳で。

 そんな彼が出会った教会の聖女。そして、彼が悪魔へと転生するにあたってその根本的な原因を創り出した堕天使。

 特に後者に関しては、自己防衛のためとはいえ寛治とも接触があった。情報共有はすべきだっただろう。

 しかし、今日にいたるまで寛治が居る中で、その手の話題が上がったことは無かった。これは、彼があくまでも()()の為に部に身を置いている事。そして、彼自身が本格的に裏事情に足を突っ込んではいない事に起因していた。

 因みに、そんな足を突っ込まない後輩が、部活はおろか現状この町に居る異能持ちや人外含めて最も強いのは皮肉というべきだろう。

 

「……兵藤先輩が、少し」

「セクハラで訴えられたか?」

「違います。悪魔と教会勢力の仲が険悪な事は……」

「前に、ちょっと説明受けたな。よくある話だ。表向きは友好的でも、裏側ではバッチバチにやり合ってる、なんてな」

「ただ、今回は少し違う様なんです。出張って来たのは、天使ではなく、堕天使なんです。それから、はぐれのエクソシスト」

「ほお?堕天使って言うと、俺を襲ってきた奴らって事だよな?」

「恐らく、そうです。山本さんも気を付けてくださいね」

「気を付けろって言われてもな」

 

 後頭部を掻く寛治は、チリリと痛む包帯の下の皮膚に眉根を寄せる。

 彼が思い出すのは少し前に消し飛ばした羽の生えた男の姿。そしてその実力。

 アレを基準に据えるのはかなり危険な行為であるのだが、現状寛治が命の危機を感じたことは一度としてない。寧ろ、夢の中の老人の強さが際立ちすぎて揃って団栗の背比べだ。

 

 だから、寛治はこの件にはこれ以上触れることは無い。彼にはもっと厳しく、そして激しく、何より苛烈な試練が目の前に転がっているのだから。

 そして、時は流れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤き龍がその力の片鱗を見せつけたその日、火を継ぐ少年もまた獄炎に揉まれてその身を焦がしながら必死に前へ藻掻き、進んでいた。

 

(津波だな……!)

 

 荒れる息と肉の焼けるニオイを共にして、寛治は目の前の光景をそう評した。

 正面だけではない。彼の周囲は、炎に飲み込まれてしまっている。宛ら、炎による檻の中に閉じ込められているような物。

 この炎の檻から少し離れた場所にて、事の成り行きを見ているのは常に寛治に試練を課し続ける夢の中の老人。

 流刃若火には幾つかの技が存在する。寧ろ、その古い歴史に反してその数は少ない、とすらも称せるかもしれない。

 これは、流刃若火自体に“技”という括りを与えずとも必殺、ないしは相手に痛烈な痛手を与える事が出来る為だろう。

 そんな流刃若火による、“技”。その脅威度は、推して知るべし。

 

「ふぅ……!」

 

 寛治は息を吐き出す。

 炎の壁は迫っては来ない。しかし同時に、勝手に消える事も無い。脱出するには、正面突破。これに限る。というか、老人も時間耐久で終わらせる事を許さないだろう。

 

(感覚は覚えた。自分も焼き尽くすように、火加減は無しだ!)

 

 霞の構えにて、切っ先が狙うのは炎の壁。

 刀身より吹き上がる炎。その炎に呼応するように彼が握る柄も高温、どころか(なかご)からも炎が滲んでいる。

 当然、そんな物を握れば手は焼け爛れる事になる。そこで活躍するのが、ここ数日で見れる程度にはなった回道。

 焼け爛れた側から、皮膚を、肉を、骨を、神経を、修復していく。いや、焼けているのだから痛みが無い訳ではない、が既に腹を括った寛治には蚊に刺されるほどに頓着しない。

 精神が肉体を凌駕する。脳が痛みを感じる前に、そも痛みという信号を受信する前に、握り潰す。

 

 山本寛治の異常。頭のネジが数本外れていると言っても良いかもしれない。

 

 汗が頬を伝い、顎先へと辿り着く前に()()()()。霞の構えという刀身が顔の真横にあるような体勢であるためか、眼球が急速に乾き、それどころか顔の皮膚から一気に水分が抜けていくような感覚を覚える。

 同時に、巻き上がる炎が急速に刀身へと集束していく。いつぞややった、炎を操作した上での圧縮。しかし、あの時とは規模も火力も破壊力も、全てが桁違い。

 焼けた指先から、微かに黒煙が上がる。皮膚が若干ひび割れ、血が滲む。

 

 しかし、()()()

 

「――――ほう」

 

 炎の壁の向こう側で、老人は常にほとんど閉じられたような目を開ける。

 老人は、寛治に対して技の伝授というものをほとんどしていない。いや、後々仕込んでいくつもりではある。

 これは寛治自身の発想力を限定しない為。

 発想力は、当人の進化に繋がる。進歩にも直結し、成長へと至る。

 

「――――……集焔(しゅうえん)・」

 

 噴き出す炎が渦を巻くようにして集まり、刀身、鍔、柄、そしてその刀を握る腕すらも包んでいく。

 そして、前に出ていた左足が強く踏み締められ、体は前へ。

 体の中心である正中線をブレさせる事無く捻り、左足から発生した力をそのまま腕へ移動。掌でねじり込みながら狙いは真っすぐ。

 

「――――焔突(えんとつ)ッ!!!」

 

 体と手によって発生した捻りをそのまま回転へと変えつつ、突きと同時に収束した炎が回転しながら円柱状に前へと勢いよく伸びていく。

 寝かせた炎の竜巻、或いは熱線。少なくとも、コレを生身で食らう事になれば並大抵の輩など一瞬で塵と化すことだろう。

 

 同時に、技の完成は寛治の課題の一つが達成された事に他ならない。

 炎に巻かれた腕も、焼けた掌も、水分不足でひび割れた肌も、その全てが今では完治、とまではいかずとも戦闘に支障がない範囲で回復済み。同時に、自分の体すらも焼き焦がさんとする炎の出し方と操り方もようやっと体得した、と言えるレベルに到達した。

 

「良くぞここまで練り上げた。褒美をやろう」

 

 炎の檻を突破して突き抜けてくる寛治の一撃に対して、老人は鞘へと納めた刀を腰の左側へと添えて鯉口を切る。

 

「――――流刃若火、一ツ目」

 

 瞬間、音が消える。

 

「――――撫斬(なでぎり)

 

 それは、業火を湛えた刃を振るうには、あまりにも静かな納刀。鯉口が噛み合い、小さな金属音と共に、その場は縦に断ち切れる。

 

「マ、ジか……」

 

 乾坤一擲でもまだまだ届かない。自分の未熟さを突きつけられながら、寛治の意識はそこで途切れた。

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