獄炎爺がシバいてくる   作:矢マン元

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 蕩け合うソフトクリームと黒蜜。その下に敷かれた黄粉をまぶした蕨餅。

 甘みが多すぎればくどくなりそうなものだが、敢えて砂糖抜きの黄粉に甘さ控えめの蕨餅を添える事によってバランスがとられている。

 そうして、飲み物として頼んだ熱いほうじ茶を啜れば、口の中も完全にリセットされた。

 

「旨いな。甘味のメニューだけじゃなくて、お茶にも妥協してないのがまた良い」

「気に入りましたか?」

「そりゃ、もう」

 

 頬を僅かに緩ませながら次の一口を運ぶ寛治に、自然と対面の席に座る小猫もまた仄かな笑みを浮かべた。

 週末デート。傍目からはそう見えるかもしれない。が、しかし当人たちには()()()そういう認識はない。

 ただただ、美味しい創作和菓子へと舌鼓を打つ。

 

 そうして、二人の前に置かれた小鉢が空になった頃、

 

「そういえば、山本さん」

「んー?」

「この前、部長とは何を話したんですか?」

「……またその話か。だから――――」

「山本さんと話してから、明らかに部長の雰囲気が明るくなりました。最近は思い詰めているような感じだったのに……だから、気になるんです」

 

 真っすぐに見つめてくる黄金の瞳に、寛治は匙を置くと居心地が悪そうに首筋を撫でた。

 別に、リアスからの口止めは無い。ないが、しかしペラペラと吹聴して良い事でもないだろう。口の堅さを確認されたのも考えれば、猶の事。

 しかし同時に、ここでいたずらに口を噤み続ける事もまた、悪手であると寛治は何となく察してもいた。

 頭を掻き、脳内で言葉を組み立てて、寛治は口を開く。

 

「……先輩の愚痴を聞いただけさ。まあ、あの人も立場やらなんやら色々とあるからな。吐き出せないことだって腹の内に溜まっててもおかしくは無いだろ?」

「愚痴……私たちの事ですか?」

「それだけは、絶対に無い」

 

 変な方向へと流れそうだった小猫の思考は、しかし思ったよりも強い言葉に止められる。

 

「あの人は、お前ら全員を等しく大切に思ってる。まあ、確かに頭の痛くなるような事を起こす事もあるだろうさ。でも、そんな事であの人の親愛の情が薄れる事はねぇだろうさ」

 

 リアスの身内という立場にありながらも、人間であるという点から周りよりも一歩引いてみている寛治からの感想はこれに尽きる。

 血筋を抜きにしても、彼女は甘い。いや、非情になれない訳ではないだろうが、しかしこと身内に関しては甘すぎるほどに。

 

「まあ、早晩直面する問題だ。ひょっとすると週明けにでも事が起きるかもしれない。それまで、大人しく待ってろよ」

「……それじゃあどうして、部長は山本さんにはお話を?」

「俺が世間話的に聞き出したってのが一つ。後は、庇護下ではあっても微妙に距離があったからこそ自分の弱みを出しても良いと、無意識に思ったのかもしれねぇな」

「むぅ……」

「何だよ」

「別に……なんでもありません」

 

 そっぽ向く小猫に、寛治は首を傾げるしかない。

 

 彼女の内心は、モヤモヤしていた。

 それは目の前の少年に対してなのか、それとも自分の主に対してのものなのか。或いは、その両方なのか。小猫自身にも分からない。

 分からないが、しかし何か嫌だった。

 姉と慕う主の事も、そして目の前の少年の事も確かに好きであるのに、その二人が一緒に居る姿を思い出すと胸の奥がチクリとする。

 

 少女はまだ、その感情に気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気分の乗らない休み明け。それは学生であろうと、社会人であろうと変わらない。

 しかし、今の寛治は別の意味で落ち着かない気分を味わっていた。

 

「こちらをどうぞ、山本様」

「あ、うっ……ど、どうも」

 

 ソファに座る寛治の前に置かれるソーサーとカップ。中身は、薫り高い一杯の紅茶だ。

 問題なのは、その紅茶を用意した相手。

 

 この日、寛治は何となく部室へと一足早くやってきていた。

 小猫はクラスの方で用事があり、二年生の先輩方も姿は見えず。その代わりというべきか、カバンが一つだけ置かれ、そして見覚えのない“銀”がそこに居た。

 三つ編みが特徴的な藍のメイド服を身に纏った女性。リアスや朱乃とはまた違った、大人の女性としての色香のような物を感じさせながらも凛とした雰囲気。

 一応、部室に入る前に知らない誰かが居る事を察知はしていた寛治だったが、しかし思わぬ様相の相手に目を点にしたのは無理からぬこと。

 

 グレイフィア・ルキフグスと名乗った女性は、グレモリー家のメイドなのだとか。名乗られてもしどろもどろになってしまったのは、お客様的扱いに慣れていなかったせいか。

 出された紅茶に口を付ければ、芳醇な香りと後を引く僅かな渋み、味わいが口の中一杯に広がった。

 

「旨っ……」

「お気に召したようで、何よりです」

 

 自然と零れた独り言に、妖艶ともいえる艶のある笑みが返ってくる。

 紅茶は美味しいが座りの悪さは増した。しかし、ここで逃げ出す選択肢を採るには余りにも目の前の一杯は魅力的すぎた。

 

「……」

(めっちゃ見てくる)

 

 カップに視線を送りながら、突き刺さるとも言えそうな視線を受け止める寛治。

 侮蔑や下に見るような感じではない。どちらかというと、観察、一挙手一投足を見落とさないように集中しているような、そんな雰囲気。

 

 居心地の悪さを感じている寛治の一方で、グレイフィアもまた目の前の少年を測りかねていた。

 仕えている家の令嬢であると同時に、()()でもあるリアスから話は聞いていた。その上で自分の目で見て判断を下す。

 

(人間、という話でしたが………()()()()()()鍛えこまれた体をしていますね。それに、この無理矢理蓋をしているような霊力)

 

 魔力専門である悪魔な為、後者に関しては何となくしか分からない。それでもその経験値の高さ故か、グレイフィアはかなり正確に目の前の少年の観察を行っていた。

 尤も、底知れないという事位しか、ハッキリとは分からないのだが。

 力を持つ者というのは、総じて一定の自負というものを有しているもの。力は自信であり、鍛錬はその裏付け。

 それが、寛治には無いのだ。自負も無く、自信も無く。傲慢でなく、プライドが無い訳では無い、のかもしれないが、しかしそれらをひけらかそうともしない。

 言うなれば、チグハグ。

 

 では、その為人はどうなのか。

 

「……あの、何すか?」

「いえ、お気になさらず」

(いや、視線の矢印が刺さってるんですけど?)

 

 グレイフィアに見られているせいか、気まずそうに視線を逸らしてカップを傾けるその様子は、普通の一男子高校生にしか見えない。

 この辺りは、どうしようもない。ネジは外れていても、彼自身はまだまだ成長盛り。そもそも人生経験が足りない。人としての厚みが増すのはこれからなのだから。

 

 良くも悪くも()()。少なくとも、表面上は、グレイフィアにはそう見えた。

 

 観察をするメイド。当然というべきか、彼女もまた観察される側でもある。

 

(強い、のは分かる。多分、先輩の誰よりも、現状は)

 

 寛治は大雑把にではあるが、グレイフィアの強さを察していた。

 強さとは、魔力などの内在する力だけに左右されるものではない。立ち振る舞いであるとか、こうした日常における隙の無さ等も考慮に入る。

 

 長々と連ねてはみたが、現状両者は静観を決め込む。戦ってもいないし、戦う姿も見ていないのだから。

 

 沈黙。この気まずい間を破ったのはこの場における第三者。

 

「あら、山本君。貴方も来てたのね」

「どうもっす、先輩」

 

 髪を湿らせたリアスがシャワー室の方から戻ってきた。そも、彼女が居たからこそ、グレイフィアもここ(部室)に居たのだから、居て当然なのだが。

 

「グレイフィアとも顔合わせできたのね」

「あ、はい。紅茶旨いっす」

「ふふっ、あんまり浮気が過ぎると朱乃に突かれるわよ?」

「人聞きの悪い事言わないでください……」

 

 げんなりと眉を顰める寛治だが、リアスはクスクスと笑う。年相応の笑みだ。どうやらお嬢様は小悪魔的な嗜虐をお気に召したらしい。

 無論、彼女は寛治の事を朱乃へと告げ口するような真似をする気はない。揶揄いは、楽しみのちょっとしたスパイス。過ぎればソレは余分となって苛んでくるだろう。

 

 軽快なやり取りをする二人。そんな会話を眺め、グレイフィアはその目を細めていた。

 血筋とその容姿、それから優れた魔力を持つリアスは、当然ながら大なり小なり周囲からの期待であったり、羨望、やっかみ、嫉妬等々。様々な矢印を向けられてきた。

 だからだろうか、壁がある。それこそ()()()()()()()壁が。

 グレイフィアが更に観察を続ける中でも、二人の間の会話はポツポツ続く。

 

「そういえば、先輩」

「何かしら」

「何で、ルキフグスさんが居るんです?」

「あら、グレイフィアには聞かなかったの?」

「メイドって自分で言ってましたし、悪魔のメイドさんなら関係者として真っ先に候補に挙がったのが先輩だったんで。先輩関係の事、この人がペラペラしゃべると思います?」

 

 それは、寛治の配慮。単純に初対面の相手にぐんぐん行けなかったというのもあるかもしれないが、先の発言も決して虚言ではなかった。

 

「そう、ね……山本君には、話したわよね。婚約者の話。それで……少し、皆にも聞いてもらおうと思って」

「休みの間に、何かあったんすかね。いや、無理には聞かねぇっすよ。それに、先輩が決めたんなら俺からは言う事ねぇですし」

 

 聞いた本人であるというのに、寛治は手を振った。

 遅かれ早かれ、リアスが己の婚約者の事を眷属たちに伝える事にはなっていただろう。

 

 その場に、事情を知る家の人間が必要かどうかは別として。

 

 拗れているのだろう。カップを置いて、寛治は内心で考える。

 そもそも、リアスは婚約に乗り気ではない。これに関しては、話を少し聞いただけの彼でも分かった。それでも強行しようとする辺り、古臭い貴族の柵か、なんて思ったりもした。

 面倒事になる。コレも、余程の馬鹿じゃなければ察する事が出来る。

 

 しかしまあ、寛治は思うのだ。一部員として、そして後輩として。やれることはやろう、と。

 

 彼の覚悟が試されるのは、これから数時間と経たない直ぐ後だったりする。

 厄介なお客の来訪が迫っていた。

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