アビス・プレデター 〜深淵に凄む終末の獣、無自覚な異世界転生者につき〜   作:春風駘蕩

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13.Suspicion

「見事でしょう。王都で最近流行り出した画家に描かせたものです。値は張りましたが、実にいい買い物をしたと思っておりますよ」

「は、はぁ……」

 

 長い廊下を案内しながら、壁にかけられた幾つもの絵画や彫像を紹介するレギン。

 セリアはそれに曖昧に笑って返す事しかできず、伯爵の顔を伺いつつ、絵画の一つを横目で見やる。

 

 技術そのものは確かに高い、人気の画家が手掛けたものだとわかる。

 だが、描かれている内容があまりにもひど過ぎた。

 

 幾人もの裸体の女性をモデルに、一瞬本物と見間違わんばかりに緻密に描かれている。虚ろな表情で見つめ合い、肉体を絡め合う官能的な構図で、寒気が走るほどに写実的な作品である。

 それ故に、作者の技術の高さではなく描かれている女性達の生々しさばかりが目立ってしまっている。

 

 芸術品としてではない、男性の性欲ばかりを刺激する代物になっていた。

 

「あ、あの……そろそろ、薬の融通について」

「まぁまぁ、急いては事を仕損じます。あなたに必要なのは、旅の疲れを癒し、そのやつれた体を元の美しい姿に戻す事です……その間に、こちらでいろいろと準備を進めさせていただきますゆえ」

 

 沸々と膨れ上がっていく焦燥を顔に出し、急いでいる雰囲気を醸し出そうとするセリアだが、レギンは全くそれに取り合う素振りを見せない。ニタニタと不気味に嗤ったまま、次の作品へとセリアを促す。

 

 セリアは嫌悪の感情を漏らしそうになるが、必死にそれを堪え続ける。

 ここでこの男の機嫌を損ねたりすれば、それこそこれまでの苦労が全て水の泡となってしまう。

 今も尚病に苦しむ父や領民達、命懸けでここまでついて来てくれたアイシアや散っていった騎士達、その全ての命が無駄に終わってしまうのだ。

 

 故に、セリアは耐え続ける。

 愛する者達の為に、自分の心を抑え込む。

 

 傍らに控えていたアイシアはただ、そんな主の健気な姿に、自身の歯を食い縛るよりほかになかった。

 

          △▼△▼△▼△

 

(……大急ぎでここまでやって来たかと思えば、何をやっているのだ、こいつらは)

 

 闇の中を泳ぎ、それは頭上で行われている暢気なやり取りに目を細める。

 

 上にいる者達に気付かれぬよう、こっそりと天井から顔を覗かせてみたが、長時間屋敷の中に留まったまま動く気配がない。

 何か焦っている様子だったのだが、随分と話し込んでいる様子である。

 

(その割には、一方的に話しているのはあの男の方で、あの二人はむしろ辟易としている様子……今すぐ去りたいが、相手の機嫌を損なうわけにもいかず、動けないということか)

 

 ちらちらと窓の外に目をやり、手を握りしめている少女。表情を見ても、明らかに焦っていることがうかがえる。

 

 応接間らしき部屋に案内され、彼女が男に何かを懇願する姿を思い出すに、一方的な頼みごとをしている弱い立場であることがわかる。

 どういった内容かは全く分からないが、悲壮な表情で俯く姿を何度も見てきた今、相当重い使命や願いを背負っていることが察せる。

 

(むぅ……あの二人が帰る手伝いを終えてから旅立とうと思っていたのだが、これではいつまでかかるかわからんな。まったく…何を何の見返りに考えているか知らんが、面倒くさそうな男だな)

 

 それは思わず、上機嫌にでっぷりと越えた腹を揺らして話しかけている男を睨み、歯を剥く。

 煌びやかな装飾品に身を包み、丸々とした体を見せつけているその男は、見るからに成り上がりの金持ちという印象を抱く。

 

 本人だけがそのような風貌なら口を挟むことはないが、周りの人間を見るとそうとはいかない。

 やたらと肌を露出させた年端も行かない女子達が、生を諦めたような虚ろな目で奉仕を行っている姿は、どうしてもこの男の人間性を疑わざるを得ない。

 時折、女性達に邪な視線を向ける事もあり、彼女達の身の危険も感じる。

 

 現在女性達が交渉中であろう頼みごとの代価に、一体何を要求するつもりかと考えてしまう。

 

(しかし…ここで俺が彼女達に何ができるというのか。俺が表に出れば騒ぎになるし、かといって何もせぬまま無為に時間ばかりが過ぎるのも……)

 

 この地に女性達を運んでから随分経ってしまったが、その間それは一度も食事をしていない。

 到着前にたらふく食べた分は既に消化しきってしまったのか、胃の腑がぐるぐると空腹を訴えてきていて、どうも気持ちの悪さを感じる。

 

 食べられるものはないわけではない。しかし食べてもいいものと認識できず、それは歯がゆい思いをし続けていた。

 

(ああ……この身体はどれだけ空腹に耐えられるのだろうか。あまり長引くようなら俺もさすがに我慢の限界が近づきそうだ……せめて、あの女性達を喰わずに済むようにはしたいが)

 

 腹部が痛み始め、それの眉間にしわが寄り始める。

 一度この場を離れ、森に戻って適当な獲物を捕食して飢えを凌いでもいいが、今のこの屋敷の状況を考えるとそうもいかなく思える。

 

 あの女性達の態度を見るに、頼みごとをしているあの男は敵、若しくは好意的ではない相手の様だ。

 気を許して接する事ができない相手であるがゆえに、常に厳しい表情で感情を隠し、そして相手を怒らせないよう細心の注意を払っている。

 敵の懐という危険な状況下に、彼女達二人だけを残して去るのは、あまりに不安要素が大きかった。

 

(何か……何かないのか。せっかく人外の身になったのだ、生物以外でも腹を満たせるようになってはいまいか。そこらの土だの草だので空腹を抑えられればいいが……ああ、腹が減った)

 

 それは苦渋の決断で、一旦女性達の元から離れる。

 とにかく何でもいいから口に入れたい、噛み砕き胃の中に入れて、この飢えを抑えたい。そんな考えでいっぱいになる。

 

 探せば木でも岩でも、そこら中に転がっていて食事は容易い。

 が、人外となった自分の身体は生物の肉を求めていて、それら以外を口に運ぶ気になれない。

 飢えているくせに、えり好みの激しい自分の身体に、思わず呆れたため息がこぼれそうであった。

 

(…ん?)

 

 その時、それは頭上で動くいくつかの気配に気づく。

 コソコソと姿を隠すような不自然な動きで、屋敷の外のどこかに向かっていく。

 

 一度地上に顔を出し、それは気配を感じた者達の姿を捉える。

 屋敷のすぐそばにある建物の中に入り、何かを運び出している彼ら。その中と彼ら自身から漂ってくる臭いに、それは訝しげに目を細めた。

 

(んん? 何だ、妙なにおいを感じるな、あの連中…)

 

 やや鼻に刺さるような刺激臭が、彼らの手元から感じられる。

 彼らの手には、箱に詰められた液体の瓶があり、ばたばたと忙しなく走り回り、外に用意してある数台の荷車の上に乗せている。

 赤紫色をしたその瓶から、先ほど感じた匂いは強く感じられた。

 

(……毒、だな。なぜかは知らんが……いや、獣だからわかるのか? しかし、あれだけ大量の毒をどこに、何のために運び出しているのか…)

 

「―――、―――――!」

「――。―――、――」

 

 それが覗き見ている間、彼らは入れ代わり立ち代わり建物の中と外を往復し、毒物らしき瓶を運び出していく。

 時折仲間同士で声を掛け合い、その度ににやにやと歪な笑みを浮かべ、けらけらと肩を揺らしている。

 

 その雰囲気に、それは何とも言えない不快感を抱いていた。

 

 しばらくすると、建物の中にいた者達全員が外に出て、荷車に乗り込んでいく。

 一人が荷車の前部分に乗り、馬に繋がれた綱を掴み、ビシッと打ち鳴らし馬を走らせていく。

 全ての荷車が走り出し、やがて辺りはしんと静かになった。

 

(……一つ、見てみるか)

 

 それは出ていった彼らの目的より先に、彼らが出入りしていた建物の中にある者に興味を持ち、近くに誰もいない事を確認しながら近づく。

 用事の終わった建物の入り口は閉じられていたが、戸締りなど関係がないそれは全く気にせず影の中に潜り、易々と中に侵入する。

 

 窓のない室内は真っ暗だったが、元からそう言った世界で生きているそれはものともせず、微かに漏れてくる薄明かりで、建物の中をじっくりと見渡すことができた。

 

(ここは…そうか、薬品を置く場所か。妙に匂いがきついと思ったら……あれも、何かに使う為か)

 

 壁にある棚や机の上に、何の用途かよくわからない薬の瓶が幾つも置かれ、充填作業中に漏れ出たのか結構な悪臭を感じる。

 

 人の姿が一つも見えない事を確認したそれは、意を決して首から上を影の上に出し、並べられた薬の数々をじっくりと眺めた。

 

(ふむ……臭いから察するに、大半はこの一種だけか。そのほかは色々な用途の薬の様だが……よくわからんな)

 

 狭い通路を、瓶に触らないよう気をつけながら進み、置かれた同じ種類の薬の瓶を覗き込む。

 数としては、先ほど運び出された毒の瓶程ではないもののかなりの量があり、一本を抜き出して差し込む僅かな光に晒してみると、青緑色をしていることがわかった。

 

 人外の肉体の本能的なものか、個人の感覚によるものか、先ほどの毒物と対を成す代物に感じられる。

 

(素人の考えが当たっているとも思えんが……だが、あの数の毒を用意する以上、対抗手段である薬品も同じだけあってもおかしくはないか。おそらく、あれに対応する薬だろうな)

 

 チャプチャプと瓶を揺らしてみて、それは深く考え込む。

 

 何処かに運ばれていった大量の毒物、屋敷の一角に用意されていた沢山の薬。運び出していた者達の意味深な笑みに、長引く屋敷の主人らしき男の話。

 いくつもの要素が、それの脳内に大きな陰謀を想像させていた。

 

(…どうしたものかな)

 

 それは薬の瓶を持ったまま、今後の自分の行動を悩む。

 想像通りなら、この屋敷の主人が碌でもない、胸糞の悪い計画を企んでいることになり、あの女性達はそれに巻き込まれていることになる。

 女性達の身の安全を考えると、阻止しなければかなり危険な目に遭う可能性がある。

 

 だが、やはり現状ではそれにとれる手段が思いつかない。

 屋敷の人間達が何か行動を起こしていたとして、迂闊に動いても彼女達に危険が及んでしまうかもしれないのだ。

 

(そうだな……そうだ、何かあった時の為に、対抗手段は確保しておくべきか。どうせ、ここに置かれているだけの様だしな)

 

 そう脳内で独り言ちたそれは、一度室内を見渡し、建物の一角に置かれた小汚い袋を発見する。そしてしまわれている大量の薬の瓶に片っ端から手を伸ばし、見つけた袋の中に放り込んでいく。

 割らないように気をつけながら、一つたりとも取りこぼしがないよう回収する。

 そしてパンパンになった袋に、手頃にあった縄を括りつけ、自分の体に巻き付けてから、どぶんと自分の影の中に引きずり込む。

 

 ずっしりと重くなったからだ、そしてすっからかんになった建物の中を満足げに見渡し、それは再び影の中に潜るのだった。

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