アビス・プレデター 〜深淵に凄む終末の獣、無自覚な異世界転生者につき〜   作:春風駘蕩

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21.Audience

 エイベルンの城の中心に作られた玉座の間。

 他国の使者を出迎える際や、国家を揺らがす程度の裁判など、重要な用事にのみ使われるその部屋は今、数十人の兵士達に囲まれた物々しい空気が支配している。

 

 その中心にいるのは、跪いた令嬢と女騎士の二人組。

 そしてその向かい側の玉座に腰を下ろす、金髪碧眼に豊かなひげを蓄えた、王冠を被った初老の男。

 顔立ちはなかなか整っているが、然して長身というわけでも、肥え太っているわけでもない、いたって普通の外見をした彼こそ、ガイウス・エル・エイベルン、この国の王である。

 

 争いを好まない、しかし強国に与するような腰の弱さもない、平和な時代を維持し、賢王と称される有能さで民から確かな信頼を得ている人物。

 穏やかな人柄で、他国からも強い信用を得ている彼だが、今この時においては恐ろしく険しい表情を見せている。

 

 原因は、ガイウス王の両手で広げられた数枚の書類。

 書類の一部には、つい先ほど耳にした辺境の領地を任せた貴族の名前に、その者の家紋を表す印が押されており、さらにもう一つ、仇敵である帝国のものであることを示す印も押されている。

 それが示すある裏切りの真実に、賢王の怒りが一気に燃え上がらされたのだ。

 

「これは……真なのか、ツーベルク嬢」

 

 ぶるぶると震える手が、ぐしゃぐしゃとその書類を握りつぶしていく。

 もはや原型を留めていないそれをドンッ!とひじ掛けの上に叩きつけ、ガイウス王は鬼のような形相で、咆哮を上げるのを必死に耐える。

 血管が今にも弾けそうになる怒りをどうにか抑え込み、目の前で跪いている一人の令嬢を見下ろした。

 

 ガイウス王の何度目かもわからない確認の言葉に、セリアは深く頷き肯定を示す。

 定期的な催し、ガイウス王の親族などの祝いなどでしか顔を見たことがない、この国において最も発言権を有した男の豹変に、セリアは冷や汗を流しながらも口を開く。

 

「はい…恐れながら、実際にガーランド伯爵が自白いたしました真実にございます。一刻の猶予もないため、物的証拠はその書類のみになりますが……」

「いや、よい…あの男なら確かにやりかねん。そういう野心を持った男を辺境へと追いやったのは余であるからな……しかし、まさかそこまで堕ちていたとは」

 

 ガイウス王は顔を手で覆い、玉座の肘掛けに体をもたれかける。

 深い深いため息がこぼれ、叫びだしたくなるほど胸の中で怒りが渦巻く。そうしないのは、命懸けでこの情報を持ち帰ってきてくれた二人に対する遠慮と、少しの意地によるものだった。

 

 しばらく項垂れていたガイウス王は、やがてぐっと表情を引き締めて姿勢を正すと、セリア達に深々と頭を下げた。

 

「申し訳ない……国内に病魔を広げないための苦肉の策であったが、まさかそんな邪悪な思惑が絡んでいた人災だったとは。其方達には申し訳ない事をした…」

「あ、頭をお上げください!」

「いや、何度謝ったところで足りぬ……あの男の野望に気付かず、無様に操られた余を憎んでくれていい。本当に、申し訳ない…!」

 

 ガイウス王は顔を上げ、慌てた様子で両手を横に振るセリアを見つめる。

 

 王への謁見ということで、道中身に纏っていたドレスは着替えさせられている。礼儀という意味だけでなく、淑女が痛々しい姿を晒したままであることを受け入れられなかったための処置であった。

 しかし着替えてなお、セリアの顔色は未だ悪いままである。急ぎの用で化粧をさせてやる暇もなかったために、駆け込んできたそのままの状態でこの場を訪ねる羽目になった。

 

 代わりにセリア達が本当に焦っている様子がわかり、彼女達の話の信憑性が上がったことは、苛立つほどに皮肉な話であった。

 

「…よくぞ、この情報を持ち帰ってくれた。昨今の帝国の動きは、この作戦を隠すためのものであったようだな。馬鹿馬鹿しい、国境侵入のような小さな諍いばかりをあちこちで起こすものだと思っておれば、まさかこのような悪辣な手段に出てくるとは……」

「レギン……いえ、ガーランド伯爵の言葉を鵜呑みにするのなら、すでに帝国は進軍の準備を始めているものと考えてよいのではないでしょうか。だとすれば…」

「うむ、こちらも早急に迎え撃つ準備を始めなければならん。其方達の働きが無ければ、今頃はもう奴らの魔の手が……」

 

 アイシアが語るゾッとしない話に、ガイウス王は険しい顔で冷や汗をかく。

 今考えてみると、流行り病が発生した後のツーベルク領の封鎖こそ、レギンと帝国が目論んだ最大の策だったのではないだろうか、とそう思えてくる

 

 毒でツーベルク領内に病を流行らせ、人の出入りを完全に遮断することで、向かい側にある帝国の情報さえも遮る。近づけない危険な病原地帯を隠れ蓑にし、細かな侵略行為で他所の地域に注意を引き、本命の侵略の準備を進めていく。

 大勢の民の命を顧みない、悪魔のような策である。これを考え出し、他に行わせた者がいるのならば、それはきっと本物の悪魔なのだろう。

 

 そして真に恐ろしいのは、それを手伝わせる人間を他国に用意する情報力と人心掌握術である。

 性格に難があり、辺境に左遷される形で身を置かれたレギン・ガーランドは、自分の立ち位置に大きな不満があった。同じエイベルンの貴族であるツーベルク公爵には、学生時代からの深い因縁がある。

 二人の過去を調査し、憎悪を煽り、ここまでの反逆を犯させたというのならば、本当に恐るべき思考の持ち主である。

 

(…詳しく考えるのは、事を全て片付けてからだ…)

 

 ガイウス王は深い思考に陥りそうになる自分を律し、切り替える。

 そして見つめるのは、無言のまま暗い表情で俯くセリアだ。

 

「…安心しなさい、こうして危険を冒して我が国の窮地を知らせてくれたのだ。必ず、君の愛する領地の民は救ってみせるとも」

「ああ…! 陛下…」

「今は休みなさい……君は充分役目を果たしたのだから」

「はい…はい! お言葉に甘えさせていただきます…!」

 

 ガイウス王の優しい言葉に、セリアはほっと安堵の息をつき、ボロボロと涙を流す。

 一介の貴族令嬢の言葉を信じてくれただけではない、最初に危機に晒されるツーベルクの民の事も思い遣ってくれているのだと知り、心の底から歓喜する。

 これで全てが丸く収まる、そう知ったセリアは、へなへなとその場に座り込んでしまった。

 

 即座に主の傍に駆け寄るアイシアを横目に見ながら、ガイウス王は顎を撫でため息をつく。

 そうしてしばらく黙り込んでいた王は、不意に傍らに立っていた兵士の一人に視線を向け、威厳のこもった声で鋭く告げた。

 

「軍部に伝えよ。情報収集のため、斥候を帝国との国境に放ち、同時に全軍を率いツーベルク領に向かえ。いつ帝国の軍勢が姿を現そうと、即座に撃退する準備を整えるのだ!」

「はっ!」

「そしてこちらの御令嬢を客室へ……旅の疲れを癒してさしあげろ」

「承知いたしました…」

 

 ガタッと玉座から立ち上がり、ガイウス王は傍らに控えていた連絡役の兵士に伝える。

 兵士が小走りで将軍達の元に向かうと、今度は玉座の間の隅に控えていた侍女に視線を向け、簡潔に命令を伝える。

 

 心も体も疲弊した少女を安心させようとしてか、穏やかな表情で歩み寄ってくる侍女に、セリアは渇いた笑みを浮かべて腰を上げる。

 アイシアの手を借り、共に玉座の間を後にしようとするアイシアとセリアだったが。

 

「……もし、アイシア殿。其方には少し、話がある」

「え…?」

 

 唐突に名を呼ばれ、アイシアが困惑気味に振り向く。

 ガイウス王は訝しげな視線を返すアイシアを見つめ、険しい表情を向けてくる。有無を言わせない、先ほどの穏やかな表情とはまるで逆の様子だ。

 

 ただ事ではないガイウス王の雰囲気に、アイシアは困惑しながらも小さく頷く。

 侍女にセリアを預け、小さく声をかけると、主と共に去っていく彼女の背中を見送り、女騎士は改めて国王と向き直った。

 

「…わ、私に一体、何のようでしょうか」

「何、難しい話ではない……君のもう一人の同行者の事だ」

「っ…!」

 

 ガイウス王の厳しい視線に、言葉に、アイシアは思わず息を呑み、反応を見せてしまう。

 見れば、玉座の間に揃っているほかの兵士達も同じく鋭い視線をアイシアに向けており、嘘やはぐらかす事を決して許さないといった雰囲気に満ちている。

 進言の場が、一気に尋問の場に変わったかのような緊張感で、アイシアは思わず背筋を伸ばしていた。

 

「あの黒竜は…一体何だ。何処で、あの化け物を見出し、手懐けたのだ。嘘偽りなく、全て語りたまえ」

 

 ぶるり、と肩を震わせるアイシアだったが、ガイウス王のこの質問はある程度予想していたものであったため、然して狼狽していなかった。

 玉座の間に案内されるまでにたっぷり考えた答えを引き出し、表情を引き締め、真っ直ぐに王の目を見つめ返して答える。

 

「は、はっ……か、彼は…私達がガーランド領に向かう途中、帝国の兵に襲われた時に出会いまして……」

「ほう、帝国兵に…」

「はっ。その際、仲間を殺害した帝国兵の前に現われると、瞬く間に奴等を屠り、仲間を埋葬してくれた、野生の獣とは一線を画す存在でございます」

 

 こめかみを伝った汗が、アイシアの胸元に滴り落ちて染みを作る。背中全体をじっとりとした感触が襲い、妙に心臓の鼓動が強くなる。

 

 何もやましいことなど口にしていない、真実しか口にはしていない。

 なのに、ガイウス王や周りの兵士達から向けられる鋭い視線に、このままではまずいことになるような気がしてくる。

 

「言語は通じなくとも、身振りや絵で意思を通わせることは可能で、陛下や国に仇為す存在ではないものと判断しておりま―――」

「其方の判断は今、重要ではない」

 

 向けられる視線の奥底にあるのが、黒竜に対する疑念であると考えたアイシアは、その疑いを少しでも減らそうと熱く語り出す。

 だがガイウス王はそれを最後まで聞くことなくアイシアを制し、冷たい視線を彼女に向けたまま、厳しい声で告げる。

 

「余が懸念しているのは、奴の持つ危険性についてだ……いつこちらに牙を剥くやもしれぬ化け物を、一体いつまで近くに置いておかねばならない」

 

 アイシアはハッと目を見開き、ガイウス王を凝視して、ぶわっとより多くの汗を噴き出させる。

 

 そこでようやく彼女は気づく。

 彼らはあの黒竜を疑っているのではない。既に揺るぎない脅威の一つとして捉え、迫り来る帝国の軍勢と同じように早急に排除することを考えているのだと。

 

 アイシアがどう思っていようと関係がない。排除するにあたって必要となる黒竜についての情報―――怪物が持つ異質な能力について詳しく聞き出すつもりで、彼女をここに残したのだ。

 

「聞けばあの黒竜、影に潜るなどというとんでもない能力を有しているそうではないか……奴の手にかかれば、何時如何なる方法で身を守ろうと、楽に余を食い殺すことが叶うのではないか?」

「かっ…彼は、そのような大それたことをしでかす輩では……!」

「其方が奴をどう評価していようと、我らはそれを知らぬ。そして其方、言葉は通じぬといったな? そして、意思を伝える知能はあると…ならば、こちらを騙す程度の知能もあるのだろう。獣と言えど、他者を騙すくらいの事は平気でやってのけるものだ」

 

 必死に反論の言葉を絞り出すアイシアだが、ガイウス王は即座にそれを切り捨てる。

 

 黙り込むアイシアに、ガイウスは深いため息をついてから表情を変える。

 それは傍目から見れば、怪物に毒された女を諭そうとするような慈悲に満ちた顔で、目を見ると一切の優しさのない、冷酷なものを向けていることがわかる。

 

 

 これが、平和な治世を続ける賢王の真の姿。

 国の脅威となるものを冷静に判断し、冷酷に排除する方法を考える、冷たい心の持ち主。そして国の維持の為には、お人好しな面さえ演じてみせる本物の傑物であった。

 

 セリアと話していた時も、彼は自分の本心を悟られぬよう、彼女達を案じているような表情を見せながら、彼は現実的な問題を思考していた。

 

(ツーベルク領を帝国に奪われるわけにはいかない……あの地は我が国の大切な食糧産地、失うわけにはいかぬ最重要資産だ。もしあの地を奪われれば、遅かれ早かれ我が国は弱体化し、帝国に吸収されてしまう。その先に待っているのは、本物の地獄だ)

 

 帝国の侵略という危機に、真っ先にツーベルク領の守護を約束したのは、セリアに同情してのことなどではない。

 エイベルンの食料自給率の大半を担うツーベルク領を失った場合の損失を考え、即座に動く必要が出たというだけの事であった。無論口にすれば彼女達の信用を失う事となり、今後のツーベルク公爵との関係も悪化することとなる。それらの損害を考慮しての発言であった。

 

(しかし、今になってあの男に接触し、こうもうまく事を運ばせる知恵者がいたとはな……左遷のつもりであの無能を辺境に追いやったことは間違いだったか)

 

 ガイウス王としては、地位も権力も削ぎ落としたうえで、立地的にも好ましいとは言えない辺境にレギンを追いやった時点で、反逆の脅威を排除したつもりになっていた。

 それがまさか、帝国の方から利用しようと近づいてくるとは、思いもよらなかったのである。

 そう断言できるほどに、レギン・ガーランド伯爵という男は、自分の能力を過信した、頭脳の劣る雑魚でしかなかったのだ。

 

 

 

(今後は、もっとうまいやり方を考えねば……だがそれは後回しだ。今は―――)

「なぁ、アイシア殿。余は君を責めているわけではない。むしろあのような化け物を利用し、ここまで主を守り抜いた君を尊敬しているのだ……だが、もう奴の役目は終わった。違うかね?」

「…私は、そんなつもりで」

「いや、そんなつもりでよかったんだ。所詮は人と獣、利用し利用される立場、それでいいのだ……人に抱くような恩義を、化け物に抱く必要などないのだよ」

 

 ガイウス王の忠告という名の脅しに、アイシアは真っ青な顔で何度も首を振る。

 ガイウス王は内心で舌打ちをこぼし、無駄に義理堅い女騎士を見下し、嘲笑する。

 

 道中どのような目に遭ったのか、どのようなやり取りが怪物との間にあったのか気にならなくもないが、それでも相手が人外であることに変わりはなく、依然として排除すべき対象であることに変わりはない。

 渋るアイシアに、ガイウスはじっと鋭い目を向け、説得という名の矯正行為を続けた。

 

「このままあの化け物を放置しておけば、もしかしたら君や、君の主に牙を剥くかもしれない……そうなったとき、君ははたして後悔しないのかい?」

 

 続けて突き付けられる不穏な未来予想に、アイシアの目が揺れ始める。

 恩義ある存在への義理と、周囲からの視線の厳しさ、そして何より大切な主の身の安全への危惧が、徐々に均衡を崩し始める。

 

 もう少し背中を押せば、この女はもう堕ちる。

 そう確信したガイウス王が、さらなる言葉を積み重ねようとする。

 

 

「―――きっ…緊急報告! 緊急報告ーっ!!」

 

 

 しかし、その緊迫した空気をつんざくように、どたどたとけたたましい足音が響き渡る。

 その声で、アイシアはハッと我に返ったように目を瞬かせ、荒い息をついて居心地悪そうにあたりを見渡す。流されかけた自分の思考に、戸惑いを抱いているようだ。

 

 反対にガイウスは苛立たし気に顔を歪め、玉座の間に飛び込んできた一人の兵士に目を向ける。

 重要な仕事の邪魔をされた時のような、腹立たしい気持ちを前面に押し出し、王は肩を上下に揺らす彼を睨みつけた。

 

「一体何だ、騒がしい……」

「ほっ、報告であります!!」

 

 王の御前であることも忘れた、無作法な入室を咎めようとしたガイウス王の言葉を遮り、兵士がバッと敬礼を見せる。

 ますます渋い表情で眉間にしわを寄せるガイウス王に、兵士は引きつった顔で直立し、震える声である情報を―――王国全土を揺るがす、重大な知らせを齎した。

 

「てっ…帝国が、ツーベルク領内を侵攻し、王都に向かってきているとの報告が上がりました!!」

「何だとぉ!?」

 

 唐突過ぎるその報告に、ガイウス王は驚愕で玉座がひっくり返るほどに勢いよく立ち上がり、周りの兵士達も騒然となり始める。

 間近でその知らせを耳にしてしまったアイシアも、愕然とした表情で立ち尽くしていた。

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