アビス・プレデター 〜深淵に凄む終末の獣、無自覚な異世界転生者につき〜   作:春風駘蕩

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エピローグ

 そこは、すべてが漆黒で飾られた空間だった。

 ドーム状の天井とそこから下がるシャンデリア、悪魔が支える意匠の柱とおぞましい模様の施された壁、鏡のように反射するほど磨かれた床。

 全てが夜闇のように黒く、あらゆる光を飲み込むような印象を与える空間となっていた。

 

 輝きを放つ全てのものを否定するかのようなその空間に、玉座の上で鎮座する男がいた。

 空間と同じく、黒を基調とした豪華な装いに身を包み、二十代前半頃の麗しい顔立ちをした、気だるげな雰囲気を醸し出す青年である。

 

 玉座の肘掛けで頬杖をつき、冷たい氷のような目を見せる青年は、自分の目の前で跪く一人の男を見下ろす。

 真っ青な顔で、ブルブルと震える彼を見下ろす青年は、しばらくして小さく口を開いた。

 

「全滅した……だと?」

「はっ、エイベルンに進軍した帝国兵総数5千! 全員が討ち死にしたとのことです!」

「使えぬ男め……わざわざ5千もの手駒を失い、そのくせ生きて戻ることも叶わんとはな」

 

 ふん、と鼻を鳴らし、青年―――グランヴェルズ帝国第3代皇帝オーウェル・デル・グランヴェルズは小さく舌打ちをこぼす。

 

 肥沃な領土を有するエイベルン王国や鉱山をいくつも抱えるデリエラ公国、航路を保有するナトリエラ商業、そのほかにも存在する十幾つもの国々。

 大陸には多くの資産価値を持つ国々があり、長い歴史を見ると、時に互いの資源をめぐって争いが起こってきていた。

 

 グランヴェルズ帝国は、それらの国々に比べれば比較的歴史の短く、しかし変動の大きさで言えば随一の大国である。

 先代皇帝を弑し、若くして王位に就いたオーヴェルの代になってからはその変動も顕著で、勢力の拡大に関しては歴史的に類を見ない拡大ぶりであった。

 

「見事役目を果たしてみせます…などと大言を口にしておきながら犬死したか。つまらぬ男よの」

「……お、恐れながら陛下!」

 

 ハァ、と大きなため息をつき深い落胆を見せるオーウェル。

 冷めた目で虚空を見やる若き皇帝に、報告に上がった兵士は声を震わせながら口を開く。ぎろり、と不機嫌そうな視線を頭頂部に感じつつ、兵士は言葉を続ける。

 

「て、帝国の侵攻を阻んだのは、恐るべき力を持った竜であったとのことです! なんの前触れもなく現れたその竜が、あっという間に軍を食い殺し、全滅させたと…!」

 

 ぴくり、とオーウェルの頬が小さく痙攣し、気だるげだった表情が険しくなる。

 無表情こそ変わらないものの、目には氷塊のごとき冷たさを宿し、より強い苛立ちを見せる空気が玉座の空間を支配する。

 

 体の芯まで凍りつきそうなほどに恐ろしい気配に、兵士は跪いたまま、カチカチと歯を打ち鳴らし出した。

 

「竜…? そんな戯言を真に受けて、おめおめ戻ってきたのか、貴様は」

「っ……げ、現地に派遣した影からの、確かな報告でございます! ツーベルク領に侵入した5千の兵、全てが一体の黒竜に食い殺され、跡形もなく姿を消したと―――」

 

 命惜しさに、ガバッと顔をあげて弁明しようとした兵士。

 しかし、彼の目にいつの間にか立ち上がっていた皇帝の姿が写った直後、なぜかぐるりと天井と壁、そして床を連続で刹那の間に見せつけられる。

 

 最後に顔面に衝撃を受け、跪いた体勢のまま倒れこむ自分の姿を視界に映し、兵士の意識は闇に飲まれていった。

 

「妄言に付き合う暇はない……我の望みを果たせぬ者に存在する価値はない。…片づけろ」

 

 ブンッ、と手にした剣を振り払い、付着した鮮血を取り除きながらオーウェルが告げると、玉座の間の影からいくつかの黒い影が飛び出し、兵士の骸を運び出していく。

 骸が片付けられ、最初から何もなかったかのような綺麗な状態にされると、オーウェルはどっかりと玉座に座り、深いため息をつく。

 

 やがて彼は、最初と同じ頬杖をついた体勢で虚空を見つめ、小さな声で呟いた。

 

「しかし竜か……それほどまでに大きな力を持った存在ならば、かなり役に立つかもしれんな。使いこなせば、この大陸だけではない……海の向こうの国々も手中に収められるやもしれん」

 

 玉座に体を預けた若き皇帝は、瞼を閉じると想像力を働かせる。あの兵士の言葉が真実として、竜がいかなる存在であったのかを。

 

 5千という大軍を相手に退かないという、まるで機能していない恐怖感。それだけの数を屠れる圧倒的な戦闘能力。そして何より、一度の報告では計り知れない異能の力。

 実在するというのならばこれほど恐ろしい存在はおらず―――同時にひどく、心惹かれる相手であった。

 

 

「―――欲しくなってきたな、その化け物」

 

 

 思わず溢れた、熱を孕んだオーウェルの声。

 誰もいなくなった玉座の間で一人嗤う若き皇帝の顔は、まるで欲しい玩具を前に焦がれる少年のようであり、同時に獲物を前にした飢えた獣のような、悍ましい顔をしていた。




ヨナルデパズトリ様、Luciefu様、No.va様、たけし3号様、ごましお君様、D.D.D.様、Nau様、メカ三等兵様、当方の拙い文の誤字修正に感謝いたします。
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