アビス・プレデター 〜深淵に凄む終末の獣、無自覚な異世界転生者につき〜 作:春風駘蕩
章名で分かる通りR-17.9の表現があります、苦手な方はブラウザバックを。
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これで少しはマイルドになった……でしょうか?
直接的な単語を減らしたから大丈夫……だと思いたいです。
プロローグ
はっ、はっ、と。
深く昏い夜の森の中を懸命に走る、一人の少女がいた。
さらさらとたなびく長く美しい金髪に、草木と同じ翠の瞳。
すらりと伸びた華奢な肢体に、白磁のような肌、程よく実った胸元と臀部の膨らみ。
そして何より目立つのは、尖った長い両耳。
エルフ―――自然を愛し、自然と共に生きる種族。
生まれ育った森と一生を共にし、それを侵す存在には容赦をしない。
しかしそれゆえに、自種族以外の種族に対して排他的で、時に過激な面を見せる事もある、いわゆる「潔癖症」の人種である。
その一族の一人である少女は今、必死の形相で森の中を走っていた。
縄張りである森の中を、何度も背後を気にしながら、表情を引きつらせて。
「はぁっ…はぁっ! いや…いやっ! 近づかないで!!」
「――――――」
彼女を追うのは、巨大な影だった。
ザザザザザッ…と立ち並ぶ太く立派な木々を薙ぎ倒し、踏み越え、長い数本の足を高速で動かし、追跡する怪物である。
暗闇の中で八つの目が輝き、エルフの少女を凝視し続けていた。
不意に、怪物の口から大量の何かが射出される。
粘度を持った糸のようなそれは少女に向かって伸び、少女の片足に絡まり縛り付ける。その所為で、少女はつんのめり地面に勢いよく倒れ込んでしまった。
「あっ…! いやっ!」
痛みに呻き、それでも何とか起き上がろうとするが、糸は周囲の草木も巻き込んで硬化しており、少女はその場に縫い付けられたように動けない。
少女は顔中から冷や汗を噴き出させ、必死に足に付着した糸を引きはがそうとする。
だがそうしている間に、怪物は少女との距離を詰め、気付いた時には既に真っ赤な眼で少女を頭上から見下ろしていた。
「…ギチギチギチ…!」
「あっ……いや、嫌よ! 嫌ぁ!!」
覆いかぶさってくる、森に棲む熊よりも大きな怪物。
奇妙な音が怪物の口からこぼれ、悍ましい形をしたそれから、だらだらと半透明の液体が零れ落ちる。
恐怖で目を見開き、顔面を蒼白にさせる少女。
仰向けで硬直する彼女の身体に、液体がべちゃべちゃと浴びせられる。ぬるぬるした液体は衣服に浸み込み、少女の肌にべったりと張り付き、酷い不快感を齎す。
「離して…! いやっ! 離してぇ!!」
「ギチギチギチ…! ギチギチギチギチギチ!!」
悲鳴をあげ、涙を滲ませ、じたばたと両足を固定されたまま藻掻き、首を横に振る少女。
全身を汚され、恐怖で怯える痛々しい姿に、怪物は愉悦を感じているのか、気味の悪い音を立てて目を光らせる。
やがて、怪物はがぱりと口を大きく開き、上顎から小さな針を突き出させる。
それを激しく身をよじらせる少女の首筋に突き立て、自ら分泌した液体を注入し始めた。
「ひぃっ……アッ!? あっ、あっ、あっ…!?」
チクリとした痛みが走った直後、少女は顔を真っ赤に染め、呼吸を乱れさせる。体に異様な熱が広がり、全身の汗腺が開いて大量の汗が噴き出す。
皮膚の感覚が敏感になり、空気が触れるだけで反応するようになるのと反対に、思考は鈍化していき目の焦点も合わなくなっていく。
少女の身体は勝手に震え、脳がぐちゃぐちゃにされていくように感じられた。
びくびくと震える少女を見下ろし、愉悦の音を鳴らす怪物。
すると、怪物はまた口から糸を吐き出し、少女の身体を巻き取る。
がんじがらめにされた少女の身体がグイッと持ち上げられ、動き出した怪物によって荷物のように運ばれていく。
暗い闇の中に連れ込まれ、少女の表情はますます強張った。
「嘘…嘘よ、嘘! どうして……どうして、私がこんな目に…!? 私っ…何も、何も悪い事してないのに…!!」
「ギチッ、ギチギチギチチ…!」
怯える少女の声も聞かず、怪物はすさまじい速度で森の中を進み、やがてある場所に辿り着く。
そこにあったのは、巨大な穴だった。
無数の木片と草木が、大量の怪物の糸によって巻き込まれ、一塊にされてできた一見洞窟のようにも見える穴。
不気味に口を開けるその中に、怪物は少女を伴って入っていく。
荒い息をつき、熱っぽい顔で穴の中を見渡す少女。
彼女の表情は、次の瞬間凍り付き、一気に血の気が引いて真っ青に変わった。
「ヒィ……ヒィイイ」
「助けて…たす、けて…」
「死にたくない……いやぁ…!」
奥に見えたのは、自分と同じく怪物の糸に囚われた同族のエルフ達の姿。
皆、顔に見覚えがある。ここ最近に行方不明になったとされる、集落でも有名な美女達である。
男性陣の噂になるほどの器量だったのに、今やかつての美貌が翳るほどやつれ、虚ろな目で穴の天井や壁にがんじがらめにされてしまっている。
だが、少女を怯えさせたのはそれだけではない。
捕らわれたエルフの女性達の腹部が、皆一様に大きく膨らみ、異様な姿に変貌していたからだ。
そうなった姿を、見たことはある。
集落において、次なる命を育んでいる仲間の姿を見たことは、一度や二度ではなく、自分もいつかは相手を見つけてそうなるのだと、漠然と考えてはいた。
だが、今目の前にいる同族達の姿は、それとは異なっていた。
「ひぃ…うご、いてる……! 私の中で、動いてるぅ…!」
呻く一人のエルフの腹が、ボコボコと歪にゆがむ。無数の小さな何かが蠢いている様が、遠目からでもはっきりと見える。
別のエルフ達の腹も蠢き、今にも何かが飛び出してきそうな痛々しい雰囲気を醸し出す。
彼女達の腹の中に何がいるのかなど、どんなに馬鹿であってもすぐに分かった。
「……まさ、か…わた…し、も……!?」
カタカタと歯を鳴らし、女性達を凝視していた少女。
自分の未来を想像し、愕然とした顔でガタガタと全身を震わせ、目の前が真っ暗になる。
すると、まるでこの光景を見せつけるように沈黙していた怪物が、糸を引っ張り始める。
腕ごと胴に巻き付いていた糸が外れ、代わりに少女の両手足に巻き付き捻り上げる。痛みに藻掻く少女だが、抵抗虚しく大の字に囚われ、地面に仰向けにさせられる。
「ギチギチ……えるふ、えるふノメス…!」
目を見開く少女に届く、怪物の口から洩れた〝声〟。
だらだらと涎を垂らす、八つの目に明確な害意を宿した怪物が、横たえた少女の肢体を凝視し顎を鳴らす。
その様はなぜか、少女の目に全く別の姿を想起させる。
幼い子供に覆いかぶさり、獣欲を溢れさせ下卑た笑みを浮かべる、ぶくぶくと肥え太った中年の人間の男の姿を。
「いや……いやよ、いや…! それだけは…こんなのいやぁ…!」
「えるふ…! キョニュウえるふ! ユメニマデミタジンガイリョウジョクぷれい…!」
意味の分からない言葉を続け、膨らんだ腹部を上下に振る怪物。
べちゃべちゃと汚らしい体液を垂らし、八本の足で自分を捕らえる怪物を前に、少女はいやいやと首を横に振る。
「いや……た、助けて」
少女の懇願の声が、怪物の巣の中に虚しく響く。
痛々しい、あまりにも憐れな少女を見下ろしたまま、怪物は変わらず顎を鳴らし、八つの目を爛々と輝かせる。
そしてやがて、怪物の腹の先端から生えた凶器がゆっくりと掲げられ―――少女の体を、容赦なく貫いた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
巨大な月が照らす、深い森の奥にできた怪物の住処。
その奥に囚われた少女達の悲鳴が、いつまでもいつまでも木霊し続けていた。