アビス・プレデター 〜深淵に凄む終末の獣、無自覚な異世界転生者につき〜   作:春風駘蕩

31 / 71
3.Communicate

「ぼっ…僕! 僕肉もついてないし、骨ばっかりだからおいしくないです! だから食べないでください! お願いしますぅ~!!」

クワネェッテノ(喰わねぇっての)

 

 樹の幹に背中をぶつけ、いやいやと首を振りながら、泣き叫ぶエイダ。

 黒竜が呆れたように目を細め、ため息交じりに答える声も聞こえていないのか、ひたすらに叫び続ける。

 

「あっ、貴方は大きいし! ここには僕しかいないから、食べたってお腹は満たされないです! 食べたら余計にお腹がすくと思うんです! だからやめておいた方がいいです!!」

ダカラクワネェッテ(だから喰わねぇって)

「僕あんまりいいもの食べてないから! 栄養もないし食べ応えないです! だから食べない方がいいですやめて下さいぃ!!」

クワネェッテイッテンダロウガ(喰わねぇって言ってんだろうが)

 

 涙と鼻水で顔中をぐちゃぐちゃにし、ついには樹の幹にしがみついてがたがたと震えだす。

 先ほどから何やら幻聴が聞こえてきて、エイダはますます混乱し、自分でも何を言っているのかわからなくなる。そもそも怪物を相手に、何を懇願しているのか。

 

 止まらない命乞いと、キンキンと鼓膜に伝わってくる悲鳴。

 一切手を出さず、ハーフエルフの少女を見つめていた黒竜から、やがてブチッと何かが切れる音が響いた。

 

ダカラクワネェッテイッテンダロウガ(だから喰わねぇって言ってんだろうが)!!」

「ひぃいい!!」

 

 牙を剥き出しにし、目を吊り上げ吠える黒竜。

 ごぅっ!と突風のように襲い掛かる咆哮に、エイダはますます怯え身を縮こまらせる。

 

 しかし、泣き叫ぶことを止めたおかげか、徐々にエイダの頭に登っていた血が降りてくる。

 少しずつ冷静さを取り戻していくと、エイダはきょとんとした顔で固まり、目を瞬かせながら背後に振り向いた。

 

「……今、喋ったのはあなたですか…?」

ヤットカ(やっとか)……、オマエハ(お前は)

 

 恐る恐る、様子を伺いながら問いかけるエイダに、黒竜はフンと鼻を鳴らしてみせた。

 見下ろしてくる双眸は鋭く、影から生える長い首と大きな顔は、やはりとてつもない恐怖感を与えてくる。

 

 しかし、向けられる視線はじとりとした人のものであり、獣とは明らかに異なるものであると、エイダはようやく安堵を抱き始める。

 怪物を相手に安堵するというのも妙な話だが、それだけエイダは困惑していた。

 

「ほ…ほんとに、食べないんですか?」

クワネェ(喰わねぇ)オマエ(お前)ドウミテモウマクナサソウダシ(どう見てもうまくなさそうだし)クウキニナラネェ(喰う気にならねぇ)

「うっ…美味しくなさそうって」

 

 エイダの身体つきを見下ろし、詰まらなそうに答える黒竜。

 容赦のない怪物の評価に、エイダは安堵すべきか腹を立てるべきか悩み、少しの間険しい表情になる。

 

 エルフは森に暮らす性質上、動きやすいよう細身で身軽な体躯になりやすいのだが、エイダはそれと比べても小柄で痩せ細っている。

 同年代の女子達と並ぶと、まるで年下のように見えてしまう事が彼女の悩みの種であった。

 

「す…好きでこんな体になってるわけじゃ」

ソンナモンシルカ(そんなもん知るか)トニカク(とにかく)オマエミタイナヒンソウナ(お前みたいな貧相な)ヤツヲクウキハネェ(奴を喰う気はねぇ)ウルセェカラダマッテロ(うるせぇから黙ってろ)

「ひどい!」

 

 暴言で傷付けたくせに、気遣いも何もない黒竜に、思わず恐怖も忘れて抗議の声を上げるエイダ。

 だが、黒竜は鬱陶しそうに吐き捨て、エイダから目を背ける。そんな素っ気ない、無関心な態度があまりにも辛く、エイダは涙目で地面を叩いていた。

 

 やがてエイダは、キッと黒竜を怒りの眼差しで睨みつける。

 もはや最初の恐怖は微塵もない。自分にとって酷な事ばかりを口にする怪物には、物申さずにいられなかった。

 

「というか、あなたは誰なんだ!? あなたみたいな猛獣は見たことないし…それにそんな風に影に潜れる奴なんて見たことが―――って何ですかそれ!?」

 

 猛然と吠えるエイダだが、改めて黒竜の姿を目の当たりにすると、驚愕で大きく目を見開き、固まってしまう。

 

 地面にできた影の中から、まるで水面から顔を出すかのように顔を覗かせる巨大な竜。

 普通ではありえない、異能の力を見たエイダは表情を引き攣らせ、黒竜の顔とそれが身を沈める影を交互に凝視し、喚き続けた。

 

「かっ…影!? 本当に影に潜っているんですか!? ど……どうやって!?」

ウルセェナァ(うるせぇなぁ)……。キヅイタラコンナフウニナッテタンダヨ(気づいたらこんな風になってたんだよ)

「気づいたら…!? どういう事ですか!?」

ダカラシラネェッテノ(だから知らねぇっての)

「知らないで済まされませんよ! 一体何者なんですか!? まっ、魔法!? 魔法なんですか!?」

シラネェッツッテンダロ(知らねぇっつってんだろ)

 

 ひたすらに困惑し、質問をぶつけるエイダに、黒竜の顔はどんどん険しくなってくる。

 最初は懸命に距離をとろうとしていたのに、黒竜の異能を見てからは興奮気味に詰め寄ってきている。一体何が彼女の琴線に触れたのかわからないが、黒竜は徐々に苛立たし気に唸り始める。

 用のない少女が自分を引き留めていることが、とてつもなく鬱陶しいようだ。

 

イイカゲンダマレ(いい加減黙れ)。、オマエニナニカカンケイガアルノカ(お前に何か関係があるのか)?」

「あっ…ありますよ! ぼ、僕は…この森で敵を見張り、侵入者を排除する役目があるんですから!」

ミハリ(見張り)…?」

 

 黒竜は胡乱気な眼で、聞いてもいない事情を語るエイダを見下ろす。

 蜘蛛の集団にやられかけ、半分溶けた格好を見ると、確かに戦うつもりの装いに見える。装備は弓矢と短剣だけで心もとないが、敵の侵入を探り、奇襲をかけるだけなら十分かもしれない。

 

 しかし、黒竜にとってそれは重要ではなかった。

 エイダが語った「役目」という言葉が、怪物にある可能性に思い至らせていた。

 

「……ジャア(じゃあ)コノサキニオマエノナカマガイルンダナ(この先にお前の仲間がいるんだな)?」

「…っ!?」

 

 ぼそりと呟いた(どうやって話しているのかは不明だが)黒竜に、エイダはハッと表情を変える。

 

 黒竜が見せる謎の力。音もなく、気配すら感じさせずに現れ、鋭く尖った牙を標的に突き立てる異能の力。逃れる術の思い付かない、恐るべき能力。

 それを、集落の同族達に振るわれる光景を幻視し、エイダは咄嗟に腰に提げた短刀を抜き放っていた。

 

「だ……だめです! それはだめです!」

「ア?」

「なっ、仲間は! 僕の仲間は食べちゃダメです! 絶対に!」

 

 無意識のうちに、集落のある方向を背に庇い、怪物に短刀の切先を突き付けるエイダ。

 黒竜が訝し気に首を傾げている事にも気づかず、顔中から冷や汗を噴き出させ、しかし決死の覚悟を決めた顔で身構える。

 

 勝ち目が微塵もなくとも、エイダの内にある強迫観念のようなものが、彼女を集落と同族達を守る行為に走らせていた。

 

「…イヤ(いや)クウキナンテネェケド(喰う気なんてねぇけど)

「ぼ、僕は…人間の血が入ってるからって、嫌われてて! みんな僕に冷たいけど! それでも僕が生まれ育ってきた場所だから! たっ、大切だから!」

ナニモシナイッテ(何もしないって)……タンニオマエヲ(単にお前を)ソコマデオクッテヤロウカト(そこまで送ってやろうかと)

「辛い想い出ばかりだけど、あったかい想い出もあって! ま…守りたい場所だから! だから、だから…! い、行かせません!!」

 

 ガタガタと身を震わせ、涙を流しながら、エイダは黒竜の前に立ちはだかる。

 例えここで食い殺され、無意味に散ったとしても、同族を守ろうとした意思は本物だと自分に言い聞かせ、誇りながら死のうと立ち続ける。

 

 勝手に盛り上がり、勝手に聞いてもいない家庭の事情を語り、勝手に覚悟を決めるハーフエルフの少女に、黒竜はヒクヒクと目の下の筋肉を震わせる。

 そしてついに、再びブチッと何かが切れる音が響いた。

 

ハナシヲキケ(話を聞け)、クソガキ!!」

「はぅん!?」

 

 ぱこんっ!と黒竜が影の中から抜き出した手がエイダに伸びて、爪が額を激しく打ち付ける。

 なかなかに激しい音が響き渡り、エイダはその場にひっくり返り背中から倒れ込む。ついでに後頭部を強かに打ち付け、少女は悶え苦しむ羽目になった。

 

 ゴロゴロと地面を転げ回るエイダを見下ろし、黒竜は再び鼻を鳴らし、呆れた口調で告げる。

 

メンドウクサイヤツメ(面倒臭い奴め)……ワカッタ(わかった)チカヅカナイ(近づかない)ソレデイイカ(それでいいか)?」

「うぅ…」

シンパイシナクテモ(心配しなくても)ソイツラヲオウツモリダ(そいつらを追うつもりだ)オマエニモ(お前にも)オマエノナカマニモヨウハナイ(お前の仲間にも用はない)

 

 額を押さえ、涙目でうめくエイダを見やってから、黒竜は踵を返す。

 恨めしげな視線が向けられるも一向に構わず、少しばかり上機嫌に、自分が取り逃がした獲物の集団が去った方に泳ぎ始る。

 

アノデカイクモハ(あのでかい蜘蛛は)ナカナカウマクテクイデガアリソウダッタナ(中々旨くて食いでがありそうだったな)……」

 

 その呟きに、エイダはハッと目を見開く。

 つい先ほどまで自分の目の前にあった、絶望の塊のような怪物の群れ。何処から現れたのか、何時から居るのかもわからない、謎の言葉を発する別の怪物の集団。

 それらと遭遇してしまったエイダは、どうして助かったのか。

 その理由を、目の前の怪物の凄まじさで忘却していたエイダは、ひゅっと息を呑みながら硬直していた。

 

 額の痛みも忘れ、ずぶずぶと影の中に潜っていく黒竜の後姿を凝視した彼女は、黒い鱗が全て見えなくなるよりも前に、思わず声を張り上げていた。

 

「あ…あの!」

「ン?」

 

 突如呼び止められ、訝しげに目を細めて浮上し直す黒竜。

 影の底に消えかけた怪物を呼び止めた少女は、振り向かれると肩を強張らせ、あわあわと狼狽を見せ、視線を泳がせる。

 黒竜の目が鬱陶しそうに尖り始めた時、少女はようやく声を発する。

 

「…ぼ、僕の家に来てくれませんか?」

「……ア?」

 

 予想だにしないエイダの申し出に、黒竜は大きな困惑の声を返していた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。