アビス・プレデター 〜深淵に凄む終末の獣、無自覚な異世界転生者につき〜   作:春風駘蕩

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7.Complain

「父上! 一体何を考えているのですか!?」

 

 だんっ、と床を踏みつけ、レイアンが父レヴィオに向けて吠えかかる。

 目の前にいるのが父親である以上に、里の長で逆らうべき人間ではない事も忘れ、レイアンは自分の不満をぶつける。

 

「あのような得体の知れない化け物を放置し、混ざり者を野放しにしておくなど! 正気の沙汰ではありませんよ!?」

「…私が決めた事だ」

「今すぐにでも処分すべきです! あれは我ら一族に災いをもたらす悪魔の手先です!」

 

 息子に背を向けたまま、レヴィオは窓から夕焼けの空を見やる。振り向く事もなく、丁度エイダの家がある方角をじっと眺めている。

 

 鼓膜に刺さる甲高い声にやや苛立っている様子を見せ、黙り続ける彼に、レイアンはギリッと歯を食い縛る。

 唯一の息子であるのに、次期長を約束された優れた存在であるのに、完全に無視され放置されているという状況が、酷く矜持に触れているようだ。

 

「あの混じり者は我々に復讐するつもりなのですよ! そうに違いありません! あの異様な化け物の力を使って、我らを滅ぼすつもりなのです!」

「…だが証拠は何もない」

「あれに薄汚い人間の血が混じっているというだけで、十分な証拠ではありませんか!」

 

 ハッ!と吐き捨てるレイアンは、我慢の限界だと言わんばかりに長に言葉を続ける。

 エイダが生まれるより数十年早く生まれた彼にとって、人間の血が混じった者が里のすぐそばにいることが、嫌で嫌でしかたがなかったのだ。

 

「くそっ…生きているだけで罪だというのに、役目を与えてこれまで生かしてやったのに、こんな凶行に走るとは…! こうなる前にさっさと殺しておくべきだったんですよ!」

「……」

「奴がいるだけで森は穢れる! 奴はこの森に紛れ込んだ異物、毒です! 早急に対処しなければ、やがて我らが代々守り続けてきたこの地は滅びましょうぞ!」

 

 レイアンは声高に叫び、父に窮地を訴えようとするが、レヴィオは黙ったまま何も返さない。むしろレイアンが声を発するたびに、怒りを抑えているような険しい顔になっていく。

 

 一向に、たった一度も肯定の言葉を返さないレヴィオに、レイアンはますます苛立った様子を見せる。

 何故同意しないのか、何故何も返答しないのかと頬を痙攣させ、その場で床を踏み鳴らす。その様はどう見ても、癇癪を起した幼子の様にしか見えなかった。

 

「奴め…! 一体何を考えている…!? そうだ……もしかすると、最近の同胞の行方不明事件も、奴らの仕業かもしれない。だとしたら目的は……そうか、そういうことか!」

 

 ぶつぶつと呟いていたレイアンが、急にハッと目を見開き、口元を笑みに歪める。

 悪意が全面に表れた醜悪な顔で、本人は全くそれに気づかないまま、自分が今思い付いた真実を吐き出す。

 

「父上…おそらく奴は、人間と繋がっているのです。我等の居場所を人間どもに伝え、あの化け物の力で捕らえ、人間どもに引き渡しているのですよ! 我らエルフは特別な存在……人間どもはそれを妬み、穢れた外の世界で、同胞達を弄び飼い殺しにしているというではありませんか!」

 

 レイアンの主張に、レヴィオは顔にビキリと血管を浮き出せる。

 息子の主張は所々で的を射ているが、そのほとんどが予想に過ぎない。当たっている箇所も、噂や人から聞いた話で実際に目にしても体験してもいない、中身がすかすかの想像でしかない。

 

 そして何より、彼は父親にとって禁忌ともいえる事実を口にしてしまっていた。

 レヴィオの脳裏にはある一人の同胞の娘の事がよぎる。かつて己が数多の愛情を捧げ、しかし掟を犯しその報いを受けてしまった、哀れで愚かな娘の事を。

 彼女への想いを表に出さぬよう、懸命に奥底に封じ込もうとしていた記憶が蘇ってしまう。

 

 レイアンは父親の苛立ちにも気づかず、ニヤニヤと笑みを浮かべたまま反応を待つ。レヴィオは重く息を吐いてから、ようやく再び口を開いた。

 

「…確かに、そういう時代もあったな」

「そうでしょう!? そう言う事なんですよ!!」

「だがそれは……己の力量を見誤り、不用意に森の外に出てしまった愚かな同胞の末路だ。それをあの者一人の責任と押し付けるつもりはない」

「なっ…!」

 

 自分の推理を否定され、レイアンは瞠目し、次いで顔を真っ赤に染め上げる。

 わなわなと肩を震わせた彼は、キッと鋭いまざなしでレヴィオを睨みつけ、また床を踏み鳴らし始めた。

 

「そ…それと話は別だ! 奴は我等の敵! あなたが手を下さないのなら、私がじきじきに―――」

「やめぬか愚か者が!!」

 

 不意に、レイアンの頬に強烈な衝撃が走り、彼の体が宙に浮く。目を見開いたまま、レイアンは背中から倒れ込み、床に勢いよく倒れ込んだ。

 

「ぐっ…!? ち、父上…?」

「私の決定に異を挟むな! お前は私の息子というだけで、生殺与奪の権限を有してはいない事を忘れるな! その短絡的な思考を治さない限りはな!」

 

 ズキズキと痛む頬に手を当て、呆然とレヴィオを見上げるレイアン。父親に殴られるという初の体験に、それまで渦巻いていた感情の殆どを忘却してしまう。

 

 レヴィオは鼻息荒く息子を睨みつけ、肩を上下させる。

 年齢のせいか、一発拳を放っただけで息が荒れる自分を恨めしく思いつつ、スッと背中を向けた。

 

「…様子を見ると言っている筈だ、お前は決して手を出すな! でなければ処分されるのはお前の方だ……わかったら下がれ」

 

 それだけ告げると、話は終わりだというように口を閉ざすレヴィオ。

 忘我の最中にあったレイアンは、徐々に正気に戻り始めると同時にきつく唇を噛み締め、ぶるぶると全身を震わせる。

 もう一度父をぎろりと睨みつけると、立ち上がり荒々しい足取りで長の部屋から立ち去っていった。

 

 どすどすと足音が遠ざかっていくと、レヴィオはまた窓の外、翳り始めた空を眺め、小さくため息をついた。

 

「……ままならぬな、子を育てるというのは。なぁ、オリヴィエよ」

 

 既にこの世から儚くなった妻の事を想いながら、レヴィオは遠い目で空を見上げる。

 その時だ。ちょうど息子が話題にしていた少女が、音もなくレヴィオの後方、自室の隅に現れたのは。

 

「長…お時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「……何だ」

 

 全ての感情を封じ込め、冷淡な声で応じる長。少女エイダはそれに、悲し気に眉間にしわを寄せるが、すぐに首を振って無表情に戻る。

 エイダはその場に跪き、首を垂れながら口を開いた。

 

「―――私があの方に……黒い竜に会う前に、遭遇した別の怪物がいます。…人語を介す、蜘蛛の怪物でした」

「…詳しい話を聞かせて貰おう」

 

 少しだけ震える声でもたらされた報告に、レヴィオは目を細め、ゆっくりとエイダの方へと振り向いた。

 

               △▼△▼△▼△▼△

 

 バサバサと草木を踏み潰し、レイアンが夜の更けた森を歩く。

 虫達の鳴く声も掻き消されるほどに荒々しい足取りで、険しい形相で木々の奥へと向かっていく。その口からは常に、不平不満が溢れ出ていた。

 

「くそっ! くそっ! あの耄碌爺め…! ふざけたことを抜かしやがって!」

 

 他に人目が無いのをいいことに、募り募った苛立ちをぶちまける。

 従うべき長であっても、血の繋がった父親であっても関係ない。自分が蔑ろにされるという事が、腹立たしくて仕方がないのだ。

 

 自分はいずれ里で最も偉い存在になる男。それに加え、優れた能力を持つエルフの長なのだから、世界中のあらゆる種族の中でも、最も優れた存在になるのだという自負が彼にある。

 そんな自分の主張が取り下げられ、事もあろうに混ざり者の少女が守られるという事態が、何よりも気に入らなかった。

 

「私は里を……仲間を想って言っているのだ! なのになぜ殴られねばならん! あの爺め……私が長になった暁には、身の程を教えてくれる!」

 

 まだその時ではないと自分を抑えつつ、レイアンは望ましい未来を夢想し、それが叶う時がまだ先である事に、悔し気に唇を噛む。

 

 憎たらしい事だが、父レヴィオは百年以上里を守り続けた功労者であり、多くの里の住民からの信頼も篤い、稀有な人物である。

 里の中でも上の年代の者達は皆彼に従っており、まだまだ現役であるために、世代交代はまだ遠い未来の話である。まだ好きに動くことはできそうにない。

 

「まったく……さっさと事故か何かで死んでくれないものか。いや…何か問題を起こさせれば、長の地位を退けさせられるか…? チッ、うまくいかないものだ」

 

 ぶつぶつとぼやきながら、レイアンは暗い森を歩く。

 そして目的地である、森の中でも数本しか生えていない特殊な木が生えている箇所に辿り着く。

 

「…レイアン様?」

 

 近づいてくる足音に反応してか、その木の後ろに隠れていた一人のエルフの女性が顔を覗かせてくる。

 

 優しい垂れ目に翡翠色をした瞳、桜色の唇にシミ一つない肌。乳房も尻も大きく、柔らかさに溢れた肢体を有する、美しい妙齢の女性だ。

 彼女を前にしたレイアンは、表面上はフッと紳士的に微笑み、内心はでれっとだらしない顔になる。

 

「ルイゼ……待たせてしまったな、父上がなかなか解放してくれなかったのだ」

「さびしかったですわ…身体はこんなに火照っているのにほったらかしにされて、凍えてしまって悲しかったですの」

「すまないな……では今晩は、凍えぬよう熱い夜を過ごすとしよう」

 

 すすす…と寄ってくる女性を、レイアンは大きく手を広げて受け止め、抱きしめる。

 彼女の背に回した手で、豊かに膨らんだ臀部を撫でつけ、開いた背中を撫でると、ルイゼという名の彼女は妖艶にレイアンに笑いかけた。

 

 定期的に行われる、次期長を約束された男と村で評判の美しい娘の逢瀬。

 レイアンの立場があるため、公にするわけにいかないが、時間が作れた時は遠慮なく体を重ねられる貴重な時間を、二人は存分に享受する。

 

「あん……またここでいたしますの? 人がいるところでできないのはわかりますけど、流石に少し恥ずかしいですわ」

「誰も来ないのだからいいじゃないか……もし誰かいたとしても、見せつけてやればいいし、告げ口などさせないさ。なんせ私は、長の子なのだ…そのくらいの権限はあるよ」

「まぁ、頼もしいですけど…ご趣味が少し独特ですわね―――あっ」

 

 今すぐにでも互いの衣服を脱ぎ捨て、溜まりに溜まった欲望を注ぎ込みたいと奮えるレイアンは、ルイゼの肌を撫でながら告げる。

 敏感なところに触れられ、びくんっと震える彼女を見つめ、レイアンはにたりと目を細めた。

 

「今夜も愉しもう……時間が許す限り」

「あぁ…レイアン様…」

 

 ゆっくりと、里でも優しく気遣いができ、何より色っぽく豊満な体を持て余す、男であればだれもが憧れる美女の身体を押し倒し、レイアンが彼女の上に覆いかぶさる。

 歓喜で目を潤ませ、美しい笑みを浮かべるルイゼの衣服の紐を解き、肌を晒していく。

 

 月光に照らされ、妖艶な輝きを放つ美女の身体を見下ろし、レイアンはべろりと唇を舐め、彼女の柔肌に唇を落とす。

 そうして、虫のさざめきだけが響き渡る森の中で、男女が密やかに睦み合う光景が始まる。

 

 それを―――赤く輝く八つの目が、見えないどこかからじっと無音で凝視している事に、二人は気づいていなかった。

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