アビス・プレデター 〜深淵に凄む終末の獣、無自覚な異世界転生者につき〜 作:春風駘蕩
「どういうつもりだ、爺!!」
だんっ、と床を踏みつけ、レイアンがレヴィオに向けて吠える。
長の邸宅に、数人の取り巻きと共に乗り込み、他の老エルフ達に囲まれる形で腰を下ろしている父親に、苛立ちと不快感を交えた鋭い視線を向ける。
老エルフ達は、高潔なエルフにあるまじき態度をとる彼に、思わずため息をこぼす。
中でもレヴィオは、息子が父に向けるものではない、憎悪冴え混じった眼差しに悲しげに目を伏せていた。
「…レイアン、もう私を父上とは呼んでくれないのだな?」
「そんなことはどうでもいい! 何だ、先程の会話は!? 情けない様ばかり晒す老害めが!!」
唾を吐き散らし、端正な顔を歪めてぶちまけられる暴言。
レヴィオが目を細め、悪鬼のように醜悪に吠える息子を見つめる。
ふと、脳裏に過るのは彼がまだ幼かった頃の姿。
今よりもずっと素直で、しかし多少あった他者を見下す性格は、年齢もありまだ可愛げがあった。しかし、すっかり成人した今の彼が見せるそれは、見過ごせないほど肥大している。
なぜこのような結果になってしまったのかと、自分自身の至らなさを後悔し、レヴィオは重いため息をついた。
「……迂闊に手を出すのは危険だと判断したまでだ。いずれ必ず策は講じる」
「何を悠長な事を! あのような化け物共を放置して、日和見を決め込むとは情けない! 森に侵入した化け物共を排除しないなど、臆病者になり果てたか、糞爺め!!」
穏便に諭そうとする父の言葉にも耳を貸さず、レイアンはダンッと床を踏みつける。
もはやそれは癇癪を起した子供の様な様で、れっきとした大人がやるにはかなり痛ましさを抱かせる。まるで体だけ成長し、中身が我儘なまま固定されているようだ。
その醜悪さに、さすがに老エルフ達も顔を歪め、若者たちを苛立たしげに睨み返した。
「口を慎めレイアン! お前達もだ! 誰にそのような目を向けている!」
「若造が生意気な事を口にするな! 長の決定だぞ!」
「お前達、老害共こそ黙っていればいいだろうが…」
「何だと…!?」
レイアンの暴言に、流石に見過ごせなくなった老エルフ達が目尻を吊り上げる。
気づけば、若いエルフ達全員が、レイアンと似たような視線を長達に向けている。それは自分の親であっても祖父であっても、何の躊躇いなく敵意を向けていた。
その異常さに、老エルフ達はやや気圧されたように顔を引き攣らせる。
レイアンに影響されたのか、かつては年長者を立てていたはずの若者達が、一切の命令を聞かず反旗を翻しそうになっている。これまでにない事態に、老エルフ達は戸惑いを顔に浮かべ出す。
すると、若いエルフ達の中で、何人かが前に出て口を開いた。
「長よ……あなたの決断は少し疑わしい。やはりあれは危険すぎるのだ。たとえ言葉が通じるとしても、敵にならないとは限らんだろう」
「そうだ、それもあの混じり者の言う事……信用などできるはずもない」
レイアンに比べればまだ穏やかだが、そう告げてきた若者達の目には、レヴィオに対する疑惑が宿っている。
自分達の提示した意見が却下された事、主張が通らない事に酷く不満を抱いているような、苛立ちが大きく表れた表情であった。
「まさかとは思うが、長よ……あの混ざり者を贔屓しているのではあるまいな」
「そうだ…そう見えるぞ! なぜあの異物を特別扱いしている!? 不平等ではないか!」
「あの混ざり者にそんな価値があるというのか!」
遂には、里の者全員が疎んでいる少女が、未だ存命であることから、長が特別な感情でそう扱っているのではないかと邪推し始める。
長はそんな彼らに、深い深いため息をついてみせた。
「……私は長だ。個人の感情でそのような決定はしない。あの子の事は、人間の血が混じっているとはいえ、残りは全て同胞の血が流れているのだ。何より……あの子が望んでそう生まれたわけではない」
「そんなことが理由になるものか!」
「そうだ! 人間の血が混じっている時点で、奴は罪人だ! 情けをかける必要などあるものか!!」
どうにか若者達の怒りを治めようと努める長だが、彼らは全く受け入れない。
生まれた時からある他種族への隔意が、何故だか異様に増大し手が付けられなくなっている。レヴィオや老エルフ達は、若者たちのその豹変に困惑しっぱなしになる。
喧々囂々と、長達に向けて自分勝手な不満をぶつけ、顔を歪ませる若者達。
するとやがて、その中心人物であるレイアンがスッと手を挙げ、取り巻き達の勢いを止めた。
「……お前の言いたい事はよくわかった。あくまであの混ざり者は生かすつもりなのだな?」
「…せめて、私の生きている間は、生を謳歌させてやりたい」
レヴィオは真剣な眼で、冷酷な目で自分を見下ろすレイアンを見つめる。
若者達からの批判も軽蔑も覚悟のうえで、自分の中にある本当の感情を隠しながら、長としての自分の言葉を貫き通そうとする。
しかし彼は、息子の目になぜか、危険な思考が透けて見えた気がした。元からあった敵意はもうなく、全く別の者としてみているような、壁のようなものを感じさせる目だ。
「そうかそうか……よくわかった。よし、ならばお前のその意を汲んでやるとしよう」
「レイアン…!?」
「どういうつもりだ!」
急に手のひらを返したレイアンに、取り巻き達が血相を変えて叫ぶ。
目の上のたん瘤だった汚らわしい存在を、この機会に完全に抹消してしまいたい、そう考えていたのにだ。
同じ考えを抱いたからこそついて来たのにと、長の子にも敵意を向け始める若者達に、レイアンはにやりと口角を醜く歪め、諭すような穏やかな口調で語る。
「なぁ父上よ……里で暮らす以上、それぞれが役割を担わなければならないだろう? 疎まれている者程、重い役目を負わなければ、誰も納得しません」
「ああ、その通り…だからあの子には、敵の接近を知らせる危険な役目に―――」
「そんな仕事では、生ぬるくて誰も認めませんよ」
自分の言葉を遮られレヴィオは訝し気にレイアンを見つめる。
里の者とあまり顔を合わせずに済む、森の端での見張りの仕事。それは、人間の国がある方角に赴き、外敵が侵入してこないかを確認し、場合によっては排除を行う危険な役目だ。
同胞に危険を知らせた後は、その場に留まり、自ら武器を持ち侵入者を始末しなければならない為、争い事を嫌うエルフ達にとってはやりたくない汚れ仕事となる。
故に、レヴィオはその役目をエイダに任せた。
誰もやりたがらない仕事を、嫌う役目を担わせることで、彼女に里の者達が少しでも悪意を向けなくなるようにと考慮したのだ。
だが、レイアン達はその仕組みを真っ向から否定してきた。
レヴィオは内心で怒りを必死に抑え込み、自分の思慮をないがしろにする息子を睨みつけた。
「……生ぬるい、だと?」
「ええ…! どこが危険なのだ? 侵入者の排除は里の者全員が望んでいること……誰もやりたがらない? いいえ、私が言えば皆喜んで行うとも! 塵掃除は皆でやるものだろう!?」
その言葉に、老エルフ達はざわざわと顔を見合わせ、血の気を引かせていく。
平和を望み、故郷である森から出てくる事がまずないエルフ。それ故に争いとは縁がなく、彼の発言のように、好戦的な性格の持ち主が出る事もそうそうないはずなのだ。
反対にレイアンの取り巻き達の表情は、レイアンと同意しているように笑みが浮かんでいる。ただの笑みではない、狂喜が混じった醜悪な笑顔となっていた。
「お前…自分が何を言っているのかわかっているのか」
「お前こそわかっているのか? お前達は皆、生ぬるい。お前のやり方では、我らエルフはいずれ滅びるのだ」
冷めた目で父親を見下ろしたレイアンは、不意にくいっと顎を上げる。するとその仕草に反応した取り巻き達が、素早く飛び出し、老エルフ達の元へ向かう。
そして懐から太い蔓を何本も取り出し、長達を拘束し始めた。
「!? 何のつもりだ……ぐわっ!」
「もういい加減、見ていられなかったからな……お前達にはその座から降りて貰おうかと」
後ろ手に縛られ、倒れ込むレヴィオの顔を、あろうことかレイアンが足で踏みつける。
自分の体重の殆どをかけ、頭蓋骨がぎしぎしとなるほどに力を籠め、抑えつける長のこの姿に、同じく拘束された老エルフ達は言葉を失った。
「レイアン、貴様! こんな事をして、冗談では済まされんぞ!」
「何をする気だ……ぐっ!」
「うるさいっつってんだよ、老害共……」
倒れた老エルフ達の胎に、若いエルフ達は一緒になって腹に蹴りを入れる。
老いた体には、若者達の一撃は重く、苦悶の声を上げた彼らは皆、為す術なく黙り込んでしまう。冷や汗を流し、丸まる彼らを見下ろし、レイアン達は邪悪に笑ってみせた。
「もうあんた達にはついて行けねぇ……うんざりなんだよ、あんた達の説教に付き合うのは」
「俺達は新しい長についていく。あんた達はもう用済みなんだよ」
「ははは! いっつもいっつもカビが生えたような同じ事ばっかり言いやがって……しつけぇんだよ糞爺共!」
身動きの取れない、親・祖父母世代の彼らに、若者達は心底心地よさそうに笑う、嗤う。
自らの手で枷を外し、柵から逃れた彼らの顔は華やかで、しかし誰もが目にギラギラと危険な光を宿している。
その様に、レヴィオを始めとした老エルフ達はぞっと背筋を震わせる。
まるで見た目だけを真似た何かが、若者達にい成り代わったかのような、そんな悍ましい想像まで抱いた。
「これからは、私が―――俺が全てを纏める。お前達みたいな化石は片づけさせてもらう・・・・・異論は認めないぞ? なんせ俺が今決めた事なんだからな」
耳まで裂けて見えるほど口角を上げ、レイアンは父を見下ろす。
血の繋がった親であっても、何の躊躇いもなく悪辣な行為を働く息子に、老エルフ達は皆絶句し、少しも動けない。
その間に、若者達が長達の体を引きずり、邸宅の外に運び出していった。
「ああ、あの混ざり者の事は気にするな。生かしておいてやるよ……まぁ、死んだほうがましと思える目には、遭わせるつもりだけどな…はは、ひゃははははは!!」
運ばれていく、無力な老人達に横目をやったレイアンが、醜悪に目を細めて高らかに嗤う。
全てを奪い、手に入れた彼は、邪魔なもの全てが消えて広くなった室内を見渡し、耳障りな甲高い声ではしゃぎ騒ぐ。
横抱きにされ、無言で荷物のように運ばれるレヴィオはただ、変わり果てた息子の声を聞いている事しかできず、やがてがくりと項垂れる。
自分自身の無力さに、変わってしまった子供達を憐れみ、無慈悲な現実を哭くばかりとなってしまった。