アビス・プレデター 〜深淵に凄む終末の獣、無自覚な異世界転生者につき〜   作:春風駘蕩

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2.Night

 パチパチと火の粉を吐く焚火の傍で、木の実の固い皮が剥かれていく。

 

 夜も更け、三つの月が上がり始めた時間。

 エイダは椅子にできそうな手頃な石と、目印にできる木を見つけ、焚火を用意して自分とアサルティの分の料理の準備を始める。

 

「もうちょっと待っててくださいね…! アサルティさんの分は多いので、準備にも時間がかかっちゃうので……」

 

 山積みになった、そこらの樹々に生えていた果実。

 大量に摘み取ってきたそれらの皮を剥き、持ち歩いてきたその他の材料を合わせ、以前アサルティにも好評だった菓子を作る準備を行う。

 以前は自分の分だけで足りていたのだが、今の旅には大食漢である黒竜の分も作らなければならない為、少女は額に汗を滲ませながら刃物を握りしめる。

 

 先に、そこらの獲物を狩って食事を済ませていたアサルティは、いそいそと皮を剥くエイダを見つめて、ふと声を漏らした。

 

「……オ前、少シ変ワッタカ」

「え? 何でですか?」

「以前ノオ前デアレバ、俺ガツイテクルナト命ジレバ身ヲ縮コマラセ、スゴスゴトドコカヘ去ッテイタト思ウ。最近ハ……図々シクナッタ」

「なっ…!」

 

 アサルティの言葉に、カッと目を吊り上げて腰を浮かすエイダ。

 しかし険しい顔でしばらくの間葛藤したかと思うと、渋々といった様子で座り直した。

 

「…アサルティさんに迷惑かけてるのは、わかってますよ」

「アタリ前ダ。ワカッテイナカッタラオ前ノ神経ヲ疑ッテイルトコロダ」

「そういう事じゃなくて!」

 

 皮肉を吐くアサルティに声を荒げつつ、一旦木の実と刃物を脇に置くエイダ。

 不満げに唇を尖らせながら、ハーフエルフの少女はもじもじと指を絡ませ、俯く。赤く染まっているのは、焚火の所為だけではなさそうだ。

 

「変わらなきゃ……って、思ったんです。帰る処もなくなって、知り合いもいなくなって、僕一人になっちゃって……どうすればいいのか、何もわからなくなっちゃいましたし。…僕の居場所がどこなのか、わからなくなったんです」

「…ソレデ?」

「だから……探そうと思ったんです。どこに行けばいいのか、どうしたらいいのか、目的と目的地を探そうと思いまして……アサルティさんについて行けば、それがわかるような気がしまして」

 

 ぽつりぽつりと、黒竜の視線を気にしながら呟き、恥ずかしそうに目を逸らすエイダ。

 アサルティはそれに呆れた目を向けつつ、口を挟む事なくじっと耳を傾ける。

 

「それで、いつまでもうじうじしていたら、どこにも行けないままなんじゃないか……って、思いまして」

「…ソレト俺ニツイテイク事トハ、マタ別ノ問題ダト思ウガナ」

 

 じろり、と目を細め、アサルティはずぶずぶと影の中に身を鎮める。

 身勝手な決定を下したものだ、と少女に対し文句を言いたくなったが、何故だかそれを否定する事はできず、ふんと鼻を鳴らすだけに留める。

 

 本人も、自分の考えが自分本尾である事を理解しつつ、不意に黒竜に不思議そうな眼差しを向け始めた。

 

「あの……アサルティさんは結局、何者なんでしょうか?」

「俺ガ知ルカ」

「だからそういう事じゃないんですってばぁ!」

 

 詰まらなそうにそっぽを向く黒竜を、少女は泣きそうな声で呼び止める。

 心底面倒臭そうに眉間にしわを寄せたアサルティは、仕方がないという風に唸り声をこぼし、エイダに顔を寄せる。

 

「…俺ハ、気ガツイタラ影ノ海ヲ漂ッテイタ。ソレ以前ノ記憶ハナク、腹ノ虫ガ促スママニ獲物ヲ探シテ彷徨ッテイタ。ソレ以外ノ事ハ、本当ニ知ラン」

「父親や母親の事は……?」

「知ラン……イタノカドウカモワカラン。ソウイウ記憶ハ一切残ッテイナイノダ」

 

 エイダに語りながら、アサルティ自身も疑問を抱く。

 

 呼吸をしていない事や、影に潜る能力を持っている事を除けば、見た目は基本的に普通の生物と変わらない。傷を負えば血を流し、腹も減る。

 ならば、自分を生み出した親と呼べる存在がいる筈なのではないか、と。

 

「どんな方なんでしょうね……あ、方っていうのはおかしいか。どんな竜……怪物? どういえばいいんでしょうか?」

「知ラン……トイウカ、ドウデモイイ」

「どうでもよくは……まぁ、どんな親かは人によりけりですしね。子がだめだめでも親が立派だったり、反対に子がしっかりしてても親が駄目な人だったり……」

「…オ前ノ故郷ノ連中モソウダッタヨウダカラナ」

「……死んだ人にそんな事言ったらだめですよ、アサルティさん」

 

 エイダの生まれを理由に、力尽くで排除しようと目論んでいた里の長の子について思い出し、吐き捨てるアサルティにエイダが苦言をこぼす。

 無残な最期を遂げた彼らの事をエイダも思い出してしまい、居心地悪そうな表情で視線を逸らす。

 

 あれほど辛辣な目に遭わされたというのに、恨み言をあまりこぼそうとしないエイダに、アサルティは内心でため息をつく。

 

(お人好しめ…多少悪態をついたところで誰も咎めまいに。ましてや、此奴こそ奴らに復讐する資格があるだろうに、馬鹿な奴め……)

 

 多少正確に変化は起きたようだが、いつまで経っても里の連中への憎しみを持てないでいる少女。

 自分とはどこまでも異なる在り方である少女に、呆れと共に逆に感心もしていたアサルティは、ふと自分自身の原点について考え始める。

 

(親、か……いるとすれば、少なくとも俺と似た姿をしているはず。だとすれば、俺と同じように影の海の中を泳いでいるのだろうか……?)

 

 ふと、アサルティは瞼を閉じ、その光景を想像してみる。

 大きさの異なりはあるが、自分とよく似た黒い竜が闇の世界を泳いでいる景色。自由気儘に闇の中を進み、腹が減れば外の世界へ飛び出し、獲物を捕らえに向かう……そんな生態。

 

 だが、光源が全くないために背景と完全に同化している、という残念な想像しかできなかった。

 

(姿が見えないのでは、それが同族かどうかもわからんな……最悪の場合、共食いになっているやもしれん。何と厄介な生物に()()()ものだ)

 

 自身に対する皮肉をこぼしながら、内心で嘆息するアサルティ。

 実際に遭遇したとして、どんな結末になるか考えてみても、憂鬱な末路しか思い浮かべる事ができなかった。

 

 もしも自分の同族が、自分を生み出した存在が現れたとしても、決して友好的な感情は抱けないだろう。

 根拠は何一つとしてないが、そう思った。

 

「……グルルルル」

 

 不意に、アサルティは自身の胸に、むかむかとした嫌な感情が湧きあがってきたことに気付いた。

 

 怒り、憎しみ、嫌悪。

 存在の全てを否定したいというどす黒い感情が胸の内から湧き上がり、視界が黒く染まっていくような錯覚に陥りだす。

 

 親、創造主、生産者。自身をこの世界に産み落とした存在、自身をこんな姿にした張本人。

 己が頼んだわけでもなく、願ったわけでもなく、意味もなく姿形を勝手に決め、悍ましき力を与えてこの世に追いやった、吐き気がするほどに腹立たしき者。

 

 

 もし、そんな存在と相対したら―――。

 

 

「……さん、アサルティさん!」

 

 その声に、はっと目を見開く。

 我に返ったアサルティが目をやれば、何やら心配そうに顔を覗き込むエイダの姿が目に映った。

 

「…何ダ?」

「何だじゃないですよ! 急に黙り込んで、返事もしてくれなくなって、無視されてるのかと思ってちょっと怖くなっちゃったでしょうが! …どうしたんですか?」

 

 腰に手をあて、怒声を上げるエイダに、黒竜はパチパチと目を瞬かせる。

 どうやら、先程からずっと話続けていたらしい。なのに何も言葉を返さなくなり、長い間沈黙するアサルティに、不安が爆発したようだ。

 

 ものの数秒だけ、思考に耽っていたつもりであったアサルティは、目尻に涙を溜めるエイダに呆れた目を向けた。

 

「……何デモナイ。ソレヨリ、用意ハマダカ?」

「あっ……と、すみません忘れてました」

「……ソレノ為ニ、オ前ノ同行ヲ認メテヤッテイルト言ッテモ過言デハナイノダゾ」

 

 アサルティにせっつかれ、せっせと果実の皮を剥く作業に戻るエイダ。

 白い果肉が露わになっていく果実を見下ろしつつ、エイダはフッと笑みを浮かべた。

 

「まぁ、どんな人が親でも、僕は今は感謝していますよ。生んでくれてありがとうって」

「…アンナ目ニ遭ッテモカ?」

「…死にたいって思ったことは何度もありますけど、今は違いますね」

 

 エイダはまた手を止め、アサルティに手を伸ばして、ごつごつとした鱗を撫でる。その感触が嬉しくて堪らないというように、何度も何度も黒竜の肌を撫でつける。

 少女の頬は、いつしか林檎の様に淡く、先程の羞恥とは異なる赤色に染められていた。

 

「こうしてアサルティさんにも会えましたし……良い事も確かにあったんだ、って母さんに自慢したいなって思うんですよ」

「……アッソ」

 

 照れ臭そうに笑うエイダから、アサルティは雑な返事を返してぷいっと顔ごと目を逸らす。

 触れない距離まで離れてしまい、少女がしょぼんと寂しそうな顔になるのも構わず、ずぶずぶと影の中に身を潜めてしまう。

 

 ただしそんな本気の感謝の言葉を受け取り、悪い気にはならなかった。

 

(……まぁ、此奴が共に在りたいと言い続ける限りは、一緒に旅をしてやってもいいか)

 

 本人には決して言えない言葉を内心で吐き、少女が作る菓子の完成を待ち侘びるのだった。

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