アビス・プレデター 〜深淵に凄む終末の獣、無自覚な異世界転生者につき〜   作:春風駘蕩

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3.First foreign country

 実に数日かかった、国境を越えてからの旅。

 野を越え川を越え、時折再発するアサルティの暴走を何とか止め、エイダの疲労が徐々に限界に近づき始めた時。

 

 長く果てしない道を歩いていたエイダ達の横を、一杯に荷物を積んだ馬車がガラガラと忙しなく通り過ぎていく姿を、頻繁に見るようになる。

 同時に大きな荷物を背負った人々とすれ違うようになり、何事かと訝しんだエイダは、進行方向に目を凝らしてみる。

 

「…! アサルティさん、見えましたよ!」

 

 草原の遥か先に広がる広大な山々。その麓に広がる、真っ白で長い壁に気付いたエイダははっと目を見開き、歓喜の声を上げる。

 こうしてすれ違う者が多くなってきたのは、目的地である国が近く、商人や旅人が集まって来ているからに違いない。

 

 数えるもの億劫になるほどの数の商人達を見やり、足元を見下ろし小声で話しかける。

 

「……美味しいものとか期待できそうですね」

「……ダトイイガナ」

 

 エイダの足元の影に潜んだまま、アサルティは頭上に多く集まる気配を察知して呟く。

 大勢の前で自分が姿を現すと、余計な騒ぎに巻き込まれかねない。そう考え、また空腹を訴えだした胃を慰めるため、狩りに赴こうとする自分自身を抑え込む。

 

「……ドウデモイイガ、コウモ大量ニ生キ物ノ気配ガアルトヤヤコシクテカナワン。俺ハ今マデ、地上ニイル者ハ皆、選ンダリセズニ食ッテイタカラナ」

「……やめてくださいね? 絶対襲い掛かったりしないでくださいね?」

「……善処スル」

 

 近くを歩いていた商人が、訝しげな目を向けてくる事に肝を冷やしつつ、エイダは同行人の存在を悟られないように細心の注意を払う。

 

 この恐るべき怪物が、自分達の真下に潜んでいる……などと発覚した暁には、この場はとてつもない恐慌状態に陥り、最悪自分は怪物を連れてきた狂人として捕縛されるかもしれない。

 そうなったら最後、国に仇為す魔女か何かと詰られ、石を投げられたり暴行されたり、挙句首を落とされるような、最悪の未来しか想像できなかった。

 

「んんっ……アサルティさん、くれぐれも人前では出てこないでくださいね? 約束ですよ?」

「……一人カ二人クライハ駄目カ?」

「だめです」

「……ケチナ奴ダ」

 

 厳しい表情でエイダが告げると、アサルティは不満げな唸り声をこぼし、やがて渋々といった様子で黙り込む。獲物の気配が集まった地上から、ずぶずぶと潜って離れていったようだ。

 

「ごめんなさい、アサルティさん……でも、行方不明事件の容疑者になる事は勘弁してほしいんです」

 

 エイダとしては、恩人である怪物に窮屈な思いをさせたくはなく、できれば食事くらい自由にさせてやりたいと考えている。

 

 しかし、もし彼が国の住民達を獲物に狙い始めれば、犠牲者はきっと数人では済まなくなる。

 数十人か数百人か、もしかすれば数千人……町丸ごとの人間が姿を消し、結局とんでもない騒ぎになって捕らえられる未来しか見えなくなる。

 

 自分の不安を考え過ぎと思う事なく、エイダはぶるりと体を震わせる。

 

「……アサルティさんのご飯をどうするか、しっかり考えなくてはなりませんね。長の所から持ってきた()()があればしばらくは……」

 

 エイダは独り言ちりながら、肩に担いだ荷物に目をやる。

 一番奥、もっとも盗まれにくそうな箇所に隠したそれが、今後の自分の運命を決める……正確には、かの黒竜のご機嫌を左右する鍵となる。

 

 荷物を下から持ち、中に隠した者の重さを確かめてみたエイダは、やがて顔中に冷や汗を垂らしながら目を逸らす。急に心許なくなってきたのだ。

 

「…ま、まぁ、大丈夫ですよね。食べ物くらい何とでもなります。大丈夫……大丈夫」

 

 脳裏に過る、自分の首が地面に転がる光景に、エイダは知らない間にごくりと唾を呑む。

 何とでもなる、と前向きに考えようとして、しかしどうしても自分が人間達に囚われ、罪を償う為と称して何処かに売り飛ばされるか、惨い殺され方をする未来を想像してしまう。

 

 周囲の商人達に困惑の目を向けられながら、エイダは国に着くまでの間、ぶつぶつと自分を励ます事に集中し続けたのだった。

 

          △▼△▼△▼△▼△

 

 そして彼女達は、ようやくその地へ辿り着いた。

 無数の山々が連なってできた壁の根元に作られた、端が霞んで見えない程に長く弧を描く見上げる程に高く白い壁と、色とりどりの壁や屋根が連なる街。

 

 徐々に近づく白い塀、その一部に開いた、二人の兵士に守られた入り口を潜り、エイダはおずおずと中へと入る。

 

 奥に広がっていたその景色に、エイダは思わず感嘆のため息をついた。

 

「おっ……きいですね!」

 

 門からずっと先に続く、長く広い石畳の道。

 故郷の森ではまず見られない直線があちこちに見られ、きっちりと整えられた街の中を、数えきれない数の人々がさも当然のように行き交っている。

 

 さらには、左右を見るとそこかしこに見つかる、街中を流れる水路の数々がエイダの目を惹く。

 国の中心を通り、綺麗に真っ二つにしているようなそれから幾つもの支流ができ、街中に流れていく。人々は船を使い、陸地だけでなくその水路も通り道にしているようだ。

 

 そんな光景を前に、人間とは斯くもすさまじい技術を誇っているのか、とエイダは思わず道の真ん中で立ち尽くし、間抜けな顔を晒してしまっていた。

 

「はぇー…わっ、っとと」

「……おい、嬢ちゃん、邪魔だよ。どきな」

 

 瞬きも忘れるほどに呆けていたエイダは、後ろから見知らぬ中年男性に小突かれてようやく我に返る。

 慌てて横にどき、自分の後ろで詰まっていた入国者達がぞろぞろと進み出す。中にはエイダを睨み、ちっと舌打ちをこぼす者もいて、申し訳なさでぐっと縮こまる。

 

「大きいとそれだけ人も多い……当り前ですよね。考えなしに歩いていたら、すぐに迷子になってしまいそう…」

 

 小さく呟き、道の端から街を眺めてみる。

 

 無数の蟻の子のように密集する人々のせいで、真っ直ぐな道の先がどうなっているのか全く見えない。

 辛うじて、遠くに小さく見える建物……聳え立つ尖った塔が幾つも生えた何か見える。外から見えた塀の広さから考えて、丁度中心辺りに立っているあの建物は、偉い人間の住む場所であろう。

 

 だが、目印になりそうなのはそれだけ。国の中心点がわかるというだけで、どこに何があるのかなど、慣れていなければ全くわかりそうにない。

 果たして、この国の者達はきちんと街の配置を理解しているのだろうか、とそんな疑問が浮かぶくらいの広大さだ。

 

「……ま、まぁ、森での暮らしに比べれば、こんな街の配置を覚える事なんて簡単ですよね。大丈夫、大丈夫……きっと」

 

 自分で自分を納得させ、エイダはやや冷や汗を垂らしながら、道の奥を目指す人々に混じって歩き出す。

 目的地などない。取り敢えず他の者達が歩く方向について行き、どうするかを決める。浅はかな思考だったが、適当に進んで人気のない所に迷い込むというような結末を迎えるよりはましだった。

 

 緊張の面持ちと共に、荷物をきつく抱きしめて進むエイダ。

 彼女の足元に、ずるりと巨大な竜の影が浮かび上がると、半森人の少女は少しだけ表情を緩ませた。

 

「……おかえりなさい。どこかで、ご飯でも?」

「……少シダケ。ソコラニイタ鳥ヲ数十ホド、コノ程度デハ腹ノ足シニモナランガナ」

 

 小声で足元に話しかけると、足元の影の中から微かに鼻先が浮かんできて、不満げな呟きが帰ってくる。苛立っているのか、危うく周りの者に聞こえそうな唸り声もこぼれている。

 エイダはそれはそうだ、と苦笑を浮かべ、足を動かしながら自分の荷物の中を探る。

 

 ごそごそと袋の奥底を探り、やがて彼女は両掌で抱えられるほどの大きさの袋を―――じゃらじゃらと音を立てる、数十枚の金色の貨幣が詰まったそれの中を覗く。

 

「長の話じゃ、これがないと人間の街じゃご飯を食べる事もできないみたいだし、どのくらいの量でどれだけ必要なものに替えられるかわからない……慎重に使わないと」

 

 かつて、里の長から少しだけ聞いた、人間の道具の話。

 金という、自分が欲しいものと交換したり、どこかで働いた努力の量に合わせて渡されるものだというもの。

 

 森を出て、全く知らない世界に旅立つにはきっと必要になるだろうと考え、崩壊した里の中の家々や長の屋敷から探し出してきたそれを、大事に抱え込む。

 そんな彼女を影の中から感じ取り、アサルティはじとりと恨みがましげな眼差しを向けた。

 

「……ヤル気ヲ見セルノハ結構ダガ、俺ハ腹ガ減ッタノダガ?」

「……どこかで食べ物を得るのは賛成ですけど、お願いですから少しくらい制限をかけて下さいね」

「……善処スル」

「……本当にお願いしますよ」

 

 素直に言う事を聞いてくれるか怪しい同行人に嘆息しつつ、エイダは貨幣が入った袋を荷物の中に再度仕舞い込む。そして、両手でぐっと握り拳を作り、誰にともなくやる気を見せつける。

 

「さぁ、行きましょうか!」

 

 取り敢えず決まった次の目的地。腹拵えができそうな場所を目指し、多くの人々が行き交い出来た影の中に巨大な竜を紛らせて、少女は国の奥を目指すのだった。

 

 ―――その背中をじっと見据える、一組の鋭い視線があった事にも気づかないまま。

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