アビス・プレデター 〜深淵に凄む終末の獣、無自覚な異世界転生者につき〜   作:春風駘蕩

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6.Introspection

「……はぁ」

 

 静かな、円形に敷き詰められた煉瓦によって作られた広い場所。

 石でできた器の中に女性の像が立てられ、その手に抱えられた水瓶から水が噴き出すよくわからない造形物の縁に腰を下ろし、深いため息をこぼすエイダ。

 

 膝に肘を乗せ、両手のひらの上に顎を乗せた彼女は、陰鬱な表情で何もない地面を見下ろしていた。

 

「…イツマデソウヤッテイルツモリダ。盗マレタモノハ仕方アルマイ」

「それはそうなんですけど……でも、はぁ」

「…ヤハリオ前ハ、手間ノカカル奴ダ」

 

 落ち込んだまま動く気配を見せないエイダに、彼女の足元の影の中からアサルティが呟く。

 

 盗人に金を掠め取られ、完全に逃げられた後、よろよろと覚束ない足取りで宛ても無く彷徨い、この場で力尽きたように座り込んでしまった同行者。

 いつまで経ってもため息を吐くばかりで、情けない顔を晒す半森人の少女に黒竜は只管呆れていた。

 

「ソンナニアノ肉ガ食イタカッタノカ?」

「……お肉というよりも、人間の作った食べ物を口にしてみたかったんです。里のご飯は不味くはなかったですけど、みんな料理とかしないので、味気ないって感じてましたから……」

「ナルホドナ……」

 

 沈んだ顔で項垂れるエイダの呟きに、アサルティは納得の声を漏らす。

 

 森人の食文化については全くと言っていい程知らないが、あれだけ森に囲まれた場所での料理の種類など、片手で十分数えられる数であっただろう。

 もし森の中で火など使おうものなら、たった一度の失敗でとんでもない人災が起こっていたに違いない。そんな状況で、料理の種類が増えるはずもない。

 

 普通の森人(エルフ)であればそれで満足だったかもしれないが、エイダは半森人(ハーフエルフ)。味覚も好みも人間に近く、森人の食生活では満足などできなかったに違いない。

 

「奪ワレタ事ハモウ仕方ガナイ。アノ後散々探シ回ッテ見ツケラレナカッタノダカラ、奴等から取リ戻ス事ハモウ諦メルベキダ」

「そう、割り切れたらどんなにいいか……はぁ、お肉食べたかった」

 

 口惜しそうに何度もため息をこぼすエイダに、アサルティはそれ以上きびしい言葉を吐かない。いや、吐けなかった。

 食べても食べても中々満たされない難儀な体質となった自分に重なる所を感じた為か、アサルティは鼻を鳴らしつつ同情的な視線を同行者に向ける。

 

 その時ふと、地面を見つめていたエイダが顔を上げる。

 もう悲痛な顔にはなっておらず、先程の攻防についてを思い出し、険しい顔で考え込み始める。

 

「あれ……どうやったんでしょうね。追いかけてたらいきなり数が増えましたよ? 人間ってあんな……魔法みたいな技が使えたんでしょうか?」

「イヤ、アレハ同ジ格好ヲシタ者ガ時機ヲ見計ラッテ同時ニ動イタダケダ。最初カラ人混ミノ中ニ隠レテイタノダロウ」

「えっ、そうなんですか!?」

 

 ずっと影の中からエイダと盗人の後を追いかけていたアサルティに告げられ、エイダは衝撃を受けた様子を見せる。

 

 逆にアサルティは、この程度の真相に何故気付けないのかとエイダに呆れた目を向けていた。被害に遭って頭に血が昇っていた為かは知らないが、普通に考えて分身などと言った得体の知れない術を使える者がいてたまるか、と。

 

「相手ハオソラク、集団ダ。アノ人混ミノ中カラ狙イ易ソウナ者ヲ選ビ、一人ガ盗ミ出シタ後ハ複数デソレヲ援護スルノダロウ……ツマリ、オ前ガソレダケ旨ソウナ獲物ニ見エテイタトイウワケダ」

「……もしかしてアサルティさん、本当は怒ってます?」

「イヤ、オ前ガアマリニモ情ケナイカラ呆レテイル」

 

 眩く輝く、見るからに高い価値がありそうな貨幣をこれ見よがしに見せつけていた姿は、どこからどう見ても格好の餌食であった。

 そもそものエイダの姿が、この国のような都会に来た事がないような田舎者らしさ溢れるものであった為に、数多の住民や訪問者達で溢れるあの路で獲物にされてしまったのではないか、と

 

「アノ屋台ノ親父ガ困リ顔ニナッテイル事ニ気付カナカッタノカ? オ前ニ何度モ確認シテイタダロウニ、アノ場デ躊躇ッテイレバ隙ヲ見セル事モナカッタダロウニ……」

「…だったら、言ってくれたらいいじゃないですか」

「知ラン。自分デ気付カネバ意味ガナイダロウ……ソウヤッテ甘イ考エヲヨギラセルカラ、アンナ奴等ニ狙ワレルンダ」

 

 ずるり、と辺りの人間の視線を気にしながら目から上を地上に出し、冷たい視線を向けるアサルティ。

 詰るようなその目と言葉に、エイダは唇を尖らせて目を逸らす。言い返す事などできそうもない、一から十まで、自分の注意力が足りていなかった為、そして人を疑わなかった為に起こった事態であった。

 

 近くを誰かが歩く音がして、すぐさま影の中に沈むアサルティを横目に、また頬杖をついたエイダはため息交じりに虚空を見やった。

 

「…はぁ、これからどうしたらいいんでしょうか。長の話じゃ、人間の国ではお金が全てを左右するものだって言ってましたし、このままじゃ僕、路頭に迷ってしまいます」

「…別ニコノ国ニ居続ケナケレバナランワケデモアルマイニ」

「そうですけど、来たからには何かしてから旅立ちたいんですよ……前々から、里を出て何処かに行きたいって思ってましたし。なのに、こんな事になるなんて……」

 

 生まれを理由に、普段から罵倒され、役目を押し付けられていた日々を思い出し、俯くエイダ。

 彼女を除いた一族郎党、怪物に襲われ、里と共に跡形もなくなくなってしまった今、不謹慎ではあるが自由の身となったからには、これまでできなかった事をしたいとそう考えていた。

 

 エイダの呟きを聞き、彼女の以前の姿を一時ではあるが見てきたアサルティは、影の中で小さく唸り声を漏らした。

 

「……マァ、ヤリタイヨウニヤレバイイダロウ」

「おかげで、持ってたお金が半分になっちゃいました……分けていなかったら本当に、僕達路頭に迷っていた所ですよ」

 

 そう言って、エイダは自分の荷物の中から一つ、重い金属音を立てる袋を取り出す。

 先程盗人に奪われたものと全く同じ、開け口から金色の輝きが覗いて見えるそれを探り出し、両手のひらの上に乗せる。

 

 それを見て、アサルティは思わずずぼっと影から顔を丸ごと飛び出させ、その袋を凝視した。

 

「……オ前、ソレ、盗マレタノデハナカッタノカ」

「え、いいえ? これはさっきのとは違うものですよ?」

「……オ前マサカ、予メ金ヲ小分ケニシテイタノカ」

「あ、はい。こうしておけば、袋が一つなくなってもまだ大丈夫かな、と思いまして……」

 

 かっと目を見開き、袋を凝視するアサルティにきょとんとした目を向けながら、エイダは小さく頷く。

 

 アサルティはしばらくの間黙り込み、袋に鼻先が触れるほどの距離で固まっていたが、やがてずるずると力なく影の中に沈んでいく。心底呆れた様子で、唸り声を漏らしながらまた姿を消してしまった。

 

「……心配シテ損シタ」

「え?」

「……ナンデモナイ。ソレヨリ、ソレダケアレバシバラク過ゴスノニ十分ナノデハナイノカ?」

 

 苛立った様子でエイダの追及を躱し、彼女の掌の上の袋を示す。

 先ほどまで陰鬱とした顔で項垂れておきながら、実は対策を取っていた少女の抜け目なさに、アサルティは内心で舌打ちをこぼす。

 

 だがエイダは貨幣を半分残しておきながら、それでもまだ不安気な表情で顔をしかめていた。

 

「さっき、アサルティさんに言われた言葉が、すごく身に沁みました……僕、考えが甘過ぎました。物を買う事も満足にできませんし、その所為で人に騙されるかもしれない……同じままじゃ、いつか絶対路頭に迷うかもしれません」

「……ナラバ、ドウスル」

「あはは…どうしたらいいんでしょうか。お金って、どうやったら手に入るんですかね?」

 

 困り顔で、頭を掻く事しかできないエイダは、足元のアサルティに問い返す。

 

 森の中で、他人に拒絶されながら生きるばかりであった少女にとって、大勢の人に囲まれ、関わりを持って生きるなど、どうすればいいのか想像もつかない。

 もっとも有効な手段だと教えられた、金銭を得る方法がわからない今、今あるものを少しずつ消費していくしかない。だが、その半分を先程一気に失ったところなのだ。

 

「困ったなぁ……こんな事なら、長に色々聞いておけばよかったですね。死ぬなんて考えもしませんでしたし、良い事だけじゃなくて嫌な事とか、もっと……はぁ」

 

 今さら悔んだところで、目の前で息を引き取った者に尋ねる事などできようはずもない。

 悩んだまま、動く事ができないままでいるエイダに、アサルティは半目で肩部分を竦めると、自らの腕だけを地上に出し、とある方向を指で示してみせる。

 

「……足リナクナッタノナラ、増ヤセバイイダロウ。人間ハ皆、ソウヤッテ日々ヲ暮ラシテイルノダカラナ」

 

 黒竜が見つけ、示した方向をエイダはむき、そして目を見開く。

 

 彼女達の視線の先で、彼らは―――雑多な鎧をそれぞれ身に纏い、使い古された武器を片手に騒がしく道を歩く男達が。

 そして彼らがぞろぞろと入っていく、汚らしい酒場のような店―――アサルティとエイダにはまだ読む事はできないが、〝冒険者組合(ギルド)〟と書かれた場所が存在していた。

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