アビス・プレデター 〜深淵に凄む終末の獣、無自覚な異世界転生者につき〜   作:春風駘蕩

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11.Residence

「……なんとか、なり、ました……か?」

「グルル…」

「よ、よかったぁ~」

 

 震える小さな盗人を抱きしめたまま、エイダはずるずるとその場にへたり込む。

 恐ろしいほどの賛成を持った怪物に呑まれ、消えて無くなるところであったと、心の底から安堵し長くため息をこぼす。

 

「何だったんでしょね、あのどろどろ……あんな生物がいただなんて思いもしませんでしたよ」

「知ラン。俺モデキル事ナラ、二度ト彼奴ヲ喰イタクハナイ……コレマデノ獲物ノ中デモ、格段ニヤリヅライ相手ダッタ」

 

 そんなエイダを見やっていたアサルティは、彼女の背中が痛々しく焼け爛れている事に気付く。

 背骨から肩、腰の近くまでが赤くなり、ぶつぶつと皮膚が変形してしまっている。飛び散った不定形の怪物の体の一部はほんの小さなものであったはずだが、背中の大半が傷を負っている。

 

 だというのに、全く痛がっていないように見えるエイダに、アサルティは少し遠慮がちに声をかけた。

 

「…痛クハナイカ」

「え? ……あ、いた、いたたた! あれ⁉ いつの間にこんな傷…! 痛った…!」

「……単ニ気付イテイナカッタダケカ」

 

 アサルティに指摘されるや否や、ようやく我に返ったように顔中から脂汗を噴き出させ、汚い悲鳴をあげて地面を転げ回る。

 それまで大事に抱えていた盗人の一人を横にどかし、じくじくと痛む背中を押さえようとして、患部に届かず悶え苦しむ彼女の姿にアサルティはふっと鼻を鳴らした。

 

「アレニツイテ考エルノハ後ニシテ、サッサトソノ傷ノ手当テヲシロ。放ッテオイタラ妙ナ病気ニカカルゾ」

「わ、わかってますけど……あだだだだだ! あ、歩くのも痛いんですよ!」

「ダラシガナイ……ソノ程度ノ傷ヲ大袈裟ニ痛ガリヤガッテ」

 

 涙目で横たわり、動く事もままならない様子のエイダを見下ろし、呆れた様子で目を細めるアサルティ。降ろされた盗人の一人がそれを心配そうに見つめる傍で、黒竜は影の中からそっと腕を出し、同行者を真下から掬い上げた。

 

「取リ敢エズ、場所ヲ変エルカ……マッタク、妙ナ問題ニ巻キ込マレタモノダ」

「―――待て」

 

 エイダを背中に乗せ、その場を離れようとした時だった。

 

 ざっ、と無数の足音が響き、アサルティとエイダの周囲に幾つもの人影が立ちはだかる。

 一体と一人を取り囲んだ彼らは、懐からそれぞれ刃物を取り出し、切先を突き付けてくる。皆、同じように手を震わせており、最も背丈が高い一人も美しい装飾が施された短剣を手にし、外套の中から鋭くアサルティ達を睨みつけてきた。

 

「……お前ら、何者だ。返答次第じゃ、此処から逃がすわけにはいかないぞ…!」

 

 短剣を逆手に構え、視線を怪物と半森人の少女から全く逸らさずにそう問う。顔は外套に隠されて見えないが、黒竜に対する警戒はいやというほど感じられる。

 当の本人も脅したところで効くとは思っていないようで、覗く目は不安に歪んでいる。だとしても、不審な動きをすれば必ず一矢報いてやるというような覚悟が感じられ、アサルティも思わず動きを止めて相手を見つめ返した。

 

「…それはこちらの台詞でもありますよ。何回も僕のお金を奪って、いい加減にしないと怒りますよ……この人が!」

「俺カヨ」

「そうで……あだっ⁉」

 

 盗人の言葉に、直接的な被害を受けたエイダが目を吊り上げ、抗議の声を上げる。

 しかし、自ら復讐するのではなく他者に頼るという情けない態度を直後に見せ、彼女を抱えていたアサルティにその場に放り出されてしまう。

 

 尻餅をつき、痛みに悶えるエイダが呻き声をこぼしていると、最も背の高い盗人の一人が一歩を踏み出し近付いて来た。

 

「あの貪食者(スナッフ)を喰い殺すなんて……お前らは一体何なんだ! 何が目的だ!」

「も、目的なんて、別に何も……」

「とぼけるな! そんな化け物を操ってるくせに、只の森人だなんて誤魔化せると思ってるのか⁉ おれの家族に手を出してみろ……相打ちになってでも刺し違えてでも殺してやる!」

 

 盗人達は既に、アサルティ達を排除しなければならない脅威と認識しているのか、刃物を構えたまま警戒を解く様子がない。

 特に最も背が高い一人は、自らの命を賭けてでも敵を排する覚悟を決めているようで、今にも飛び掛かって来そうな威圧感を放っている。小柄なのに、獰猛な獣を相手にして売るかのようだ。

 

 どうすれば矛を収めてくれるのか。無言で佇むアサルティの傍に立ちながら頭を悩ませていると……突如、エイダの傍を小さな人影が駆け抜けていった。

 

「ライアン…! ライアン!」

「ルラ……心配したぞ。よく無事だったな、お前」

 

 エイダが咄嗟の判断で庇った盗人の一人が、悲痛な声で仲間の名を呼びながら抱き着く。

 最も背の高い盗人の一人はそれを優しく受け止め、震える体を撫で、穏やかな声をかけて落ち着かせようとする。

 

 少女らしき小さな盗人は、しばらくして落ち着きを取り戻すとエイダ達を指差し、嗚咽交じりの声で仲間に話し始めた。

 

「あのね、あのね、あのえるふのおねえちゃんがたすけてくれたの。あっちのまっくろいりゅうさんも!」

「……そう、か」

「ルラね、スナッフにたべられそうだったの! でもね、あのおねえちゃんがかばってくれたんだよ!」

 

 少女らしき仲間に、最も背の高い盗人の一人はこくこくと頷きながら、アサルティ達の方をにらんだまま。

 仲間の命を救われたのは事実らしい。しかしだからと言って、恐るべき力を持った怪物とそれを操る人物を、すぐにそのまま受け入れられるものではないのだと、内心で葛藤しているようだ。

 

「…そうだ、おねえちゃん、スナッフにやられてけがしちゃったの! せなか、スナッフにやかれちゃってるの! ライアン、あのおねえちゃんのてあてしてあげなきゃ!」

「……そう、か。怪我、か……わかった、わかった…」

 

 仲間の懇願に、盗人の一人は言葉を濁しながらアサルティ達の方を見やる。

 渋々、といった様子が明らかな態度で仲間達に目を配り、刃物を構える事を止めさせる。そして全員を後ろに下がらせてから、アサルティ達の方へゆっくりと近づいた。

 

「……仲間を助けてくれた事には、礼を言う。さっきの侮辱は見逃してやる。手当てが必要なら……まぁ、道具だけなら貸してやる」

 

 先程とは打って変わって、嫌々そうとはいえ、礼を口にして恩を返す気を見せた盗人の一人。

 外套の下でつんと唇を尖らせ、そっぽを向く様は気難しい子供の態度そのままで、数分前の殺気が嘘であったかのように思えてくる。

 

 エイダはきょとんと呆け、来たければ勝手について来いとばかりに背を向けて去っていく盗人の一人を見つめてため息をこぼした。

 

「どういう風の吹き回しでしょうか。さっきまで本気で僕を殺そうとしていたのに……どうしましょうか、アサルティさん」

「別ニ行ク気ハナイノダガナ…マァ、手当ヲサセテクレルトイウノダカラ、行ケバイイダロウ」

「そうですかねぇ……」

 

 周囲からぞろぞろと動き出していくほかの盗人達を横目にしながら、アサルティは盗人達の後を追って影を泳ぎ出す。

 一度殺し合いに発展した所為か、中々行く気になれなかったエイダだったが、やがて盗人達もアサルティも全員自分を置いて進んでいる事に気付き、慌てて自身も走り出す。

 

 悶々とした気持ちを抱えながら、小さな盗人達が向かう方向―――より暗く汚い道の先を見据え、訝しげに首を傾げるのだった。

 

               △▼△▼△▼△▼△

 

 辿り着いた場所は、廃墟だった。

 

 広い敷地に建つ大小様々ないくつもの建物。煉瓦が積まれてできたそれらは、四角いものもあれば円柱のものもあり、そのどれもが見上げる程の高さを誇っている。

 尖った屋根を持つ高い塔が十数も並んだ景色は、国の入り口からも見えた城のようで、いったい何十何、百人が暮らしていたのかと見る者を圧倒してくる。

 

 しかし、視界に入った建物は皆寂れ、壁や天井に修復不能としか思えない大きな穴が開いていた。

 建物としての役目をほとんど果たせないような無惨な有様で、いままさに冷たい夜風が吹きつけ、寒さに震える羽目に陥らされる。

 事故で開いたものではなく、経年劣化で自然に崩れたものである事がわかり、エイダはこれから入ろうとしている建物を凝視して、ぽかんと口を開けて立ち尽くしていた。

 

「……おい、何やってんだ。さっさとこっちに来い」

 

 後ろからぶっきらぼうに急かされ、エイダははっと我に返って中に足を踏み入れる。その後をアサルティが続き、少女と黒竜は小さな盗人達の住処を目の当たりにする。

 

 目に映ったのは、床に並べられた無数の汚れた布の塊だった。あちこちが擦り切れ、その都度修繕しているらしい縫い跡が幾つも見つかるそれが、エイダは布団だと直感する。

 次いで見つかったのは、木箱の中に入れられた食料。幾つもある箱の二つだけに、明らかに鮮度が落ちている果実や野菜が詰め込まれているのが見つかり、漂ってきた異臭に思わず鼻を押さえて顔を顰める。

 

 他にも布に包まれた刀剣、地面に散らばった硝子玉、塵としか思えない服らしき布の破片、まだ使われている痕跡が見受けられる割れた食器の破片……と。

 こんなにも多くの人が住んでいるとは思えない程に荒れた空間を前にし、アサルティ達は完全に言葉を失っていた。

 

「ここは……一体」

「さっき言ったばかりだろう……俺達の住処だって」

 

 誰にともなく問いかけたエイダに、すぐ近くの木箱に腰かけた盗人の一人が外套を脱ぎ捨てながら答える。

 

 汚れた布の下から露わになる赤い髪、幼くも整った顔。鋭く吊り上がった碧色の瞳。

 小さくとも均整を持つ、引き締まった手や足や腰。小柄であるにもかかわらず、衣服の胸元を大きく持ち上げる膨らみ。

 

 汚れていても輝きを失わない美貌を持った小柄な少女が、ふんと荒々しく鼻を鳴らしながら、エイダを鋭く見つめて語ってみせた。

 

「親に売られて、捨てられて、追い出されて……そうして住む所をなくした子供が、命辛々辿り着いて、同じ痛みと苦しみを抱えた俺達が集まった場所-――家族の家だ」

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